もとまろ サルビア の 花。 コッキーポップマニアック#2:サルビアの花(56/1000)|長老|note

「サルビアの花」考 : くろぶろぐ(a.k.aクロキノコトバ)

もとまろ サルビア の 花

1973年くらいかなあ、コッキーポップでヘビロテ(なんて言い方はなかったけど)してたのは、女性グループ、もとまろが歌う「サルビアの花」。 ギターの3連アルペジオと涼やかなグロッケンのメロディーが印象的なイントロ。 ちょっとためるように「いつもいつも」と歌い始める女性ボーカル。 誰かを好きになることを持てあましているような中1男子には、きれいなラブソングとしか思えなかった。 甘い蜜を吸うような。 こういう歌詞なんですけどね。 いつもいつも思ってたサルビアの花を あなたの部屋の中に投げ入れたくて そうして君のベッドにサルビアの紅い花敷きつめて ぼくは君を死ぬまで抱きしめていようと なのになのにどうして他の人のところへ ぼくの愛の方がすてきなのに 泣きながら君のあとを追いかけて花吹雪舞う道を 教会の鐘の音はなんて嘘っぱちなのさ 扉を開けて出てきた君は偽りの花嫁 頬をこわばらせぼくをチラッと見た 泣きながら君のあとを追いかけて花吹雪舞う道を 転げながら転げながら走り続けたのさ オリジナルの「サルビアの花」は、1969年、相沢靖子が書いた詞に高校時代の仲間(こういう関係性が分かると妙にうれしくなりますよね)で、伝説のロックバンド、ジャックスのリーダーだった早川義夫が曲をつけ、彼のソロアルバムに入れた曲。 その2年後。 テレビのアマチュア勝ち抜き歌合戦に出ていた3人の女子高生(もとまろ、です)が4週勝ち抜いたところでオリジナル曲が無くなり、この曲をとりあげました。 また、ポプコンの前身である第3回作曲コンクールにエントリーされ、会場ではあのオフコースが歌って入賞しました。 (残念ながらレコ-ディングはされなかったけど) 作曲コンクールで入賞した曲をたまたまカバーしたので、もとまろバージョンがコッキーポップで流れた、のかな? そうしたらあれよあれよという間にかなりなヒットとなったものです。 他にもさまざまな人にカバーされたりしていたので、あれこれ聞くうちに、少年は「サルビアの花」コレクターとして成長し、これだけの音源を持つオトナになりました。 (読みたい人だけ読んでくれれば) 歌詞を素直に読むと、フラれた男の妄執を描いたちょっと怖い世界が展開しています。 それこそストーカーまがいの。 とくに3番の冒頭 扉を開けて出てきた君は偽りの花嫁 頬をこわばらせぼくをチラッと見た 偽りの花嫁と妄想をたぎらせながら自分を凝視している、かつての恋人を見たら、ぎょっとして頬をこわばらせるのも納得です。 オリジナルの早川義夫は、この世界観をピアノの弾き語りでゆったり朗々と歌い、鬼気迫るものがあります。 いやこれを、よく女子高生がカバーしようと思ったもんだ。 でも、もとまろのアレンジを聞くと、中1男子じゃなくても、可憐な歌に聞こえるんですよね。 だからよくよく歌詞を読んで真意に気づいたとき、ミステリのどんでん返しのような気分を味わいました。 そしてさらに。 早川義夫は「扉を開けて出てきた君」じゃなく、「扉が開いて出てきた君」と歌います。 もとまろバージョンだと、花嫁が自分の意志で扉を開け、結婚した相手と始める新しい世界に出てきたと読めます。 だから主人公は、まだ思いは残っているものの、どこかあきらめた境地にいるのでしょう。 早川義夫は、扉を新しい世界への通過点の象徴として受け取りません。 もっぱら出てきた君にフォーカスしています。 主人公の妄執はおさまらず、この後の歌詞、「泣きながら君の後を追いかけて」がイメージじゃなく、今後の行動のように聞こえるわけです。 9年前の新聞で「サルビアの花」が取り上げられており、もとまろと早川義夫にまつわるエピソードが2面に渡って掲載されました。 (夜、眠くてテキトーに撮ったので影が写ってるけどお気になさらず) こんなこともあろうかと保存していた自分を偉いと思うなあ。 さすがコレクター。 この紙面によれば、2000年ごろ、もとまろの一人がライブハウスで早川義夫が歌うのを聴き、「頭をガーンと殴られたような衝撃を受けました。 女子高生がうたうような曲ではなかった」と思ったそうです。 演奏後のアンケートでお詫びを書いたら、曲を広めてくれて感謝していると早川義夫から返事が届いたという、すてきな後日談も紹介されています。 でも、私もあのもとまろ解釈はよかったと思います。 