泣ける!と評判のベストセラー小説「君の膵臓を食べたい」が映画化され話題となっています。 「君の膵臓を食べたい」という、少しぎょっとするタイトルですが、内容は膵臓を患い余命わずかな少女と、クラスメイトの男の子との純粋で切ないストーリー。 膵臓を患った少女の闘病記なのかなと思って読み始めましたが、予想外の展開に唖然…! 今回は、「君の膵臓を食べたい」のネタバレあらすじと感想を簡単にまとめてみました。 ラストまでネタバレしていますので、結末を知りたくない方はご注意下さい。 スポンサーリンク 君の膵臓を食べたいネタバレ結末【前半】 「君の膵臓をたべたい」 山内桜良 浜辺美波 が僕 北村匠海 が言った。 昔の人はどこか悪いところがあると、他の動物のその部分を食べることにより病気が治ると信じられていたらしいという。 明るく天真爛漫でクラスの人気者の桜良に対し、友達がいない僕は部屋に篭って本を読んで過ごすことが好き。 接点がない二人だが、さくらの「共病文庫」という日記を偶然見たことをきっかけに、僕は桜良が膵臓の病気で余命1年あまりであることを知る。 桜良は誰にも病気のことは話していないようだが、僕には明るく病気のことを打ち明けた。 それから、僕は桜良に誘われるがままに遊びに行くようになる。 最近、近くで通り魔事件が起きたというニュースよりも、次第にクラスの間では僕と桜良の関係が噂されるようになった。 桜良の親友の恭子も僕らの関係に、何か納得していない様子だったが桜良自身は気にしていない様子。 桜良の家に遊びに行った時、桜良が「死ぬまでにしたいことのひとつ、恋人でもない男の人といけないことをしたい」と言い、僕をからかった。 僕は腹が立ち、桜良の家を後にした。 桜良は怒って出ていった僕と、このまま険悪になるのは嫌だと思い追いかけてきた。 二人は、お互いに謝り関係を修復した。 翌日、桜良は学校に来なかった。 その日の夜、桜良が入院したと聞かされた。 スポンサーリンク 君の膵臓を食べたいネタバレ結末【後半】 桜良が入院した日の週末、僕は桜良の病院を訪ねた。 様態が悪くなったわけではなく、検査のための入院だと聞かされた。 桜良はあいからわず天真爛漫であっけらかんとしていた。 お見舞に来てくれる親友の恭子たちや、クラスメイトには盲腸の手術だと偽り、本当のことはまだ話していないらしい。 その後、桜良に呼び出され僕は病室へと向かった。 ゲームをしている中で僕は桜良に語りかけた 「君にとって生きるとはどういうこと?」 桜良はいつものように、おちゃらけた後にこう答えた。 「誰かと心を通わせること。 人との関係が私が生きていること。 」 その言葉に、僕は鳥肌が立ち魂が揺れた。 僕らは、彼女が退院するまで沢山冗談を言い合い、笑って、時に罵倒しあい、尊重しあった。 そんなふうに過ごす日常が僕は好きになっていった。 僕は人との関わりを喜んでいたのだ。 僕は間違いなく桜良に出会って変わった。 その後、桜良は無事に退院し、喫茶店に呼び出された。 僕は、本当は桜良のように、愛し愛される人間になりたかったのだと気づいた。 そして僕は、その意味を伝えたくて、彼女を待つ間メールで送った。 「君の膵臓をたべたい」 しかし、彼女からの返事はなく、桜良は喫茶店に現れなかった。 山内桜良は通り魔に刺されて亡くなったのだった。 スポンサーリンク 桜良が死んだ…。 僕は残り時間が少ない彼女にも明日はまだあると当然のように思っていた。 しかし僕は彼女の物語の残りがあることに気づく。 それは彼女が綴っていた「共病文庫」だ。 彼女の母親に会い「共病文庫」を見せてもらった。 日記には、病気がわかったこと、彼女の日常で起きたことが綴られていた。 そして最後の方に「遺書」が書かれていた。 学校の皆へ、家族へ、親友の恭子へ。 そして、最後に僕に向けて書かれていた。 君は嫌がるかもしれないけど、私は君の膵臓を食べたい。 」 僕は彼女と心を通わせることで、人として初めて生きてきたことに気づき泣き続けた。 僕は桜良との思い出、お墓参りに訪れた。 