ペスト 小説。 カミュ『ペスト』書評:不条理小説とコロナの広がる世界

アルベール・カミュ『ペスト』 あらすじ

ペスト 小説

本書が世に出たのは70年ほど前。 他にも、総合部門の「BOOKランキング」には5位『はじめてのやせ筋トレ』、13位『世界一美味しい手抜きごはん 最速!やる気のいらない100レシピ』など外出自粛を受けて家でもできるトレーニング本やレシピ本も。 また、4位の『こども六法』も休校を受けて更なる広がりを見せたとも言える。 ペストの発生により封鎖された都市・アルジェリアのオラン市を舞台に、外部から遮断され孤立状態となった中で闘う市民たちの姿を描いた長編小説で、フランスでの初版は1947年。 新型コロナウイルス感染拡大を受けて再び注目が集まった。 5万部を記録した。 読了したSNSユーザーたちは「今のコロナ禍を見通したかのよう」「シンクロする様な場面もあって何とも言えない気持ちに」「どう闘い、どう生きていけばよいか考えさせられた」「今に通じる事が沢山あった」など、現在の状況と重ね合わせていた。 日々情報が変わり、たとえ専門家であっても何を言うにも断定が難しい中、新型コロナウイルスの感染拡大でどのように生活が変わるのか、最悪の事態はどうなるのか不安に思う人も多いはず。 だからこそ、70年ほど前に誕生したベストセラーが道標的に機能したと言えるのではないだろうか。 当時とは生活スタイルも医療体制も異なる中、不条理に対する人間の振る舞いなど不変的な部分が多くの読者に響いたと言えるだろう。 きるロングブレス』(著・)がランクイン。 『はじめてのやせ筋トレ』は昨年12月に『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)で特集されると、売上が上昇。 そのような投稿を見て、運動不足になりがちな今こそ気になった人も多いのではないだろうか。 同じくトレーニング関連の『DVDでよくわかる! 120歳まで? きるロングブレス』は、2012年に多くのメディアで取り上げられて大ヒットとなった「ロングブレスダイエット」シリーズの最新作。 そして、子どもに読んでほしい本として人気の『こども六法』は4位にランクイン。 7万部)にランクインするなど当時から話題だったが、今回の上半期で急上昇。 『こども六法』はいわゆる六法全書の内容を子どもでも容易に理解できるよう、わかりやすく「翻訳」したもの。 商法を除外しつつ、少年法といじめ防止対策推進法を加えた構成となっており、子どもたちの再開後の学生生活に直結するものになっている。 SNSでは「こどもと一緒に読みやすい」「『こども六法』で娘と一緒に勉強した」「大人が読むべきじゃないかと思う」などの投稿が多数あり、休校中に家の中で過ごす親子のコミュニケーションのきっかけにもなっていたのではないだろうか。 先月末に緊急事態宣言が取り下げられたが、生活が大きく変わることとなった2020年上半期。

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『ペスト』だけじゃない 今だからこそ読んでおきたい「感染病小説」3つ

