「放課後は終わらない!」を合言葉に、いつまでも青春!いつだって文化祭気分!のオバカな野郎の他愛ないヒマネタ閑話休題です。 「同時代性」の大好きな70年代の洋楽や邦楽のカルチャー 枠にとどまらず、 「路上観察」ネタや益にもならない放談の 日々で攻めてみたいと思います。 かなり気まぐれな 不定期アップと不連続な話題がウリ(?)の 「気まぐれな 鉛の飛行船」とでも思ってくださいな。 「浜名湖フォークジャンボリー」では記録係のカメラマンの1人として当日スタッフや実行委員 2010年度 などもしていました。 しかし、その正体は、某写真週刊誌の取材記者を30年以上も勤めているという怪しい噂も…? 笑 2010年、老舗アコースティックギターメーカー「K. Yairi」のトラベルギター・ニックネーム公募で「TEKTEK テクテク 」で最優秀賞受賞。 同社からシリアルナンバー0001の同ギターを貰い図にのる中年57歳。 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。 圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。 その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。 アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。 日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。 この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。 人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。 戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。 当初は、日本も足並みを揃えました。 しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。 その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。 国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。 こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。 満州事変、そして国際連盟からの脱退。 日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。 進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。 そして七十年前。 日本は、敗戦しました。 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。 祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。 終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。 広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。 中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。 戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。 歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。 一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。 この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。 これが、戦後日本の原点であります。 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。 事変、侵略、戦争。 いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。 植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。 自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。 七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。 その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。 中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。 米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。 戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。 あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。 しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。 謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。 そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。 それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。 歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。 その大きな責任があります。 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。 だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。 この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。 唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。 だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。 二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。 だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。 繁栄こそ、平和の礎です。 暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。 だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。 その決意であります。 アレじゃ謝ったことになってないと受け取られてダメだわ。 情けない・・・。 あの日から「戦後」が始まり、加害の歴史を責められながらも廃虚から立ち直り、平和国家として歩みを重ねてきた。 過去と向き合い、中国や韓国などと和解の努力を積み上げる一方、憲法9条の下で一度も戦争をせず、先の大戦への反省とおわびを行動で示してきた。 だが今、国の針路は大きな岐路に立っている。 衆院で与党が採決を強行、舞台を参院に移して審議されている安全保障関連法案である。 憲法解釈を変更し、歴代政権が憲法上認められないとしてきた集団的自衛権の行使を容認する内容だ。 安倍晋三首相は「国家と国民の安全を守り、世界の平和と安全を確かにするものだ」と強調する。 さらに「平和」と「安全」という言葉を何度も繰り返しながら「絶対に戦争に巻き込まれることはない」と述べる。 国民の理解を得られず、内閣支持率が急落した後には「分かりやすく説明したい」と火災の延焼を防ぐ例え話も披露した。 だが反対や批判の声はやまない。 政府が憲法学者による「違憲」の指摘と向き合わず、武力行使への歯止めや自衛隊員のリスクといった肝心な点になると、あいまいな説明しかしないからだ。 戦後、戦力不保持と戦争放棄を定める9条の下で歴代政権は「自国が武力攻撃を受けたときの必要最小限度の武力行使しか認められない」との見解を引き継いできた。 ところが安倍政権は、国際情勢の変化で、自国を守るための限定的な集団的自衛権行使なら現憲法下で可能と主張し、関連法案をまとめ上げた。 先の参院審議では中谷元・防衛相が他国軍への後方支援をめぐり「核兵器の運搬も法文上は排除していない」と述べた。 非核三原則の観点から「要請があっても拒否する」としたが、野党から「核兵器は運ばない」と法案に明記するよう迫られている。 首相も「やらない」「ありえない」と否定に追われる場面が目立つ。 全般的に法案の縛りが緩く、政府の裁量の幅があまりにも広いからだ。 戦後日本が平和国家として歩んできた存在意義が損なわれることがあってはならない。 それが、終戦の日を迎え、あの戦争の惨禍を思い起こすとき、多くの人が抱く思いだろう。 70年前と日本人の心性ってホント変わってないから恐ろしいわ。 どこに責任があるのか分からないことだ。 デザイン決定の経緯について関係者が責任を押し付け合う。 国民感情からすれば、責任者は事業主体の日本スポーツ振興センターを所管する文部科学相だろう。 しかし下村博文文科相は、担当局長を事実上更迭したのみで「新競技場を間に合わせる仕組みづくりが私の責任」と人ごとのようだ。 責任の所在不明は原発再稼働に通じる。 政府は原子力規制委員会の新規制基準に合う川内(せんだい)原発を「安全」と再稼働させたが、規制委は新基準に合っていても事故は起きうると責任を否定する。 そもそも15・7メートルの津波が来ると東京電力が試算しながら、安全対策を講じなかった福島第1原発事故は無責任の極みと言うほかない。 この無責任ぶりは、先の戦争に突入した政府や軍の指導者に源流を求めることができる。 終戦7年後に発刊された「日本の精神的風土」(岩波書店)に指導者たちの述懐が記録されている。 なぜ国力がはるか上の米国と戦端を開いたのか。 陸相を務めた南次郎は語る。 「アメリカの工業力に十分な知識を持っていなかった」 日本を終戦に導いた首相、鈴木貫太郎でさえこう言う。 「戦争とはおかしなもので、誰も欲していなくても自然の成り行きで起こる」 他に「じり貧になるより潔くやろうという単純な気持ち」との談話もある。 まとめると敵の力も知らぬまま、自然の成り行きで、単純に戦争が起きたことになる。 「太平洋戦争のボタンを押したのが誰か分からない。 こんな不思議な国はない」と司馬遼太郎は対談で語っている。 そして責任の所在を曖昧にする日本人を「あっけらかん民族」と名付けた。 「日本の精神的風土」の著者、人文地理学者の飯塚浩二はさらに論考を進める。 独断しがちな指導者が戦時中、さまざまな委員会を設けた。 これで「専門家、学識・経験ある者たちの意見は徴した」ことになる。 つまり専制的な者が委員会を使うのは、責任を負わぬための「誂(あつら)えむきの方法」と喝破する。 安倍晋三首相も有識者の会議を好んで使う。 きょう閣議決定する戦後70年談話でも、有識者から「意見は徴した」形を取った。 だが、それにより責任が見えなくなることがあってはならない。 あっけらかんの果てに70年前、国は一度破滅した。 今も精神的風土は受け継がれる。 この先もそうでいいのか、新国立競技場や原発、70年談話が問うているように見える。 養蚕と並んで古くから養豚も盛んであったのか秩父名物のひとつに豚肉を味噌漬けにして焼いた「豚味噌丼」があります。 花火見物でたまたま入った秩父の「道の駅」で頼んだのが蕎麦と豚味噌丼どのセットでした。 収録曲のセレクトの秀逸さは今更触れるべき必要もありませんが、その中にピート・シガーの曲に日本語歌詞を乗せた中川五郎さんの「腰まで泥まみれ」が入っていました。 この曲や数ある反戦歌が昨今のキナ臭い政治状況下で再び意味や必要性を持つようになってきたのは残念でしかありません。 オブラートに包んだり、暗喩に込めたりせずに、ストレートな言葉で思いを伝える歌は、日本が「戦争ができる国」になりそうな、危うい気配が漂う今、説得力を持ち始めているような-。 -反戦ソングを今、なぜ、どんな思いで歌ってらっしゃるのでしょうか。 ベトナム反戦運動、学生運動が盛り上がっていて、戦争反対とか差別反対とか訴える歌を歌ってました。 それが70年(日米)安保(改定)で時代が変わりベトナム戦争も終わって、みんな個人の生活や人間関係を歌うようになる。 戦争反対の歌が出る幕はない、使命は終わったと思ってたんですけど、今、当時よりリアリティーを持って歌える実感がある。 それは非常に残念で不幸なことなんですけど、国の在り方とか社会の動きが60年代よりひどい形になった。 昔よりぴったりくる、しっくりくる感じ。 そんな時代は想像もしていなかったんですけども、今はこれまで以上にメッセージソングを歌いたい、という思いがあります。 -歌い続ける反戦ソングは。 新宿西口フォークゲリラで歌ったのは2回ほど。 60年代後半は主に大阪の地下街の集会でみんなで歌ってました。 僕らの国が下手すると戦争を起こしかねない、ずるずると行きそうな気がして。 -政権がいう方向に何となく行く、みたいな雰囲気はありますね。 そういうのがこれまでになく、大きくなってる気がする。 -サザンオールスターズが紅白歌合戦で「ピースとハイライト」を歌って、権力者を皮肉って、面白かったんですけど、バッシングがあった。 ちょっとしたことで言いたいことを言ってる人がたたかれてる現実を見ると、もしかして、自分の思いを歌うということが禁止されたり、つかまったりする、あり得ないと思ってたことが非現実的でないな、というような、恐ろしさを感じるようになってきました。 -他に歌い続ける反戦歌は。 いつのまにか戦争が起こってるのが当たり前になってる、という歌。 あと、フォークゲリラの集会とかでよく歌っていた「かっこよくはないけれど」(フォーク歌手、マルビナ・レイノルズの歌の日本語訳)。 デモをしたり人前で叫んだりするのはかっこが悪いけど行動しないと始まらないよ、という歌。 一時期は昔歌っていた歌と思っていたのが、懐メロというのじゃなくて、すごくまた歌いたいという気持ちになったということです。 -「ライセンス・トゥ・キル」も今の時代にはまるというか。 おごりたかぶっている人たちを歌った。 -〈男の耳は聞きたいことだけを聞き〉〈ああ どうすれば男の耳を傾けさせられるのか〉とまっすぐ。 -歌詞がやはりストレート。 ウディ・ガスリーやピート・シーガーら米国のフォーク歌手に影響を受け、60年代後半から歌い始める。 「受験生ブルース」「主婦のブルース」など発表。 アルバムに「終わり はじまる」など。 音楽評論、ボブ・ディランらの歌詞やブコウスキーの小説などの翻訳を手掛ける。 90年代後半から歌中心の活動に戻り、近年は年の半分程度はライブで全国を回っている。 腰まで泥まみれ 作詞/作曲:ピート・シーガー 訳詞:中川五郎 M2. スラバヤ通りの妹へ 作詞/作曲:松任谷由実 M3. 美しき五月のパリ 作者:不詳 日本語詞:加藤登紀子 M4. ユエの流れ 作詞:桐雄二郎 作曲:須摩洋朔 M5. リリー・マルレーン 作詞:Hans Leip 作曲:Norbert Schultze 訳詞:片桐和子 M6. 最后のダンスステップ 作詞/作曲:あがた森魚 M7. 戦争は知らない 作詞:寺山修司 作曲:加藤ヒロシ M8. 死んだ男の残したものは 作詞:谷川俊太郎 作曲:武満徹 M9. ケ・サラ 作詞:F. 死んだ女の子 作詞:ナジム・ヒクメット 日本語詞:中本信幸 作曲:外山雄三 編曲:坂本龍一 M12. さとうきび畑 作詞/作曲:寺島尚彦 2002年の「ワダツミの木」で社会現象を巻き起こした衝撃のデビューを経て、2014年にはスライ&ロビーとの作品がグラミー賞にノミネートされるなど日本を代表するシンガー・元ちとせ。 2011年8月31日にシングルでリリースされた「永遠(トワ)の調べ」以外はすべて新録作品となり、谷川俊太郎、寺山修司、あがた森魚、松任谷由実らによる作詞楽曲や、中川五郎、加藤登紀子、岩谷時子らが日本語詞を手掛ける洋楽曲まで、全編を通じて、日本語の美しさも感じられるアルバムとなっている。 ・・from 元ちとせ・・ 戦後60年が経った2005年、過去に戦争があった事を風化させない為にと思い、坂本龍一氏とのコラボレーション曲『死んだ女の子』を発表しました。 戦後70年を迎える今年、『平和を祈る思い』『忘れない、繰り返さないという願い』をシンガーとして歌い継ぎ、母として残して行ければと思い、レコーディングに臨みました。 このアルバム『平和元年』が、平和を思うきっかけになってくれればと思っています。 今月30日には国会前での10万人デモに加え、何と全国各地で抗議集会を同時に開き、計100万人の参加を呼びかけているのだ。 いくら独善的といわれる安倍首相でも、100万人の声を無視することはできないのではないか。 「8・30全国100万人大行動」の主催団体のひとつ「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」に所属する高田健氏(70)はこう言う。 「100万人集会は、私たちの団体の他に2団体が力を合わせ、7月中旬ごろから計画を進めてきました。 全都道府県に関連団体があり、電話やメール、ネットで参加者を募っているところです。 100万人集めるのはそう簡単なことではありませんが、各地域の方々の反応はいい。 皆、廃案に向け、ヤル気がみなぎっています。 小さな村だと、都会と違って人の集まる場所は多くありません。 それでも、『スーパーマーケットなど、なるべく人目に付く場所でプラカードを掲げたい』と言ってくれる方もいます」 1960年の安保闘争では、国会前に30万人のデモ隊が押し寄せ、当時の岸内閣を退陣に追い込んだ。 全国で100万人が「安保法案反対」の声を上げれば、安倍首相も敬愛してやまない祖父に倣い、退陣するしかないのではないか。 30国会10万人・全国100万人大行動に集まろう! 「戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」は7月期、連日国会前における行動をうちぬき、巨万の市民とともに衆院での強行採決に徹底的に抗議を行ってきました。 「連休を越せば世論は沈静化する」という政府・与党の目論見は外れました。 新聞各社の調査でも安倍政権の支持率が激減しています。 26国会包囲行動には約2万5000人、7. 28日比谷大集会には約1万5000人もの市民が参加しています。 私たちは全国の人々の怒りの声を取り結び、戦争法案成立を阻止するまで、全力でたたかう決意を固めています。 総がかり行動実行委員会は、火曜日の街宣行動、木曜日の国会前集会を中心に、8月期も継続してとりくみます。 そして8月最後の日曜日である8月30日に、下記のように大行動を提起します。 国会周辺を10万人以上の戦争法案絶対反対!の怒りの声で埋め尽くそう! また、全国各地でも同時行動にとりくんでください。 全国つらぬく総がかりの力で、戦争法案廃案・安倍政権退陣・政策転換実現をかちとりましょう! 戦争法案廃案! 安倍政権退陣! 8. その多様性、重層性、創造性はかつて見られなかった広がりを示している。 国会内の野党各党と連携して展開されているこの戦争法案廃案運動の拡大は安倍政権と与党を追いつめ、参議院での議論が始まったばかりであるにもかかわらず、すでに国会の論戦ではボロボロの状態になっている。 そして私たちはこうした情勢の中で、この戦争法案を廃案にできる可能性を手に入れつつある。 <運動の出発と経過> 私たちは広範な世論の高まりによって、2007年、9条改憲を公言した第1次安倍政権を崩壊させた経験があり、2013年、第2次安倍政権が企てた96条改憲論を破綻させた経験があり、さらに直近では国立競技場建設構想を白紙撤回させた実績がある。 しかし安倍自公政権は、衆議院3分の2を超える議席数を持ち、戦争法案廃案への闘いの道のりは決して容易なものではないが、「平和憲法の破壊、立憲主義を無視して集団的自衛権の憲法解釈の変更」という動きに、さまざまな運動体が行動を始めた。 2014年前半に、「戦争をさせない1000人委員会」が発足し、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」が立ち上がり、「戦争する国づくり反対!憲法をまもりいかす共同センター」が再編発足した。 これら3つのネットワークは、出自や経過から来る立場の違いを乗り越え、さまざまな運動の現場での共闘からはじまって、次第に連携を強め、2014年末には「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」を結成した。 安倍政権による「平和と民主主義の破壊」、「戦争の足音の高まりへの恐れ」を目の当たりにした3団体は、「平和と民主主義の実現」の責任の一端を担わなければならいという決意に突き動かされ、画期的な共同を実現させた。 この運動は、2015年にはいり5月3日の憲法記念日集会の成功を踏まえて、前述の3団体に加えて、5・3集会の実行委員会に参加した反原発関連の3団体や、反貧困運動、女性の運動、国際連帯運動などなどさまざまな分野の市民運動のネットワークがそれぞれの課題の違いを超えて、「総がかり実行委員会」に参加・統合された。 <この間の私たちの主なとり組み> この「総がかり行動実行委員会」は、毎週木曜日の国会行動などをはじめ、数万の規模による6・14、6・24、7・14、15、16、17、7・26、7・28など戦争法案に反対する連続的な国会行動や国会前座り込み、新聞意見広告のとり組み、各所での街頭宣伝など、従来の枠を超えた大きな活動を展開した。 一方、野党各党への要請・懇談や議員へのロビーイングなど、野党の国会議員への働きかけも積極的に行い、連携を強化した。 いま戦争法案廃案・安倍政権退陣をめざす運動は全国で大きく高揚している。 そして戦争法案反対、今国会での強行反対の声はどの世論調査でも急速に拡大し、安倍政権の支持率は急落している。 私たちは、このねばり強い運動が「戦争法案廃案」めざしての各界各層の人びとの決起と、全国各地の草の根での運動の高揚に貢献したと自負している。 私たちがくり返し提唱してきた、思想信条政治的立場の違いを超えた「戦争法案反対」の大きな共同行動の実現と、そうした取り組みの中でこそ勝利の展望が描けるという確信が、事態を大きく切り開いてきたと言っても過言ではない。 <共同行動のいっそうの拡大を> 窮地に追い込まれた安倍政権は国会会期を大幅に延長し、かつ衆議院での強行採決に踏み切った。 そして焦点は、参議院段階へと移り、安倍自公政権が、参議院で強行採決することを許さず、衆議院での再議決をさせないたたかいこそ、焦眉の課題となっている。 衆議院段階でのかってなかった層や市民による新しい運動の広がりをさらに期待すると同時に連携しての共同行動を作り上げる努力が求められている。 また一方、原発再稼働阻止・脱原発運動、沖縄の辺野古新基地建設反対運動、貧困と差別を許さない運動、アジアの人びととの連帯と共生運動などもそれぞれ情勢は緊迫している。 そして闘いは大きく高揚している。 それぞれの課題とも、安倍政権の暴走の結果であり、安倍内閣退陣をめざして、大きな闘いの連携の枠組みをつくる必要性と可能性も大きく拡大している。 私たちは、全国各地での始まっている草の根での共同行動の展開をさらに押し広げ、立ち上がりつつある各界各層の人々の運動とさらに連携を強め、また安倍政権の暴走の下で苦しむ広範な民衆の運動と連携して、安倍政権を包囲し退陣に追い込む世論の一翼を担うことが私たちの役割であり、使命である。 <安倍政権の暴走をとめ、退陣を実現しよう> 安倍政権はこの夏、参議院での強行採決を念頭におきつつ、運動が後退することに淡い期待をいだき、自らの延命に期待している。 そうであるなら、私たちの回答は明確だ。 全力をふり絞って、この歴史的なたたかいを担いきり、運動の一層の発展を実現し、戦争法案廃案・安倍政権退陣を勝ち取ろう。 私たちは、毎週火曜日の統一街頭宣伝行動、木曜国会前集会などの地道な活動の積み上げ、提起される共同した取り組みを全力をあげて闘いぬこう。 そして8月30日、戦争法案廃案をめざす10万人国会包囲行動と全国100万人統一行動を必ず実現し、いのちと民衆の怒りをないがしろにし、立憲主義を無視し、憲法9条と民主主義を破壊し、戦争への道をひた走る安倍政権に決定的な打撃を加えよう。 いまこそたちあがろう、手をつなごう。 戦争は、兵器産業に富をもたらす。 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。 戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。 戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。 戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。 精神は、操作の対象物ではない。 生命は、誰かの持ち駒ではない。 海は、基地に押しつぶされてはならない。 空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。 血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、 知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。 学問は、戦争の武器ではない。 学問は、商売の道具ではない。 学問は、権力の下僕ではない。 生きる場所と考える自由を守り、創るために、 私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。 