「How is everything? あたしは、Atlanta級防空巡洋艦、Atlanta。 Brooklyn生まれ。 貴方、さん? よろしくね。 」 概要、来ちゃったか。 仕方ない、始めるよ。 2019年12月7日のオンメンテにて実装され、2019年秋季『』後段作戦最終海域「激闘!第三次ソロモン海戦」のクリア報酬として初登場。 アトランタ級防空巡洋艦 ゲーム上の分類は軽巡洋艦 のネームシップで、軽巡洋艦とした場合は、『』初となるの軽巡洋艦娘である。 なお、彼女の名は後にクリーブランド級軽巡洋艦、ロサンゼルス級潜水艦に受け継がれており、特にクリーブランド級軽巡洋艦は、本艦撃沈後しばらくしてから登場したので、間違えないように注意。 本艦の艦種は『艦これ』では初となる「防空巡洋艦」にカテゴライズされているが、装備出来る装備類の範囲、艦隊へ配備する際の編成条件は「軽巡洋艦」に準じており、「」や「」のような別枠扱いにはならない。 このため、編成、特に連合艦隊編成時には注意が必要。 連合第2艦隊に配備する際は他の軽巡洋艦、特にやとは同時に配備出来ない点に留意されたし。 え? 容姿? いいけど。 どこか気弱そうな、あるいは面倒くさそうな表情をした、グレーの瞳に茶髪のの持ち主。 同郷のには及ばないものの、テール自体がかなり大きく、を連想させる。 わかりづらいが、テールの先に錨を模した髪飾りが付いているのが確認できる。 また、絵師と髪色が同じなためか、体格がどことなくアメリカ空母娘、にも似ている。 このため「サラトガと龍驤の合いの子」と言われることもある。 服装は、薄手の白いブラウスを着ているのだが、白のがその下に透けて見えてしまっている これは、関連があるであろうの外見からの推測である。 また、スカートは黒で、サスペンダーがついているのだが、突き出たのすぐ下からスカートになっているためか、ブラウスの裾が下からはみ出してしまっており、はっきり言ってしまえばスカートとしての機能をまったく果たしていない。 さらに、ブーツは黒地に白の三本線が入ったデザインなのだが、極端とも言えるほどのハイヒールになっている。 全体的な印象としては、大人の女性がの制服の上下を無理やり着せられていると表現するのが近いかもしれない。 艤装に関しては、船体後部を模したと思われる部分が、腰に装着されている。 また、両脚の太腿の部分には、船体前部を左右に分割したパーツを装着しているのだが、太腿にバンドで固定されているだけなので、被弾したらすぐに脱落しそうな不安を抱かせる 実際その通りで、中破すると左脚についていたパーツがなくなる。 なお、その艤装に装着されている連装砲は、アトランタ級の特徴である38口径5インチ両用砲で、甲板から上の部分に迷彩が施されている。 その数は右脚と左脚のパーツにそれぞれ三基ずつ、腰のパーツに二基となっており、実艦に搭載されていた基数と一致する。 さらに、右脚と左脚のパーツの内側部分には、魚雷の発射管が付属している。 そして、艤装のそれぞれと帽子の部分には、艦番号である「51」が記されている。 Personality? いいけど。 一人称は「あたし」で、三人称は「あいつ」。 提督のことは「提督さん」と呼ぶ。 口調自体はタメ口で、どこか人を突き放すような物言いになっている。 普段は物静かなダウナー系。 同郷の艦娘たちの名前がまったく出てこないことから、基本的に人付き合いを余り好まないようである。 大本と思われるも、こちらが攻め込んできたのに仕方なく応じている風だったが、艦娘になっても性格がほとんど変わっていない。 また、時報においても基本的に受身で、指示待ちな部分が出ているのだが、防空巡洋艦を謳っているだけあって、対空演習の指示をされた際にはかなりの自信を覗かせる。 なお、その際に出てくる「Betty」と「Kate」はそれぞれ「」「」の連合国側コードネームである。 だが、根は結構やんちゃであるようで、普段は素っ気なくも丁寧な言葉遣いだが、気が高ぶると摩耶のように言葉遣いが荒れる。 また気が立っていない時でものような軽薄な言葉遣いをすることもあり、意外と育ちが悪いのかもしれない。 と同様、日本の艦娘に対してはかなりのトラウマ持ちで、その中でも駆逐艦に対しては、はっきり「苦手」と言い切っている。 