(筑摩書房『精選国語総合 現代文編 改訂版』P. 152 『国語総合 改訂版』P. 166) 有名な句です。 一見すれば何気ないことをさらっと句にしているようで、油断すれば、中七「鐘が鳴るなり」で切らずに、下五「法隆寺」と一息に流れて読んでしまいがちです。 そこに作者の感動があるのは明らかです。 では作者は、なぜ鐘が鳴ったことに感動したのでしょうか。 それは「柿くへば」という上五と関係します。 脊椎カリエスの療養後、故郷の松山から帰京の途中に訪れた奈良法隆寺。 子規の病状からすれば一時の回復であったのですが、この回復の瞬間を子規は謳歌している趣があります。 「古都奈良で、それも法隆寺で、奈良の特産の柿を頬張ったら、なんとどこからか鐘が鳴ったではないか」というこのお誂え向きのような偶然に対する素直な驚きと喜びが句全体からあふれています。 鐘の音の響く澄み渡った秋空、色ずく柿、落ち着いた古都の風情、奈良のすべてが自分を歓迎してくれているような瞬間です。 古都奈良への挨拶の句でもあるのでしょうね。 大らかで明るくて、どこかしらユーモアさえ漂っています。 この反復が、秋空に鐘が鳴り渡る、「鳴るなり」という同語反復的な余韻をもたらし、この句の大らかさや大きさを生む一因となっているとも思われます。 では、中七「鐘が鳴るなり」を「鐘の鳴りけり」とすればどうでしょうか。 文法的に考えれば、断定と詠嘆の違いです。 「けり」は、気づき・発見の「けり」とも説明されることが多いのですから、子規の心情に即せば、ここでは「けり」が成立するようにも見えます。 しかし、あえて、心情を直接表す「けり」ではなく、単なる断定で言い切るところに句のセンスが感じられます。 作者の過度の思い入れは、句の鑑賞にとっては押しつけがましさにつながりますし、むしろ読み手の句の鑑賞を狭める可能性さえもあります。 これも心情に関して説明的であるということなのでしょう。
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「在日(あるひ) 夜にかけて俳句函(はいくばこ)の底を叩きて」 (意味:ある日、夜にかけて俳句の句稿が入っている箱の中身を見て選句の作業を行い、箱の底をたたいたところで) とあります。 正岡子規は、明治 25年 1895年 に日本新聞社に就職。 翌年から俳句欄を設けて、投句を募っていました。 また、明治 30年 1890年 1月には、俳句雑誌「ホトトギス」が創刊され、この雑誌の募集俳句の選者もつとめていました。 寄せられた俳句の選句は、子規の大切な仕事のひとつでした。 その一方で、このころの子規の体調は思わしくありませんでした。 明治 28年 1898年 、日清戦争の従軍記者として中国に赴いた帰途に喀血をし、一時重体に陥ります。 結核菌におかされ、肺結核になっていたのです。 その後、腰痛を発症。 これも結核菌が脊椎に入り込んで病変を引き起こす「脊椎カリエス」という病気でした。 この句を作ったころ、子規は自力で立つこともおぼつかず、 寝たり起きたりの生活でした。 寄せられた俳句を読みあらためて選句をすることもそのころの子規にとっては大変なことです。 その 大変な作業を成し遂げたときのことを詠んだ句なのです。 初案は「三千の俳句をしるし柿二つ」だったものを、推敲を重ねて「三千の俳句を閲し柿二つ」になったということです。 句切れなし• 「三千」と「二つ」の対比• 「柿二つ」の省略法 になります。 句切れなし 一句の中で、意味上・リズム上大きく切れるところを「句切れ」と呼びます。 普通の文であれば句点「。 」がつくところ、「かな」「や」「けり」などの切れ字がつくところがこれに該当します。 ただ、今回の句については句の途中で切れるところがありませんので 「句切れなし」の句となります。 懸案の仕事を終え、充実感と安堵の混じったため息をふうっとつくように 一息に詠まれた句であることが分かります。 「三千」と「二つ」の対比 対比とは、複数のものを並べてその共通点や相違点を比較し、 それぞれの特性を際立たせて強調する表現技法のことです。 この句は、「三千」と「二つ」という数字を表す言葉が対比されています。 まず、大きい数字と小さい数字という点で対照的です。 そして、「三千」というのは具体的な量を表すというよりは「数多くの」という曖昧な意味なのに対し、「柿二つ」とは妙に現実的な数字となっています。 お互いの数字が対比されることで、それぞれの数字が際立たっています。 