映画ラストレターのあらすじやキャストは? 『Last Letter』は、岩井俊二監督の日本映画史に残る珠玉のラブストーリーと言われています。 私も岩井俊二監督のラブストーリーが好きで、2012年10月公開の『新しい靴買わなくちゃ』も観ましたよ。 中山美穂&向井理主演の映画ですが、公開してすでに6年も経っています。 絶対見に行く!!!! 金髪神木隆之介イケメン過ぎ!!! 作品のストーリーにちなんで、戻りたい過去を聞かれると、福山は「老眼になる前。 腕時計の文字が小さくて見えない」。 — Yahoo! 映像で拝見できると思ってなかったので本当にありがとうございます!映画楽しみにしております! お時間のある方は是非! 福山雅治さん公式Instagram — hiro hiro40627479 『Last Letter』で共演する、神木隆之介さんと福山雅治さんは、同じ所属事務所アミューズです。 映画・るろうに剣心でも共演をしていて、今回の共演に神木隆之介さんは、「僕にとって憧れでもある福山雅治さん。 今回は福山さんの学生時代を演じさせて頂くので、嬉しさとプレッシャーでいっぱいですが、先輩の胸をお借りするつもりで丁寧に演じたいと思います。 」とのコメントをされています。 そして、福山さんは松たか子さんとは20年ぶり、広瀬すずさんとは「三度目の殺人」で共演しているので1年ぶりですね。 そして、映画『Last Letter』のあらすじはこちら… 岸辺野裕里は夫と子供二人の四人暮らし。 岸辺野裕里は姉・遠野未咲を亡くし、葬儀で未咲の娘、鮎美と再会。 鮎美は母の死を受け入れることができず、遺された一通の手紙を開くことができずにいました。 また、裕里は未咲の死を同級生に伝えるために未咲の同窓会に出席。 しかし、同級生に未咲と間違えられ、壇上でスピーチを促されます。 未咲の死を伝えることもできず、また、ここで初恋の相手・乙坂鏡史郎と再会します。 鏡史郎は裕里を未咲だと勘違いしたまま、連絡先を交換。 そして鏡史郎から裕里の元に「君にまだずっと恋してるって言ったら信じますか?」というメッセージが。 裕里は複雑な思いを抱きながらも、夫に知られないように返信先のない手紙を初恋の相手に送ります。 一方、鏡史郎は返信先がないため未咲の実家に手紙を送ることに。 しかし、そこに未咲はおらず、手紙を受け取ったのは娘の鮎美。 母を亡くし心が沈んでいた鮎美は、自分の知らない母と鏡史郎の学生時代の思い出話が綴られている手紙に返事をし、鏡史郎との文通を始めます。 『Last Letter』は「Love Letter」に対するアンサー映画になっています。 岩井監督は「SNSでやり取りできてしまうこの時代にあって、手紙を使った物語は現代においては不可能だと思っていましたが、ある日それを可能にするアイディアを思いついてしまったところからこの物語の構想がスタートしました。 」と説明しています。 どんな展開になっていくのでしょう。 福山さんは、意外にも岩井作品は初参加とのことです。 福山雅治さんのラブストーリー、「マチネの終わり」の第2弾ですね。 エキストラの撮影期間が2018年7月下旬~8月下旬予定だったので、仙台を満喫されたのではないでしょうか 笑 目撃情報を紹介していきますね。 映画「ラストレター」ロケ地紹介 東一市場 鏡史郎 福山雅治 とサカエ 中山美穂 がいるのは仙台三越裏の横丁。 阿藤 豊川悦司 のアパートやサカエのスナックがある路地もこの場所で撮影。 石巻港 津田鮮魚店 鏡史郎がサカエに案内された、阿藤が飲んでいる居酒屋は仙台夜市内。 — 中山美穂fan mihonakayamaluv 【市営バス情報】 映画「ラストレター」で、主人公の松たか子さんや福山雅治さんが仙台市営バス(川内営業所77号車)に乗るシーンが撮影されました。 