ほとんど人のいない広大なjこの場所に情熱を掲げている男がいる。 ベンジャミン・パラシオス(61)は、彼の四駆でメスキート(マメ科の低木)、サボテン、キンポウゲに似た黄色い花が生い茂るこの荒野を走りぬける。 パラシオスは、ゾーンのはずれ、チワワ州エスカロンの村で育ち、現在はこの周辺にUFOをテーマにした自分の農場を持っている。 真っ黒に日焼けして、たっぷり髭をたくわえたカリスマ的存在のパラシオスが、砂漠へ続く道へとハンドルを切る。 わずか2、3マイル離れた幹線道路に戻れば、ラジオははっきり聞こえるようになるのに、今は延々と電波を探しても、やはり信号はとらえられない。 ベンジャミン・パラシオス UFOやエイリアンの集合地帯 このエリア一帯は、地下のマグネタイトの沈殿や隕石の破片が原因で崩壊が起こると考えられていて、ゾーン全体への影響が議論されている。 チワワ、デュランゴ、コアウイラのメキシコ3州が接するこのあたりは、天体活動が盛んなのも確かで、UFOや地球外生物の訪問もあると言う人もいる。 20世紀には、大きな隕石がゾーン近くのチワワ南部に何度か落下した。 ひとつは1938年、もうひとつは1954年に同じ農場に落ちてきたのだ。 3度目は1969年に少し西のアジェンデバレーに落ちた。 「そのときオレは目が覚めて、空が明るくなったのを見たんだ」パラシオスは隕石について語った。 「何マイルも離れた場所にいた人が光を見て、窓が割れるほどのものすごい衝撃音を聞いた。 あれは世界中の研究者の関心を引いたよ」サイレンス・ゾーンという名前は1966年に初めてつけられた。 石油会社のペメックスがこのエリアの調査のために乗り出し、リーダーのオーガスト・ハリー・デ・ラ・ペーニャが電波が届かないことに困って、サイレンス・ゾーンと名づけたという。 パラシオスの農場の入り口 アメリカのロケットが墜落 それから、このエリアが注目されるようになり、1970年7月11日には、新聞の一面を飾った。 アメリカのロケット、アテナが、上層大気調査のためにユタ州グリーン・リバーの空軍基地から打ち上げられた。 ロケットはニューメキシコ州ホワイトサンズ近くに落下する予定だったが、大きくそれて午前2時にサイレンス・ゾーンのど真ん中に落ちたのだ。 ゾーンは一時的に国際的に注目され、地元の人たちは観光事業を当てにした。 アメリカの宇宙計画確立を手助けした、元ナチの有名なロケット科学者ヴェルナー・フォン・ブラウンが、アメリカ政府に代わって調査にやってきた。 そのブラウンを列車の駅で迎えたのが、当時のエスカロン市長だったパラシオスの父親だった。 ブラウンは、セスナで偵察飛行を行い、隕石の衝突現場を確認した。 その後、300人のメキシコ人労働者を使って、砂漠を横切って隕石が衝突してできたクレーターへつながる16キロのの鉄道支線が建設された。 それから、アメリカ人研究チームがやってきて、発掘をした。 「フォン・ブラウンは、28日間ここに滞在していたよ」パラシオスは案内しながら言う。 「アメリカ人たちは、砂漠の中に臨時の寮、研究室、厨房、医療施設を作った。 滑走路までこしらえて、貨物を直接ヒューストンへ移送していたし、鉄道で大量の残骸を運び出していたよ」 サイレンス・ゾーンのはずれ 多様な生物が生息する場所 そうした施設は、今はもうない。 5階建ての高さの7トンロケット、衝突のクレーター、鉄道、建物が存在していた痕跡はひとつも残っていない。 しかし、ロケットが落下したおかげで、この地域への関心が急に高まり、数年後にメキシコ政府はマピミ生物圏保護区を作った。 この保護区には研究所があって、世界中から多くの科学者がやってくる。 彼らの多くは、北米最大の陸上爬虫類で絶滅が心配されるアナホリゴファーガメなど、特異な植物相や動物相に惹きつけられた生物学者たちだった。 北東へ広がる広大なエリアは、湿気が保たれた分厚い土の層のせいで、砂漠が陥没してできた乾燥盆地の一部だ。 何百万年も昔、サイレンス・ゾーンはテチス海の底にあった。 その名残は、化石化した海の貝や広大な塩の鉱床に見ることができる。 今日でも、労働者によってシャベルや一輪車で塩が採掘されている。 