大阪桐蔭 根尾昂。 根尾昂(大阪桐蔭)の出身地と中学時代/ハイスペックさがやばい!

【徹底解剖】中日ドラゴンズ・根尾昂を大特集、超一流を目指す男<大阪桐蔭編・プロ野球編>

大阪桐蔭 根尾昂

スポンサードリンク 医師の両親、中学時代はオール5 氏名:根尾昂(ねお・あきら) 生年月日:2000年4月19日(17歳) 出身地:岐阜県飛騨市(ひだし) 家族:父・浩(ひろし)さん(50)、母・美喜子(みきこ)さん(49)、姉、兄・学(まなぶ)さん=岐阜大学医学部在学中 身長:177センチ(2017年5月時点) 体重:77キロ(2017年5月時点) 血液型:O型 投打:右投げ左打ち 守備:遊撃手、外野手、投手 球速:148キロ(2016年時点) 学歴:飛騨市立河合(かわい)小学校卒業、飛騨市立古川(ふるかわ)中学校卒業、私立大阪桐蔭高等学校(偏差値69~41)2年在学中 球歴:古川西クラブ(軟式)、飛騨高山ボーイズ 根尾昂選手は岐阜県飛騨高山市で、診療所を開く医師の両親の間に生まれました。 3人きょうだいの末っ子です。 「昂」という名前は、両親がつけました。 心や気持ちのの昂(たか)ぶりという意味だそうです。 お兄さんの影響で、小学校2年で野球を始めました。 地元の古川西クラブという学童野球のチームに入り、投手兼三塁手を務めたそうです。 中学生になると、硬式の飛騨高山ボーイズに入ります。 飛騨高山ボーイズ時代は主砲を務め、ポジションは内野手で、もっぱら遊撃手の守備に就いたそうです。 一方で、2歳から続けていたスキーでは、古川中2年のとき、全国中学校スキー大会の男子回転で優勝をとげました。 さらに、イタリアで行われた世界大会にも出場しています。 いや、すごいですね。 運動音痴のわたしには、ちょっと理解できません。 運動神経のいい人、スポーツの天才って、何でもできるんでしょうね。 スキージャンプの長野五輪金メダリスト、船木和喜(ふなき・かずよし)選手(42)だって中学校時代、運動部の先生たちに追いかけられたそうですよ。 野球、陸上、水泳、体操、バレー、バスケットボール……どれをやっても、君なら一流になれるって。 しかし、根尾昂選手は中学2年でスキーをやめ、野球一本に絞っています。 それでも、スキーで培った体幹の強さは、現在も根尾昂選手の特長となっています。 野球一本に絞った根尾昂選手は中学3年で、日本代表に選ばれ、愛知県で開催された世界少年野球大会にも出場しました。 また、全国のボーイズリーグの好選手を集めた〈NOMO JAPAN〉の一員に選ばれ、米国遠征にも参加しています。 岐阜のスーパー中学生、名門3校が争奪戦 そのころにはもう「岐阜にスーパー中学生がいる」という評判が、野球関係者の間に相当に広がっていたそうです。 野球をやらせれば超S級、しかも勉強はオール5なので、どこの高校も引く手あまた。 岐阜県を代表する名門進学校、岐阜県立岐阜高校(偏差値71)や、大学に直結した文武両道の名門校、神奈川県の慶応義塾高校(偏差値75)、さらに野球エリート養成の名門、大阪桐蔭高校の3校が、中学生だった根尾昂選手を狙っていたそうです。 中でも、熱心だったのが大阪桐蔭高校です。 野球部監督・西谷浩一(にしたに・こういち)さん(47)は、根尾昂選手の公式戦があるたびに大阪から駆けつけ、ウオッチに明け暮れていたそうです。 「練習は、いつもチームでいちばん遅くまでやっている。 試合中は、大きな声を出している。 指導者の方々にもお話を聞き、根尾なら間違いないと判断しました。 