スポンサーリンク 吉永小百合の姉妹 吉永小百合は3人姉妹の次女です。 姉・長女は東京教育大学(現在・筑波大学)卒業で東京都庁に勤務していました。 妹・三女は有名大学卒業です。 吉永小百合の両親 吉永小百合のお父様は鹿児島出身で東京大学法学部卒業です。 外務省にも嘱託勤務などを経て映画関係の出版社を経営していたようです。 お母様の実家も出版社を経営し、叔母様は婦人画報の編集長をされていたようです。 お母様の学歴はわからなかったですが、ピアノの教師をされていました。 「サユリスト」が全盛期のころ、吉永小百合がテレビでピアノを弾いていたのを見たような気がします。 恵まれた環境でお母様は育ったと思われます。 昔、週刊誌で吉永小百合の実家が写っていた記憶があります。 洋館の立派なお家だったと思いますが、うろ覚えです。 デモ吉永小百合は、「家は貧乏で小学校から芸能界で働いて家計を助けていた」ということも昔語っていたことがあります。 もう一つ昔の話、吉永小百合の家に泥棒が入ったことがありました。 その時に、家族と鉢合わせになったのでしょうね。 妹さんが、お姉さん・吉永小百合の前に立ちはだかり吉永小百合を守った、という逸話を週刊誌で読んだことがあります。 ちなみに吉永小百合は早稲田大学第二文学部西洋史学専修を卒業し、文学士の称号を受けています。 吉永小百合の男性歴 吉永小百合の初恋は、もう有名、渡哲也です。 吉永小百合と渡哲也が共演した「愛と死の記録」(66年)がきっかけで交際が始まったようですが、両親に強く反対されました。 両親には渡哲也との結婚の意思まで伝えながらも、両親の反対が強く吉永小百合から別れを告げたようです。 だから(渡と)直接会って、『あなたとは結婚できません』と伝えました。 涙が止まりませんでした。 それで別れたんです」その後、渡の結婚を知らされた吉永は、「悔いがある」と言って、泣き通したのだという。 そのショックから言葉を発することが出来なくなった吉永小百合を励ましたのが、現在の夫・岡田太郎です。 吉永小百合が恋焦がれた一人に石坂浩二もいました。 当時、石坂浩二は加賀まりこと噂がありました。 吉永小百合は「凄く好きだったけど、恋愛にもならなかった。 相手にしてくれなかった。 」と言っていたようです。 吉永小百合の片思いの相手がって聞いたことがあります。 「婚約者がいらっしゃるとは知らなかった」と吉永小百合がテレビで言ったのか、週刊誌で読んだのか…? 石坂浩二も加藤剛も単なる片思いです。 やましいことは何もない清純派の男性歴です。 吉永小百合の夫 吉永小百合の理想の男性は、という質問には決まって「ジャガイモのような人」と応えていたのが印象的でした。 九チャン・坂本九しか思いつかなかったのですが、岡田太郎だったのです。 岡田太郎は吉永小百合より15歳上です。 当時の岡田太郎はフジテレビのプロデューサーでした。 当時の男性のショックは大変でしたね。 かなりのブーイングものでした。 この結婚にもお母様は反対され、当時は週刊誌を賑わしていました。 家族はみんな高学歴です。 お母様からすれば吉永小百合の結婚相手に何かを期待していた部分があったのでしょうね。 お母さまを振り切っての結婚は、渡哲也の破局から強くなっていったのだと思います。 その後岡田太郎は、共同テレビの社長・会長・相談役と上がっていきました。 吉永小百合の健康法 スポンサーリンク 吉永小百合の水泳は有名です。 最初はスキーでした。 「時間が出来れば自動車でスキー場まで行き滑っていた」上級というよりインストラクターにもなれそうらしいです。 その体力をつけるために水泳を始めた、とか言ってました。 高倉健に教えてもらった腹筋を300回?と背筋を100回?腕立て伏せ30回しているとか… 映画の撮影中に手首を骨折して、それ以来ジムに通ってバーベルをあげっているとか… か弱そうな容姿からは想像できません。 まとめ 吉永小百合、気持ちの非常に強い方だと思います。 昭和32年小学校6年生で、連続ラジオドラマ『赤胴鈴之助』でデビュー。 同年、ラジオ東京制作のテレビドラマ『赤胴鈴之助』でテレビデビューしています。 芸歴は非常に長い。 抜群に演技が上手とも、歌が上手いとも思わないけれど非常にオーラのある女優です。 スポンサーリンク.
