船戸雄大 公判。 消防隊員「凄惨だった」 目黒女児虐待死、公判で証言 :日本経済新聞

母親のむせび泣きが法廷に響いた。結愛ちゃん死の直前に夫が暴行「知らなかった」【目黒5歳児虐待死裁判・詳報①】

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結愛ちゃん虐待死事件が起こった当時、船戸雄大は無職でした。 それに対し当時、船戸優里はキャバクラで働いていたとの噂があります。 また、船戸優里はシングルマザーだったため生活保護にも頼っていました。 就職先を見つけていなかったことから、船戸優里を働かせながら船戸雄大は無職のまま住み着こうと考えていた可能性もあります。 船戸雄大はもともと冷凍食品会社で働いていました。 そこでは主任にまで上り詰めるほど優秀だったといいます。 しかし、結愛ちゃんが虐待されていると児童相談所の目に付けられてしまった為、職を見つける前に目黒区に引っ越して船戸雄大は無職になってしまいました。 そのため結婚相手に船戸優里を選んだのは、お金目当てだったという可能性もあります。 上記で記載したように暴行を加えられていたことが原因で死亡したわけではありません。 普段から食事を十分に与えられていなかったため、衰弱していたようです。 食事を与えなかった理由は、モデル体型にしたかったと話していたと言います。 しかし5歳児の女の子に食事制限は不要で、事件当時の結愛ちゃんの体重は12キロほどしかありませんでした。 過酷な食事制限は徐々に拍車がかかっていき、1日1食しか与えられないこともありました。 結愛ちゃんが死亡する数日前には、ご飯を食べることすらできないと本人の口から話していました。 結愛ちゃんは衰弱しきっていて、もうすでに食事を飲み込むことができなかったのです。 その際結愛ちゃんは、妻の船戸優里に声を振り絞って助けを求めていました。

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「理想の子どもにしたい」は虐待リスク要因 目黒女児虐待死事件の父親の発言から見えたもの(山脇由貴子)

