コロナで亡くなった有名人。 【更新】コロナで死亡した日本の有名人

【新型コロナ】感染した芸能人・有名人まとめ!まさかのあの人も!?

コロナで亡くなった有名人

芸能人や有名人も、志村けんさん、黒沢かずこさん、宮藤官九郎さんらがコロナに感染したことが大きく報道されました。 しかし、実際にはスポーツ関係者などを加えると有名人の新型コロナ感染者は19名にものぼります。 田嶋幸三 日本サッカー協会会長 ・3月17日感染確認• 志村けん コメディアン ・3月25日感染確認• 藤浪晋太郎 プロ野球選手 ・3月27日感染確認• 伊藤隼太 プロ野球選手 ・3月27日感染確認• 長坂拳弥 プロ野球選手 ・3月27日感染確認• 酒井高徳 プロサッカー選手 ・3月30日感染確認• 小宮瑠央 ダンサー、俳優 ・3月31日感染確認• 塚原直貴 元陸上選手 ・3月31日感染確認• 梨田昌孝 野球評論家 ・4月1日感染確認• 宮藤官九郎 脚本家、演出家 ・4月1日感染確認• RYOJI ミュージシャン ・4月1日感染確認• 船津徹也 プロサッカー選手 ・4月1日感染確認• 永石拓海 プロサッカー選手 ・4月1日感染確認• 黒沢かずこ お笑い芸人 ・4月3日感染確認• ゴリけん お笑い芸人 ・4月5日感染確認• 藤原広明 ドラマー ・4月6日感染確認• たんぽぽ白鳥 お笑い芸人 ・4月7日感染確認• 速水けんたろう 歌手・俳優 ・4月7日感染確認• ラジバンダリ西井 タレント ・4月7日感染確認• 山下まみ 声優)・4月9日感染確認• 富川悠太 アナウンサー ・4月11日感染確認 以上が4月14日時点で新型コロナに感染したことが確認されている芸能人、有名人の一覧となります。 続いて、感染経路や病状について1人ずつ見ていきましょう。 田嶋幸三・3月17日感染確認 田嶋幸三さんは 1957年11月21日生まれで、日本代表も務めた元プロサッカー選手です。 現在は日本サッカー協会会長とアジアサッカー連盟理事を兼任されています。 3月14日の アジアサッカー連盟理事会で同席していたセルビアのサッカー協会代表が新型コロナ陽性であったため、ここから感染した可能性も考えられています。 4月2日に入院先の病院を退院されました。 志村けん・3月25日感染確認 志村けんさんは1950年2月20日生まれで、ザ・ドリフターズとしてミュージシャン、そしてコメディアンとして活躍し続けました。 享年70歳。 3月17日よりだるさを感じて自宅で静養されていたとのことで、23日に新型コロナ陽性であることを確認。 人工心肺、人工呼吸などの治療が行われましたが、3月29日に永眠されました。 感染経路は不明です。 藤浪晋太郎・3月27日感染確認 藤浪晋太郎さんは1994年4月12日 生まれで、阪神タイガースに所属するプロ野球選手です。 嗅覚に異常を感じたとしてPCR検査を受けた結果、新型コロナに感染していたことが明らかになりました。 感染経路に関しては3月14日に出席した食事会が原因だったのではと見られています。 伊藤隼太・3月27日感染確認 伊藤隼太さんは1989年5月8日生まれで、阪神タイガースに所属するプロ野球選手です。 3月14日に藤浪晋太郎さんと同じ食事会に出席しており、この場で新型コロナに感染したと見られています。 4月5日に退院され、ファンに向けて心配をかけたことなどを謝罪しています。 また、伊藤隼太さんの奥様も新型コロナに感染したことが明らかになっています。 長坂拳弥・3月27日感染確認 長坂拳弥さんは1994年4月28日生まれで、阪神タイガースに所属するプロ野球選手です。 3月14日に藤浪晋太郎さん、伊藤隼太さんと同じ食事会に出席しており、この場で新型コロナに感染したと見られています。 この日は男女合わせて合計12名が同席していたとされ、そのうち3選手と女性3名から新型コロナ陽性の結果が出ました。 この食事会に関しては、「クラスター合コン」と批判も多く集まりました。 酒井高徳・3月30日感染確認 酒井高徳さんは1991年3月14日生まれで、ヴィッセル神戸所属のディフェンダーです。 新型コロナに感染した際の状況をTwitterに投稿しており、それによると3月23日から発熱等の症状があったとのこと。 その後味覚と嗅覚に異変が生じて、3月28日にPCR検査を受けて30日に陽性が確認されたといいます。 感染経路は不明で、日本のプロサッカー選手初の新型コロナ感染者となりました。 