どことなく桜良の笑う声が聞こえた気がした。 (おわり) 君の膵臓を食べたいネタバレ結末の感想 膵臓を患い余命1年の宣告された少女の闘病生活と、それを支える男子生徒の交流を描いたものなのかなと思い読み始めましたが、想像とは少し違いました。 闘病生活の部分については、ほとんど振られずに、二人の心の交流の部分がメインで書かれていました。 ほぼ8割ぐらい) また、膵臓を患い余命1年あまりということで、最後は病気で亡くなるのかな当たり前のように読み進めていましたが、通り魔に命を奪われるという予想外の展開になり、二人の別れは突然やってきます。 これには驚きましたが、余命1年と宣告されて病気で死ぬかはわからない、あと1年あると甘んじていたと「僕」が言っていたように、確実なものなんてこの世には存在しないということを改めて感じさせてくれた内容でした。 また映画では原作小説になかった大人になった僕と恭子のその後も描かれているので、また違った展開になるのかと思います。 気になる方は原作と映画合わせて楽しむことをおすすめします! スポンサーリンク.
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2018年に公開されたアニメ映画「君の膵臓をたべたい」のネタバレを紹介していきたいと思います。 この映画タイトルの通り、膵臓の病気なのかな?と連想しやすいと思います。 この映画は若い高校生の恋愛のように、どんどん心の距離を縮めていくさまが描かれています。 しかも膵臓の病気となると、そう長く生き続けられるわけでもない・・・。 残された時間をどのように過ごすのか、支え合っていけるのか・・・そんなちょっと切ない映画でもあるのですが、そんな純粋なだけでは終わらなかったんです。 そんな「君の膵臓をたべたい」の結末のネタバレについて紹介していきたいと思います。 目次を覗く• 「君の膵臓をたべたい」のネタバレ一覧 この記事でポイントとなるネタバレをまとめました。 下記項目の気になるところから読んでくださいませ。 「君の膵臓をたべたい」の登場人物 「僕」/志賀春樹 声:高杉真宙 山内桜良 声:Lynn 滝本恭子 声:藤井ゆきよ 隆弘 声:内田雄馬 ガム君 声:福島潤 「僕」の母 声:田中敦子 「僕」の父 声:三木眞一郎 桜良の母 声:和久井映見 「君の膵臓をたべたい」のあらすじ 「君の膵臓をたべたい」・・・主人公である「僕」が病院で偶然拾った1冊の「共病文庫」というタイトルの文庫本。 それは「僕」のクラスメイトである山内桜良(やまうち さくら)が綴っていた秘密の日記帳であり、彼女の余命が膵臓の病気により、もう長くはないことが記されていた。 「僕」はその本の中身を興味本位で覗いたことにより、身内以外で唯一桜良の病気を知る人物となる。 「山内桜良の死ぬ前にやりたいこと」に付き合うことにより、「僕」、桜良という正反対の性格の2人が、互いに自分には欠けている部分にそれぞれ憧れを持ち、次第に心を通わせていきながら成長していく。 そして「僕」は「人を認める人間に、人を愛する人間になること」を決意。 桜良は、恋人や友人を必要としない「僕」が、初めて関わり合いを持ちたい人に自分を選んでくれたことにより「初めて私自身として必要とされている、初めて私が、たった一人の私であると思えた」と感じていく。 しかし、余命を全うすることなく、4週間の入院治療から解放されたその日に桜良は通り魔に刺されて亡くなってしまう。 「君の膵臓をたべたい」のネタバレ 何となく分かると思いますが、ヒロインはラストに死んでしまいます。 しかし、死に方は病死ではありません。 なんか、あっけなく死んでしまう感じがかわいそうでした。 しかも、主人公との約束がなければ、死ななかったかもしれないと思うと、余計にかわいそうになってしまいます。 まぁ、ヒロインが死んでしまうのですから、それだけで悲しいことなのですが、何か勿体無い感じがしました。 もう少し良い描写はなかったのかなと思いました。 