(質問):浄土真宗で大事なお経は何ですか? (解答) 「で大事なお経」と言われると、よく法事やお盆の時に読まれる「 帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい)」で始まる (しょうしんげ)を思い浮かべる方もあると思います。 正信偈も漢字ばかりで書かれているからです。 しかし実は、 正信偈はお経ではないのです。 お経とは、 の教えを書かれたものだけを言います。 正信偈はの書かれたものですから、ではありません。 正信偈についてお知りになりたい方は、こちらで説明しています。 『 大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)』• 『 観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』• 『 阿弥陀経(あみだきょう)』 の3つです。 これを 浄土三部経(じょうどさんぶきょう)といいます。 浄土三部経には、 (あみだぶつ)のことが集中的に説かれています。 なぜ阿弥陀仏のことを集中的に説かれたを大事にするのかは、こちらの記事をお読みください。 (教行信証) と言われています。 「真実の教」とは真実の教え、真実の経ということで、 真実の教とは、 お釈迦さまの本心が説かれている経典という意味です。 7000巻余りのの中で お釈迦さまの本心が説かれているのは、 『大無量寿経』ただひとつであると、は断言されています。 (質問):『大無量寿経』はどんなお経ですか? (解答) の中で唯一、お釈迦さまの本心が説かれていると言われる『大無量寿経』とはどんなお経なのでしょうか。 『大無量寿経』は、略して「 大経(だいきょう)」とも言われ、上下二巻に分かれています。 『大無量寿経』には、 が説かれています。 は 「私がこの世に生まれてきた目的は、を説いて、人々を本当の幸せに導くためなのだ」 「が説かれている『大無量寿経』は未来永遠に残り、多くの人を幸せにするであろう」 とおっしゃっています。 (根拠) 如来、無蓋の大悲を以て三界の矜哀す、世に出興する所以は道教を光闡し、 群萌を拯い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり。 (大無量寿経上巻) 当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲を以て哀愍し、 特にこの経を留めて止住すること百歳せん。 (大無量寿経下巻) このようなことが書かれているは、他にはありません。 (質問):『観無量寿経』はどんなお経ですか? (解答) 『 観無量寿経』は、略して「 観経(かんぎょう)」ともいわれます。 「王舎城(おうしゃじょう)の悲劇」で有名な、韋提希(いだいけ)夫人へのご説法が記されています。 王舎城の悲劇とはお釈迦さまの時代にあった実話です。 王舎城を首都としていたマガダ国の王・ビンバシャラ王の妃に韋提希(いだいけ)という女性がいました。 王妃として美貌と地位に恵まれていた韋提希夫人でしたが、ある時暴虐な我が子、阿闍世(あじゃせ)太子によって牢獄に閉じ込められてしまいます。 この時お釈迦さまは王舎城の近くの霊鷲山(りょうじゅせん)という山で、「このたびは特に大事な話をしよう」とおっしゃって、大衆を前に『法華経(ほっけきょう)』の説法をしておられました。 しかし、我が子のために牢獄に入れられて苦しむ韋提希夫人の救いを求める声に、 『法華経』の説法を中断して、韋提希夫人の元に行き を説かれたのでした。 お釈迦さまのご説法を聞いた韋提希夫人は、苦しみから解放され、暗い人生が明るい人生にガラリと変わりました。 (質問):『阿弥陀経』はどんなお経ですか? (解答) 『大無量寿経』を「大経(だいきょう)」というのに対して、『 』を「 小経(しょうきょう)」ともいわれます。 『』には、 阿弥陀仏と極楽浄土の様子が詳しく説かれています。 「シャーリーホー、シャーリーホー」と何度も出てくるのが特徴のお経ですので、の方で、葬式や法事で聞かれたことがある方はピンと来るかもしれません。 お経は普通、誰かの質問に答えられる形で説かれていますが、『』だけは「 無問自説の経(むもんじせつのきょう)」といわれ、お釈迦さまの問わず語りの説かれた大変珍しいお経です。 『阿弥陀経』について、詳しくお知りになりたい方は、こちらへ(上級編です) 浄土三部経に説かれていることを、親鸞聖人は『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』に明らかにされています。 まとめ で特に大事にされるお経は 『 大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)』 『 観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』 『 阿弥陀経(あみだきょう)』 の3つです。 これらのお経にはのことが集中的に説かれています。 その中でもはの本心が説かれているのは 大無量寿経だけだとおっしゃっています。 メール講座のご案内 今なら仏教界でも評価の高い浄土真宗の月刊誌『とどろき』の内容をメールでお送りします。 メールですので場所も取らず、毎日少しの時間で学ぶことができます。 さらに今ならとどろきの内容のPDFデータを登録後のページで無料配布しています。 毎月先着100名様の限定です。 (メール講座はいつでも解除できます) サンプルPDFをこちらから閲覧できます。 登録は こちらから 仏教がやさしく分かる 冊子と解説CDプレゼント 「仏教を学んでみたい」と思われたあなたへ。 受講者20万人を突破した仏教講座が、自分のペースで繰返し学べる6回完結型の仏教通信コースとなりました。 今なら、無料体験版「お釈迦さまってどんな方?」をまとめた冊子と解説CDをプレゼント中。 無料プレゼント! 応募は こちらから.