小宮瑠央・3月31日感染確認 小宮瑠央さんは2002年11月19日生まれで、Zero PLANETのメンバーとして活動しているダンサー・歌手です。 2020年4月から放送が開始された『魔進戦隊キラメイジャー』で主役を演じています。 3月24日に味覚と嗅覚に異変を感じて27日にPCR検査を受け、陽性の結果が確認されました。 現在は『魔進戦隊キラメイジャー』の撮影は中止されていますが、5月放送分までは収録が済んでいるため、放送がストップするなどの影響はないと見られています。 塚原直貴・3月31日感染確認 塚原直貴さんは1985年5月10日生まれで、短距離の元陸上選手。 北京五輪では銀メダルに輝きました。 3月28日から体調の異変を感じて31日に新型コロナ陽性が発覚し、塚原直貴さんの参加した懇親会への参加者への感染も危惧されましたが、参加者81名のうち、感染者は1名のみであったことがわかっています。 梨田昌孝・4月1日感染確認 梨田昌孝さんは1953年8月4日生まれで、近鉄バファローズの元選手、そして元監督を経て、現在は野球評論家をされています。 梨田昌孝さんは新型コロナ感染が判明した際に重度の肺炎症状を発症しており、現時点でも回復の報道がされていません。 現在65歳という年齢もあり、プロ野球ファンを中心に回復を願う声が多数寄せられています。 宮藤官九郎・4月1日感染確認 宮藤官九郎さんは1970年7月19日生まれで、脚本家、映画監督、作曲家として活動されています。 もともと腎盂炎を患っており、免疫力が低下していたことから新型コロナに感染したものと見られていますが、感染経路は不明です。 新型コロナの症状としては発熱が確認されているだけで軽度であることを発表しており、現在も療養に専念されています。 RYOJI ケツメイシ ・4月1日感染確認 RYOJIさんは1974年12月14日生まれで、ケツメイシのボーカル、音楽プロデューサーとして活動されています。 3月22日から発熱があり、自宅で静養した後に30日にPCR検査を受けたとのことです。 症状としては微熱があるのみで、重症化はしていないと発表しています。 また体調が悪化してからは自宅にいたため、ケツメイシのメンバーとは接触をしていなかったとのことです。 船津徹也・4月1日感染確認 船津徹也さんは1987年2月9日生まれで、ザスパクサツ群馬に所属 ディフェンダー するプロサッカー選手です。 3月26日から倦怠感、発熱の症状が出て練習への参加を休んでいたとのことで、感染経路は不明です。 22日から24日までは通常通りザスパクサツ群馬の練習に参加していましたが、幸いチームメイトの中に感染者は確認されていません。 永石拓海・4月1日感染確認 永石拓海さんは 1996年2月16日生まれで、セレッソ大阪に所属 キーパー するプロサッカー選手です。 3月28日に発熱があり、31日にPCR検査を受けて陽性であったことが発覚。 22日に食事をした友人が新型コロナに感染していたことから、ここから感染したものと見られています。 黒沢かずこ・4月3日感染確認 黒沢かずこさんは1978年10月17日生まれで、お笑いトリオ森三中として活動されています。 3月21日から発熱の症状が出て、嗅覚と味覚にも異変が出たために自宅で療養をしていたといいます。 しかし症状が改善しないことからPCR検査を受けたところ、新型コロナに感染していたことが発覚。 3月中は仕事でも海外渡航はしていないそうで、感染経路は不明です。 ゴリけん・4月5日感染確認 ゴリけんさんは1973年10月24日生まれで、主に九州地方を拠点に活動するピン芸人です。 そしてPCR検査の結果、新型コロナ感染が確認されました。 ゴリけんさんに出た症状は発熱のみで、咳や味覚、嗅覚の異常といった症状はあらわれていません。 感染経路は不明ですが、自身の冠番組『ゴリパラ』で、福岡県内でロケを行っていた時にクラスターと接触したのではないかと見られています。 藤原広明・4月6日感染確認 藤原広明さんは1988年6月1日生まれの31歳で、バンドSUPER BEAVERのドラムを担当しています。 4月1日に発熱があったことからPCR検査を受けたところ、陽性であることが6日に確認されました。 事務所によると、同じバンド内のベース担当・上杉研太さんにも体調不良の症状が見られたことから、保健所へ連絡して自宅待機をしているとのことです。 