それも1度や2度の事ではないだろう。 あの 宮沢りえも 「 」 高岡早紀も 「 」 葉月里緒菜も 「 」 水沢アキも 「」 樋口可南子も 「 」 小島聖も 「 」 井上晴美も 「 」 みんなみんな 篠山紀信大先生がお脱がしになられたのだ! いやいや、それだけではない。 「 」 そう。 もはや過去から未来にわたり北は北海道から南は九州沖縄まで老若男女を問わず累計100億人を軽く超えるであろう日本国民の全てが篠山紀信大先生のお世話になっているといっても過言ではないのだ。 数々の大女優たちを撮り続け、社会に衝撃を与え続けてきた篠山紀信大先生。 だが、その篠山紀信をして 「時代と寝た女」と言わしめた女優がいた。 山口百恵は昭和の高度成長期における公の存在物であった。 誰しもが昭和という良き時代を振り返る時、そこには山口百恵がいる。 言い得て妙。 この言葉は山口百恵にしか当てはまらないし、また、篠山紀信だからこそ語れる言葉だ。 Sponsored Link 篠山紀信が山口百恵を初めて撮ったのは、昭和48年年7月10日 山口百恵 14歳 白いセーラー服の山口百恵が篠山の前に現れた。 「中学3年生の彼女のなかにまだこの世界に染まっていない初さと、ほんの少しの自己主張をぼくは感じた」 これが山口百恵に対する篠山の第一印象だった。 それ以来、篠山は自身の多忙なスケジュールを百恵のスケジュールに合わせて彼女を撮り続けた。 それから7年の年月が過ぎた。 篠山が百恵に向けて切ったシャッターの数は天文学的数字に達していた。 1979年3月30日 NHKは過去に前例のない異色の挑戦をした。 それは動く画面がない、スチール写真だけで構成された番組の放映だ。 番組のタイトルは 『NHK特集 山口百恵 激写/篠山紀信』 「 」 篠山紀信が撮り続けてきた14歳から20歳までの山口百恵選りすぐりの写真1500枚を一挙に流すという大胆な企画だった。 その当時、ベトナムでは中越戦争が勃発し、アメリカスリーマイル島原子力発電所では放射能漏れ事故が発生するという重大事件が世界で相次いでいたが、日本国民の関心はこのNHK特集1点に集中していた。 番組放映開始が直前に迫る。 日本全土に痛みを感じるほどの静寂が広がっていた。 家にいる者は皆テレビの前に正座してその時を待つ。 自宅に帰れない多くのサラリーマン達は街頭テレビの前に群がる。 日本人が駆け抜けた高度成長期を、山口百恵という一人の女性の成長を通して再確認する時がやってきたのだ。 番組が始まった。 流れてくるのは山口百恵のスチール写真と、アルバム『A Face in a Vision』の楽曲。 あどけないセーラー服姿の少女が日本中の人々を魅了する大人の女へと変化してゆく。 間違いない。 山口百恵はこの日のために花柳糸之が創作した日舞「寿初春」を披露した。 800名の参加者はその美しさに魅了された。 若尾文子、吉永小百合、小川真由美、山本陽子、十朱幸代が主演を務めた平岩弓枝ドラマ「日本の女シリーズ」。 この豪華女優陣に肩を並べて山口百恵が「北国から来た女」で最年少主演女優を務めた。 平岩弓枝ドラマ「日本のおんなシリーズ」のオムニバス「北国から来た女」で主演に抜擢された山口百恵。 名誉なことではあるが、腑に落ちないのが相手役の中島久之。 赤いシリーズなどではとにかく嫌な奴だった中島久之がなぜ山口百恵の恋人に? 山口百恵・三浦友和共演映画10作目のシナリオが一般公募された。 当選したのは29歳の普通の主婦・中川美知子さんが書いた「ホワイト・ラブ」。 応募総数1万1千編の中から選ばれたこの作品は大ヒットした。 山口百恵演じるスタイリストの上村忍と三浦友和演じる山野辺健。 二人はそれぞれに事情を抱えてスペインに飛んだ。 忍は家族を捨てスペインで暮らす余命いくばくもない父に逢う。 一方、健はスペインで別れた元恋人の多恵子と偶然に再会するが・・・ 映画「ホワイト・ラブ」の撮影でスペインにいった山口百恵と三浦友和。 二人は撮影中のみならず、プライベートタイムでもアツアツムード全開だった。 百恵と友和は撮影の合間の僅かな時間を利用してスペインの街でデートをしていた。 第5回日本テレビ音楽祭で石野真子、渋谷哲平、ピンク・レディー、榊原郁恵、桜田淳子らを押しのけて山口百恵がトップアイドル賞を獲得!! ベルサイユのばらで宝塚ブームを巻き起こした植田紳爾氏が第5回百恵ちゃん祭りの演出を手掛けた。 