難しい地形なので、部外者が単独で冒険するような場所ではない。 「あの方角には行けない」パラシオスはTetas de Juanaの方角を指さして言った。 そこにはふたつの山の頂が砂漠から直接天に向かってそびえている。 その後ろにふたつの大きなチャパデロ隕石が落ちたのだ。 「古い坑道があちこちに残されているし、地面が湿気を含んでいるので、こうして車で走るのも大変なんだ」 パラシオスの農場の裏 様々な未知との遭遇情報 何世代にもわたって、サイレンス・ゾーン近辺で奇妙な生き物に出会ったとか、空に異様な光を見たとか、ものすごい数の流星が降り注いだといった話がたくさん出てきた。 こうした話はたいてい、遠くの農場に住んでいる人や、砂漠で迷った部外者から出たものだ。 人々は空に火の玉を目撃し、火のついた巨大な回転草のような炎が山腹を転げ落ちたという。 「このあたりでエイリアンやUFOの噂はたくさんある」州官僚で、チワワでもっとも熱心なUFO研究者でもあるジェラルド・リベラは言う。 「ゾーンで迷う人は多い。 そうしたとき、長身のブロンドの生き物がどこからともなく現われたと言うんだ」 ルディックとして知られるこうしたエイリアンに遭遇したと主張する人たちは、エイリアンは完璧なスペイン語を話し、水だけ所望して、足跡も残さずに消えたという。 どこから来たのか訊くと、エイリアンは"空から"とだけ言ったらしい。 プラネット・マーキュリーと名づけられた、観光客のための小屋の建設予定地 UFOに拉致された経験のあるパラシオス ベンジャミン・パラシオス自身にもエイリアン体験をしている。 「オレが12歳だったころ、上空から光が現われて、それがすっぽりオレたちを包み込んだ。 オレは弟と一緒にゾーンに向かっていたが、なにが起こったのかわからなかった。 農場に戻ってきたとき、オレたちは2時間も行方不明になってたことがわかったんだ」 パラシオスの夢は、超自然への関心を利用して、自分の農場に客を宿泊させ、ガイドツアーを行って、サイレンス・ゾーンを観光のメッカにすることだ。 一時、エイリアンや超常現象目当ての野次馬が大勢ここに押し寄せたが、今やほとんど来る人もいない。 その大きな原因は、治安状況の悪化だ。 「もし観光客が戻ってくるなら、小さな小屋を8棟立てて、それぞれに太陽系の各惑星の名前をつけたい」とパラシオスは言う。 それが現実になるかもしれない。 100年前のメキシコ革命の争乱の際に廃墟と化した大農場や、洞窟の奥深くに埋もれた秘湯のように、ここには探検の喜びを提供してくれるものがまだある。 ここは世界の中でも本当に美しく、思わず引き込まれる場所だが、なんせアクセスが悪い。 エスカロンは人口1000人以下、セバロスも3000人ちょっと。 だが、鉄道が閉鎖され、若い人たちが都市やアメリカに出て行ってしまい、その数は減っている。 いくつかの農場は別として、砂漠には基本的になにもいない。 サイレンス・ゾーンは、チワワ砂漠の近くにある 様々な超常現象?サイレンス・ゾーンの魅力に取りつかれる人々 にもかかわらず、パラシオスのような熱狂的な支援者たちは、ゾーンの特異な特徴を語り継ぎたがっている。 とてつもなく巨大な植物や動物がいるというような話もそうだが、パラシオスによればここにいると病気になったことがないという。 それはゾーンのおかげだと彼は信じている。 「ゾーンはわたしたち家族にとってとてもいいのよ」というのは、パラシオスの妻のチャチャ。 「娘のアレジャンドラとその夫は、なかなか子供ができなかったので、あらゆる方法を試していたの。 ところが、彼らがここを訪ねて来たとたん身ごもったのよ。 2年後に再びやってきた後もまた妊娠したわ」 本当だろうか? どこまでも平らな大地を進みながら、そんなことはそれほど重要ではないように思えた。 太陽は西へ傾き、月がちょうど反対側の遠くの山並みの上に出ている。 この砂漠にいると、なんだか別世界のような感覚になってくる。 まるで自分たちが、傾いた地球のてこの支点にいるようで、オレンジに光る火の玉がひそやかな天空のシ ーソーで金属製の円盤を持ち上げているように見える。