映画については「せんだい・宮城フィルムコミッション」ホームページをご覧ください。 8月3日、仙台市の常盤木学園高等学校で さん、 さんの目撃がありました😊 — アキーム@サンメシ運営者 sandomesi 今日はすずちゃんが出演する 新作映画「ラストレター」のロケ地、宮城県を訪ねてきました。 (1枚目、2枚目は白石市を流れる沢端川とその川べりにあるふれiデッキ、 3枚目は仙台駅前のホテルメトロポリタン仙台です。 ) 17日の映画の公開が楽しみですね! — 納涼床 noryoyuka 最後に、映画『Last Letter』の音楽担当を紹介します。 女優の 森七菜さんが自身も出演する映画「 ラストレター」の主題歌「カエルノウタ」で歌手デビューをします。 作詞 岩井監督• 1月15日にリリースされます。 」 「スクリーンで最後に自分の歌が流れるのは、楽しみですが、すごく誇らしげな気持ちになるか、穴に入りたくなるか、どちらかだと思います。 」 森さんのデビュー曲となる「カエルノウタ」は2020年1月15日にリリースが決定。 発売日1月15日には映画「ラストレター」のサウンドトラックもリリースされます。 まとめ 以上、映画ラストレターのあらすじやキャスト、ロケ地や音楽もリサーチしてみました! 映画『Last Letter』は、岩井俊二監督の日本映画史に残る珠玉のラブストーリーと言われています。 キャスト• 遠野鮎美(とおのあゆみ)16才・遠野未咲(とおのみさき)15才 回想 広瀬すず• 宮城県内、仙台市内などでロケーションに挑みました。 音楽は、女優の 森七菜さんが自身も出演する映画「 ラストレター」の主題歌「カエルノウタ」を歌います。 1995年公開の映画『Love Letter』も中山美穂さんが出演しています。 岩井俊二監督作品には、欠かせない女優さんとなっているようですね。
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「君にまだずっと恋してるって言ったら信じますか? 」亡くなった姉の未咲の代わりに同窓会に出た裕里は、初恋相手の鏡史郎と再会し、姉のふりをして文通を始める。 【「BOOK」データベースより】 本書は松たか子さん、広瀬すずさん、庵野秀明さん、森七菜さん、神木隆之介さん、福山雅治さんら出演で映画化され、2020年1月17日全国ロードショーが決まっています。 映画の公式サイトは。 個人的には広瀬すずさんの一人二役がどう作品に影響してくるのかが気になるのと、庵野早くエヴァ映画にしろよと思いました。 小説には関係ないのでこれくらいにします。 内容については正直、ヒロインである未咲がなぜ自殺したのかが分からず、不完全燃焼感は否めません。 彼女の死を周囲の人たちがそれぞれの形で受け止めている姿が感動的だったゆえに、ちょっともったいないかなと個人的に思いました。 しかし、それを含めても本書はぜひ読んでほしい一冊です。 この記事では、本書のあらすじや個人的な感想を書いています。 ネタバレになりますので、未読の方はご注意ください。 Contents• あらすじ 本書は様々な人から話を聞いた主人公・乙坂鏡史郎が今は亡き想い人・遠野未咲に宛てた最後のラブレターという形式で書かれています。 しかしプロローグの後には小説と書かれているので、小説家である鏡史郎が未咲に宛てた小説=本書『ラストレター』と捉えて良いと思います 自殺 はじめに未咲が自殺するまでの経緯が描かれます。 鏡史郎は未咲と付き合っていた期間もありましたが、別の男に取られて未咲はその男と結婚。 高校三年生の長女・鮎美と小学五年生の長男・瑛斗に恵まれますが、二年前に実家である仲多賀井家に戻り、ずっと精神が不安定な状態が続きました。 そして、二人の子どもを残して自殺してしまったのでした。 