いのうえ りょう。 「井上茶寮 いのうえさりょう」姫路 的形

文京区 井上円了(いのうえ えんりょう)

いのうえ りょう

井上円了博士 (安政5年)、領の来迎寺村(現・来迎寺)にあるに生まれる。 、岸丸。 父は円悟、母はイク。 16歳でに入学し、を学んだ。 (10年)、の教師学校に入学する。 1878年(明治11年)東本願寺の国内留学生に選ばれ上京し、に入学する。 その後に入学し、文学部哲学科に進んだ。 (明治18年)に同大学を卒業した後、への出仕を断り、東本願寺にも戻らなかった。 そして、著述活動を通じての立場からの仏教改革、護国愛理の思想などを唱え、打破の活動を行った。 また、哲学普及を目指し、(の内。 その後哲学館大学を経て現在は東洋大学として現存)を設立する。 によって活動方針を見直すことにした(明治38年)に哲学館大学学長・京北中学校校長の職を辞し、学校の運営からは一歩遠ざかる。 その後はにみずからが建設したを、生涯を通じておこなわれた巡回講演活動の拠点とした。 (大正7年)遊説先の・において、のため 61歳で急死するまで、哲学や宗教についての知識をつたえるとともに、の打破をめざして活動した。 主な業績 [ ] 哲学館創設 [ ] 東洋大学京北中学・高等学校 中等教育機関としては、(明治32年)に 京北中学校を創立した。 これは現在のの前身である。 京北実業学校創設 [ ] (明治41年)に 京北実業学校を創立した。 これは現在のの前身である。 京北幼稚園創設 [ ] 1905年にを創設した。 井上円了は、人格形成の基礎作りとして幼稚園教育の必要性を重視し、自ら園長として教育にあたった。 哲学会創設 [ ] 哲学研究の目的で1884年(明治17年)に発足した学会(この種の研究組織としては世界最古の伝統を持つものの一つ)。 東京大学の哲学科のなかで生まれた組織で、発足から現在まで東大の哲学研究室が中心となって運営が行われている。 ただし東京大学の機構に直接属する組織ではない。 「」を参照 仏教改良運動 [ ] 『真理金針』『仏教活論序論』などの著作を通じてを批判し、を改良してこれを開明世界の宗教とすることを目指した。 このとき円了が唱えた「 護国愛理」(国を護り、真理を愛する)はのちにの建学精神と見なされるようになった。 キリスト教や迷信を批判する一方で、仏教が同様に否定されることには抵抗しており、様々な理屈をつけて反駁を続けた。 そのため、円了自身の著作にも今日においては的とされる説 の存在、不可能説、的なの否定など が散見される。 政教社創設 [ ] 1888年(明治21年)、東京にできた政治評論団体。 機関誌『日本人』、『亜細亜』、続いて『日本及日本人』を発行し、単行本も出版した。 結成期の主張は、西欧化に盲進せず、西欧文化は消化した上で取り入れるべしとの、だった。 性格を変えながら、1945年(昭和20年)まで存続した。 四聖堂(哲学堂) 哲学館の創設者である井上円了が、ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀った「四聖堂」を建設したのが、この公園のはじまりである。 この四聖堂を当初哲学堂と称し、それがそのまま公園の名になった。 当初は当地に大学を造成する案もあったが、精神修養のための公園にすることになり、1909年-1912年の間に哲理門、六賢台、三学亭などの建築物が逐次整備された。 当時の建築物は現在も公園内に現存しており、普段は外観しか見られないものの、毎年4月と10月に限り建築物の内部も一般に公開される。 