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ネタバレ注意。 クライマックスで主人公は 『決まった時刻に石を直接触れると、大切な人を失った過去に戻って救えるが 地球がバランスを取るために身近な人を1人失う』 という、とてもわかりやすい選択を強いられます。 そして、凄惨な事件を全て丸く収める唯一の選択である、 助手の「助手の娘を助ける代わりに助手が死ぬ」という選択をチョイスしたのです。 「齟齬がある」というレビューを散見しますが、とんだ見当違いです。 助手の言っていた通り、未来が改ざんされました。 助手は娘を生き永らえさせて、その後自分の死期を悟って手紙を残しています。 チンピラを雇わないのだから主人公の息子は命を失うことも無く、 大グランパであるところの教授も幸せの内に天寿を全うできましたし、 (自分の代わりに娘を守る存在ができた安心からでしょう) 奥方を先に失ったのも結局は決まっていた事だったのでしょう。 あの粗忽なチンピラも、彼らに関わることなく生きているはずです。 患者&コリー犬が主人公と結ばれているあたりはご都合主義と言う他無いですが、 結局は助手が言っていた通り、最も良い形に改ざんされたのです。 ラストで主人公は、ハッした表情を見せました。 「経験した凄惨な過去と石の秘密を思い出した」と判断するか (強引ですが)「そこにまた車が突っ込んできて息子が~」と判断するかは、 見る側に委ねられています。 ここまでハッピーエンドを見せたがっているのだから、 自分は比較的ハッピーな前者でいいや、と思いました。 タイムリープモノとして正直ストーリーは陳腐ですが 役者の演技で見応えがありました。 で脳足りん(笑)のビショップ博士を演じていたジョン・ ノーブルが出ていたので視聴。 本作で演じるホワイト博士が率いるミサイル破片回収ミッションで、博士 の助手の名前がピーターだったりとか、ヒロインの名前がアナだったりと か、いや絶対フリンジ意識してるでしょ^^;; (フリンジのヒロインのオリビア役を演じたのがアナ・トーヴ。 本作の雰 囲気やホワイト博士のキャラまでフリンジ風味) 作品解説にある「ある人物」の正体は、案外簡単に見当がついてしまいま す。 恐らく等価交換で過去を変える事のできる隕石の話です。 ただ、過去の事実を変えて時間軸をずらせるだけなのか?それとも過去に死んだ人間を直接的に助けられるのか?の説明が無さすぎで分かり難いです。 チョット辻褄合わせを視聴者に投げすぎですね。 ネタばれですが、恐らく最後に真犯人の博士の助手が隕石を必要としていた過去の自分に、手遅れになる前に娘の病気の話をして、その後の事件が起こらない様に軸をずらしたという真相でしょうが、自分が死ぬだろうと言っていたのに博士が既に死んでるとかと話が飛びます。 等価交換の説明がまるで無いです。 チョット説明不足が半端無いですね。 その辺の視聴者丸投げの余白振りが酷いですが、ま~観れなくはないです。 視聴後は辻褄を想像してみましょう。 原題は『SILENCIO』(沈黙)。 2018年の映画です。 英語4:スペイン語6の割合なので吹き替えと言えど字幕映画のごとし(笑)。 『FRINGE』で有名な俳優ジョン・ノーブル氏に釣られて見てしまいましたが、SFにもスリラーにもなりきれない中途半端な脚本で、名優を活かしきれていないのが残念でした。 そもそもサイレンス・ゾーン(実在するそうです)の設定、必要なかった気がします。 もし物語の核にするなら、もう少し肉付け(アレンジ)して欲しかったです。 特に冒頭で時間が巻き戻る描写などは明らかに説明不足。 SFやタイムトラベル物に慣れていない人には意味不明なシーンになっています。 これではまずいと思ったのか、後半サスペンスの要素を入れて盛り上げようとしたのも失敗。 「おいおいSF映画じゃなかったの?」と観客置いてけぼり(苦笑)。 繰り返しで恐縮ですが、全てにおいて中途半端でした。 脚本の悪さのせいで評価されない作品になってしまった演者の皆さんが何とも気の毒でなりません。 ジョン・ノーブルという名を聞いただけでこの映画の中身が予想出来る方はかなりの米TVドラマ好きだと思われます。 そして彼は年齢による記憶障害を持つ元・科学者として登場しました。 