未咲の妹・裕里の娘で中学三年生の颯香は鮎美のことが心配になり、夏休みの間は仲多賀井家に残ることになり、代わりに瑛斗が裕里と夫の宗二郎がいる岸辺野家でお世話になります。 それぞれが普段通りに暮らしているように見えましたが、その胸中には秘められた思いがありました。 同窓会 鏡史郎の元に中学校の同窓会の案内が届き、未咲に会えるのではと鏡史郎は参加を決めます。 彼はこの時点で未咲の死を知りません。 未咲の言葉がきっかけで小説家になった鏡史郎ですが、会場に未咲がいたら小説家をやめよう。 そんな気持ちで会場に行くと、そこには未咲の妹・裕里の姿がありました。 しかも周囲の友人たちは裕里のことを未咲と呼びます。 訳が分からない鏡史郎ですが、その時、会場に当時十五歳だった未咲が卒業式で読んだ答辞が流れます。 その言葉を考えたのが鏡史郎でした。 涙が堪えられなくなり会場を後にすると、裕里が後を追ってきて話かけます。 中学時代、鏡史郎は未咲に恋をし、裕里は鏡史郎に恋をしていました。 裕里はあくまで未咲として接してくるので、鏡史郎も知らないふりをしてメールアドレスを交換し、その日は別れます。 鏡史郎は思い切って『僕にとって君は永遠の人です』と送り、裕里の反応を待ちますが、なぜか返信はありませんでした。 手紙 しばらくして、未咲からの手紙が鏡史郎のもとに届きます。 もちろん裕里が書いたものです。 そこには鏡史郎のあのメールを裕里の夫・宗二郎に見られてしまい、激怒した宗二郎によってスマホを壊されてしまったことが書かれていました。 裕里の手元にスマホはなく、仕方なく手紙で返事を書いたということです。 裕里からの一方的な手紙は続き、鏡史郎のメールのせいで家庭崩壊を起こしつつあることに鏡史郎は申し訳ないと思いつつも、文面に滲み出る裕里の素の部分が面白かったりもします。 裕里 こちらは裕里の視点から見た話。 裕里は未咲の死を伝えるために同窓会に参加しましたが、鏡史郎が途中で出ていってしまったため後を追います。 しかし、結局本当のことがいえませんでした。 その後、鏡史郎からのメールを見た宗二郎は、裕里が鏡史郎と会うために同窓会に行ったのだと決めつけ、怒りに任せて彼女のスマホを破壊してしまいますが、仕打ちはそれだけにとどまりません。 里親を探しているという二匹のボルゾイという大型の犬を勝手に引き取り、裕里に世話を任せます。 さらに宗二郎は母親の昭子を自宅に呼び、そのまましばらく住むことになりました。 裕里は日に日にストレスが溜まっていき、スマホのない彼女にとって鏡史郎への手紙だけが唯一のストレス発散の場でした。 その後、ボルとゾイと名付けられた犬のうち、ゾイの方を仲多賀井家に預かってもらうことになり、少しだけ負担が軽減します。 密会 ある日、昭子がいなくなってしまい、裕里はボルとともに探しに行きます。 すると遊歩道のベンチに座る昭子を見つけますが、隣には同年代のおじいさんもいました。 昭子は波止場正三というその男性の家にも行きますが、目的は裕里には分かりません。 事情を聞けずにいると、昭子は椎間板ヘルニアで自分では歩けなくなってしまい、波止場への手紙を裕里にお願いするようになりました。 逆 それまで事態を静観していた鏡史郎ですが、裕里宛ての手紙を未咲に託すことを思いつきます。 かつて、恋する未咲への手紙を裕里にお願いして渡していたことがあり、それとは逆になります。 鏡史郎は裕里宛ての手紙を未咲の実家に送りますが、それを受け取って読んだのは実家に泊まっていた颯香と鮎美でした。 鏡史郎は裕里にだけ分かるような文章を書いていたため、二人には手紙の本当の意図が理解できません。 しかし二人は面白がり、未咲のふりをして手紙を書きます。 こうして鏡史郎のもとには、未咲のふりをした裕里、そして颯香と鮎美からの二通の手紙が届くようになるのでした。 