この記事の概要• 漫画「ルパン三世」の最終回は全員爆死!?• そのくらい誰もが知っている人気作品ですよね。 いちお紹介しておきます! 漫画雑誌『漫画アクション』にて、1967年から「ルパン三世」は連載されました。 jp ちなみに作者のモンキーパンチ自身が描いた、いわゆる"原作版"「ルパン三世」は全部で8シリーズあります。 モンキーパンチが描いてない、派生版「ルパン三世」は11シリーズもあるよ! 原作版「ルパン三世」シリーズ• ルパン三世(1967~1969)• ルパン三世外伝{一話完結}(1970)• ルパン三世 新冒険(1971~1972)• 新ルパン三世(1977~1981)• SEXYルパンIII{短期連載}(1984)• 新ルパン三世・女だけの刑ム所{一話完結}(1985)• ルパン三世の英会話作戦 キーポイントを盗め(1985)• ルパン三世・ALIS PLAUDO{一話完結}(1994) 意外とモンキーパンチ自身が描いた「ルパン三世」って少ないんですよね。 しかもほとんどが{一話完結}だったり、短い連載期間なんですね。
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宮崎駿監督は、新ルパン三世という企画そのものに反対だった。 「新ルパン」が始まるというときも「やらないか」という話があったんです。 そのときの大塚さんから「新ルパン」をするかどうかの相談を受けたりもしたんですが、ぼくは「もうルパンでもないよ」などと返事をしていたんです。 それに、実際に放映された新ルパンを見て、怒りを感じた。 「どんなドタバタでも、何か思い入れのタネがどこかにかくされた核としてないと、やっちゃいけないことも平気でやりだしてしまう。 銃で何でも始末をつけようとする男でも、こういうときには絶対撃たないんだということが、作る側にはっきりわかってないとただの機械みたいになってしまうんですね。 その後、映画「カリオストロの城」をやることになったとき、自分自身の実年齢の増加にあわせて、もう一度ルパン像を考え直し、ルパンの年齢も大幅に引き上げることにした。 更に声優の全交換まで提案したという。 さて、結局、宮崎監督は、新ルパンでは145話「死の翼アルバトロス」と、155話「さらば愛しきルパンよ」を監督することになるのだが、もともと新ルパンの企画を批判し、参加も断わった経緯もあるため、様々な思いがよぎり、自分の名前を使う気持ちになれなかった。 そのため、「宮崎駿」という名前すら出さず、会社のテレコムをもじり、照樹務というペンネームを使うことにした。 なぜ、自分の名前を使わなかったのか? 詳しくは、「ルパンは時代に取り残された」を参照してほしいが、そこでは、宮崎監督の様々な思いが書かれている。 「むかしのルパンは人殺しはしませんでした。 ところがいまのルパンは目標がないから、人間がマトなんです。 世の中といっしょになって複雑怪奇な殺戮をくり返していますよ。 「複雑怪奇な殺戮を繰り返し」ている「いまのルパン」を「ほんとうに好きならとうに描くのをやめるべき」というのが、新ルパンに対する宮崎監督の見解だったのである。 (注:最初のルパンシリーズでも前半は平気で人を殺す金持ちの遊び人だったのだが、宮崎監督は自分が製作に関わった後半でキャラ設定を大きく変更し、情熱的で人を殺さない貧乏人の(?)ルパン像というイメージに近づけようとした経緯があった) そこで、宮崎監督は、自分が作ることになった新ルパン145話でも155話でも、自分の主張を取り込んだ。 そこでルパンがやろうとしているのは、戦争をはじめとする悲惨な現実において、世界の平和のために、誰も(敵も含め)殺すことなく徒手空拳で戦い続けることであった。 ・敵は武器商人や軍需産業、国家権力などで原爆やロボット、戦車などを使おうとする=複雑怪奇な殺戮を繰り返す世の中の象徴 そのような「新しい」ルパン像をうちたてることで、悲惨で殺伐とした世の中にも、その世の中同様に殺戮を繰り返す新ルパンにも、立ち向かおうとしたのだ。 (このテーマを象徴するのが、145話の題名「死の翼アルバトロス」であり、155話の原題「泥棒は平和を愛す」である。 ) (参考:テーマを象徴するセリフ) 145話「ドロボーはウソはつかねぇ」 155話(戦車に対し)「つきあってらんねぇ」 また、後に宮崎駿監督はこうも言っている。 「もし、ルパンのシリーズの第3弾目をやるとしたら、僕は、徹底的に正義の味方として描きますね。 正義の味方って言っても、今、世の中にひしめき始めているスケールの大きな犯罪を相手にする・・・。 」 新ルパンにおける宮崎作品は、2作ともこの路線の先取りであることがわかるだろう。 とくに、155話「さらば愛しきルパンよ」においては、宮崎監督は自分のテーマを極限まで徹底させた。 ・ロボット兵のラムダのほかに、国家権力側の戦車も出すことで、殺戮とした世の中を表現している。 テーマを追求するため、本当はラムダを100匹出した映画版を作りたかったようだ。 ・ルパンは、ワルサーも持たず、クルマに乗らないどころか、一般人と一緒に普通の満員電車に乗っている。 それに比較して、人間をマトにすることに躊躇しないニセルパン。 このニセルパンは、実は、単なるニセモノではなく、宮崎監督にとっては、これまでの、人を殺す新ルパンシリーズそのものだった。 「もうこれ以上、ルパンとかかわることはないだろうと思い、いままでのルパンは全部ニセモノだたというようなトッピな話にしたんですが、かえってヒンシュクを買ってしまいました。 」(講演「ルパン三世とのかかわり」より抜粋) つまり、「さらば愛しきルパンよ」のラストに込められていた意味は、これまでの新ルパン154話分は、全てニセモノで、本当のルパンは初めてここで登場したということだった! このとき登場したホンモノのルパンは、他では2度と見られないほど厳しい表情をしている。 これは、クラリスや小山田マキに対する優しい表情と表裏一体である。 つまり、新ルパンというニセルパンの物語ではなく、宮崎監督が考える 「ホンモノのルパン」なのである。 3年間にわたり、視聴者を楽しませた新ルパンは実は全てニセモノであった・・殺伐とした現代における本当のルパンは、平和を愛し、ワルサーも使わず、人殺しもしない・・ 宮崎駿監督が、最後にしかけた、ルパン最大のトリックである。 そして、同時に、これが、宮崎監督が愛したルパンへの訣別宣言でもあった。 最終回の「さらば愛しきルパンよ」という題名には、「ほんとうに好きならとうに描くのをやめるべき」という宮崎監督の愛情と意志が込 められている。 もっとも、このような形で新ルパン三世を全否定したことにについては、後に激しく後悔したようだ。 「ルパン達だけでやれたと思うんです。 ホントに・・。 ニセルパン出さなくても、できたんです。 でも、なんか、今までやってきて・・こう・・『クソーッ』って思ってた部分がね、それでつい、ああいう馬鹿な事やってしまったんです。 よくなかったと思ってる」(LUPIN THE THIRD VOL2より抜粋) これ以降、宮崎監督がルパンを作ることは2度となかった。 自分は世代的には2nd世代。 確かにルパンが一番時代とシンクロしてたのは60年代終わりから70年代初めくらいだと思うし、1stシリーズに名作が多いのも理解できる。 だからといって、2ndシリーズ以降の作品を全否定するのはいかがなものか? ある作品が長い生命を獲得するということは、結局、オリジナルの創作者の手を段々離れていくということで、そうでなければ作品が同時代性を保つのは不可能だろう。 宮崎ルパンの造型だって大隅ルパンの置き換えな訳で、結局、宮さんのコメントは年寄りの繰り言に過ぎないように思う(さらば愛しきルパンが2ndシリーズの中で群を抜いて面白いエピソードであることは否定しないが)。 