安倍晋三政権は新法の「国際平和支援法」と10本の戦争関連法を改悪する「平和安全法制整備法案」を国会に提出し、審議が行われています。 これらの法案は、アメリカなど他国が海外で行う軍事行動に、日本の自衛隊が協力し加担していくものであり、憲法九条に違反しています。 私たちは憲法に基づき、国会が徹底審議をつくし、廃案とすることを強く求めます。 安倍首相の言う「武力行使は限定的なもの」であるどころか、自衛隊の武力行使を際限なく広げ、「専守防衛」の建前に反することになります。 武器を使用すれば、その場は交戦状態となり、憲法九条一項違反の「武力行使」となることは明らかです。 60年以上にわたって積み重ねられてきた「集団的自衛権の行使は憲法違反」という政府解釈を安倍政権が覆したことで、米国の侵略戦争に日本の自衛隊が参戦する可能性さえ生じます。 日本が戦争当事国となり、自衛隊が国際法違反の「侵略軍」となる危険性が現実のものとなります。 私たちは、かつて日本が行った侵略戦争に、多くの学徒を戦地へ送ったという、大学の戦争協力の痛恨の歴史を担っています。 その歴史への深い反省から、憲法九条とともに歩み、世界平和の礎たらんと教育研究活動にたずさわり、再び戦争の惨禍を到来させないようにしてきました。 二度と再び、若者を戦地に送り、殺し殺される状況にさらすことを認めることはできません。 私たちは、学問と良識の名において、違憲性のある安全保障関連法案が国会に提出され審議されていることに強く抗議し、それらの法案に断固として反対します。 このような憲法違反の法案を成立させることは、立憲主義に基づく民主政治を根底から覆しかねない。 ここにわれわれは全法案の撤回を要求する。 集団的自衛権行使容認の違憲性 政府見解の一貫性 憲法9条の下で武力行使が許されるのは、個別的自衛権の行使、すなわち日本に対する急迫不正の侵害があり、これを排除するためにほかの適当な手段がない場合に限られる。 しかも、その場合にも必要最小限度の実力行使にとどまらなければならない。 この憲法解釈は、1954年の自衛隊創設以来、政府見解において変わることなく維持されてきた。 集団的自衛権の行使には憲法9条の改正が不可欠であることも、繰り返し政府によって表明されてきた。 昨年7月の閣議決定 集団的自衛権の行使を容認した昨年7月の閣議決定は、政府の憲法解釈には「論理的整合性」と「法的安定性」が要求されるとし、「論理的整合性」を保つには、従来の政府見解の「基本的な論理の枠内」にあることが求められるとした。 その上で、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」がある場合には、当該他国を防衛するための集団的自衛権の行使も許容されるとしている。 論理的整合性の欠如 しかし、個別的自衛権の行使のみが憲法上認められるという解釈と、集団的自衛権の行使が(限定的であれ)認められるという解釈とを、同じ論拠の上に成立させることはできない。 自国を防衛するための個別的自衛権と、他国を防衛するための集団的自衛権とは、本質を異にするものであるからである。 法的安定性 「法的安定性」について、昨年7月の閣議決定は、何ら語るところがない。 しかし、ホルムズ海峡での機雷掃海活動が許容されるか否かについて、連立を組む与党の党首間でも見解が異なることを見れば、集団的自衛権の行使に対して明確な「限定」が存在しないことは明らかである。 機雷掃海活動を超える武力の行使についても、現政権による発言がどうであれ、法的な歯止めがなければ、その都度の政権の判断次第でいつでも行われうることとなる。 砂川判決の意味 砂川事件最高裁判決を根拠に集団的自衛権の合憲性を主張する向きも一部にあるが、砂川事件は、駐留米軍が憲法9条2項の禁ずる「戦力」に該当するかが争われた事件である。 したがって、この裁判では日本の集団的自衛権は、全く争点となっていない。 最高裁判決の先例としての価値は、具体的争点を基に語られるべきものであり、同判決が日本の集団的自衛権行使について判断しているとの主張は牽強付会である。 集団的自衛権行使は違憲 要するに、現政権による集団的自衛権の行使の容認は、従来の政府見解の基本的な論理の枠を明らかに踏み越えており、かつ、法的安定性を大きく揺るがすものであって、憲法9条に違反する。 外国軍隊等の武力行使との一体化 非戦闘地域の意味 従来の政府見解は、「後方地域」での自衛隊による外国軍隊等の支援が、憲法の禁ずる武力の行使には当たらないものとするにあたり、自衛隊の活動が他国軍隊の武力行使と一体化しないことと、その活動が「非戦闘地域」に限られることという歯止めを設けてきた。 「戦闘地域」と「非戦闘地域」との区分は、ある程度の余裕を見て自衛隊の活動地域を区分しようとの配慮に基づくものであり、実施期間を通じて活動を必ず合憲としうるための工夫であった。 武力行使との一体化へ 今回の法案では、従来の「戦闘地域」と「非戦闘地域」の区別が廃止されている。 現に戦闘行為が行われている現場以外であれば後方支援を実施しうるものとされ、自衛隊は、外国軍隊等への弾薬の供与や発進準備中の航空機への給油を新たに行ないうることとされている。 もはや他国軍隊等の戦闘行為と密接不可分であり、具体的状況によって、外国軍隊の武力行使との一体化との評価を受けるおそれがきわめて高いと言わざるをえない。 国会軽視の審議過程 対米公約の問題性 安倍首相は先の訪米時に、安保法制関連諸法案を今年8月までに成立させるという「対米公約」ともとれる発言を米議会で行った。 まだ閣議決定さえされていない段階でのこのような発言は、唯一の立法機関たる国会の権威を損ない、国民主権をないがしろにするものである。 対米追随的姿勢 本法案は内容的には本年4月に合意の「日米防衛協力のための指針」(日米ガイドライン)に沿ったものであり、国会審議でホルムズ海峡での機雷掃海などが強調されている背景に、米国の対日要求があるとも考えられる。 条約ですらないものを、いわば憲法の上位に置き、それに合わせて実質的な改憲にも等しい立法化を進めることは許されない。 また、このような対米追随ともとれる姿勢は、集団的自衛権行使に関して日本が自主的に判断できるとの政府の主張の信ぴょう性を疑わせる。 内閣による国会軽視 国会審議においても、首相自らが質問者にヤジを飛ばしたり、大臣から「現在の憲法をいかにこの法案に適応させるか」という立憲主義を否定する発言があるなど、政府の対応は、国権の最高機関たる国会を中心とする立憲的な民主政治を尊重するものとはなっていない。 4. 安全保障への影響 安全保障論のあいまいさ 昨年7月の閣議決定は、集団的自衛権の行使が容認される根拠として、「我が国を取り巻く安全保障環境」の変化を挙げるが、その内容は、「パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等」というきわめてあいまいなものである。 日米安保への過剰な期待 世界各地でアメリカに軍事協力すれば、日本の安全保障へのアメリカの協力が強まるとの議論がある。 しかし、アメリカはあくまで日米安全保障条約5条が定める通り、「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」条約上の義務を果たすにとどまる。 大規模な軍事力の行使について、アメリカ憲法は連邦議会の承認をその条件としていることを忘れるべきではない(米憲法1篇8節11項)。 抑止力万能論の陥穽 日本を取り巻く安全保障環境が悪化しつつあるのであれば、限られた防衛力を地球全体に拡散するより、専守防衛に集中する方が合理的との判断もありうる。 また政府は、集団的自衛権の行使容認が抑止力を高め、安全保障に寄与すると主張するが、日本が抑止力を高めれば、相手側がさらに軍備を強化し、結果的に安全保障環境が悪化しかねない(安全保障のジレンマ)。 軍拡競争となれば、少子高齢化や財政赤字などの深刻な問題を抱える日本は、さらに大きなリスクに直面することになる。 国際協調による緊張緩和へ 平和を維持するには、国際協調が不可欠である。 外交交渉や「人間の安全保障」等によって緊張を緩和し、紛争原因を除去する努力を弛みなく続けていくことが、日本にとっての安全保障を導くのであり、抑止力にのみ頼ることはできない。 結論 安全保障関連諸法案は憲法に明確に違反している。 立憲主義をないがしろにし、国民への十分な説明責任を果たさない政府に対して、安全保障にかかわる重大な政策判断の権限を与えることはできない。 ここに全法案のすみやかな撤回を要求する。 この二つの法案は、これまで政府が憲法9条の下では違憲としてきた集団的自衛権の行使を可能とし、米国などの軍隊による様々な場合での武力行使に、自衛隊が地理的限定なく緊密に協力するなど、憲法9条が定めた戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認の体制を根底からくつがえすものである。 巷間でこれが「戦争法案」と呼ばれていることには、十分な根拠がある。 私たち憲法研究者は、以下の理由から、現在、国会で審議が進められているこの法案に反対し、そのすみやかな廃案を求めるものである。 1.法案策定までの手続が立憲主義、国民主権、議会制民主主義に反すること 昨年7月1日の閣議決定は、「集団的自衛権の行使は憲法違反」という60年以上にわたって積み重ねられてきた政府解釈を、国会での審議にもかけずに、また国民的議論にも付さずに、一内閣の判断でくつがえしてしまう暴挙であった。 日米両政府は、本年4月27日に、現行安保条約の枠組みさえも超える「グローバルな日米同盟」をうたうものへと「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を改定し、さらに4月29日には、安倍首相が、米国上下両院議員の前での演説の中で、法案の「この夏までの成立」に言及した。 こうした一連の政治手法は、国民主権を踏みにじり、「国権の最高機関」たる国会の審議をないがしろにするものであり、憲法に基づく政治、立憲主義の意義をわきまえないものと言わざるを得ない。 2.法案の内容が憲法9条その他に反すること 以下では、法案における憲法9条違反の疑いがとりわけ強い主要な3点について示す。 (1)歯止めのない「存立危機事態」における集団的自衛権行使 自衛隊法と武力攻撃事態法の改正は、「存立危機事態」において自衛隊による武力の行使を規定するが、そのなかでの「我が国と密接な関係にある他国」、「存立危機武力攻撃」、この攻撃を「排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使」などの概念は極めて漠然としておりその範囲は不明確である。 この点は、従来の「自衛権発動の3要件」と比較すると明白である。 法案における「存立危機事態」対処は、歯止めのない集団的自衛権行使につながりかねず、憲法9条に反するものである。 その際の対処措置を、国だけでなく地方公共団体や指定公共機関にも行わせることも重大な問題をはらんでいる。 (2)地球のどこででも米軍等に対し「後方支援」で一体的に戦争協力 重要影響事態法案における「後方支援活動」と国際平和支援法案における「協力支援活動」は、いずれも他国軍隊に対する自衛隊の支援活動であるが、これらは、活動領域について地理的な限定がなく、「現に戦闘行為が行われている現場」以外のどこでも行われ、従来の周辺事態法やテロ特措法、イラク特措法などでは禁じられていた「弾薬の提供」も可能にするなど、自衛隊が戦闘現場近くで外国の軍隊に緊密に協力して支援活動を行うことが想定されている。 これは、もはや「外国の武力行使とは一体化しない」といういわゆる「一体化」論がおよそ成立しないことを意味するものであり、そこでの自衛隊の支援活動は「武力の行使」に該当し憲法9条1項に違反する。 このような違憲かつ危険な活動に自衛隊を送り出すことは、政治の責任の放棄のそしりを免れない。 国際平和支援法案の支援活動は、与党協議の結果、「例外なき国会事前承認」が求められることとなったが、その歯止めとしての実効性は、国会での審議期間の短さなどから大いに疑問である。 また、重要影響事態法案は、「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」というきわめてあいまいな要件で国連決議等の有無に関わりなく米軍等への支援活動が可能となることから国際法上違法な武力行使に加担する危険性をはらみ、かつ国会による事後承認も許されるという点で大きな問題がある。 (3)「武器等防護」で平時から米軍等と「同盟軍」的関係を構築 自衛隊法改正案は、「自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動に現に従事している」米軍等の武器等防護のために自衛隊に武器の使用を認める規定を盛り込んでいるが、こうした規定は、自衛隊が米軍等と警戒監視活動や軍事演習などで平時から事実上の「同盟軍」的な行動をとることを想定していると言わざるを得ない。 このような活動は、周辺諸国との軍事的緊張を高め、偶発的な武力紛争を誘発しかねず、武力の行使にまでエスカレートする危険をはらむものである。 そこでの武器の使用を現場の判断に任せることもまた、政治の責任の放棄といわざるをえない。 領域をめぐる紛争や海洋の安全の確保は、本来平和的な外交交渉や警察的活動で対応すべきものである。 それこそが、憲法9条の平和主義の志向と合致するものである。 以上のような憲法上多くの問題点をはらむ安保関連法案を、国会はすみやかに廃案にするべきである。 政府は、この法案の前提となっている昨年7月1日の閣議決定と、日米ガイドラインをただちに撤回すべきである。 そして、憲法に基づく政治を担う国家機関としての最低限の責務として、国会にはこのような重大な問題をはらむ法案の拙速な審議と採決を断じて行わぬよう求める。 学生団体「SEALDs(シールズ)」に刺激される形で、70代の高齢者も「デモ」に参加しはじめた。 高校生、大学生、高齢者……と、広がりつづける「抗議活動」に、自民党は本気で焦りはじめている。 8日、東京・巣鴨で安保法案に「ノー」を突き付けたのは「OLDs(オールズ)」のメンバー。 60~70代で構成され、7月から毎週土曜日、巣鴨に集結している。 シールズに刺激を受け、行動を始めた。 東京外語大名誉教授の高橋正明氏(70)はこう言う。 でも、若い人にケツを蹴られて、目が覚めたような格好です。 自分たちも動かないとダメだと。 ネットで呼びかける形で、集まってもらっています」 この日の参加者は100人超。 「これまで、集まったのはせいぜい10人くらい。 今日はたくさんの人が来てくれた」(別のメンバー)という。 音楽やシュプレヒコールを中心にデモを行うシールズとは、現場の雰囲気は全く違う。 一人一人がマイクを握り、淡々と安保法案や安倍首相への批判を展開。 巣鴨は創価学会とのつながりが深いこともあり、「創価学会は今の公明党を見て、何も感じないのか」と訴える場面もあった。 こうしたオールズの姿に触発され、30~60代で結成されたのが「MIDDLEs(ミドルズ)」だ。 8日の行動にも加わった。 現役バリバリの社会人が中心で、弁護士や報道関係者らも参加する。 自民党関係者がこう言う。 「ここまで反対運動が広がるとは思わなかった。 高校生、大学生、高齢者とあらゆる年齢層に反対運動が広がっている。 しかも、東京だけでなく、全国規模になっている。 まるで国民が覚醒したかのようです。 どうすれば終息するのか正直、分からない」 シールズを取材してきたジャーナリスト・横田一氏もこう話す。 「シールズのメンバーは、実名や顔がネット上にさらされて、激しい誹謗中傷を受けることもあります。 それでも、彼、彼女らは堂々と行動している。 そうした姿を見て、『自分たちも何かやらなければ』と感じる人が多いのだと思います。 ネット上の動画を見て、シールズに参加する人は若者から年配の方まで、今もどんどん増えている状況です」 夏休み最後の日曜日(8月30日)には、国会前で10万人、全国で100万人の「反安保デモ」が予定されている。 このままいけば、20万、30万人が国会に押し寄せてもおかしくはない。 30国会10万人・全国100万人大行動に集まろう! 「戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」は7月期、連日国会前における行動をうちぬき、巨万の市民とともに衆院での強行採決に徹底的に抗議を行ってきました。 「連休を越せば世論は沈静化する」という政府・与党の目論見は外れました。 新聞各社の調査でも安倍政権の支持率が激減しています。 26国会包囲行動には約2万5000人、7. 28日比谷大集会には約1万5000人もの市民が参加しています。 私たちは全国の人々の怒りの声を取り結び、戦争法案成立を阻止するまで、全力でたたかう決意を固めています。 総がかり行動実行委員会は、火曜日の街宣行動、木曜日の国会前集会を中心に、8月期も継続してとりくみます。 そして8月最後の日曜日である8月30日に、下記のように大行動を提起します。 国会周辺を10万人以上の戦争法案絶対反対!の怒りの声で埋め尽くそう! また、全国各地でも同時行動にとりくんでください。 全国つらぬく総がかりの力で、戦争法案廃案・安倍政権退陣・政策転換実現をかちとりましょう! 戦争法案廃案! 安倍政権退陣! 8. その多様性、重層性、創造性はかつて見られなかった広がりを示している。 国会内の野党各党と連携して展開されているこの戦争法案廃案運動の拡大は安倍政権と与党を追いつめ、参議院での議論が始まったばかりであるにもかかわらず、すでに国会の論戦ではボロボロの状態になっている。 そして私たちはこうした情勢の中で、この戦争法案を廃案にできる可能性を手に入れつつある。 <運動の出発と経過> 私たちは広範な世論の高まりによって、2007年、9条改憲を公言した第1次安倍政権を崩壊させた経験があり、2013年、第2次安倍政権が企てた96条改憲論を破綻させた経験があり、さらに直近では国立競技場建設構想を白紙撤回させた実績がある。 しかし安倍自公政権は、衆議院3分の2を超える議席数を持ち、戦争法案廃案への闘いの道のりは決して容易なものではないが、「平和憲法の破壊、立憲主義を無視して集団的自衛権の憲法解釈の変更」という動きに、さまざまな運動体が行動を始めた。 2014年前半に、「戦争をさせない1000人委員会」が発足し、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」が立ち上がり、「戦争する国づくり反対!憲法をまもりいかす共同センター」が再編発足した。 これら3つのネットワークは、出自や経過から来る立場の違いを乗り越え、さまざまな運動の現場での共闘からはじまって、次第に連携を強め、2014年末には「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」を結成した。 安倍政権による「平和と民主主義の破壊」、「戦争の足音の高まりへの恐れ」を目の当たりにした3団体は、「平和と民主主義の実現」の責任の一端を担わなければならいという決意に突き動かされ、画期的な共同を実現させた。 この運動は、2015年にはいり5月3日の憲法記念日集会の成功を踏まえて、前述の3団体に加えて、5・3集会の実行委員会に参加した反原発関連の3団体や、反貧困運動、女性の運動、国際連帯運動などなどさまざまな分野の市民運動のネットワークがそれぞれの課題の違いを超えて、「総がかり実行委員会」に参加・統合された。 <この間の私たちの主なとり組み> この「総がかり行動実行委員会」は、毎週木曜日の国会行動などをはじめ、数万の規模による6・14、6・24、7・14、15、16、17、7・26、7・28など戦争法案に反対する連続的な国会行動や国会前座り込み、新聞意見広告のとり組み、各所での街頭宣伝など、従来の枠を超えた大きな活動を展開した。 一方、野党各党への要請・懇談や議員へのロビーイングなど、野党の国会議員への働きかけも積極的に行い、連携を強化した。 いま戦争法案廃案・安倍政権退陣をめざす運動は全国で大きく高揚している。 そして戦争法案反対、今国会での強行反対の声はどの世論調査でも急速に拡大し、安倍政権の支持率は急落している。 私たちは、このねばり強い運動が「戦争法案廃案」めざしての各界各層の人びとの決起と、全国各地の草の根での運動の高揚に貢献したと自負している。 私たちがくり返し提唱してきた、思想信条政治的立場の違いを超えた「戦争法案反対」の大きな共同行動の実現と、そうした取り組みの中でこそ勝利の展望が描けるという確信が、事態を大きく切り開いてきたと言っても過言ではない。 <共同行動のいっそうの拡大を> 窮地に追い込まれた安倍政権は国会会期を大幅に延長し、かつ衆議院での強行採決に踏み切った。 そして焦点は、参議院段階へと移り、安倍自公政権が、参議院で強行採決することを許さず、衆議院での再議決をさせないたたかいこそ、焦眉の課題となっている。 衆議院段階でのかってなかった層や市民による新しい運動の広がりをさらに期待すると同時に連携しての共同行動を作り上げる努力が求められている。 また一方、原発再稼働阻止・脱原発運動、沖縄の辺野古新基地建設反対運動、貧困と差別を許さない運動、アジアの人びととの連帯と共生運動などもそれぞれ情勢は緊迫している。 そして闘いは大きく高揚している。 それぞれの課題とも、安倍政権の暴走の結果であり、安倍内閣退陣をめざして、大きな闘いの連携の枠組みをつくる必要性と可能性も大きく拡大している。 私たちは、全国各地での始まっている草の根での共同行動の展開をさらに押し広げ、立ち上がりつつある各界各層の人々の運動とさらに連携を強め、また安倍政権の暴走の下で苦しむ広範な民衆の運動と連携して、安倍政権を包囲し退陣に追い込む世論の一翼を担うことが私たちの役割であり、使命である。 <安倍政権の暴走をとめ、退陣を実現しよう> 安倍政権はこの夏、参議院での強行採決を念頭におきつつ、運動が後退することに淡い期待をいだき、自らの延命に期待している。 そうであるなら、私たちの回答は明確だ。 全力をふり絞って、この歴史的なたたかいを担いきり、運動の一層の発展を実現し、戦争法案廃案・安倍政権退陣を勝ち取ろう。 私たちは、毎週火曜日の統一街頭宣伝行動、木曜国会前集会などの地道な活動の積み上げ、提起される共同した取り組みを全力をあげて闘いぬこう。 そして8月30日、戦争法案廃案をめざす10万人国会包囲行動と全国100万人統一行動を必ず実現し、いのちと民衆の怒りをないがしろにし、立憲主義を無視し、憲法9条と民主主義を破壊し、戦争への道をひた走る安倍政権に決定的な打撃を加えよう。 いまこそたちあがろう、手をつなごう。 81年『さようなら、ギャングたち』で群像新人賞優秀作を受賞しデビュー。 『優雅で感傷的な日本野球』で三島賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎賞を受賞。 本当に止めるぞ。 憲法守れ! 憲法守れ!」(SEALDs 奥田愛基、本書より) ネットで大拡散した『神奈川新聞』連載「時代の正体」を集大成。 安保、集団的自衛権、米軍基地、ヘイトスピーチなど戦後70年の重大問題に焦点をあて、高畑勲、想田和弘、内田樹、高橋源一郎、辺見庸他、時代を問うインタビューを収録。 やる気のあるマスコミはひと味違います! ドッシリ重いのも気に入ってるし、そのまま焚火にかけてもへいちゃらな強さだし、容量もあるから一度に沢山つくれるのもいいよね。 祈るのも願うのもいいけれど時には声をあげて行動もしないとね。 まだ日本は「民主主義」の予知も制度も残されているから選挙の度に戦争体制に邁進するような危険な政党や勢力の候補は叩いて落選させなくちゃね。 腰まで泥まみれ 作詞/作曲:ピート・シーガー 訳詞:中川五郎 M2. スラバヤ通りの妹へ 作詞/作曲:松任谷由実 M3. 美しき五月のパリ 作者:不詳 日本語詞:加藤登紀子 M4. ユエの流れ 作詞:桐雄二郎 作曲:須摩洋朔 M5. リリー・マルレーン 作詞:Hans Leip 作曲:Norbert Schultze 訳詞:片桐和子 M6. 最后のダンスステップ 作詞/作曲:あがた森魚 M7. 戦争は知らない 作詞:寺山修司 作曲:加藤ヒロシ M8. 死んだ男の残したものは 作詞:谷川俊太郎 作曲:武満徹 M9. ケ・サラ 作詞:F. 死んだ女の子 作詞:ナジム・ヒクメット 日本語詞:中本信幸 作曲:外山雄三 編曲:坂本龍一 M12. さとうきび畑 作詞/作曲:寺島尚彦 2002年の「ワダツミの木」で社会現象を巻き起こした衝撃のデビューを経て、2014年にはスライ&ロビーとの作品がグラミー賞にノミネートされるなど日本を代表するシンガー・元ちとせ。 2011年8月31日にシングルでリリースされた「永遠(トワ)の調べ」以外はすべて新録作品となり、谷川俊太郎、寺山修司、あがた森魚、松任谷由実らによる作詞楽曲や、中川五郎、加藤登紀子、岩谷時子らが日本語詞を手掛ける洋楽曲まで、全編を通じて、日本語の美しさも感じられるアルバムとなっている。 ・・from 元ちとせ・・ 戦後60年が経った2005年、過去に戦争があった事を風化させない為にと思い、坂本龍一氏とのコラボレーション曲『死んだ女の子』を発表しました。 戦後70年を迎える今年、『平和を祈る思い』『忘れない、繰り返さないという願い』をシンガーとして歌い継ぎ、母として残して行ければと思い、レコーディングに臨みました。 このアルバム『平和元年』が、平和を思うきっかけになってくれればと思っています。 1980年代に同様のコンサートを開いていたが、中心メンバーの病死に伴い事実上、途絶えていた。 戦後70年を迎える今年、かつての出演者たちが「節目の年だからこそ開催すべきだ」と企画した。 コンサートは直方市のアマチュア歌手、故高津東吾さんが発案。 高津さんが立ち上げたフォークソング愛好会「筑豊うたの里」が中心となって1981年から6年間、終戦記念日に開いてきた。 当時は毎年、アマチュアのミュージシャン約40人が反戦歌などを披露。 高津さんも、被爆地・広島にあった地蔵をテーマにした「おこり地蔵」や、徴兵された父親の代わりに炭鉱で働く少女を描いた「ある女坑夫の半生」などオリジナル曲を歌い上げた。 