題材は古代エジプトの悲劇の美女クレオパトラの生涯。 政治に翻弄されるクレオパトラを山口百恵が見事に演じ切った。 帝国劇場での初のリサイタルで山口百恵は恋人がいることをファンの前で告白した。 実名こそは明かさなかったものの、誰しもがそれは三浦友和のことであると信じていた。 山口百恵は三浦友和との恋を隠していることが辛かったのだ。 山口百恵と三浦友和の交際がついに明らかになった。 三浦友和の自宅マンションでの密会を写真週刊誌に取られたのだ。 二人の熱愛スクープ写真は日本中を駆け巡った。 そして山口百恵はファンに向けて三浦友和との交際宣言をしたのだ。 写真週刊誌に熱愛写真を撮られた翌日、山口百恵は大阪のコンサート会場でファンに向けて三浦友和との恋人宣言をした。 恋人宣言直後の山口百恵・三浦友和が映画『天使を誘惑』の撮影に入った。 同棲生活を通じて愛し合い、傷つけあう男女の日常生活を演じる山口百恵と三浦友和の演技にファンは釘付けになった。 佐野恵子(山口百恵)は貧乏なフリーライター上杉浩平(三浦友和)と同棲生活を送っていた。 恵子は浩平に尽くしていたが、浩平には結婚する気も子供を作る気もない。 それでも恵子は浩平を愛し続けた。 山口百恵と三浦友和は年末から正月にかけてグリコのコマーシャル撮影のためにハワイに行く。
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本土復帰前の沖縄から彗星の如く現れた稀代の美少女、南沙織 昭和46年にアイドル歌手としてデビューするや否や「17才」で54万枚を超える大ヒット。 レコード大賞で新人賞を獲得し、その後もヒット曲を連発する。 「」 ところが、南沙織人気絶頂期の昭和53年 上智大学に進学するために突然の芸能界引退宣言。 そして、その翌年の昭和54年 なんと、南沙織が衝撃の結婚を発表する。 しかも、相手の男の年齢が39歳 ななんと、当時25才だった南沙織より14歳も年上の おっさんだったのだ!! で、その南沙織の夫となった男とは・・・ すみません、まちがえました。 改めまして、その南沙織の夫となった男とは・・・ そう。 写真界の巨匠・篠山紀信だったのだ。 篠山紀信といえば、数々の有名女優を脱がせ、衝撃的な写真集を世に送り出してきた。 「 」 「 」 「」 当然、篠山紀信はアイドル時代の南沙織の写真も撮っており、その過程で篠山が南沙織を口説いたのだろうと思っている向きも多いはずだ。 しかし、実のところ篠山紀信は南沙織の写真集を出してはいない。 南沙織が引退した後に、篠山紀信との交際が始まり、結婚に至ったという。 カメラを武器にせずに、どうやってあのモジャモジャ頭で時のトップアイドルを口説き落として嫁にしたのだろうか・・・? いや、それはいい。 そんなことよりも、飛ぶ鳥を落とす勢いの新進気鋭の写真家であった篠山紀信が当時のトップアイドルである南沙織をなぜ撮っていなかったのだろうか・・・? あるいは篠山紀信は女として意識する相手は被写体にはしない、ということだったのかもしれない。 Sponsored Link そんな篠山紀信が被写体として強烈に惹かれていた女優がいた。 他でもない。 山口百恵だ。 山口百恵が14歳の夏。 篠山紀信は初めて山口百恵の写真を撮った。 「中学3年生の彼女のなかにまだこの世界に染まっていない初さと、ほんの少しの自己主張をぼくは感じた」 被写体としての山口百恵の魅力に気が付いた篠山はそれから山口百恵が引退するまでの7年間、ひたすらに山口百恵の写真を撮り続けた。 その量。 その質。 篠山が被写体としてきた女優は星の数ほど存在するが、山口百恵は無双であった。 21歳になった時、山口百恵は三浦友和との結婚、そして自らの芸能界引退を表明した。 それから数か月後。 篠山紀信は山口百恵の最後の写真を撮った。 最後の撮影が終わった後、篠山紀信とスタッフは山口百恵を囲んで白ワインを開けてスタジオの隅で乾杯した。 別れる前に、山口百恵がカメラを手に取った。 そして、山口百恵は篠山紀信に向けてシャッターを切った・・・ 昭和55年8月1日 東京池袋の西武デパートで篠山紀信の写真展が開催された。 写真展のタイトルは「百恵も燃え」 篠山紀信が撮り続けた山口百恵7年間の全記録だ。 「7年間の出会いから今日の最後の撮影まで何万枚もの百恵を撮ったことになる。 だが、これから先ただの1枚も百恵を撮ることはなくなる。 