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今回取り上げる古典:(アルベール・カミュ) 伝染病に翻弄される人々を描く『ペスト』 新型コロナウィルスが世界各地に広がり、深刻な影響を及ぼしている。 人間はウィルス感染症とつねに闘ってきた。 今回も、どれだけの犠牲が払われるかはわからないものの、いつかは終息するはずだ。 しかし、終息といっても、その渦中にいる私たちにとっては、その「いつか」こそが重要なのに、わからない。 だからこそ未来が見えなくなり、さらに、恐懼(きょうく)するしかない。 ところで、現在、全世界で自宅待機が命じられるなか、出版社では電子書籍が好調だという。 ひとびとは、家にいて時間を持て余すしかなく、そうすると、映画か読書が注目される。 そこで、一つ紹介したい本がある。 それは『異邦人』でも有名なアルベート・カミュの『ペスト』だ。 不条理の哲学で有名なカミュの作品は、いまだに輝きが衰えることはないが、そのなかでもとくに『ペスト』は、新型コロナウィルス拡大の現在においていろいろな示唆に富んでいる。 カミュという偉大なる作家が、ペストという伝染病をモチーフに、それに翻弄されるひとびとの心理や変化、人間性というものにいたるまでを予言した作品と映るからだ。 官僚たちの初期反応は2020年と同じ この作品はアルジェリアの要港で起きる物語だ。 平凡な街に変化が訪れるのは、ある医師が死んだ鼠に気づくところからはじまる。 そして、その鼠の死骸は街のいたるところで発見され、異常なほどに膨れ上がっていく。 行政は、幾百もの死骸を焼却するが、その終わりがない。 そのうち、医師のもとには、おかしな症状を見せる患者が急増していく。 高熱で頸部のリンパ腺が腫脹し、脇腹に斑点ができ、もがき苦しむ患者たちだ。 そして、彼らは、次々と死亡していく。 ペストが街を蝕もうとしていた。 <天災というものは、事実、ざらにあることであるが、しかし、そいつがこっちの頭上に降りかかってきたときは、容易に天災とは信じられない。 この世には、戦争と同じくらいの数のペストがあった。 しかも、ペストや戦争がやってきたとき、人々はいつも同じくらい無用意な状態にあった> カミュの描く官僚たちの、初期段階での反応が興味深い。 <「いかにも、市民が不安になっていることは事実だ」と(中略)「それに、おしゃべりってやつが万事大袈裟にしちまうんでね。 ただし目立たないようにね』って。 もっとも、知事は結局空騒ぎだと確信しておられるんだがね」> 『ペスト』でも描かれていた、錯乱した患者が街に飛び出すくシーン この小説には医療崩壊に至るさまも書かれているが、そこはあえて省略し、私は人間の心理的な記述に注目したい。 小説では、舞台の街が閉鎖される。 家族や愛する者たちとの別離。 文通もできない状態。 その環境は行政に向くことになる。 <彼らの最初の反応は、たとえば、施政当局に罪を着せることであった>。 そして、日々のようにペストによる死者数が発表されるようになったが、 <市中で誰一人、ふだんのときには毎週何名ぐらいの人が死んでいるものなのか、知っているものはなかった>。 さらに、事態の深刻さに人々が気づいたあとのエピソードも興味深い。 <あるカフェが「純良な酒は黴菌を殺す」というビラを掲げたので、アルコールは伝染病を予防するという、そうでなくても公衆にとって自然な考え方が、一般の意見のなかで強まってきた>。 <また別のところでは、ハッカのドロップが薬屋から姿を消してしまったが、それは多くの人々が、不測の感染を予防するために、それをしゃぶるようになったからである>。 これは2020年の出来事だろうか。 また、このような記述があるのには、驚かざるを得ない。 <ある朝一人の男がペストの兆候を示し、そして病の錯乱状態のなかで戸外へとび出し、いきなり出会った一人の女にとびかかり、おれはペストにかかったとわめきながらその女を抱きしめた>。 これは2020年の出来事だろうか。 また、現在では、新型コロナウィルスのPCR検査による。 偽陰性(陰性ではないのに陰性とされること)や偽陽性(陽性ではないのに陽性とされること)の問題がある。 検査を抑えたい医療関係者。 しかし、検査をしてほしい、という一般人。 この小説にも、医療従事者と一般人が見解で対立するシーンがある。 