火垂る の 墓 解説。 【閲覧注意】火垂るの墓のトラウマシーンが怖い!ミイラの正体が驚愕!

『火垂るの墓』の矛盾-兄妹は何故死ななければならなかったのか?

火垂る の 墓 解説

2018. 28 ジブリ作品の感想、考察と評価(ネタバレ) 高等遊民 火垂ると蛍の意味の違いは?語源から分かる火垂るの墓のタイトルの真意 火垂ると蛍って、なにか意味の違いあるのかなあ? 火垂るの墓が上映されますね。 2018年4月に高畑勲監督がなくなりました。 いつもは数年に1度夏にテレビでロードショーで放送される火垂るの墓。 追悼として4月の13日に放送されます。 そこで気になったのが、現代の漢字ですね。 ホタルは普通、蛍と書きます。 けれども、野坂昭如の原作小説『火垂るの墓』では「火垂る」と書きますね。 一体どうしてこんな漢字を使ったのでしょうか? 火垂るは、野坂昭如が考えた当て字なのでしょうか? それとも元々昔から使われていた漢字なのでしょうか? その辺を調べてみました。 下記クリックで好きな項目に移動• 火垂ると蛍の違いは江戸時代の百科事典にあり 火垂るの使い方はかなり文学的ですね。 江戸時代にはすでに普通の旧字体の螢の方が使われていました。 あくまで語源として火が垂れるという言葉が使われていたようですね。 江戸時代に 貝原益軒という大人物が書いた百科事典「大和本草」があります。 そこで 「ホタルとは火が垂れるという意味ですよ」と説明されています。 ちょっとその部分を画像として引っ張ってくると以下です。 「螢火。 ホは火なり、タルは垂なり」 火垂る(蛍)漢字の語源は? 古い旧字体では、螢と書きます。 やはりもともと日本人は蛍を見て、火をイメージしていたのですね。 「火が2つにウ冠」 この部分はかがり火の意味だそうです。 かがり火とは 「夜間の警護・照明や漁のためにたく火」のこと。 火が2つあって燭台のように見えますね。 蛍の光を、炎としてとらえて、それが上から下に垂れているということですね。 火垂るの墓の舞台で起きた神戸大空襲の焼夷弾が火垂る さらに、火垂るの墓という作品をとあわせて考えると? 空からアメリカ軍が落としてくる焼夷弾。 このイメージとホタルが重なり合わさっているのではないでしょうか。 というのも、焼夷弾は昼夜問わず爆撃機から落とされます。 火垂るの墓の舞台は神戸です。 神戸の大空襲ではおよそ3,000トンもの焼夷弾が落とされました。 ちなみに東京大空襲では2,000トン。 神戸の大空襲のほうが1. 5倍も被害の規模が大きかったんですね。 10トントラックが300台ですよ。 恐ろしいですね。 焼夷弾は、夜、炎上げながら空から落ちてくるものでした。 ちなみに雑談がありまして、火垂るの墓のその焼夷弾爆撃のシーンを作るにあたり、高畑勲監督は焼夷弾の資料を徹底的に集めたそうです。 その時に判明したことは 焼夷弾は構造上絶対に空中で発火することはないという科学者の結論でした。 焼夷弾は地面に当たった衝撃によってちょっと間をおいて気がつくそうです。 なので、空中落下中に衝撃を受けて着火することは構造上ありえないそうです。 この報告を聞いた高畑監督は激怒したそうです。 「そんなバカな。 確かに空から降ってきている段階で、焼夷弾は燃えていたのだった。 それは自分だけが言っているのではなく、ほかの何人の人たちも同じような証言している」と。 なので、空から 真っ赤に燃える焼夷弾が降ってくるイメージと蛍の光のイメージが重なり合っていると思われます。 火垂るの墓のタイトルの意味は? そもそも火垂るの墓という題名のタイトルの由来や意味ですが、これはお話の中で 妹の節子が火垂るの墓をつくるからです。 ストーリーは当然ご存知のものだとして、清太と節子は、おばさんの家を離れて横穴で2人暮らしを始めますよね。 そんなときに近くの水辺で、ホタルをたくさん捕まえてバケツにためておき、夜になったら、 蚊帳の中でそのホタルを放つのです。 すると蚊帳の中は蛍でいっぱいになって、とってもきれいだねっていう話があります。 その翌日に、蛍の死骸やたくさんあります。 