しかし、高津さんが心臓を患って入退院を繰り返すようになると、コンサートも開かれなくなった。 93年7月に高津さんが41歳で息を引き取った後、うたの里は解散した。 今年7月、安全保障関連法案が衆院で可決されたのをきっかけに、元会員からコンサートの復活を望む声が上がり、50~60代の男女7人が実行委員会を組織した。 実行委の一人、田川市の小柳圭史(たかし)さん(61)は「高津さんの思いを引き継ぎたい。 平和への決意を歌で訴えられれば」と語る。 公演時間は午後1時~4時。 出演者が1人15分の持ち時間内で反戦歌の演奏や意見発表をする。 入場無料。 飛び込み参加も可。 そういえば去年は松代大本営後も見物に行ったんだよな。 地元では当時、子供たちに爆弾を背負わせて敵戦車の下へ潜り込む自爆訓練なんかもしていたんだよな。 戦争は容赦なく子供まで動員するんだよね。 狂ってるわ・・・。 松代(まつしろ)大本営と呼ばれるこの地下壕は1944年秋から掘削作業が始まり、翌45年の敗戦時には8割が完成していたという。 掘削作業には多くの朝鮮半島出身者も動員された。 松代大本営は米軍の首都上陸に備え、政府の中枢を空襲のない地に移転するためひそかに計画された。 本土決戦が叫ばれる中、国民は置き去りにされようとしていた。 真夏でもひんやりした薄暗い構内には夏休みの今、多くの見学者が訪れる。 「国あって国民なし」があの戦争の実際の姿だったことを、この巨大な遺物は教えている。 戦後70年の節目に迎えるあすの終戦記念日を前に、改めて考えてみたい。 満州事変から太平洋戦争に至る日本の「自爆戦争」の背景には、憲法解釈の乱用があった。 軍は、天皇による統帥権が三権の枠外にあるとして神聖化した。 その下で言論統制が強まった。 戦争に異論を唱える人間は「非国民」として排除され、社会の自由は窒息していった。 もう一つは、外交の失敗だ。 中国侵略のあと、国際連盟脱退で世界から孤立した日本は戦線を東南アジアに拡大し、米国の対日石油禁輸で追い詰められると、真珠湾攻撃へと走った。 外交努力を放棄して国際協調路線を踏み外し、米国の戦略と米中関係の大局を読み誤った。 6割が餓死だったとされる、戦地での230万の死。 確実に死ぬことを前提とした特攻作戦。 国民の命が羽毛のように軽かった時代の反省から、日本は再出発した。 全ての人が自由に発言する基盤を尊重し、多様な考えが社会に生かされ、国が国民を駒として使い捨てるのではなく、国民が国の主人公である、当たり前の民主主義を持ったことが、戦後の日本の支柱だったはずだ。 昨今、憲法を頂点とする法体系をことさら軽視し、自由な言論を抑圧するような言動が政治の世界で相次いでいる。 安全保障関連法案を巡って「憲法守って国滅ぶでいいのか」「日本人は軍事知らず」という物言いも、しばしば耳にする。 だが、かつてあったのは「憲法守って国滅ぶ」ではなく、憲法をないがしろにして戦争に突入した歴史である。 「軍事知らず」ではなく「外交知らず」で、破滅に追い込まれたことを忘れてはならない。 戦争の「負の歴史」をいかに真摯(しんし)に振り返り、明日に生かすか。 その認識において政権と国民の間に断層があっては、戦後70年の民主主義は土台から揺らぎかねない。 安倍晋三首相は、広島での被爆者との面会で「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないという不戦の誓い」を口にした。 安保法案も、戦争をせず、平和を守るためと説明されている。 平和と不戦の誓いを原点にしている点では、首相も、法案に反対の世論も変わりはない。 不戦の誓いと平和という「未来」を語る言葉は、政権と国民の間で既に共有されているのである。 求められるのはそれを繰り返すことではなく、「過去」を語る言葉を政権と国民が共有することだろう。 だからこそ政治指導者は、過去の侵略と過ちを認め、再びあの時代には戻さないという強いメッセージを、信頼のおける言葉と態度で、国民に向かって語る義務があるはずだ。 「未来」をいくら雄弁に語ったところで、「過去」との決別があいまいなままでは、国民の心にも国際社会にも、決して響くまい。 日本は、二つの原爆という史上最悪の戦争被害を体験した。 また、同じアジアの国々に土足で上がり込んで支配した。 紛争を解決する手段として戦争がいかに愚かで、自国民も他国民も不幸にするか。 被害と加害の理不尽さをどの国よりも肌で知る日本は、戦争の不条理を世界に伝え続ける、人類史的な使命があると言えるのではないだろうか。 他国を侵さず、自国を侵されず、無用な戦争に加わったりしないということ。 軍事に抑制的で、可能な限り平和的手段を追求する国としての誇りを持つこと。 国際情勢の変化にただ便乗するのではなく、広く長期的な視野で見極め、信頼醸成に基づく国際協調を大事にすること。 それらが、戦後70年で築き上げた日本の国柄ではないかと考える。 あの敗戦を原点とする、国民の健全な国際感覚と民主主義の土壌は、「平和ぼけ」と冷笑されるような、ひ弱なものではない。 政権は国民のまっとうさに信を置き、平和国家としての道を、国民とともに自信を持って歩いていってほしい。 戦後70年が重く迫るのは、戦後80年に向け、歴史を風化させてはならないとの思いがあるからだ。 20世紀初めにフランスの詩人が残した「我々は後ずさりしながら未来に入っていく」という言葉のように、過去を見る視線の先にこそ、私たちの確かな未来があると信じたい。 「戦争法案」をゴリ押しする安倍政権の閣僚たちにはこんなリアルさも想像力もないんだと思います。 講演で「戦争ほどの罪悪はない」と語り続けています。 長野市在住の原田要さん。 九十九歳。 つえが必要な日常ですが、往時を語りだすと言葉に力がこもります。 十七歳で旧海軍に入り、パイロットとして日中戦争へ出撃、太平洋戦争ではゼロ戦に乗り、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島攻撃など主要な戦闘に参加。 空中戦で撃たれ、重傷を負ったこともあります。 「寝ると戦争の夢ばかりみる。 忘れよう、と努力して忘れかけていたところで湾岸戦争が起きたのです。 テレビでミサイルが撃ち込まれる様子を見た若い人たちが『花火のようできれい』と言ったのにがくぜんとしました。 ミサイルが落ちるところには一番弱い人々がいて犠牲になっている。 そのことに思いが至らないのです」 幼稚園経営を引退し、穏やかな生活を送っていた原田さん。 講演活動を始めたのは、戦争を知らない世代への危機感からでした。 「戦争で幸せになる人は一人もいない」。 これが操縦席の内側から最前線を見てきた実感なのです。 開戦前の一九四一年秋、空母「蒼龍(そうりゅう)」への乗艦を命じられ、大分県の航空隊でゼロ戦と出会いました。 厳しい訓練を経て出港。 戦艦、空母、巡洋艦などが集結した択捉島の単冠湾で「目標は真珠湾」と知らされました。 原田さんの役割は艦隊の哨戒飛行でした。 攻撃隊が戻り、「軍港が火の海になりました」との報告があり、艦上は「バンザイ、バンザイ」と戦争に勝ったよう。 電信員が原田さんに近づいてきました。 ゼロ戦一機がはぐれてしまったのです。 電信員は『電波を要求しているが出せない』という。 『ひどいじゃないか』と詰め寄ると『敵が電波に乗ってやってきたら元も子もない』というのです。 大を守るために小を犠牲にする。 戦争の無慈悲を感じたのです」 真珠湾攻撃から半年後、日米の空母機動部隊が激突したミッドウェー海戦で日本は参戦した空母四隻すべてを失いました。 原田さんはやむを得ずゼロ戦ごと着水、周囲の兵士が海に沈む中、日本の駆逐艦に救助されます。 「甲板は手や足を失った兵士や顔が黒こげになった兵士で埋めつくされ、地獄絵のようでした。 医官が近づいてきたので『苦しんでいる人を早くみてください』というと『何を言っている。 君のように少し手当てをすれば、戦える人から治療する。 ここは最前線なんだ』といわれたのです」。 戦争はやはり無慈悲でした。 軍は敗戦を隠すため、原田さんら生還したパイロットを鹿児島県の収容所のような基地に幽閉。 その後、転属を命じられ、ガダルカナル島の攻略戦で敵機に撃たれて左腕を負傷、ジャングルに不時着して日本軍の基地にたどり着き、再び一命を取り留めました。 内地に戻り、特攻隊員の養成教官などを経て、終戦を迎えました。 講演会で「敵を撃墜すると気持ちがいいでしょう」と聞かれることがあるそうです。 原田さんはこう答えています。 「とんでもない。 まず落とされないで助かったとホッとする安堵(あんど)感。 その次に技術が彼よりも上だったという優越感。 このふたつが頭をさっとかすめる。 そのあと相手も死にたくなかった、彼の家族まで泣くだろう。 そう考えれば、気持ちがいいはずがない」 「接近戦で相手のパイロットが『もうやめてくれ』という顔をする。 身ぶりまで見える。 でも、撃たなければ次には自分が撃たれるから撃つしかない。 罪も憎しみもない同じ人間にとどめを刺すのが戦争なんです」 戦後、原田さんは米国に行き、ガダルカナル島で自分が撃墜したものの、生還した米人パイロットに会い、州知事になったことを知りました。 英国ではインド洋空戦で撃墜した英人パイロットと再会、「ヨウコソ」と歓迎され、涙がとまらなかったそうです。 小さな島の取り合いに命を懸けた過去は、尖閣諸島をめぐり対立する現在の日本と中国の姿と重なります。 国会では野党が「戦争法案」と批判する安全保障関連法案の審議が進みます。 「戦争ほどの罪悪はない」「平和は犠牲の上になりたっている」。 原田さんの言葉を今こそ、かみしめたいものです。 アレは、知っていても知らなくてもどっちにしてもヤバくて大問題なので返答不能に陥ってしまったんだろうな。 しかしアレって自衛隊内部の機密情報だから「特定秘密保護法案」で政府は責め立てるのか?国民の知る権利がないと何が起きているかわからなくなるよね。 防衛相は「提示された文書の真贋を判定できない」と。 もし「そんな文書の存在を知らなかった」と言ってしまうと文民統制が機能していないことになります。 法案審議に先立って法案可決を前提に自衛隊の部隊配置を決定していたことを認めると「国権の最高機関」での議論はただの儀礼だと内閣が思っていたことがばれてしまう。 防衛相苦しい。 内容は審議中の安全保障関連法案成立を見越し、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)部隊に「駆け付け警護」を新たな任務として加えるというものだ。 「駆け付け警護」は、国連職員や非政府組織(NGO)が紛争に巻き込まれた際、PKO参加の自衛隊が武器を使って救助に当たる。 現行のPKO協力法では武装集団が「国や国に準ずる組織」である場合、憲法9条が禁じる海外での武力行使に当たるとして認めていなかった。 紛争地などで30年以上活動するNGO日本国際ボランティアセンターは「多くの例は武力でなく交渉で解決に導かれる。 現実的でない」と実施に異議を唱えている。 自衛隊が発砲する事態になれば、日本は紛争当事国となり、平和国家としての信頼を失うからだ。 また法案は審議中であり、しかも派遣先拡大、武器使用に伴う自衛隊員のリスク増は焦点の一つになっている。 国会での議論が深まっていないのに、慎重さが求められる任務拡大を統合幕僚監部、いわゆる制服組が企画したこと自体も問題だ。 質問した小池晃氏(共産)が「戦前の軍部の暴走と同じだ」と指摘したのも当然だろう。 ことし6月に成立した改正防衛省設置法では、部隊運用で制服組が主体となることも盛り込まれ、防衛官僚(文官)が歯止めとなる「文官統制」が全廃された。 懸念されていた制服組の暴走が、早くも現実になったといえよう。 統合幕僚監部が資料を作成したのは安保関連法案を閣議決定した5月だという。 背景にはことし4月の日米防衛協力指針再改定もある。 地理的制約撤廃や米軍への後方支援などを約束したからだ。 指針は多くの憲法学者が違憲だと指摘する安保関連法案を先取りしている。 実行したければ改憲が必要な中身だが、手続きを無視して安倍政権は米国と約束を交わしたことになる。 首相は常々「法の支配を重んじる」と発言している。 しかし実際は日米防衛協力指針や安保関連法案に見られるように「法の支配」を逸脱し、憲法を骨抜きにしている。 制服組の暴走を招いた遠因は政権の暴走だ。 安保法案の撤回を手始めに、政府は「法の支配」を重んじる原点に立ち返るべきだ。 首相側にも郵送した。 「歴代首相に安倍首相への提言を要請するマスコミOBの会」(51人)が7月に中曽根康弘氏以降の存命の12人に要請文を送付。 11日までに回答した細川護熙氏、羽田孜氏、村山富市氏、鳩山由紀夫氏、菅直人氏の5人の分を発表した。 5人はいずれも自民党以外の政党から首相になった。 提言では「集団的自衛権の行使が必要だと感じるなら、憲法改正を」「恣意(しい)的運用の歯止めがない」などとして、5人全員が法案に反対の立場を表明した。 羽田氏の文章は、関係者が口述筆記したもの。 「9条は二度と過ちを繰り返さないという国際社会への約束事」などとしたうえで、「安倍総理から日本を守ろう」と結ばれている。 このほか、細川氏は解釈改憲について「立憲主義に対する畏敬(いけい)の念の欠如を物語っている」と指摘。 村山氏は「力で押し通す国民軽視の姿勢は許せない」と訴えた。 菅氏は「国民の将来よりも祖父の思いを優先する政治姿勢」を批判した。 鳩山氏は「私は日本を『戦争のできない珍しい国』にするべきと思う」とした。 安全保障関連法案をめぐり、学会関連の大学関係者や学会員の一部が公然と反対の声をあげたり、法案の白紙撤回を求める署名を集めたり。 信仰と政治の間で葛藤を抱えながらの行動だ。 創価学会の池田大作名誉会長が創立した創価大と創価女子短大。 教員や卒業生らが11日、安保法案に反対する「有志の会」を設立した。 声明は戦時中に弾圧を受けて獄死した牧口常三郎・初代会長に触れ、「いかなる圧迫にも屈せず、民衆のために声をあげること。 これこそが創価教育の魂」などとしている。 13日現在、氏名を公開した学校関係者だけで200人以上が署名を寄せている。 呼びかけ人の一人で創価大非常勤講師の佐野潤一郎さん(50)は「憲法軽視は許せない」と感じていたが、公明党を公然と批判する声はほとんど聞こえてこなかった。 やがてツイッター上で同じ考えの学校関係者とつながるようになり、一緒に声をあげることに決めた。 「『安全保障関連法案に反対する学者の会』も活発に活動している。 私たちだけ何もしないわけにはいかない」と話す。 愛知県安城市の学会員、天野達志さん(51)は法案の白紙撤回を求める請願書をツイッターで公開中。 広島など各地から署名が届いており、公明党の山口那津男代表に届ける予定だ。 「組織を攪乱(かくらん)するつもりはなく、異を唱えたい人が声を上げられるようにしたいだけ。 悩みながらやっています」 両親も熱心な学会員だ。 「『平和の党』の理念があるから選挙も手弁当で応援してきました。 党の綱領には『常に民衆の側に立つ』とあるのに、なぜ『向こう側』に行っちゃったんだという思いです」と話す。 天野さんの活動をネット上で知り、独りで署名集めを始めた人もいる。 東京・渋谷で2日、千葉県の50代の公務員女性がベンチに腰掛けている人たちに署名を呼びかけていた。 祖母の代からの学会員。 公明党の選挙活動にも積極的に関わってきた。 だが、2003年の自衛隊のイラク派遣を与党として支持した時から疑問を感じ始めた。 昨年の集団的自衛権行使容認の閣議決定で見限った。 「創価学会の生命尊厳、絶対平和主義に反する」。 選挙活動には関わらないと決めた。 与党・公明党の支持母体である創価学会の池田大作名誉会長が創立した創価大学の教員・卒業生らからも、公然と批判の声が出始めた。 ネット上では「安全保障関連法案に反対する創価大学・創価女子短期大学関係者有志の会」が11日、反対声明をアップ。 賛同者を募っている。 池田大作氏が創立した創価大 創価大学は池田氏を創立者として1971年に開学。 東京都八王子市に本部キャンパスがあり、創価高校など関係学校からの進学を始めとする創価学会員子弟の入学者も多い。 「創立者・池田大作先生の理念を我が人生の根幹に据え」反対を表明 「有志の会」のサイトにアップされた声明文では、「現在、9割の憲法学者が『違憲』と判断している安全保障関連法案が、安倍政権により採決されようしています。 私たちはガンジー、キングの人権闘争の流れに連なる創立者・池田大作先生の人間主義思想を社会に実現すべく学び続けてきました。 そこで培った人権意識を持つ者なら、声を上げるべき時は、今です」と呼びかけている。 そのうえで、「私たち関係者有志は、創立者・池田大作先生の理念を我が人生の根幹に据え、安全保障関連法案への『反対』を表明します」とアピールしている。 卒業生・在校生・教員らが呼びかけ人 呼びかけ人として、創価大学の在学生・卒業生のほか、創価女子短大教員の氏家法雄氏、創価大教員の佐野潤一郎氏が名前を連ねる。 氏家氏は「賛同のご署名お願いします」、佐野氏は「さあ、まずは26日の100大学共同行動までに、たくさんの創価女子短期大学・創価大学関係者有志の声を糾合して、安保関連法案廃案への圧力にするぞ!」と、それぞれ自身のツイッターで賛同を募っている。 「賛同者は100人を超えた」 安保法案や集団的自衛権を巡る公明党の姿勢に対しては、同党の地方議員や創価学会員から疑問や反対の声が相次いでいる。 創価学会員でもある愛知県武豊町の本村強町議は、集団的自衛権行使容認への反対を掲げて、今春の町議選に公明党を離れ無所属で立候補。 3選を果たした。 また、「週刊朝日」の記事によると、国会議事堂前での安保法制反対デモには、創価学会のシンボルである赤・黄・青の「三色旗」のプラカードを掲げて参加する創価学会員もいるという。 「有志の会」のツイッターでは、11日夜の時点で賛同者が100人を超えたと報告している。 戦前は軍国主義がそれを破壊した。 戦後七十年にして再び、危機に立っている。 「立憲主義の地霊が現れたかのようだ」 東京大の大教室は約千四百人もの人々であふれ返っていた。 その光景に、憲法学者の石川健治東大法学部教授は、「地霊」という言葉を頭に浮かべたという。 「立憲デモクラシーの会」が主催した、このシンポジウムは六月六日に開かれ、憲法学の東の重鎮・樋口陽一東大名誉教授と西の重鎮・佐藤幸治京大名誉教授が並んだ。 パネリストでもあった石川教授は会の運営に奔走していた。 関東大震災で焼けてしまいましたが、今もその土台は残り、二十五番教室のある法文一号館がその上に建っているのです」 地霊とは美濃部の立憲主義による憲法学を指す。 「天皇機関説」で知られた戦前の学者だ。 国家を法人としてとらえ、それぞれの機関の意思を最終的に決定する最高機関を天皇とする学説である。 天皇は機関-という考え方が、一九三五年に貴族院で糾弾された。 「緩慢なる謀反だ」というのだ。 在郷軍人会が怒り出し、排撃運動は大衆レベルにまで広がった。 美濃部の著書は発禁処分になった。 右翼から銃撃も受け、重傷を負った。 政府は天皇に統治権の主体があるという「国体明徴声明」を出した。 石川教授は語る。 「美濃部先生は徹底的な合理主義、知性主義です。 この立憲主義憲法学では、大衆の情熱と献身を国家に調達することができません。 戦前の日本が神国思想や皇国史観などを国民に植え付けたのもそのためだ。 天皇を憲法の下に置く機関説は、許せぬ存在だったに違いない。 立憲主義は権力が暴走しないように、あらかじめ鎖で縛っておく発想が根幹である。 戦争を始める権力は、むしろ絶対的な力を求める。 明治憲法も立憲主義を採用していたが、強大化した軍国主義がそのブレーキ装置をはずして、亡国へと進んだのだ。 天皇機関説事件から敗戦まで、わずか十年という短さである。 この事件は時代が転換するときの象徴的な出来事の一つであろうと思う。 立憲主義と絶対主義が対立した場面だった。 「立憲」と「非立憲」の対立でもあった。 あれから八十年、再び立憲主義が崖っぷちに立つ。 これまで集団的自衛権の行使を認めてこなかった政府が昨年七月、一転して「容認」と閣議決定したからだ。 「解釈改憲」である。 憲法の範囲内でしか政治は行えないのに、その枠を踏み越えてしまった。 さらに現在、安全保障法制関連法案の成立を図っている。 専守防衛とは質が全く異なる。 これを認めれば、憲法九条との整合性の糸が途切れてしまう。 本紙アンケートでも90%超の憲法学者が「違憲」と回答した。 歴代の内閣法制局長官も「違憲」と国会で述べた。 立憲主義からの逸脱なのだ。 天皇機関説事件がきっかけとなった、もう一つの重大な事象がある。 「公」と「私」を切り分けていた壁が崩れてしまったことだ。 戦前は「公」の場で神道式の儀礼と天皇崇拝が求められていたが、「私」の空間では何を信じても自由なはずだった。 ところが、この事件を契機に、次第に「公」が「私」の空間に侵入し、思想統制へと結びついたのである。 戦後は一転し、軍事的なるものを徹底的に排除して公共空間をつくった。 石川教授は指摘する。 しかし、『公共』として強くなりにくい弱点があります。 世界観的に中立な『公共』でもあり、それに命は懸けられません。 だから、強い国にしたいという人たちが『公共』の改造運動をしているのです。 愛国心教育をし、郷土愛を注入し、国旗・国歌というシンボルによって、強い『公共』を演出しようとしているのです」 現在の日本で起きているのは、「立憲」と「非立憲」の対立である。 立憲主義を守りぬかないと、絶対主義のような世の中を迎えかねない。 「非立憲」の跋扈(ばっこ)を許せば、公共空間の色彩も変わるだろう。 私たちの未来を変える重大な岐路なのだ。 戦争は、兵器産業に富をもたらす。 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。 戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。 戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。 戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。 精神は、操作の対象物ではない。 生命は、誰かの持ち駒ではない。 海は、基地に押しつぶされてはならない。 空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。 血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、 知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。 学問は、戦争の武器ではない。 学問は、商売の道具ではない。 学問は、権力の下僕ではない。 生きる場所と考える自由を守り、創るために、 私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。 安倍晋三政権は新法の「国際平和支援法」と10本の戦争関連法を改悪する「平和安全法制整備法案」を国会に提出し、審議が行われています。 これらの法案は、アメリカなど他国が海外で行う軍事行動に、日本の自衛隊が協力し加担していくものであり、憲法九条に違反しています。 私たちは憲法に基づき、国会が徹底審議をつくし、廃案とすることを強く求めます。 安倍首相の言う「武力行使は限定的なもの」であるどころか、自衛隊の武力行使を際限なく広げ、「専守防衛」の建前に反することになります。 武器を使用すれば、その場は交戦状態となり、憲法九条一項違反の「武力行使」となることは明らかです。 60年以上にわたって積み重ねられてきた「集団的自衛権の行使は憲法違反」という政府解釈を安倍政権が覆したことで、米国の侵略戦争に日本の自衛隊が参戦する可能性さえ生じます。 日本が戦争当事国となり、自衛隊が国際法違反の「侵略軍」となる危険性が現実のものとなります。 私たちは、かつて日本が行った侵略戦争に、多くの学徒を戦地へ送ったという、大学の戦争協力の痛恨の歴史を担っています。 その歴史への深い反省から、憲法九条とともに歩み、世界平和の礎たらんと教育研究活動にたずさわり、再び戦争の惨禍を到来させないようにしてきました。 二度と再び、若者を戦地に送り、殺し殺される状況にさらすことを認めることはできません。 私たちは、学問と良識の名において、違憲性のある安全保障関連法案が国会に提出され審議されていることに強く抗議し、それらの法案に断固として反対します。 このような憲法違反の法案を成立させることは、立憲主義に基づく民主政治を根底から覆しかねない。 ここにわれわれは全法案の撤回を要求する。 集団的自衛権行使容認の違憲性 政府見解の一貫性 憲法9条の下で武力行使が許されるのは、個別的自衛権の行使、すなわち日本に対する急迫不正の侵害があり、これを排除するためにほかの適当な手段がない場合に限られる。 しかも、その場合にも必要最小限度の実力行使にとどまらなければならない。 この憲法解釈は、1954年の自衛隊創設以来、政府見解において変わることなく維持されてきた。 集団的自衛権の行使には憲法9条の改正が不可欠であることも、繰り返し政府によって表明されてきた。 昨年7月の閣議決定 集団的自衛権の行使を容認した昨年7月の閣議決定は、政府の憲法解釈には「論理的整合性」と「法的安定性」が要求されるとし、「論理的整合性」を保つには、従来の政府見解の「基本的な論理の枠内」にあることが求められるとした。 その上で、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」がある場合には、当該他国を防衛するための集団的自衛権の行使も許容されるとしている。 論理的整合性の欠如 しかし、個別的自衛権の行使のみが憲法上認められるという解釈と、集団的自衛権の行使が(限定的であれ)認められるという解釈とを、同じ論拠の上に成立させることはできない。 自国を防衛するための個別的自衛権と、他国を防衛するための集団的自衛権とは、本質を異にするものであるからである。 法的安定性 「法的安定性」について、昨年7月の閣議決定は、何ら語るところがない。 しかし、ホルムズ海峡での機雷掃海活動が許容されるか否かについて、連立を組む与党の党首間でも見解が異なることを見れば、集団的自衛権の行使に対して明確な「限定」が存在しないことは明らかである。 