あと、私的には、人の死について考えさせられたというよりも、人の生き方について考えさせられました。 他人と関わり合いながら生きていくのも、他人と関わることを避けながら生きていくのも、どちらも正解な気がします。 主人公は最終的に前者を選びますが、後者を選んで生きてきたことを後悔するわけではなく、色んな生き方があり、色んな選択があるんだから、それを選んできただけなんだというような考えを持っているのではないかと思います。 山内桜良を殺した殺人犯・通り魔について この殺人犯については、元カレではないかなど、見当はずれな考察も多く見られますが、山内桜良を殺してしまったのは通り魔であることは間違いないです。 ただ、この通り魔が誰だったのか・・・それは具体的にはわかりません。 何故なら、この通り魔は誰であろうが関係ないから。 エンドロールでクレジットを出すとしたら、 通り魔 と書かれるだけで、誰でもない、世間を恐怖に落としながら、最後に物語の中に入り込んできて山内桜良を殺してしまう存在です。 なので、具体的にこの通り魔が誰なのか・・・そう考えること自体がナンセンスだと思います。 膵臓の病気でなく通り魔に殺されてしまった理由 この膵臓の病気でなく、通り魔に殺されてしまった結末こそ、この映画が言いたかった事なのかな?と思ったりします。 「どんな状況であれど、人間はいつ死ぬかわからない」 という事ですね。 余命宣告をされているからって、その余命期間を満了できるなんて解からない。 余命半年と言われても、その帰り道にいきなり交通事故に遭って死んでしまう事だってある。 けど、そんな事ないんだよというのを教えてくれる映画な気がします。 ある意味、これは道徳の教科書に載っても良いんじゃないかな?という感じのことですね。 我々は色々な偶然が重なって、今を生きています。 逆に、色々な偶然が重なって命を落とすことだってあります。 椎名林檎さんの曲で「月に負け犬」という曲がありますが 「明日くたばるかもしれない」 とサビで歌われているように、誰もが明日命を落とすかもしれない・・・そういう中我々は生きているということを理解しないといけませんね。 ストーリー衝撃でした。 気持ちの整理が付かずにえも言われぬ気持にさせられました・・ ネタバレは書きたくないので・・・ 私はもう原作や実写は見るつもりはありません。 ヒロインに怠惰に過ごしていた日常の本当の大切さを教えていただきました。 正直ヒロインと主人公の二人の関係性をうらやましくもあり素敵な関係にあこがれちゃいますよねえ・・・ まだ【君のすい臓を食べたい】知らない方いたらぜひ観てほしいです!! きっと残された時間を過ごす二人の心の繋がりにを見守りながら観てほしいです 最終日にはお休みとってまたヒロインと主人公の二人に会いにいきたいです オチ以外の予定調和 実写が先でアニメが後でその間があまり離れていないため、実写版を見た人が比較のために鑑賞するケースがワリと多そうな作品。 自分は実写版は鑑賞していません(実写映画自体ほぼ観ません)。 なので作品単体の純粋な感想が述べられると思いますが、実写版の方が評価が高いと言う風の噂を耳にしていたためソチラがどう仕上がってたのかがチョットだけ気になりました。 〝出オチ〟スタイルで話は進行し、オチまでの過程『ナゼそうなったのか』の出来が非常に重要となり、これが作品の善し悪しを大きく揺さぶって決定づけるわけですが、そこは重病とは思えない終始天真爛漫なヒロインと朴念仁的な男子が、平凡ではない日常を展開します。 それが自分の様な女性に縁のなかったオタクのオッサンの妄想と大差ない内容で、どうにも2〜3歩先が予想できてしまい、そして当然のごとくその通りになっていきます。 いささか素直すぎな展開(予定調和)と思え、余命幾ばくもない短い時間をセッセとフラグを立ててるんだなと。 ヒロインはソレを否定?しましたが、まァそう言う妄想的な展開はこの際アリかもです。 ところがそのオチは予想を裏切るまさかの展開となる訳ですが、描写があまりにアッサリ片付けたため印象が薄く、そんなんでいいの?