しんでしまったホタルたちのお墓を節子が作ってあげるんですね。 さらに野坂昭如さん自身が、別の文章でこう語っているそうです。 「しんみり、しつとり」私小説、題名は「蛍の川」とし、すぐ伊藤桂一の受賞作「蛍の河」に思い当り、しかし蛍に執着があった。 百科辞典をひくと、古語に「火垂る」、火が垂れる、つまり空襲、すぐ「墓」とつづいた。 やはり、空襲のイメージとかけあわさっているんですね。 まとめ 火垂ると蛍の違い• 火垂るは江戸時代の百科事典に載っている古語• 火が垂れるから火垂る• 野坂昭如氏はまず「蛍」を思い浮かべ、百科事典を調べて火垂るを見つけた• そして空襲のイメージと対比させて火垂るを選択した 火垂るの墓は、観たくない、かわいそう、という意見もありますね。 でも、あれは本当に素晴らしい映画だと思います。 なんでもフランスでは20年間、劇場上映が続いていたそうですよ。 この名作の名作たるゆえんを、また語る機会を持ちたいと思います! 無料でジブリの映画を見れる。 1か月間、DVD・ブルーレイ借り放題 火垂るの墓や、ほかのジブリ映画をフル動画でもう1度見たくありませんか? 高畑勲監督の別作品の「かぐや姫の物語」や「平成狸合戦ぽんぽこ」「ホーホケキョとなりの山田くん」なども、絶対見ておきたいですよね でも、ジブリ作品が配信されている動画サービスってないんですよね・・・ でもデイリーモーションやパンドラといったサイトで見るのは低画質だし、危険すぎます。 ところが「無料でDVDやブルーレイをレンタル」できるサービスがTSUTAYAにあったんです。 これを利用すれば、ナウシカも、トトロも、魔女の宅急便も、もののけ姫も、ハウルも、ジブリ作品ほぼすべてが無料で見れます。 なんか難しそうだったんですけど、使ってみると超簡単。 面倒なレンタル・返却作業もなくなって最高です 高等遊民の有料noteの紹介 noteにて、哲学の勉強法を公開しています。 現在は1つのノートと1つのマガジン。 1. 2. 1は 「哲学に興味があって勉強したい。 でも、どこから手を付ければいいのかな……」という方のために書きました。 5つの手順は「絶対挫折しようがない入門書」から始めて、書かれている作業をこなしていくだけ。 3か月ほどで誰でも哲学科2年生レベル(ゼミの購読で困らないレベル)の知識が身につきます。 3か月というのは、非常に長く見積もった目安です。 1日1時間ほど時間が取れれば、1ヶ月くらいで十分にすべてのステップを終えることができるでしょう。 ちなみに15000文字ほどですが、ほとんどスマホの音声入力で書きました。 かなり難しい哲学の内容でも、音声入力で話して書けます。 音声入力を使いこなしたい方の参考にもなると思います。 2は プラトンの主著『国家』の要約です。 原型は10年前に作成した私の個人的なノートですが、今読んでも十分に役に立ちます。 岩波文庫で900ページ近くの浩瀚な『国家』の議論を、10分の1の分量でしっかり追うことができます \無料試し読み部分たっぷり/ 高畑監督も焼夷弾が燃えながら落ちてくるか気にしていたのですね。 良いことを知りました。 ありがとうございました。 でも、多くの人が証言しているというのは、本当のことを言っているのだと思いますよ。 日本の空襲で使われた米軍のM69焼夷弾については、平塚柾緒『日本空襲の全貌』 洋泉社、2015年 という本に、 「信管 フューズ を下に向けて落下するために、約1m 3フィート の長さのストリーマーと呼ばれる麻製のリボンを展開する。 親爆弾を開裂し子爆弾を散開する際に使用される爆薬によって、ストリーマーにも火がつくので、「地上からは火の雨が降ってくるように見えた」と言われている。 」 という情報がありました(ウィキペディアの「M69焼夷弾」に書き込んでおきました)。 この本を読んだとき「火垂る」という意味がわかったのでした 映画は見ていません。

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火垂るの墓の原作とアニメ映画の違いを比較!あまりに忠実すぎて驚いた

火垂る の 墓 解説