老人 波止場からの返信がなく、不安になった裕里は彼の家を訪ねます。 すると波止場は腕を骨折し、手紙が書けなかったことが判明します。 二人は大学の英語の教師と教え子という関係で、手紙は昭子による英語の回答で、裕里は波止場に変わって手紙の添削をすることになりました。 やがて裕里は波止場の家に新たな居場所を見つけ、この住所から手紙を出すようになります。 ここなら宗二郎に鏡史郎からの手紙を見られる心配はありません。 小説家 鏡史郎はデビュー作『未咲』という小説で世間をそれなりに賑わせますが、いまだに未咲の幻影から抜け出せず、次の作品が書けずにいました。 『未咲』には、鏡史郎と彼女にあったことが書かれていて、鏡史郎は同窓会から始まった一連の出来事を小説にしようと決心。 事実を確かめるために、未咲や裕里たちの住む仙台に向かいます。 帰りたくない 夏休みの間にまるで双子のような友情を育む鮎美と颯香ですが、ある日、颯香がこのままここに残りたいと言い出します。 鮎美のことが心配だと言いますが、鮎美は颯香がいじめられているのではと心配します。 しかし、このことを裕里に伝えて話を大きくしてしまうのもよくないため、とりあえず自分の胸の内に秘めます。 再会 鏡史郎が向かったのは手紙に書かれていた波止場の家で、出迎えてくれたのは裕里でした。 慌てる裕里に対して、鏡史郎ははじめから気が付いていたことを伝え、この時はじめて未咲が亡くなったことを打ち明けられます。 未咲はひどいうつ病で、自殺したのだといいます。 突然のことに受け入れらない鏡史郎ですが、大学時代、未咲と付き合っていたことを明かします。 しかし、未咲は阿藤陽市という男に取られ、未咲は阿藤と駆け落ちして結婚したのでした。 生前、未咲や鮎美は阿藤から暴力を受けていて、あんな男に人生をめちゃくちゃにされたことに裕里は悔しさを滲ませます。 鏡史郎が結婚してくれていればと。 それでも、未咲のふりをして手紙を書くことで、まだ未咲が生きているのではと思うこともできました。 鏡史郎は『未咲』を裕里に手渡すと、未咲のためにもこれまでのことを小説にすることを改めて決意するのでした。 トラウマ 未咲がかつて住んでいた家に向かうと、そこには阿藤と同居するサカエという女性がいました。 サカエに連絡をとってもらい、外で鏡史郎は二十年ぶりに阿藤と会います。 阿藤は何者かになりたいと願い、他の人とは明らかに違う未咲を奪うことで何者かになろうとし、未咲や子どもたちとの生活に耐えられなくなり自分から家を飛び出したのでした。 鏡史郎は『未咲』に描かれなかった部分の話を知ります。 その後、サカエに頼まれ、鏡史郎は阿藤が持っていた『未咲』にサインをするのでした。 成長 裕里が家に戻ると、瑛斗がいなくなってしまったと昭子がいいます。 それまでの瑛斗と昭子との会話の内容から考えて、思いつめていることは確かでした。 瑛斗は時々、神社に行ってこっくりさんを使って未咲と話していたことが分かり、宗二郎や警察も交えて捜索。 すると、ある神社で保護されました。 瑛斗はどこにも未咲はいないと口にする中、裕里は自分、そして瑛斗の中にいるといいます。 その瞬間、瑛斗は泣き出します。 平気そうに見えても、未咲を失ってその悲しみをどう吐き出していいのか分からなかったのです。 裕里と宗二郎は鮎美や瑛斗を引き取ることを考えますが、瑛斗は祖父母が寂しがると断ります。 悲しみを乗り越えて少し成長し、代わりにボルも引き取るのでした。 運命 鏡史郎が未咲との思い出のある中学校に行きますが、すでに廃墟になっていました。 しかし、そこで思いがけない出会いを果たします。 ゾイの散歩をしていた鮎美と颯香がいたのです。 すぐに未咲と裕里にそっくりだと気が付いて鏡史郎から声を掛けると、鮎美たちも卒業アルバムを見ていたのですぐに鏡史郎だと気が付きます。 