一般人が街を抜け出し恋人に会いたいと懇願する箇所だ。 <「証明書をひとつ書いていただけないかどうか(中略)、僕が問題の病気にかかっていないことを確認するという意味での証明書なんですがね。 」(中略)「僕はその証明書を書いてあげることはできません。 (中略)あなたが僕の診療室を出た瞬間から県庁に入る瞬間までの間に病毒に感染することがないとは、僕には保証できないからです(中略)。 この町にはあなたのようなケースのものが何千人といるんですよ。 しかしその人たちを出してやるわけにはいかないんです」> 人間はずっと変わっていないのかもしれない ペストについて、なすすべもなくなった人びと。 そこで宗教家が、信者にむかって説教をするのだが、このくだりも大変に人間の変わらぬ何かを見せてくれるようだ。 <「今日、ペストがあなたがたにかかわりをもつようになったとすれば、それはすなわち反省すべき時が来たのであります。 心正しき者はそれを恐れることはありえません。 (中略)あなたがたは今や罪の何ものたるかを知るのであります。 (中略)皆さんを苦しめているこの災禍そのものが、皆さんを高め、道を示してくれるのであります」> <「われわれは神を憎むか、あるいは愛するか、選ばねばならぬからである。 そして、何びとが、神を憎むことをあえて選びうるであろうか?」> 東日本大震災と新型コロナウィルスを比較する向きもあるが、カミュの想像力は恐ろしいほどで、登場人物にこう語らせている。 <「まったく、こいつが地震だったらね! がっと揺れ来りゃ、もう話は済んじまう……。 死んだ者と生き残った者を勘定して、それで勝負はついちまうんでさ。 ところが、この病気の畜生のやり口ときたら、そいつにかかわっていない者でも、胸のなかにそいつをかかえているんだからね」> カミュは、現代を見つめていたようだ。 いや、それは正しくなく、人間というものがずっと変わっていないと教えてくれているのかもしれない。 ペストは終わった。 新型コロナはどうなるか? さきに引用した宗教家がどうなるか。 これは実際の小説を読んでもらいたい。 私も、多くの方がそうであるように、新型コロナウィルスの影響がいつ軽微になるのか、不安をいだいている。 けっきょく、情報番組が語ることは、どこでもいっしょで、手洗いとうがいと、人混みを避けることしかない。 インフルエンザも、新型コロナウィルスも、罹患するという意味では被害者だが、知らぬ間に自分が加害者になりうる可能性を有している。 それがさらに不安を加速させていくのだ。 できるだけのことをやっていくしかない。 <引っきりなしに自分で警戒していなければ、ちょっとうっかりした瞬間に、ほかのものの顔に息を吹きかけて、病毒をくっつけちまうようなことになる。 自然なものというのは、病菌なのだ。 > たゆまぬ市民の注意と、そして、代えがたい犠牲の重なりの中で、ゆっくりと、ゆっくりと、終結の音が聞こえてくる。 死亡者は減っていき、安堵の雰囲気が広がる。 市民は、鼠が元気に走り回るさまを見つける。 しかし、急激に安穏とした空気が広がるわけもなく、不安もじれったいほどの速度でしか払拭されていかない。 そしてついに、街はペスト終結の宣言をおこなう。 <暗い港から、公式の祝賀の最初の花火が上がった。 全市は、長いかすかな歓呼をもってそれに答えた> この小説は現代に通じる人間心理を書く。 災害に襲われながら、それが通り過ぎるとなんら教訓を引き出そうとしない「懲りない」人間たちを、突き放すでもなく、諦観するでもなく、ただただ冷静に記述していく。 その冷静さが不気味なほどに読むものを恐怖させる。 終結をただただ祝うものたちは、それまでの犠牲をすべて忘れている。 死んでいった男女を思い返すこともない。 しかし、それが皮肉なことに人間の強みであり、罪のなさであり、人間性なのだ。 さらにこの小説は、単なるハッピーエンドにもしない。 街中が歓喜に包まれるかというと、そう単純なものとしても描かれない。 終結を祝うものはいる。 いっぽうで、大切な人間を失ったもの、なによりも、平和を喪失した人びとの欠落感とともに描かれる。 そして、小説はこのように終わる。 <おそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろうことを> 私たちは新型コロナウィルスが静まったあと、なんらかの教訓を引き出すだろうか。 関連キーワード.