ただ、TVスペシャル以降のルパンが(個人的には)余り面白くないのは事実なんで、「誰がやってももう面白いものはできないんだから(なぜなら終わった企画だから)、もうやめてしまえ」という宮さんの気持ちはわからんでもない。 それをひっくり返すような若い世代の演出家・クリエーターの出現に期待している。 っていうか、ルパンが2シリーズで人殺ししたのは、『本当に自分(ルパン達)を殺そうとしてきた人』のみである。 よって、宮崎が言ってるのはおかしい。 っていうかさあ、ルパン三世はモンキーパンチの作品なのに、何勝手に自分の作品みたいにしてるのかよくわからない、宮崎はそーゆーところがバカだよね〜。 あと、宮崎って、『女性は上から下まで1色統一の服しか着てない』ってイメージでもあるのかな?クラリスはまだわかるけど、不二子に至っては迷彩服とか、『さらば愛しきルパンよ』では、黄色1色でバイクに乗ってるから、そこんとこおかしいよねー。 あと、作画崩壊してるシーンあるけど、知ってる?ルパンが『さらば〜』でニセルパンの本拠地に乗り込んだ時、ルパンの顔がものすごく気持ち悪くなってた。 セル画の枚数スゲー描いて、作画崩壊には気づかないってナニソレ? 『カリオストロの城』で山田康雄さんは、宮崎が描くのは義賊ではないって理解してやってたけど、『死の翼アルバトロス』と『さらば愛しきルパンよ』は完全に義賊だよね?山田康雄さんにとってはどう見えたのが一番気になる〜。 よーするに、宮崎の『ルパン三世』に対する気持ちは、ただの自己満足。 でも、その後宮崎さんも『死の翼〜』と『さらば〜』の二作品に対するクソな気持ちは反省したらしいし、バカにするのはよしておく。
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ルパンコレクションを集める方法 ドグラニオの金庫の中に閉じ込められた快盗。 金庫内には大量のルパンコレクションが収納されているが、どうやったら回収できるのか。 快盗は所持していたコレクション台帳を使ってドグラニオのコレクションをルパン家の宝物庫に転送した。 あああああーーーーーー!でコグレさんが快盗にコレクション台帳を託したのはこの伏線だった^^^^^^^^^^^^すご^^^^^^^^^^快盗も律儀に持ち歩いていたのねという感想はともかく、コレクションを台帳に収納することによってドグラニオの金庫の中から回収することができ、かつドグラニオにコレクションの能力を使えなくさせることに成功する。 ドグラニオの金庫内のコレクションを回収すれば、ドグラニオはコレクションの能力が使えなくなるので戦力を削ることにつながるという展開!すごい!面白い!ノエルのためにコレクションを回収できるとともに、戦闘中の警察へのサポートも兼ねているの最高すぎる。 これは実質、 警察と快盗の最後の共闘。 直接のアシストではなくとも、快盗の内側からの働きかけがなければ警察に勝機はなかったかもしれない。 熱いな~! この「コレクションを台帳によって回収する」ことの理由が「ノエルの願いを叶えるため」というのが本当に・・・。 わたしはてっきり、快盗がコレクションの力で金庫内から脱出を図るのかなと思ったの。 でも違った。 コレクション回収は自分たちのためじゃなくて、残されたノエルのため。 自分たちの最大の願いは叶えられたから、次はノエルの番だと。 そんなの泣いてしまうよ;;今まで私欲(人助けではあるが)のために2年間快盗をやってきた3人が、その望みが満たされたからといって自身の救済は望まないなんて;; 「快盗の3人はお願いだから幸せになってくれ」この1年で何回願ったか分からない視聴者の願いは叶わないのか? ノエルは諦めずに「魁利くんたちを取り戻す」と言ってくれた(ただしここは『コレクションを回収する 1 余談だけど、字幕では「コレクションを盗り戻す」なっていた。 違うだろ!「取り戻すだろ!」』というニュアンスが強い)けれど、力及ばず。 