どうも、節約系ミニマリストのルパン座3です。 先日、火垂るの墓の監督で知られる高畑勲監督がお亡くなりになられました。 その追悼という事で、岡田斗司夫さんが火垂るの墓についての解説動画を Upされました。 その動画での解説内容が目からうろこだったので、 ご紹介します。 1時間近い動画ですが、1時間ずっと、「へ~、ほ~」と感心させられっぱなしでした。 一番意外だった点は、 高畑監督は、戦争の悲惨さを描きたいわけでも、 お涙ちょうだいな話を書きたいわけでもなく、 人のエゴについて考えさせられる文芸作品として 火垂るの墓を作ったという点です。 鑑賞後も思い出して、 あの場面はこういうことだったのではないだろうかと ああでもない、こうでもないと考えさせられる映画を作りたかったのです。 トトロとの同時上映という事もあり、上映当時から高畑監督のその思いは、 あまり表に積極的には出されていませんでした。 その点を非常に分かりやすく解説している動画です。 この動画を見た後で、火垂るの墓を見てみたのですが、 一切泣かずに通してみることができました。 火垂るの墓を泣かずに見たいう話を聞いたら、 「こいつ、サイコパスかよ・・・・」と思うと思いますが、 本来は、泣かずに冷静に見るべき映画なのです。 むしろ高畑監督は、映画に感情移入して泣きながらの鑑賞ではなく、 一歩ひいて冷静な目で俯瞰で見てほしいと考えていたようです。 これは高畑監督の作品すべてに言える特徴です。 母を訪ねて3千里でも、よくよく見直してみると主人公マルコの 子ども特有の身勝手なイライラするわがままさがきちんと 描かれています。 母を訪ねて3千里を思い出してみても、そのような性格の悪さ を思い出せないのは、宮崎駿の作画のうまさで 印象を良くしているからなのです。 今回は、その一歩ひいた感覚で見ることができました。 俯瞰で見る火垂るの墓 冒頭部分 感動しないで俯瞰で火垂るの墓を見た時に、チェックしてもらいたい点を 順に説明していきます。 まず、冒頭で駅で死にかけている清太の場面ですが、 ここで、おにぎりをくれる女性がいます。 これは、戦中戦後の大変な時期が舞台ですが、 そのような時代でも親切な人は一定数いて、助けを求めれば 助けてもらえる可能性が十分にあるということを暗示しています。 つまり、清太が死につつあるのは、必ずしも時代のせいや戦争のせいではない という事が分かります。 開始1分の冒頭にしてすでに、戦争のひどさをメインに 描いた映画ではないことが分かります。 そしてその後、清太は死に絶えるわけですが、 おにぎりはなくなっています(笑) 誰かが持って行ってしまったわけですね。 これでまた、良い人ばかりの夢物語ではない、時代の厳しさを見せつけます。 清太以外にも死にかけている子供たちがいますし。 ただの子供向けのアニメとして作るなら、わざわざそんな後味の悪いことを する必要がありません。 後味の悪いことをちりばめてあるのが、火垂るの墓です。 天才宮崎に対する、怪物高畑の異名がよく分かります。 戦争が激化するまでの清太と節子 さて、話は母を空襲で無くし、西宮に疎開した話に飛びます。 ちなみに映画の2年前くらいがこの場面です。 もう太平洋戦争に突入している時代なのに、カルピスを飲み、 氷で冷やされた冷やしそうめんを食べています。 海軍将校の地位の父親を持つ家族なので、大変恵まれた家庭です。 そこでぬくぬくと育ったのが清太と節子です。 疎開して疎開先のおばさんと仲悪くなるまで 疎開先の娘から、節子は下駄を買ってもらいます。 それについて、清太は会釈するだけで、 きちんと声に出してありがとうとは伝えません。 ここですでに、清太のいけ好かない感じが出始めます。 同年代の子供や、疎開先の娘、下宿している青年が朝から 勤労動員に行ってタダ働きをさせられているのに、清太は家でゴロゴロしています。 せめて、おばさんの手伝いくらいすればいいのに、おばさんから嫌味を言われても、 謝りもしません。 自分たちの食器も洗いません。 今まで母親が全部やってくれていたのでしょう。 ここらへんから、本格的におばさんに疎開先のおばさんに嫌われ出します。 