「柿二つ」の省略法 省略法とは、文章の中の言葉を省き、 読み手に推測させることで余韻を残す表現技法です。 俳句は短い音数で内容を表現していかなければなりませんので、よく使われる技法です。 この句の「柿二つ」とは、「柿二つ食べた」ということですが、 「食べた」と言う言葉は省略されています。 少ない言葉で、仕事を終えた充足感に浸りながら食べる柿のおいしさを表現しています。 「三千の俳句を閲し柿二つ」の鑑賞文 発句や俳諧と言った江戸の文芸から俳句と言う文学を確立しようと一身をささげた 正岡子規らしさが詰まった句になっています。 山のような投句が来ることは、俳句の革新活動を進めていた子規にとっては喜ばしいことでしょう。 このときの病状は深刻であったのにも関わらず、一仕事終えて柿を二つ平らげる健啖家ぶりにも驚かされます。 子規は己をおかしている病が死に至るものであることをよく承知し、病と向き合って文字通り命を削って俳句を詠み、新聞や雑誌に記事を書いていました。 子規の文学は、 子規自身の病と切り離して語ることはできません。 晩年の子規は、病床にあって、病臥する者の視点からの俳句も多く詠みました。 しかし、重く沈んだ暗い句を詠んでいたのではありません。 この句も、暗い句ではありません。 大きな仕事を終えてご褒美のように柿を二つも平らげる、 飄々とした作者の姿が目に浮かびます。 つややかなで鮮やかなオレンジ色、丸みを帯びた柿のフォルムもイメージされ、ユーモラスな雰囲気もあります。 子規は柿を愛した俳人で、柿を俳句に詠みこむことを始めたのは自分であるとも自負していました。 同じ年にはこのような句も詠んでいます。 「柿くふも 今年ばかりと 思ひけり」 (意味:柿を食べるのも、今年で最後だと思いつつ味わったことだ。 ) 正岡子規にとって、柿は格別な食べ物だったのです。 作者「正岡子規」の生涯を簡単にご紹介! (正岡子規 出典:Wikipedia) 正岡子規は 1867年(慶応 3年)、現愛媛県松山市、旧松山藩士の家に生まれました。 本名は常規(つねのり)といいます。 幼い頃から漢詩、戯作、書画などにも親しんで学びました。 松尾芭蕉や与謝蕪村の句や書を愛し、芸術性の高い文学としての近代的な俳句の確立をめざしました。 若くして結核菌におかされながらも、文学に命を捧げました。 子規、とは本名ではなく雅号です。 ホトトギスという鳥の異名なのですが、この鳥は血を吐いて鳴くといわれます。 結核のため喀血を繰り返す自らをホトトギスに重ねていたのです。 正岡子規は 1902年(明治 35年)に 34歳という若さで世を去りました。 正岡子規のそのほかの俳句 (前列右が正岡子規 出典:Wikipedia).
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分店のみねっちですー!12月も半分過ぎました!一年が早い!さて今日はみんなが楽しみにしているあの食材についてです! 「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」と正岡子規は詠みましたが、 山ちゃんは 「牡蠣食えば金になるなり法隆寺」とよーゆーとったなー笑。 聖護院大根が始まったら、後一つ最後の大物が待っていますよね!関東煮のラスボス的な存在! そう「牡蠣」です! たこ梅では一品料理でカキ酢、カキフライ、カキ土手鍋などありますが関東煮は最後に始まります!理由はつぶが小さいと関東煮の鍋に入れたら小さくなるのである程度つぶが大きくなるまで始められません! そんなカキの事調べてみました! カキ(蠣、牡蠣、英語: oyster)は、ウグイスガイ目イタボガキ科とベッコウガキ科に属する二枚貝の総称、あるいはカキ目もしくはカキ上科に属する種の総称。 海の岩から「かきおとす」ことから「カキ」と言う名がついたといわれる。 古くから、世界各地の沿岸地域で食用、薬品や化粧品、建材(貝殻)として利用されている。 41 1 広島 10. 68 2 宮城 1. 87 3 岡山 1. 07 4 兵庫. 62 5 岩手. 58 6 北海道. 41 7 三重. 32 8 福岡. 17 9 石川. 14 10 長崎. 12 生産量年次推移 1956-2012 単位 1万トン 主な食用種 マガキ属 Crassostrea 多くの種は東アジアに生息し、ヨーロッパと北アメリカに生息するのは1種である。 