ドグラニオの鎖を切ることを待っていてはいつまでたっても事件解決しない。 圭一郎は、鎖を断ち切る=快盗の救出を断念する覚悟を決める。 快盗は「警察は快盗を助けてくれるはず」と願っていたわけではなく「自分たちのことはいいからとにかく世界を救ってくれ」という願いなのが予想外というか。 良い意味で警察を信じないというか、ある意味で信じているというか。 警察が優先すべきは世界平和であって、そこに一手間かけて解決へ遠回りしてまで自分たちを救出するべきではない。 最短距離を走り市民を守るのが警察である。 そんな快盗の考えが、あのWレッドの背中合わせの(ウユニ塩湖のような思念での)共闘に表現されている。 金庫内のコレクションを回収しているとき、魁利がをちゃんと使っていたのが細かい~!と思った。 腕輪をはめてる! 最後にルパンレンジャーへの変身装備までも転送する3人。 もう快盗に変身する理由もないし、同時に「自力での脱出」も断念したんだと思うと辛かった。 もしかしたらルパンレンジャーのままなら何らかの脱出方法が見つかるのかもしれないのに、もうその手は探し尽したけど見つからなかった、自分たちが脱出の機会をうかがうためにコレクションを保有していたら外の世界でコレクションを全て集めることができない上に、装備を持ったままドグラニオが倒されたらコレクションごと木っ端微塵になり、コレクションの回収は不可能になる。 そう判断して、ノエルやコグレのために、自らのコレクションも手放す決断をした。 しんどすぎる。 もはや3人は脱不可能というよりはドグラニオと共に死ぬ覚悟を決めていた。 ドグラニオの猛攻を止めるためには撃破するしかないし、それは金庫内の3人の死に直結する。 世界平和のためなら仕方ない。 そう思っているのがしんどい。 実際はドグラニオは倒さずに拘束、という方法を取ったのだけれど、ヒルトップ管理官が「倒せ」なんて言うから、圭一郎も倒すムーブを・・・ ドグラニオを倒す千載一遇のチャンスである今、このまま倒すかどうかを考える際、警察それぞれの「快盗3人との思い出」が浮かんでいる演出がまた泣く。 圭一郎、魁利に初めて「常連さんだから親しみをこめて、圭ちゃん」って呼ばれたところを思い出してる;;;;それつらたん;;;;今までの会話・名言を振り返りつつ、やも思い出してる;;;;それ圭一郎にとっても良い思い出になってるんじゃん;;;;圭一郎がマスクの下で号泣してる;;;;わたしも号泣;;咲也も、好きな女の子を(言い方は悪いけど)見捨てなければいけないの本当に辛い。 スポンサーリンク ドグラニオ様の敗因は「老い」 999歳であるドグラニオ様。 いくらドグラニオ様であっても老いには逆らえなかったようで、本人が思っていた以上にコレクションの力に支えられていたことに気付いていなかった。 ラスボスの敗因が「老い」だなんて・・・ドグラニオ様、自分の敗因が、こんなに見下して嫌っている人間のような理由だなんて皮肉。 結局はドグラニオ様も生き物だったということ。 しかしその老いた身体に加えてコレクションの力も奪ったにもかかわらずサイレンストライカー(スーパーパトレン1号)でも倒せないドグラニオ様、強いね。 本当に強敵だった。 自分が倒されるという局面で命令された「金庫を開けろ」にも強固に背く姿は、最後まで最凶のギャングだった。 ドグラニオ的にも、快盗を人質に取っていれば反撃のチャンスがあると思っていたのかも。 実際には死よりも辛い 生け捕りにされていたけれど。 というかラスボスが生け捕りにされているの、かなり珍しいのでは。 諸悪の根源であるラスボスが爆散しないなんて!ただ警察の処遇としてはむしろ妥当な気がする。 快盗の件が関係しているとしても、ドグラニオを生かして罪を償わさせるというのは実に警察らしい対応。 警察モチーフを忠実に守った感すらあってGOODです! ドグラニオを倒さなければ金庫内の快盗も生き永らえることができる。 