内部には、哲学者の像が祀られている。 この他にも園内には到る所に哲学に由来するユニークな名前の坂や橋などが点在し、井上円了の思想と世界観を垣間見ることができる。 新潟県立長岡高等学校 1876年、長岡洋学校(現在の)和同会を創設。 寄宿寮舎生の演説会から、後に生徒会へと発展。 妖怪研究のパイオニア [ ] 哲学者として著名な円了であるが、近代的な研究の創始者としても知られ、妖怪研究を科学的(批判的(critical))見地から行った人物である。 円了は『妖怪学』『妖怪学講義』などでそれぞれの妖怪についての考察を深め、当時の科学では解明できない妖怪を「 真怪」、自然現象によって実際に発生する妖怪を「 仮怪」、誤認や恐怖感など心理的要因によって生まれてくる妖怪を「 誤怪」、人が人為的に引き起こした妖怪を「 偽怪」と分類し、例えば仮怪を研究することは自然科学を解明することであると考え、妖怪研究は人類の科学の発展に寄与するものという考えに至った。 こうした研究から、円了は「お化け博士」「妖怪博士」などと呼ばれた。 彼の後の体系的な妖怪研究は、、の登場を待つこととなる。 いわゆる「」(テーブル・ターニング)の謎を科学的に解明したのも彼である。 円了によれば、妖怪は 1 実怪と 2 虚怪に、 1 実怪はさらに A 真怪と B 仮怪に、 2 虚怪はさらに C 偽怪と D 誤怪にそれぞれ分けられるという。 すなわち、 A 真怪は超理的妖怪であり、宇宙の万物で妖怪でないものは無く、水も小石も火も水も妖怪である。 B 仮怪は自然的妖怪であり、(ア)物理的妖怪(人魂や狐火など)と(イ)心理的妖怪(幽霊や憑霊など)とがある。 C 偽怪は人為的妖怪であり、利欲その他のために人間が作り上げた妖怪である。 D 誤怪は偶然的妖怪であり、たとえば暗夜に見る石地蔵(鬼)、枯尾花(幽霊)を妖怪と見るものである。 世間でいう妖怪の5割は C 偽怪、3割が D 誤怪、2割が B 仮怪である。 この3種は科学的説明ができ、 A 真怪の研究によって宇宙絶対の秘密が悟得できる、という。 社会教育と生涯教育の提唱 [ ] 哲学による文明開化を志向していた円了は、様々な理由で大学教育を受けられない「余資なく、優暇なき者」でも学べる場を作るべきであるという考え方から(明治21年)には「館外員制度」を設け、「哲学館講義録」を発行していた。 これは日本におけるの先駆けである。 また、を経て、円了は西洋のように学校教育が終了した後も自由に学問を学ぶことが重要であるとの考え方から日本全国を行脚し、各地で哲学と妖怪学の講演会を行うようになった。 これはの提唱であり、の提唱よりも早い段階での実践であった。 円了の提唱した生涯教育は「哲学館講義録」と連携して、日本各地のみならず中国大陸などにも「館外員」を増やすこととなった。 著書 [ ] 井上円了の署名 井上円了の著書は単行本だけで160冊に及び、そのうちの主要著書は『』(、全25巻)に収録されている。 第1巻 - 『哲学一夕話』(第1・2・3編)、『哲学要領』(前・後編) 、『純正哲学講義』(哲学総論) 、『哲学一朝話』、『哲学新案』• 第2巻 - 『哲学早わかり』、『哲界一瞥』、『哲窓茶話』、『奮闘哲学』• 第3巻 - 『真理金針』(初・続・続々編)、『仏教活論序論』• 第4巻 - 『仏教活論本論』 第1編 破邪活論、『仏教活論本論』 第2編 顕正活論、『活仏教』• 第5巻 - 『仏教通観』、『仏教大意』、『大乗哲学』• 第6巻 - 『日本仏教』、『真宗哲学序論』、『禅宗哲学序論』、『日宗哲学序論』• 