何よりも、野球に取り組む姿勢が素晴らしかった」 西谷浩一監督は、進学先を模索し始めた根尾昂選手とご両親に、 「一度、自分たちの練習を見に来てくれませんか」 と持ちかけたそうです。 根尾昂選手は、お父さんと飛騨高山ボーイズの指導者の方と、大阪府東大阪市にある野球部グラウンドに見学に行ったそうです。 それから、ほどなくして、根尾昂選手は自分自身で、大阪桐蔭高校への進学を決めました。 「ずっと、見ていました。 試合がテレビに映っているとき、どの選手も常に動いていたのを覚えています。 惜しくも根尾昂選手を逃した、慶応義塾高校関係者が、ボヤキます。 「根尾君は学業も非常に優秀で、成績はオール5だったと聞いています。 特に、英語が得意だそうですね。 根尾君は確かに欲しかった、ぜひウチに来てくれればと願っていたのですが……」 大阪桐蔭高校を選んだ理由の一つが、根尾昂選手のプロ志望があるそうです。 根尾昂選手は、大学進学の意思はなく、高校を卒業したら、迷わずプロ野球を目指すそうです。 だから、大学付きの慶応義塾高校には行かなかったんですね。 では、そんな根尾昂選手の意中のプロ球団は、どこなんでしょうか。 あるいは、どこチームが、根尾昂選手のドラフト指名を検討しているのでしょうか。 その前に、2017年春の選抜大会、甲子園での根尾昂選手の活躍をプレイバックしたいと思います。 1回裏無死満塁。 4番の山本武蔵右翼手(3年)が押し出し四球を選び、先制した直後の場面。 根尾昂選手は、1球もバットを振らず、フルカウントの3-2から甘いカーブを一二塁間を抜き、右翼前ヒット。 甲子園初打席で初安打、初打点、しかも2点タイムリーです。 「見ようとは、思いもしませんでした。 フォアボールを選ぶのは、嫌です。 ただし、もう少し、早く打っておけばいい球もありました。 緊張していたし、自分のスイングはできていなかったと思います」 守備では、遊撃手として4度の守備機会を完璧(かんぺき)に、こなしています。 8回裏からは、3年生の泉口友汰選手に遊撃手のポジションを譲り、自分は中堅手の守備位置に就いています。 どうやら、西谷浩一監督、11-0と大差のついた試合で、選手をいろいろ試したかったんですね。 しかし、8回から中堅手に回った根尾昂選手は、フライを追って坂之下晴人二塁手(3年)と交錯しかけました。 「あそこは、内外野の声の連係をしっかりとやらなければいけなかったです。 甲子園は、スタンドの声援で声が聞こえにくいです。 大阪桐蔭はナント1回の表に大挙6点を奪いながら、1回の裏に6点を返されてしまうという大荒れ試合です。 しかも、2回裏に静岡は1点を勝ち越し。 イケイケと、静岡高校は勢いに乗ります。 さらに、静岡高校は7回裏に1点を追加。 8-6と完全に試合の主導権を握ります。 わたしは、テレビ中継で見ていて「これは、終わったかなー」と。 わたしは静岡出身でも、静岡高校の関係者でもないんですが、恩師の先生が静岡高校出身。 なので、先生がめちゃめちゃ母校を応援するんで、たまたま、この試合を見ていたんです。 あの名門・大阪桐蔭も緊急事態になったみたいで4回、7回と、根尾昂選手をブルペンに送りました。 もちろん、緊急登板に備えてですよね。 4万1000人の大観衆のお客さんたちの前、6-8と負けている場面で、根尾昂選手が反撃の口火を切ります。 8回表無死、先頭打者の根尾昂選手がレフト前ヒットで出塁。 続く、山田健太三塁手(2年)がレフト方向へヒット。 「行ける」と判断した根尾昂選手は全力疾走して、二塁を蹴って三塁に突入。 しかも、静岡の左翼手がエラーをしたすきに本塁に突入、セーフ! 見事、1点差まで追い上げます。 