機雷掃海活動を超える武力の行使についても、現政権による発言がどうであれ、法的な歯止めがなければ、その都度の政権の判断次第でいつでも行われうることとなる。 砂川判決の意味 砂川事件最高裁判決を根拠に集団的自衛権の合憲性を主張する向きも一部にあるが、砂川事件は、駐留米軍が憲法9条2項の禁ずる「戦力」に該当するかが争われた事件である。 したがって、この裁判では日本の集団的自衛権は、全く争点となっていない。 最高裁判決の先例としての価値は、具体的争点を基に語られるべきものであり、同判決が日本の集団的自衛権行使について判断しているとの主張は牽強付会である。 集団的自衛権行使は違憲 要するに、現政権による集団的自衛権の行使の容認は、従来の政府見解の基本的な論理の枠を明らかに踏み越えており、かつ、法的安定性を大きく揺るがすものであって、憲法9条に違反する。 外国軍隊等の武力行使との一体化 非戦闘地域の意味 従来の政府見解は、「後方地域」での自衛隊による外国軍隊等の支援が、憲法の禁ずる武力の行使には当たらないものとするにあたり、自衛隊の活動が他国軍隊の武力行使と一体化しないことと、その活動が「非戦闘地域」に限られることという歯止めを設けてきた。 「戦闘地域」と「非戦闘地域」との区分は、ある程度の余裕を見て自衛隊の活動地域を区分しようとの配慮に基づくものであり、実施期間を通じて活動を必ず合憲としうるための工夫であった。 武力行使との一体化へ 今回の法案では、従来の「戦闘地域」と「非戦闘地域」の区別が廃止されている。 現に戦闘行為が行われている現場以外であれば後方支援を実施しうるものとされ、自衛隊は、外国軍隊等への弾薬の供与や発進準備中の航空機への給油を新たに行ないうることとされている。 もはや他国軍隊等の戦闘行為と密接不可分であり、具体的状況によって、外国軍隊の武力行使との一体化との評価を受けるおそれがきわめて高いと言わざるをえない。 国会軽視の審議過程 対米公約の問題性 安倍首相は先の訪米時に、安保法制関連諸法案を今年8月までに成立させるという「対米公約」ともとれる発言を米議会で行った。 まだ閣議決定さえされていない段階でのこのような発言は、唯一の立法機関たる国会の権威を損ない、国民主権をないがしろにするものである。 対米追随的姿勢 本法案は内容的には本年4月に合意の「日米防衛協力のための指針」(日米ガイドライン)に沿ったものであり、国会審議でホルムズ海峡での機雷掃海などが強調されている背景に、米国の対日要求があるとも考えられる。 条約ですらないものを、いわば憲法の上位に置き、それに合わせて実質的な改憲にも等しい立法化を進めることは許されない。 また、このような対米追随ともとれる姿勢は、集団的自衛権行使に関して日本が自主的に判断できるとの政府の主張の信ぴょう性を疑わせる。 内閣による国会軽視 国会審議においても、首相自らが質問者にヤジを飛ばしたり、大臣から「現在の憲法をいかにこの法案に適応させるか」という立憲主義を否定する発言があるなど、政府の対応は、国権の最高機関たる国会を中心とする立憲的な民主政治を尊重するものとはなっていない。 4. 安全保障への影響 安全保障論のあいまいさ 昨年7月の閣議決定は、集団的自衛権の行使が容認される根拠として、「我が国を取り巻く安全保障環境」の変化を挙げるが、その内容は、「パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等」というきわめてあいまいなものである。 日米安保への過剰な期待 世界各地でアメリカに軍事協力すれば、日本の安全保障へのアメリカの協力が強まるとの議論がある。 しかし、アメリカはあくまで日米安全保障条約5条が定める通り、「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」条約上の義務を果たすにとどまる。 大規模な軍事力の行使について、アメリカ憲法は連邦議会の承認をその条件としていることを忘れるべきではない(米憲法1篇8節11項)。 抑止力万能論の陥穽 日本を取り巻く安全保障環境が悪化しつつあるのであれば、限られた防衛力を地球全体に拡散するより、専守防衛に集中する方が合理的との判断もありうる。 また政府は、集団的自衛権の行使容認が抑止力を高め、安全保障に寄与すると主張するが、日本が抑止力を高めれば、相手側がさらに軍備を強化し、結果的に安全保障環境が悪化しかねない(安全保障のジレンマ)。 軍拡競争となれば、少子高齢化や財政赤字などの深刻な問題を抱える日本は、さらに大きなリスクに直面することになる。 国際協調による緊張緩和へ 平和を維持するには、国際協調が不可欠である。 外交交渉や「人間の安全保障」等によって緊張を緩和し、紛争原因を除去する努力を弛みなく続けていくことが、日本にとっての安全保障を導くのであり、抑止力にのみ頼ることはできない。 結論 安全保障関連諸法案は憲法に明確に違反している。 立憲主義をないがしろにし、国民への十分な説明責任を果たさない政府に対して、安全保障にかかわる重大な政策判断の権限を与えることはできない。 ここに全法案のすみやかな撤回を要求する。 この二つの法案は、これまで政府が憲法9条の下では違憲としてきた集団的自衛権の行使を可能とし、米国などの軍隊による様々な場合での武力行使に、自衛隊が地理的限定なく緊密に協力するなど、憲法9条が定めた戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認の体制を根底からくつがえすものである。 巷間でこれが「戦争法案」と呼ばれていることには、十分な根拠がある。 私たち憲法研究者は、以下の理由から、現在、国会で審議が進められているこの法案に反対し、そのすみやかな廃案を求めるものである。 1.法案策定までの手続が立憲主義、国民主権、議会制民主主義に反すること 昨年7月1日の閣議決定は、「集団的自衛権の行使は憲法違反」という60年以上にわたって積み重ねられてきた政府解釈を、国会での審議にもかけずに、また国民的議論にも付さずに、一内閣の判断でくつがえしてしまう暴挙であった。 日米両政府は、本年4月27日に、現行安保条約の枠組みさえも超える「グローバルな日米同盟」をうたうものへと「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を改定し、さらに4月29日には、安倍首相が、米国上下両院議員の前での演説の中で、法案の「この夏までの成立」に言及した。 こうした一連の政治手法は、国民主権を踏みにじり、「国権の最高機関」たる国会の審議をないがしろにするものであり、憲法に基づく政治、立憲主義の意義をわきまえないものと言わざるを得ない。 2.法案の内容が憲法9条その他に反すること 以下では、法案における憲法9条違反の疑いがとりわけ強い主要な3点について示す。 (1)歯止めのない「存立危機事態」における集団的自衛権行使 自衛隊法と武力攻撃事態法の改正は、「存立危機事態」において自衛隊による武力の行使を規定するが、そのなかでの「我が国と密接な関係にある他国」、「存立危機武力攻撃」、この攻撃を「排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使」などの概念は極めて漠然としておりその範囲は不明確である。 この点は、従来の「自衛権発動の3要件」と比較すると明白である。 法案における「存立危機事態」対処は、歯止めのない集団的自衛権行使につながりかねず、憲法9条に反するものである。 その際の対処措置を、国だけでなく地方公共団体や指定公共機関にも行わせることも重大な問題をはらんでいる。 (2)地球のどこででも米軍等に対し「後方支援」で一体的に戦争協力 重要影響事態法案における「後方支援活動」と国際平和支援法案における「協力支援活動」は、いずれも他国軍隊に対する自衛隊の支援活動であるが、これらは、活動領域について地理的な限定がなく、「現に戦闘行為が行われている現場」以外のどこでも行われ、従来の周辺事態法やテロ特措法、イラク特措法などでは禁じられていた「弾薬の提供」も可能にするなど、自衛隊が戦闘現場近くで外国の軍隊に緊密に協力して支援活動を行うことが想定されている。 これは、もはや「外国の武力行使とは一体化しない」といういわゆる「一体化」論がおよそ成立しないことを意味するものであり、そこでの自衛隊の支援活動は「武力の行使」に該当し憲法9条1項に違反する。 このような違憲かつ危険な活動に自衛隊を送り出すことは、政治の責任の放棄のそしりを免れない。 国際平和支援法案の支援活動は、与党協議の結果、「例外なき国会事前承認」が求められることとなったが、その歯止めとしての実効性は、国会での審議期間の短さなどから大いに疑問である。 また、重要影響事態法案は、「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」というきわめてあいまいな要件で国連決議等の有無に関わりなく米軍等への支援活動が可能となることから国際法上違法な武力行使に加担する危険性をはらみ、かつ国会による事後承認も許されるという点で大きな問題がある。 (3)「武器等防護」で平時から米軍等と「同盟軍」的関係を構築 自衛隊法改正案は、「自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動に現に従事している」米軍等の武器等防護のために自衛隊に武器の使用を認める規定を盛り込んでいるが、こうした規定は、自衛隊が米軍等と警戒監視活動や軍事演習などで平時から事実上の「同盟軍」的な行動をとることを想定していると言わざるを得ない。 このような活動は、周辺諸国との軍事的緊張を高め、偶発的な武力紛争を誘発しかねず、武力の行使にまでエスカレートする危険をはらむものである。 そこでの武器の使用を現場の判断に任せることもまた、政治の責任の放棄といわざるをえない。 領域をめぐる紛争や海洋の安全の確保は、本来平和的な外交交渉や警察的活動で対応すべきものである。 それこそが、憲法9条の平和主義の志向と合致するものである。 以上のような憲法上多くの問題点をはらむ安保関連法案を、国会はすみやかに廃案にするべきである。 政府は、この法案の前提となっている昨年7月1日の閣議決定と、日米ガイドラインをただちに撤回すべきである。 そして、憲法に基づく政治を担う国家機関としての最低限の責務として、国会にはこのような重大な問題をはらむ法案の拙速な審議と採決を断じて行わぬよう求める。 日本の侵略によってアジア諸国の人々に多大な犠牲と苦痛を与えた。 その歴史的事実に加害国として謙虚に向き合い、謝罪するのは当然のことである。 ただ、これまでの安倍首相の70年談話に対する発言からして嫌々「おわび」したと受け取られる懸念がある。 しかも連立政権を組む公明党への配慮から「おわび」を盛り込む方向になったのである。 配慮すべき相手を完全に取り違えている。 70年談話で繰り返し謝罪を求めてきた中韓両国に、「おわび」記述までの経緯はどう映るだろう。 その配慮も安倍首相には決定的に欠けている。 戦後50年の村山談話は日本の「植民地支配と侵略」を認め、「痛切な反省」と「心からのおわび」を盛り込んだ。 安倍首相はこの間、「歴史認識では(村山談話などの)基本的な考え方を引き継ぐ。 引き継ぐと言っている以上、もう一度書く必要はない」とし、表現の踏襲には否定的だった。 それが公明党の求めに応じて、もう一度書く方向に傾いた。 「おわび」を自ら進んでするのと他から言われてするのでは、その重みはおのずと違ってくる。 このため、中韓の理解を得る70年談話のハードルはさらに高くなったと言わざるを得ない。 言葉だけの謝罪と受け取られるようだと、中韓との関係はさらに冷え込みかねない。 「侵略」や「植民地支配」については先の大戦での日本の行為に限らず、「侵略」を許さない国際的原則を将来も順守するとの文脈で触れるとみられている。 日本に限定することを避けて「侵略」などに触れることは、日本の責任を薄めたい安倍首相の意向の表れといえよう。 だが日本の加害責任を曖昧にすることでは到底理解は得られまい。 日本の「侵略」を明確に認めた上で、国際的原則順守について語るべきである。 安倍首相は70年談話で「未来志向の内容を盛り込む」としている。 近隣諸国と未来志向の関係を築くことに異論はない。 だが過去の侵略に対する心からの「おわび」なくして未来はない。 安倍首相は、自身が近隣諸国との友好的な未来を閉ざしてきたことも反省する必要がある。 なし崩しの「原発回帰」は許されない。 九州電力川内原発1号機が再稼働した。 2011年5月に定期検査入りして以来、4年3カ月ぶりの稼働となる。 東日本大震災による東京電力福島第1原発事故の影響で、全国の原発は全て停止した。 事故後にできた新規制基準に適合した原発の再稼働は初めてである。 原子力規制委員会の田中俊一委員長は、新規制基準を「世界で最も厳しいレベル」と評する。 一方で「合格イコール事故ゼロではない」と繰り返してきた。 それなのに安倍晋三首相は「規制基準をクリアしたと規制委が判断した原発は、再稼働を進める」との姿勢を崩さない。 「絶対安全」の保証はどこにもない。 「安全神話」へ逆戻りしてはいないか。 原発は「国策民営」で推進されてきた。 旧ソ連のチェルノブイリ事故など政策を見直す機会は何度もあったし、実際にドイツなどは脱原発にかじを切った。 しかし、日本ではそうならなかった。 最終的な責任の所在をあいまいにしたまま、反対の声を押し切って再稼働へ突き進む日本の姿勢は、福島以前と何ら変わっていないように見える。 南日本新聞社の4月の世論調査では、川内原発再稼働に反対する県民は約6割に上る。 反対する理由で最も多かったのが「安全性に疑問があるから」である。 原発事故の反省に立って発足した原子力規制委は、放射性物質の放出を伴う過酷事故を原発1基あたり「100万年に1回以下に抑える」安全目標を掲げた。 地震や津波など自然災害の想定を厳格にし、過酷事故対策も義務づけた。 安全対策が強化されたのは事実だ。 それでもリスクは残っている。 テロや航空機の墜落に備えた設備の設置は2018年まで猶予された。 川内原発では、火山の巨大噴火対策が、専門家から「巨大噴火の予知は現時点では不可能」として、不十分との声が上がる。 原発敷地外の課題は、まだ手つかずのものが多く、住民の懸念はそこにもある。 先の世論調査では、重大事故時に半径30キロ圏内の住民を避難させる避難計画が有効か、という問いに「事故の想定は多岐にわたるため計画に沿った対応は困難」とする回答が57.1%と最多だった。 昨年11月、鹿児島県を訪れた宮沢洋一経済産業相は「万一の事故の際は、国が関係法令に基づき責任を持って対処する」と語った。 県などが再稼働に同意する根拠の一つともなったが、言葉と裏腹に避難計画作成は地元にほとんど丸投げされた。 川内原発で事故が起きた場合、放射性物質の放出前に、まず5キロ圏の住民が30キロ圏外に避難する。 続いて5~30キロ圏の住民が放射線量に応じて段階的に避難することになっている。 しかし、現実にそううまくいくのか。 高齢者ら要援護者を抱える福祉現場の不安は特に大きい。 住民からは、再稼働の前に避難計画を検証する防災訓練を行うよう求める声があった。 だが、県は「九電が使用前検査対応中のため参加が困難」として、再稼働後に先送りした。 訓練を通じて問題点を洗い出さなければ、実効性のある対応はできない。 住民の不安払拭(ふっしょく)より再稼働の優先を思わせる判断には疑問が残る。 福島県から県外に避難している人は7月末時点で4万5000人を超えている。 政府と東電は6月、廃炉に向けた工程表を見直し、1~3号機の使用済み核燃料プールからの燃料取り出し開始時期を最大3年遅らせることにした。 廃炉作業はこれからが正念場だ。 原発で重大事故が起きたときの影響がいかに過酷なものか。 全ての国民が目の当たりにした厳しい現実である。 しかし、安倍政権は国民の多くが望んだ原発ゼロ方針を見直した。 新たなエネルギー基本計画は原発を「重要なベースロード電源」と位置づけた。 30年の電源構成比率では、原発を「20~22%」に設定する。 運転期間は原則40年に制限しているから、達成には新増設や建て替えが必要となるはずだが、その見通しには触れないままだ。 原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分問題も解決されていない。 国が前面に立って「科学的有望地」を示すとしているが、処分地選定が難航するのは避けられない。 国内の使用済み核燃料は、川内原発が保管する888トンを含む約1万7000トンだ。 再稼働する原発が続けば核のごみはさらに増え続ける。 問題を先送りしたまま次々と原発を動かしていいのだろうか。 急ぐべきは再稼働ではない。 福島の教訓を忘れることなく、原発に依存しない社会への道筋をしっかりと示すことだ。 甚大な被害をもたらした東京電力福島第1原発事故から4年半近く。 新規制基準の下で動き始めた最初の原発となった。 再稼働に関しては多くの世論調査で反対が多数を占める。 福島の事故の教訓がどのように生かされ再稼働に至ったのか、隣県でさえもよく見えない。 政府は安全対策、責任の在り方、避難、防災体制など説明を尽くすべきだ。 「反対」大きく上回る 川内原発の地震対策は不十分として、周辺住民らが再稼働差し止めを求めた仮処分申し立てが鹿児島地裁で却下されたことにより、準備は着々と進んできた。 同地裁が新規制基準を「合理的」とみなしたのに対し、福井地裁は「緩やかすぎて不合理」とした。 司法判断が分かれており、国民には新規制基準の効力が分かりにくいまま現在に至っている。 共同通信の7月の世論調査では原発再稼働に「反対」が56・7%で、「賛成」の34・4%を大きく上回った。 国民の合意形成がないまま、再稼働を迎えたと言える。 不安の背景には、福島の過酷事故、それがもたらした深刻な事態を多くの人が忘れず今も認識していることが大きいだろう。 福島の事故被害の全容はしっかり総括され、川内原発に当てはめて周到な対策が練られたのか。 住民の命と生活を守る視点に立ち、十分な防災、避難計画が立てられたのか。 安倍晋三首相は「世界で最も厳しい規制基準をクリアしたと原子力規制委員会が判断した原発は、再稼働を進めるのが従来の政府方針だ」と述べた。 そうであれば政府は電力会社や地元自治体任せにせず、なぜ今、再稼働の必要があるのか丁寧に説明し、安全対策や情報開示に強く関与すべきだ。 本県の対策は万全か 川内原発はえびの市との県境まで約50キロの場所にある。 県と九電は2013年、川内原発に関する情報提供について覚書を締結。 また県は14年、福島レベルの事故が発生した場合に備え、地域防災計画に「原子力災害対策編」を新設した。 炉心溶融など最悪の事態も想定し、情報収集、住民への伝達体制、避難、応急対応の指針を示している。 万が一の事故に備えた対策は本県では十分だろうか。 福島の事故は「想定外」を許してはならないことを教えてくれている。 政府や電力会社が再稼働が必要だとする根拠には、電力の安定供給、電気料金の抑制、地球温暖化対策などがある。 ただ原発はリスク低減のためのコストも大きい。 原発の運転から出る放射性廃棄物の最終処分の見通しも立っていない。 依存を深めるのではなく、太陽光、風力、水力など再生可能エネルギーを含め、幅広いエネルギー対策を本腰を入れて研究することが重要だ。 2011年の東京電力福島第1原発事故後に設けられた新規制基準下で最初の事例となる。 世論調査で反対意見が多数を占める中、今再稼働をする理由はどこにあるのか。 電力ひっ迫を懸念する声は聞こえてこず、電気料金抑制を望む声やコスト増にあえぐ電力会社の経営事情などの経済的な背景しか見えてこない。 まだ国民の多くは、原発の再稼働に理解を示していない。 共同通信が7月中旬に実施した全国世論調査では、原発再稼働について反対が56・7%に対し賛成は34・4%。 4月の調査結果と大きな変化はない。 福島の事故以降、一時期を除いて夏や冬の電力需要期を原発ゼロで乗り切ってきた。 省エネ、節電の浸透や再生可能エネルギーの普及などもあって、猛暑といわれる今夏も受給ひっ迫を懸念する声は聞こえてこない。 このような状況で今、再稼働をする必要性として挙げられるのは経済的要因だ。 経済界を中心に上昇している電気料金の抑制を求める声があり、さらに発電コストが膨らみ続ける電力会社の経営事情が影を落とす。 原発停止で火力発電への依存度が高まり、燃料購入費増が電気料金に影響を及ぼしている。 再稼働によって電力会社の収支改善や電気料金抑制につながるとの見方があるが、電気料金低減については疑わしい。 燃料費高騰の背景には円安などがある。 さらに新規制基準への対応や事故対策の強化で原発のコストは上昇傾向にある。 新規制基準に沿った適合性の審査は13年7月から約2年をかけてきた。 炉心溶融などの過酷事故対策を新設したほか、地震や津波などの自然災害への対策も厳格化。 福島の事故以前よりも安全対策が充実したのは確かだ。 ただ4年経過して10万人以上が避難を続ける福島の事故で学んだ教訓は万一にも備える大切さだ。 その教訓を踏まえた上での判断でなければならない。 川内原発については、火山噴火対策への懸念が指摘されている。 審査では、半径160キロ内に将来活動する可能性がある火山を14カ所抽出して影響評価をしたが、九州電力は巨大噴火の可能性は小さいと主張。 原子力規制委員会も追認した。 ただ内閣府の「広域的な火山防災対策に係る検討会」が13年にまとめた提言は「巨大噴火に関する知見は非常に限られ、対応策の研究体制も整っていない」とし、噴火予知の手法は確立されていない。 運転期間中に火山活動の監視をするとしているが、その実効性には不安が残る。 避難計画も不備を指摘する声がある。 5キロ圏内の住民の避難を優先し、5キロ圏外は屋内退避後に避難という2段階方式を想定しているが、「事故時には混乱して一斉に動き出す」との声もある。 計画に基づいた訓練が実施されていないことも不安に拍車をかける。 事故が起きた際に一番の被害者となるのは住民だ。 住民の目線から全ての不安を取り除いた上での再稼働の判断だったと言えるのか。 このままなし崩し的に全国の原発に広げることは許されない。 政府は福島の教訓を思い起こすべきだ。 (梶原幸司) いつもバンドの練習をさぼってるけど、いつか真面目にやるなりよ。 無理! …というか、やらないと怒られるので…。 ご幼少の頃、T. 中坊時代は朝から晩までスージー・クアトロで日が暮れる始末。 初めて買ったLPはエルトン・ジョンの「ピアニストを撃つな」、2枚目に買ったLPは「ミッシェル・ポレナレフ・ゴールデンベスト20」、3枚目のLPはエマーソン、レイク&パーマーの「展覧会の絵」。 最初に買ったEPはホットバターの「ポップコーン」、次がデヴィッド・ボウイの「スターマン」かな?そんな時代です。 その弾けなさではダントツの遠州1のパンキッシュぶり!何事も一番はいいものです。 愛機は30数年前の高校時代に購入した「roje 全音 」のリッケンバッカー4003・コピーモデル RB-100 を後生大事にメインで使用中。 当時からグレコに比べれば相当にマイナーな部類なので、こんなのが国内に現存しているだけでも、グヤトーンよりも希少価値かもなんてね 笑。 唯一無二の乾いたトーンでメイプルスルーネックボディは渋~く甘~くディープに鳴ります…と本人だけは思っている節あり 笑。