午後になってかつて砲火を交えたと 彼女のことは「 Nightmare 悪夢 」と呼んでいる。 おそらく、夕立のセリフにある「ソロモンの悪夢」と関連しているのだろう と接した時にも嫌々ながらも挨拶で応じるのだが、いなくなった後に「 あんなのと毎日戯れて大変ね」とため息混じりに言う。 ただ、同じように飄々とした態度を取りがちなとは気が合いそうである。 ちなみに、この二人には節分の際も豆を投げつけられており、はっきり「 てめえら」と言いながら対抗している。 確かに、性能面でも「 防空の鬼」なので、勝手に鬼役にされてしまうのもわからなくもない。 まあおそらく「喧嘩するほど仲がいい」ということなのだろう。 そして、日が沈むと彼女のトラウマが爆発し、非戦闘時にもかかわらず勝手に臨戦態勢を整える。 落ち着かせようとして提督が夕食を持ちかけても「Ration 戦闘糧食 でも食べてて!」と返し、まったく聞く耳を持たない。 そして彼女に命中弾を浴びせた因縁の相手でもあるが訪れた際にはトラウマが最高潮に達し、あろうことか喧嘩腰になるのだが、カレーの差し入れであることを知って拍子抜けする。 食べた際に意外そうに「おいしい」と言っているのだが、のレシピ通りに作ったとのことで、比叡自身が メシマズアレンジャーなのではないかという疑惑が払拭されたわけではない。 なお、朝食と昼食に関しては、アトランタが作ってくれるのだが、アトランタ自身はフライドベーコンに卵二つと、なかなかのこだわりがある模様。 また、昼食ではアトランタバーガーをお勧めしてくるのだが、その後に昼寝に誘ってくる。 更に夜戦をボイコットするような発言もあったりで、それらのことからかなりのマイペースっぷりが窺える。 ただ、そういったトラウマも手伝ってか、自分から関わろうとはしないものの、周りのことを悪くは思っていない、もしくは、悪く思わないように人知れず努力している様子が伺える。 Can I ask you something? あのさ、それって、どういう意味があるの? あたしの性能に何か問題ある? 防空巡洋艦を名乗るだけあって、素の対空値でなら、対空番長と呼ばれるや防空駆逐艦のの面々を抑えて最高を誇る。 また、更に特筆すべき点は装備の組み合わせによって対空カットインが入ることで、以下の組み合わせによって発動することが確認されている。 GFCS Mk. 37+5inch連装両用砲 集中配備 と 5inch連装両用砲 集中配備• 5inch連装両用砲 集中配備 と 5inch連装両用砲 集中配備 と GFCS Mk. 5inch連装両用砲 集中配備 と 5inch連装両用砲 集中配備 そして、それぞれの組み合わせにおけるカットインの内容は以下の通り。 65 それぞれのカットインの優先順位は「39>40>41」となる。 そして、1. の装備の組み合わせだと、種別値39と41の条件を満たし、2. ただ、3. の装備の組み合わせでは種別値41のカットインしか発動判定が行われないため、結果として上の2つよりも発動率は下がる。 この結果、1. のように複数の発動条件を満たしている装備をした際のカットイン発動率は、結果として他の防空艦よりも高くなる。 すなわち、• GFCS Mk. 37+5inch連装両用砲 集中配備 と 5inch連装両用砲 集中配備 と GFCS Mk. 37 という組み合わせならば、汎用カットインまで含めると、合計で4種類の対空カットインのうちのどれかが発動する可能性があり、ほぼ100%に近いカットイン発動率を確保できる 100回試行して97回カットインが発動したとの検証報告あり。 その防空能力は試しにでアトランタ単艦に空母6に艦攻を飛ばしてみた結果なんと 500機以上もの機が犠牲になったと言われるほど。 日本軍の総航空戦力が アトランタ級数隻で文字通り全滅してしまうレベルである。 (勿論だが、史実のアトランタ級にここまでの防空能力はない) この為、やと同様、空母を出す際は彼女の存在に一層の注意を払う必要がある。 ここまで来るとレベルの敵空母でも結構な確率で枯らす事ができる為、演習で機動部隊狩りをするだけが脳の嫌がらせ要員ではない。 しかし、対空性能がずば抜けている反面、火力、雷装、対潜能力が低い。 