マーサ ナカムラ。 雨をよぶ灯台 / マーサ・ナカムラ【著】

秒針のように進む文章 荒川洋治さんが選ぶ平成のベスト本5冊|好書好日

マーサ ナカムラ

『モノクロームの古い写真に写る死者は大人しく、生者の目を引きつける。 /我々の走馬灯の中で、並んで「そこにいる」「待つ」彼等を、頼もしく思うことさえある。 大きな書店の詩歌の書棚の前に立って、著名な詩人の詩集たちの隙間に押し込まれている、薄っぺらい冊子のような詩集を買うのだ。 代金を文字数で割ったらいったい幾らになるのだろうなどと独りごちながら、確たる基準も無しに詩集を選ぶ。 マーサ・ナカムラの詩集は、オンラインで購入した。 そこに大した意味はない。 「未明 02」に載っていた詩が気になって取り寄せたのだ。 投げ出された言葉の響きが気になって。 詩の言葉にア・プリオリな意味はない。 ア・ポステオリに湧き上がり共鳴し合う心象を追いかけるだけ。 縦書きの言葉を追いかける度に、そう畏まって自戒しながらも、諦め悪く詩人の頭の中にあるだろう意図に思いを馳せてしまう。 例えば、小池昌代の、蜂飼耳の、言葉には、持ち重りするような心象と共に、詩人の心の動きが見える。 心の中まで見通しているのではない。 ただ、その揺れている心持ちを感じ取り、密かな満足感を覚えるのだ。 だが、マーサ・ナカムラの言葉から立ち上る意味は、霧を押し開くような手応えで実態を掴み取らせない。 マーサ・ナカムラの詩は、まるで多重露出のカラー写真を観ているかのよう。 或いは荒木経惟の撮る(描く)一葉のような。 乱暴な構図で、投げ込まれる色、そして抽象。 当然のことながら、言葉の裏側に秘されたように見えるものには仄暗く淫靡な表象が張り付くこととなる。 意図的な多重露出は計算外のニュアンスを産みはするが、案外と凡庸な価値観が透けて見えぬこともない。 その危うさを、極端な擬人化と遠野物語風の語り口で、前のめりになりながらマーサ・ナカムラは転がしてゆく。 言葉の表象を敢えて裏切りながら、ナラティブに詩の言葉を紡ぐこの詩人の行く先は何処なのか。 そればかりが気に掛かる。 最初、え?これが詩ですか?と驚いてしまい、実はなかなか読み進められなかった。 でもいったん入り込むと、これはとても不思議。 すごく…おもしろい。 狸やお婆さんが出てきて、まるで昔話のような語り出す。 そして突然サラリと異界へと連れられてしまう…すごく自由に、その詩の中の世界をみせられる感覚が、すごいな、こんなの読んだことない!って思わされる。 反戦的なメッセージが冒頭とラストにあるんだけど、あまりに奇妙だから、重くないし、どんな反戦歌とも違う。 それでいて、異次元の狸たちがホロリと呟く一言がぐわんと考えさせられる一言だったりして… ずっとこのスタイルなのか、この先どんな詩集を作るのか、それとも物語を書いてしまったりして?…と、目が離せない作家さんだ!.

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※開催中止 文学ムック「ことばと」(書肆侃侃房) 創刊記念佐々木敦 × マーサ・ナカムラ × 山本浩貴トークイベント