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「放課後は終わらない!」を合言葉に、いつまでも青春!いつだって文化祭気分!のオバカな野郎の他愛ないヒマネタ閑話休題です。 「同時代性」の大好きな70年代の洋楽や邦楽のカルチャー 枠にとどまらず、 「路上観察」ネタや益にもならない放談の 日々で攻めてみたいと思います。 かなり気まぐれな 不定期アップと不連続な話題がウリ(?)の 「気まぐれな 鉛の飛行船」とでも思ってくださいな。 「浜名湖フォークジャンボリー」では記録係のカメラマンの1人として当日スタッフや実行委員 2010年度 などもしていました。 しかし、その正体は、某写真週刊誌の取材記者を30年以上も勤めているという怪しい噂も…? 笑 2010年、老舗アコースティックギターメーカー「K. Yairi」のトラベルギター・ニックネーム公募で「TEKTEK テクテク 」で最優秀賞受賞。 同社からシリアルナンバー0001の同ギターを貰い図にのる中年57歳。 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。 圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。 その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。 アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。 日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。 この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。 人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。 戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。 当初は、日本も足並みを揃えました。 しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。 その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。 国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。 こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。 満州事変、そして国際連盟からの脱退。 日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。 進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。 そして七十年前。 日本は、敗戦しました。 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。 祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。 終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。 広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。 中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。 戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。 歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。 一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。 この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。 これが、戦後日本の原点であります。 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。 事変、侵略、戦争。 いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。 植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。 自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。 七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。 その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。 中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。 米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。 戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。 あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。 しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。 謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。 そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。 それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。 歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。 その大きな責任があります。 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。 だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。 この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。 唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。 だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。 二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。 だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。 繁栄こそ、平和の礎です。 暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。 だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。 その決意であります。 アレじゃ謝ったことになってないと受け取られてダメだわ。 情けない・・・。 あの日から「戦後」が始まり、加害の歴史を責められながらも廃虚から立ち直り、平和国家として歩みを重ねてきた。 過去と向き合い、中国や韓国などと和解の努力を積み上げる一方、憲法9条の下で一度も戦争をせず、先の大戦への反省とおわびを行動で示してきた。 だが今、国の針路は大きな岐路に立っている。 衆院で与党が採決を強行、舞台を参院に移して審議されている安全保障関連法案である。 憲法解釈を変更し、歴代政権が憲法上認められないとしてきた集団的自衛権の行使を容認する内容だ。 安倍晋三首相は「国家と国民の安全を守り、世界の平和と安全を確かにするものだ」と強調する。 さらに「平和」と「安全」という言葉を何度も繰り返しながら「絶対に戦争に巻き込まれることはない」と述べる。 国民の理解を得られず、内閣支持率が急落した後には「分かりやすく説明したい」と火災の延焼を防ぐ例え話も披露した。 だが反対や批判の声はやまない。 政府が憲法学者による「違憲」の指摘と向き合わず、武力行使への歯止めや自衛隊員のリスクといった肝心な点になると、あいまいな説明しかしないからだ。 戦後、戦力不保持と戦争放棄を定める9条の下で歴代政権は「自国が武力攻撃を受けたときの必要最小限度の武力行使しか認められない」との見解を引き継いできた。 ところが安倍政権は、国際情勢の変化で、自国を守るための限定的な集団的自衛権行使なら現憲法下で可能と主張し、関連法案をまとめ上げた。 先の参院審議では中谷元・防衛相が他国軍への後方支援をめぐり「核兵器の運搬も法文上は排除していない」と述べた。 非核三原則の観点から「要請があっても拒否する」としたが、野党から「核兵器は運ばない」と法案に明記するよう迫られている。 首相も「やらない」「ありえない」と否定に追われる場面が目立つ。 全般的に法案の縛りが緩く、政府の裁量の幅があまりにも広いからだ。 戦後日本が平和国家として歩んできた存在意義が損なわれることがあってはならない。 それが、終戦の日を迎え、あの戦争の惨禍を思い起こすとき、多くの人が抱く思いだろう。 70年前と日本人の心性ってホント変わってないから恐ろしいわ。 どこに責任があるのか分からないことだ。 デザイン決定の経緯について関係者が責任を押し付け合う。 国民感情からすれば、責任者は事業主体の日本スポーツ振興センターを所管する文部科学相だろう。 しかし下村博文文科相は、担当局長を事実上更迭したのみで「新競技場を間に合わせる仕組みづくりが私の責任」と人ごとのようだ。 責任の所在不明は原発再稼働に通じる。 政府は原子力規制委員会の新規制基準に合う川内(せんだい)原発を「安全」と再稼働させたが、規制委は新基準に合っていても事故は起きうると責任を否定する。 そもそも15・7メートルの津波が来ると東京電力が試算しながら、安全対策を講じなかった福島第1原発事故は無責任の極みと言うほかない。 この無責任ぶりは、先の戦争に突入した政府や軍の指導者に源流を求めることができる。 終戦7年後に発刊された「日本の精神的風土」(岩波書店)に指導者たちの述懐が記録されている。 なぜ国力がはるか上の米国と戦端を開いたのか。 陸相を務めた南次郎は語る。 「アメリカの工業力に十分な知識を持っていなかった」 日本を終戦に導いた首相、鈴木貫太郎でさえこう言う。 「戦争とはおかしなもので、誰も欲していなくても自然の成り行きで起こる」 他に「じり貧になるより潔くやろうという単純な気持ち」との談話もある。 まとめると敵の力も知らぬまま、自然の成り行きで、単純に戦争が起きたことになる。 「太平洋戦争のボタンを押したのが誰か分からない。 こんな不思議な国はない」と司馬遼太郎は対談で語っている。 そして責任の所在を曖昧にする日本人を「あっけらかん民族」と名付けた。 「日本の精神的風土」の著者、人文地理学者の飯塚浩二はさらに論考を進める。 独断しがちな指導者が戦時中、さまざまな委員会を設けた。 これで「専門家、学識・経験ある者たちの意見は徴した」ことになる。 つまり専制的な者が委員会を使うのは、責任を負わぬための「誂(あつら)えむきの方法」と喝破する。 安倍晋三首相も有識者の会議を好んで使う。 きょう閣議決定する戦後70年談話でも、有識者から「意見は徴した」形を取った。 だが、それにより責任が見えなくなることがあってはならない。 あっけらかんの果てに70年前、国は一度破滅した。 今も精神的風土は受け継がれる。 この先もそうでいいのか、新国立競技場や原発、70年談話が問うているように見える。 養蚕と並んで古くから養豚も盛んであったのか秩父名物のひとつに豚肉を味噌漬けにして焼いた「豚味噌丼」があります。 花火見物でたまたま入った秩父の「道の駅」で頼んだのが蕎麦と豚味噌丼どのセットでした。 収録曲のセレクトの秀逸さは今更触れるべき必要もありませんが、その中にピート・シガーの曲に日本語歌詞を乗せた中川五郎さんの「腰まで泥まみれ」が入っていました。 この曲や数ある反戦歌が昨今のキナ臭い政治状況下で再び意味や必要性を持つようになってきたのは残念でしかありません。 オブラートに包んだり、暗喩に込めたりせずに、ストレートな言葉で思いを伝える歌は、日本が「戦争ができる国」になりそうな、危うい気配が漂う今、説得力を持ち始めているような-。 -反戦ソングを今、なぜ、どんな思いで歌ってらっしゃるのでしょうか。 ベトナム反戦運動、学生運動が盛り上がっていて、戦争反対とか差別反対とか訴える歌を歌ってました。 それが70年(日米)安保(改定)で時代が変わりベトナム戦争も終わって、みんな個人の生活や人間関係を歌うようになる。 戦争反対の歌が出る幕はない、使命は終わったと思ってたんですけど、今、当時よりリアリティーを持って歌える実感がある。 それは非常に残念で不幸なことなんですけど、国の在り方とか社会の動きが60年代よりひどい形になった。 昔よりぴったりくる、しっくりくる感じ。 そんな時代は想像もしていなかったんですけども、今はこれまで以上にメッセージソングを歌いたい、という思いがあります。 -歌い続ける反戦ソングは。 新宿西口フォークゲリラで歌ったのは2回ほど。 60年代後半は主に大阪の地下街の集会でみんなで歌ってました。 僕らの国が下手すると戦争を起こしかねない、ずるずると行きそうな気がして。 -政権がいう方向に何となく行く、みたいな雰囲気はありますね。 そういうのがこれまでになく、大きくなってる気がする。 -サザンオールスターズが紅白歌合戦で「ピースとハイライト」を歌って、権力者を皮肉って、面白かったんですけど、バッシングがあった。 ちょっとしたことで言いたいことを言ってる人がたたかれてる現実を見ると、もしかして、自分の思いを歌うということが禁止されたり、つかまったりする、あり得ないと思ってたことが非現実的でないな、というような、恐ろしさを感じるようになってきました。 -他に歌い続ける反戦歌は。 いつのまにか戦争が起こってるのが当たり前になってる、という歌。 あと、フォークゲリラの集会とかでよく歌っていた「かっこよくはないけれど」(フォーク歌手、マルビナ・レイノルズの歌の日本語訳)。 デモをしたり人前で叫んだりするのはかっこが悪いけど行動しないと始まらないよ、という歌。 一時期は昔歌っていた歌と思っていたのが、懐メロというのじゃなくて、すごくまた歌いたいという気持ちになったということです。 -「ライセンス・トゥ・キル」も今の時代にはまるというか。 おごりたかぶっている人たちを歌った。 -〈男の耳は聞きたいことだけを聞き〉〈ああ どうすれば男の耳を傾けさせられるのか〉とまっすぐ。 -歌詞がやはりストレート。 ウディ・ガスリーやピート・シーガーら米国のフォーク歌手に影響を受け、60年代後半から歌い始める。 「受験生ブルース」「主婦のブルース」など発表。 アルバムに「終わり はじまる」など。 音楽評論、ボブ・ディランらの歌詞やブコウスキーの小説などの翻訳を手掛ける。 90年代後半から歌中心の活動に戻り、近年は年の半分程度はライブで全国を回っている。 腰まで泥まみれ 作詞/作曲:ピート・シーガー 訳詞:中川五郎 M2. スラバヤ通りの妹へ 作詞/作曲:松任谷由実 M3. 美しき五月のパリ 作者:不詳 日本語詞:加藤登紀子 M4. ユエの流れ 作詞:桐雄二郎 作曲:須摩洋朔 M5. リリー・マルレーン 作詞:Hans Leip 作曲:Norbert Schultze 訳詞:片桐和子 M6. 最后のダンスステップ 作詞/作曲:あがた森魚 M7. 戦争は知らない 作詞:寺山修司 作曲:加藤ヒロシ M8. 死んだ男の残したものは 作詞:谷川俊太郎 作曲:武満徹 M9. ケ・サラ 作詞:F. 死んだ女の子 作詞:ナジム・ヒクメット 日本語詞:中本信幸 作曲:外山雄三 編曲:坂本龍一 M12. さとうきび畑 作詞/作曲:寺島尚彦 2002年の「ワダツミの木」で社会現象を巻き起こした衝撃のデビューを経て、2014年にはスライ&ロビーとの作品がグラミー賞にノミネートされるなど日本を代表するシンガー・元ちとせ。 2011年8月31日にシングルでリリースされた「永遠(トワ)の調べ」以外はすべて新録作品となり、谷川俊太郎、寺山修司、あがた森魚、松任谷由実らによる作詞楽曲や、中川五郎、加藤登紀子、岩谷時子らが日本語詞を手掛ける洋楽曲まで、全編を通じて、日本語の美しさも感じられるアルバムとなっている。 ・・from 元ちとせ・・ 戦後60年が経った2005年、過去に戦争があった事を風化させない為にと思い、坂本龍一氏とのコラボレーション曲『死んだ女の子』を発表しました。 戦後70年を迎える今年、『平和を祈る思い』『忘れない、繰り返さないという願い』をシンガーとして歌い継ぎ、母として残して行ければと思い、レコーディングに臨みました。 このアルバム『平和元年』が、平和を思うきっかけになってくれればと思っています。 今月30日には国会前での10万人デモに加え、何と全国各地で抗議集会を同時に開き、計100万人の参加を呼びかけているのだ。 いくら独善的といわれる安倍首相でも、100万人の声を無視することはできないのではないか。 「8・30全国100万人大行動」の主催団体のひとつ「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」に所属する高田健氏(70)はこう言う。 「100万人集会は、私たちの団体の他に2団体が力を合わせ、7月中旬ごろから計画を進めてきました。 全都道府県に関連団体があり、電話やメール、ネットで参加者を募っているところです。 100万人集めるのはそう簡単なことではありませんが、各地域の方々の反応はいい。 皆、廃案に向け、ヤル気がみなぎっています。 小さな村だと、都会と違って人の集まる場所は多くありません。 それでも、『スーパーマーケットなど、なるべく人目に付く場所でプラカードを掲げたい』と言ってくれる方もいます」 1960年の安保闘争では、国会前に30万人のデモ隊が押し寄せ、当時の岸内閣を退陣に追い込んだ。 全国で100万人が「安保法案反対」の声を上げれば、安倍首相も敬愛してやまない祖父に倣い、退陣するしかないのではないか。 30国会10万人・全国100万人大行動に集まろう! 「戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」は7月期、連日国会前における行動をうちぬき、巨万の市民とともに衆院での強行採決に徹底的に抗議を行ってきました。 「連休を越せば世論は沈静化する」という政府・与党の目論見は外れました。 新聞各社の調査でも安倍政権の支持率が激減しています。 26国会包囲行動には約2万5000人、7. 28日比谷大集会には約1万5000人もの市民が参加しています。 私たちは全国の人々の怒りの声を取り結び、戦争法案成立を阻止するまで、全力でたたかう決意を固めています。 総がかり行動実行委員会は、火曜日の街宣行動、木曜日の国会前集会を中心に、8月期も継続してとりくみます。 そして8月最後の日曜日である8月30日に、下記のように大行動を提起します。 国会周辺を10万人以上の戦争法案絶対反対!の怒りの声で埋め尽くそう! また、全国各地でも同時行動にとりくんでください。 全国つらぬく総がかりの力で、戦争法案廃案・安倍政権退陣・政策転換実現をかちとりましょう! 戦争法案廃案! 安倍政権退陣! 8. その多様性、重層性、創造性はかつて見られなかった広がりを示している。 国会内の野党各党と連携して展開されているこの戦争法案廃案運動の拡大は安倍政権と与党を追いつめ、参議院での議論が始まったばかりであるにもかかわらず、すでに国会の論戦ではボロボロの状態になっている。 そして私たちはこうした情勢の中で、この戦争法案を廃案にできる可能性を手に入れつつある。 <運動の出発と経過> 私たちは広範な世論の高まりによって、2007年、9条改憲を公言した第1次安倍政権を崩壊させた経験があり、2013年、第2次安倍政権が企てた96条改憲論を破綻させた経験があり、さらに直近では国立競技場建設構想を白紙撤回させた実績がある。 しかし安倍自公政権は、衆議院3分の2を超える議席数を持ち、戦争法案廃案への闘いの道のりは決して容易なものではないが、「平和憲法の破壊、立憲主義を無視して集団的自衛権の憲法解釈の変更」という動きに、さまざまな運動体が行動を始めた。 2014年前半に、「戦争をさせない1000人委員会」が発足し、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」が立ち上がり、「戦争する国づくり反対!憲法をまもりいかす共同センター」が再編発足した。 これら3つのネットワークは、出自や経過から来る立場の違いを乗り越え、さまざまな運動の現場での共闘からはじまって、次第に連携を強め、2014年末には「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」を結成した。 安倍政権による「平和と民主主義の破壊」、「戦争の足音の高まりへの恐れ」を目の当たりにした3団体は、「平和と民主主義の実現」の責任の一端を担わなければならいという決意に突き動かされ、画期的な共同を実現させた。 この運動は、2015年にはいり5月3日の憲法記念日集会の成功を踏まえて、前述の3団体に加えて、5・3集会の実行委員会に参加した反原発関連の3団体や、反貧困運動、女性の運動、国際連帯運動などなどさまざまな分野の市民運動のネットワークがそれぞれの課題の違いを超えて、「総がかり実行委員会」に参加・統合された。 <この間の私たちの主なとり組み> この「総がかり行動実行委員会」は、毎週木曜日の国会行動などをはじめ、数万の規模による6・14、6・24、7・14、15、16、17、7・26、7・28など戦争法案に反対する連続的な国会行動や国会前座り込み、新聞意見広告のとり組み、各所での街頭宣伝など、従来の枠を超えた大きな活動を展開した。 一方、野党各党への要請・懇談や議員へのロビーイングなど、野党の国会議員への働きかけも積極的に行い、連携を強化した。 いま戦争法案廃案・安倍政権退陣をめざす運動は全国で大きく高揚している。 そして戦争法案反対、今国会での強行反対の声はどの世論調査でも急速に拡大し、安倍政権の支持率は急落している。 私たちは、このねばり強い運動が「戦争法案廃案」めざしての各界各層の人びとの決起と、全国各地の草の根での運動の高揚に貢献したと自負している。 私たちがくり返し提唱してきた、思想信条政治的立場の違いを超えた「戦争法案反対」の大きな共同行動の実現と、そうした取り組みの中でこそ勝利の展望が描けるという確信が、事態を大きく切り開いてきたと言っても過言ではない。 <共同行動のいっそうの拡大を> 窮地に追い込まれた安倍政権は国会会期を大幅に延長し、かつ衆議院での強行採決に踏み切った。 そして焦点は、参議院段階へと移り、安倍自公政権が、参議院で強行採決することを許さず、衆議院での再議決をさせないたたかいこそ、焦眉の課題となっている。 衆議院段階でのかってなかった層や市民による新しい運動の広がりをさらに期待すると同時に連携しての共同行動を作り上げる努力が求められている。 また一方、原発再稼働阻止・脱原発運動、沖縄の辺野古新基地建設反対運動、貧困と差別を許さない運動、アジアの人びととの連帯と共生運動などもそれぞれ情勢は緊迫している。 そして闘いは大きく高揚している。 それぞれの課題とも、安倍政権の暴走の結果であり、安倍内閣退陣をめざして、大きな闘いの連携の枠組みをつくる必要性と可能性も大きく拡大している。 私たちは、全国各地での始まっている草の根での共同行動の展開をさらに押し広げ、立ち上がりつつある各界各層の人々の運動とさらに連携を強め、また安倍政権の暴走の下で苦しむ広範な民衆の運動と連携して、安倍政権を包囲し退陣に追い込む世論の一翼を担うことが私たちの役割であり、使命である。 <安倍政権の暴走をとめ、退陣を実現しよう> 安倍政権はこの夏、参議院での強行採決を念頭におきつつ、運動が後退することに淡い期待をいだき、自らの延命に期待している。 そうであるなら、私たちの回答は明確だ。 全力をふり絞って、この歴史的なたたかいを担いきり、運動の一層の発展を実現し、戦争法案廃案・安倍政権退陣を勝ち取ろう。 私たちは、毎週火曜日の統一街頭宣伝行動、木曜国会前集会などの地道な活動の積み上げ、提起される共同した取り組みを全力をあげて闘いぬこう。 そして8月30日、戦争法案廃案をめざす10万人国会包囲行動と全国100万人統一行動を必ず実現し、いのちと民衆の怒りをないがしろにし、立憲主義を無視し、憲法9条と民主主義を破壊し、戦争への道をひた走る安倍政権に決定的な打撃を加えよう。 いまこそたちあがろう、手をつなごう。 戦争は、兵器産業に富をもたらす。 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。 戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。 戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。 戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。 精神は、操作の対象物ではない。 生命は、誰かの持ち駒ではない。 海は、基地に押しつぶされてはならない。 空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。 血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、 知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。 学問は、戦争の武器ではない。 学問は、商売の道具ではない。 学問は、権力の下僕ではない。 生きる場所と考える自由を守り、創るために、 私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。 安倍晋三政権は新法の「国際平和支援法」と10本の戦争関連法を改悪する「平和安全法制整備法案」を国会に提出し、審議が行われています。 これらの法案は、アメリカなど他国が海外で行う軍事行動に、日本の自衛隊が協力し加担していくものであり、憲法九条に違反しています。 私たちは憲法に基づき、国会が徹底審議をつくし、廃案とすることを強く求めます。 安倍首相の言う「武力行使は限定的なもの」であるどころか、自衛隊の武力行使を際限なく広げ、「専守防衛」の建前に反することになります。 武器を使用すれば、その場は交戦状態となり、憲法九条一項違反の「武力行使」となることは明らかです。 60年以上にわたって積み重ねられてきた「集団的自衛権の行使は憲法違反」という政府解釈を安倍政権が覆したことで、米国の侵略戦争に日本の自衛隊が参戦する可能性さえ生じます。 日本が戦争当事国となり、自衛隊が国際法違反の「侵略軍」となる危険性が現実のものとなります。 私たちは、かつて日本が行った侵略戦争に、多くの学徒を戦地へ送ったという、大学の戦争協力の痛恨の歴史を担っています。 その歴史への深い反省から、憲法九条とともに歩み、世界平和の礎たらんと教育研究活動にたずさわり、再び戦争の惨禍を到来させないようにしてきました。 二度と再び、若者を戦地に送り、殺し殺される状況にさらすことを認めることはできません。 私たちは、学問と良識の名において、違憲性のある安全保障関連法案が国会に提出され審議されていることに強く抗議し、それらの法案に断固として反対します。 このような憲法違反の法案を成立させることは、立憲主義に基づく民主政治を根底から覆しかねない。 ここにわれわれは全法案の撤回を要求する。 集団的自衛権行使容認の違憲性 政府見解の一貫性 憲法9条の下で武力行使が許されるのは、個別的自衛権の行使、すなわち日本に対する急迫不正の侵害があり、これを排除するためにほかの適当な手段がない場合に限られる。 しかも、その場合にも必要最小限度の実力行使にとどまらなければならない。 この憲法解釈は、1954年の自衛隊創設以来、政府見解において変わることなく維持されてきた。 集団的自衛権の行使には憲法9条の改正が不可欠であることも、繰り返し政府によって表明されてきた。 昨年7月の閣議決定 集団的自衛権の行使を容認した昨年7月の閣議決定は、政府の憲法解釈には「論理的整合性」と「法的安定性」が要求されるとし、「論理的整合性」を保つには、従来の政府見解の「基本的な論理の枠内」にあることが求められるとした。 その上で、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」がある場合には、当該他国を防衛するための集団的自衛権の行使も許容されるとしている。 