曲そのものは、一貫して「あなたがこの世から消えてしまって悲しい・・。 」という思いを歌ったものなのですが、米津玄師さんなりの「人の死」への想いが込められているようです。 とにかく悲しい、寂しいという思いを歌っているのですが、ただそれだけではない、 いろいろな感情を呼び起こさせる歌詞になっています。 悲しげな表情を浮かべる米津玄師さんと、その雰囲気に似つかわしくないハイヒール。 一見すると、なんとも理解出来ない行動・・。 ですが、米津玄師さんは、このハイヒールで、他人には理解されない 「2人を繋ぐ何か」として表現したかったそうです。 詳しくは、『 米津玄師 ・・・・・・とLemon。 」と思うことはよくあります。 しかし、これは 夢ではなく現実。 あなたがこの世にいないという、 悲しい現実が「夢」だったらよかったのにと、嘆いている状態です。 「思い出」に埃がかかるほど、時が経っているのに、未だにあなたの夢を見る・・。 今でも「あなた」の死を受け入れられていないほど、悲しんでいるようですね。 「昏い くらい 」は、「暗い」と比べると、感情や道理的なニュアンスがありますので、 ここではネガティブな過去という表現になるかもしれません。 しかし「昏い」には、霞んでぼやけた状態でくらい。 という意味もありますので、どちらとも受け取れるかもしれませんね。 私の昏い過去も、いつかあなたに打ち明けられると思っていたのに、あなたはもういない。 取り戻すことのできない「幸せ」は、過去だけでなく、未来さえも昏くしていくことでしょう。 深く傷ついた心は、癒えることは無いかもしれません。 最も深い悲しみということですね。 「わたし」にとっての 「あなた」の存在がどれだけ大切だったか・・それが伝わってくる歌詞です。 「あの日」とは、失ったその日、その瞬間を表しているのかもしれません。 今までの「幸せ」な思い出はもちろん、「悲しみ・苦しみ」という今の現実さえも、すべてひっくるめて愛している。 「あなた」への想いの強さが解るサビです。 「レモンの匂い」は、「あなたの匂い」を比喩した形で表現しています。 思い出には、視覚や感触だけでなく「匂い」も大きな記憶として残ります。 そして、ここでは2つの解釈をしました。 そのまま「あなた」の匂いをレモンに例えた?• 「苦いレモンの匂い」は 遺体の匂い? 「あなた」の匂いをレモンに例えた? 「あなた」の匂いをレモンに例え、ひとつの記憶として存在している という解釈をした場合。 「あなた」と「わたし」が、気持ちも 距離感も 親密な関係であったことが解ります。 「匂い」を感じられる距離感にいる、存在だったということですね。 「苦いレモンの匂い」は、遺体の匂い? この「苦い」という表現がどうしても引っかかったので、もしかしたら? と思って、そう解釈してみました。 ドラマ「アンナチュラル」では、中堂さんが、 恋人の遺体を前に、言葉を失っているシーンがよく出てきます。 胸に残り離れない記憶は、目の前にした恋人の遺体で、 「 苦いレモンの匂い」と比喩したのは、 遺体の匂いだったのかもしれません。 死後、どれくらいの時間が経っているかにも寄りますが、そう簡単に取れるようなにおいでは無いですからね。 「強い匂い」も、記憶として残り続けているのかもしれません。 そうやって解釈すると、「 雨が降り止むまでは帰れない」という、言葉が理解できます。 事件が解決するまで。 そう簡単には戻れない・・という「決心」としても感じ取ることができます。 2つのパターンで解釈してみましたが、どちらとも感じ取れる表現ですね。 最後になぞった輪郭は、もう亡くなってしまった 「あなた」の亡き骸かもしれません。 その後もたびたび実感する、あなたが無くなってしまったという事実。 その瞬間と出会うたびに、涙があふれてやまないのかもしれませんね。 この歌詞の部分は、 特にドラマ「アンナチュラル」のシーンと重なる気がします。 恋人の遺体を、顔色一つ変えずに解剖しなければならなかった、中堂さんの気持ち。 想像もできないほどの 苦しみだったと思います。 中堂さんの恋人は、目を開けたまま亡くなっていました。 その開いたままの眼は、いったい何を見ていたのでしょうか? 変わり果てたその姿を、私が今まで見たことのない、横顔と表現したのかも。 「わたし」と同じ悲しみを「あなた」には背負ってほしくないという気持ちです。 しかし、「あなた」は亡くなってしまった存在。 この世に形はなく、悲しむことも無いかもしれない。 でも、もし・・死後の世界で存在していたとしたら。 そして、私と同じような悲しみを感じているとしたら・・。 私のことなんて忘れてほしいと、心から願っている。 この部分は、本当に切ない歌詞ですね。 