さらに、大阪桐蔭は長短打と盗塁を絡め、9-8と試合を引っ繰り返します。 まさに、根尾昂選手の全力疾走が呼び込んだ逆転劇でした。 しかも、勝ち越した8回裏からは、根尾昂選手が2番手投手として登板。 しかし、お膳立てが整いすぎたか、根尾昂選手は力んで1死から四球と左翼前安打で一、二塁のピンチ。 ふうー。 何とか、切り抜けましたよ。 「肩に力が入って、自分のやりたいことが、まるでできませんでした。 練習と試合では全然、違います。 根尾昂選手は、3番中堅手としてスタメン先発出場、4打数1安打0打点に終わりました。 何か、バットが湿ってきたみたいですね。 でも、チームは4-2で、東海大福岡に快勝。 打者としては2打数1安打1打点、投手としては1回被安打0奪三振02四死球で自責点0。 ほぼ、完璧でした。 ここで、おさらいしますと、春の選抜甲子園の成績は19打数5安打4打点、打率2割9分3厘。 投手としては3回、被安打1、3四死球、奪三振2、自責点0です。 ふはー、すごいなあ。 7月13日(木)に初戦、根尾昂選手の弱点は? でも、わたしの知人(リトルリーグ監督)は、根尾昂選手を評価しながらも、弱点を挙げます。 知人から得た情報を、当ブログの読者さんだけにお伝えしますね。 知人が申すには、根尾昂選手は、きっと内角球が苦手なんだそうです。 いわく、運動神経のいい人ほど、コースを外れたヘンな球を打つのが得意で、意外にド真ん中の球が苦手だったりするそうです。 知人いわく、根尾昂選手は、自チームのバッティング練習も含めて、いいピッチャーに慣れているので、逆に荒れ球の下手なピッチャーに弱いはずなんですって。 確かに。 いいピッチャーって、いいバッターは打ちやすいんです。 言い方は悪いかもしれないですけど、侍ジャパンって、ヘンに中国に苦戦したりするじゃないですか。 なので、根尾昂選手の所属する大阪桐蔭と対戦する可能性のあるチームの方たちは、思い切って荒れ球を根尾昂選手の懐に投げ込んではいかがでしょうか? 注目の根尾昂選手を擁する大阪桐蔭の初戦は7月13日(木)14:10から、万博球場で、大阪府立大手前高校(偏差値74~72)ですよ。 根尾昂選手の彼女や意中の球団は? ウーン。 彼女に関しては、いろいろ取材しましたが、確かな情報は掴めませんでした。 ただし、大阪桐蔭高校は共学校なので……もし、彼女がいるとしたら、学校内なんじゃないでしょうか。 ドラフト指名に関しては、どこの球団が指名するかより、逆にどこの球団が指名しないか、を考えたほうが早いでしょうね。 ご案内の通り、根尾昂選手は高校卒業後のプロ入りを、ほぼ言明しています。 根尾昂選手ほどの逸材を指名しない球団を探すのは、逆に困難です、根尾昂選手は必ずや、2018年ドラフト会議の1巡目で消えるでしょう。 投手、内野手、外野手の三刀流としての根尾昂選手ですが、やはりプロ入り当初は、外野手のバッターとして定着するだろうと思います。 やはり、外野のほうが、レギュラーをつかみやすいですよね。 知人の判断では、やっぱり打者としての才能がピカイチだそうです。 ピッチャーとして、今のところ、ちょっといいピッチャーという感じだそうです。 野手としての根尾昂選手の才能を評価する球団は阪神、巨人、中日、ヤクルト、オリックス、ロッテ、日本ハムでしょうか。 広島と楽天は、競合のくじ引きを回避する可能性があります。 外野手出身の金本知憲(かねもと・ともあき)監督(49)の率いる阪神と、高橋由伸(たかはし・よしのぶ)監督(42)の率いる巨人はまず、ほっておかないでしょうね。 とりわけ、巨人は2年後、不動の右翼手・長野久義(ちょうの・ひさよし)選手(32)が34歳になるので、世代交代期を迎えます。 長野選手はまだまだレギュラーを張り続けるでしょうが、さすがに10年後までは無理じゃないでしょうか。 とすれば、巨人は是が非でも、根尾昂選手を獲(と)りに行くでしょう。 2018年ドラフトは見逃せませんね。 その前に、根尾昂選手の甲子園での大暴れが楽しみです。

