政府が緊急事態宣言を全面解除した3日後の5月28日、2か月ぶりに上皇さまが外出され、ハゼの研究のために皇居を訪れられた。 「皇族が新型コロナウイルスにかかったとなれば日本の一大事ですので、これまで皇族方は家に閉じこもられ、お出かけになることもできませんでした。 しかし今回、上皇さまがまず一番に外出されたことで、『自分も外出出来るのでは』と計画されている皇族方もいらっしゃいます」(宮内庁関係者) 東日本大地震などの災害時にはたびたび被災地を訪問し、心を寄り添われる活動をしてきた皇室にとって、今回のコロナ禍では行動も制限され、病院などの現場を訪問することも難しくなっている。 このような状況下において、上皇さまが久しぶりに外出をされるということで、宮内庁では朝から慌ただしい雰囲気となった。 「皇居の乾門に報道各社のカメラマンや記者、ギャラリーも集まり、警備も厳戒態勢でした。 白昼堂々、警視庁の向かいにある桜田門の脇からお堀を泳いで皇居側に渡り、高さ20メートル近い塀を登って皇居に侵入したのである。 男はすぐに警察官に取り押さえられて事なきを得たが、当時、天皇陛下が皇居を訪れられていたということもあり、「なぜ侵入を許してしまったのだ」と、宮内庁がピリピリするという一幕もあった。 そのため、上皇さまの久々の皇居来訪にはいつも以上の厳戒態勢が敷かれたという。 ところが、上皇さまのご到着直前、現場ではまたもや緊張が走る出来事が発生した。 「上皇さまが到着される2分前、私たちがすでに撮影ポイントを決めて並んで待っている時に、規制線の中に黒塗りのハイヤーが突っ込んできた。 『おい!止まれ!』と、警察官が怒号を飛ばせていましたよ」(皇室カメラマン) 大量の警察官が一目散にハイヤーに向かって駆け出し、「ダメだダメだ、出てきて!出てこい!」と叫ぶと、車から降りてきたのは通信社の小柄な女性カメラマンだった。 現場は3日前の事件が頭をよぎったこともあり、罵声が飛び交う事態に。 皇室が2か月ぶりの外出となれば、カメラマンも2か月ぶりの取材ということで、作法を忘れていたのか。 ただ、そんなことは許されるはずもなく、カメラマンには厳重注意が与えられたという。 眞子さまは非常勤の研究員として博物館でお仕事をされているが、ここ数か月はテレワークが続いていた。 「眞子さまは会社に出勤をされたいというお気持ちもあるようですが、秋篠宮家は新型コロナウイルスに対する危機意識が高く、まだテレワークが続くと伺っています。 ご家族は一歩も外に出ない覚悟で結束を高めています」(皇室担当記者) 秋篠宮さまはこの新型コロナウイルスの感染が日本で急増する前から、自身が総裁を務める済生会病院から情報を得ており、皇室の中でもいち早く感染対策を講じてきたという。 そのため、外出はもちろんのこと、ご家族で専門家の御進講を受ける際も、お住まいに専門家を招かず、テレビ電話を使われている。 さらには、三密を防ぐため、ご家族は別々の部屋で聞くという徹底ぶりだ。 秋篠宮家と言えば、眞子さまの結婚問題で、これまで週刊誌などで家族の不仲が伝えられることもあった。 しかし、最近ではご家族で御進講を受けられたり、紀子さまの提案で、病院に送るための医療用ガウンをみんなで作られたりと、「ご家族関係に変化が生じています」と、とある皇室ジャーナリストは語る。 「ご家族お一人おひとりの個性がお強いので、正面から話すと衝突されることもあります。 しかし、普段学校に行って留守が多かった悠仁さまも今は家におられ、姉2人にいじられることも多く、その光景を見ていたご夫妻も自然と穏やかな口調になって、一家が笑いに包まれる場面もあるようです」 新型コロナウイルスは皇室のご活動を制限するものと考えられてきたが、家族愛を確かめ合うには十分なご機会となったようだ。 〈取材・文/日刊SPA! 取材班〉.