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(質問):浄土真宗で大事なお経は何ですか? (解答) 「で大事なお経」と言われると、よく法事やお盆の時に読まれる「 帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい)」で始まる (しょうしんげ)を思い浮かべる方もあると思います。 正信偈も漢字ばかりで書かれているからです。 しかし実は、 正信偈はお経ではないのです。 お経とは、 の教えを書かれたものだけを言います。 正信偈はの書かれたものですから、ではありません。 正信偈についてお知りになりたい方は、こちらで説明しています。 『 大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)』• 『 観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』• 『 阿弥陀経(あみだきょう)』 の3つです。 これを 浄土三部経(じょうどさんぶきょう)といいます。 浄土三部経には、 (あみだぶつ)のことが集中的に説かれています。 なぜ阿弥陀仏のことを集中的に説かれたを大事にするのかは、こちらの記事をお読みください。 (教行信証) と言われています。 「真実の教」とは真実の教え、真実の経ということで、 真実の教とは、 お釈迦さまの本心が説かれている経典という意味です。 7000巻余りのの中で お釈迦さまの本心が説かれているのは、 『大無量寿経』ただひとつであると、は断言されています。 (質問):『大無量寿経』はどんなお経ですか? (解答) の中で唯一、お釈迦さまの本心が説かれていると言われる『大無量寿経』とはどんなお経なのでしょうか。 『大無量寿経』は、略して「 大経(だいきょう)」とも言われ、上下二巻に分かれています。 『大無量寿経』には、 が説かれています。 は 「私がこの世に生まれてきた目的は、を説いて、人々を本当の幸せに導くためなのだ」 「が説かれている『大無量寿経』は未来永遠に残り、多くの人を幸せにするであろう」 とおっしゃっています。 (根拠) 如来、無蓋の大悲を以て三界の矜哀す、世に出興する所以は道教を光闡し、 群萌を拯い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり。 (大無量寿経上巻) 当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲を以て哀愍し、 特にこの経を留めて止住すること百歳せん。 (大無量寿経下巻) このようなことが書かれているは、他にはありません。 (質問):『観無量寿経』はどんなお経ですか? (解答) 『 観無量寿経』は、略して「 観経(かんぎょう)」ともいわれます。 「王舎城(おうしゃじょう)の悲劇」で有名な、韋提希(いだいけ)夫人へのご説法が記されています。 王舎城の悲劇とはお釈迦さまの時代にあった実話です。 王舎城を首都としていたマガダ国の王・ビンバシャラ王の妃に韋提希(いだいけ)という女性がいました。 王妃として美貌と地位に恵まれていた韋提希夫人でしたが、ある時暴虐な我が子、阿闍世(あじゃせ)太子によって牢獄に閉じ込められてしまいます。 この時お釈迦さまは王舎城の近くの霊鷲山(りょうじゅせん)という山で、「このたびは特に大事な話をしよう」とおっしゃって、大衆を前に『法華経(ほっけきょう)』の説法をしておられました。 しかし、我が子のために牢獄に入れられて苦しむ韋提希夫人の救いを求める声に、 『法華経』の説法を中断して、韋提希夫人の元に行き を説かれたのでした。 お釈迦さまのご説法を聞いた韋提希夫人は、苦しみから解放され、暗い人生が明るい人生にガラリと変わりました。 (質問):『阿弥陀経』はどんなお経ですか? (解答) 『大無量寿経』を「大経(だいきょう)」というのに対して、『 』を「 小経(しょうきょう)」ともいわれます。 『』には、 阿弥陀仏と極楽浄土の様子が詳しく説かれています。 「シャーリーホー、シャーリーホー」と何度も出てくるのが特徴のお経ですので、の方で、葬式や法事で聞かれたことがある方はピンと来るかもしれません。 お経は普通、誰かの質問に答えられる形で説かれていますが、『』だけは「 無問自説の経(むもんじせつのきょう)」といわれ、お釈迦さまの問わず語りの説かれた大変珍しいお経です。 『阿弥陀経』について、詳しくお知りになりたい方は、こちらへ(上級編です) 浄土三部経に説かれていることを、親鸞聖人は『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』に明らかにされています。 まとめ で特に大事にされるお経は 『 大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)』 『 観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』 『 阿弥陀経(あみだきょう)』 の3つです。 これらのお経にはのことが集中的に説かれています。 その中でもはの本心が説かれているのは 大無量寿経だけだとおっしゃっています。 メール講座のご案内 今なら仏教界でも評価の高い浄土真宗の月刊誌『とどろき』の内容をメールでお送りします。 メールですので場所も取らず、毎日少しの時間で学ぶことができます。 さらに今ならとどろきの内容のPDFデータを登録後のページで無料配布しています。 毎月先着100名様の限定です。 (メール講座はいつでも解除できます) サンプルPDFをこちらから閲覧できます。 登録は こちらから 仏教がやさしく分かる 冊子と解説CDプレゼント 「仏教を学んでみたい」と思われたあなたへ。 受講者20万人を突破した仏教講座が、自分のペースで繰返し学べる6回完結型の仏教通信コースとなりました。 今なら、無料体験版「お釈迦さまってどんな方?」をまとめた冊子と解説CDをプレゼント中。 無料プレゼント! 応募は こちらから.
