9月21日(土)行方不明当日• 午後1時:グループでお昼に天ぷらそばを食べて、その後、子供たちは、テントを張ったサイト横の南の森で遊ぶ• 午後3時ごろ:女の子は他の14人の子供たちとテントの近くでおやつを食べる• 午後3時30分ごろ:他の14人の子供たちは、一足先に水遊びに行った• 午後3時40分ごろ:他の子供たちを、1人で走って追いかける• 午後4時ごろ:先に行った子供たちが戻ってきて、女の子と合流していないことが分かるり、家族が付近を捜索• 午後5時ごろ:警察に通報。 仕事で別行動だった父親にも行方不明を連絡• 午後8時まで:通報を受けた警察と消防が周辺を捜索 9月22日(日)行方不明翌日• 午前1時30分:仕事を切り上げて移動してきた父到着。 到着後、父、母、友人とで周辺を捜索• 午前3時:捜索を終了• 午前6時:およそ70人の態勢でヘリコプターとともに捜索を再開• 午後4時:天候が悪くなったとして捜索は中断 9月23日(月・祝日)行方不明から3日目• 午前6時:捜索再開• 午後6時:捜索はいったん中断 9月24日(火)4日目• 午前6時半:ドローンやヘリコプターも出して捜索• 午後6時すぎ:日没に伴い捜索終了 9月25日(水)5日目• 早朝:陸上自衛隊175人が新たに加わり、警察や消防など計約120人とともに付近の山中を捜索• 午後5時:発見できず捜索を中断 9月26日(木)6日目• 午前6時:警察、消防、自衛隊など260人以上で捜索 9月27日(金)7日目• 警察や自衛隊など約270名体制での捜索を早朝より開始• 27歳のボランティア男性が「崖から落ちた」と110番した後に行方不明に 9月28日(土)8日目• 約240人態勢で捜索を開始• 午後12時:自衛隊155人が「当初想定していた範囲の捜索を終えたため」撤収 9月29日(日)9日目• 県警や消防団などが約100人態勢で捜索を行った• 午前6時10分頃:行方不明となっていたボランティア男性が、自力で下山したところを発見された• 午後5時15分:新たな手がかりは見つからず、捜索は中断 9月30日(月)10日目• 女児の写真を公開• 両親が初めて報道陣の取材に応じた 10月1日(火)11日目• 道志村は人口1600人あまりの小さな村ですが、東京オリンピック自転車ロードレース競技のコースに指定されています。 行方不明現場は、道志村役場から東に2キロ余り離れた山間部にあるキャンプ場で、森林に囲まれ、近くに沢があります。 身長 125cmほどでやせ形。 当日は、黒の長袖シャツにジーパン姿で、緑のスニーカーを履いていました。 女の子は千葉県成田市在住で、この日は7つの家族のグループ約30人でキャンプ場を訪れていました。 私生活では、髪の毛を失った子どもたちに髪の毛を送る「ヘアドネーション」に参加するなど、しっかりしたタイプだったということです。 行方不明となった当日は、仕事が遅い時間まで入っていたため、翌日から合流する予定でした。 2019年9月30日、父親が初めて報道陣の取材に応じています。 父親は、 一人でどんなに心細いか考えると、胸が張り裂けそう。 とにかく早く見つけて、会いたい と話しました。 母親は、 私があの時、ちゃんと一緒について行ってあげていたらと、悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やみきれないほど後悔しています と現在の心境を語っています。 また、 メールやLINEなどで、私の(経営している)お店のお客さまや友達からたくさんの心配や応援のメッセージをいただきました とあるので、母親はお店をやっているみたいですね。 調べてみると、千葉県成田市で トリミングサロンBUDDy というペットの美容室を経営されていました。 9月22日の天候は雨で、最高気温35. 9月とはいえ夜はかなり冷え込み、台風17号が日本海を通過するため、天気はよくありません。 女の子の早期発見を願ってやみません。 スマホを使って、タグの位置を管理するシステムです。 金額も安価なので、試しに使ってみても良いかもしれません。
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久保吊り橋(くぼつりばし) 道志村にある立派な久保吊り橋(くぼつりばし)は、絶景スポットとしてSNSでも話題の人気観光スポットです。 全長71m、高さ34mの吊り橋は大室山の入口にもなっています。 多くのドラマのロケ地としても有名な観光スポットです。 久保の吊り橋から渓谷の中を散策できる、30分程度のハイキングコースもあります。 吊り橋好きの方には、近くにある野原吊り橋との組み合わせも良いです。 どちらからも、四季折々の眺めを楽しめます。 車を利用してドライブがてら訪れるときには、国道413号線沿いに駐車場もあります。 道志村の農産物直売所なども近くにあるため、吊り橋に立ち寄った後に道志観光のお土産を購入も可能です。 yamanashi-kankou. html 2. 的様(まとさま)の滝 的様の滝は、毎年4月に祭礼が行われる道志村の方々から親しまれている観光スポットです。 的様とは、道志川の支流である室久保川の川底にある一枚岩のこと。 的様の滝の水は澄んでいて、差し込む光で的様を浮かび上がらせます。 ドライブで道志村観光を楽しむときにもおすすめの観光スポットで、国道413号線から道志の湯を過ぎると的様の滝があります。 道志七滝も近くにあり、的様の滝とあわせて楽しめます。 また、美しい撮影スポットとしても人気があり、季節や天候により見え方も変わります。 ですので、道志村の観光スポットの中でもリピーターが多いです。