生きてさえいればいつか3人を救出する方法が見つかるかもしれない・・・そう考えてドグラニオ拘束の判断をとったのかもしれないと思うと泣くね。 快盗を助けた3人の新快盗 魁利・透真・初美花がドグラニオの金庫内から脱出できた理由は、ジャックポットストライカーの精神操作の能力のためだった。 では、ジャックポットストライカーをドグラニオの金庫内に送り込むことができたのは・・・(台帳に収納したコレクションは取り出して使用することができるのだから、実質、台帳がある場所と宝物庫にあるコレクションは自由に行き来できることを利用したとても良い方法ですごい!となった )快盗の大事な人である勝利・彩・詩穂が新しい快盗になり、行方不明だったジャックポットストライカーを見つけたからだった。 快盗を助けるために、助けられた3人が快盗になる。 この展開が好きすぎて、わたしは最終回の中でこのシーンで一番泣いた。 泣きすぎて、涙と一緒に心の穢れが全部流れて浄化されるんじゃないかってくらいに泣いた。 涙は心の洗濯とはよく言ったものだと思いながら号泣した。 魁利たちが命をかけても取り戻したいと思った大事な人たちは、同じように魁利たちを命をかけても取り戻したいと思ってくれてたのがエモすぎてしんどい。 快盗の人生と引き換えに助けられた勝利・彩さん・詩穂ちんは、残された世界でどう生きていけばいいんだろう、3人がいなければ幸せに暮らすことなんかできないし、一生荷を背負いながら生きていくのも辛いだろうに・・・と心配していたんだけれども、全くの杞憂だった。 今度はこの3人が大事な人を取り返す番だった。 え~~~~???もう何か良すぎて・・・あと彩さんのブルー、最高に素敵だった・・・大人の女のブルーって感じ・・・あんな一瞬で終わるのがもったいないくらいのビジュアルだった・・・ 快盗と快盗が再会したとき、最高だったよね・・・透真、お前・・・ほんと・・・再会できて良かったね(号泣)って感じだった。 初美花と詩穂ちんはハグしてるし。 魁利は・・・おまえがまた良いお芝居でな・・・最初はお兄ちゃんの顔が見られないんだよね、ケンカ別れしちゃってるから。 でも目を見て「ごめん」って謝って、泣いちゃって。 魁利もこの3年間、ずっと気を張っていたのが一気に緩んだんだよね。 それで!お兄ちゃんが!魁利の鼻をつまむの!!!! おまえ!!!!それお兄ちゃんがよくやるやつだったんかい!!!!!!(大爆発)あれ?今までそういう描写あったっけ?30話の幼少期の回想あたりであったっけ?既出なのかよく分からないけどそれってお兄ちゃんの受け売り(?)だったのねと心が爆散した(理由:エモすぎ)。 スポンサーリンク 快盗と警察の再会 快盗は最後まで快盗だったし、これからも快盗。 最後までVS。 これからも対立関係。 公式に 皆様の記憶からこの作品が失われるまで続くのかもしれません。 もしそうならば、いつまでも続くことを心より願います… と書いてあったけれど、ファンがいる限り、快盗と警察はずっと追いかけ合う関係なんだなと思うと胸が熱くなる。 この再会で何が一番良いかって、 最後の「あんたのお宝いただくぜ!」の相手はパトレンジャーだということ!!!!!この最後のバトルを!!一生かけて!!これからもやり合うっていうのが!!!!サイコーにエモいんだよ!!!!!!最後はギャングラー抜きで、ルパンレンジャーVSパトレンジャーなの!!!良いよおおおおおおおおおお!!!(絶叫) コレクションを持つ最後のギャングラー は、カーゼミー。 51話の最後にしか出てこなかった上に公式でもあまり触れられていないけれど、声が緑川光!!!!!!え!!!!しかも「死ぬほど痛かった」とか言ってたし 2 「新機動戦記ガンダムW」で演じるヒイロ・ユイの台詞。 アドリブだったのだろうか。 最終回について 51話放送前は、最終回で残った課題をどう片付けるのかが気になっていた。 