と疑問に変わってしまいます。 ですがこのオチも別の意図を勘ぐります。 ヒョッとして〝不謹慎論〟を警戒したのかな? ならば余計に、ンじゃ今までのは何だったの?となりかねず、誰にでも起こり得る不幸をなぜワザワザ病気のヒロインに降りかけたのか? ポジティブな結果に導かれない踏んだり蹴ったりな不幸超過はサスガに疑問が残ります。 終盤に至っては、事の次第の全てを説明しようとした感の間延びが気になります。 星の王子さまっぽい演出のクダリはあのタイミングで必要なんですかね? 命の儚さや人同士の繋がりや絆などの大切さを表したかったのかも知れませんが、映画は娯楽であり国語の授業教材でもないので、個人的には面白いかそうでないかのベクトルでしか観ないし評価しません。 そう言う意味では今ひとつ物足りない作品で、このお話そのものがあまり自分には馴染めず趣味じゃないかな、と言う結論に至りました。 期待していたのとは何か違う とてもきれいな絵で、「僕」と桜良が生き生きと描かれ、すばらしい作品だと思いました。 人との関わりを避けていた「僕」が、桜良との出会いと別れを通して、大きく変容したことがとても丁寧に描かれていました。 ただ、期待していたのとは何か違う、何か足りないという印象でした。 原作未読のため、そのよさがどこにあるのかはわかりません。 しかし、少なくとも昨年の実写版のような感動は、本作では味わうことができませんでした。 実写版では、桜良の生きざまを通して「今を生きる大切さ」を描き、それが胸にずんと響き、自分の生き方にも影響を与えてくれた気がします。 それに対して本作は、「僕」の成長を描いているように感じ、視線が「僕」に向かってしまい、どこか客観的に見ていたからかもしれません。 結果、目が潤む場面はあっても、泣けるほどの感動はありませんでした。 また、ドストライク級にかわいいヒロイン桜良を、声優のLynnさんがこれまた魅力的に演じていますが、本作ではそれが仇となっているような気がしました。 というのも、いかにもアニメのキラキラヒロインといった感じで、現実感が乏しく感じてしまったからです。 むしろ、「僕」を演じた高杉真宙くんの、場慣れしてない素朴な演技の方が、本作にはマッチしているように感じました。 ついでにいうと、心象風景ともいえるファンタジックというかメルヘンチックな描写も、アニメらしいといえばそれまでですが、正直なんだかなあという感じでした。 いろいろ書きましたが、実写版がよかったので、つい比較してしまっただけのことです。 本作単体で見れば、十分鑑賞に値する作品に仕上がっていると思います。 興味のある方は、ぜひ「僕」の中に咲いた桜を見てきてください。 期待を超えることはなかった。。。 まず小説、実写、アニメと公開になってきたわけですが、小説は最上位が当たり前として、実写のが良かった。 というのが正直な感想です。 尺が足らないのは仕方ないにしても、大事な描写が端折られてしまっているのが残念。 端折ってしまうなら実写版くらいざくっときってくれたほうがずっと感動的だったと思います。 結果的にストーリーを追いかけるのだけが大変な映画になってしまっていますね。 作画に関しても、男性的な目線が強すぎて残念。 制服のスカートの下から見上げるようなアングルでの描写は違うんじゃないか? 映画の最初の方から違和感ありあり。 最後の、桜良の遺書のシーンも、その描写はないでしょという違和感。 声優のみなさんの演技はとてもよかっただけに、作画が残念でした。 (しかし、春樹が泣き崩れる場面については、実写版の北村匠海さんの演技のが、原作の説明に近かったなど、私の感じ方と違う演技が多いのは事実ですが) 制作にかなりの時間をかけたのは大変にわかる作品ではありましたが、その分住野先生の世界観を大事にしてほしかったなとおもいます。 sumikaのEDテーマ 春夏秋冬 は泣きました。 曲だけ取らえれば、極端な名曲かというとそんなことはないですが小説も今回の作品の脚本も、おそらく実写版も見てだとおもいますが思いを作り込まれた楽曲のようにかんじました。 