次の
「夫が危篤」…昨年夏頃から、吉永小百合(70才)の夫、岡田太郎氏(84才)の大病説が芸能界を駆け巡っていた。 取材を進めると意外な夫婦の形が見えてきた。 1973年、家族の猛反対を押し切って結婚した吉永。 1976年に実母は随筆集を出版し、娘を奪い去った岡田氏への怨嗟を綴った。 そんな背景もあり、夫妻は毎年のように「離婚危機」が報じられてきた。 「もともとやり手の映像プロデューサーだった岡田さんと人気女優の吉永さんは仕事のすれ違いも多かった。 でも、互いの人生を尊重したうえでの結婚だったからむしろうまくいっていましたよ。 岡田さんの母親である姑さんのことはとても大事にしていて、晩年は岡田さん以上に介護に励んでいました」(映画関係者) ちょうど姑の介護問題に直面していたころ、吉永は大きな決断をしていた。 夫妻で住んでいた自宅マンションのリフォームだ。 「岡田さんは吉永さんの14才年上ですから、先のことを考えて、バリアフリーにすることにしたそうです。 でも工事中、新たにマンションを購入し夫婦で住んでいたので、リフォームした前のマンションは衣装部屋のように使っていました。 ただここ数年、岡田さんは足腰が弱くなっていましたから、以前のバリアフリーのマンションを拠点にするようになったんです。 吉永さんは新しいマンションのほうに愛着もありましたし、岡田さんのマンションは車で20分ほどだったので、形としては別居生活を送っていました」(芸能関係者) 岡田氏が拠点にしていたマンション住民の証言。 「吉永さんはほとんど見かけたことはないですが、ご主人はよくお見かけしていました。 ずいぶん年はとったけど、お元気でね。 散歩に行かれたり、買い物をされていたり。 でも、去年の夏頃からぱったり…」 ちょうど、冒頭の「危篤説」が飛び交い始めた頃と重なる。 これについてある映画関係者がこう話す。 「実は岡田さんは肝臓に大病を患って一時はかなり厳しい容体だったんです。 小百合さんもつきっきりで看病をしていて本当に大変そうでしたね…。 でもなんとか持ちこたえて、今は無事退院されて元気にしているそうですよ」 そして再び夫妻は一緒に生活するようになったようだ。 「岡田さんは小百合さんの手料理が日々の楽しみのようです。 特にかつお出汁の味噌汁が欠かせないそう。
次の
夫・岡田太郎さん 吉永小百合さんは、1973年に岡田太郎さんと結婚されました。 これが当時の写真です。 左が岡田さん。 優しそうな方ですね。 吉永さんも、当時からお美しいです。 どんな人? 岡田さんは、フジテレビの人だったそうです。 岡田太郎のすごいところはフジテレビ社員から社長にまでのし上がったというところでしょうか。 取締役相談役にまでなっていて、フジテレビ社員だったころと比べると格段に出世しています。 社員から取締役にまで駆け上がるなんて、なかなか出来ることではありません。 さすがは吉永さんのハートを掴んだだけあって、凄いやり手だったんですね。 吉永さんとの出会い スポンサーリンク ふたりの出会いのきっかけは、なんだったのでしょうか?吉永さんは過去に、渡哲也さんと交際していたこともあったそうです。 結婚の話も持ち上がり、美男美女のビッグカップル誕生!?となるはずでした。 しかし… 渡哲也は吉永小百合の両親とも顔を合わせていましたが、吉永小百合の両親から反対されていました。 「あんなにモテる男と結婚したら吉永小百合が大変だ」という気持ちで両親は吉永小百合の交際に反対していました。 渡哲也も電話越しで「なぜ自分のもとに来てくれないのか」と問い詰めたこともあるそうです。 しかし、吉永小百合が両親を説得もできず、渡哲也よりも両親をとってしまったことで吉永小百合自身、渡哲也に別れ話をしたのでした。 なんと、ご両親からの反対を受け、大恋愛の末に失恋してしまったそうです。 そんな悲しみの中、吉永さんは岡田さんと出会います。 吉永小百合が渡哲也と別れて、しばらくしてから渡哲也が結婚すると「悔いがある」と泣き明かしたそうです。 