ボーカルの渋谷龍太さん、ギターの柳沢亮太さんには今のところ体調の変化は見られないものの、同じく自宅待機中のようです。 たんぽぽ白鳥・4月7日感染確認 白鳥さんは1981年12月11日生まれの38歳で、川村エミコさんとお笑いコンビ・たんぽぽを組んで活躍しています。 3月29日に嗅覚の異常を感じ、その後、発熱の症状があったということです。 親しい知人から新型コロナ感染の連絡を受けたことから検査を行い、7日に感染が確認されました。 相方の川村さんは症状がないものの、自宅待機をしているようです。 速水けんたろう・4月7日感染確認 速水けんたろうさんは1962年1月2日生まれの58歳で、8代目うたのお兄さんとして「だんご3兄弟」のヒットなどで知られています。 速水さんは3日に発熱の症状があり、6日に医療機関を受診してPCR検査を行ったところ、陽性であることが判明しました。 せきなどの症状もみられたということです。 感染経路についてはわかっていませんが、3月17日以降、所属事務所のスタッフやキャストとの濃厚接触はなかったとのことです。 ラジバンダリ西井・4月7日感染確認 ラジバンダリ西井さんは1975年6月27日生まれの44歳で、以前はお笑いコンビ・ダブルダッチとしても活動していました。 西井さんは4月3日に発熱、4日の夜になっても症状が続いたことから、救急で医療機関を受診していました。 その後、6日にPCR検査を行い、7日の夜に新型コロナへの感染が確認されました。 発熱などの症状が続いていることから、8日には行政機関指定の病院に入院しています。 感染経路の確認はされていませんが、濃厚接触の疑いがある関係者は自宅待機しているとのことです。 山下まみ・4月9日感染確認 山下まみさんは、1987年9月13日生まれの32歳で、声優として活躍しています。 山下さんは4月6日にPCR検査を行い、9日に新型コロナへの感染が確認されました。 山下さんは咳や発熱などの症状はなく、臭覚異常・味覚異常のみということで、自宅で療養しているようです。 また、症状は快方に向かっているとのことです。 富川悠太・4月11日感染確認 富川悠太さんは、1976年9月3日生まれの43歳で、テレビ朝日のアナウンサーとして活躍されていて「報道ステーション」のメインキャスターを務めています。 富川アナは、4月9日(木)の放送終了後体調不良を訴え、4月11日にコロナウイルス陽性が判明しています。 しかし、実は4月3日から発熱の症状があっていたことがわかっています。 富川アナは4月13日の放送から出演を控え、同じく報道ステーションのメインキャスターを務める徳永有美アナウンサーも出演を見合わせています。 3月29日・志村けんが新型コロナで死亡!その影響は? 新型コロナに感染した有名人、芸能人一覧で紹介した中で、唯一亡くなっている志村けんさん。 志村けんさんの死は、社会にどのような影響を与えたのでしょうか。 日本の芸能人・有名人初のコロナ死亡者となった志村けん 上で紹介した一覧の中でも最年長の罹患者であった志村けんさんですが、肺炎を同時に発症されたことから感染発表がされた当初から重症化が心配されていました。 日本の芸能人から初めての新型コロナでの死亡者となってしまった志村けんさん。 新型コロナ発祥からわずか2週間での訃報に、日本中が悲しみに包まれました。 志村けんの影響で「コロナの危険性理解した」 志村けんさんの死を受けて、これまで政治家が外出の自粛を呼びかけても行動を変えなかった人々にも変化が出てきたとも報道されています。 つい最近までTVに出演して視聴者を笑わせてくれていた志村けんさんが亡くなったことで、新型コロナの怖さを身近に感じたという人が多かったのだといいます。 謹んでお悔やみを申し上げたい。 エンターテイナーとして、皆に楽しみや笑いを届けて下さったことに感謝したい。 最期に、悲しみと、新型コロナウイルスの危険性について、メッセージを届けて下さったと思う 引用:NHKニュースウェブ 小池百合子都知事も、志村けんさんの訃報を受けて上のようなコメントを発表しています。

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日本の芸能人でコロナ感染者は誰?名前!一覧まとめ。海外有名人情報|トレンド口コミ~コーヒーイノベート~

コロナで亡くなった有名人