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船戸雄大被告の判決が懲役13年に。 この判決の是非が話題になっています。 裁判で明らかにならなかった、虐待の本当の理由や、雄大と優里の関係などを調査しました。 それらのことから虐待の本当の理由を特定しました。 スポンサーリンク 判決の概要 東京・目黒区で、船戸結愛ちゃん 当時5 を虐待の末放置し、死亡させた罪などに問われた父親に対し、東京地裁は、懲役13年の判決を言い渡した。 結愛ちゃんの父親・船戸雄大被告 34 は、保護責任者遺棄致死の罪などに問われ、起訴内容をおおむね認めている。 これまでの裁判で雄大被告は、結愛ちゃんが「おねがいゆるしてください」とつづったメモについては、「わたしの機嫌をとるためだけに無理やり書かされて、そこが一番申し訳ないです」と述べていた。 検察側は懲役18年を求刑していたが、東京地裁は15日の判決で、「結愛ちゃんの身体的苦痛、苦しみ、悲しみ、絶望感は察するに余りある」と指摘、懲役13年を言い渡した。 出典; この判決が重いか軽いかは世間ではいろんな声があがっています。 などがあるのですが、船戸雄大の生い立ちを調べていくと、「違うんじゃない」と思われるものも結構あります。 そこで、船戸雄大の生い立ちを調べてみました。 船戸雄大の生い立ち 札幌の小学校時代ですが、背が高く、 バスケットボールが得意で人気ものでした。 万能感に満ちた少年時代のみなぎる自信は、「日本人初のNBA選手になる」と卒業文集にも刻まれていたようです。 出典; ただ、幼い頃の 父親から虐待を受けていて、頭部の骨が変形するほど暴力を受けていたようです。 そして、東京での大学時代。 大学でもバスケットボールのサークルに入っていたようです。 その サークルのリーダーで、世話焼きなまとめ役だったようです。 出典; 卒業後も東京に残り、2007年4月、通信関係の大企業に勤めるようになる。 ただ、仕事に飽きっぽく、すぐにやめてしまいます。 東京から札幌へ行き、キャバクラの黒服として働くが友人に呼ばれ、香川県高松市に移り住み、同じくキャバクラで黒服として勤務。 ここで、キャバ嬢として働く優里被告と出会う。 スポンサーリンク 優里との出会いと雄大の虐待の始まり バツイチで子持ちの優里被告ですが、実は猛烈にアプローチしたのは優里被告です。 2人の共通の友人によると、 「優里は雄大にベタぼれで、『ドストライク』だって言ってました。 彼女から猛アタックして付き合いがはじまったんです。 裁判でDVがあったといわれていた時期も、俺らから見ればすごく仲良くしてましたよ。 優里は雄大のことを大好きで仕方がないって感じで、雄大も亭主関白っぽく振る舞ってました」 引用; 雄大被告は 人1倍プライドが高く、リーダーシップもあり、大卒で自信家でした。 一方、優里被告は 優里は寂しがり屋で恋に溺れるタイプだったらしく、同僚の話ではキャバクラ店でも数人の黒服と関係を持っていたという。 シングルマザーとして地方で先の見えない暮らしをする孤独や不安があったのだろう。 周囲の友人もほとんど将来の見通しが立たない若い子持ちの女性たちだった。 引用; 2人は急速に親しくなり、妊娠をきっかけに結婚へ。 当時、雄大被告は結愛ちゃんをかわいがり、旅行へつれて行ったり、好きなものをプレゼントするなどして心からかわいがった。 はじめはうまくいっていたようです。 ただ、1つ雄大被告にはとてもつらいことがあったようです。 それは、 優里との結婚を母親に反対されてこと。 母親から、 「離婚歴のある女性との結婚は認めない。 連れ子(結愛ちゃん)だって父親が誰かもわからないじゃないの」 優里と結婚したら縁を切るくらいに責められたという。 引用; 雄大被告は信頼していた母親に反対されたことは大変ショックだったようです。 反対を押し切って優里と結婚し、そのことで、 理想的な家庭をつくることで母親を見返そうと考えたようです。 これが、虐待を引き起こす精神的なきっかけのようです。 さらに雄大被告には予想以上に、優里被告が頼りなく思えたようです。 彼女は社会経験がほとんどなく、生活や人間関係に関する常識に疎く、子育てについての認識 も欠如している。 そうなれば、自分がやらなければという強い思いがでてきたようです。 食品会社に勤めたころがこの写真です。 出典; 雄大被告は高い理想を掲げたことで、気がつかないうちに暴力を激しくさせていく。 香川県の児童相談所に2度保護されていますが、このときも 自分のしたことは教育だったと主張しています。 