働かない 手伝わない 愛想無い 飯だけは人一倍食べる ニート4原則丸出しです。 疎開先のおばさんに嫌われて 戦時中というのに、陽気にオルガンを弾いて叱られます。 オルガンを弾けるというあたりもお坊ちゃん感があります。 ここでも叱られても、不満そうに目をそらすだけで謝りもしません。 まさに引きこもりニートの感じです。 空襲があれば、普通同世代の男子なら近所の人と協力して消火活動をしたり、 救助活動をするのですが、真っ先に逃げてしまいます。 本来なら海軍将校の息子ということで、率先して動くことを求められる ところなのに、節子と自分の安全確保しか考えていません。 この場面も、わざとこの構図で高畑監督は描いています。 塩の配給も少なく、塩不足から皆は海に海水を取りに行き、 そこから塩を作っています。 そんな中二人は、節子のあせもを直すために海に来たではありますが、 ただただ海で遊んでいます。 塩水を持って帰ったり、カニを捕まえて持って帰ったりすれば、 おばさんも喜ぶでしょうに、そんなこと全く考えていません。 自分の母親の所持品だった着物を売りに出して、代わりに白米を 貰った時は、節子は落ち込んでいますが、 清太はうれしくて白米を抱きしめています。 形見より白米を優先しました。 ミニマリストの私としてはそれでも良しと思いますが、 形見まで断捨離はかなりの上級者です。 2人に厳しく接するおばさん 働かない、手伝わない、ただ遊んでいる二人におばさんは厳しく接していきます。 きちんとお国のために働いている自分の娘には具だくさんの雑炊を、 ぷらぷらしている二人には具を避けた雑炊を注ぎます。 それに気がついた娘は顔を赤らめますが、特にそのことを批判はしません。 内心、当然だと思っているわけです。 でも、そもそも配給制の時代ですから食べ物は十分にはありません。 普段の家での食事は、雑炊と漬物のみという食事をおばさんたちもしています。 とくにおばさんは、お国のために働いている娘と下宿人の雑炊は具だくさんにしていますが、自分の雑炊の具はその半分くらいです。 娘&下宿人>おばさん>節子&清太の順なのです。 娘&下宿人の勤務先で食べるお弁当には白米のお弁当を持たせます。 自分は家では昼食にも雑炊を食べていると思われます。 ココから見てわかるように、決しておばさんはいじわるな人というわけではなく、 働かざる者食うべからずを実践しているだけなのです。 疎開先を飛び出す2人 そのような言動に反抗して、謝りもせず二人は家を飛び出ます。 それがなぜできたかというと、母親が銀行に7000円貯金してくれていたからです。 今のお金にして1300万円にもなるという金額ですが、終戦間際なので、 ハイパーインフレ状態でしょうから、価値として 50万円くらいにしかならないかもしれません。 でも、そのお金をおばさんにわたして、うまく食料などと代えてもらって、 節制していけば数か月生活できる価値はあったはずです。 それなのに、その当時物資不足からめったに手の入らなかった土鍋や 七輪などを買い集めることで、4000円使ってしまいます。 そして白米のご飯を炊いて、食べてしまいます。 おなかを壊していて、栄養失調気味だった節子のことを考えれば、 栄養豊富な玄米に野菜を入れて、雑炊にして食べることが栄養&節約から 考えてベストでした。 それが坊ちゃん育ちの清太にはわかりません。 楽しく二人でキャンプ生活 しばらくは、ノンストレスで楽しく二人で生活をします。 その一場面で蛍をたくさん捕まえて、蚊帳の中にはなす場面があります。 有名なシーンです。 そのきれいな情景を見ながら眠りにつきます。 蛍の寿命は成虫になってから数日です。 翌朝、蛍が死にまくっています。 それをお墓に埋めてあげます。 火垂るの墓です。 この時に、疎開先のおばさんからおかあさんが死んだことを聞かされていたことを 清太に伝えます。 清太は節子にはお母さんは入院していると伝えていました。 おばさんの家にいた時に、夜中節子が「おかあさん~」と泣き出す場面がありますが、 それはおばさんから母親の死を聞いたからなのでしょう。 