思い出すほどに美化する記憶と、そばにいた感触が、消えない悲しみとして残ります。 そして、ラストのサビへ。 そして、最後の歌詞「 切り分けた果実の片方の様に」という部分。 これは、スペインのことわざ「オレンジの片割れ」からきています。 元々はひとつのものが2つに割れ、片割れに一致するのは、もうひとつの片方しかない。 相手が魂のパートナーであり、 生涯愛する人という意味が込められています。 このように愛し合う2人を果物で例えることは多いのですが、ここでは、匂いの強い「レモン」に例えているんですね。 そして、その片割れである、「あなた」だけが、「わたし」の昏い過去と未来を、照らすことができるのかもしれません。 この先の「わたし」の未来が明るいものではなかったとしても、それを照らす「光」として 「あなた」は心の中で存在し続けることでしょう。
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Lemon• Flamingo• TEENAGE RIOT• 海の幽霊• 馬と鹿• パプリカ• 感電 ほか、全15曲予定 ドラマや映画主題歌など、タイアップ曲が半数を占めているかなり珍しいアルバムですね。 ファンの中には 「もはやベストアルバムでは?」という声も挙がっています。 「STRAY SHEEP(ストレイシープ)」の意味は? アルバム名の「STRAY SHEEP(ストレイシープ)」とは、 「迷える羊」という意味です。 元々はイエス・キリストが神という牧人に導かれる大衆を羊に例えて言ったものらしく、聖書にも出てくる単語のようですね。 かなり意味深なタイトルのため、米津さんがどういった意味を込めて「STRAY SHEEP(ストレイシープ)」と名付けたのか気になる所です。 米津玄師アルバム「STRAY SHEEP」についてファンの反応 米津玄師さんの「Lemon」収録のアルバム「STRAY SHEEP(ストレイシープ)」について、ファンの反応をまとめました。 、アルバム「STRAY SHEEP」発売 収録曲データ Lemon MV5. 7億、配信300万 Flamingo MV1. 3億、配信50万 TEENAGE RIOT MV3,000万、配信10万 海の幽霊 MV7,000万、配信25万 馬と鹿 MV1. もちろんDLもレンタルで聞いてくれるのもファンとして嬉しい! しかし今回のアルバムは買っても絶対後悔しないので手に取って欲しいです。 発売まであともう少しありますが、筆者も楽しみでワクワクしています。 まとめ:米津玄師の「Lemon」は「STRAY SHEEP」に収録! いかがでしょうか。 今回は、 米津玄師さんの代表曲「Lemon」の収録アルバムについて調べました。 米津玄師さんの「Lemon」が収録されているアルバムは 「STRAY SHEEP(ストレイシープ)」でした。 現在はまだ発売されておらず、2020年8月5日(水)に発売予定です。 「Lemon」の発売から2年。 これでやっと「Lemon」をアルバムで聞くことができますね。 「STRAY SHEEP」には、他にも「馬と鹿」「Flamingo」 など人気曲が多数収録されていますので、ファンは購入必須ですよ。 これからも、米津玄師さんの情報についてご紹介していきます。 このブログには、 米津玄師さんの最新情報, ライブ情報, コラムなどを掲載しています。 その他にもライブ, セトリ, グッズ, CD・DVD, MV PV について、さらに新曲情報やプロフィール、彼女の噂なども随時更新中! 米津玄師さんがボカロP(ハチ)だった頃から米津さんが大好き。 そんな管理人が、米津さんファンの方や初めて米津さんを知った方にもわかりやすく、皆さんに愛されるブログを目指して頑張っていきます。
次の曲そのものは、一貫して「あなたがこの世から消えてしまって悲しい・・。 」という思いを歌ったものなのですが、米津玄師さんなりの「人の死」への想いが込められているようです。 とにかく悲しい、寂しいという思いを歌っているのですが、ただそれだけではない、 いろいろな感情を呼び起こさせる歌詞になっています。 悲しげな表情を浮かべる米津玄師さんと、その雰囲気に似つかわしくないハイヒール。 一見すると、なんとも理解出来ない行動・・。 ですが、米津玄師さんは、このハイヒールで、他人には理解されない 「2人を繋ぐ何か」として表現したかったそうです。 詳しくは、『 米津玄師 ・・・・・・とLemon。 」と思うことはよくあります。 しかし、これは 夢ではなく現実。 あなたがこの世にいないという、 悲しい現実が「夢」だったらよかったのにと、嘆いている状態です。 「思い出」に埃がかかるほど、時が経っているのに、未だにあなたの夢を見る・・。 