論理的整合性の欠如 しかし、個別的自衛権の行使のみが憲法上認められるという解釈と、集団的自衛権の行使が(限定的であれ)認められるという解釈とを、同じ論拠の上に成立させることはできない。 自国を防衛するための個別的自衛権と、他国を防衛するための集団的自衛権とは、本質を異にするものであるからである。 法的安定性 「法的安定性」について、昨年7月の閣議決定は、何ら語るところがない。 しかし、ホルムズ海峡での機雷掃海活動が許容されるか否かについて、連立を組む与党の党首間でも見解が異なることを見れば、集団的自衛権の行使に対して明確な「限定」が存在しないことは明らかである。 機雷掃海活動を超える武力の行使についても、現政権による発言がどうであれ、法的な歯止めがなければ、その都度の政権の判断次第でいつでも行われうることとなる。 砂川判決の意味 砂川事件最高裁判決を根拠に集団的自衛権の合憲性を主張する向きも一部にあるが、砂川事件は、駐留米軍が憲法9条2項の禁ずる「戦力」に該当するかが争われた事件である。 したがって、この裁判では日本の集団的自衛権は、全く争点となっていない。 最高裁判決の先例としての価値は、具体的争点を基に語られるべきものであり、同判決が日本の集団的自衛権行使について判断しているとの主張は牽強付会である。 集団的自衛権行使は違憲 要するに、現政権による集団的自衛権の行使の容認は、従来の政府見解の基本的な論理の枠を明らかに踏み越えており、かつ、法的安定性を大きく揺るがすものであって、憲法9条に違反する。 外国軍隊等の武力行使との一体化 非戦闘地域の意味 従来の政府見解は、「後方地域」での自衛隊による外国軍隊等の支援が、憲法の禁ずる武力の行使には当たらないものとするにあたり、自衛隊の活動が他国軍隊の武力行使と一体化しないことと、その活動が「非戦闘地域」に限られることという歯止めを設けてきた。 「戦闘地域」と「非戦闘地域」との区分は、ある程度の余裕を見て自衛隊の活動地域を区分しようとの配慮に基づくものであり、実施期間を通じて活動を必ず合憲としうるための工夫であった。 武力行使との一体化へ 今回の法案では、従来の「戦闘地域」と「非戦闘地域」の区別が廃止されている。 現に戦闘行為が行われている現場以外であれば後方支援を実施しうるものとされ、自衛隊は、外国軍隊等への弾薬の供与や発進準備中の航空機への給油を新たに行ないうることとされている。 もはや他国軍隊等の戦闘行為と密接不可分であり、具体的状況によって、外国軍隊の武力行使との一体化との評価を受けるおそれがきわめて高いと言わざるをえない。 国会軽視の審議過程 対米公約の問題性 安倍首相は先の訪米時に、安保法制関連諸法案を今年8月までに成立させるという「対米公約」ともとれる発言を米議会で行った。 まだ閣議決定さえされていない段階でのこのような発言は、唯一の立法機関たる国会の権威を損ない、国民主権をないがしろにするものである。 対米追随的姿勢 本法案は内容的には本年4月に合意の「日米防衛協力のための指針」(日米ガイドライン)に沿ったものであり、国会審議でホルムズ海峡での機雷掃海などが強調されている背景に、米国の対日要求があるとも考えられる。 条約ですらないものを、いわば憲法の上位に置き、それに合わせて実質的な改憲にも等しい立法化を進めることは許されない。 また、このような対米追随ともとれる姿勢は、集団的自衛権行使に関して日本が自主的に判断できるとの政府の主張の信ぴょう性を疑わせる。 内閣による国会軽視 国会審議においても、首相自らが質問者にヤジを飛ばしたり、大臣から「現在の憲法をいかにこの法案に適応させるか」という立憲主義を否定する発言があるなど、政府の対応は、国権の最高機関たる国会を中心とする立憲的な民主政治を尊重するものとはなっていない。 4. 安全保障への影響 安全保障論のあいまいさ 昨年7月の閣議決定は、集団的自衛権の行使が容認される根拠として、「我が国を取り巻く安全保障環境」の変化を挙げるが、その内容は、「パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等」というきわめてあいまいなものである。 日米安保への過剰な期待 世界各地でアメリカに軍事協力すれば、日本の安全保障へのアメリカの協力が強まるとの議論がある。 しかし、アメリカはあくまで日米安全保障条約5条が定める通り、「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」条約上の義務を果たすにとどまる。 大規模な軍事力の行使について、アメリカ憲法は連邦議会の承認をその条件としていることを忘れるべきではない(米憲法1篇8節11項)。 抑止力万能論の陥穽 日本を取り巻く安全保障環境が悪化しつつあるのであれば、限られた防衛力を地球全体に拡散するより、専守防衛に集中する方が合理的との判断もありうる。 また政府は、集団的自衛権の行使容認が抑止力を高め、安全保障に寄与すると主張するが、日本が抑止力を高めれば、相手側がさらに軍備を強化し、結果的に安全保障環境が悪化しかねない(安全保障のジレンマ)。 軍拡競争となれば、少子高齢化や財政赤字などの深刻な問題を抱える日本は、さらに大きなリスクに直面することになる。 国際協調による緊張緩和へ 平和を維持するには、国際協調が不可欠である。 外交交渉や「人間の安全保障」等によって緊張を緩和し、紛争原因を除去する努力を弛みなく続けていくことが、日本にとっての安全保障を導くのであり、抑止力にのみ頼ることはできない。 結論 安全保障関連諸法案は憲法に明確に違反している。 立憲主義をないがしろにし、国民への十分な説明責任を果たさない政府に対して、安全保障にかかわる重大な政策判断の権限を与えることはできない。 ここに全法案のすみやかな撤回を要求する。 この二つの法案は、これまで政府が憲法9条の下では違憲としてきた集団的自衛権の行使を可能とし、米国などの軍隊による様々な場合での武力行使に、自衛隊が地理的限定なく緊密に協力するなど、憲法9条が定めた戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認の体制を根底からくつがえすものである。 巷間でこれが「戦争法案」と呼ばれていることには、十分な根拠がある。 私たち憲法研究者は、以下の理由から、現在、国会で審議が進められているこの法案に反対し、そのすみやかな廃案を求めるものである。 1.法案策定までの手続が立憲主義、国民主権、議会制民主主義に反すること 昨年7月1日の閣議決定は、「集団的自衛権の行使は憲法違反」という60年以上にわたって積み重ねられてきた政府解釈を、国会での審議にもかけずに、また国民的議論にも付さずに、一内閣の判断でくつがえしてしまう暴挙であった。 日米両政府は、本年4月27日に、現行安保条約の枠組みさえも超える「グローバルな日米同盟」をうたうものへと「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を改定し、さらに4月29日には、安倍首相が、米国上下両院議員の前での演説の中で、法案の「この夏までの成立」に言及した。 こうした一連の政治手法は、国民主権を踏みにじり、「国権の最高機関」たる国会の審議をないがしろにするものであり、憲法に基づく政治、立憲主義の意義をわきまえないものと言わざるを得ない。 2.法案の内容が憲法9条その他に反すること 以下では、法案における憲法9条違反の疑いがとりわけ強い主要な3点について示す。 (1)歯止めのない「存立危機事態」における集団的自衛権行使 自衛隊法と武力攻撃事態法の改正は、「存立危機事態」において自衛隊による武力の行使を規定するが、そのなかでの「我が国と密接な関係にある他国」、「存立危機武力攻撃」、この攻撃を「排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使」などの概念は極めて漠然としておりその範囲は不明確である。 この点は、従来の「自衛権発動の3要件」と比較すると明白である。 法案における「存立危機事態」対処は、歯止めのない集団的自衛権行使につながりかねず、憲法9条に反するものである。 その際の対処措置を、国だけでなく地方公共団体や指定公共機関にも行わせることも重大な問題をはらんでいる。 (2)地球のどこででも米軍等に対し「後方支援」で一体的に戦争協力 重要影響事態法案における「後方支援活動」と国際平和支援法案における「協力支援活動」は、いずれも他国軍隊に対する自衛隊の支援活動であるが、これらは、活動領域について地理的な限定がなく、「現に戦闘行為が行われている現場」以外のどこでも行われ、従来の周辺事態法やテロ特措法、イラク特措法などでは禁じられていた「弾薬の提供」も可能にするなど、自衛隊が戦闘現場近くで外国の軍隊に緊密に協力して支援活動を行うことが想定されている。 これは、もはや「外国の武力行使とは一体化しない」といういわゆる「一体化」論がおよそ成立しないことを意味するものであり、そこでの自衛隊の支援活動は「武力の行使」に該当し憲法9条1項に違反する。 このような違憲かつ危険な活動に自衛隊を送り出すことは、政治の責任の放棄のそしりを免れない。 国際平和支援法案の支援活動は、与党協議の結果、「例外なき国会事前承認」が求められることとなったが、その歯止めとしての実効性は、国会での審議期間の短さなどから大いに疑問である。 また、重要影響事態法案は、「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」というきわめてあいまいな要件で国連決議等の有無に関わりなく米軍等への支援活動が可能となることから国際法上違法な武力行使に加担する危険性をはらみ、かつ国会による事後承認も許されるという点で大きな問題がある。 (3)「武器等防護」で平時から米軍等と「同盟軍」的関係を構築 自衛隊法改正案は、「自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動に現に従事している」米軍等の武器等防護のために自衛隊に武器の使用を認める規定を盛り込んでいるが、こうした規定は、自衛隊が米軍等と警戒監視活動や軍事演習などで平時から事実上の「同盟軍」的な行動をとることを想定していると言わざるを得ない。 このような活動は、周辺諸国との軍事的緊張を高め、偶発的な武力紛争を誘発しかねず、武力の行使にまでエスカレートする危険をはらむものである。 そこでの武器の使用を現場の判断に任せることもまた、政治の責任の放棄といわざるをえない。 領域をめぐる紛争や海洋の安全の確保は、本来平和的な外交交渉や警察的活動で対応すべきものである。 それこそが、憲法9条の平和主義の志向と合致するものである。 以上のような憲法上多くの問題点をはらむ安保関連法案を、国会はすみやかに廃案にするべきである。 政府は、この法案の前提となっている昨年7月1日の閣議決定と、日米ガイドラインをただちに撤回すべきである。 そして、憲法に基づく政治を担う国家機関としての最低限の責務として、国会にはこのような重大な問題をはらむ法案の拙速な審議と採決を断じて行わぬよう求める。 学生団体「SEALDs(シールズ)」に刺激される形で、70代の高齢者も「デモ」に参加しはじめた。 高校生、大学生、高齢者……と、広がりつづける「抗議活動」に、自民党は本気で焦りはじめている。 8日、東京・巣鴨で安保法案に「ノー」を突き付けたのは「OLDs(オールズ)」のメンバー。 60~70代で構成され、7月から毎週土曜日、巣鴨に集結している。 シールズに刺激を受け、行動を始めた。 東京外語大名誉教授の高橋正明氏(70)はこう言う。 でも、若い人にケツを蹴られて、目が覚めたような格好です。 自分たちも動かないとダメだと。 ネットで呼びかける形で、集まってもらっています」 この日の参加者は100人超。 「これまで、集まったのはせいぜい10人くらい。 今日はたくさんの人が来てくれた」(別のメンバー)という。 音楽やシュプレヒコールを中心にデモを行うシールズとは、現場の雰囲気は全く違う。 一人一人がマイクを握り、淡々と安保法案や安倍首相への批判を展開。 巣鴨は創価学会とのつながりが深いこともあり、「創価学会は今の公明党を見て、何も感じないのか」と訴える場面もあった。 こうしたオールズの姿に触発され、30~60代で結成されたのが「MIDDLEs(ミドルズ)」だ。 8日の行動にも加わった。 現役バリバリの社会人が中心で、弁護士や報道関係者らも参加する。 自民党関係者がこう言う。 「ここまで反対運動が広がるとは思わなかった。 高校生、大学生、高齢者とあらゆる年齢層に反対運動が広がっている。 しかも、東京だけでなく、全国規模になっている。 まるで国民が覚醒したかのようです。 どうすれば終息するのか正直、分からない」 シールズを取材してきたジャーナリスト・横田一氏もこう話す。 「シールズのメンバーは、実名や顔がネット上にさらされて、激しい誹謗中傷を受けることもあります。 それでも、彼、彼女らは堂々と行動している。 そうした姿を見て、『自分たちも何かやらなければ』と感じる人が多いのだと思います。 ネット上の動画を見て、シールズに参加する人は若者から年配の方まで、今もどんどん増えている状況です」 夏休み最後の日曜日(8月30日)には、国会前で10万人、全国で100万人の「反安保デモ」が予定されている。 このままいけば、20万、30万人が国会に押し寄せてもおかしくはない。 30国会10万人・全国100万人大行動に集まろう! 「戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」は7月期、連日国会前における行動をうちぬき、巨万の市民とともに衆院での強行採決に徹底的に抗議を行ってきました。 「連休を越せば世論は沈静化する」という政府・与党の目論見は外れました。 新聞各社の調査でも安倍政権の支持率が激減しています。 26国会包囲行動には約2万5000人、7. 28日比谷大集会には約1万5000人もの市民が参加しています。 私たちは全国の人々の怒りの声を取り結び、戦争法案成立を阻止するまで、全力でたたかう決意を固めています。 総がかり行動実行委員会は、火曜日の街宣行動、木曜日の国会前集会を中心に、8月期も継続してとりくみます。 そして8月最後の日曜日である8月30日に、下記のように大行動を提起します。 国会周辺を10万人以上の戦争法案絶対反対!の怒りの声で埋め尽くそう! また、全国各地でも同時行動にとりくんでください。 全国つらぬく総がかりの力で、戦争法案廃案・安倍政権退陣・政策転換実現をかちとりましょう! 戦争法案廃案! 安倍政権退陣! 8. その多様性、重層性、創造性はかつて見られなかった広がりを示している。 国会内の野党各党と連携して展開されているこの戦争法案廃案運動の拡大は安倍政権と与党を追いつめ、参議院での議論が始まったばかりであるにもかかわらず、すでに国会の論戦ではボロボロの状態になっている。 そして私たちはこうした情勢の中で、この戦争法案を廃案にできる可能性を手に入れつつある。 <運動の出発と経過> 私たちは広範な世論の高まりによって、2007年、9条改憲を公言した第1次安倍政権を崩壊させた経験があり、2013年、第2次安倍政権が企てた96条改憲論を破綻させた経験があり、さらに直近では国立競技場建設構想を白紙撤回させた実績がある。 しかし安倍自公政権は、衆議院3分の2を超える議席数を持ち、戦争法案廃案への闘いの道のりは決して容易なものではないが、「平和憲法の破壊、立憲主義を無視して集団的自衛権の憲法解釈の変更」という動きに、さまざまな運動体が行動を始めた。 2014年前半に、「戦争をさせない1000人委員会」が発足し、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」が立ち上がり、「戦争する国づくり反対!憲法をまもりいかす共同センター」が再編発足した。 これら3つのネットワークは、出自や経過から来る立場の違いを乗り越え、さまざまな運動の現場での共闘からはじまって、次第に連携を強め、2014年末には「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」を結成した。 安倍政権による「平和と民主主義の破壊」、「戦争の足音の高まりへの恐れ」を目の当たりにした3団体は、「平和と民主主義の実現」の責任の一端を担わなければならいという決意に突き動かされ、画期的な共同を実現させた。 この運動は、2015年にはいり5月3日の憲法記念日集会の成功を踏まえて、前述の3団体に加えて、5・3集会の実行委員会に参加した反原発関連の3団体や、反貧困運動、女性の運動、国際連帯運動などなどさまざまな分野の市民運動のネットワークがそれぞれの課題の違いを超えて、「総がかり実行委員会」に参加・統合された。 <この間の私たちの主なとり組み> この「総がかり行動実行委員会」は、毎週木曜日の国会行動などをはじめ、数万の規模による6・14、6・24、7・14、15、16、17、7・26、7・28など戦争法案に反対する連続的な国会行動や国会前座り込み、新聞意見広告のとり組み、各所での街頭宣伝など、従来の枠を超えた大きな活動を展開した。 一方、野党各党への要請・懇談や議員へのロビーイングなど、野党の国会議員への働きかけも積極的に行い、連携を強化した。 いま戦争法案廃案・安倍政権退陣をめざす運動は全国で大きく高揚している。 そして戦争法案反対、今国会での強行反対の声はどの世論調査でも急速に拡大し、安倍政権の支持率は急落している。 私たちは、このねばり強い運動が「戦争法案廃案」めざしての各界各層の人びとの決起と、全国各地の草の根での運動の高揚に貢献したと自負している。 私たちがくり返し提唱してきた、思想信条政治的立場の違いを超えた「戦争法案反対」の大きな共同行動の実現と、そうした取り組みの中でこそ勝利の展望が描けるという確信が、事態を大きく切り開いてきたと言っても過言ではない。 <共同行動のいっそうの拡大を> 窮地に追い込まれた安倍政権は国会会期を大幅に延長し、かつ衆議院での強行採決に踏み切った。 そして焦点は、参議院段階へと移り、安倍自公政権が、参議院で強行採決することを許さず、衆議院での再議決をさせないたたかいこそ、焦眉の課題となっている。 衆議院段階でのかってなかった層や市民による新しい運動の広がりをさらに期待すると同時に連携しての共同行動を作り上げる努力が求められている。 また一方、原発再稼働阻止・脱原発運動、沖縄の辺野古新基地建設反対運動、貧困と差別を許さない運動、アジアの人びととの連帯と共生運動などもそれぞれ情勢は緊迫している。 そして闘いは大きく高揚している。 それぞれの課題とも、安倍政権の暴走の結果であり、安倍内閣退陣をめざして、大きな闘いの連携の枠組みをつくる必要性と可能性も大きく拡大している。 私たちは、全国各地での始まっている草の根での共同行動の展開をさらに押し広げ、立ち上がりつつある各界各層の人々の運動とさらに連携を強め、また安倍政権の暴走の下で苦しむ広範な民衆の運動と連携して、安倍政権を包囲し退陣に追い込む世論の一翼を担うことが私たちの役割であり、使命である。 <安倍政権の暴走をとめ、退陣を実現しよう> 安倍政権はこの夏、参議院での強行採決を念頭におきつつ、運動が後退することに淡い期待をいだき、自らの延命に期待している。 そうであるなら、私たちの回答は明確だ。 全力をふり絞って、この歴史的なたたかいを担いきり、運動の一層の発展を実現し、戦争法案廃案・安倍政権退陣を勝ち取ろう。 私たちは、毎週火曜日の統一街頭宣伝行動、木曜国会前集会などの地道な活動の積み上げ、提起される共同した取り組みを全力をあげて闘いぬこう。 そして8月30日、戦争法案廃案をめざす10万人国会包囲行動と全国100万人統一行動を必ず実現し、いのちと民衆の怒りをないがしろにし、立憲主義を無視し、憲法9条と民主主義を破壊し、戦争への道をひた走る安倍政権に決定的な打撃を加えよう。 いまこそたちあがろう、手をつなごう。 81年『さようなら、ギャングたち』で群像新人賞優秀作を受賞しデビュー。 『優雅で感傷的な日本野球』で三島賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎賞を受賞。 本当に止めるぞ。 憲法守れ! 憲法守れ!」(SEALDs 奥田愛基、本書より) ネットで大拡散した『神奈川新聞』連載「時代の正体」を集大成。 安保、集団的自衛権、米軍基地、ヘイトスピーチなど戦後70年の重大問題に焦点をあて、高畑勲、想田和弘、内田樹、高橋源一郎、辺見庸他、時代を問うインタビューを収録。 やる気のあるマスコミはひと味違います! ドッシリ重いのも気に入ってるし、そのまま焚火にかけてもへいちゃらな強さだし、容量もあるから一度に沢山つくれるのもいいよね。 祈るのも願うのもいいけれど時には声をあげて行動もしないとね。 まだ日本は「民主主義」の予知も制度も残されているから選挙の度に戦争体制に邁進するような危険な政党や勢力の候補は叩いて落選させなくちゃね。 腰まで泥まみれ 作詞/作曲:ピート・シーガー 訳詞:中川五郎 M2. スラバヤ通りの妹へ 作詞/作曲:松任谷由実 M3. 美しき五月のパリ 作者:不詳 日本語詞:加藤登紀子 M4. ユエの流れ 作詞:桐雄二郎 作曲:須摩洋朔 M5. リリー・マルレーン 作詞:Hans Leip 作曲:Norbert Schultze 訳詞:片桐和子 M6. 最后のダンスステップ 作詞/作曲:あがた森魚 M7. 戦争は知らない 作詞:寺山修司 作曲:加藤ヒロシ M8. 死んだ男の残したものは 作詞:谷川俊太郎 作曲:武満徹 M9. ケ・サラ 作詞:F. 死んだ女の子 作詞:ナジム・ヒクメット 日本語詞:中本信幸 作曲:外山雄三 編曲:坂本龍一 M12. さとうきび畑 作詞/作曲:寺島尚彦 2002年の「ワダツミの木」で社会現象を巻き起こした衝撃のデビューを経て、2014年にはスライ&ロビーとの作品がグラミー賞にノミネートされるなど日本を代表するシンガー・元ちとせ。 2011年8月31日にシングルでリリースされた「永遠(トワ)の調べ」以外はすべて新録作品となり、谷川俊太郎、寺山修司、あがた森魚、松任谷由実らによる作詞楽曲や、中川五郎、加藤登紀子、岩谷時子らが日本語詞を手掛ける洋楽曲まで、全編を通じて、日本語の美しさも感じられるアルバムとなっている。 ・・from 元ちとせ・・ 戦後60年が経った2005年、過去に戦争があった事を風化させない為にと思い、坂本龍一氏とのコラボレーション曲『死んだ女の子』を発表しました。 戦後70年を迎える今年、『平和を祈る思い』『忘れない、繰り返さないという願い』をシンガーとして歌い継ぎ、母として残して行ければと思い、レコーディングに臨みました。 このアルバム『平和元年』が、平和を思うきっかけになってくれればと思っています。 1980年代に同様のコンサートを開いていたが、中心メンバーの病死に伴い事実上、途絶えていた。 戦後70年を迎える今年、かつての出演者たちが「節目の年だからこそ開催すべきだ」と企画した。 コンサートは直方市のアマチュア歌手、故高津東吾さんが発案。 高津さんが立ち上げたフォークソング愛好会「筑豊うたの里」が中心となって1981年から6年間、終戦記念日に開いてきた。 当時は毎年、アマチュアのミュージシャン約40人が反戦歌などを披露。 高津さんも、被爆地・広島にあった地蔵をテーマにした「おこり地蔵」や、徴兵された父親の代わりに炭鉱で働く少女を描いた「ある女坑夫の半生」などオリジナル曲を歌い上げた。 しかし、高津さんが心臓を患って入退院を繰り返すようになると、コンサートも開かれなくなった。 93年7月に高津さんが41歳で息を引き取った後、うたの里は解散した。 今年7月、安全保障関連法案が衆院で可決されたのをきっかけに、元会員からコンサートの復活を望む声が上がり、50~60代の男女7人が実行委員会を組織した。 実行委の一人、田川市の小柳圭史(たかし)さん(61)は「高津さんの思いを引き継ぎたい。 平和への決意を歌で訴えられれば」と語る。 公演時間は午後1時~4時。 出演者が1人15分の持ち時間内で反戦歌の演奏や意見発表をする。 入場無料。 飛び込み参加も可。 そういえば去年は松代大本営後も見物に行ったんだよな。 地元では当時、子供たちに爆弾を背負わせて敵戦車の下へ潜り込む自爆訓練なんかもしていたんだよな。 戦争は容赦なく子供まで動員するんだよね。 狂ってるわ・・・。 松代(まつしろ)大本営と呼ばれるこの地下壕は1944年秋から掘削作業が始まり、翌45年の敗戦時には8割が完成していたという。 掘削作業には多くの朝鮮半島出身者も動員された。 松代大本営は米軍の首都上陸に備え、政府の中枢を空襲のない地に移転するためひそかに計画された。 本土決戦が叫ばれる中、国民は置き去りにされようとしていた。 真夏でもひんやりした薄暗い構内には夏休みの今、多くの見学者が訪れる。 「国あって国民なし」があの戦争の実際の姿だったことを、この巨大な遺物は教えている。 戦後70年の節目に迎えるあすの終戦記念日を前に、改めて考えてみたい。 満州事変から太平洋戦争に至る日本の「自爆戦争」の背景には、憲法解釈の乱用があった。 軍は、天皇による統帥権が三権の枠外にあるとして神聖化した。 その下で言論統制が強まった。 戦争に異論を唱える人間は「非国民」として排除され、社会の自由は窒息していった。 もう一つは、外交の失敗だ。 中国侵略のあと、国際連盟脱退で世界から孤立した日本は戦線を東南アジアに拡大し、米国の対日石油禁輸で追い詰められると、真珠湾攻撃へと走った。 外交努力を放棄して国際協調路線を踏み外し、米国の戦略と米中関係の大局を読み誤った。 6割が餓死だったとされる、戦地での230万の死。 確実に死ぬことを前提とした特攻作戦。 国民の命が羽毛のように軽かった時代の反省から、日本は再出発した。 全ての人が自由に発言する基盤を尊重し、多様な考えが社会に生かされ、国が国民を駒として使い捨てるのではなく、国民が国の主人公である、当たり前の民主主義を持ったことが、戦後の日本の支柱だったはずだ。 昨今、憲法を頂点とする法体系をことさら軽視し、自由な言論を抑圧するような言動が政治の世界で相次いでいる。 