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8都道府県で緊急事態宣言が継続中だった5月15日、東京都済生会中央病院に、秋篠宮家から防護ガウン100着が寄贈された。 続く22日には200着、さらに29日にも200着が済生会本部に届けられた。 これらのガウンは秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王、紀子妃殿下、眞子内親王、佳子内親王の5方と宮内庁職員の計10名による手作りの品で、市販のビニール袋を使ったものだという。 一体どのような経緯で宮家からガウンを賜ったのか。 東京都済生会中央病院 広報室長の佐藤弘恵さんに聞いた。 「〝社会福祉法人 恩賜財団 済生会〟は1911年、明治天皇が医療によって生活困窮者を救済しようと設立され、現在は全国に80以上の病院を配し、医療・保険・福祉活動を展開しています。 総裁には代々皇族方を推載。 秋篠宮殿下は2013年に、第6代総裁に就任されました」(佐藤弘恵さん 以下同) 5月11日、済生会本部事務局で、秋篠宮殿下・同妃殿下に、新型コロナウイルス感染症への対応状況をご説明するWeb会議が開かれた。 この会議には眞子・佳子両内親王殿下も別室で参加された。 当時の済生会中央病院は、どのような状況だったのだろうか。 「5月の連休前後は、いちばん大変な時期でした。 附属の乳児院でクラスターが発生し、子どもたち8名が入院。 それに伴って濃厚接触者である乳児院の職員は多くが自宅待機になりました」 病院敷地内にある乳児院は、保護者の養育を受けられない乳幼児を養育する施設。 子どもたちにとって乳児院が家であり、集団感染が起こっても移動できる環境がない。 保育を担当する大人が自宅待機という緊急事態に、看護師を中心に、何十名もの職員が防護ガウンを着用し、サポートに回った。 「3月の終わり頃から医療資材の納品が遅れ始め、4月初旬には、いつ入ってくるかわからなくなりました。 PCR検査も数多くできる体制ではなく、院内には感染症疑いの患者さんが一定数いらっしゃいましたので、早急にガウンを用意する必要がありました。 そのようないきさつで、職員たちがゴミ袋を利用してガウンを作り始めたのが4月18日頃だったと思います。 ゴミ袋を利用するのは珍しいことではなく、他の病院でも、みなさんそうしていらっしゃいました。 よく欧米のニュースで、医療従事者のガウンが足りなくてポリ袋を被っているのを見ましたが、まさにあんな感じでしたね」 状況を聞いた殿下は〝それほど物資が足りないのか〟と非常に驚かれたご様子で、医療用のガウンに興味を示された。 妃殿下からも〝作り方を教えてもらいたい〟というご要望があったため、翌12日、看護部長が作り方の図面と動画をメールで宮内庁に送った。 「この時点では関わった職員も〝参考までにお知りになりたいのだろうな〟と思っていたようです」 ところが15日、突然宮家から連絡があり、手作りのガウン100着が手書きのメッセージと共に届けられたという。 「受け取ったのは院長と看護部長でした。 資料は送ったものの、まさか数日後にガウンが届くとは思ってもおらず、ふたりとも大変感激し、恐縮していました。 「市中での感染者数の増加も収まり、ガウンやマスクの供給がかなり追いついてきたのと、行政機関からの支給も徐々に始まって、なんとか数ヵ月分は対応できるだけの資材が手に入るようになりました。 ただ、これからまた第2波、第3波が来る可能性もありますので、無駄に消費しないよう、適正に使うことを心がけています」 今回のコロナ禍では宮家だけではなく、実にたくさんの企業や個人の方から支援していただいたと、佐藤さんは振り返る。 「ある製薬会社さんからはアルコール消毒で手が荒れるだろうからと、ボトル入りのハンドクリームをいただきました。 ひと箱ひと箱に全部メッセージを書いてくださっていて、大変感激しました。 また、職員が作ったガウンはポリ袋を加工しているので通気性が悪く、汗がすぐに出ます。 