今でも「あなた」の死を受け入れられていないほど、悲しんでいるようですね。 「昏い くらい 」は、「暗い」と比べると、感情や道理的なニュアンスがありますので、 ここではネガティブな過去という表現になるかもしれません。 しかし「昏い」には、霞んでぼやけた状態でくらい。 という意味もありますので、どちらとも受け取れるかもしれませんね。 私の昏い過去も、いつかあなたに打ち明けられると思っていたのに、あなたはもういない。 取り戻すことのできない「幸せ」は、過去だけでなく、未来さえも昏くしていくことでしょう。 深く傷ついた心は、癒えることは無いかもしれません。 最も深い悲しみということですね。 「わたし」にとっての 「あなた」の存在がどれだけ大切だったか・・それが伝わってくる歌詞です。 「あの日」とは、失ったその日、その瞬間を表しているのかもしれません。 今までの「幸せ」な思い出はもちろん、「悲しみ・苦しみ」という今の現実さえも、すべてひっくるめて愛している。 「あなた」への想いの強さが解るサビです。 「レモンの匂い」は、「あなたの匂い」を比喩した形で表現しています。 思い出には、視覚や感触だけでなく「匂い」も大きな記憶として残ります。 そして、ここでは2つの解釈をしました。 そのまま「あなた」の匂いをレモンに例えた?• 「苦いレモンの匂い」は 遺体の匂い? 「あなた」の匂いをレモンに例えた? 「あなた」の匂いをレモンに例え、ひとつの記憶として存在している という解釈をした場合。 「あなた」と「わたし」が、気持ちも 距離感も 親密な関係であったことが解ります。 「匂い」を感じられる距離感にいる、存在だったということですね。 「苦いレモンの匂い」は、遺体の匂い? この「苦い」という表現がどうしても引っかかったので、もしかしたら? と思って、そう解釈してみました。 ドラマ「アンナチュラル」では、中堂さんが、 恋人の遺体を前に、言葉を失っているシーンがよく出てきます。 胸に残り離れない記憶は、目の前にした恋人の遺体で、 「 苦いレモンの匂い」と比喩したのは、 遺体の匂いだったのかもしれません。 死後、どれくらいの時間が経っているかにも寄りますが、そう簡単に取れるようなにおいでは無いですからね。 「強い匂い」も、記憶として残り続けているのかもしれません。 そうやって解釈すると、「 雨が降り止むまでは帰れない」という、言葉が理解できます。 事件が解決するまで。 そう簡単には戻れない・・という「決心」としても感じ取ることができます。 2つのパターンで解釈してみましたが、どちらとも感じ取れる表現ですね。 最後になぞった輪郭は、もう亡くなってしまった 「あなた」の亡き骸かもしれません。 その後もたびたび実感する、あなたが無くなってしまったという事実。 その瞬間と出会うたびに、涙があふれてやまないのかもしれませんね。 この歌詞の部分は、 特にドラマ「アンナチュラル」のシーンと重なる気がします。 恋人の遺体を、顔色一つ変えずに解剖しなければならなかった、中堂さんの気持ち。 想像もできないほどの 苦しみだったと思います。 中堂さんの恋人は、目を開けたまま亡くなっていました。 その開いたままの眼は、いったい何を見ていたのでしょうか? 変わり果てたその姿を、私が今まで見たことのない、横顔と表現したのかも。 「わたし」と同じ悲しみを「あなた」には背負ってほしくないという気持ちです。 しかし、「あなた」は亡くなってしまった存在。 この世に形はなく、悲しむことも無いかもしれない。 でも、もし・・死後の世界で存在していたとしたら。 そして、私と同じような悲しみを感じているとしたら・・。 私のことなんて忘れてほしいと、心から願っている。 この部分は、本当に切ない歌詞ですね。 思い出すほどに美化する記憶と、そばにいた感触が、消えない悲しみとして残ります。 そして、ラストのサビへ。 そして、最後の歌詞「 切り分けた果実の片方の様に」という部分。 これは、スペインのことわざ「オレンジの片割れ」からきています。 元々はひとつのものが2つに割れ、片割れに一致するのは、もうひとつの片方しかない。 相手が魂のパートナーであり、 生涯愛する人という意味が込められています。 このように愛し合う2人を果物で例えることは多いのですが、ここでは、匂いの強い「レモン」に例えているんですね。 そして、その片割れである、「あなた」だけが、「わたし」の昏い過去と未来を、照らすことができるのかもしれません。 この先の「わたし」の未来が明るいものではなかったとしても、それを照らす「光」として 「あなた」は心の中で存在し続けることでしょう。
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