その低さは済み且つLv155から4スロット対潜ガン積みでギリギリ先制対潜なをも下回る Lv175 MAX で47という、どう頑張っても先制対潜攻撃が無茶なレベルで、駆逐・軽巡では当然のワーストとなっている。 ただ、それでも だからこそ? 敢えて彼女に先制対潜をさせるというロマンを追求している提督もいるとかいないとか……。 このため、敵潜水艦との戦いの際には、対潜能力の高い艦娘を並行させるのがほぼ必須となる。 また、改造を行ってもスロット数は3のままなので、摩耶改二のように対空カットインを行いつつ通常の戦闘もこなすといった使い方は難しい。 ただ繰り返すが、対空性能はずば抜けているので、巡洋艦枠を一つ削って対空に専念させ、通常戦闘は他の艦娘に任せる、という思い切った使い方をするのも一つの方法だろう。 もちろん、敵空母や空襲マスのない海域においては、使う意味は全くないわけだが。 また、彼女に関しては未改造、改造後に関わらず、 艦載機の搭載数が0である。 これはすなわち、ができないということを意味しており、結果として非常に偏った性能の持ち主であるとも言える。 運用の際には 「」などと言われることのないように心がけたい。 なお、アトランタの実装に伴って実装された5inch連装両用砲 集中配備 等の新しい高角主砲群は、と以外の軽巡洋艦に装備した場合、 明確なマイナス補正が生じ、初めて マイナス補正が可視化されている装備群である。 そのため、事実上アトランタ専用の装備となっているのだが、重巡にはマイナス補正がかからないため、摩耶改二に装備させて、高い対空能力と連撃を両立させるという方法もある。 ただその場合、対空値とカットイン発動率の減少は避けられない。 ・5inch連装両用砲 集中配備 &GFCS Mk. 「Lucky A」と称されたアトランタであるが、これは後から称せられたものではなく、 乗組員による験担ぎの意味合いが強い。 実艦としての最期はおよそラッキーとは程遠く、直接の沈没原因は暁による雷撃なのだが、その暁によるの照射をきっかけとして、敵のみならず、味方であるはずの重巡サンフランシスコからも撃たれることになってしまったからである。 性格の項において「他のとの交流がない」と書いたが、味方に誤射されて戦闘不能に追い込まれるような顛末を迎えてしまっては、同郷であっても信用できなくなるのは無理もないかもしれない。 そして、その時のことを忘れたかのように接してくる暁や夕立に対して、腹立たしいものを感じるというのも理解できなくもない。 ただ、同じく味方の誤射によって一度沈んだならば、彼女のそういった事情を理解しつつ、立ち直る力になれるのかもしれない。 もっとも、そのあたりはゲーム本編では触れられないため、二次創作によって描かれることになるのだろうが。 アトランタの口が悪い理由の一つとして、自己紹介で述べている通り、彼女がブルックリン生まれであることが推測される。 この地域は東京で例えるのならいわゆる下町、工場街であり、当時の治安はあまりよくなかったとのこと。 そこに当時住んでいた人々の気性の激しさと情の深さを、彼女も存分に受け継いでいるということなのだろう。 同じイベントで実装されたと同様、アトランタも戦時中に同名の艦が建造されている クリーブランド級CL-104。 ただし、ヒューストンと違って、図鑑説明では言及されていない。 これが果たして、クリーブランド級仕様をif改装として運営が想定しているという意味なのかどうか、今後の展開が待たれるところである。 関連イラスト、ま、いいんじゃない?.
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「、級、その一番艦、。 防のほうが通りがいいかなあ」 ()とは、「」に登場する、第二字大戦時の所属級(防)1番艦〈 ,-〉をにした登場人物()である。 :/: もしかして、概要? だったらあたしはパス。 開始の『』の最終面である諸域(E-6)の突破報酬、つまり報酬としてされた。 ただし、E-6を含む後段はのにて開始されたので、の日もこのとするのが正しい。 としては初の(意外にも、これまでにされてきたはで、はいなかった。 同でとしてはヒュースに続いてのだが、そちらが艦なので突破報酬であるこちらを先に入手したというもいた模様)にして、初となる「防」となる。 この「防」は、の的にはのである。 