ユニフォームの洗濯が間に合わず困っていたところ、アパレルメーカーさんからユニフォームに替わるTシャツと通気性のいいズボンをいただきました。 気仙沼のボランティア団体さんからは、今も定期的に何百枚単位で手作りのビニールガウンを贈っていただいています。 垂れ幕のような大きな布に、ボランティアのみなさんが励ましの言葉を書いてくださったことも、大変嬉しかったです」 済生会中央病院は東日本大震災時、DMATを派遣して支援にあたっている。 〝あの時助けていただいたお礼〟ということで、ボランティア団体が広く声がけをしてくれたそうだ。 「支援してくださった方たちはご紹介しきれないくらいです。 使えるお薬は限られていますし、ワクチンもできていないので、まだまだ気を緩めるわけにはいかない状況ですが、皆様からのお心遣いの物資を、これからも大切に使わせていただきます」 それにしても12日にガウンの作り方を送り、15日に届いたということは、なか2日で100着を手作りされたことになる。 一刻も早くという秋篠宮家のお気持ちが忍ばれ、そのスピーディーさには心から敬服する。 取材日の東京は快晴。 医療従事者への敬意と感謝を込め、航空自衛隊のブルーインパルスが上空を飛行した。 取材・文:井出千昌 FRIDAYデジタル.
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立場逆転だ。 皇后陛下となって評価急上昇中なのが 雅子さまだ。 これまで「適応障害」に苦しみ、週刊誌などでは皇族しての資質を問う声も上がっていたが、先日、国賓として来日した ドナルド・トランプ米大統領夫妻を歓待した姿に、手の平を返したかのような賞賛記事が並んでいるのだ。 例えば「女性セブン」(小学館)ではこう書かれている。 「驚かされたのは、その様子を見ていたメラニア夫人の名残惜しそうな表情だ。 その日の午前中、同じ宮殿南車寄せで初めて両陛下と顔を合わせた時のクールな顔つきとは打って変わって、親しみの表情を浮かべて、雅子さまに声をかけて歩みよった。 その瞬間、雅子さまは自ら夫人の手を握り、顔を寄せられた。 雅子さまは、そこまで察した上で親愛の情を示したのだという。 宮内庁担当記者の話。 「トランプ外交の鍵を握るのは、実はメラニア夫人。 世界各国を回っていますが、わずかな時間であそこまで夫人と打ち解けたのは 雅子さまが初。 メラニア夫人と談笑しながら歩く雅子さまの姿を 紀子さまがじっと眺める姿は印象的。 形勢逆転の元凶は秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんの結婚問題以外にない。 小室さんは年明けに実母・佳代さんの金銭スキャンダルについて〝解決済み文書〟を配布しただけで、音沙汰無し。 昨夏の米国留学以来、1度も帰国せず、肝心の借金問題も進展しているとは言い難い。 「この問題がくすぶり続けている以上、秋篠宮家には国民の厳しい目が向けられることになる。 ヘソを曲げた眞子さまは両親とは口も聞かない状況で、家庭崩壊の1歩手前。 一部では、秋篠宮殿下の酒量は日増しに増え、夜は睡眠導入剤なくして寝られないという報道もあった。 紀子さまも心労から肌荒れがひどく、静養を申し出ているという話もある」(前出担当記者) そんななか、ついに見かねた宮内庁関係者が渡米するという情報がまことしやかに流れている。 目的は小室さんに眞子さまとの結婚を諦めてもらうことに他ならない。 別の宮内庁関係者は「もうこれ以上、この問題を先延ばしにはできないということ。 2人の結婚の意志は堅いが、国民から信任されるとは思えない。 いくらか手切れ金を支払ってでもいいから、小室さんに身を引いてもらうしかない」と話す。 雅子さまに追いつくためには、まずは〝病巣〟を排除する必要があるようだ。 文=菱田智則.
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