第7巻 - 『純正哲学講義』、『仏教哲学』、『印度哲学綱要』、『仏教理科』、『破唯物論』• 第8巻 - 『宗教新論』、『日本政教論』、『比較宗教学』、『宗教学講義 宗教制度』、『宗教哲学』• 第9巻 - 『心理摘要』、『通信教授 心理学』、『東洋心理学』• 第10巻 - 『仏教心理学』、『心理療法』、『活用自在 新記憶術』• 第11巻 - 『倫理通論』、『倫理摘要』、『日本倫理学案』、『忠孝活論』、『勅語玄義』、『教育総論』、『教育宗教関係論』• 第12巻 - 「館主巡回日記」(『哲学館講義録』等) 、『南船北馬集』(第1・2・3編)• 第13巻 - 『南船北馬集』(第4・5・6・7・8編)• 第14巻 - 『南船北馬集』(第9・10・11・12編)• 第15巻 - 『南船北馬集』(第13・14・15・16編)• 第16巻 - 『妖怪学講義』(第1・2分冊)• 第17巻 - 『妖怪学講義』(第3・4分冊)• 第18巻 - 『妖怪学講義』(第5・6分冊)• 第19巻 - 『妖怪玄談』、『妖怪百談』、『続妖怪百談』、『霊魂不滅論』、『哲学うらない』、『改良新案の夢』、『天狗論』、『迷信解』• 第20巻 - 『おばけの正体』、『迷信と宗教』、『真怪』• 第21巻 - 『外道哲学』、『妖怪学』、『妖怪学講義録』、『妖怪学雑誌』、『妖怪学関係論文等』• 第22巻 - 『外道哲学』• 第23巻 - 『欧米各国政教日記』(上編)、『欧米各国政教日記』(下編) 、『西航日録』、『南半球五万哩』• 第24巻 - 『星界想遊記』、『円了随筆』、『円了茶話』、『円了漫録』、『日本周遊奇談』• 第25巻 - 『甫水論集』、『円了講話集』、初期論文 脚注 [ ]• - GoogleBooks• 『事典有名人の死亡診断 近代編』(吉川弘文館、2010年)32頁• 例えばの前身である哲学館の電話番号を不吉ということで余っていた444にするなどした• 『東洋大学創立五十年史』 1937年、1頁• 井上円了 『』 関連項目 [ ]• :同人として参加• :設立メンバー• :考案したボードゲーム• :『』で円了を取り上げる• :井上円了の弟子。 宗教家。 福田海を創始 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - デジタル化資料• - 第86回 (平成23年)10月12日放送• 第2代 1906-1914• 第3代 1914-1918• 第4代 1918-1923• 事務取扱 1923• 第5代 1923-1924• 第8代 1931-1934• 第9代 1934-1937• 第10-11代 1937-1943• 第12代 1943-1944• 第13代 1944-1945• 第14代 1945-1946• 第15代 1946-1948• 第16代 1948-1949• 第17代 1949-1952• 第18-19代 1952-1956• 第20代 1957• 第21代 1958-1960• 第22代 1960-1964• 第23-24代 1964-1967• 第25代 1967-1969• 第26代 1969-1972• 第27-28代 1972-1974• 第29-31代 1975-1982• 第32代 1982-1985• 第33-34代 1985-1991• 第35代 1991-1994• 第36-37代 1994-2000• 第38代 2000-2003• 第39-40代 2003-2009• 第41-43代 2009-2020• 第44- 2020-•