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大阪桐蔭・根尾昂は野球の常識の外。片手捕球、ジャンプスロー、スキー。

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根尾昂と西谷監督の出会い 高校野球界で今最も注目される男・大阪桐蔭 根尾昂(あきら)。 ホームランも放つ魅力的なバッティング、ここぞという場面でゾーンに入ったかのようなキレキレのピッチング・最速148キロ、華麗なるショートの守り。 中学時代は、生徒会長。 頭脳明晰、スキーでは全国制覇。 両親が医者、兄は医大生。 まるで漫画の中から出てきたような男は、なぜ大阪桐蔭に入学したのか。 そこには知られざる物語があった(読売新聞等を参考)。 「飛騨に、すごい投手がいる」 大阪桐蔭の西谷監督が根尾のことを知ったのは、岐阜県飛騨市立中2年の時だった。 その時、根尾は、飛騨高山ボーイズに所属していた。 当時、大阪の「枚方ボーイズ(大阪桐蔭の藤原・報徳学園の小園)」との対戦が決まり、 西谷監督は親交があるチームの監督に、メールで「実力を見てもらえないか」と依頼した。 監督とは、あの熊本・秀岳館を3季連続で甲子園の4強に導き、 今は母校の県岐阜商を率いる鍛治舎監督だ。 その試合では、枚方ボーイズが勝った。 だが、中学2年の根尾が1点しか与えなかったと聞き、西谷監督は驚いた。 その後、西谷監督は根尾が出る試合に駆け付けた。 最初に見たのは「ショートでのプレー」だった。 「ボールの捕り方はバラバラでめちゃくちゃでした」としながら、捕球後に横手から素早く一塁へ送球する動きに惚れ込む。 「キューバ選手のように体の強さを感じた。 鍛治舎さんの言う通りだった」。 西谷監督が求める、「野球への情熱」も申し分なかったという。 それ以降、西谷監督は岐阜へ何度も足を運び、チームの監督に大阪桐蔭の育成方針を話した。 ただ、親が医師で、学業も優秀と聞き、根尾が将来のことをどう考えているかが気になっていた。 「医者を目指すなら今日でお別れ」 根尾が中学3年になった6月ごろ、大阪桐蔭の練習を見学に来た。 練習環境や寮生活のことなどを説明しながら、西谷監督は「日本一を目指して一緒に頑張らないか」と言った後、こう告げた。 「もし、医者を目指すのなら、今日でお別れにしよう。 うちの練習は厳しいし、それだけの勉強時間を取るのは難しいと思う」 周囲からは、根尾の進学先として「関東の有名高校」の名前も聞こえていた。 西谷はこの日が意思確認の期限と考えていた。 すると、根尾が自分の思いを口にした。 僕はプロ野球選手になりたい 「僕はプロ野球選手になりたいです。 よろしくお願いします」。 後日、両親から正式な入学の意思を伝えられ、西谷は責任の重さをかみしめた。 「スーパー中学生」とネットでも話題になった根尾の入学後、大阪桐蔭はこの2017春までに3度甲子園に出場し、うち2度優勝。 いよいよ第100回目の記念すべき夏の甲子園が開幕する。

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大阪桐蔭の根尾昂君と藤原恭大君が「ドラフトで阪神に指名され...