2017年12月、雄大被告は最初に1人で東京へ生き、優里は結愛ちゃんと長男をつれて1カ月遅れて東京に。 もし優里にDVや虐待の自覚があれば、この時点で逃げ出して、難を逃れていたのではないでしょうか? だが、優里はそれをせず、自ら東京へと。 故郷の香川を出たい理由もありました。 優里の方は、香川県の善通寺市で4人きょうだいの末っ子として生まれ育った。 兄や親族が逮捕されるなど、地域では肩身の狭い思いをして過ごしていた。 引用; 公判では、優里が逃げられなかった理由をDVの支配下にあったことが一因とされているが、2人の共通の友人の実感は異なり、 「優里は雄大から説教を受けていた時期も雄大が大好きでした。 支配されるとかそういうんじゃなかった。 うちの実家に遊びに来た時も雄大のことを本当に尊敬して、3歩下がってついていく雰囲気でした。 好きだって言ってましたしね。 優里はあまりに大きな恋愛感情を抱くあまり、雄大の言葉を全部鵜呑みにしてしまって、結果として言いなりになってしまったということじゃないでしょうか。 」 引用; 2018年1月、東京目黒区で船戸家4人の新生活がはじまります。 雄大被告がいない1か月の間に、 「結愛が香川に住んでいる1か月で太ってしまった。 『香川にいた時のしつけが水の泡になった』と雄大が言っていて、そこから雄大が厳しくなった」(優里被告) 出典; 食事を満足に与えないなど、しつけと称する悲惨な虐待が加速することに。 証人として出廷した医師は「暴力による身体的虐待があった。 飢餓状態でもあったと考えられる」と証言。 さらに1ヵ月で体重が4キロ以上減ったことは「2週間から20日、何も食べないのと同様の状態だった」と説明した。 引用; このような衰弱が激しい状態にもかかわらず、病院へ連れていかなかったのは、虐待の発覚を恐れたのでしょうか? この可能性もありますが、 ドラッグが関係あるようです。 母親に結婚を反対されたこと、優里被告が精神的に幼ないことから、自分がしなければという間違った使命感から、理想を追求するあまり、理想と現実のギャップで虐待を繰り返したのではないでしょうか? どんな理由でも許されることではありません。 出典;FNN こんな幼い子の命を奪って許されるはずがないですよね。 この結愛ちゃんはノートを残していましたね。 自宅からは結愛ちゃんが平仮名で「 きょうよりも あしたは もっとできるようにするから、おねがいゆるして、ゆるしてください」などと書かれたノートも見つかったという。 引用; とても、切なくて涙がでてきますね。 ネットの反応 この判決が虐待への抑止力になると本気で思ってるなら頭おめでたすぎる。 「こんだけの虐待して殺しても13年で出てこれるとかちょろいぜ」 って思うに決まってんだろ。 どう見ても人の所業とは思えないような虐待して殺しても13年よ。 船戸雄大を厳罰したいのは本心だがここで判例を厳しくして虐待親の抑止力にしたいのが市民感情なんですよ!弁護士さん! — 颯馬 babyilovey11221 船戸雄大の生い立ちがまとめられている。 外面がとてもよく、みんなの輪の中心にいる存在だったらしいけど、実はかなり無理のあるキャラを演じていて、その反動で密室内での虐待に依存していったのではないか。 — 仙田学(女装小説家) sendamanabu 懲役13年てバカなの? 16年でも相当短いと思ってたのに本当にひどい判決下すのね。 30超えた大人の頭脳で虐待を楽しんでたんだから、ムリに決まってるじゃん。 また親になろうと思ったらどうするの?本当に13年で反省出来るの?ゆあちゃんと同じような生活を13年間送らせたら? 船戸雄大 船戸優里 — の QvR1B6C5GAICb6C 裁判の判決が軽すぎるなら、私たちにできることは、毎年3月2日のゆあちゃんの命日に、船戸雄大と船戸優里の名前を挙げて事件を風化させないことなのかも。 — こまごま komakomaS 船戸雄大の判決が懲役13年と知り仕事が手につかなくなった。 優里が8年だったし、求刑は18年だったから、まさかこんなに短くなるとは思ってもみなかった。 やっぱり保護責任者遺棄致死罪じゃだめだ。 虐待致死罪を新設してほしい。 判決が短いという意見が圧倒的に多いですね。 子どもの無念な気持を思いととても耐えられない事件ですよね。 そして、優里被告は懲役8年を不服として、控訴しています。 まさか、雄大被告も控訴したりしないでしょうね。 そんなことすれば、結愛ちゃんが全くうかばれませんよね。 スポンサーリンク.

