本作はファッションデザイナーのトム・フォードの監督第二作。 アメリカの作家オースティン・ライト(1922 — 2003)が1993年に発表した小説『ノクターナル・アニマルズ』(映画公開に合わせて日本で2017年に再販されたさいの邦題。 フォードの一作目『シングルマン』がとても良かったので、本作も期待していたのですが、想定以上のものを食らいました。 まず、デヴィッド・リンチを彷彿させる、シュールレアリスティックかつグロテスクなオープニングシーン。 はじめ自分が今なにを見つめているのか認識が追いつかず、美醜の価値判断に混乱をきたすくらい、ぶっ飛ばされました。 物語は入れ子構造になっています。 大枠は、中年女性スーザン(エイミー・アダムス)をめぐる現状。 彼女が別れた夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から小説の原稿を読んで欲しいと手紙をもらい、小説を読み進めます。 劇中劇として、スーザンが読むエドワードの小説〈ノクターナル・アニマルズ〉(「夜行性の獣たち」の意)の物語。 くわえてスーザンが小説を読むことで、記憶を刺激され、蘇る過去。 それら三つの物語が錯綜し、からみ合いながら進みます。 エドワードの小説で描かれるのは、登場人物トニー(ギレンホールが二役)の受難。 トニーは良識や常識が通用し、法やモラルが支配する、いわば日が射す世界に暮らす、善良な男。 そんな昼の世界の住人が、良識や常識は顧みられず、法やモラルもおよばない、野蛮で暴力的な夜の世界に引きづり込まれたとき、いかに脆く無力なのか。 生々しくあぶりだされます。 とくにトニーの前半パートは、近年のどのホラー映画でも味わったことのない恐怖を覚えました。 劇場公開時に騒がれていた危険運転を連想させることもあり、自分がいつ襲われてもおかしくない悪意をまざまざと見せつけられたようで、心の底から動揺しました。 じつは残虐でショッキングな描写はほほ直接的には描かれてないにもかかわらず、しかもスーザンが頭のなかで小説をイメージしているだけという体裁をとっているにもかかわらず、不快な緊張感と不吉な予感だけで、あれだけの恐怖と不安を煽ることができる映画監督としてのフォードの演出力には感服します。 自分たちが信じている世界のルールといったものは、絶対的かつ確固として存在しているわけでなく、みんながルールを共有してくれるだろうという漠然とした共同幻想を前提にしているにすぎない。 しかもルールというのは必ずしも公正ではなく、それを遵守する人をつねに守ってくれるとはかぎらない。 けれど自らひとたびルールの外にはみだしてしまえば、その保護を受けることもできない。 自分が誰かに危害を与えることを許すのは、自分が誰かに危害を与えられることを認めてしまうのと同義だからです。 トニーの物語はそんなジレンマを鋭利に突きつけます。 本作の非凡さはそこで終わらないところ。 劇中の小説〈ノクターナル・アニマルズ〉は、トニーが「夜行性の獣たち」に痛ましく傷つけられ決定的に損なわれていく物語を語りかけることで、「読み手=スーザン=観客」にトニーに対する共感と同化を促し、「獣たち」に憎みの刃を向けるよう仕向けます。 ところが小説を読み終えると一転し、今度はその「読み手」に「自分こそが残忍な獣ではないのか」「自分に都合の悪い記憶を忘却していたのではないか」と疑念を抱かせ、自分自身に刃を向けるよう誘導します。 作者エドワードと登場人物トニーが同じ俳優が演じている点で、そのメッセージの意図は強化されています。 若いころはさほど自覚しないのですが、歳を重ねることで意識のうえに浮上し、あつかいに困るのは、「人から傷つけられた痛み」よりも「人を傷つけてしまったことによる痛み」。 「人から傷つけられた痛み」はたとえつらくとも、そして解消されなくとも、怒りや憎しみの矛先を誰かに向けられます。 しかしながら「人を傷つけてしまったことによる痛み」は、その矛先を自分に向けなければなりません。 自分がしでかした愚かで浅はかな言動を直視するのは、なによりたえがたい。 本作は卓越したストーリーテリングによって、そんな隠しておきたい醜い傷跡を深くえぐります。 人を傷つけた者の傲慢さ、無神経さ、無自覚さ。 評者は主人公スーザンに強く同化して観てしまったため、そうした彼女のふるまいを自分自身の忌まわしい古傷であるかのように見つめてしまい、鑑賞後しばらく抜け殻のような状態になりました。 原作とは大筋では同じですが、ややニュアンスが違うところもいくつか。 映画では原作より、スーザンの加害性と元夫エドワードの被害性がはっきりと際立っていること。 人間に対して距離をとったアイロニカルかつシニカルな観察眼、メタ小説(暴力を読書=エンタメとして消費してしまうことへの疑義といった読書論等)の要素が薄められて、もっと感情移入しやすいドラマにされていること。 保守的な価値観による教育、ゲイをめぐる環境、自分が嫌悪する親の性格を受け継いだことへの絶望、ブルジョア的生活へのアンビバレンス、ミドルエイジクライスなど。 それら映画のなかで強調されたり追加された要素を考えると、監督フォード自身が自らを重ねながら本作を撮ったのでしょう。 ビジュアル面でも、どのショットを切り取っても耽美的。 ファッションと美術がすばらしく、ゴージャスでエレガント。 エンドロールを見るかぎり、協力しているブランドも超一流ばかり。 劇中に使われるアート作品も想像力をかきたててくれます(フォード自身の所有作品もあれば、わざわざ本作のためにつくった映画オリジナル作品もあるそう)。 眼福でした。 オバさん二人の揺れる大量脂肪をアーティスティックにカメラが捉えた幕開け、流石は本業が服飾デザイナーであるトム・フォード二本目の監督作、摑みが半端じゃない。 第一作『シングルマン』に続き、しっかりしたミステリー小説の映画化。 ギャラリーの遣り手経営者スーザンの許へ、前夫エドワードが書いた『ノクターナル・アニマルズ』という小説が送られて来る。 