5月15日に放送されたバラエティ番組「 予想外の結末…最後に衝撃告白SP」(テレビ東京系)について、「多くの人に見て欲しい」との声が上がっている。 この日、番組に登場したのは、大宮駅で番組スタッフに声を掛けられた47歳の男性。 家について行くのを快諾し、移動のタクシーの中で「12年前くらいに離婚、娘が2人」「職業は板前」など、オヤジギャグを織り交ぜながら明るく語っていく。 到着した家は、かつては家族と生活していた一軒家。 閉店したのは「3年くらい前」。 その理由については「閉めざるを得なかった。 ものすごいみんなで賑わってたけど」と語る。 離婚後も娘2人とは数か月に1回のペースで、食事や買い物には行っていたそうで、「それだけが私の楽しみだった」そう。 そして「上の子なんか負けず嫌い。 勉学もトップクラスだったな。 蕨高校。 (次女は)謙虚なねぇ、奥ゆかしいところある女の子だな」などと嬉しそうに娘の話をしながら、各部屋を見て回っていると、スタッフが玄関にかかっていたスーツに気が付いた。 なぜ玄関にスーツ? その質問に、男性は「きょう着たの。 娘の裁判」と、指さした先には仏壇。 「娘、事故で亡くしとる。 それの民事裁判」と、事故の詳細について語り始めた。 「3年前、長女が高校1年生のときに、浦和でご老体に後ろから轢かれて亡くなったんだ。 ニュースでもずっとやってた」 「(運転してた人は)当時80歳」 「一生懸命頑張って進学校に入ってくれて。 したらその瞬間だからね、命奪われて」 「午後2時30分頃かな。 横断歩道渡り終えた娘が浦和駅に向かって歩いてたんですよ。 老人が運転する車、娘に気付かなくて、助手席に奥さんが乗って『危ない!』って言ったらしいんですよ。 それで慌てたのか知らないけど、アクセルとブレーキ踏み間違えたと」 「そのまま壁に向かってうちの娘を押し当てて、5分も6分も10分も降りて来ない。 本人は。 周りの人間がダーンと窓叩いて、それでも降りてこない。 『何やってんだ!お前、早く降りろ!バックしろ!』。 それでもアクセル踏み潰してた」 「娘が『ギャーー!』って言ってる声がマンションの3〜4階まで響いてたってんだから」 長女は救急車で病院に運ばれたが、その時点で心肺停止。 開胸して心臓マッサージも行われたものの、「心臓の一番太い血管損傷で、失血で亡くなった」という。 その日は「たまたま(学校が)休みで、RADWIMPSのコンサートに行く途中でしたね。 12月23日。 あと2日で誕生日ですよ。 25日誕生日だから」。 そのため「12月が来るのが憂鬱でしょうがないです」と語る。 刑事裁判の判決は「実刑禁固1年6か月だ。 80歳でそういう処分を受けるのは異例と、当時言われましたけど」。 民事裁判の判決は「今度の秋口くらい」に出るそうだが、「ただ、その加害者、きょう裁判所行ったら、2月7日に死にましたっつうね。 ふざけんなって話だよな。 オレ、どこに誰に、何を言えば良いの? それで判決出た、出ない? 冗談じゃないよね。 お金払う、払わない。 そういう問題じゃないよ。 納得なんていくわけないのに、納得いかされちゃうんだから、判決として」と、男性はやりきれない思いを吐露した。 収入も入らぬまま家賃だけ払って。 (店維持するのは)不可能じゃないですか。 だから店を畳んじゃいました」と明かした。 長女の遺影を前に、男性は「悔しくて、無念で仕方がない。 何もしてあげられなかった。 抱きしめたいよ……。 抱きしめたいよ……。 抱きしめたいですよ……」と涙。 また、長女の幼少期の写真を見ながら「こんなちっちゃくて、こんなに……この子がいなくなっちゃったと思ったら、死にてぇよ、オレだって。 かわいいだろ? こういう写真見ちゃって、悲しみが先に来ちゃって前に行けねぇよ」と辛い胸の内を語った。 最後に、スタッフは「お店を再開する気持ちは?」と質問。 これに「ありますよ。 この裁判が決着して、私なりにもう一度やれる力があると思えば、決断してやろうかなと思ってますよ。 そうすれば下の子にもご飯食べさせてあげられるし。 僕が作ったものは美味しいって言ってくれてたから。 もう1回。 プロフェッショナルになりますよ。 それは……娘に約束したいかな」と前を向く男性だった。 この放送後、Twitterなどネットでは「涙が止まらない……」「途中から泣いちゃってちゃんと見てられなかった。 高齢ドライバー事故の被害者の方の話をこの番組で見るとは思わなかった」「お父さんの『抱きしめたい』が本当に辛い」「高齢ドライバーの講習に使って欲しいくらいの、すごく、すごく意味のある回だったと思う」「どうか一人でも多くの人がこれを見て、考えて欲しいな」など、さまざまな声が上がっている。