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東京大学野球部:選手・スタッフ

いのうえ りょう

没年:明治38. 4 1905 :2? 1845 幕末明治期の。 初代良斎の養子。 初代は尾張 愛知県 の出身で文政11 1828 年の生まれか。 江戸四谷の松平摂津守家に仕え,のち独立して浅草橋場町に開窯。 東玉園良斎と称し,瀬戸の技術をもって欧米への輸出品をつくり,東京磁器の有力者となった。 2代目は,尾張藩御用庭焼師川本治兵衛の子として瀬戸に生まれる。 初代に請われてその養子となり,2代目を継ぐ。 明治10 1877 年の第1回内国勧業博覧会に出品して受賞,を確立した。 の釉下着彩法をきわめ,完全なを駆使した多彩な東洋的を完成させて,明治の陶芸界を代表するとなった。 矢部良明 出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版 朝日日本歴史人物事典について.

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井上円了

いのうえ りょう

自主トレ的な努力を重ね、好機をつかむ 独特の存在感を放つ女優りょうさん。 映画、ドラマ、舞台と幅広く活躍しているが、ここ数年、力を入れているのは舞台だ。 1年にほぼ1作品のペースで出演している。 「舞台のライブ感が好き。 お客さんに自分の実力が透けて伝わるので毎回怖いのですが、でも緊張感がじかに伝わったり、笑ったり喜んでもらえたりするとすごく気持ちが良くて、やめられないなって思います」 それに準備期間が長いのも舞台の魅力だという。 早めにオファーが入るので、その作品に向けて体力作りや役作りのための勉強に時間をかけられるからだ。 しかし、俳優という職業はいつどんな仕事が舞い込むか分からない。 いざオファーを受けた時、ポンとそれに乗れるように準備だけはしておきたい。 だから、普段から思いついたことは何でも始めるようにしていると語る。 「勝手な自主トレです。 例えば、尊敬する演出家や監督からいきなりオファーが入ったとします。 その時、アクションもありますと言われ、まったくできなければ泣く泣く断ることになってしまう。 でも、自信はなくてもアクションができるだけの体力と運動能力を備えておけば、挑戦することができます」 日々の小さな努力こそが、実は大きなチャンスをつかむ最善策。 やりたい仕事が来ない時も、やりたいことに近づけそうなことをしてみる。 その演出家いのうえひでのりさんは、一緒に仕事をさせてもらいたいと願っていた一人。 「いのうえさんは本当に細かく、ささいな動きまで演出してくださる。 でも、その中でどれだけ自分の表現ができるか、それを試して楽しんでいます」 気づいたら女優を始めて20年。 その間に結婚し、2人の男の子の母にもなった。 「子どもができてから変わりましたね。 特に舞台の稽古や本番が始まると夫や両親に子どもを任せ、集中させてもらっています。 それゆえ独身の時よりも本気度が増し、今自分が持っている力のすべてを芝居で出し切ろうと思う気持ちがより強くなりました」 ガンジーの格言にある「明日死ぬかのように生きよ。 永遠に生きるかのように学べ」。 この言葉のような生き方がしたいという。 好きなことにはとことん一途。 だから、そのための努力は毎回惜しみなく注ぐ。 その繰り返しがあって今のりょうさんがある。 現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか? 手芸や絵に関連した仕事かな。 とにかく病的だと言われるぐらい細かな作業をするのが好きなので、そういうことをやって過ごしていたいですね。 人生に影響を与えた本は何ですか? 『大野一雄 稽古の言葉』です。 女優の仕事を始めたころに読み、「表現っていろいろあっていいんだ」と思わせてくれた一冊。 今もたまに読み返しています。 それと、アラーキーこと荒木経惟さんの写真集『花曲』。 花をすごく隠微に撮影している写真集です。 自分の見た目のコンプレックスも影響しているかもしれませんが、一目で分かる美しさより、よく見ないと見えないところにあるものを、美しいと捉えてもいいんじゃないかという気持ちになれるんです。 アイラインは「私、オンナ!」って感じでテンションが上がりますね。 円形の客席の周りに4つの舞台が配置され、中央の客席が360度回転することで舞台のシーンが転換されていくという新発想の劇場だ。 りょうさんが出演するのは最初の「Season花」。 「新感線の舞台はギラギラして華やかで色気もあって、見終(みお)えた後には爽快感があります。 とにかくエンターテインメントに徹していて面白い。 ダイナミックな舞台をぜひ見にきてください」とりょうさん。 tbs. 豊富な転職・求人情報と転職ノウハウであなたの転職活動を支援する【マイナビ転職】。 毎週火・金更新であなたの希望の職種や勤務地、業種などの条件から検索することができます。

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