母親の死、蛍の死をだぶらせて命のはかなさと、蛍からしたら清太と節子も ひどい存在であったことを暗示します。 ただの子供向けアニメなら、蛍キレイ~だけで終わるところです。 宮崎駿ならそうするでしょう。 でも怪物高畑はそんなきれいごとを許しません。 上手くいかなくなる二人の生活 体調崩した節子のために、清太は野菜泥棒を繰り返すようになるのですが、 その現場を見つけた畑の持ち主は、 清太を過剰なくらいにぼこぼこにします。 「妹が病気なんです、かんにんしてください」と言っても、容赦無しです。 この場面もいろいろ考えさせられますよね。 清太は節子の病気を理由に自己正当化していますが、 野菜くださいと頼みには行っていないのです。 それが煩わしいから盗んだのです。 頼めば野菜のクズくらいはもらえたはずです。 世渡りが下手な腐れ隠キャ丸出しです。 ゲスの極み清太 そして、今後は盗みはしないと誓うかと思いきや、 空襲で皆が逃げていく方向と逆方向に走っていく清太 いったい何をする気でしょうか? 火事場泥棒です! 売れそうな着物をバッグと服の下に詰め込んでパクって行きます。 そして、焼夷弾の雨を降らしてゆくアメリカのB29に対して、 「いいぞ、もっとやれ!」という鬼畜発言(笑) 自分たちを苦しめるこの地域、大人たちへの逆恨み& 盗みの絶好のチャンスをくれてありがとう~ってなもんです。 そして、この高笑い! 大泥棒です。 節子の体調悪化 清太がそのような事を繰り返していくうちに、 節子の体調はドンドン悪くなります。 病院に行っても栄養失調としか言われませんが、 冒頭で2回、最初の空襲の時に目に何か入ったことを言っているので、 悪い化学物質が入っていたのかもしれません。 病院帰りに、大きな屋敷に氷を運ぶ業者に遭遇します。 戦時中でも金があるところにはあり、今までと変わらないぜいたくな生活を していることを示しています。 もしかしたら、この家に、タダ働きでも何でもしますので助けてくださいと 泣いて頼めば節子を助けられたかもしれません。 もちろん、清太はそんなことしません。 いよいよ節子が弱ってきたので、清太は残りの貯金もすべて下ろして 栄養の付く食べ物を買ってきます。 金あったんかい!泥棒する前に、さっさとおろして来いよw 2人の最後の晩餐と高畑監督のいじわる 節子にスイカを少し食べさせて、「残りのスイカここにおいておくから食べてな」 と伝えて、鶏肉と卵の雑炊を清太は作ります。 その雑炊を並べて、食べようとするころには節子は死んでしまいます。 一番の感動のピークですよね。 清太はその晩、死んだ節子を抱いたまま寝ます。 その後、怪物高畑の演出の怖さが光ります。 それがこの場面です。 鍋いっぱいの雑炊を一晩で、清太が全部食べきっている・・・・ 死んだ節子を抱きながら、清太は鍋いっぱいの雑炊を一人で食べたのです。 妹が死のうが腹は減る。 そして、その横の箱は母親の遺骨の入っている箱です。 この画面に、死と生が同時に表現されているのです。 この瞬間は、時間にしてわずか1秒です。 気がつかんわw いやいや、雑炊を食べている場面は無いから、もしかしたら、 清太妹に食べさせられなかった雑炊を捨てたのかもしれない。 そう思った人にとどめを刺す場面がその直後にあります。 スイカ一個丸々一人で一晩で食べてる~ さっきの雑炊は少し見えにくい配置で描かれましたが、 このスイカはアップで写されます。 すげえな~高畑監督。 容赦ない。 感動してんじゃない、冷静に見てみろ、これが人の性だと言わんばかりです。 高畑監督の悪い癖は、このように分かりにくい暗示を ところどころにちりばめておいて、 何で気がつかないないんだ!と嘆くところです。 もう少しわかりやすくしてもらわないと難しいっす! 節子が死んで その後の清太は終始無表情のまま、炭を買ってきて 淡々と涙を流すことなく節子を火葬します。 普通に考えれば、悲しみをこらえているとも考えられますが、 この無表情のまま、死体の節子の横で鍋いっぱいの雑炊と スイカ1個を食べた清太の感情をどうとらえるべきでしょうか? 単純な悲しみではないでしょう。 