安全保障関連法案を巡って「憲法守って国滅ぶでいいのか」「日本人は軍事知らず」という物言いも、しばしば耳にする。 だが、かつてあったのは「憲法守って国滅ぶ」ではなく、憲法をないがしろにして戦争に突入した歴史である。 「軍事知らず」ではなく「外交知らず」で、破滅に追い込まれたことを忘れてはならない。 戦争の「負の歴史」をいかに真摯(しんし)に振り返り、明日に生かすか。 その認識において政権と国民の間に断層があっては、戦後70年の民主主義は土台から揺らぎかねない。 安倍晋三首相は、広島での被爆者との面会で「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないという不戦の誓い」を口にした。 安保法案も、戦争をせず、平和を守るためと説明されている。 平和と不戦の誓いを原点にしている点では、首相も、法案に反対の世論も変わりはない。 不戦の誓いと平和という「未来」を語る言葉は、政権と国民の間で既に共有されているのである。 求められるのはそれを繰り返すことではなく、「過去」を語る言葉を政権と国民が共有することだろう。 だからこそ政治指導者は、過去の侵略と過ちを認め、再びあの時代には戻さないという強いメッセージを、信頼のおける言葉と態度で、国民に向かって語る義務があるはずだ。 「未来」をいくら雄弁に語ったところで、「過去」との決別があいまいなままでは、国民の心にも国際社会にも、決して響くまい。 日本は、二つの原爆という史上最悪の戦争被害を体験した。 また、同じアジアの国々に土足で上がり込んで支配した。 紛争を解決する手段として戦争がいかに愚かで、自国民も他国民も不幸にするか。 被害と加害の理不尽さをどの国よりも肌で知る日本は、戦争の不条理を世界に伝え続ける、人類史的な使命があると言えるのではないだろうか。 他国を侵さず、自国を侵されず、無用な戦争に加わったりしないということ。 軍事に抑制的で、可能な限り平和的手段を追求する国としての誇りを持つこと。 国際情勢の変化にただ便乗するのではなく、広く長期的な視野で見極め、信頼醸成に基づく国際協調を大事にすること。 それらが、戦後70年で築き上げた日本の国柄ではないかと考える。 あの敗戦を原点とする、国民の健全な国際感覚と民主主義の土壌は、「平和ぼけ」と冷笑されるような、ひ弱なものではない。 政権は国民のまっとうさに信を置き、平和国家としての道を、国民とともに自信を持って歩いていってほしい。 戦後70年が重く迫るのは、戦後80年に向け、歴史を風化させてはならないとの思いがあるからだ。 20世紀初めにフランスの詩人が残した「我々は後ずさりしながら未来に入っていく」という言葉のように、過去を見る視線の先にこそ、私たちの確かな未来があると信じたい。 「戦争法案」をゴリ押しする安倍政権の閣僚たちにはこんなリアルさも想像力もないんだと思います。 講演で「戦争ほどの罪悪はない」と語り続けています。 長野市在住の原田要さん。 九十九歳。 つえが必要な日常ですが、往時を語りだすと言葉に力がこもります。 十七歳で旧海軍に入り、パイロットとして日中戦争へ出撃、太平洋戦争ではゼロ戦に乗り、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島攻撃など主要な戦闘に参加。 空中戦で撃たれ、重傷を負ったこともあります。 「寝ると戦争の夢ばかりみる。 忘れよう、と努力して忘れかけていたところで湾岸戦争が起きたのです。 テレビでミサイルが撃ち込まれる様子を見た若い人たちが『花火のようできれい』と言ったのにがくぜんとしました。 ミサイルが落ちるところには一番弱い人々がいて犠牲になっている。 そのことに思いが至らないのです」 幼稚園経営を引退し、穏やかな生活を送っていた原田さん。 講演活動を始めたのは、戦争を知らない世代への危機感からでした。 「戦争で幸せになる人は一人もいない」。 これが操縦席の内側から最前線を見てきた実感なのです。 開戦前の一九四一年秋、空母「蒼龍(そうりゅう)」への乗艦を命じられ、大分県の航空隊でゼロ戦と出会いました。 厳しい訓練を経て出港。 戦艦、空母、巡洋艦などが集結した択捉島の単冠湾で「目標は真珠湾」と知らされました。 原田さんの役割は艦隊の哨戒飛行でした。 攻撃隊が戻り、「軍港が火の海になりました」との報告があり、艦上は「バンザイ、バンザイ」と戦争に勝ったよう。 電信員が原田さんに近づいてきました。 ゼロ戦一機がはぐれてしまったのです。 電信員は『電波を要求しているが出せない』という。 『ひどいじゃないか』と詰め寄ると『敵が電波に乗ってやってきたら元も子もない』というのです。 大を守るために小を犠牲にする。 戦争の無慈悲を感じたのです」 真珠湾攻撃から半年後、日米の空母機動部隊が激突したミッドウェー海戦で日本は参戦した空母四隻すべてを失いました。 原田さんはやむを得ずゼロ戦ごと着水、周囲の兵士が海に沈む中、日本の駆逐艦に救助されます。 「甲板は手や足を失った兵士や顔が黒こげになった兵士で埋めつくされ、地獄絵のようでした。 医官が近づいてきたので『苦しんでいる人を早くみてください』というと『何を言っている。 君のように少し手当てをすれば、戦える人から治療する。 ここは最前線なんだ』といわれたのです」。 戦争はやはり無慈悲でした。 軍は敗戦を隠すため、原田さんら生還したパイロットを鹿児島県の収容所のような基地に幽閉。 その後、転属を命じられ、ガダルカナル島の攻略戦で敵機に撃たれて左腕を負傷、ジャングルに不時着して日本軍の基地にたどり着き、再び一命を取り留めました。 内地に戻り、特攻隊員の養成教官などを経て、終戦を迎えました。 講演会で「敵を撃墜すると気持ちがいいでしょう」と聞かれることがあるそうです。 原田さんはこう答えています。 「とんでもない。 まず落とされないで助かったとホッとする安堵(あんど)感。 その次に技術が彼よりも上だったという優越感。 このふたつが頭をさっとかすめる。 そのあと相手も死にたくなかった、彼の家族まで泣くだろう。 そう考えれば、気持ちがいいはずがない」 「接近戦で相手のパイロットが『もうやめてくれ』という顔をする。 身ぶりまで見える。 でも、撃たなければ次には自分が撃たれるから撃つしかない。 罪も憎しみもない同じ人間にとどめを刺すのが戦争なんです」 戦後、原田さんは米国に行き、ガダルカナル島で自分が撃墜したものの、生還した米人パイロットに会い、州知事になったことを知りました。 英国ではインド洋空戦で撃墜した英人パイロットと再会、「ヨウコソ」と歓迎され、涙がとまらなかったそうです。 小さな島の取り合いに命を懸けた過去は、尖閣諸島をめぐり対立する現在の日本と中国の姿と重なります。 国会では野党が「戦争法案」と批判する安全保障関連法案の審議が進みます。 「戦争ほどの罪悪はない」「平和は犠牲の上になりたっている」。 原田さんの言葉を今こそ、かみしめたいものです。 アレは、知っていても知らなくてもどっちにしてもヤバくて大問題なので返答不能に陥ってしまったんだろうな。 しかしアレって自衛隊内部の機密情報だから「特定秘密保護法案」で政府は責め立てるのか?国民の知る権利がないと何が起きているかわからなくなるよね。 防衛相は「提示された文書の真贋を判定できない」と。 もし「そんな文書の存在を知らなかった」と言ってしまうと文民統制が機能していないことになります。 法案審議に先立って法案可決を前提に自衛隊の部隊配置を決定していたことを認めると「国権の最高機関」での議論はただの儀礼だと内閣が思っていたことがばれてしまう。 防衛相苦しい。 内容は審議中の安全保障関連法案成立を見越し、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)部隊に「駆け付け警護」を新たな任務として加えるというものだ。 「駆け付け警護」は、国連職員や非政府組織(NGO)が紛争に巻き込まれた際、PKO参加の自衛隊が武器を使って救助に当たる。 現行のPKO協力法では武装集団が「国や国に準ずる組織」である場合、憲法9条が禁じる海外での武力行使に当たるとして認めていなかった。 紛争地などで30年以上活動するNGO日本国際ボランティアセンターは「多くの例は武力でなく交渉で解決に導かれる。 現実的でない」と実施に異議を唱えている。 自衛隊が発砲する事態になれば、日本は紛争当事国となり、平和国家としての信頼を失うからだ。 また法案は審議中であり、しかも派遣先拡大、武器使用に伴う自衛隊員のリスク増は焦点の一つになっている。 国会での議論が深まっていないのに、慎重さが求められる任務拡大を統合幕僚監部、いわゆる制服組が企画したこと自体も問題だ。 質問した小池晃氏(共産)が「戦前の軍部の暴走と同じだ」と指摘したのも当然だろう。 ことし6月に成立した改正防衛省設置法では、部隊運用で制服組が主体となることも盛り込まれ、防衛官僚(文官)が歯止めとなる「文官統制」が全廃された。 懸念されていた制服組の暴走が、早くも現実になったといえよう。 統合幕僚監部が資料を作成したのは安保関連法案を閣議決定した5月だという。 背景にはことし4月の日米防衛協力指針再改定もある。 地理的制約撤廃や米軍への後方支援などを約束したからだ。 指針は多くの憲法学者が違憲だと指摘する安保関連法案を先取りしている。 実行したければ改憲が必要な中身だが、手続きを無視して安倍政権は米国と約束を交わしたことになる。 首相は常々「法の支配を重んじる」と発言している。 しかし実際は日米防衛協力指針や安保関連法案に見られるように「法の支配」を逸脱し、憲法を骨抜きにしている。 制服組の暴走を招いた遠因は政権の暴走だ。 安保法案の撤回を手始めに、政府は「法の支配」を重んじる原点に立ち返るべきだ。 首相側にも郵送した。 「歴代首相に安倍首相への提言を要請するマスコミOBの会」(51人)が7月に中曽根康弘氏以降の存命の12人に要請文を送付。 11日までに回答した細川護熙氏、羽田孜氏、村山富市氏、鳩山由紀夫氏、菅直人氏の5人の分を発表した。 5人はいずれも自民党以外の政党から首相になった。 提言では「集団的自衛権の行使が必要だと感じるなら、憲法改正を」「恣意(しい)的運用の歯止めがない」などとして、5人全員が法案に反対の立場を表明した。 羽田氏の文章は、関係者が口述筆記したもの。 「9条は二度と過ちを繰り返さないという国際社会への約束事」などとしたうえで、「安倍総理から日本を守ろう」と結ばれている。 このほか、細川氏は解釈改憲について「立憲主義に対する畏敬(いけい)の念の欠如を物語っている」と指摘。 村山氏は「力で押し通す国民軽視の姿勢は許せない」と訴えた。 菅氏は「国民の将来よりも祖父の思いを優先する政治姿勢」を批判した。 鳩山氏は「私は日本を『戦争のできない珍しい国』にするべきと思う」とした。 安全保障関連法案をめぐり、学会関連の大学関係者や学会員の一部が公然と反対の声をあげたり、法案の白紙撤回を求める署名を集めたり。 信仰と政治の間で葛藤を抱えながらの行動だ。 創価学会の池田大作名誉会長が創立した創価大と創価女子短大。 教員や卒業生らが11日、安保法案に反対する「有志の会」を設立した。 声明は戦時中に弾圧を受けて獄死した牧口常三郎・初代会長に触れ、「いかなる圧迫にも屈せず、民衆のために声をあげること。 これこそが創価教育の魂」などとしている。 13日現在、氏名を公開した学校関係者だけで200人以上が署名を寄せている。 呼びかけ人の一人で創価大非常勤講師の佐野潤一郎さん(50)は「憲法軽視は許せない」と感じていたが、公明党を公然と批判する声はほとんど聞こえてこなかった。 やがてツイッター上で同じ考えの学校関係者とつながるようになり、一緒に声をあげることに決めた。 「『安全保障関連法案に反対する学者の会』も活発に活動している。 私たちだけ何もしないわけにはいかない」と話す。 愛知県安城市の学会員、天野達志さん(51)は法案の白紙撤回を求める請願書をツイッターで公開中。 広島など各地から署名が届いており、公明党の山口那津男代表に届ける予定だ。 「組織を攪乱(かくらん)するつもりはなく、異を唱えたい人が声を上げられるようにしたいだけ。 悩みながらやっています」 両親も熱心な学会員だ。 「『平和の党』の理念があるから選挙も手弁当で応援してきました。 党の綱領には『常に民衆の側に立つ』とあるのに、なぜ『向こう側』に行っちゃったんだという思いです」と話す。 天野さんの活動をネット上で知り、独りで署名集めを始めた人もいる。 東京・渋谷で2日、千葉県の50代の公務員女性がベンチに腰掛けている人たちに署名を呼びかけていた。 祖母の代からの学会員。 公明党の選挙活動にも積極的に関わってきた。 だが、2003年の自衛隊のイラク派遣を与党として支持した時から疑問を感じ始めた。 昨年の集団的自衛権行使容認の閣議決定で見限った。 「創価学会の生命尊厳、絶対平和主義に反する」。 選挙活動には関わらないと決めた。 与党・公明党の支持母体である創価学会の池田大作名誉会長が創立した創価大学の教員・卒業生らからも、公然と批判の声が出始めた。 ネット上では「安全保障関連法案に反対する創価大学・創価女子短期大学関係者有志の会」が11日、反対声明をアップ。 賛同者を募っている。 池田大作氏が創立した創価大 創価大学は池田氏を創立者として1971年に開学。 東京都八王子市に本部キャンパスがあり、創価高校など関係学校からの進学を始めとする創価学会員子弟の入学者も多い。 「創立者・池田大作先生の理念を我が人生の根幹に据え」反対を表明 「有志の会」のサイトにアップされた声明文では、「現在、9割の憲法学者が『違憲』と判断している安全保障関連法案が、安倍政権により採決されようしています。 私たちはガンジー、キングの人権闘争の流れに連なる創立者・池田大作先生の人間主義思想を社会に実現すべく学び続けてきました。 そこで培った人権意識を持つ者なら、声を上げるべき時は、今です」と呼びかけている。 そのうえで、「私たち関係者有志は、創立者・池田大作先生の理念を我が人生の根幹に据え、安全保障関連法案への『反対』を表明します」とアピールしている。 卒業生・在校生・教員らが呼びかけ人 呼びかけ人として、創価大学の在学生・卒業生のほか、創価女子短大教員の氏家法雄氏、創価大教員の佐野潤一郎氏が名前を連ねる。 氏家氏は「賛同のご署名お願いします」、佐野氏は「さあ、まずは26日の100大学共同行動までに、たくさんの創価女子短期大学・創価大学関係者有志の声を糾合して、安保関連法案廃案への圧力にするぞ!」と、それぞれ自身のツイッターで賛同を募っている。 「賛同者は100人を超えた」 安保法案や集団的自衛権を巡る公明党の姿勢に対しては、同党の地方議員や創価学会員から疑問や反対の声が相次いでいる。 創価学会員でもある愛知県武豊町の本村強町議は、集団的自衛権行使容認への反対を掲げて、今春の町議選に公明党を離れ無所属で立候補。 3選を果たした。 また、「週刊朝日」の記事によると、国会議事堂前での安保法制反対デモには、創価学会のシンボルである赤・黄・青の「三色旗」のプラカードを掲げて参加する創価学会員もいるという。 「有志の会」のツイッターでは、11日夜の時点で賛同者が100人を超えたと報告している。 戦前は軍国主義がそれを破壊した。 戦後七十年にして再び、危機に立っている。 「立憲主義の地霊が現れたかのようだ」 東京大の大教室は約千四百人もの人々であふれ返っていた。 その光景に、憲法学者の石川健治東大法学部教授は、「地霊」という言葉を頭に浮かべたという。 「立憲デモクラシーの会」が主催した、このシンポジウムは六月六日に開かれ、憲法学の東の重鎮・樋口陽一東大名誉教授と西の重鎮・佐藤幸治京大名誉教授が並んだ。 パネリストでもあった石川教授は会の運営に奔走していた。 関東大震災で焼けてしまいましたが、今もその土台は残り、二十五番教室のある法文一号館がその上に建っているのです」 地霊とは美濃部の立憲主義による憲法学を指す。 「天皇機関説」で知られた戦前の学者だ。 国家を法人としてとらえ、それぞれの機関の意思を最終的に決定する最高機関を天皇とする学説である。 天皇は機関-という考え方が、一九三五年に貴族院で糾弾された。 「緩慢なる謀反だ」というのだ。 在郷軍人会が怒り出し、排撃運動は大衆レベルにまで広がった。 美濃部の著書は発禁処分になった。 右翼から銃撃も受け、重傷を負った。 政府は天皇に統治権の主体があるという「国体明徴声明」を出した。 石川教授は語る。 「美濃部先生は徹底的な合理主義、知性主義です。 この立憲主義憲法学では、大衆の情熱と献身を国家に調達することができません。 戦前の日本が神国思想や皇国史観などを国民に植え付けたのもそのためだ。 天皇を憲法の下に置く機関説は、許せぬ存在だったに違いない。 立憲主義は権力が暴走しないように、あらかじめ鎖で縛っておく発想が根幹である。 戦争を始める権力は、むしろ絶対的な力を求める。 明治憲法も立憲主義を採用していたが、強大化した軍国主義がそのブレーキ装置をはずして、亡国へと進んだのだ。 天皇機関説事件から敗戦まで、わずか十年という短さである。 この事件は時代が転換するときの象徴的な出来事の一つであろうと思う。 立憲主義と絶対主義が対立した場面だった。 「立憲」と「非立憲」の対立でもあった。 あれから八十年、再び立憲主義が崖っぷちに立つ。 これまで集団的自衛権の行使を認めてこなかった政府が昨年七月、一転して「容認」と閣議決定したからだ。 「解釈改憲」である。 憲法の範囲内でしか政治は行えないのに、その枠を踏み越えてしまった。 さらに現在、安全保障法制関連法案の成立を図っている。 専守防衛とは質が全く異なる。 これを認めれば、憲法九条との整合性の糸が途切れてしまう。 本紙アンケートでも90%超の憲法学者が「違憲」と回答した。 歴代の内閣法制局長官も「違憲」と国会で述べた。 立憲主義からの逸脱なのだ。 天皇機関説事件がきっかけとなった、もう一つの重大な事象がある。 「公」と「私」を切り分けていた壁が崩れてしまったことだ。 戦前は「公」の場で神道式の儀礼と天皇崇拝が求められていたが、「私」の空間では何を信じても自由なはずだった。 ところが、この事件を契機に、次第に「公」が「私」の空間に侵入し、思想統制へと結びついたのである。 戦後は一転し、軍事的なるものを徹底的に排除して公共空間をつくった。 石川教授は指摘する。 しかし、『公共』として強くなりにくい弱点があります。 世界観的に中立な『公共』でもあり、それに命は懸けられません。 だから、強い国にしたいという人たちが『公共』の改造運動をしているのです。 愛国心教育をし、郷土愛を注入し、国旗・国歌というシンボルによって、強い『公共』を演出しようとしているのです」 現在の日本で起きているのは、「立憲」と「非立憲」の対立である。 立憲主義を守りぬかないと、絶対主義のような世の中を迎えかねない。 「非立憲」の跋扈(ばっこ)を許せば、公共空間の色彩も変わるだろう。 私たちの未来を変える重大な岐路なのだ。 戦争は、兵器産業に富をもたらす。 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。 戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。 戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。 戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。 精神は、操作の対象物ではない。 生命は、誰かの持ち駒ではない。 海は、基地に押しつぶされてはならない。 空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。 血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、 知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。 学問は、戦争の武器ではない。 学問は、商売の道具ではない。 学問は、権力の下僕ではない。 生きる場所と考える自由を守り、創るために、 私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。 安倍晋三政権は新法の「国際平和支援法」と10本の戦争関連法を改悪する「平和安全法制整備法案」を国会に提出し、審議が行われています。 これらの法案は、アメリカなど他国が海外で行う軍事行動に、日本の自衛隊が協力し加担していくものであり、憲法九条に違反しています。 私たちは憲法に基づき、国会が徹底審議をつくし、廃案とすることを強く求めます。 安倍首相の言う「武力行使は限定的なもの」であるどころか、自衛隊の武力行使を際限なく広げ、「専守防衛」の建前に反することになります。 武器を使用すれば、その場は交戦状態となり、憲法九条一項違反の「武力行使」となることは明らかです。 60年以上にわたって積み重ねられてきた「集団的自衛権の行使は憲法違反」という政府解釈を安倍政権が覆したことで、米国の侵略戦争に日本の自衛隊が参戦する可能性さえ生じます。 日本が戦争当事国となり、自衛隊が国際法違反の「侵略軍」となる危険性が現実のものとなります。 私たちは、かつて日本が行った侵略戦争に、多くの学徒を戦地へ送ったという、大学の戦争協力の痛恨の歴史を担っています。 その歴史への深い反省から、憲法九条とともに歩み、世界平和の礎たらんと教育研究活動にたずさわり、再び戦争の惨禍を到来させないようにしてきました。 二度と再び、若者を戦地に送り、殺し殺される状況にさらすことを認めることはできません。 私たちは、学問と良識の名において、違憲性のある安全保障関連法案が国会に提出され審議されていることに強く抗議し、それらの法案に断固として反対します。 このような憲法違反の法案を成立させることは、立憲主義に基づく民主政治を根底から覆しかねない。 ここにわれわれは全法案の撤回を要求する。 集団的自衛権行使容認の違憲性 政府見解の一貫性 憲法9条の下で武力行使が許されるのは、個別的自衛権の行使、すなわち日本に対する急迫不正の侵害があり、これを排除するためにほかの適当な手段がない場合に限られる。 しかも、その場合にも必要最小限度の実力行使にとどまらなければならない。 この憲法解釈は、1954年の自衛隊創設以来、政府見解において変わることなく維持されてきた。 集団的自衛権の行使には憲法9条の改正が不可欠であることも、繰り返し政府によって表明されてきた。 昨年7月の閣議決定 集団的自衛権の行使を容認した昨年7月の閣議決定は、政府の憲法解釈には「論理的整合性」と「法的安定性」が要求されるとし、「論理的整合性」を保つには、従来の政府見解の「基本的な論理の枠内」にあることが求められるとした。 その上で、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」がある場合には、当該他国を防衛するための集団的自衛権の行使も許容されるとしている。 論理的整合性の欠如 しかし、個別的自衛権の行使のみが憲法上認められるという解釈と、集団的自衛権の行使が(限定的であれ)認められるという解釈とを、同じ論拠の上に成立させることはできない。 自国を防衛するための個別的自衛権と、他国を防衛するための集団的自衛権とは、本質を異にするものであるからである。 法的安定性 「法的安定性」について、昨年7月の閣議決定は、何ら語るところがない。 しかし、ホルムズ海峡での機雷掃海活動が許容されるか否かについて、連立を組む与党の党首間でも見解が異なることを見れば、集団的自衛権の行使に対して明確な「限定」が存在しないことは明らかである。 機雷掃海活動を超える武力の行使についても、現政権による発言がどうであれ、法的な歯止めがなければ、その都度の政権の判断次第でいつでも行われうることとなる。 砂川判決の意味 砂川事件最高裁判決を根拠に集団的自衛権の合憲性を主張する向きも一部にあるが、砂川事件は、駐留米軍が憲法9条2項の禁ずる「戦力」に該当するかが争われた事件である。 したがって、この裁判では日本の集団的自衛権は、全く争点となっていない。 最高裁判決の先例としての価値は、具体的争点を基に語られるべきものであり、同判決が日本の集団的自衛権行使について判断しているとの主張は牽強付会である。 集団的自衛権行使は違憲 要するに、現政権による集団的自衛権の行使の容認は、従来の政府見解の基本的な論理の枠を明らかに踏み越えており、かつ、法的安定性を大きく揺るがすものであって、憲法9条に違反する。 外国軍隊等の武力行使との一体化 非戦闘地域の意味 従来の政府見解は、「後方地域」での自衛隊による外国軍隊等の支援が、憲法の禁ずる武力の行使には当たらないものとするにあたり、自衛隊の活動が他国軍隊の武力行使と一体化しないことと、その活動が「非戦闘地域」に限られることという歯止めを設けてきた。 「戦闘地域」と「非戦闘地域」との区分は、ある程度の余裕を見て自衛隊の活動地域を区分しようとの配慮に基づくものであり、実施期間を通じて活動を必ず合憲としうるための工夫であった。 武力行使との一体化へ 今回の法案では、従来の「戦闘地域」と「非戦闘地域」の区別が廃止されている。 現に戦闘行為が行われている現場以外であれば後方支援を実施しうるものとされ、自衛隊は、外国軍隊等への弾薬の供与や発進準備中の航空機への給油を新たに行ないうることとされている。 もはや他国軍隊等の戦闘行為と密接不可分であり、具体的状況によって、外国軍隊の武力行使との一体化との評価を受けるおそれがきわめて高いと言わざるをえない。 国会軽視の審議過程 対米公約の問題性 安倍首相は先の訪米時に、安保法制関連諸法案を今年8月までに成立させるという「対米公約」ともとれる発言を米議会で行った。 まだ閣議決定さえされていない段階でのこのような発言は、唯一の立法機関たる国会の権威を損ない、国民主権をないがしろにするものである。 対米追随的姿勢 本法案は内容的には本年4月に合意の「日米防衛協力のための指針」(日米ガイドライン)に沿ったものであり、国会審議でホルムズ海峡での機雷掃海などが強調されている背景に、米国の対日要求があるとも考えられる。 条約ですらないものを、いわば憲法の上位に置き、それに合わせて実質的な改憲にも等しい立法化を進めることは許されない。 