なお、ヨーロッパに生息するマガキ属は、16世紀貿易船による人為移入と考えられている。 マガキ(真牡蠣) Crassostrea gigas Thunberg,1793 最も一般的な種で、潮線上にも生息し比較的大きな礁を形成する。 日本でカキといえば本種。 本来は冬が旬であるが、大型で夏でも生殖巣が発達しない「3倍体牡蠣」も開発され、市場に出ている。 広島県、宮城県、岡山県産が有名。 韓国からの輸入品も相当量ある。 イワガキ(岩牡蠣) Crassostrea nippona Seki, 1934 潮線下から水深20mまでに生息し大きな礁を作らない。 マガキと対照的に夏が旬であり、「夏ガキ」とも言われる。 殻の色が茶色っぽく、マガキに比べて大きいものが流通する。 天然物と養殖物の両方がある。 スミノエガキ(住之江牡蠣) Crassostrea ariakesis Fujita, 1913 有明海沿岸に生息し食用にされるが、他所へはほとんど出回らない。 マガキにごく近縁な種で、殻の表面はやや滑らか。 産卵は、6-7月。 シカメガキ Crassostrea sikamea Amemiya,1928 八代海や有明海、福井県久々子湖に分布するカキ。 八代海周辺で食用にされたが、1946年頃熊本県八代市鏡町からアメリカに種ガキが輸出され、現地で養殖が進むと八代海では生産されなくなった。 アメリカに輸出されたシカメガキは現在もワシントン州沿岸を中心にクマモトの名で養殖されている。 小振りながらクリーミーで濃い味が特徴。 イタボガキ属 Ostrea イタボガキ(板甫牡蠣) Ostrea denselamellosa Lischke, 1869 かつては多く食用にされ、能登半島や淡路島周辺が有名な産地であったが、現在は瀬戸内海地方で僅かに市場に出回る程度で、絶滅危惧種状態。 食用のみならず貝殻が最上質の胡粉の原料となる点でも重要であり、本種の復活と養殖技術開発の努力がなされている。 ヨーロッパヒラガキ Ostrea edulis Linnaeus, 1758 ヨーロッパ原産で、イタボガキに似た外観で輪郭が丸く平たい貝。 別名:ヨーロッパガキ。 市場ではフランス牡蠣、ブロン、フラットなどとも呼ばれる。 日本では宮城県気仙沼市の舞根(もうね)などで僅かに養殖され、高級食材としてフランス料理店などに卸される。 かつてのヨーロッパ、特にフランスでカキと言えば本種のことであったが、1970年代以降、寄生虫などにより激減。 需要をまかなうために日本産のマガキを輸入して養殖するようになった。 それ以来フランスなどで流通するカキの相当部分は日本由来のマガキであるという。 2011年、東日本大震災の津波により宮城県のカキ養殖施設が壊滅状態に陥った時には、フランスのカキ養殖業者達がかつて日本に助けてもらった恩返しとして、養殖施設の復旧を支援した。 カキて調べてみると意外な事がわかりいい勉強になりました! たこ梅は今年はいつから始まるでしょうか?この何年間は年をまたぎ来年の1月になってましたが今年は少し早く始まるかもしれません!さぁ関東煮のフルメンバーが揃ったらまた春まで突っ走りますよー!ではまた来週、さよなら。 こんにちは 分店のハラボウこと葛原です 今日からブログの発信場所がコチラに変わります! まいどー!分店のみねっちですー! まず前回のブログの訂正です。 前回のブログで四方竹と椎茸両方頼んで まいど~日本一古いおでん屋さん大阪梅田のたこ梅分店、上原です。 秋らしい日々が続いてい どーも、分店のくずはらです! 最近、少し腰を痛めたので昨日の休日は家でいろいろと読書していまし まいどー!分店のみねっちですー!やっと3月ですね!寒い冬に耐え、もうすぐ春ですねー🎶キャンディーズの まいどー!分店のみねっちですー!少し風邪をこじらせてしまいました。 はよ治ってほしいけど中々治りません こんにちは、分店葛原です。 入社式、入学式などハレの日を迎えた方も多い季節、 新生活は慣れるまで 桜満開、お花見日和の日々!でも自分の休みは気が滅入るほどの、どんより雲・・・お久しぶりです。 日本一古 まいどー!分店のみねっちですー!すっかり秋になりましたねー!好きじゃないけど受け入れるしかない!冬が まいどー!分店のみねっちですー!寒くなったり暖かくなったり気候に振り回されて嫌になっちゃうわ!まさに.
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