後悔もあるでしょうし、ほっとした安堵の気持ちもあるかもしれないし、 もうどうでもいいやという無気力なのかもしれない。 現代文の問題でこの時の清太の気持ちとしてあてはまるものを答えよ というものが出たらお手上げです。 そのような清太たちのいる池の上のほうにある大きな屋敷では、 疎開先から帰ってきた金持ちの娘たちが、アメリカのレコードを蓄音機 から流しながら、「やっぱり自宅はいいわね~」と話しています。 明らかに、悲しみに浸らせる気が無い演出です。 悲しませるなら、いらない演出です。 泣くな、冷静に考えよ!と高畑監督はくぎを刺すわけです。 ラストシーン そして、最後は現在の神戸の街を見ている清太と節子の姿で終わります。 清太と節子は成仏できていないのです。 普通のアニメなら、清太が死んだときに父親と母親も迎えに来て、 家族4人天国に行くという感じになるはずです。 それを許さないのが高畑監督。 清太の気持ちひとつで救えたはずの節子への贖罪からなのか 成仏できずに彷徨う清太。 カトリックでは、天国にも地獄にも行けなかった人が罪の浄化を終えるまでいる場所を 煉獄(れんごく)と呼びます。 清太は自分の気持ちひとつで節子を救えたであろう過去の状況を、 何度も繰り返し見せられるという罰を受けているのかもしれません。 そして、そこに天国へ行っていたはずの節子も煉獄へ引きずり込んで留めているの かもしれません。 そう考えると救いの無い、怖いお話です。 冷静に見ていくと、清太が悪い!という事になるのですが、 でもだれしも清太的な要素はあります。 だれしも善人ではない。 清太だけを責められない。 清太たちに冷たくした疎開先のおばさんだって責められない。 そのような意味で火垂るの墓の清太は私自身であるのです。 能力もないくせに、プライドだけ高い、 コミュ症の若者がどのような末路をたどるのかを、 バブル期の当時にもうすでに予見していたのですね。 ん~怪物・高畑勲おそるべし! 他のシリーズも見直してみよう~っと 個人情報の保護について 「」(以下、当サイト)を利用される方は、以下に記載する諸条件に同意したものとみなします。 個人情報の収集について 利用者は匿名のままで、当サイトを自由に閲覧する事ができます。 お問合せ等、場合によっては、利用者の氏名やメールアドレスなどの個人情報の開示をお願いする事があります。 しかし、利用者の個人情報を利用者の許可なく、当サイトから第三者へ開示・共有する事はありません。 広告の配信について 当サイトはGoogle及びGoogleのパートナーウェブサイ (第三者配信事業者)の提供する広告を設置しております。 その広告配信にはCookieを使用し、当サイトを含めた過去のアクセス情報に基づいて広告を配信します。 DoubleClick Cookie を使用することにより、GoogleやGoogleのパートナーは当サイトや他のサイトへのアクセス情報に基づいて、適切な広告を当サイト上でお客様に表示できます。 お客様はで、パーソナライズ広告の掲載に使用される DoubleClick Cookie を無効にできます。 また にアクセスして頂き、パーソナライズ広告の掲載に使用される第三者配信事業者のCookieを無効にできます。 その他、Googleの広告における、Cookieの取り扱いについての詳細は、をご覧ください。 ウェブサーバの記録 当サイトのウェブサーバは、利用者のコンピュータのIPアドレスを自動的に収集・記録しますが、これらは利用者個人を特定するものではありません。 利用者が自ら個人情報を開示しない限り、利用者は匿名のままで、当サイトを自由に閲覧する事ができます。 免責事項 利用者は、当サイトを閲覧し、その内容を参照した事によって何かしらの損害を被った場合でも、当サイト管理者は責任を負いません。 また、当サイトからリンクされた、当サイト以外のウェブサイトの内容やサービスに関して、当サイトの個人情報の保護についての諸条件は適用されません。 当サイト以外のウェブサイトの内容及び、個人情報の保護に関しても、当サイト管理者は責任を負いません。 初出掲載:2018年3月4日.