そこから蘇るスーザンとエドワードの辛い過去、暴力的な小説世界、経済的には豊かなのにしっくり来ない現夫ハットンとの生活という三つのストーリーが入れ替わり立ち替わりになる面倒臭え、いや、凝った構成。 エドワードは物語内で暴漢どもに妻を殺させ、実生活では小説を上梓することにより自らの才能を否定したスーザンを二重に殺している訳であり、それらにより復讐を果たしたと言うより、日常生活におけるパートナーとの価値観共有、短期的経済安定より優先すべきもっと大切なものの存在、夫婦間の真の信頼とは何か等を考えさせられる。 タイトルは小説中に現れる三人の男たちと、先行き視えない暗い夜のような日々を本能のまま彷徨う夫婦そのものという二重の意味が掛けてある。 しかし、オープニングがあまりにも強烈過ぎて、中盤もそれを超え得ず、ラストは尻窄みの感を拭えないのが残念。 window. head e. getElementsByTagName "head" [0] e. createElement "script" ;d. onload ;c. insertBefore d,c. ssl-images-amazon. tags. indexOf "usesAppStartTime" b. transition. type?! transition. u :l ;a. previousSibling e. nodeName;1! getAttribute return a. getAttribute k? getAttribute k :f a. left 0,y:C. top 0,w:C. width 0,h:C. width 0,h:h. getAttribute y ,w:a. w,h:a. h,d:a. d, x:a. x,y:a. y,t:b,k:"ewi",cl:a. f e. x,g. y,g. w,g. h,g. getAttribute y ,w:a. w,h:a. h,d:a. d,x:a. x,y:a. getElementsByClassName b. c :b. getElementById b. id ]:h. querySelectorAll b. s ;b. t-s[c-1]. pop ;B.
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出典:billyfiles. blogspot. しかし高校卒業後にバレリーナとしての夢を断念し、GAPの店員やフーターズのウェイトレスなどをしていた。 その後エンターテイメント・レストランでダンサーとして働くようになる。 出典:ウィキペディアフリー百科事典 まずはエイミー・アダムスの年齢ですが、プロフィールにある通り 42歳! 全然見えませんよね!! エイミー・アダムスの美の秘訣を伝授していただきたい!(笑) そして意外だったのがエイミー・アダムスの身長! 出典:hpplus. jp なんと、 163cmしかないみたいです!! エイミー・アダムスのイメージと全然違うー!! エイミー・アダムス本人からしたら、身長のイメージなんてあなたの勝手でしょ!となるかもしれませんが(笑) 身長170cmくらいあるだろうなーと思っていたので、ほんと意外でした。 同じく困難なミッションに仲間として挑む 物理学教授 イアン・ドネリーを ジェレミー・レナー が演じています。 といったところからストーリーが始まります。 というのが続編の内容になるとのこと。 unext. ある日、スミソニアン博物館の展示物から、助けを求める電話が舞いこむ。 何と、世界征服を企むエジプト王ファラオが、歴史上の有名戦士たちを率いて戦いを始めようとしているとのことだっだ。 出典:cinematoday.
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コメディエンヌ(女性コメディアン)のエイミー・シューマー(36)が、電撃婚をひっさげてご登場 日本での知名度が分かりませぬが、私が好きなコメディアンのうちの1人でもあるエイミー・シューマー。 2017年、最も稼いだコメディアン・ランキングの堂々5位。 女性でトップ10入りをしたのは、エイミー・シューマーのみ、という快挙でした。 映画『トレインレック』の女優業も大成功でしたねー。 それはさておき、2月13日に、シェフのクリス・フィッシャー氏(37)と結婚したという写真を木曜日になり公開したエイミー。 と言っても、参列者はジェニファー・アニストン、ジェニファー・ローレンス、ジェイク・ギレンホールなど、セレブも多数いたようで、豪華っちゃ豪華? ちなみに、エイミー・シューマーは自称尻軽女子として、自分のプライベートやら、男運のなさをネタにしてきたわけですが、 2015年に、出会い系サイトで知りあったベン・ハーニッシュと1年半交際し、ラブラブ&交際も順調で世間を驚かせていたものの、去年5月に破局 11月にクリスとのツーショットを目撃されたエイミー、交際わずか数ヶ月での、電撃結婚となったわけでございます。 あまりに早い展開に、妊娠しているのでは?との憶測がながれておりますが、エイミー・シューマー本人がツイッターできっぱり否定。 またファンからの贈り物をお断りし、代わりに、ちょうど自分の結婚式の翌日に起きた、フロリダの高校の、元生徒による銃乱射事件の被害者への、寄付を呼びかけました。 ちなみにSNSでの反応は冷たく、 「今度はいつまで続くの?」とか、「来年には離婚のニュースが出てるわね」といった声が多数 なにはともあれお幸せに… ということで本日の英語表現は tie the knot。 直訳だと結び目を作る、ですが、2本の紐を結びつけるという意味で、結婚するという表現です。
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