コロナウィルスで死去した有名人リスト Fox News 「Celebrities who have died from coronavirus」 コロナウイルスに関するすべての最新ニュースなどを毎日受信トレイに配信します。 世界中の市民がこの前例のない大流行に耐えているため、多くの星がコロナウイルス(COVID-19)から回復していますが、残念なことにそうではなかった有名人がいます。 私たちは、ウイルスまたはウイルスによって引き起こされた合併症に屈した多くの才能のあるミュージシャン、俳優、作家を失いました。 以下を読んで、過去数週間にコロナウイルスで亡くなったエンターテイナーの詳細をご覧ください。 ジョンプラインの家族は、シンガーソングライターJohn Prineは重病で、COVIDの治療を受けている間、人工呼吸器に乗せられたと言います。 2020年3月29日日曜日のPrineのTwitterページに投稿されたメッセージによると、 「Montgomeryの天使」の歌手は木曜日から入院しており、彼の状態は土曜日に悪化した。 伝説的なカントリーミュージシャン、ジョンプラインは73歳でコロナウイルスの合併症で亡くなりました。 3月26日、PrineのTwitter上のメッセージは彼が症状のために入院したことを発表し、3月29日にはPrineが人工呼吸器が使用されたことを発表するメッセージが続きました。 マークブルーム(Mark Blum) 演劇や映画「デスパレートリーシーキングスーザン」、「クロコダイルダンディー」、Netflixシリーズ「ユー」で知られる俳優のマークブラムは、コロナウイルスの合併症により3月25日に69歳で亡くなりました。 プリンセスチャールズ、14日間のコロナビル分離後に妻のカミラと再会 俳優のマークブラムは、コロナウイルスによる合併症のため、3月に69歳で亡くなりました。

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<悲報>新型コロナウィルスで亡くならられた有名人(日本人)

コロナで亡くなった有名人

3月29日、日本を代表するタレントの志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなりました。 個人的にはかなり大きな衝撃で、未だに亡くなったという事実を受け止められずにいます。 これほど広い世代に浸透し愛されていたタレントさんは少ないとは思いますが、その死が私たちに与える影響はとても大きいと思います。 志村けんさんの命を奪った新型コロナウイルスですが、その脅威は依然として衰えていません。 にもかかわらず、未だに感染拡大を楽観視し、自粛要請にも応じずに生活を送っている方が多く見受けられるのは大変残念です。 今回の志村さんの死を重く受け止め、どんな人でも感染し、死に至る可能性があることを認識していく必要があるように思います。 有名人の死は政治家の自粛要請よりもはるかに大きなインパクトがあるように感じます。 そういった想いから、新型コロナウイルスに感染し、残念ながら命を落とした有名人を調べることにしました。 これを機に一人でも多くの人が認識を改めて貰えることを願わずにはいられません。 Contents• 享年70歳でした。 志村さんについては思い入れも強く、別記事で詳しくまとめています。 享年60歳でした。 4月4日に肺炎症状が見られることから入院し、同7日にPCR検査で新型コロナウイルスの感染が確認されていました。 氏は1983年に毎日放送へ入社し、ディレクターとしてダウンタウンの出世作『4時ですよーだ』や、関西を代表するTV番組『ちちんぷいぷい』の立ち上げにも貢献していました。 特にダウンタウンの浜田雅功さんとは仲が良く、昨年9月、TV番組『ごぶごぶ』の企画で浜田さんとの共演も果たしていました。 享年84歳でした。 氏は大学時代に全日本学生選手権を制した強豪として知られ、全日本柔道連盟(全柔連)副会長、日本オリンピック委員会(JOC)理事などを歴任しています。 近年は講道館柔道九段として指導に当たっており、今月5日まで講道館で勤務していました。 講道館と同じビルに事務局を構える全柔連では役員、職員合わせて19人が新型コロナウイルスに感染し、クラスターが発生しています。 享年80歳でした。 オムロン創業者である立石一真さんの三男で、1963年に前身の立石電機へ入社。 47歳で社長に就任し、社名変更やカンパニー制の導入など社内改革に取り組むと共に、事業の多角化や本格的なグローバル展開を進め、同社を日本を代表する制御機器メーカーへ成長させました。 