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室内の取材には邪魔したくなかったので同行せず。 近くのコンビニで待機。 1時間くらいで上野Dと井水ADが出てきました。 ウィークリーマンションだったのが難しかったですね。 そもそも部屋にモノが少なくて。 いろいろ聞きましたが、上京物語や新社会人になるにあたってのご両親への思いなど、その人の生き様を表すモノを見つけられませんでした」 せっかく家に入れても、そこはタレントとは違う市井の人々。 みながみな、しゃべり上手なわけではありません。 いきなりカメラの前で自分のことを赤裸々に語ってもらう。 そりゃ、なかなかハードルが高い。 これまで上野Dは2年間で2千人以上には声をかけたそうで、うち家まで入れたのは30人ほど。 さらにオンエアされたのは15人くらいだとか。 それでも約40人いるディレクター陣の中では好成績だそうです。 その40人のディレクターが、各々でロケに出かけ、月に200班ほど出動しているんだとか。 7割は空振りで、断られ続けて朝を迎えそうです。 家までついて行ける打率は3割ほど。 足使ってるなあーと実感しました。 上野D「じゃ次、行きますか!!」 (……マジで!?帰らないの??) 高橋弘樹プロデューサー 最後に「家、ついて行ってイイですか?」の演出を担当するテレビ東京・高橋弘樹プロデューサー(34)に聞きました。 NHKスペシャルのようにアマゾンの秘境とかに行けたらいいんですけど、テレビ東京にはちょっと無理…。 そこで、身の回りで秘境のように見た事ないものがないかなーと考えていたらあったのです。 いきなり訪れる、赤裸々な他人の家の中です。 たまたま人妻のすっぴんを見たときです。 僕は独身アラサー男子なので、普段、すっぴんの女性を目にすることはありません。 だから、見たこともないようなものを見たような新鮮さでした。 それで、最初は「人の家に行って人妻(すっぴん)を見る」という企画だったのですが、それだと興味の対象が興味本位でしかない。 せっかく他人の家に入るのだから、家の中にあるモノから、その人の人生を探れるんじゃないかと。 家にあるモノって生き様が凝縮されているじゃないですか。 某お台場のテレビ局で若い男女がオシャレな家で共同生活をしながら恋愛する番組がありますよね。 複数のイケメンと美人がキラキラした生活する番組。 あれって日常を最大限にショーアップした番組ですよね。 「家、ついて行って」はその対極にある番組です。 平凡で地味なフツーの人の生活を見る。 その100%リアリティにこだわろうと。 「家、ついて行って」は、ほかのテレビ番組と真逆のつくり方を目指しました。 台本なし、アポなし、ナレーションなし、効果音なし、音楽もほとんどなし。 だから、感情の誘導もできないし、ストーリーの補強もできない。 画面にリアリティしかない。 これまで約150人ほどの人生譚(たん)を放送してきました。 僕は「家、ついて行って」を100年後の人たちが見たとき「ああ、平成ってこんな時代だったのか」と感じられる作品として残したいです。 柳田国男の「遠野物語」のように。 座敷わらしが出てくることで有名な「遠野物語」は、岩手の遠野地方の民話を、脚色なく丁寧に聞き書きしました。 あの本のおかげで僕たちは100年前の農村のフツーの人たちの生活や風習、考えていたことを知ることができます。 だからこそ、「家、ついて行って」で記録していきたいですね。 「まじで声かけてるんだ!? うけるー」。 テンション高めな女子2人組み=写真はいずれも佐々木洋輔撮影 「帰りまーす」「バイバーイ」 「スナック行ってきました。 嫁に内緒なので勘弁してください」と話す男性 蒲田駅西口にあるモニュメント。 渋谷でいうところのハチ公のような存在でしょうか 「旦那が夜勤なので友だちと飲みに来ました」と話す女性(左) 取材する上野健ディレクターと井水奈奈アシスタントディレクター(左) 「最近気になったニュースは競泳・北島選手の引退です。 紹介しましょうか?」という話す女性(左から2人目)。 右上の呼び込みのお兄さんとは仲良くなりました 「あっちの方が人いるよ」と教えてくれた呼び込みのお兄さん 上野健ディレクターと井水奈奈アシスタントディレクター 上野健ディレクターと井水奈奈アシスタントディレクター 帰路につく上野健ディレクターと井水奈奈アシスタントディレクター おすすめ記事(PR)•
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終電を逃した人たちのタクシー代を支払う代わりに、自宅訪問をお願いする人気番組『』(テレビ東京系)。 聞くと、正月早々フラれてヤケ酒していた、と。 取材中、女性は再プロポーズ。 しかし、男性は答えをはぐらかし、絶望した女性はベロベロに。 2人はその日も食事へ。 職場仲間とも関係良好。 そんな彼女は、じつは同性愛者。 本当にごめんなさい』。 同棲していた家には、2人の思い出の写真、半分がガラ空きのクローゼット、ダブルベッドが……。 翌月には、借りているアパートを出て実家に帰るとのこと。 部屋には複数の男女の衣類が所狭しと散乱。 インタビューを進めると、中学2年生で東日本大震災に被災し、何人もの死者を目のあたりにしたと涙ながらに語りはじめました。 その後、海外の高校に通うのですが、そこで知り合った日本人の女性との間に子供が……。 (週刊FLASH 2018年6月26日号) 外部サイト.
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