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山梨県南都留郡の道志村は、人口約1,700人の自然あふれる村です。 道志村にはかつて「天下の名水・水晶水」と賞賛された水質の道志川が流れており、その美しい清流は多くのキャンパーや家族連れ、釣り人を魅了しています。 そんな道志村の、特産となっている野菜が「クレソン」です。 クレソンは、水中や湿地に生育するアブラナ科の多年草で和名を「オランダガラシ」。 学名は「Nasturtium Officinale」といいます。 Officinaleは、中世ラテン語で薬草という意味がありますが、その名の通りクレソンはカリウム、ビタミンA、カルシウム、鉄といった17種類もの成分を豊富に含む、非常に栄養分の高い野菜なのです。 その多くは道志村で生産されていたそう。 ところが道志村でクレソンを出荷していたのは、10軒にも満たない農家だったというから驚きです。 そこで「道志村クレソン栽培組合」を訪ね、出荷量が日本トップクラスになった秘訣について聞きました。 クレソン栽培を40年。 「トップになるのは目標にしていなかった」 「道志村クレソン栽培組合」組合長の佐藤美知子さんは道志村の出身。 かれこれ40年クレソンの栽培に取り組まれています。 もともと道志村には田んぼの畔にクレソンが自生していましたが、地元の方は「ドカタゼリ」と呼び、食品とは捉えていなかったんだとか。 美知子さんのお父さまが本職であった鉄鋼業を辞めたタイミングで、農林水産省から「クレソンを作ってみない?」と勧められました。 また、当時は減反政策により休耕田があったことから、1980年に道志村で本格的なクレソン栽培が始まりました。 佐藤さん一家は組合長としてクレソン栽培農家を増やすため、新規参入する人の生活を保障しつつ、苦楽を共にされてきたといいます。 ただ、がむしゃらにやっていただけ」と話します。 「水分が多い茎はジュース用に出荷。 出荷用に余分な葉を落とし、整えたクレソンは市場に。 落とした葉は粉末にしてせんべいやチョコレートに練り込んだり、クレソンの花が咲いたら何かに使えないか?と、ひたすら考えたりしたから出荷量が増えたんじゃないかな」 あっけらかんと笑う佐藤さんですが、「道志村クレソン栽培組合」の事務所には数々の賞状が飾られ、どれも組合のたゆまぬ努力を称えるものばかりです。 なんでもクレソン栽培には、きれいな水が一年中流れている所で、一定の水温を保つのが大事なんだそう。 しかし、谷合いにある道志村は、冬は冷え込み、水田が凍結してしまいます。 折しもクレソン需要が高まる中、冬でも出荷できるよう工夫する必要がありました。 冬は比較的あたたかい富士山周辺や西伊豆の水田を借り、夏場は山梨で、と場所を変えて生産します。 そうすることで、佐藤さんは、年中クレソンの出荷を実現することができたのだそう。 しかし、それでは出荷のためにあちこちの水田に赴き、収穫する必要があります。 「大変ではないですか?」と聞くと、こんなハッとするような言葉が返ってきました。 「みなさんが通勤するのと一緒ですよ。 どんな仕事も大変だけど、これで食べていこうと決めたのなら楽しさを見出ださないと。 例えば、西伊豆の水田まで行くルートを変えてドライブを楽しむ。 今日は帰りにどこの温泉に寄ろうか。 サクラエビの季節だから食べて帰ろうか、とかね。 「クレソンは本当に、遊びがいのある食材ですよ。 クレソンそのものを味わいたいなら生でサラダに。 火を通せば苦みと辛みが消えるので、子どもも喜んで食べるようになります。 刺身に巻いてワサビ代わりにするもよし。 mainichigrillbu. 万能食材の名の通り、火を通したクレソンは独特の辛みが消え、癖がありません。 誰にでも食べやすいものへと変身していました。 このケーキなら、野菜嫌いでも問題なく食べられそうです。 クレソンケーキは、道志村内の「道の駅どうし」で食べることもできます。 しかし現在、どの農家も次世代の担い手不足に悩んでいます。 佐藤さんに将来の目標について聞くと、「農業を始めたい人を応援することですね。 道志村でネット販売や無農薬農法など、自分の農業の理想郷を追い求めたっていい。 ただ、その間にも生活費は必要だから、ここでクレソンを作ってくれれば組合で買い上げ、生活の土台を作ってあげたいです」 頼もしく話す佐藤さんは、さらにこう続けます。 「若い人に道志村でクレソンを作ってもらうため、年長者がどうしたらいいか頭をやわらかくして考えなくては。 40年のクレソン栽培で培ったアドバイスはするし、生活の土台を作ってあげるから、道志村で伸びていってほしいですね」 そんな佐藤さんの言葉には、クレソン栽培に立ちふさがる困難を乗り越えてきた自信と、これから何があっても柔軟に乗り越えていく意思に満ちあふれていました。 佐藤さんは「ただがむしゃらにやってきただけ」と謙遜されますが、流水の中にしっかり根を張るクレソンのように、柔軟かつ強力なリーダーシップで、これからも一層活躍されることでしょう。
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