恋愛のどろどろした要素をうまく希釈して、きれい(に見える)要素にまとめたからこそ、リスナーに受け入れられ、ヒットしたのでしょうから。 そしてサルビアといえば蜜をちゅうちゅう吸う花としか認識していなかった少年に、豊かな世界を見せてくれたのだから。 と、ここまでオリジナルに対して批判的に書いているように思われるかもしれませんが、実は、早川義夫バージョン、すごくいいんですよ。 最初はその表現にとまどったりもしましたが、聞けば聞くほど味わい深くなるんです。 ネガティブだけど目が離せない、恋愛の一つの側面が震えるほどリアルに歌われていて。 相手を好き過ぎて自暴自棄になる感じ。 発表されてから50年経ちますが、未だ色あせない迫力があります。 さらに。 家にはこんなものもありました。 これはヤマハが出していた「ニュー・ライトミュージック」という音楽雑誌の1976年5月号の付録なんですよ。 どんなものでも40年も持ってると宝物になりますね-。 さらにさらに。 ポプコン関連本も発掘しました。 この中に、こういう貴重な情報があるのです。 ということで、もとまろと早川義夫を聞き比べて欲しいな。 そして若いあなたの耳と心にどう聞こえたか、教えてください。 山本リンダ「どうにもとまらない」(1972) ちゃちゃっと作ったんでしょうね、イントロのギターがひどい。 リンダの声は案外かわいらしくて、これはアリだなあ。 でもテンポ早すぎ。 由紀さおり「故郷(ふるさと)」(1972) 歌うますぎ。 でも譜割りが自由過ぎて、もとまろに慣れた耳には聞きづらい。 本田路津子「耳を澄ましてごらん」(1972) イントロのオルガンが荘厳さを出していて、歌詞にある教会をイメージさせますね。 この人もうまいけど、この曲はビブラート似合わないと思う。 天地真理「恋と海とTシャツと」(1974) 白雪姫ですよ。 アイドル的アプローチだからか、素直に歌っているところは好感が持てるけど、恋愛のニュアンスが感じられず、まるで絵空事。 ベル「コーヒー一杯の幸福」(1974) イントロのピアノが超インパクトあり。 悲恋をイメージさせるストリングスも他にはない凝ったアレンジ。 イントロだけで1分以上あるのもすごい。 男性なんだけど、どろどろした雰囲気はあまりk 甲斐よしひろ「翼あるもの」(1978) 声がいいんだよなあ。 さらっと歌っていて、妄執感はないけど、終わった恋を懐かしむような歌い方に説得力あります。 このカバーアルバム、「グッドナイトベイビー」「あばずれセブン・ティーン」など佳曲が多くて好き。 あみん「メモリアル」(1983) 大ヒット「待つわ」と似たような構造ですよね。 溢れる情念。 たんたんとした歌い方は、かわいい声なのに無表情で、ちょっとした凄みが出ております。 あみんもポプコン出身です。 ダ・カーポ「アコースティック・ファンタジー」(1993) イントロのブルースハープがノスタルジックで、過去の物語のよう。 昔、こんなことがあってね、と新しい恋人に語っているかのようです。 早川義夫「この世で一番キレイなもの」(1994) 35年ぶりのセルフカバー。 驚くのは「扉を開けて出てきた君は偽りの花嫁、頬をこわばらせぼくをチラッと見た」を歌っていないんです! やっと妄執から解き放されたのか? 過去を懐かしむような雰囲気もまたよし。 井上陽水「UNITED COVER」(2001) イントロのオルガンが切なくて好き。 陽水の説得力ある歌い方に思わず引きずり込まれる。 粘っこく歌うけど、あたかも「友達にこんなことがあってさ」と言っているかのような客観性があって、これはこれで面白い。 市井紗耶香with中澤裕子「FOLK SONGS」(2001) モーニング娘。 意外、といっては失礼だけど、いいですよ。 タッタカタタッタッタというリズムがストーリーに規律を与えているというか、枠組を作っているというか。 お芝居を観ているような気分になります。 南谷朝子「しゃんそん」(2007) 女優さんだけに、ものすごく情報量の多い歌い方。 言葉が出てくる瞬間にフォーカスしてしまうので、言葉のつながりがドラマにならない感じ。 この曲をこんなにドライに解釈するのもありなんですね。 八神純子「VREATH~My Favorite Cocky Pop~」(2012) なんだろう、妖艶という言葉が思い浮かびます。 この曲の情景を女性側から見て、それが何十年も前のことで、あのとき選ばなかった人のほうが良かったかも、なんて思い出してるようにも聞こえます。 怖いぞ、これはこれで。