「快盗を助ける」「世界を守る=ドグラニオを倒す」「ルパンコレクションを全て回収し、ノエルの大事な人=アルセーヌを取り戻す」を解決できるのか、と思っていた。 またそれに付随して「快盗の処遇」「街の被害」「アルセーヌを生き返らせることの倫理問題」などどうまとめるのか、も気になった。 世界を救うことに貢献したが罪人ではある快盗の扱いはどうするのか、逮捕するのか、何らかの措置があるのか、そもそも正体バレをなかったことにする方法があるのか。 実際の最終回はどうだったかというと「最終回で敢えて解決させない」手法だった。 ドグラニオ戦以降の後日談として、• 個人的には大団円よりも好きかもなあ。 「最終回までに山のように課題が残っていたけれど、最終回の30分で全部解決して平和になったよ!!! 3 この展開で真っ先に思い出すのはオーズ」も良いんだけど、ギャングラーの残党がいるからパトレンジャーの仕事も続き、ルパンレンジャーもコレクション回収を続け、ノエルの願いは叶うか分からないけれどそれに向けて積極的に活動中・・・と、結局は今までと似た生活をしているよね、でも決定的な一番の問題(ギャングラー組織の解散及びドグラニオの猛攻)は解決できたし世界の平和に着実に近付いているよね、というのがリアルで良い。 ルパパトって歴代戦隊の中でもかなりリアル志向なんだよね。 不思議な力一発で強引に解決させないし、亡くなった人は生き返らない。 問題を起こしたらすぐにSNSで拡散され非難される。 登場人物に姓名があるのもその一部なのかなあと思ったし。 最後の顔出し変身もめっちゃよかったし(手袋はめてて指パッチン鳴るのかなと思ってしまった)、長尺のバトルシーンもかっこよかったし、OP曲の終わりに合わせたエンディングの演出がさいっこ~~~~~にスタイリッシュ!!あんなかっこいい演出を思いつくとか天才かよ~~~~~すげ~よ~~~~~めっちゃ魂がブルブルしたよ~~~~~~! ルパパトは最後までバトルだったのが最高にクールだった。 咲也の援護をする初美花、馴れ合わない透真とつかさ、最後も「おのれ快盗~~~!!」なWレッド。 ンンンンン関係性がえもおおおおおおおおい!!! まさに「俺たちの戦いはこれからだ! 」なエンド。 最高of最高。 ありがとうございます! ノエルの「大事な人を取り戻す」という願いは本編中では叶わなかったけれど、その未来は希望を持てるような内容だった。 取り戻せるかどうかは分からない。 でも、必ず叶えられる。 そんな気持ちになるラストだった。 終盤に「快盗の大事な人はザミーゴを倒すだけじゃ助けられないかもしれない」という展開になったものの50話でザミーゴを撃破すると氷漬けにされていた人々を救出することができた。 大事な人を取り戻す方法として、快盗3人とノエルを切り離したのはこういうことだったのかと。 快盗3人は幸せになれるのか問題、個人的には後日談で「透真と彩の結婚式」「初美花と咲也がいい感じになっている」「魁利はお兄ちゃんと仲直り」的なのを想像していたけれど、そんなスイートな展開は一切なし!快盗は快盗!まだまだコレクション回収業務は続く! この快盗業務、3人が快盗である動機(=コレクションを全て回収し大事な人を取り戻す)は既に解決しているのだから快盗をやる必要は全くないのに、最後まで快盗を続けるというのがすごく快盗(語彙力の消失)。 助けてくれたコグレ・ノエルへの恩返しなのか、快盗として生き続けるしかないと捉えたのか(確かに一般人として生活はできないだろう)、コレクション回収の向こう側を知りたいと思ったのか・・・理由はどうあれ、これからも快盗は快盗だし警察と対立する立場であるというのを守っているのが最高に良い。 そうなんだよ、魁利と透真と初美花はずっと快盗なんだ・・・コレクションがそこにある限り、快盗は快盗を続ける・・・ 結局、快盗の処遇をどうするかとかは関係なかったんだ。 だって快盗は捕まらないから。 そんな簡単なことにも気付かないなんて俺はなんて愚かなんだ・・・。 