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「父vs母 法廷で対決」船戸結愛ちゃん虐待死裁判…優里被告が雄大被告に決別告げる

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10月1日、目黒5歳女児虐待死事件の父親の初公判が開かれました。 東京都目黒区で昨年3月、当時5歳だった船戸結愛 ふなとゆあ ちゃんを虐待し、死なせたとして、 保護責任者遺棄致死や傷害などの罪に問われた父親の船戸雄大被告は、初公判で起訴内容の大筋を認めました。 父親の弁護側は、雄大被告には、理想の家庭があったこと、理想の子どもにしたいと思っていた、 父親になりたいという気持ちがあり、前夫との子が邪魔であるとか、憎たらしいから 虐待したのではない、と主張しました。 しかし、その主張の中からは、むしろ雄大被告が 虐待をエスカレートさせてゆく心理状態にあったことが見えてきます。 父親は虐待をエスカレートさせる心理状態にあった 雄大被告は、理想の家庭像を持ち、結愛ちゃんを理想の子どもにしたかったのだ、 と弁護側は主張していました。 理想の家庭像を持つことは決して悪い事ではありません。 ですが、理想を完璧に実現しようとするのはとても難しいことで、 実現出来ないことこそ、当然なのだと現実の中で受け入れていくことが必要です。 雄大被告には、その受け入れが出来なかったことが、弁護側の言い分から見えてきます。 「理想の子どもにしたい」という思いは、虐待につながるリスク要因です。 子どもが自分の思い通りにならないことが許せない、と感じてしまうからです。 言うことをきちんと聞かない、子どもが悪いのだ、だからもっと厳しくしなくては、とも考えてしまうからです。 雄大被告が結愛ちゃんに対して、そう思っていたのは、結愛ちゃんの反省文から明らかです。 「もうパパとママにいわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりも もっともっと あしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします これまでどれだけあほみたいにあそぶって あほみたいだからやめるので もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします あしたのあさはぜったいにやるんだとおもって いっしょうけんめいやる やるぞ」 結愛ちゃん反省文より 理想の子どもにしたい。 その親の思いは、エゴであり、押し付けでしかありません。 ですが、その思いが強いと、親は子どもへの暴力を「しつけのため」と考え、 虐待を正当化するようになりリスクがあるのです。 自分はこの子を「良い子」にするためにやっている。 それなのに言うことを聞かないこの子が悪い。 親がそう思うようになり、虐待がエスカレートしてしまうのです。 ですが、親は子どものためにやっている、と思っているので、 自分の行動を正当化し続けます。 雄大被告も、この心理状態にあったと考えられます。 結愛ちゃんの体重をコントロールしようとしたのも、 ひらがなの練習や九九をやらせたのも、運動をさせたのも、 雄大被告は結愛ちゃんのため、と考えていたのでしょう。 だから結愛ちゃんが苦しんでいるのを無視し続けたのです。 自分が正しいと思っていたからです。 最近、知られるようになってきた「教育虐待」の親の心理にも共通しています。 名古屋で、子どもを自分と同じ学校に入れる為に教育虐待をした父親が 子どもを刺殺してしまった事件を記憶されている方もいらっしゃると思います。 親のエゴと「子どものため」という押し付けが、虐待につながるのです。 児童相談所の指導を理解していない また、弁護側の主張の中で、雄大被告は、児童相談所に、 「実の親ではない」と言われ、拒絶反応があった、とありました。 「実の親ではない」と児童相談所は言ったかもしれません。 ですが、児童相談所は、「実の親ではない」という理由だけで子どもを保護することはありません。 雄大被告に一時保護の理由を説明しているはずです。 暴力は虐待である、やってはいけないことだ、と伝えているはずです。 それなのに、雄大被告には「実の親ではない」という言葉しか残っていない。 つまり、それは自分の何が悪くて、何を変えなくてはならないのか、 その指導を理解していない、ということです。 雄大被告は、児童相談所に結愛ちゃんを保護されても、 自分のやっていることが虐待であると理解していなかったということになります。 だから虐待が繰り返されたのではないでしょうか。 雄大被告が自分の行動を正当化していた、 正しい子育てをしている、と思っていたからだと考えられます。 公判はまだ続きます。 今後も公判に合わせて雄大被告の心理状態を分析し続けたいと思います。

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