所がタイムワープを手にした彼らはそれと引き換えに大きな代償を支払う事を余儀なくされてしまいました。 2つに1つ、または3つに1つを選べと人生の岐路を選択させられてしまうのです。 そして映画の最後に出て来る車内のカップルは別次元(つまり旧未来の)自分らでした。 この辺りは気を付けていないと理解し辛いかと思われます。 SF映画とはいえ人生の終盤を描いた本作は若年層では監督の意図する所を理解し難いかと思われます。 これを見る方の年齢層が50代以降の方なら監督の言いたい事は理解できるのでは?と思われます。 良作でした。 2018年のメキシコ製SF系ファンタジー? タイムリープして歴史を改編する力を持ったパワーストーン?を巡るサスペンス展開の寓話。 実話の部分は、1970年にアメリカのミサイル実験がコースを外れ、メキシコのマピミ砂漠に落下した。 ミサイルにはコバルトが搭載されており、周囲を封鎖して米軍が大挙して回収に向かった事が知られている。 ミサイルにコバルトが搭載されていたのは、情報は公開されていないが核関連の実験と見られている。 回収に向かったのは、ドイツのV2ロケットやアポロ計画のサターンエンジン等で有名なヴェルナー・フォン・ ブラウン博士。 ミサイルは広範囲に散乱しており、突貫工事で線路まで引かれ、大量の土砂と共に 貨物列車数台分を掘り返して根こそぎ運び去ったそうである。 ミサイルが落下した場所は、「ムー」などの雑誌を愛読しているタイプの方達にはバミューダトライアングルと 並び称される程著名な「パワースポット」で、「マピミ・サイレント・ゾーン」と呼ばれている。 20世紀に入ってからでも3回隕石がこの地域に落下し、さらに飛行機やミサイルもこの地域に引き寄せられる ように落下した www 事から、「何かを引き付ける力がある」とされ 、他の有名なパワースポット同様UFOの 出現率なども極めて高い地域とされている www UFOだけではなく、見た事もない「未知の動物」などとの遭遇例や、異星人?との遭遇例も報告され w UFOに乗せられた、などとする報告例も後を絶たない地域である www 幾つもの検証で、電波も届く・計器も正常に作動する事が確認されているが、ムーなどを愛読する愉快なタイプ の人々は「計器を乱す磁場のパワースポットは地域内を常にランダムに移動する」という珍説を作り上げ 間違いなくパワースポットであると信じ続ける、現存する数少ない「夢と魔法の地域」である www パワーストーンの元になるのは、「アエンデ隕石(アジェンテとも言う)」と呼ばれる1969年にこの地域に 落下した隕石で、大気中で爆発し数千の隕石雨となった「太陽系最古」の物質と言われている。 コバルトと反応するとパワーストーンになるかどうかは知らないが w 現在でもこの地域で発見する事が出来る。 ただ、本作ではそこまで深い意味はないだろう w 超自然現象的イメージをアップさせるための小細工 w とまあ、こんな事実があってタイムリープが可能になるパワーストーンが偶然出来上がるんだが、 これって、その後の展開に必要な設定かなあ? www 事実をわざわざ持って来る必要がそもそも感じられん www 基本的に、パワーストーン以外の部分はグリム童話の「死神の名付け親」系が元ネタ。 流行っているのかどうかは 知らないが、スペイン映画で「命の相続人」というよく似た内容の映画もある。 プライムビデオにも置いてあるよ。 命の相続人では、とある少女がある日突然どんな難病も即座に治癒してしまう能力を授かるのだが w この手の特殊能力が授かる事に説明が必要かどうかっていう解釈次第なんだろな・・・ 本作では「治癒能力」ではなくて、タイムリープ能力で時間を遡り、歴史を改編する事で死ぬべき人が助かる という設定ではあるのだけれど。 となると、万能能力では無いな、これ。 不治の病で死んだ人は助ける事は出来そうにないしな・・・救う方法がないもんな。 老衰とかも・・・ ま、ファンタジーの設定を考察してもね・・・ 魔法もホグワーツもサウロンも力の指輪も実在しない事を力説してもしょ~もない・・・ 評価としては 2. 