失恋のストレスと仕事のストレスの板挟みになってしまった吉永小百合は声が出なくなってしまったのです。 そんなときに親身に話を聞いてくれたのが岡田太郎で、声の出なかった吉永小百合は徐々に元気を取り戻して岡田太郎と結婚しました。 自分が悪い状態の時に、助けてくれる異性にはやはり心が動かされるものですよね。 しかし、この時もご両親は大反対だったとか。 渡哲也との結婚も反対されましたが、岡田太郎との結婚も両親に反対されていました。 なぜ岡田太郎も反対されたのでしょうか? 岡田太郎と結婚したときは吉永小百合は27歳。 世間的に言えば結婚適齢期ですよね。 反対された理由は岡田太郎が吉永小百合よりも 15歳も上だから。 しかも バツイチだったんですよね。 親心として27歳の適齢期でわざわざバツイチと結婚しなくても、と吉永小百合の親じゃなくても思いますよね。 岡田太郎も躊躇していたみたいですが、吉永小百合の情熱に押されてしまったみたいです。 スポンサーリンク なんと、最終的には吉永さんの方から結婚を迫ったそうです。 何かにつけて干渉してくるご両親にも心底ウンザリしていたんでしょうね。 色々あったけど、幸せになれて良かった。 めでたしめでたし…、といいたいところなんですが、夫・岡田太郎さんって現在はどうされているのか、気になりませんか? 岡田さんの現在は? 吉永さんは現在72歳なので、15歳年上の岡田さんは87歳、ということになるはずです。 正直、病気になっていたり、亡くなられていたとしてもおかしくはない年齢です。 病気になった? 「実は岡田さんは肝臓に大病を患って一時はかなり厳しい容体だったんです。 小百合さんもつきっきりで看病をしていて本当に大変そうでしたね…。 でもなんとか持ちこたえて、今は無事退院されて元気にしているそうですよ」 一時期、危篤説が流れたほど深刻な状態にもなったようですが、今は元気にされているようですね。 それを受けて吉永さんは、15歳年上の岡田さんの体を気遣い、自宅をバリアフリーにしたそうです。 「岡田さんは小百合さんの手料理が日々の楽しみのようです。 特にかつお出汁の味噌汁が欠かせないそう。 それから小百合さんは酒の肴が得意で、例えば、いただき物のカラスミでも、手作りの梅酢につけたり、一手間をかけるようです」 岡田さんは今きっと幸せな暮らしをしてるのでしょう。 お互いを労りながら、素敵な夫婦生活を送られていることが分かりますね。 ちなみに、どこに住んでいるかは謎なんですが(検索ワードに「仙台」というのが出てきましたが、情報はなく…)、公表しないのもお互いのためなのかもしれません。 子どもについて 吉永さんと旦那さんのあいだには、子どもはいません。 それには、吉永さんの子どもに対する考え方に理由があるそうです。 子供がいない理由 吉永小百合は親に溺愛されて育った分、自分の主張を尊重してもらえなかったようです。 また、子供は欲しかったものの、女優としてやっていきたいと願った吉永小百合。 確かに子供を産んでしまうと体型が変わりますし、なにより2年近くは仕事を休まなくてはならなくなりますよね。 そうなると女優として芸能界に戻れなくなることが怖かったのかもしれません。 吉永小百合さんは子供時代から岡田太郎さんと結婚をするまで、散々母親から価値観を押し付けられて育ってきました。 このことから踏まえて、吉永小百合さんと両親との関係は、今でいうアダルトチルドレンの共依存に当たったのでしょう。 「子供の頃、自分は両親からまともな教育を受けていない」と吉永小百合さんは後に語っています。 吉永さんが子どもを持たない理由には、自分の子ども時代にルーツがあるようです。 過干渉だった自分の母親のようになりたくなかったのでしょうね。 また、やはり「女優」としていたい気持ちが強かったのでしょう。 子どもはいなくても、夫婦ふたり仲良しであればじゅうぶんアリだと思います。
次の