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生年月日 2000年4月19日(歳) 出身地 岐阜県飛騨市 身長 177cm 体重 79kg ポジション 内外野手兼投手 投打 右投左打 プロ入り 河合小学校〜古川中学校〜大阪桐蔭 備考 MAX148km 内外野手兼投手 遠投110m 50m6秒1 根尾昂選手は岐阜県飛騨市出身の選手で、野球を始めたのは小学2年のときでした。 ご両親は地元で診療所を営む医者です。 お兄さんが野球をしており、その影響を受けて自分自身も野球を始めました。 小学生時代には中日のジュニアチームに選抜され投手として、すでに128キロのストレートを投げ込んでいたとか。 ただ、驚くべきは野球だけではありません。 陸上では100mで全国5位。 スキーではジュニアオリンピックの岐阜大会で優勝し、全国大会に出場した経験もあります。 雪深い飛騨市出身でスキーが得意なのは理解できますが、全国大会に出場するほどとは…。 さらにソフトボール投げでは歴代1位となる88m92cmという大記録を樹立しました。 それだけ小学生の頃から運動能力が高かったのです。 根尾昂の中学時代 出身中学は地元の古川中学。 中学野球部には所属せず地元の飛騨高山ボーイズに所属していました。 中学時代には早くもストレートは何と146キロに到達していたとか。 その野球センスもあって、中学3年の時にはNOMOジャパンとしてアメリカ遠征に出たこともあり、全国から注目される存在となりました。 その一方で小学校時代から頭角を現していたスキーでは、全国中学スキー大会でスラロームで優勝するという実績を持っています。 さらに学業では成績も「オール5」を取るほど優秀。 野球に限らず、スキーでも学業でも最高の成績を収めるスーパー中学生だったのです。 大阪桐蔭高校 進学後 根尾昂選手は野球の名門・大阪桐蔭高校に進学しました。 日本屈指の強豪校である大阪桐蔭高校ですが、その中で1年の秋には、背番号18ながらもベンチ入りを果たします。 秋季大会では大阪偕星高校との試合で代打としてデビュー。 いきなり左中間スタンドに豪快な一発を叩き込みました。 秋季大会打者成績 2016年 試合 打数 安打 打率 打点 本塁打 盗塁 8 20 5. 250 3 2 1 同大会の準々決勝・北野高校戦で先発登板し、いきなり2安打完封勝利。 身長177cm、体重76キロという目立った体型ではないのですが運動神経が高いのは中学時代に実証済み。 高校に入って強豪校でこれだけの活躍ができるのですから、驚きです。 そんな根尾選手はいわゆる「二刀流」・・・ 主なポジションは、内野ではショート、外野手、そして投手をこなすので「三刀流」との声もあります。 16 内(三塁、遊撃)外野をこなせるだけでなく、投手としてMAX148キロも計測するユーティリティープレーヤー。 両親が医師で中学時代は学業もオール5で生徒会長、スキーでも全中大会制覇というミスターパーフェクト高校生だ。 この日は三塁の守備位置についたあとマウンドで投球練習も行った。 「他の球場と違う。 とても投げやすい」と感触を確かめた。 西谷監督は「チームの状況と合わせて考えていこう」と起用法を決めかねている。 2月に岩本久重捕手(3年)が左手を骨折し、今月10日に手術を受けたことでメンバー変更を余儀なくされた。 候補は何人か挙げているもののまだ投手、野手のどちらを入れるかも迷っている段階。 根尾は「どちらかと言うと内野」と語るも強いこだわりは持っておらず、二刀流でも三刀流でも与えられた役割をこなすつもりだ。 ピッチャーとしては最速148キロのストレートにスライダーやチェンジアップを操ります。 一方、遠投110mの強肩と50m6秒1の俊足も魅力。 秋季大会投手成績 2016年 高卒でプロ入りか 現在2年生の根尾昂選手。 ドラフト対象となるのは来年2018年となります。 そのため、まだ高卒でプロ入りするかどうかは分かりません。 現在は強豪・大阪桐蔭高校の4番を打っており、当然ながら今後もチームの主軸として期待される根尾選手。 現在では投手よりも、野手として注目される存在です。 3年生となりこれからどんな成長を遂げるのか・・・ 成長次第では、高卒でプロ入りという線もあるでしょう。 ただその一方で、文武両道で学業も優秀な根尾選手。 ご両親が医者ということもあり、将来を考えて、大学に進学。 そこからプロ入りを模索するという可能性もあるのではないでしょうか。 今後の進路に関しては、3年生の高校野球生活でどうなっているか・・・ すべては、そこにかかっています。 まとめ 強豪・大阪桐蔭高校で2年生ながらすでに4番を務めている根尾昂選手。 最近は投手としての出番が徐々に減っている印象がありますが、その一方で野手としては成長ぶりを見せています。 ショートと外野を守れるというのも、大きな特徴といえるでしょう。 持ち味である運動能力の高さで、まだまだ成長する可能性を秘めています。 まだ2年生、しかもあの大阪桐蔭高校の4番となれば、3年生になったとき、どのような選手になるか注目されます。

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