元TBSアナウンサーの生島ヒロシ(67)が17日、都内で行われた新時代のラジオ体操「おはようヒロシ体操」のDVD発売記念イベントに出席した。 これはパーソナリティーを務める「生島ヒロシのおはよう一直線」(TBSラジオ)の放送20周年を記念した特別企画。 ダンサーで俳優の次男・生島翔(33)が振り付けを担当し、2人で体操の実演とDVDの即売会を行った。 生島は「ラジオ体操はNHKにしかない。 それなら民放初のラジオ体操をやってもいいのではと提案したら、 恋ダンスがヒットしたTBSがまんまとだまされて乗ってくださった。 それで、せっかくなら翔君を入れようと思った」と説明する。 翔は名門ニューヨーク大でダンスを専攻。 飛び級で卒業した秀才で、卒業後は米国でダンサーとして活動し、現在は日本で俳優として少しずつ頭角を現し始めている。 今秋は「下町ロケット」(TBS)、「ドロ刑」(日本テレビ)と立て続けに連ドラに出演予定。 「下町ロケットは受付の一番近くに座っている営業マンで、残念ながらセリフは全くない。 でもドロ刑はバーの店長役で、しっかりセリフがある!」とアピールした。 続けて「皆が楽しめるサンバっぽいものにしようと考えた。 股関節、肩甲骨がほぐれるような動きを取り入れている。 セカンド、サードバージョンと年々やっていきたい」と意気込んだ。 一方、生島は「ウチの息子はニューヨーク大学を主席で卒業した。 ボヤッとしていた体が目覚め、 元気になるので一日の生活の質が変わる。 カツゼツが圧倒的に良くなる。 健康寿命を長引かせることができると思う。 生島は健康知識が豊富で、ライザップのCMにも出演している。 「経験上、スクワットをやるのが一番痩せやすい。 しかも、やりながらグーパーすると血圧が5から10低くなる。 さらに舌を出すと認知症予防にも効果がある」と、とっておきのエクササイズを披露した。 yahoo.
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上沼恵美子が3日、カンテレ「快傑 えみちゃんねる」に出演し、かつて男性の「有名司会者」と共演した際に不快に思ったことを訴えた。 上沼はカメラを見すえ、「あの時は黙ってましたよ、何年か前やから。 今は怖いもんなしやで」と笑わせた。 番組には元TBSで現在はフリーの生島ヒロシアナウンサーが出演。 収録では実名だったようで、生島アナは「ああ、そうですか」と応じていた。 上沼は「嫌な男でしたよ」と言ってのけ、爆笑を誘った。 上沼は続けて、「一緒に司会させてもらって」と振り返り、そのアナウンサーがある雑誌の取材で「時間とか全部ぼくが合わしたんだよ。 大阪の上沼さんって時間合わせられないから。 生放送できないから」と発言していた事を述べた。 上沼は「あほか!私、生放送何年やってきたおもてんねん」と10代で漫才師としてデビューし、数々の仕事をこなしてきたことに胸を張った。 その司会者には「0・2秒おしてます」と言われたそうで、上沼は「0・2秒って分かる?」と再び笑いをゲット。 「それだけじゃないです。 なんぼでもあります」として別のエピソードを始めた。 大阪で上沼とラジオ番組で共演している人物が東京で開催されたあるパーティーに招かれて出席した。 そこで「有名司会者」と遭遇。 上沼が話題になり、司会者は「ああ、あの女にはエライ目にあったよ」と言ったという。 上沼は「勇気があるね」と声を低くし、カメラを見すえてここでも笑いを誘った。 「あの時は黙ってましたよ、何年か前やから。 今は怖いもんなしやで」と言って共演者の爆笑を呼び込んだ。
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元TBSのフリーアナウンサー小島一慶(こじま・いっけい、本名かずよし)さんが23日、肺がんのために都内の病院で亡くなっていたことが26日、分かった。 75歳だった。 元TBSの後輩のフリーアナウンサー生島ヒロシ(69)が、ありし日の小島さんをしのんだ。 75年に僕が入社した当時のTBSの男性アナウンサーには、一慶さんの1期上に林美雄さん、久米宏さんがいましたが、人気は一慶さんが一番でした。 その後、久米さんが「ザ・ベストテン」の司会でブレークしましたが、2人には絆がありました。 一慶さんは豪快で、いわゆる「飲む、打つ、買う」の人でした。 たばこもすごく吸っていました。 僕にとっては遠い存在で、憧れた人でした。 アナウンス室でたまに会えても、アッという間に来て、パパッと消える人でした。 時々、アドバイスをくれたけど、細かいことは言わない人でした。 僕が入社試験を受けた時の、2次だか3次の面接官の中に一慶さんがいました。 どういう人を番組ゲストに呼んでインタビューしたいかという質問で、僕は第2次世界大戦後の数々の大型倒産で管財人を務め「会社再建の神様」と呼ばれた早川種三さんの名前を挙げました。 他の人はスポーツ選手やアイドルの名前を挙げているのにです。 いわゆる芸能アナの採用なので、誰もその後の質問が続かない。 でも、一慶さんはインタビューの達人だから「なんで、この人がいいんだ」と。 「駄目な会社を立て直したのがすごい」と答えました。 そしたら「次にインタビューしたい人は」とたたみ込んできて、何も考えていなかったんだけど「野坂昭如さん」と答えました。 普通は、そんなに聞いてこないんだけどね(笑い)。 僕のそういうところを一慶さんが面白いと思って、気に入ってくれたんじゃないかな。 TBS時代は一慶さんの後番組をやることも多かったんです。 一慶さんは「お前らしくやれ。 お前は小島一慶にはなれない。 生島ヒロシらしく、自由に楽しんでやれ」と言ってくれました。 豪快に遊び、豪快に仕事をして、格好よかった。 最近は品行方正になったと聞いていたんですけどね。 残念です。 ありがとうございました。 ご冥福をお祈りします。
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