昨年11月からは同社の名誉顧問に就任していました。 享年63歳でした。 1975年『お美津』での主演で女優として芸能界にデビューしました。 映画やテレビドラマなどで活躍し、近年では1996年から2014年までの17年間、『はなまるマーケット』の総合司会を薬丸裕英さんと共に務めていたことでも知られています。 岡江さんについては別記事で詳しくまとめています。 享年81歳でした。 氏は、探偵小説作家の大坪砂男さんの長男として生まれ、俳優を志し、NHK大河ドラマ『勝海舟』や、TVドラマ『ナースのお仕事』、『相棒』、『トリック』、、映画『「武蔵野心中』、『踊る大捜査線 THE MOVIE』などに出演しています。 近年では、演劇組織『夜の樹』を主宰し、演出家としても活躍されていました。 享年40歳でした。 東京都出身。 曾祖父の善竹彌五郎さんは狂言界で初の人間国宝となった人物で、父の善竹十郎さんも狂言師という家系に生まれ、3歳から稽古を積んでいたそうです。 近年では、大学やカルチャースクールで狂言を指導し、伝統を守りつつも、オペラとのコラボを実現したりなど、狂言の普及に尽力されていました。 享年58歳でした。 氏は4月1日に発熱の症状が表れ、翌日に入院、新型コロナウイルス陽性が確認されていました。 東京都出身で、出版社勤務を経て、シャンソン歌手に転身、1997年には第19回日本アマチュアシャンソンコンクール歌唱賞を受賞していました。 2000年から『シャンソンの祭典 パリ祭』に出演しており、これまでCDアルバム『あの空へ』『あの道へ』を発表しています。 享年74歳でした。 氏は、外務省勤務から外交評論家に転身し、当時の橋本龍太郎内閣で沖縄問題担当の首相(総理大臣)補佐官を務めました。 その後、小泉純一郎内閣でも首相補佐官に任命され、イラク戦争後の復興に取り組みました。 退任後は、外交評論家として活動されていました。 享年28歳でした。 山梨県出身の力士で、初土俵は平成19年3月、地方巡業で初っ切りを務めたこともあったそうです。 元々糖尿病を患っており、4月8日の入院から経過が心配されていました。 4月4日から発熱の症状が現われたものの、8日の入院まで医療機関での受け入れに時間がかかっていました。 北アメリカ 【米国】 かなり多くの方が犠牲になっており、改めて別ページでまとめました。 享年64歳でした。 3月16日から入院し、19日に検査結果で陽性だと判明していました。 1955年広島県生まれで、家族に連れられて2歳の時にブラジルへ移住し、父親の影響で7歳のころから合唱に関わるようになったそうです。 その後、サンパウロ音楽院音楽学部で音楽を学び、一時期、東京大学へも留学していました。 1994年のサンパウロ州立交響楽団合唱部の創立時から指揮者として指導に当たり、退団後も市立合唱団の首席指揮者を努めていました。 ジャマイカ 【サム・クレイトン・ジュニア(Sam Clayton Jr. 享年58歳でした。 映画『クール・ランニング』のモデルとなった一人で、1993年製作の映画は熱帯の国から88年カルガリー五輪に初出場した選手の奮闘ぶりをユーモラスに描いて世界中でヒットし、日本でも人気を博しました。 氏は負傷のため五輪では滑走しませんでしたが、代表の初期メンバーとして知られていました。 のちにレゲエ音楽の分野でプロデューサーなどとして国際的に活躍していました。 享年92歳でした。 氏は、ミラノ・スカラ座劇場の改修工事中にオペラ上演に使用されたアルチンボルディ劇場の設計も手掛け、「国際建築の巨匠」と呼ばれる著名な建築家でした。 享年89歳でした。 1947年のミス・イタリアに輝き、ミケランジェロ・アントニオーニさんの映画『愛と殺意』(1950)や、フアン・アントニオ・バルデムさんの映画『Death of a Cyclist』(1955)で主演し、国民的な女優として活躍していました。 息子は、スペイン語圏において最も有名な俳優の一人であるミゲル・ボセさんです。 享年84歳でした。 1935年に靴の生産地として名高いサンマウロパスコリで生まれ、50代で靴作りを開始、1968年に自身の名を冠したシューズブランド『セルジオ ロッシ』を立ち上げました。 息子のジャンヴィト・ロッシ(Gianvito Rossi)氏もシューズデザイナーとして有名です。 享年86歳でした。 王女はブルボン・パルマ家の一員で、スペイン国王フェリペ6世の親戚にあたります。 