突込み処は満載だが w 全体としたらそれほど悪くない・・・ ドラマとしては、命の相続人の方がやや上だが、サスペンス要素も登場人物が少ない為に、黒幕が誰かすぐ判る w というような脚本の粗さも目立つものの、起承転結という意味ではこちらの方が少しだけ良くまとまっている。 しかし、マピミ・サイレント・ゾーンを持って来る意味はほぼない w メキシコなら、じっちゃんが考古学者 or トレジャーハンターで、チチェン・イッツァなどの「古代遺跡で偶然見つけた」でも十分OKな気がするが・・・ ここから先は「個人的な感想」になる。 「見方」としてはやや特殊というか独特になるかもしれない。 命の相続人も同じだが、この手の「昔からの寓話」をヒューマンドラマで仕立て上げた物は、 何と言うか、心のどこかでささくれ立つ物がある。 どこかでやや「イラッ」としてしまうのだ。 ヒューマンドラマが嫌いという訳ではない。 この手の寓話は、古来より「戒め」として語り継がれてきている のである。 異形の者・人ならざる力が身近に存在していたからこそ、人ならざる力を行使、もしくは求める事を 戒め、そこに人としての愚かさ・浅はかさを教え示してきたのだ。 いやなに、異形の者や人ならざる力が過去に実在していたと言う話では無い。 ただ、かつてはその存在を疑う者 が居なかったのである。 疑う者が居ないと言う事は、「実在しているのと同じ」であるのだ。 バルザックの「あら皮」も、内容は高尚になるがベクトルは同じである。 あれは、人間の持つ原罪(所謂七つの 大罪)と、その浄化がテーマであり、人間の向かうべき先を示しているのである。 あら皮の主人公は、アイテムを使う事で代償として自らの寿命を縮めるのだが、人の原罪を自ら体感し学ぶ事に 自分の命の殆どを費やしてしまったが、最終的にはそれを学んだ事で最後に残された力を使って魂を浄化する事が 出来て、短い人生になってはしまったが、その魂は天国へ向かう事が出来た・・・という話である。 人ならざる力に容易に頼ってしまう人間の弱さ・愚かさを示す為に、力には代償が伴うとされているし そういった「力に頼らなくても」高潔な魂を維持出来る「人の可能性」を教えているのである。 ところが命の相続人や本作は、力の代償である部分に「抜け道」を探し出し、犠牲無しで力を行使しようとする あるいは、本来払わなければならない代償を最小限に留めた上で最も効率の良い結果を選ぼうとする。 異形の者・人ならざる力が消え去った現在では、戒めその物が不要になるのは仕方がないが、力の代償に抜け道が あるとした上で悲劇に終わらせないのは、寓話で戒めようとした「死神を騙す寓話の主人公」と同じに思える。 本来、寓話の主人公は「愚か者」なのである。 そこに愚かさ・ずる賢さ・いやらしさ・弱さを見せつけるからこそ それが「戒め」なのである。 代償なしで、力の恩恵だけを受け取ろうとするその姿に、そういう映画を作る姿勢に 寓話の主人公と同様の「人間の浅ましさ」が見え隠れするように思うのは当方だけであろうか・・・ 最後に《 ネタバレあるよ~ 》 パワーストーンの能力を正しく理解していない様なレビューも散見するのでネタバレしておく w パワーストーンを巡る主人公アナの物語は、本人も知らない所で始まっている。 必要な時系列を書くと 1.じっちゃんの元助手のピーターの娘に脳血栓が出来る 2.病院での誤診断の結果、発見が遅れて娘が死ぬ 3.娘を生き返らせる為にピーターはパワーストーンが必要になる 4.パシリの小僧を雇ってパワーストーンを入手しようとする 5.じっちゃんが突き倒されて死ぬ 6.攫われた息子のフェリックスも死ぬ 7.パシリの小僧も撃ち殺される 8.霊能者?のダ二エルも撃ち殺される 主人公のアナがパワーストーンを使えば、じっちゃんか息子のどちらかしか救えないから【5】の前にまでしか 戻れない上に、どうしてもどちらか一人しか救えない。 しかし、ピーターに渡してピーターがパワーストーンを 使うと、娘を助ける事に使うので【2】の前まで戻って歴史を改編する事になる。 病院で精密検査をして娘は助かるが、付随する結果として【3】以降は改変された歴史上では必要が無くなり 消滅するから、死んだはずの4人も助かる事になる。 