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先日、山口南組の連続研修会で、あるお寺の御門徒さんが、浄土三部経についてご質問されました。 それは、次のようなご質問でした。 「昔のご法事では、よく前の日からご住職が来られて、浄土三部経をお勤めされていたことがありました。 最近は、あまりご法事で、浄土三部経をお勤めするということを聞かないのですが、やはり、五十回忌までのどこかの年回忌では、お勤めしてもらった方がよろしいのでしょうか?」 これに対して、御講師の先生のお答えは、次のようなことでした。 「浄土真宗の正式な経典は、『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』の三つの経典です。 この三つの経典をまとめて『浄土三部経』といいます。 この『浄土三部経』のお心を頂くのが、正式なご法要の形ですが、『仏説無量寿経』だけでも、お勤めするのに、最低二時間はかかります。 ですから、昔は、二日間かけてご法事をお勤めしていました。 今は、誰もが忙しい時代になりました。 『仏説阿弥陀経』か『正信念仏偈』だけをお勤めされているお寺様が、ほとんどかと思います。 しかし、『浄土三部経』を頂きたいという思いは、尊いことですので、一度、お手次ぎの御住職にご相談されてみてはいかがでしょうか?」 この研修会が終わった後、このご質問について、山口南組の御住職方と雑談を交わしました。 どこのお寺でも、最近は、『浄土三部経』をお勤めしてくださいというお願いは、全くなくなったということでしたが、七十歳代の御住職方が若い時には、時々ご依頼があったということでした。 やはり、その時は、前の日から御門徒宅に伺い、二日がかりでご法事をお勤めしていたそうです。 そんな雑談の中、あるお寺の七十歳代の前御住職が、次のようなことを教えてくださいました。 「私が若い頃、今は御往生された組内の御住職が、よくおっしゃっておられました。 それは、ご法事で『浄土三部経』のお勤めを依頼された時は、その御門徒宅の仏間の畳を、全て新しく張り替えてもらうようにお願いしているということでした。 『浄土三部経』を頂くというのは、最初から最後まで、お釈迦様から、阿弥陀如来のお慈悲を聞かせていただくということです。 お釈迦様から、正式にお説教を頂くのですから、場所も身形も環境を綺麗に整えないともったいないとのことでした。 本来のご法事というのは、それほどの心持ちでお迎えしないといけないものなのでしょうね。 」 仏法に対する、妥協のない厳しい態度に、はっとさせられたことでした。 お経というのは、お釈迦様のお説教なのです。 ですから、そのお経を頂くご法事というのも、お釈迦様から、阿弥陀如来のお慈悲を聞かせていただくご縁の場ということになります。 故人は、私達に、お釈迦様のお説教を聞かせてくださる尊いお導きをくださったのです。 浄土真宗では、僧侶がお説教させていただくことを「お取次ぎ」といいます。 これは、僧侶が直接、自分の考えをお説教するのではなく、お釈迦様のお説教を取り次いでいるのが、僧侶によるお説教だからです。 僧侶の考えを聞かせていただくのと、お釈迦様のお説教を聞かせていただくのとでは、心持ちに大きな違いがあります。 凡夫である僧侶の考えは、凡夫の話です。 迷い多き凡夫の話を聞くのが、ご法事ではありません。 仏様のお説教を聞かせていただくから、法の事なのです。 仏様のお説教を聞かせていただくのなら、一つ一つ、頭を下げて丁寧にお迎えさせていただかなければなりません。 また、僧侶自身も、丁寧にお迎えされるお姿の中に、仏様のお心をお取次ぎさせていただく責任の重大さを感じていくのではないでしょうか。 ご法事をお迎えする御門徒とお取次ぎする僧侶と、双方ともに、仏様の直々のお説教を聞かせていただく場という静粛さを持つことが、ご法事では大切なことなのでしょう。 ついつい、世間の事と同じようにご法事のことも扱ってしまう私達です。 ご法事を文字通り、仏法の事として、お迎えされていた先人の方々のお姿に学ばせていただきましょう。 2015年12月1日 投稿ナビゲーション.
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