今後、的にッシュされたり、達の研究によって最適な使い方が詰められていくことと思われるが、現時点では「とにかく対に全振りした」という扱いになるか。 あたしの特徴……本当に? ん、いいけど。 Atlanta、抜錨。 艦隊、前進。 のに、何故かのい(薄い?)瞳 いわゆるの持ち。 頭には軍帽(いわゆるギャリソン)を被っている。 ちなみにに書かれている「」は艦番号(ン)の-が。 そしてなによりを惹くのは、とは思えぬ豊かな。 さすがのアメリ。 ・・・なのだが、性格は見たにたがわずナー気質。 他のアメリが基本な多い傾向の中で非常に立つ。 口調も対峙している相手に「シッシッ、来んなよ!」と言ったり、 史実での因縁持ちである やに対して「テメエ」「こっち来んなよ」と返したりと似たような乱暴な喧になっている事も。 また、最期がかつ滅多打ちに近い形だったためか、としてはしくが苦手でにおいてもかなり余裕がない発言が立つ 音がくと非常にる、差し入れしてくれたに喧を売り掛けるなど としては・・食後のとそつなくこなしており、前述の通りの時間はオドオドしている中でがフォローに入っている。 Are you okay? 防空巡アトランタ、出撃するから。 で、でいう5,t級と同世代だった級の更時期を迎えようとしていた末。 では建造に傾倒しはまで置き去りにされていたが(この辺は条約による建造問題とかもあるが)、は「そんなもん両方造っておけばいいじゃん」とばかりにも止めることなく、級の後は級、その修の級を切れく設計・建造を続けていた。 さて、末となると、の発展もにならないに達しつつあった。 軍設計部「あ、そう? それじゃ対なにするか」 というわけで、新には、対艦対両方をこなせる38口径のMk12 5(12. 7)連装を8基16門、m連装対機4門、20mm単装機6門と、大量の対兵装を搭載した。 ちなみに、本来は6両用を搭載したかったのだが、当時はまだだったのと、が条約をすることから、泣く泣く見送られた。 こうして、新級が誕生することになった。 ちなみにこの級、建造時期によって小修を加えられたため、3つの(級、ンド級、級)に分けられることもある。 それぞれ4隻、4隻、3隻の計11隻が建造されたが、その辺りで開戦となり、条約制限もくなったことから、新たにした6を搭載した理想のとして登場するのが級となる。 ちなみに級で有名な艦には、18個のを受章した武勲艦〈〉、サリバンの悲劇で知られる〈〉がある。 なお、「防」として名高い級だが、当初の分類は()であり、防()というが誕生したのはので、その時には狭義の級(前述)は全て沈没または退役していた。 さて、その級のである〈 ,-〉は、開戦直後の11年に就役した。 艦名は州の州都で、あの「」のでもあるから。 ちなみに〈〉のにはこの繋がりで「」のであるマー・ミッチェルがを割る役を行っている。 称は「A」「マイA」など。 就役後は短い訓練を経て、は。 かの〈〉が率いる第16任務部隊の護衛任務として参戦したが、大した戦果を挙げることく終わった。 というのも、〈〉の攻撃隊が一矢報いたのは第任務部隊の〈〉で、第16任務部隊の方には機はあまり来なかったので、対艦の出番もかったのである。 続いて第16任務部隊は諸に向かった。 第戦では〈〉〈〉からのを撃墜して対艦の本領を発揮したが、それでも〈〉は攻撃を受けて中破し、前線からは退くことになる。 〈〉は、第11任務部隊に所属替えとなったが、こちらも旗艦だった〈〉が〈26〉の撃で中破して退き、第任務部隊に再度所属替えになる。 その後、その分艦隊である第. 2任務部隊の旗艦を任じられた。 再編成され、第. 4任務部隊の旗艦となった〈〉は、第戦に臨むことになる。 なら、〈〉がの艦列に突撃して大を招いた、という一件はご存知であろうが、この突っ込まれた方の部隊にいたのが〈〉であった。 での中、〈〉は近づいて来たから照射されたかと思うとが発射されるのが見えたため、こちらからもで照らしながら撃を行い、1,mのでこれを撃沈した。 このこその〈〉であった。 しかし、このは他の艦船からは格好の標となる。 〈〉〈〉からの撃に加え、味方のはずの〈〉からもされ(むしろそちらの方が痛打を与えたとも)、そんな状態でも反撃しようとしたところで、〈〉から発射されていた2発が艦に突き刺さった。 を受けたのは後部室付近で、〈〉は一時的に動が、航行になり、戦の最中に漂流することになった。 