つまり、最後の最後でアナはピーターにパワーストーンを 渡してピーターの願いをかなえさせたのである。 じっちゃんはたまたま老衰で死んだんだろう w アナ自身がピーターの娘を救う為に使っても【2】の前まで戻れるが、改編後の世界でアナに石の記憶が欠如 している事やピーターが石を返しに来る事の説明が出来ない。 石を使って過去に戻る記憶が無ければ、誰かを救う 事も出来ないし、ピーター自身が死を覚悟している台詞からもピーターが石を使用したのは間違いないだろう。 しかし、作内の設定通り、世界がバランスを保つ為に代償が必要なら、付随したとはいえ死ぬべき命が 助かってるんだから、どっかで誰かが代償を払わされるのが普通なんじゃなかろうか・・・ w 2018年 つい最近! のメキシコ映画。 メキシコ北部に位置するチワワ砂漠には、太古に隕石が落下したせいで付近一体に磁場の異常がみられる「サイレンス・ゾーン」という場所があります。 電波は届かず、コンパス等が使い物にならなくなるとか・・・・・。 映画の冒頭にある1970年7月11日のアメリカのロケット「Athena」の墜落は実際にあった事件。 バミューダトライアングル等と同じでUFOの目撃情報も相次ぐ「ミステリー」な場所らしいです。 このロケット墜落の現場調査をした主人公のお爺さん 科学者 が持ち帰った「石」を巡るストーリー。 なんとその石は「3の倍数と3が付く数字のときだけアホになる」 ・・・・・い、いや、「3時33分に願い事をすると死んだ人を生き返すことが出来る」という不思議な力がある石だったのです。 でも、誰かを生き返したら副作用で願い事をした人の身近な人が代わりに死ぬという、けっこう「使えない」石 笑 その石を巡って、主人公のお爺さんは殺され、息子は誘拐。 主人公の女性 精神科医 は、患者の「霊が見える」男性と共に、息子を取り戻すために奔走するが・・・。 なんとなく「SF」っぽい設定に、親子、家族の「愛」、あの「インターステーラー」を思い出す映画です。 そこそこ面白いと思うのですが、結末が清々しいほどのデウス・エクス・マキナ!! 笑 デスウ・エクス・マキナ Deus Ex Machina ・・・「機械仕掛け 舞台装置 から現れる神」というのは、古代ギリシャの演劇技法の一つで、 悲劇のストーリーを凝り過ぎて 古代ギリシア人は悲劇大好き 、もうどうしようも収拾がつかない局面に陥った時、舞台の昇降装置から まるで紅白の小林幸子のように 神様が登場して、絶対的な「神のパワー」で全てを解決してくれるというもの 笑 ・・・・・現代用語では「ご都合主義」ともいいます 笑 もっとも、当時も哲学者アリストテレスなんかはこの「超・ご都合主義」を批判していたりするのですが・・・・。 この映画のラストはまさにコレ。 「あれ?一度に何人でも生き返らせることできたの?」 笑 とか、その場合逆に死ぬ人は1人でいいのか?とか。 いろいろ、ツッコミ所満載、しかもほぼ予想出来てしまう結末とか・・・・・。 まあ、とてもハートフルで映画としても出来が良いし、観終わった後の後味もいい映画なのですが・・・。 誘拐の実行犯のチンピラは生き返らせてもらえなかったのかなぁ、やっぱり 笑 だとしたら、その死体をみんなで・・・・・ 汗 メキシコ北部のチワワ砂漠、マピミ生物圏保護区内のバミューダ・トライアングル的な地域、「サイレンス・ゾーン」。 隕石が落下してできたクレーター、電波障害が発生しコンパスが使えない、それ以外にも様々な奇妙な現象が起きていると言われている地域。 ニクソン政権時代、アメリカのミサイル実験が失敗し、この地域に墜落する。 実際に'70年7月に上層大気調査ロケット(と公表されている)アテナがニューメキシコ州ホワイトサンズ近くに落下する予定だったがこのサイレンス・ゾーンに落ちており、この事故をもとに創られた物語だと思う。 実際の現場調査はかなり大掛かりに行われ(鉄道、飛行場と小さな町程の規模の施設が作られた)、大勢の科学者(フォン・ブラウンが調査でこの地に赴き、一か月近く滞在している)が調査を行った。 アジェンデ(アエンデ)隕石など事実を織り交ぜた設定で現実感を強調した演出が面白かった。 物語に対して直接的な関連は薄いのだがお膳立てとしては悪くなかったと思う。 