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もとまろ「サルビアの花」の楽曲ページ|20260024|レコチョク

もとまろ サルビア の 花

1960年代後半から70年代前半にかけては、日本歌謡界を揺るがすようなフォークソングブームの時代だったんです。 それまではプロの作曲家や作詞家が作った歌をプロの歌手が歌っていた時代だったんですが、世界的な若者のムーブメントが巻き起こり、日本でも素人がギターを手に自分たちで作った歌を歌い始めました。 その頃の名曲は今でも歌い継がれていますが、大ヒットしなかったけれど、密かに支持を集めていた隠れた名曲というのもたくさんあったんですよ。 その中の一曲が「サルビアの花」だったんです。 歌っていたのは「もとまろ」という3人の女子大生グループでした。 彼女たちは青山学院大学と短大に在学していて、歌手活動をしていたんですね。 そんな彼女たちの唯一のヒット曲が「サルビアの花」です。 この歌は他の歌手達も歌っているので、やっぱり素晴らしい名曲なんでしょう。 作曲があの早川よしおですよ。 早川よしおといえば、日本のシンガーソングライターの草分け的存在で、60年代後半に幻のロックバンド「ジャックス」のメンバーとして活動していました。 メディアに取り上げられるようなヒット曲はありませんが、彼の音楽活動がロックやポップスの世界に与えた影響はかなりあるんです。