また、このような対米追随ともとれる姿勢は、集団的自衛権行使に関して日本が自主的に判断できるとの政府の主張の信ぴょう性を疑わせる。 内閣による国会軽視 国会審議においても、首相自らが質問者にヤジを飛ばしたり、大臣から「現在の憲法をいかにこの法案に適応させるか」という立憲主義を否定する発言があるなど、政府の対応は、国権の最高機関たる国会を中心とする立憲的な民主政治を尊重するものとはなっていない。 4. 安全保障への影響 安全保障論のあいまいさ 昨年7月の閣議決定は、集団的自衛権の行使が容認される根拠として、「我が国を取り巻く安全保障環境」の変化を挙げるが、その内容は、「パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等」というきわめてあいまいなものである。 日米安保への過剰な期待 世界各地でアメリカに軍事協力すれば、日本の安全保障へのアメリカの協力が強まるとの議論がある。 しかし、アメリカはあくまで日米安全保障条約5条が定める通り、「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」条約上の義務を果たすにとどまる。 大規模な軍事力の行使について、アメリカ憲法は連邦議会の承認をその条件としていることを忘れるべきではない(米憲法1篇8節11項)。 抑止力万能論の陥穽 日本を取り巻く安全保障環境が悪化しつつあるのであれば、限られた防衛力を地球全体に拡散するより、専守防衛に集中する方が合理的との判断もありうる。 また政府は、集団的自衛権の行使容認が抑止力を高め、安全保障に寄与すると主張するが、日本が抑止力を高めれば、相手側がさらに軍備を強化し、結果的に安全保障環境が悪化しかねない(安全保障のジレンマ)。 軍拡競争となれば、少子高齢化や財政赤字などの深刻な問題を抱える日本は、さらに大きなリスクに直面することになる。 国際協調による緊張緩和へ 平和を維持するには、国際協調が不可欠である。 外交交渉や「人間の安全保障」等によって緊張を緩和し、紛争原因を除去する努力を弛みなく続けていくことが、日本にとっての安全保障を導くのであり、抑止力にのみ頼ることはできない。 結論 安全保障関連諸法案は憲法に明確に違反している。 立憲主義をないがしろにし、国民への十分な説明責任を果たさない政府に対して、安全保障にかかわる重大な政策判断の権限を与えることはできない。 ここに全法案のすみやかな撤回を要求する。 この二つの法案は、これまで政府が憲法9条の下では違憲としてきた集団的自衛権の行使を可能とし、米国などの軍隊による様々な場合での武力行使に、自衛隊が地理的限定なく緊密に協力するなど、憲法9条が定めた戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認の体制を根底からくつがえすものである。 巷間でこれが「戦争法案」と呼ばれていることには、十分な根拠がある。 私たち憲法研究者は、以下の理由から、現在、国会で審議が進められているこの法案に反対し、そのすみやかな廃案を求めるものである。 1.法案策定までの手続が立憲主義、国民主権、議会制民主主義に反すること 昨年7月1日の閣議決定は、「集団的自衛権の行使は憲法違反」という60年以上にわたって積み重ねられてきた政府解釈を、国会での審議にもかけずに、また国民的議論にも付さずに、一内閣の判断でくつがえしてしまう暴挙であった。 日米両政府は、本年4月27日に、現行安保条約の枠組みさえも超える「グローバルな日米同盟」をうたうものへと「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を改定し、さらに4月29日には、安倍首相が、米国上下両院議員の前での演説の中で、法案の「この夏までの成立」に言及した。 こうした一連の政治手法は、国民主権を踏みにじり、「国権の最高機関」たる国会の審議をないがしろにするものであり、憲法に基づく政治、立憲主義の意義をわきまえないものと言わざるを得ない。 2.法案の内容が憲法9条その他に反すること 以下では、法案における憲法9条違反の疑いがとりわけ強い主要な3点について示す。 (1)歯止めのない「存立危機事態」における集団的自衛権行使 自衛隊法と武力攻撃事態法の改正は、「存立危機事態」において自衛隊による武力の行使を規定するが、そのなかでの「我が国と密接な関係にある他国」、「存立危機武力攻撃」、この攻撃を「排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使」などの概念は極めて漠然としておりその範囲は不明確である。 この点は、従来の「自衛権発動の3要件」と比較すると明白である。 法案における「存立危機事態」対処は、歯止めのない集団的自衛権行使につながりかねず、憲法9条に反するものである。 その際の対処措置を、国だけでなく地方公共団体や指定公共機関にも行わせることも重大な問題をはらんでいる。 (2)地球のどこででも米軍等に対し「後方支援」で一体的に戦争協力 重要影響事態法案における「後方支援活動」と国際平和支援法案における「協力支援活動」は、いずれも他国軍隊に対する自衛隊の支援活動であるが、これらは、活動領域について地理的な限定がなく、「現に戦闘行為が行われている現場」以外のどこでも行われ、従来の周辺事態法やテロ特措法、イラク特措法などでは禁じられていた「弾薬の提供」も可能にするなど、自衛隊が戦闘現場近くで外国の軍隊に緊密に協力して支援活動を行うことが想定されている。 これは、もはや「外国の武力行使とは一体化しない」といういわゆる「一体化」論がおよそ成立しないことを意味するものであり、そこでの自衛隊の支援活動は「武力の行使」に該当し憲法9条1項に違反する。 このような違憲かつ危険な活動に自衛隊を送り出すことは、政治の責任の放棄のそしりを免れない。 国際平和支援法案の支援活動は、与党協議の結果、「例外なき国会事前承認」が求められることとなったが、その歯止めとしての実効性は、国会での審議期間の短さなどから大いに疑問である。 また、重要影響事態法案は、「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」というきわめてあいまいな要件で国連決議等の有無に関わりなく米軍等への支援活動が可能となることから国際法上違法な武力行使に加担する危険性をはらみ、かつ国会による事後承認も許されるという点で大きな問題がある。 (3)「武器等防護」で平時から米軍等と「同盟軍」的関係を構築 自衛隊法改正案は、「自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動に現に従事している」米軍等の武器等防護のために自衛隊に武器の使用を認める規定を盛り込んでいるが、こうした規定は、自衛隊が米軍等と警戒監視活動や軍事演習などで平時から事実上の「同盟軍」的な行動をとることを想定していると言わざるを得ない。 このような活動は、周辺諸国との軍事的緊張を高め、偶発的な武力紛争を誘発しかねず、武力の行使にまでエスカレートする危険をはらむものである。 そこでの武器の使用を現場の判断に任せることもまた、政治の責任の放棄といわざるをえない。 領域をめぐる紛争や海洋の安全の確保は、本来平和的な外交交渉や警察的活動で対応すべきものである。 それこそが、憲法9条の平和主義の志向と合致するものである。 以上のような憲法上多くの問題点をはらむ安保関連法案を、国会はすみやかに廃案にするべきである。 政府は、この法案の前提となっている昨年7月1日の閣議決定と、日米ガイドラインをただちに撤回すべきである。 そして、憲法に基づく政治を担う国家機関としての最低限の責務として、国会にはこのような重大な問題をはらむ法案の拙速な審議と採決を断じて行わぬよう求める。 日本の侵略によってアジア諸国の人々に多大な犠牲と苦痛を与えた。 その歴史的事実に加害国として謙虚に向き合い、謝罪するのは当然のことである。 ただ、これまでの安倍首相の70年談話に対する発言からして嫌々「おわび」したと受け取られる懸念がある。 しかも連立政権を組む公明党への配慮から「おわび」を盛り込む方向になったのである。 配慮すべき相手を完全に取り違えている。 70年談話で繰り返し謝罪を求めてきた中韓両国に、「おわび」記述までの経緯はどう映るだろう。 その配慮も安倍首相には決定的に欠けている。 戦後50年の村山談話は日本の「植民地支配と侵略」を認め、「痛切な反省」と「心からのおわび」を盛り込んだ。 安倍首相はこの間、「歴史認識では(村山談話などの)基本的な考え方を引き継ぐ。 引き継ぐと言っている以上、もう一度書く必要はない」とし、表現の踏襲には否定的だった。 それが公明党の求めに応じて、もう一度書く方向に傾いた。 「おわび」を自ら進んでするのと他から言われてするのでは、その重みはおのずと違ってくる。 このため、中韓の理解を得る70年談話のハードルはさらに高くなったと言わざるを得ない。 言葉だけの謝罪と受け取られるようだと、中韓との関係はさらに冷え込みかねない。 「侵略」や「植民地支配」については先の大戦での日本の行為に限らず、「侵略」を許さない国際的原則を将来も順守するとの文脈で触れるとみられている。 日本に限定することを避けて「侵略」などに触れることは、日本の責任を薄めたい安倍首相の意向の表れといえよう。 だが日本の加害責任を曖昧にすることでは到底理解は得られまい。 日本の「侵略」を明確に認めた上で、国際的原則順守について語るべきである。 安倍首相は70年談話で「未来志向の内容を盛り込む」としている。 近隣諸国と未来志向の関係を築くことに異論はない。 だが過去の侵略に対する心からの「おわび」なくして未来はない。 安倍首相は、自身が近隣諸国との友好的な未来を閉ざしてきたことも反省する必要がある。 なし崩しの「原発回帰」は許されない。 九州電力川内原発1号機が再稼働した。 2011年5月に定期検査入りして以来、4年3カ月ぶりの稼働となる。 東日本大震災による東京電力福島第1原発事故の影響で、全国の原発は全て停止した。 事故後にできた新規制基準に適合した原発の再稼働は初めてである。 原子力規制委員会の田中俊一委員長は、新規制基準を「世界で最も厳しいレベル」と評する。 一方で「合格イコール事故ゼロではない」と繰り返してきた。 それなのに安倍晋三首相は「規制基準をクリアしたと規制委が判断した原発は、再稼働を進める」との姿勢を崩さない。 「絶対安全」の保証はどこにもない。 「安全神話」へ逆戻りしてはいないか。 原発は「国策民営」で推進されてきた。 旧ソ連のチェルノブイリ事故など政策を見直す機会は何度もあったし、実際にドイツなどは脱原発にかじを切った。 しかし、日本ではそうならなかった。 最終的な責任の所在をあいまいにしたまま、反対の声を押し切って再稼働へ突き進む日本の姿勢は、福島以前と何ら変わっていないように見える。 南日本新聞社の4月の世論調査では、川内原発再稼働に反対する県民は約6割に上る。 反対する理由で最も多かったのが「安全性に疑問があるから」である。 原発事故の反省に立って発足した原子力規制委は、放射性物質の放出を伴う過酷事故を原発1基あたり「100万年に1回以下に抑える」安全目標を掲げた。 地震や津波など自然災害の想定を厳格にし、過酷事故対策も義務づけた。 安全対策が強化されたのは事実だ。 それでもリスクは残っている。 テロや航空機の墜落に備えた設備の設置は2018年まで猶予された。 川内原発では、火山の巨大噴火対策が、専門家から「巨大噴火の予知は現時点では不可能」として、不十分との声が上がる。 原発敷地外の課題は、まだ手つかずのものが多く、住民の懸念はそこにもある。 先の世論調査では、重大事故時に半径30キロ圏内の住民を避難させる避難計画が有効か、という問いに「事故の想定は多岐にわたるため計画に沿った対応は困難」とする回答が57.1%と最多だった。 昨年11月、鹿児島県を訪れた宮沢洋一経済産業相は「万一の事故の際は、国が関係法令に基づき責任を持って対処する」と語った。 県などが再稼働に同意する根拠の一つともなったが、言葉と裏腹に避難計画作成は地元にほとんど丸投げされた。 川内原発で事故が起きた場合、放射性物質の放出前に、まず5キロ圏の住民が30キロ圏外に避難する。 続いて5~30キロ圏の住民が放射線量に応じて段階的に避難することになっている。 しかし、現実にそううまくいくのか。 高齢者ら要援護者を抱える福祉現場の不安は特に大きい。 住民からは、再稼働の前に避難計画を検証する防災訓練を行うよう求める声があった。 だが、県は「九電が使用前検査対応中のため参加が困難」として、再稼働後に先送りした。 訓練を通じて問題点を洗い出さなければ、実効性のある対応はできない。 住民の不安払拭(ふっしょく)より再稼働の優先を思わせる判断には疑問が残る。 福島県から県外に避難している人は7月末時点で4万5000人を超えている。 政府と東電は6月、廃炉に向けた工程表を見直し、1~3号機の使用済み核燃料プールからの燃料取り出し開始時期を最大3年遅らせることにした。 廃炉作業はこれからが正念場だ。 原発で重大事故が起きたときの影響がいかに過酷なものか。 全ての国民が目の当たりにした厳しい現実である。 しかし、安倍政権は国民の多くが望んだ原発ゼロ方針を見直した。 新たなエネルギー基本計画は原発を「重要なベースロード電源」と位置づけた。 30年の電源構成比率では、原発を「20~22%」に設定する。 運転期間は原則40年に制限しているから、達成には新増設や建て替えが必要となるはずだが、その見通しには触れないままだ。 原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分問題も解決されていない。 国が前面に立って「科学的有望地」を示すとしているが、処分地選定が難航するのは避けられない。 国内の使用済み核燃料は、川内原発が保管する888トンを含む約1万7000トンだ。 再稼働する原発が続けば核のごみはさらに増え続ける。 問題を先送りしたまま次々と原発を動かしていいのだろうか。 急ぐべきは再稼働ではない。 福島の教訓を忘れることなく、原発に依存しない社会への道筋をしっかりと示すことだ。 甚大な被害をもたらした東京電力福島第1原発事故から4年半近く。 新規制基準の下で動き始めた最初の原発となった。 再稼働に関しては多くの世論調査で反対が多数を占める。 福島の事故の教訓がどのように生かされ再稼働に至ったのか、隣県でさえもよく見えない。 政府は安全対策、責任の在り方、避難、防災体制など説明を尽くすべきだ。 「反対」大きく上回る 川内原発の地震対策は不十分として、周辺住民らが再稼働差し止めを求めた仮処分申し立てが鹿児島地裁で却下されたことにより、準備は着々と進んできた。 同地裁が新規制基準を「合理的」とみなしたのに対し、福井地裁は「緩やかすぎて不合理」とした。 司法判断が分かれており、国民には新規制基準の効力が分かりにくいまま現在に至っている。 共同通信の7月の世論調査では原発再稼働に「反対」が56・7%で、「賛成」の34・4%を大きく上回った。 国民の合意形成がないまま、再稼働を迎えたと言える。 不安の背景には、福島の過酷事故、それがもたらした深刻な事態を多くの人が忘れず今も認識していることが大きいだろう。 福島の事故被害の全容はしっかり総括され、川内原発に当てはめて周到な対策が練られたのか。 住民の命と生活を守る視点に立ち、十分な防災、避難計画が立てられたのか。 安倍晋三首相は「世界で最も厳しい規制基準をクリアしたと原子力規制委員会が判断した原発は、再稼働を進めるのが従来の政府方針だ」と述べた。 そうであれば政府は電力会社や地元自治体任せにせず、なぜ今、再稼働の必要があるのか丁寧に説明し、安全対策や情報開示に強く関与すべきだ。 本県の対策は万全か 川内原発はえびの市との県境まで約50キロの場所にある。 県と九電は2013年、川内原発に関する情報提供について覚書を締結。 また県は14年、福島レベルの事故が発生した場合に備え、地域防災計画に「原子力災害対策編」を新設した。 炉心溶融など最悪の事態も想定し、情報収集、住民への伝達体制、避難、応急対応の指針を示している。 万が一の事故に備えた対策は本県では十分だろうか。 福島の事故は「想定外」を許してはならないことを教えてくれている。 政府や電力会社が再稼働が必要だとする根拠には、電力の安定供給、電気料金の抑制、地球温暖化対策などがある。 ただ原発はリスク低減のためのコストも大きい。 原発の運転から出る放射性廃棄物の最終処分の見通しも立っていない。 依存を深めるのではなく、太陽光、風力、水力など再生可能エネルギーを含め、幅広いエネルギー対策を本腰を入れて研究することが重要だ。 2011年の東京電力福島第1原発事故後に設けられた新規制基準下で最初の事例となる。 世論調査で反対意見が多数を占める中、今再稼働をする理由はどこにあるのか。 電力ひっ迫を懸念する声は聞こえてこず、電気料金抑制を望む声やコスト増にあえぐ電力会社の経営事情などの経済的な背景しか見えてこない。 まだ国民の多くは、原発の再稼働に理解を示していない。 共同通信が7月中旬に実施した全国世論調査では、原発再稼働について反対が56・7%に対し賛成は34・4%。 4月の調査結果と大きな変化はない。 福島の事故以降、一時期を除いて夏や冬の電力需要期を原発ゼロで乗り切ってきた。 省エネ、節電の浸透や再生可能エネルギーの普及などもあって、猛暑といわれる今夏も受給ひっ迫を懸念する声は聞こえてこない。 このような状況で今、再稼働をする必要性として挙げられるのは経済的要因だ。 経済界を中心に上昇している電気料金の抑制を求める声があり、さらに発電コストが膨らみ続ける電力会社の経営事情が影を落とす。 原発停止で火力発電への依存度が高まり、燃料購入費増が電気料金に影響を及ぼしている。 再稼働によって電力会社の収支改善や電気料金抑制につながるとの見方があるが、電気料金低減については疑わしい。 燃料費高騰の背景には円安などがある。 さらに新規制基準への対応や事故対策の強化で原発のコストは上昇傾向にある。 新規制基準に沿った適合性の審査は13年7月から約2年をかけてきた。 炉心溶融などの過酷事故対策を新設したほか、地震や津波などの自然災害への対策も厳格化。 福島の事故以前よりも安全対策が充実したのは確かだ。 ただ4年経過して10万人以上が避難を続ける福島の事故で学んだ教訓は万一にも備える大切さだ。 その教訓を踏まえた上での判断でなければならない。 川内原発については、火山噴火対策への懸念が指摘されている。 審査では、半径160キロ内に将来活動する可能性がある火山を14カ所抽出して影響評価をしたが、九州電力は巨大噴火の可能性は小さいと主張。 原子力規制委員会も追認した。 ただ内閣府の「広域的な火山防災対策に係る検討会」が13年にまとめた提言は「巨大噴火に関する知見は非常に限られ、対応策の研究体制も整っていない」とし、噴火予知の手法は確立されていない。 運転期間中に火山活動の監視をするとしているが、その実効性には不安が残る。 避難計画も不備を指摘する声がある。 5キロ圏内の住民の避難を優先し、5キロ圏外は屋内退避後に避難という2段階方式を想定しているが、「事故時には混乱して一斉に動き出す」との声もある。 計画に基づいた訓練が実施されていないことも不安に拍車をかける。 事故が起きた際に一番の被害者となるのは住民だ。 住民の目線から全ての不安を取り除いた上での再稼働の判断だったと言えるのか。 このままなし崩し的に全国の原発に広げることは許されない。 政府は福島の教訓を思い起こすべきだ。 (梶原幸司) いつもバンドの練習をさぼってるけど、いつか真面目にやるなりよ。 無理! …というか、やらないと怒られるので…。 ご幼少の頃、T. 中坊時代は朝から晩までスージー・クアトロで日が暮れる始末。 初めて買ったLPはエルトン・ジョンの「ピアニストを撃つな」、2枚目に買ったLPは「ミッシェル・ポレナレフ・ゴールデンベスト20」、3枚目のLPはエマーソン、レイク&パーマーの「展覧会の絵」。 最初に買ったEPはホットバターの「ポップコーン」、次がデヴィッド・ボウイの「スターマン」かな?そんな時代です。 その弾けなさではダントツの遠州1のパンキッシュぶり!何事も一番はいいものです。 愛機は30数年前の高校時代に購入した「roje 全音 」のリッケンバッカー4003・コピーモデル RB-100 を後生大事にメインで使用中。 当時からグレコに比べれば相当にマイナーな部類なので、こんなのが国内に現存しているだけでも、グヤトーンよりも希少価値かもなんてね 笑。 唯一無二の乾いたトーンでメイプルスルーネックボディは渋~く甘~くディープに鳴ります…と本人だけは思っている節あり 笑。
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映画監督としてのみならず、小説、音楽などマルチな分野で才能を発揮するクリエイター・岩井俊二。 これまでにもインターネット上での作品発表やデジタル機材のいち早い導入など、新しい技術やメディアを積極的に自らの表現に取り込んできた彼が、初めての短編アニメーション『TOWN WORKERS』を監督し、ウェブサイトで限定公開するというニュースが突如入ってきた。 初めてのアルバイトで誰もが経験する心の動きと成長の様子を描いた3つのショートストーリーはいかにして完成したのか。 「20年前からやりたかった」というアニメーション技法・ロトスコープへのこだわりとその制作過程、さらに彼のクリエイションに対する姿勢について話を聞いた。 初期のアニメって、今は存在しなくなった見慣れない動きが結構あるんですよ。 高畑勲さんの『太陽の王子 ホルスの大冒険』でも、どう見ても今のジブリアニメにはない動きをしているんですよね。 岩井:アニメ作品をやってみたいというよりも、昔からずっと絵は描いていて、それを動かしてみたいという思いが強くありました。 ただ、自分にはアニメ監督としてのノウハウも知識もなかったので、あまり現実的には考えていなかったんです。 ただ、アメリカのラルフ・バクシというアニメ作家が、実写で撮影した映像をトレースするロトスコープという方法ですごい作品をたくさん撮っていて、20年ぐらい前に彼の『アメリカン・ポップス』という作品を観たときに、「あっ、これやりたいな」って素直に思ったんですね。 動きが美しいというのが最初のインパクトとしてあって、グラフィック的にもきれいでしたし、その頃から自分がアニメを作るならこの方法がいいなと思っていました。 岩井:2002年のワールドカップのときに、『六月の勝利の歌を忘れない』というサッカー日本代表のドキュメンタリー作品を撮ったんですが、その中で試合のシーンを描いたのが最初です。 時間がなかったので、充分な仕上がりとは言えない状態ではありつつ、このやり方は使えるなと1つの光明も見えました。 岩井:『BATON』は役者をキャスティングした上で、ロトスコープをやろうというアイデアが最初からあり、監督をお願いした北村龍平さんもアニメに結構詳しくて、アメリカの制作チームを連れてきて作りました。 そこで手応えを掴むと同時にいろんな問題も見えてきて。 その問題さえクリアできれば、普通のアニメーションを自由に作る感じで、普遍的に使える技法になるんじゃないかと思っていたんです。 岩井:ロトがいいと言っても、絶対的にいいと思っているわけじゃなくて。 初めて見た瞬間はホントに目から鱗というか、まったく新しく見えたというのもあったし、逆に慣れてしまえば、その動きに新しさを感じなくなるというのも当然あると思います。 ただ、いわゆる日本のアニメ作品を観て、自分でもやってみたいとか、憧れたことはあまりなくて、スタジオジブリのアニメも好きですけど、それを自分でやってみたいと思ったことはなかった。 でも、ラルフ・バクシの作品を観たときはやってみたくなったんです。 どうやってるんだろう? っていう疑問もあったし、実写をなぞってるわけだから自分にもできるんじゃないかなって。 あと、普通のアニメがあまり描けていない動きの生々しさだったり、持っている世界観の独特さというか。 そういうのに反応してしまうことが多くて。 昔は映画のためにアニメーターの人たちが、ああしたいこうしたいって時間と手間を惜しまずに作っていたというのもあるんでしょうけど、高畑勲さんが作ったアニメ映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)でも、ヒロインのヒルダっていう女の子の動きが、どう見ても今のジブリアニメにはない動きをしているんですよね。 そのときは上手く実現した動きだったのが、その後誰にも受け継がれずにそのままになってしまったんですね。 岩井:ヒルダの動きもすごく新鮮で、ひょっとしたらこれもロトなのかなと思ったくらい。 やっぱりアニメの動きって、どうしてもパターン化されてしまうと思うんですよ。 それにあまり興味が湧かないのかもしれない。 だから、そうじゃない動きを見るとハッとなるというか、自分が引っかかる動きが、わりとロト的な動きに多かったんでしょうね。 岩井俊二監督作品『TOWN WORKERS』 第一話「初めての潮の香り」 第二話「君の夢を読む」 第三話「この長い道程のため」• ぼくら• プロフィール 岩井俊二(いわい しゅんじ) 1963 年、宮城県仙台市生まれ。 1988年よりドラマやミュージックビデオ、CF等、多方面の映像世界で活動を続け、その独特な映像は「岩井美学」と称され注目を浴びる。 1993年、フジテレビのオムニバスドラマ『if もしも』の一作品として放送された『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』はテレビドラマとしては異例の『日本映画監督協会新人賞』を受賞。 1995年『Love Letter』で映画監督としてのキャリアをスタート後、数々の作品を発表。 代表作に1996年『スワロウテイル』、2001年『リリイ・シュシュのすべて』、2004年『花とアリス』、2010年『New York, I Love You』、2012年『ヴァンパイア』など多数。 同年、NHK『明日へ』復興支援ソング『花は咲く』の作詞を手がけ『岩谷時子賞特別賞』を受賞。
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