Song• Artist• Mouth Organ Orchestra• Album• 20 Golden Mouth Organ Hits• Licensed to YouTube by• Kontor New Media Music on behalf of Diamond Records ; PEDL, BMG Rights Management US , LLC, SODRAC, BMI - Broadcast Music Inc. , Concord Music Publishing, and 9 Music Rights Societies• Song• Artist• Francis Moore Orchestra• Album• Romantic Oldies Vol. Licensed to YouTube by• Kontor New Media Music on behalf of Bridge ; UNIAO BRASILEIRA DE EDITORAS DE MUSICA - UBEM, BMI - Broadcast Music Inc.
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英語と日本語…… フランス語と英語…… それぞれの言葉によって 歌の内容が全く異なってしまうのはよくあること。 その代表格が フランク・シナトラの大ヒット曲として知られる 「マイ・ウェイ」だ。 この歌はもともとフランスの クロード・フランソワ というフランスのポップシンガーが歌った曲で、 本国では1967年に大ヒットしている。 原題は「Comme D'nabitude カムダビチューダ 」で、 「いつものように」 という意味。 「いつのもように一日が終わり 僕が家に帰ると君はいない いつものように僕は独りで淋しく眠りにつく……」 というようなやや情けない男の日常を描いている。 モデルとなった女性は 当時クロードと付き合っていた フランス・ギャル と言われている。 若い人のためにことわっておくとフランスのギャルのことではなく 「夢見るシャンソン人形」でブレークしたアイドル歌手の名前だ。 この歌に「ダイアナ」等のヒットで知られる ポール・アンカが英語の歌詞をつけ、 尊敬するフランク・シナトラに捧げたのが、 皆さんがご存じの「マイ・ウェイ」だ。 このバージョンは1969年頃から じわじわとヒットを続け いつのまにか世界的なスタンダード・ソングとして定着した。 後にエルヴィス・プレスリーもレパートリーに取り入れている。 僕の父親・笈田敏夫もコンサートのラスト またはアンコールで必ず歌っていた 英語と日本語の歌詞の内容はほとんど同じで 「私は私の信じた道を歩いて来た 多少の後悔はあるが いつも私は私のやり方をつらぬいて来た……」 という男道一直線というムードに仕上がっている。
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の を日本語で、 が歌っているが、もとの次の英語の詩と違う。 And now the end is near And so I face that final curtain My friends, I'll make it clear I'll state my case of which I am certain I've lived a life that's full I traveled each and every highway And more, much more I did it my way Regrets, I had a few But then again, too few to mention I did what I had to do I saw it through without exemption I planned each charted course Each careful step along the byway And more, much, much more I did it my way Yes there were times, I'm sure you knew When I bit off more than I could chew But through it all when there was doubt I ate it up and spit it out I placed the goal and I stood tall And did it my way For what is a man, what has he got? If not himself than he has not Not to say the things that he truly feels And not the words of someone who kneels Let the record show I took all the blows And did it my way Yes,it was my way YouTubeで が英語で歌っているが、字幕に 氏訳の詩が次のようにある。 元の英語に忠実な訳である。 「 やがて私もこの世を去るだろう 友よ、これだけは言える 私は長い歳月 幸せに自分の旅路を今日まで越えてきた いつも自分のやり方で 心残りは少しあるけれど 人がしなければならないことならば できる限りの力を出してきた いつも私のやり方で 人を愛して悩んだこともある 若い頃には激しい恋もした だけれど私は一度もしていないことがある ただ卑怯なまねだけは ひたすら歩いた、 いつもの私のやり方で 人は誰も、いつかはこの世を去るだろう 誰でも自由な心で暮らそう 自分の本当の気持を 祈りの言葉も発しない いや、私は違うんだ 自分の信ずるままに 愛し、笑い、泣いた日々 敗北を人並みに知っている 今すべてが懐かしい想い出 それすべてを思い返せば 胸を張って私は言える すべて 自分が信じるままに( did it my way) そうさ、 自分の信じるままに」 この歌は シナトラが 1969年に歌ってヒットした。 しかし、原曲は 1944 年、フランスにあったという。 シナトラの引退を打ち明けられた が曲のアレンジと詩を新たに作り、シナトラに贈ったものだという。 結婚式の歌でもなく、別れの歌でもない。 自分の人生を振り返ったとき、迷わず、すべて自分が信じるままにと言えるだろうか。 ひそかに自分の人生を振り返る 老人の歌であろう。 今年、 101歳を迎えようとする 氏は、「 あるがまま ゴールはない」と言っているが、これを英語にすると マイウエイとなるのだろうか。
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