でもそのことに対する感傷は微塵もなくて、むしろ爽快感があった。 僕自身にも百恵にやれることは全てやり尽くしたのだという気持ちがあるからだと思う」 篠山紀信は万感の思いでこの日を迎えた。 関連ページ 山口百恵と三浦友和が婚約発表をした。 と同時に山口百恵が芸能活動から引退するという衝撃の事実も明らかになった。 引退発表直後の山口百恵がTBSドラマ「ナナハン学園危機一髪」に主演した。 裏番組はドリフの『8時だョ! 全員集合』。 山口百恵は主演女優としてあのお化け番組に果敢に挑んだのだ。 親友同士だった山口百恵とアン・ルイスは偶然にも同じ昭和54年に結婚した。 しかし、三浦友和の妻として幸せになった山口百恵とは違い、桑名正博と結婚したアン・ルイスには辛い人生が待ち構えていた。 引退発表した山口百恵最後の主演映画は川端康成の「古都」に決まった。 ファンは三浦友和との共演を期待していた。 しかし、「古都」の制作発表の場に三浦友和の姿はなかった。 山口百恵最後の主演映画が川端康成の「古都」に決まった。 三浦友和の出演がなかったことへの国民の反発が大きかったことから、監督の市川崑は急遽、原作にないキコリの役を作り三浦友和を出演させることにした。 生き別れた双子の姉妹千恵子と苗子(山口百恵の一人二役)。 赤ん坊の時に親に捨てられた姉の千重子は呉服問屋に拾われ裕福な生活を送っていた。 一方の妹苗子は両親を亡くして村で貧しい暮らしをしていた。 大人になった千重子と苗子は偶然に再開。 千重子は苗子と一緒に暮らすことを願う。 結婚引退を控え過酷なスケジュールで埋め尽くされて山口百恵がヨーロッパに独身最後の旅行に行った。 といっても、もちろんテレビ番組のロケだ。 山口百恵はヨーロッパ各地を巡りながら、引退を控えた現在の心境を語った。 赤いシリーズ最終作となる「赤い死線」の制作発表がなされた。 そしてこれが山口百恵最後のテレビドラマでもあった。 相手役は夫となる三浦友和。 山口百恵は引退前の過密スケジュールの中でこのドラマの撮影に臨んだ。 山口百恵最後のテレビ番組である「赤い死線」。 山口百恵は夜の街のダンサーで三浦友和は殺人事件の容疑者。 二人は故郷の北海道に帰るために殺人の真犯人を探し続けた。 結婚引退を間近に控えた山口百恵が日本武道館でファイナルコンサートを開催。 デビューからの様々なヒット曲を披露し、最後は涙を堪えながら「サヨナラの向こう側」を熱唱。 そして、歌い終えた山口百恵はステージ上にそっとマイクを置いて去っていった。 引退前の山口百恵「夜のヒットスタジオ」の特番「サヨナラ山口百恵」に出演した。 これが最後のテレビ生出演だ。 桜田淳子、森昌子など仲の良かった歌手たちに囲まれながら、山口百恵は最後の歌「さよならの向こう側」を歌い切った。
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本土復帰前の沖縄から彗星の如く現れた稀代の美少女、南沙織 昭和46年にアイドル歌手としてデビューするや否や「17才」で54万枚を超える大ヒット。 レコード大賞で新人賞を獲得し、その後もヒット曲を連発する。 「」 ところが、南沙織人気絶頂期の昭和53年 上智大学に進学するために突然の芸能界引退宣言。 そして、その翌年の昭和54年 なんと、南沙織が衝撃の結婚を発表する。 しかも、相手の男の年齢が39歳 ななんと、当時25才だった南沙織より14歳も年上の おっさんだったのだ!! で、その南沙織の夫となった男とは・・・ すみません、まちがえました。 改めまして、その南沙織の夫となった男とは・・・ そう。 写真界の巨匠・篠山紀信だったのだ。 篠山紀信といえば、数々の有名女優を脱がせ、衝撃的な写真集を世に送り出してきた。 「 」 「 」 「」 当然、篠山紀信はアイドル時代の南沙織の写真も撮っており、その過程で篠山が南沙織を口説いたのだろうと思っている向きも多いはずだ。 しかし、実のところ篠山紀信は南沙織の写真集を出してはいない。 南沙織が引退した後に、篠山紀信との交際が始まり、結婚に至ったという。 カメラを武器にせずに、どうやってあのモジャモジャ頭で時のトップアイドルを口説き落として嫁にしたのだろうか・・・? いや、それはいい。 