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もとまろ サルビア の 花

もとまろ/サルビアの花 作詞. 相沢靖子/作曲. ジャケットを見ると、あの時代の女子大生のファッションセンスって... という感じですが。 当時のヤマハ関係のコンテストでも歌われたみたいで、ポプコン(ヤマハのポピュラーコンテストの略称)関連の番組でもよく流れていた。 自分はリアルタイムではなく、70年代中期以降に知った。 早川義夫「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」 基本的にふられちゃった男がウジウジ言っているような内容で、ある意味60年代から続いていたプロテストソングと、80年代以降の明るい前向きな音楽の間に咲いたあだ花「四畳半フォーク」的な、情けない状況を歌っていて、現状を打破出来ずに佇んでいる人が主人公。 そこで歌われている「サルビア」というのが何を意味する暗喩なのかはよく解らない。 個人的にサルビアにはそんな悲しげなイメージも抱けないし、子供の頃「サルビアの花をつみ取ってその花の下部分をチューチュー吸うと甘い」と聞いてチューチュー吸った記憶はある。 でも、戦後すぐの甘さに飢えていた欠食児童ではないので「ふうん」ぐらいにしか思わなかった。 ちなみに、サルビアは意外な事に「シソ科」の植物で、ハーブとして有名な「セージ」もサルビアの一種らしい。 (雑学ワンポイントメモ) サルビア(写真「」さん) その男が後半にはさらに情けなさ度を上昇させていく。 というか歌詞を改めて読み直すとホラーなのだ。 そして彼女の事を「偽りの花嫁」と言い放つ。 そもそも男は「元彼」でもなく、普通に告白されて断った男という感じだし、一方的な濃縮還元的思いこみで、女性側からしてみたらただの嫌がらせなのかもしれない。 大瀧詠一「恋するカレン」 勝手に思い込んで別のヤツと幸せそうにしている女をジトーっと見つめる曲としては、大滝詠一の「恋するカレン」なんてのもありますが、あっちは「本当の幸せは俺と付き合う事だよ」なんて思いこんでるレベルの痛さで「悲しい女だね君は」と勝手にシベリア妄想超特急を走らせてどっかに行ってしまうので、可愛い物です。 それに対してこっちの曲ではラストは「泣きながら君の後を」と新婚旅行に出かける車の後をうわんうわん泣きながら追いかけて走っているかのような状態 状況の詳しい説明は歌詞には出てきませんが。 おいおい、ただの恋愛ホラーだよ。 なんか中学の頃に聞いた時は「みっともない男だけど、純愛だよなあ」と思っていた気がするんだけど、改めて聞くと、ただの「ストーカーソング」なのだ。 猫「雪」 なんとなく文学的な歌詞に騙されていると、ただのストーカーも容認してしまうというパターンでは、同じ時期 1972年 に「猫」というグループが謳っていた「雪」という曲もある。 作詞作曲は吉田拓郎なんですが、歌詞の内容は「雪の降る中、見知らぬ街角ですれ違った見も知らぬあなたの後をずっと追いかけていた」という物。 要注意人物なのだ。 今の物騒な時代だったら、いきなり通報されてしまっても文句言えないような主人公なのだ。 (好きな曲なんですけどね) 文学的というのは危ない面も多々あって、かの梶井基次郎の「檸檬」なんて小説も、本屋に行った時に持っていたレモンを「これが爆弾だったら俺の憂鬱もろとも本屋を破壊できるのになぁ、ふひふひ」と妄想全力疾走で、オチもなく終わってしまう。 純粋な文学ってのはそんな物なんだろうなぁ。 岩淵リリ「サルビアの花」 ということで「サルビアの花」に話を戻しますが、実はこの曲、日本フォークの中で極端に突出したヒット曲ではないと思うんですが、そのワリに異常な数、カバーされている。 オリジナルの「早川義夫」、元祖カバーの「もとまろ」は有名なんですが、同じくシングルを出した「岩淵リリ」、さらにはアルバムでカバーしている「ウィッシュ」「あがた森魚」「チェリッシュ」「ダ・カーポ」「ジャネッツ」「ベル」「川奈真弓」「本田路津子」「NOW」「草間ルミ」「あらきなおみ」「市原真由美」などや、大御所「因幡晃」「加藤登紀子」も、さらには歌謡曲側「天地真理」「山本リンダ」「じゅんとネネ」なども70年代にカバーしている、それ以降1980年代に入っても「あみん」「甲斐よしひろ」「岩崎宏美」「鳳蘭」などジャンル不問の人々がカバーをし、近年でも「大石円」や「井上陽水 アルバム:UNITED COVER 」、今世紀に入っても関西出身歌手「LOU」が2001年のデビューアルバム「SEARCH&LOVE」でカバーしている(他にもいるかも知れません) しかし、結婚式が終わって新婚旅行に出かけようとするとき、車の後ろを昔付き合っていた相手(あるいは振っただけの相手)が泣きながら追いかけてきたら怖いよなぁ。 オオタスセリ「ストーカーと呼ばないで」 ストーカーソングというとこの6月21日に発売された「 全曲試聴できます 」に収録されている「ストーカーと呼ばないで」が凄い。 まさにストーカー側からの歌詞。 歌詞の方は本人のブログに全部掲載されていて、かなり怖いです、「」 でも怖いながらも、なんか全然解らないってワケじゃないのが悲しい。 なんか扱いが非常に難しい曲ではあります。 ちなみに、オオタスセリさんとはかつて「ペコちゃん」というコンビ名で80年代から活動していた女性お笑い芸人さんです。 いつも読ませていただき、慧眼に恐れ入っております。 結婚式、「偽りの花嫁」、泣きながら追いかける。 当時を生きていた者としては(ガキでしたが)映画「卒業」がモチーフだと思います。 ダスティン・ホフマンは「偽りの花嫁」を強奪したが、「ボク」はそれもできず、じとっと見つめ、歌ってる(?)だけ…。 「卒業」は当時、アンチ・ヒーローの映画でしたが、早川先生あたりにはあれも立派な「ヒーロー」であり、「卒業」のラストシーンを夢見つつ夢破れるキモメンこそがリアルなんじゃ〜、という叫びでは、と愚考。 そういえばその頃「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」大塚博堂という曲がありましたが、どういう内容かは知らない。 投稿: ask 2008年12月29日 月 06時07分 あの時代は恋愛にも熱血が大いに導入されていたって部分もあって、 名作「愛と誠」の岩清水くん「君のためなら死ねる」も成立していたんでしょうけど、 それも70年代終わりには小林まことの「1・2の三四郎」ではギャグになっていました。 大塚博堂の「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」も、主人公は結婚式を教会で上げる元カノを遠くから眺めています。 さらに時が過ぎて、その元カノは二人の母親になっているのに主人公はまだグジグジとその時の事を悔やみ続けています。 あの時代だったら、純愛だったのかもしれませんが、今の時代だとキツイっすね。 松本隆が以前書いていたのですが「曲は古くならないが、歌詞はその世界観がすぐ過去の物になってしまう」そうです。 投稿: 杉村 2009年1月 4日 日 22時18分 「サルビアの花」を久しぶりに偶然聞いて懐かしくなり、ネットを検索していてこちらにおじゃましました。 いい曲だけど身勝手な男だと私も思っていました。 「恋するカレン」も何であんな内容にしたんだろうと思っていました。 「雪」は昨年吉田拓郎がオールナイトニッポンゴールドでこの歌について語っていました。 ・まだ売れていない頃、東北のラジオ局が何度も読んでくれて出演した。 ・仕事が終わった後、年上の女性ディレクターが居酒屋で食事をさせてくれた。 ・冬のある日居酒屋から帰る際、前を歩くそのディレクターの後姿を見て想像をふくらませて書いた歌詞とのこと。 概ねこんな内容を語っていました。 これを聞いてから改めて「雪」を聞くと、とっても良い曲に感じています。 投稿: TOKU 2013年3月 3日 日 19時14分.

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