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映画【火垂るの墓】のネタバレやあらすじ、結末(ラスト)を暴露!知ると怖い「火垂る」の意味 | シネパラ

火垂る の 墓 解説

4月15日放送の『』にて、5日に逝去された高畑勲監督への追悼として、代表作の1つである『 火垂るの墓』の特集が行われました。 アニメ制作会社ガイナックス・元代表取締役社長の 岡田斗司夫氏は、見落とされがちなラストシーンや、冒頭でのさりげない背景の変化を指摘し、この作品の映画としての構造を解説しました。 この映画のラストシーンを覚えていない人がビックリするくらい多いんですよ。 ベンチに座っている清太と節子。 寝ている節子の傍らで、清太は繁栄している現代の神戸のビル街を見下している。 こんなシーンが最後に入るんです。 これこそが 『火垂るの墓』を見る際に基本中の基本となるシーンだと思うんですけども、このシーンを覚えていないというか、これがどういう意味だか受け取っていない人が、思いの外、多いんですよね。 最後、清太が三宮の駅構内で野垂れ死ぬと、節子の霊が迎えに来ます。 てっきり2人は一緒に成仏するのかと思ったら、ラストでは 現代の神戸の夜景が映るんです。 つまり、彼らは終戦後半世紀が過ぎた今でも、まだ成仏せずに、 今でも私達を見つめているということなんですよ。 そういう意味では、『火垂るの墓』というのは、オカルトとまではいかないんですけど、ちょっと怖い映画なんですよ。 しかし、ほとんどの人はそこまで考えていない。 そもそも、過半数の人が、このシーンを覚えてない。 そういうことを、今回、ツイートを見ていて知ったんですけれども。 「このシーンで終わるところが、やっぱりこの映画のスゴイところだ」と思う僕としては、それを見逃している人があまりにも多かったことに、かなり驚きました。 岡田斗司夫氏。 映画冒頭にも秘密が隠されている 映画が始まって一番最初に、暗闇の中で、カメラ目線で真っ正面を向いた清太の幽霊が現れます。 そして、「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」というふうに言います。 次に、駅構内で死にかけている自分の姿が映ります。 この時点では一応、ハアハアと、まだ息をしているんですね。 でも、やがて崩れてしまう。 すると、駅員がやってきて、清太が死んだことを確認します。 そして、「ああ、こいつも死んでしもうた」ということで遺品を探っていたら、ポケットの中から缶が出てくる。 何の缶かわからないので、駅員がそれをポイと捨てると、捨てられた缶の中から骨が出てきて、季節外れの蛍がポワッと現れる。 その蛍の中から1人の女の子の幽霊が現れる。 妹の節子ですね。 節子の幽霊がお兄ちゃんの死体に駆け寄ろうとすると、後ろから肩を叩かれて止められる。 振り返ると、そこには生きていた頃の優しいお兄ちゃんがいて、2人はそのまま手を繋いで、蛍のいる草原を右から左へ歩いてフェードアウトする。 そしてこの、2人が通り過ぎた場所に、『火垂るの墓』というタイトルが表示される。 これが、『火垂るの墓』のオープニングなんですけども。 実はこの「まだ生きている自分を、死んだ清太の幽霊が見つめる」という場面にも、よくよく見ると、 すごい秘密が隠されているんです。 「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」と清太の幽霊が言った後、駅構内の柱が映るんですけど、この時、手前に何かが映ってるんですよね。 わかりますか? 柱があって、その手前に何かが映ってて、これがスーッと消えたと思ったら、次に、死にかけている自分がボワっと現れて、次のカットに流れるんです。 この曲線的なデザインを見るに、これは戦前に作られたものじゃありません。 これ、実は灰皿なんですよ。 「本当にそうなのかな?」と思って、念のために『火垂るの墓』のBlue-rayのディスクの特典を見たら、ちゃんと制作当時に神戸まで行って撮ってきたロケハン写真というのが載っていたんですよね。 そのロケハン写真をみると、1987年の三宮駅の柱の横に、まったく同じデザインの灰皿があったんですよ。 このロケハン写真を見てもわかる通り、『火垂るの墓』の冒頭では、現代の駅にある灰皿を描くというようなことをやっているんです。 つまり、 『火垂るの墓』というのは、決して過去の話ではなく、現代のシーンから始まっているということなんです。 『火垂るの墓』は清太の霊が成仏できない理由を探るミステリー作品だった この冒頭のシーンは「清太の霊は、戦後40年が過ぎた現代でも、いまだにあの場所に留まっていて、自分の人生最後の3ヶ月間を、何千回も、何万回も、何億回もリプレイして苦しんでいる」ということを意味しています。 まあ、地縛霊というのは「その場所に縛られ続ける霊」という意味であって、清太たちの幽霊は電車に乗って移動するから、正確には違うんですけども(笑)。 じゃあ、なぜ彼は、死後、映画公開時点と考えても43年間も、 過去に囚われ続けているのか? そういった説明が、ここから始まるんです。 つまり、この映画は「なぜ彼は、死んでから43年も経つのに、自分が一番辛かった時のことを見返さなきゃいけないのか?」という理由を、ここから 90分かけて説明するという構造になっている。 この全体構造がわかっていると、この映画の見方がだいぶ変わってくるんですよ。

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