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ペスト

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初版本 作者 国 言語 ジャンル 、小説、小説 発表形態 書き下ろし 刊行 6月 受賞 クリティック賞 訳者 日本語訳刊行- ウィキポータル 文学 テンプレートを表示 『 ペスト』(: La Peste)は、の作家・が書いた。 出版は。 に40歳台前半でを受賞したカミュの代表作の一つである。 の『』とともに代表的な文学として知られる。 カフカの『変身』は不条理が個人を襲ったことを描いたが、カミュの『ペスト』は不条理が集団を襲ったことを描いた。 この『ペスト』で描かれる不条理はのである。 カミュは、で人口の3割以上が死亡したペストを、不条理が人間を襲う代表例と考え、自らが生まれ育ったのフランス領を舞台にしたこの小説を書いた。 物語は、フランスのであるの市をペストが襲い、苦境の中、団結する民衆たちを描き、無慈悲な運命と人間との関係性が問題提起される。 医者、市民、よそ者、逃亡者と、登場人物たちはさまざまだが、全員が民衆を襲うペストの脅威に、助けあいながら立ち向かう。 語り口は、個々のセンテンスが複数の意味を内包し、その一つが現象的なおよび人間の条件の寓意である点で、の小説、とくに『』に通じるものがあると言われている。 カミュのアプローチは非情で、語り手である主人公は、自分たちは結局何もコントロールできない、人生のは避けられないという考えを力説する。 カミュは不条理に対する人々のさまざまな反応を例示し、いかに世界が不条理に満ちているかを表した。 なお、この小説は架空のものであり、オラン市で実際にペストが発生したわけではない。 ドキュメンタリー風に描かれている。 登場人物 [編集 ]• 語り手:その正体は最後になって明かされる。 ベルナール・リウー:医師。 ジャン・タルー:よそ者、彼の手帳がこの作品のもうひとつの語手。 ジョセフ・グラン:作家志望の下級役人。 コタール:絶望に駆られた男、犯罪者。 カステル:医師。 リシャール:市内で最も有力な医師の一人。 医師会長。 パヌルー:博学かつ戦闘的なイエズス会の神父。 オトン氏:予審判事、「ふくろう男」。 レイモン・ランベール:新聞記者。 喘息病みの爺さん:リウーの患者 あらすじ [編集 ] はじまりは、リウーを階段でつまづかせた一匹の死んだだった。 やがて、死者が出はじめ、医師のリウーは死因がであることに気付く。 新聞やラジオがそれを報じ、町はパニックになる。 死者の数は増える一方で、最初は楽観的だった市当局も対応に追われるようになる。 やがて町は外部と完全に遮断される。 脱出不可能の状況で、市民の精神状態も困憊してゆく。 ランベールが妻の待つパリに脱出したいと言うので、コタールが密輸業者を紹介する。 コタールは逃亡者で町を出る気はなかった。 パヌルー神父は、ペストの発生は人々の罪のせいで悔い改めよと説教する。 一方、リウー、タルー、グランは必死に患者の治療を続ける。 タルーは志願の保険隊を組織する。 ランベールは脱出計画をリウー、タルーに打ち明けるが、彼らは町を離れる気はない。 やらねばならない仕事が残っているからだ。 リウーの妻も町の外にいて、しかも病気療養中だということを聞かされたランベールは考えを改め、リウーたちに手伝いを申し出る。 少年が苦しみながら死んだ。 それも罪のせいだと言うパヌルー神父に、リウーは抗議する。 確かに罪なき者はこの世にはいないのかも知れない。 神父のパヌルーもまたペストで死んでしまうのだから。 災厄は突然潮が退いたように終息する。 人々は元の生活に戻ってゆく。 ランベールは妻と再会でき、コタールは警察に逮捕される。 流行は過ぎたはずなのに、タルーは病気で死んでしまう。 そして、リウーは療養中の妻が死んだことを知らされる。 市中はペスト終息であちこちから喜悦の叫びが上がっている。 しかし語り手は、ペスト菌は決して消滅することはなく生き延び、いつか人間に不幸と教訓をもたらすために、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに現れるだろう、自分はそのことを知っている、と述べて物語を締めくくる。 他の作品への言及 [編集 ]• 最初のパートで、リウーは、浜辺で射殺された男の話を耳にする。 おそらくカミュの『』で主人公が射殺したアラブ人のことであろう。 初めの方で、コタールがの『』について言及する。 日本語訳書 [編集 ]• 『ペスト』上、訳、創元社、1950年。 『ペスト』上、訳、創元社〈創元文庫 B 第53〉、1952年。 『ペスト』下、訳、創元社、1950年。 『ペスト』下、訳、創元社〈創元文庫 B 第54〉、1952年。 『ペスト』訳、新潮社〈カミュ著作集 第2〉、1958年。 カミユ『異邦人・ペスト・転落・誤解』ら訳、新潮社〈世界文学全集 第39〉、1960年。 カミュ「ペスト」訳、 『カミュ 第1』新潮社〈新潮世界文学 第48〉、1968年。 『ペスト』訳、新潮社〈新潮文庫〉、1969年10月。 『』訳、新潮社〈新潮文庫〉、2004年1月、64刷改版。 4-10-211403-3。 感染症と社会的関心 [編集 ] の一つとして、カミュの「ペスト」に対する関心が高まり、、、などでベストセラーになった。 でも小説の設定がコロナ禍と酷似しているとして話題になり、4月には1969年から刊行されている文庫版の発行部数が累計100万部を超えた。 脚注 [編集 ] []• 、「」は主に文学作品を扱うフランス大手出版社。 ネット上で確認できる。 「カミュの名作『ペスト』を高橋源一郎が読み解く!」NHK 参照 小野文恵アナ:私、本当にアルジェリアのオラン市でペストが大流行したのかと思って、だまされてしまったぐらい…。 高橋源太郎:ドキュメンタリーのタッチで書かれているんですね。 小野アナ:架空のお話なんですが…。 高橋:とは思えないですよね。 新潮文庫版は69年刊行。 増刷は年平均5千部程度が、2020年2月以降だけで30年分相当の15万4千部を増刷した。 時事通信 2020年4月8日 2020年4月9日閲覧。 参考文献 [編集 ]• 、訳 『異邦人』(改版) 、1995年6月。 978-4102114018。 初版は1954年9月 関連項目 [編集 ]• リウーを待ちながら - 朱戸アオによる漫画作品。 日本でペストのパンデミックが起こるという設定 外部リンク [編集 ]• 2011年2月11日閲覧。

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