超自然的、スピリチュアルな物語はあまり好きではないがアメリカ映画のような外連味は感じられず、その辺りは好感が持てた。 ストーリー全般はともかく、丁寧な脚本、演出に感心した。 合間合間に入る回想の主人公と祖父の会話場面に重要な意味を持たせた構成は素晴らしかった。 中盤以降サスペンスタッチになり先の読める展開であったが悪くはなかった。 石の持つ力は霊能力を与えることと時間軸を換えてしまうもののようだがラストの展開からそれでは言い切れない部分も感じられる。 死者を直接蘇らせるという宗教的な生命の摂理に反する行為を回避するために時間軸を換えるアイデアを考えついたように感じた。 奇跡を生み出す不思議な力を持つ石に憑かれた人間の愚かさとエゴが剥き出しになる展開がこの映画の山場であったと思う。 家族を守れなかったという負い目を持っていた主人公の祖父。 彼と同じように息子を守ってやれなかった主人公の母としての思い。 失われた愛する者を取り戻したいという思い。 この辺りにこの作品の主題を見出すことが出来る。 この映画の実相は願い事をかなえてくれる御伽噺をスタイルを変えて作った物語であったと感じた。 吹き替えで見ました。 結構期待が膨らむ感じで見始めたのですが、そのあとはなんとなくダラダラしている感じが強く、終盤で一気に畳みかける感じでした。 面白くない話ではないのですが、終盤でいきなり話がシュタインズ・ゲートの様な設定が出てきて終わってしまう感じがものすごく雑な印象でした。 以下はネタばれ含めの感想となります。 キャラのネーミングがフリンジなのでかなり期待して見ていたのですが、終盤で死者が出始めたあたりで正直見飽きてしまいました。 ラストはかなりパシリ役が惨殺されてしまうし、霊能者も勢いだけで殺されたりと、雑な感じしかうけませんでした。 妹さんが生き返った代償に息子が死んでしまったのかと思ったら、気づいてないだけかもですが、そのあと妹さんは出てこないし。 そしてラストシーンでいきなり話が時間軸とかシュタインズ・ゲートのようなことをピーターが行ってきたかのようなセリフと、石を手にした瞬間にほかの時間軸で起きたことを認識できるような設定とか最後の最後で出されてもなんともといった感じでした。 ここまで自由な設定があるのなら、フリンジベースの設定でこの物語を展開させた方が楽しめたんじゃないかなぁ…というか見てみたいなぁ 笑.
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メキシコ北部のチワワ砂漠には、電波が届かず、地面にある石にコンパスを近づけると制御を失ってぐるぐる回るという場所がある。 ここはサイレンス・ゾーンと呼ばれており、マピミ生物圏保護区の中の、距離にしてわずか50キロ、広さ40万ヘクタールのエリアにある。 ほとんど人のいない広大なjこの場所に情熱を掲げている男がいる。 ベンジャミン・パラシオス(61)は、彼の四駆でメスキート(マメ科の低木)、サボテン、キンポウゲに似た黄色い花が生い茂るこの荒野を走りぬける。 パラシオスは、ゾーンのはずれ、チワワ州エスカロンの村で育ち、現在はこの周辺にUFOをテーマにした自分の農場を持っている。 真っ黒に日焼けして、たっぷり髭をたくわえたカリスマ的存在のパラシオスが、砂漠へ続く道へとハンドルを切る。 わずか2、3マイル離れた幹線道路に戻れば、ラジオははっきり聞こえるようになるのに、今は延々と電波を探しても、やはり信号はとらえられない。 ベンジャミン・パラシオス UFOやエイリアンの集合地帯 このエリア一帯は、地下のマグネタイトの沈殿や隕石の破片が原因で崩壊が起こると考えられていて、ゾーン全体への影響が議論されている。 チワワ、デュランゴ、コアウイラのメキシコ3州が接するこのあたりは、天体活動が盛んなのも確かで、UFOや地球外生物の訪問もあると言う人もいる。 20世紀には、大きな隕石がゾーン近くのチワワ南部に何度か落下した。 ひとつは1938年、もうひとつは1954年に同じ農場に落ちてきたのだ。
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