世界の王族で初めての新型コロナウイルス感染による死者となりました。 享年76歳でした。 医療施設に負担をかけたくない、という想いから発熱後も自宅療養を続けていましたが、呼吸困難の症状が出たために緊急入院していました。 1998年、レアル・マドリードに32年ぶりとなる欧州タイトルをもたらしたことで知られ、5年間の在任中(1995-2000)での獲得タイトルはCL優勝2回、リーグ優勝1回、スペインスーパーカップ1回、インターコンチネンタルカップ1回、という輝かしいものでした。 氏がレアル・マドリードの礎を築き、後任のフロレンティーノ・ペレス会長によってレアル・マドリードはクラブ世界一の座へと上り詰めました。 享年70歳でした。 1980年代後半に出版した小説『ラブ・ストーリーを読む老人』で世界的に有名となり、『カモメに飛ぶことを教えた猫』は日本でも中学校の英語の教科書に採用されるなど、浸透していました。 享年69歳でした。 氏は、ジ・アローズを結成する前、日本に在住し、ミュージシャン、モデル、俳優としても活躍していました。 享年76歳でした。 映画『スター・ウォーズ』シリーズでカルアン・イーマット役を演じた俳優として知られ、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』でも声の出演を果たしています。 また、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ、『シャーロック・ホームズ』シリーズ(ガイ・リッチー版)、『アベンジャーズ』シリーズなど、多くの作品で方言指導を行っていました。 享年78歳でした。 『Little and Large』というコンビ名で1960年代から活躍していました。 元々は歌手として活動していましたが、徐々にコメディアンとしての地位を確立していきました。 享年79歳でした。 ケンブリッジ大学出身の高学歴なことで知られ、1970年に始まった伝説的なコメディ番組『ザ・グッディーズ』の出演メンバーとして一躍有名になりました。 番組はイギリスのみならずニュージーランドやオーストラリアでも放映され、高視聴率を稼いでいました。 氏の持ちネタである『レディー・コンスタンス・ド・カバレット』は特に有名で、『Did somebody call?(誰かお呼びになりました?)』というフレーズは流行語となりました。 享年76歳でした。 リーズ・ユナイテッドの下部組織出身で、同クラブで14年以上にわたってプレーし、センターバックを中心に活躍していました。 氏は、通算で公式戦726試合に出場し、2度のリーグ優勝やリーグカップ、FAカップなどのタイトルを獲得しており、クラブのレジェンドとして親しんでいました。 また、イングランド代表としても活躍し、1966年にイギリスで開催されたワールドカップで優勝を果たしています。 享年68歳でした。 元日本代表のMF中田浩二氏も在籍していた2005~2009年にマルセイユで会長を務めていました。 享年86歳でした。 カメルーン出身のサックス奏者であり、70年代前半のデビュー以降、代表曲『Soul Makossa』などの大ヒットによって世界的に知られ、アフロ・ジャズ・ミュージシャンとして活躍していました。 フェラ・クティと並ぶアフロ・ミュージックの巨星として、約半世紀にわたりアフリカ音楽を世界に広めていました。 享年67歳でした。 滞在先のカイロで感染が確認されたそうですが、元々心疾患があったということです。 氏は、民主化要求運動「アラブの春」を機にカダフィ政権から離反し、2011年に反体制派を率いてカダフィ独裁政権を打倒、暫定首相に就任してリビアの安定に尽力しました。 氏は1980年代~1990年代にイラク国内のクラブや代表チームで活躍した有名な選手です。 イラク代表歴代3位の121キャップ、歴代2位の62得点という輝かしい実績を残し、同国史上最高の選手の一人だとされています。 現役引退後は指導者を務めたほか、政治家としても活動していました。 (他にも新型コロナウィルス関連の記事を書いています。 お時間があればご一読ください。 ) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・•

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