マーサ ナカムラ

『モノクロームの古い写真に写る死者は大人しく、生者の目を引きつける。 /我々の走馬灯の中で、並んで「そこにいる」「待つ」彼等を、頼もしく思うことさえある。 大きな書店の詩歌の書棚の前に立って、著名な詩人の詩集たちの隙間に押し込まれている、薄っぺらい冊子のような詩集を買うのだ。 代金を文字数で割ったらいったい幾らになるのだろうなどと独りごちながら、確たる基準も無しに詩集を選ぶ。 マーサ・ナカムラの詩集は、オンラインで購入した。 そこに大した意味はない。 「未明 02」に載っていた詩が気になって取り寄せたのだ。 投げ出された言葉の響きが気になって。 詩の言葉にア・プリオリな意味はない。 ア・ポステオリに湧き上がり共鳴し合う心象を追いかけるだけ。 縦書きの言葉を追いかける度に、そう畏まって自戒しながらも、諦め悪く詩人の頭の中にあるだろう意図に思いを馳せてしまう。 例えば、小池昌代の、蜂飼耳の、言葉には、持ち重りするような心象と共に、詩人の心の動きが見える。 心の中まで見通しているのではない。 ただ、その揺れている心持ちを感じ取り、密かな満足感を覚えるのだ。 だが、マーサ・ナカムラの言葉から立ち上る意味は、霧を押し開くような手応えで実態を掴み取らせない。 マーサ・ナカムラの詩は、まるで多重露出のカラー写真を観ているかのよう。 或いは荒木経惟の撮る(描く)一葉のような。 乱暴な構図で、投げ込まれる色、そして抽象。 当然のことながら、言葉の裏側に秘されたように見えるものには仄暗く淫靡な表象が張り付くこととなる。 意図的な多重露出は計算外のニュアンスを産みはするが、案外と凡庸な価値観が透けて見えぬこともない。 その危うさを、極端な擬人化と遠野物語風の語り口で、前のめりになりながらマーサ・ナカムラは転がしてゆく。 言葉の表象を敢えて裏切りながら、ナラティブに詩の言葉を紡ぐこの詩人の行く先は何処なのか。 そればかりが気に掛かる。 最初、え?これが詩ですか?と驚いてしまい、実はなかなか読み進められなかった。 でもいったん入り込むと、これはとても不思議。 すごく…おもしろい。 狸やお婆さんが出てきて、まるで昔話のような語り出す。 そして突然サラリと異界へと連れられてしまう…すごく自由に、その詩の中の世界をみせられる感覚が、すごいな、こんなの読んだことない!って思わされる。 反戦的なメッセージが冒頭とラストにあるんだけど、あまりに奇妙だから、重くないし、どんな反戦歌とも違う。 それでいて、異次元の狸たちがホロリと呟く一言がぐわんと考えさせられる一言だったりして… ずっとこのスタイルなのか、この先どんな詩集を作るのか、それとも物語を書いてしまったりして?…と、目が離せない作家さんだ!.

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※開催中止 文学ムック「ことばと」(書肆侃侃房) 創刊記念佐々木敦 × マーサ・ナカムラ × 山本浩貴トークイベント

マーサ ナカムラ

秒針のように進む文章 荒川洋治さんが選ぶ平成のベスト本5冊 (1)吉行淳之介著『目玉』(新潮社、89年刊)は、昭和後期の名編「葛飾」、平成元年の「いのししの肉」など7作を収録。 女性ではなく、男性を描く筆が冴(さ)えわたる点に見どころがある。 秒針のように進む文章の美しさは、これ以上のものを小説に求める必要がないしるしだと思う。 (2)荒俣宏著『プロレタリア文学はものすごい』(平凡社新書、00年)は、「蟹工船(かにこうせん)」ブームの8年前に書かれた画期的評論だ。 小林多喜二、葉山嘉樹、黒島伝治、岩藤雪夫らを精読。 これまでにない斬新な逆転的視点で、往時のプロレタリア文学の厚みと豊かさを示し、論じ切る。 (3)耕治人(こうはると)著『一条の光・天井から降る哀(かな)しい音』(講談社文芸文庫、91年)は没後に出た代表作集。 畳の上に生まれた小さなゴミ。 長い間、地味な作家生活を送った著者は、後年、現代小説の新たな光源となる作品を書いて読者の心をとらえた。 (4)小山田浩子著『庭』(新潮社、18年)は「庭声」「名犬」「蟹」などを収めた近作集。 世代、時代、個人の間の距離と時間が消えうせる、不思議な世界を映し出す。 文章の傾斜と、速度が印象的。 (5)マーサ・ナカムラ著『狸(たぬき)の匣(はこ)』(思潮社、17年)は、第23回中原中也賞受賞作。 著者は平成2年生まれの女性詩人。 学童疎開、柳田國男への手紙、爆弾三勇士、鯉(こい)を見つめる江戸時代の人など、未体験の情景を溶け合わせ、ことばと詩の自由度を一気に高めていく。 特別な才能だ。 =朝日新聞2019年5月1日掲載.

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