キミスイとセットとかんがえたとき私の中では一生心にのこる曲の一つになりました。 実写版のhimawariより、わたしは、キミスイにはぴったりな曲だとおもいました。 期待をしすぎていた感じはありますが、結果的に「ふつう」という評価をつけざるを得ないのが悔しいです。 「君の膵臓をたべたい」は何かを感じさせてくれる映画 色々な感想はありますが、何かを期待しすぎて観るよりも、フラットな気持ちで観ると良いと思います。 フラットな気持ちで作品を楽しめる気持ちがあれば、この映画は凄く良い映画だと思います。 何かを期待したり、先入観を持って観ると、何か違う・・・と思うのかもしれません。 アニメ映画の「君の膵臓をたべたい」はアマゾンプライムビデオで配信されているので、是非楽しんでくださいませ! 【関連記事】.
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Contents• 映画「君の膵臓をたべたい」のネタバレ感想と解説! 原作ファンにとって「実写化」は諸刃の剣。 「なんだか変な感じにされちゃったらどうしよう?」という不安がつきものです。 かくいう私も実写化に対しては毎度「大丈夫かな?」と心配になってしまいます。 しかし! 映画「君の膵臓をたべたい」には、そんな心配は必要ありませんでした! 映画オリジナルの設定も原作ストーリーと違和感なく融合していましたし、全体的な雰囲気は小説「君の膵臓をたべたい」そのもの! 映像がとてもキレイだったのが印象的でした。 で、結局、何が言いたいのかというと要点は次の通り。 予想を大きく上回る面白さ!• 原作ファンも納得のクオリティ!• 観に行って損はない一本 正直、おススメです! 映画のあらすじと原作との違い 実は映画「君の膵臓をたべたい」と原作小説とでは、全体的な構成に大きな違いがあります。 それは回想(映画)か現在進行形(小説)かという違い。 原作では「今、目の前で起こっていること」として物語が紡がれていくのですが、映画では「12年後の今」を基準として過去を回想するという形で物語が進んでいきます。 この「12年後の今」という設定は 映画オリジナルのもので、原作では全く描かれていない部分ですね。 映画「君の膵臓をたべたい」にとっての「今」は小説版から12年後の世界であり、主人公 (=僕=志賀)は高校教師に、恭子は結婚を間近に控えた花屋さんになっています。 今の教え子に桜良との思い出を語っていくうちに、主人公は亡き桜良が残した手紙を発見します。 それを見た主人公は、桜良が他界してから接点を持っていなかった恭子の結婚式に駆け付け、恭子宛の手紙を渡します。 そして生前の桜良と練習した言葉「僕と友達になってください」を、12年越しに恭子へと言うのです。 恭子の返事は泣き声まじりの「はい」 自分がいなくなった後は、大事な親友 (恭子)と仲良しくん (主人公)に友達になってほしい、という桜良の願いが12年の時を超えて叶ったのでした。 そして主人公は回想や桜良からの手紙を通じて「教師であり続けること」を決意。 かつての自分と桜良の関係に似た生徒たちを微笑ましく見つめながら、前向きな気持ちを取り戻すのでした。 原作との比較 回想か現在進行形かという違いはあるものの、基本的に映画「君の膵臓をたべたい」は原作のストーリーを丁寧になぞっています。 ただ、結末だけは大きく違いました。 桜良が亡くなった後の展開です。 ちょっと比較してみましょう。 原作 桜良がこの世を去った後、主人公は恭子に共病文庫を見せる。 そこには桜良から恭子に向けたメッセージが残されていた。 だが、恭子は病気のことを黙っていた主人公のことを許さない。 1年後、恭子と主人公は桜良が望んだような友達になっていた。 個人的には原作の展開が大好きだったので 「12年も恭子のこと放っておいたの!?」と思わなくもなかったのですが、映画版の結末もそれはそれで素敵だったので文句はありません。 