幸いというか、それ以上の攻撃を受けることもなく、が明ける。 明るくなると、両軍共にさんさんたる有様であったことが見えてきた。 そんな中でも、の手助けを受けてから離れたところまでは航された〈〉であった。 なお、航中に、それを見つけたのが接近してきたが、かろうじて動いた5でそれを追い払うことに成功し、防艦としての意地をみせるが、浸が止まらず艦も傾斜するほどになっており、この場では手の尽くしようがいことから、最終的に官ゼーから、自沈処理とすることが命じられた。 12年15分、〈〉は爆破により自沈し、の一員となった。 年、除籍。 わずか1年にも満たない艦ではあったが、5つのに加え、そので殊勲部隊章を受章した。 関連動画。 ん、Thanks. 例によってカリ あたしの関連静画に何か問題ある? 関連項目が来ちゃったか。 仕方ない、始めるよ。 軍 US Navy• [護衛]• [防 ]• [] ,• [護衛]• 敵…?(で登場)• …苦手意識はあるが、の性格もあって仲は悪くない様子• …自身のの通り「 」呼びしている• …何とにをされるが… 【 】 ・級 - ・級 - ・p級 - ・級 - 陸軍 - - 択捉 -.
次の艦歴 [ ] アトランタはの社で1940年4月22日に起工。 1941年9月6日に『』の作者であるによって進水、1941年12月24日にでサミュエル・P・ジェンキンズ艦長の指揮下就役する。 艤装が完了するとアトランタは3月13日まで及びので整調訓練を行う。 訓練終了後、調整修理及び仕様変更のため入りする。 3月31日にを出航し、4月5日に、8日に ()に到着した。 パナマ地峡の水路を通過後、アトランタは4月12日に ()を出航し、への巡航途中にの調査命令を受ける。 その後敵と接触することもなく、4月23日にに到着した。 ミッドウェー海戦 [ ] アトランタはハワイに短期間滞在し、5月3日には沖で対空訓練を行う。 5月10日に USS McCall, DD-400 と共に、給兵艦 USS Rainier, AE-5 および給油艦 USS Kaskaskia, AO-27 の護衛としてのに向けて出航する。 5月16日、中将指揮するに合流、同部隊は空母 USS Enterprise, CV-6 、 USS Hornet, CV-8 を中心として形成され、に迫ったの脅威に対応するためハワイ海域への移動を命じられた。 部隊は5月26日に真珠湾に到着した。 アトランタは第16任務部隊と共に28日の朝に出航した。 ミッドウェー島北西部で活動する空母の護衛を担当し、6月4日の朝に南西部の日本艦隊探知の報を得て、ホーネットを護衛していたアトランタは戦闘のために出航した。 3隻の空母から発進した航空団は日本艦隊を発見し、その日に USS Yorktown, CV-5 とエンタープライズからの部隊が日本空母4隻に対して致命的な損傷を与えた。 日本軍機はヨークタウンを中心とする第17任務部隊に2度の攻撃を行った。 その後のを通じてアトランタは第16任務部隊の護衛を担当、6月11日まで同任務に従事し、部隊は真珠湾への帰還命令を受けた。 6月13日にアトランタは真珠湾に到着、21日、25日、26日と対空訓練を行い、食糧および物資を積み込みその後は7月まで24時間、続いて48時間の警戒態勢を取った。 7月1日、2日に乾ドック入りし艦底部の研磨、塗装が行われた。 6日に信頼性の確認を完了し、その後任務を再開、砲術訓練および高速巡航訓練、ハワイ訓練海域での艦砲射撃訓練を行った。 1942年7月15日、アトランタは第16任務部隊と共にに向けて出航した。 7月24日にで停泊し、同地で駆逐艦 USS Maury, DD-401 に燃料を補給、次にタンカーのモビルーブ Mobilube から燃料を積み込み、同日遅くに出航、部隊に追いついた。 7月29日、ガダルカナル島侵攻の準備が整い、アトランタは第61任務部隊に配属された。 8月7日および8日に空母搭載機によるに先立つ航空攻撃が行われ、アトランタは空母の護衛任務を担当、9日に空母任務部隊が後退するまで同島付近に留まった。 続く数日間、アトランタは巡航を続け、付近で活動を続ける任務部隊の支援に当たった。 