そんなことよりも、飛ぶ鳥を落とす勢いの新進気鋭の写真家であった篠山紀信が当時のトップアイドルである南沙織をなぜ撮っていなかったのだろうか・・・? あるいは篠山紀信は女として意識する相手は被写体にはしない、ということだったのかもしれない。 Sponsored Link そんな篠山紀信が被写体として強烈に惹かれていた女優がいた。 他でもない。 山口百恵だ。 山口百恵が14歳の夏。 篠山紀信は初めて山口百恵の写真を撮った。 「中学3年生の彼女のなかにまだこの世界に染まっていない初さと、ほんの少しの自己主張をぼくは感じた」 被写体としての山口百恵の魅力に気が付いた篠山はそれから山口百恵が引退するまでの7年間、ひたすらに山口百恵の写真を撮り続けた。 その量。 その質。 篠山が被写体としてきた女優は星の数ほど存在するが、山口百恵は無双であった。 21歳になった時、山口百恵は三浦友和との結婚、そして自らの芸能界引退を表明した。 それから数か月後。 篠山紀信は山口百恵の最後の写真を撮った。 最後の撮影が終わった後、篠山紀信とスタッフは山口百恵を囲んで白ワインを開けてスタジオの隅で乾杯した。 別れる前に、山口百恵がカメラを手に取った。 そして、山口百恵は篠山紀信に向けてシャッターを切った・・・ 昭和55年8月1日 東京池袋の西武デパートで篠山紀信の写真展が開催された。 写真展のタイトルは「百恵も燃え」 篠山紀信が撮り続けた山口百恵7年間の全記録だ。 「7年間の出会いから今日の最後の撮影まで何万枚もの百恵を撮ったことになる。 だが、これから先ただの1枚も百恵を撮ることはなくなる。 でもそのことに対する感傷は微塵もなくて、むしろ爽快感があった。 僕自身にも百恵にやれることは全てやり尽くしたのだという気持ちがあるからだと思う」 篠山紀信は万感の思いでこの日を迎えた。 関連ページ 山口百恵と三浦友和が婚約発表をした。 と同時に山口百恵が芸能活動から引退するという衝撃の事実も明らかになった。 引退発表直後の山口百恵がTBSドラマ「ナナハン学園危機一髪」に主演した。 裏番組はドリフの『8時だョ! 全員集合』。 山口百恵は主演女優としてあのお化け番組に果敢に挑んだのだ。 親友同士だった山口百恵とアン・ルイスは偶然にも同じ昭和54年に結婚した。 しかし、三浦友和の妻として幸せになった山口百恵とは違い、桑名正博と結婚したアン・ルイスには辛い人生が待ち構えていた。 引退発表した山口百恵最後の主演映画は川端康成の「古都」に決まった。 ファンは三浦友和との共演を期待していた。 しかし、「古都」の制作発表の場に三浦友和の姿はなかった。 山口百恵最後の主演映画が川端康成の「古都」に決まった。 三浦友和の出演がなかったことへの国民の反発が大きかったことから、監督の市川崑は急遽、原作にないキコリの役を作り三浦友和を出演させることにした。 生き別れた双子の姉妹千恵子と苗子(山口百恵の一人二役)。 赤ん坊の時に親に捨てられた姉の千重子は呉服問屋に拾われ裕福な生活を送っていた。 一方の妹苗子は両親を亡くして村で貧しい暮らしをしていた。 大人になった千重子と苗子は偶然に再開。 千重子は苗子と一緒に暮らすことを願う。 結婚引退を控え過酷なスケジュールで埋め尽くされて山口百恵がヨーロッパに独身最後の旅行に行った。 といっても、もちろんテレビ番組のロケだ。 山口百恵はヨーロッパ各地を巡りながら、引退を控えた現在の心境を語った。 赤いシリーズ最終作となる「赤い死線」の制作発表がなされた。 そしてこれが山口百恵最後のテレビドラマでもあった。 相手役は夫となる三浦友和。 山口百恵は引退前の過密スケジュールの中でこのドラマの撮影に臨んだ。 山口百恵最後のテレビ番組である「赤い死線」。 山口百恵は夜の街のダンサーで三浦友和は殺人事件の容疑者。 二人は故郷の北海道に帰るために殺人の真犯人を探し続けた。 結婚引退を間近に控えた山口百恵が日本武道館でファイナルコンサートを開催。 デビューからの様々なヒット曲を披露し、最後は涙を堪えながら「サヨナラの向こう側」を熱唱。 そして、歌い終えた山口百恵はステージ上にそっとマイクを置いて去っていった。 引退前の山口百恵「夜のヒットスタジオ」の特番「サヨナラ山口百恵」に出演した。 これが最後のテレビ生出演だ。 桜田淳子、森昌子など仲の良かった歌手たちに囲まれながら、山口百恵は最後の歌「さよならの向こう側」を歌い切った。
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