ちなみに、恭子 (北川景子)の旦那さんとなる新郎 (上地雄輔)の正体は、原作でも「ガム食べる?」でお馴染みだったサブキャラのクラスメイト。 ほんのり主人公の友達っぽい位置ではあったものの、ちょい役なキャラクターだったので、映画では大出世したことになりますね(笑) 「君の膵臓をたべたい」を改めて解釈する 以前にも小説版の感想を書いたのですが、改めて「君の膵臓をたべたい」という物語について考えてみたいと思います。 桜良と僕(主人公)の関係 「君の膵臓をたべたい」は恋愛物語ではないと個人的には思っています。 主人公や桜良にとって、相手への恋愛感情がゼロだったかと聞かれれば、多少はその気持ちもあったかもしれません。 しかし、2人にとっての本音は 「僕(私)は、キミになりたい」という部分にこそあったのではないでしょうか。 ずっと一人で本ばかり読んでいて友達もいなかった主人公は、誰とでも仲良くなり、認め合い、愛し合える桜良のことが羨ましい。 一方で、桜良も実は他人に影響されず独自の世界を持っている主人公のことを尊敬している。 2人はお互いに、お互いの存在を眩しく思っている。 その感情は、きっと 恋愛感情の「好き」というより、尊敬や憧れに近いものだったのではないでしょうか。 だから、この作品のタイトルは 「 (君が好きだから)君の膵臓をたべたい」 ではなくて 「 (君になりたいから)君の膵臓をたべたい」 だったのだと思います。 それは、同物同治 (悪い部分と同じ部分を食べれば身体が良くなる)の考え方というより、最大限の敬意を込めた言葉。 それは、ある意味「おたがいに大好き」よりも、遥かに尊く貴重な関係性だったのではないでしょうか。 だからこそ、桜良を失った主人公の悲しみは想像に絶するものであり、読み手 (観る側)としても涙を流さずにはいられないのだと思います。 体感で言えば「現在:回想」の比率は「2:8」くらいでしたからね。 で、その回想の僕と桜良を演じた北村匠海さんと浜辺美波さんなのですが…… めちゃくちゃイイ! 最初こそ「自分の中のイメージとはちょっと違うなあ…」と感じましたが、見ているうちにすっかりそんな違和感はなくなり、もう2人が「僕」と桜良にしか見えなくなっていきました。 同時に、物語が進むにつれてどんどん桜良は可愛くなっていくし、僕もカッコよくなっていくように感じられるんですよね……不思議。 きっとそれだけ2人の演技が素晴らしかったということなのでしょう。 また、当時この2人は10代であり、キャラクターの年齢にも近いんですよね。 その点も良かったのだと思います。 いや、ホント、特に浜辺美波さんの可愛さは必見ですよ! 現在の僕を演じられていた小栗旬さんも良かったですね。 結末の場面で「僕」らしく、つっかえながら恭子に「友達になってください」と精一杯伝える場面は感動的でした。 まとめ 映画「君の膵臓をたべたい」がついに公開! 映画のラストのセリフはタイトル「君の膵臓をたべたい」であり、「ラスト、このタイトルに涙する」のキャッチコピー通り泣かされてしまいました。 私は原作小説も読んでとても気に入っているのですが、この映画化は文句なしに大成功でしょう! 原作の雰囲気を残しつつ、映画オリジナル設定とうまく融合させている点もマル。 映像の美しさや音楽の入れ方もマル。 物語(脚本)にも、演出にも、そしてもちろんキャストにも大満足でした! クライマックスのシーンでは劇場中から鼻をすする音が聞こえてきたほどなので、きっと他のみなさんにとっても「泣ける感動作」だったんじゃないかな。 個人的には「僕」が亡き桜良の母に「もう、泣いてもいいですか…?」としぼりだすシーンが特に泣けました。 あと、ラストで桜良の本当の心情が明かされる場面も感動的でしたし……。 キャッチコピー通り「泣ける映画」であることは間違いありません。 なんだか、久しぶりに「いい邦画」を見られた気分です。 「最近、泣いてないなぁ」という方におすすめです。
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