第二次ソロモン海戦 [ ] 「」も参照 アメリカ軍によるガダルカナル島上陸は、大将にガダルカナル島への援軍を乗せた輸送船団を護衛するためのを送り込む決心を固めさせた。 8月23日朝、アメリカ側の偵察機は北西方向に中将率いる機動部隊と(少将)の一隊に護衛された輸送船団を発見。 エンタープライズとサラトガはただちに攻撃隊を発進させ、これに呼応してガダルカナル島の機も攻撃に出動した。 しかし、天候不良などにより敵を発見することが出来ず、攻撃隊は引き返さざるを得なかった。 翌8月24日、アトランタは日本側の通信を傍受。 これをエンタープライズに座乗の中将に報告するとともに、アトランタは13時28分に反撃に備えて戦闘配置を令し、以後5時間半にわたって日本の攻撃隊との戦闘に明け暮れた。 15時30分、アトランタは20ノットの速力で第16任務部隊を護衛中だった。 第16任務部隊は北西方向に発見された敵機動部隊との距離を縮めつつあった。 16時37分、アトランタを含む任務部隊の速力は25ノットとなり、対空陣形に整えた後、17時6分にエンタープライズは攻撃隊を発進させた。 ところが、エンタープライズからの攻撃隊と入れ違いに空母とからの攻撃隊が第16任務部隊に接近しつつあった。 17時10分、北西方向から18機のが突入してきた。 その後の約11分間、ジェンキンズ艦長はアトランタの全ての銃砲、5インチ砲と28ミリ機銃、20ミリ機銃でエンタープライズの頭上に対空弾幕を作り出した。 エンタープライズはアトランタの対空砲火に守られ、激しい回避運動にもついていったが、5機の九九式艦爆の攻撃を許し、1発の爆弾が命中した。 ジェンキンズ艦長は、エンタープライズを攻撃した5機の九九式艦爆も撃墜しただろうと報告した。 翌日から、アトランタはに合流して行動した。 8月30日、第61任務部隊はの雷撃を受け、サラトガが損傷した。 フレッチャー中将はを USS Minneapolis, CA-36 に変更し、ミネアポリスはサラトガを曳航して戦場から離脱。 9月6日、第61任務部隊はに到着した。 アトランタは重巡洋艦 USS New Orleans, CA-32 から補給を受けて一息ついた。 9月13日、アトランタは給兵艦 USS Lassen, AE-3 および航空機輸送艦ハモンズポート USS Hammondsport, APV-2 をダンベア湾まで安全に護衛した後、ヌメアに帰投した。 9月19日に補給を終えたアトランタは、2日後の21日に第66. 4任務群に加わった。 9月23日、任務群は第17任務部隊の一部を構成するため、アトランタは USS Washington, BB-56 および駆逐艦 USS Walke, DD-416 、 USS Benham, DD-397 とともにトンガタプ島に向かい、26日に到着した。 アトランタは10月7日まで任務群と行動した後、10月11日から14日までガタルカナル島行きの輸送船団を間接護衛し、任務終了後の15日午後には燃料補給のために向かった。 その際、アトランタは第64任務部隊(少将)の指揮下に入り、日没後に再びガダルカナル島の間接援護を行った。 アトランタはエスピリトゥサント島に帰投の後補給を行い、10月23日にセゴン水道から出撃した。 2日後、山本大将はのガダルカナル島での攻勢を支援し、同時にこの方面のアメリカ海軍部隊を殲滅すべく、機動部隊を送り込んだ。 アトランタは第64任務部隊の一艦としてワシントン、重巡洋艦 USS San Francisco, CA-38 、軽巡洋艦 USS Helena, CL-50 および2隻の駆逐艦とともに行動。 2日後の当日には、アトランタは2つの空母任務部隊の後方にあった補給部隊を間接護衛した。 10月27日、と見られる潜水艦が第64任務部隊を攻撃した際 、アトランタは高速でその海域を離れた。 10月28日朝、アトランタはサンフランシスコから少将を迎え入れ、新編成の第64. 2任務群の旗艦となった。 ワシントンから燃料を補給されたアトランタは、4隻の駆逐艦とともにガタルカナル島沿岸部に向かい、日本軍の拠点と思しき地点に砲弾を撃ち込んだ。 30日朝5時50分、アトランタは沖で海兵隊とコンタクトを取り、終了後は西方に向かって6時29分にはポイント・クルーズに対して砲撃を行った。 反撃は全く受けず、第64. 