どうして快盗が捕まることを前提にしていたんだろう。 快盗はこれからもずっと快盗なんだよ!で初美花が話していた願いのうち「大事な人を取り戻す」と「魁利と透真と一緒に」は叶ったね!ひとりも欠けることなく、大事な人の生活も取り戻し、3人は一緒に活動している。 警察の前に快盗が久しぶりに現れたシーン、生き生きとしていたもんね。 魁利は快盗についてと言っていたけれど、その向いている職業で働き続けるのもいいかもね。 初美花は咲也を裏切り続けることに罪悪感があったけれど、今はもう正体バレしているから、むしろ吹っ切れて堂々としている。 まさに快盗と警察、ルパン3世のようなラスト。 今まで警察と快盗は利害の一致から共闘することはあっても、最終的には対立関係であるというスタンスを守っている。 警察は快盗を捕まえたくて追いかけるし、快盗は警察の持つコレクションが欲しくて追いかける。 この関係、最高。 ラストのラスト、3対3で対立しているのが1年前と同じ「警察VS快盗」の構図だけど、絆や関係は全く違う…でも構図は同じ。 エモい! ところで、悟の問題は解決しなかったのね・・・?悟の死は警察が受け入れていたけれど、そういうことなのね? 最後にノエルの話をしていいですか 高尾ノエル強火担のわたしとしては、最終回、ノエルはちょっとだけ影が薄いかなと思ってしまった。 スーパーパトレンエックスも最後の一撃にかかわっていなかったし。 最後のシーンは快盗VS警察の3対3になっていて、そこは「第1話に戻る」という様式美のために追加戦士がその場にいないのは分かる。 でもノエルも仲間なんだから、入れてもらえないだろうかというのが本音。 ノエルはコレクションの宝物庫にいたということは、フランスに帰っているのだろうか。 まあノエルやコグレにしたら、日本とフランスの行き来は簡単なんだと思うけど。 ノエルはこの後どうなるのかなあ。 快盗が警察に「あんたのお宝いただくぜ」と宣戦布告した以上、ノエルは国際警察にいられないのだろうか。 パトレンジャーとしては、ノエルが国際警察にいたんでは、いつどのタイミングでコレクションを取りに来るか分からないもんね・・・世界平和に貢献したと思いますけどね~~~~????戦力でもあるんですけどね~~~~~??? とにかくノエルは幸せになってね!いつかアルセーヌと再会できるからね!それまで頑張ろうね!!!!!! まとめ ルパパト、本当に1年間ありがとうございました!本当に楽しかったです。 1年間まるまるルパパトを追いかけて、異例続きに驚かされ、追加戦士で歓喜し、熱いWレッドで泣き、Gロッソでも泣き、最終回でも泣かされる。 こんなに真剣に戦隊を追いかけたのは久しぶりだったけれど、ルパパトだから1年ついて行くことができたし、真面目に視聴して本当によかったと思っています。 変な話だけれど、わたし自身も「1年間まるっと追いかけることができた」という達成感すらあります。 出演者でもなければ関係者でもない、ただの視聴者・ファンなんだけれども、ルパパトという作品と一緒に走っていたのかなあと思います。 キャストの方の最後の挨拶が東映公式に載っていますが、皆さんが言っているのが「ファンの応援や反応があったからやり切ることができた」という言葉。 ああ、わたしたちの応援は本人たちに届いていたのだなあと感じて嬉しくなりました。 特に、例えばかずさちゃんは自分が「つかさ先輩の呼称で親しまれている」ことや、涼ちんが「咲也が大型犬と呼ばれている」ことを知っていたということ。 SNSでのコメントや反応を見ていてくれたんだなあと思いました。 1年間本当に楽しかった。 これからもルパパトの活動は残っているし、新エピソード(劇場版)だって控えている。 毎週の放送はもうないけれど、まだまだルパパトを追いかけるぞ! 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