2任務群はルンガ岬に戻った。 ここで再び海兵隊とコンタクトを取った後、アトランタは護衛群とともにエスピリトゥサント島に向かった。 10月31日午後、アトランタはエスピリトゥサント島に帰投した。 第三次ソロモン海戦 [ ] 「」も参照 船団護衛 [ ] アトランタは引き続きスコット少将の旗艦として行動し、4隻の駆逐艦とともに輸送艦 USS Zeilin, APA-3 、 USS Libra, AK-53 および USS Betelgeuse, AK-28 を護衛してガダルカナル島に向かった。 11月12日、アトランタと駆逐艦は第62. 4任務群を編成してルンガ岬に到着し、輸送艦は部隊と物資を揚陸した。 9時5分、任務群は「北西方向から9機のと12機のが向かっており、9時30分ごろに到達するであろう」との報告を受け、3隻の輸送艦を駆逐艦で護衛した上で北方に避退させた。 15分後、空母からの9機の九九式艦爆が上空に出現した。 周囲の艦船はすぐさま対空砲火を打ち上げ、ゼイリンが至近弾の水を被った程度で小破以上の被害はなかった。 攻撃が終わると、輸送艦はルンガ岬に戻り揚陸を再開した。 1時間余り後の10時50分、アトランタは別の日本の航空部隊に関する情報を受信した。 15分後、再び3隻の輸送艦をアトランタと駆逐艦で護衛し北方に避退させた直後、から飛来した27機が緩いV字陣形で方面から来襲した。 駆逐艦が対空射撃を行ったものの、これら一式陸攻は艦船攻撃が目的ではなく、爆弾をヘンダーソン飛行場に投下して去っていった。 第62. 4任務群は一式陸攻が去っていったのを確認してから揚陸作業を再開した。 いまだルンガ岬沖にあったアトランタは、少将が率いる第67任務部隊の指揮下に入ることとなった。 13時10分ごろ、アトランタは25機の日本機が50分以内に到達するという報告を受け、戦闘配置を令してこの日3度目の空襲に備えた。 6分以内に、アトランタや他の護衛艦艇は輸送艦で構成された第67. 1任務群の周囲に集まり、2つのグループが15ノットの速力で北に向かった。 14時10分、25機の一式陸攻を発見。 一式陸攻は上空で二手に分かれた後、8メートルから16メートルの超低空から攻撃を仕掛けてきた。 軽巡洋艦 USS Juneau, CL-52 が14時12分に反撃を開始し、アトランタも1分後に射撃を開始した。 アトランタはサンフランシスコと駆逐艦 USS Buchanan, DD-484 の間を通過し魚雷を投下した2機の一式陸攻を、魚雷投下直後に撃墜したと主張した。 最後まで残っていた一式陸攻が去った後揚陸作業を再開したが、一連の攻撃の最中、撃墜された1機の一式陸攻がサンフランシスコの後部構造物に体当たりして損傷を与えていた。 夜戦 [ ] 空襲の終わりは、アトランタや僚艦に一服を与えた。 この頃、ヘンダーソン飛行場を砲撃すべく進撃する、戦艦2隻、巡洋艦1隻および駆逐艦6隻からなる日本艦隊が接近しつつあるのが確認された。 キャラハン少将は輸送艦と貨物船を退去させるよう命じ、第67. 1任務群は輸送艦などを護衛してガダルカナル島近海から退避した。 第67. 4任務群は18時にルンガ岬を去り、 ()を東方向に通過した後、1時間後、もうすぐ日付の変わるころに針路を西方にした。 その時、ヘレナのレーダーが24,000メートルの距離に目標を探知した。 アトランタも、砲撃用レーダーにより目標を探知した。 サンフランシスコ座乗のキャラハン少将は、艦隊をに持ち込むべく 艦隊の針路の左方への変更を命じたが、前方の駆逐艦が「艦隊を左へ」という命令を「艦を左へ」と読み違え、また前方に駆逐艦とが至近距離に出現したため混乱が生じた。 アトランタは駆逐艦への衝突を避けるべく激しくコースを変化せざるを得なかったが、やがてサンフランシスコの前に戻り、正常を取り戻したかに見えた。 しかし、懐に迫っていた駆逐艦がアトランタをで照射した後、魚雷を発射した。 アトランタは手持ちのサーチライトを使いながら、1,500メートルの距離にあった暁に対して砲撃を行い、暁は大破炎上し砲撃を受けてから15分で沈没した。 しかし、サーチライトを使った戦いはアトランタに利あらずであった。 暁との戦いを続けていたアトランタであったが、サーチライトに照らされた上部構造物は格好の目標となった。 、軽巡洋艦からの主砲弾が命中し 、さらにサンフランシスコからの8インチ砲弾が19発命中。 炸裂した砲弾はアトランタの船体を緑色に染めて艦橋を滅茶苦茶にし、炸裂しなかった砲弾も断片によりスコット少将やアトランタの幹部を薙ぎ倒した。 それにもかかわらずアトランタは、サンフランシスコが発見した新たな敵艦に対して反撃すべく努力した。 他の2隻の日本の駆逐艦が躍り出てアトランタに迫ってきたので、アトランタは5インチ砲の砲撃で応戦。 この時、アメリカ艦隊の一斉攻撃を受けた暁は遠方で爆発を起こしながら漂流し、沈没していった。 未確認の敵艦が現れ、アトランタに対して攻撃を仕掛けてきたのと同じくして、アトランタに暁から発射されたものと思しき魚雷が左舷機関室付近に2本命中。 これにより、アトランタは全ての動力を一時的に失って砲撃できなくなった。 それも、砲撃のために砲塔用の回線をつなげた途端電力が切れるという有様であった。 また操艦もままならなくなった。 砲弾の雨嵐が止んだ後、足に軽傷を負っていただけだったジェンキンズ艦長は、現状把握のため艦尾方向に向かった。 アトランタの乗組員は日本海軍の攻撃と味方の誤射により3分の1が戦死または行方不明となり、アトランタもまた左舷に傾いていた。 戦いの最中、生き残ったアトランタの乗組員は残骸を片付け始め、また傾斜を回復するために上部甲板部にある重量物を投棄し、排水を行った。 沈没 [ ] やがて11月13日の朝を迎えると、周囲には損傷して動き難くなっている重巡洋艦 USS Portland, CA-33 、そのポートランドの三斉射により鉄屑となった夕立、および日本艦隊の攻撃で放棄された3隻のアメリカ駆逐艦の残骸が漂っていた。 遠方の沖では、比叡が舵をやられて旋回を続けていた。 アトランタはエスペランス岬の東部に向けて漂流し、やがて、右舷主錨を降ろして艦を停止した。 アトランタのジェンキンズ艦長はポートランドに自艦の被害状況を報告した。 また、ガダルカナル島のアメリカ軍から負傷者を収容するボートが繰り出され、午前一杯には全て収容された。 9時30分、 USS Bobolink, AM-20 がアトランタの下に到着し、アトランタをルンガ岬まで曳航した。 曳航の途中、2機の一式陸攻が攻撃を仕掛けてきたが、生きている2基の5インチ砲のうち、ディーゼル発電機により動く方を駆使して、そのうちの1機を追い払った。 手動制御でしか動かせないもう1基の5インチ砲は、この小さな戦闘に参加できなかった。 アトランタは14時にククム沖に達し、ジェンキンズ艦長は乗組員を集めて艦の今後について会合を開いた。 この戦いの戦功でを受章したアトランタのジェンキンズ艦長は後に、「艦を保つ努力は無駄に終わり、浸水は確実に増えてきていることを、この時改めて知った」と回想した。 この海域では十分な救援体制も整っておらず、また日本艦隊の再度の来襲も予想された。 南太平洋部隊司令官中将はジェンキンズ艦長に、アトランタを爆薬で自沈処分するよう命令した。 命令を受け、ジェンキンズ艦長と破壊担当班以外の乗組員は、ガダルカナル島からのに乗ってアトランタから退去した。 やがて爆破が始まり、ジェンキンズ艦長以下残った乗組員もアトランタに別れを告げ去っていった。 11月13日20時15分、アトランタはルンガ岬西方約5キロの水深55メートルの海底に沈んでいった。 アトランタは1943年1月13日に除籍された。 アトランタはの戦功で5個の従軍星章を、1942年11月13日のガダルカナルの戦いにおける「英雄的な無敵の闘争心」で殊勲部隊章を受章した。 脚注 [ ]• ミュージカント, 140ページ• ミュージカント, 131ページ• ミュージカント, 139ページ• 木俣, 217、218ページ• 参考文献 [ ]• 木俣滋郎『日本戦艦戦史』図書出版社、1983年• 佐藤和正「ガ島奪回作戦」『写真・太平洋戦争 4 』光人社、1988年、• 「世界の艦船増刊第36集 アメリカ巡洋艦史」海人社、1993年• 「世界の艦船増刊第57集 第2次大戦のアメリカ巡洋艦」海人社、2001年 外部リンク [ ]• この記事はであるに由来する文章を含んでいます。
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