ここで鏡史郎は彼女たちが未咲のふりをして手紙を書いていたことをはじめて知ります。 その後、未咲の実家に寄り、二十四年の歳月を経て未咲と対面します。 そこには未咲の気配が残っていて、それこそが鏡史郎の描きたいものでした。 鮎美は『未咲』を読んだことがあって、鏡史郎はサインします。 家には鏡史郎が未咲に送った小説の元となる手紙が残されていました。 鮎美はいつか鏡史郎が未咲を迎えにきてくれると信じていました。 もっと早く来てくれれば良かったけれど、それでも鏡史郎が来た意味がありました。 鏡史郎はそれまでのことを思い出し、人生とはなんという奇遇の連続で成り立っているのだろうと思い、涙を流すのでした。 結末 鏡史郎は裕里に小説家を続けることを報告。 裕里に頼まれ、彼女の『未咲』にもサインします。 鏡史郎は『未咲』に三度出会い、三度サインしたことに奇跡のようなものを感じていました。 それから颯香が残るといった理由について、好きな人ができたことが関係していたことが判明します。 夏休みが終わって会った時に絶対に顔が真っ赤になると思い、帰りたくなかったのでした。 それぞれが未咲の死を乗り越えて成長する中、鮎美は未咲の遺言の内容を教えてくれます。 それは、鏡史郎が考えて未咲が読み上げたあの答辞でした。 それが何を意味するのかは分かりませんが、そこには未来への希望に満ち溢れた言葉が綴られていました。
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タイトルからも岩井俊二の劇場映画デビュー作『Love Letter』の変奏であることは明らかで、『Love Letter』だけでなく、さまざまな岩井俊二作品のモチーフが随所で引用されている。 岩井俊二という人の作劇はかなり特殊で、これを本人以外がやっていたらパクリと言われるのがオチだろう。 しかしさすがは本家の岩井俊二。 どう転んでも「似てる」ことなど承知の上で、入り組んだ構成をより複雑に、とんでもなく複雑にアレンジしていて、ラディカルと言っていいほど野心的な作品に仕上がっている。 群像劇、と言えなくもないのだが、とにかく主人公がバトンレースのように交代していくこの方式は、「映画とはこういう風に進むもの」という先入観をハナから否定している。 思えば『Love Letter』のラストシーンも従来の映画的な結末から飛躍したもので、あれから25年を経てもなお、岩井俊二は自らが生み出したジャンルを更新しようとしているのだろう。 全編どこを切ってもあふれてくる岩井汁。 それでいてどこか新しい。 集大成のようで、現在進行形の映画作家の凄みを感じた。 岩井俊二は主要作を見ていますがとくに思い入れはありません。 が、岩井俊二にかかってくる形容詞がわからないわけではありません。 この設定が、まったく呑めず、骨がつっかえたまま進む映画でした。 おさななじみ、同窓というものは10年20年30年経っていてさえ、明確なおもかげを残しているものです。 解らないはずがないのです。 強引すぎます。 裕里が乙坂に出会うには、もっとちがう方法があったと思うのです。 いや、ちょっと待ってくださいよ。 まず姉妹は、双子の外見設定を持っていません。 ありえなさすぎます。 ましてや仲多賀井高校は田舎の高校です。 年子ならたいていの生徒が妹を知っているはずです。 むろん、創作なのでありえなくてもいい世界です。 ただ、映画はあるていどリアルな質感をしています。 ありえないことが、気にならないファンタスティック映画ではなく、現実に寄せてくる映画です。 だから、気になるのです。 この飛躍を受け容れられないことは、個人的な岩井俊二観でもあります。 美咲が負った運命にも苛烈な飛躍があります。 でも映画はきれいです。 なにしろ俯瞰の粒立ち。 ぐっーとパンする佳景の気持ちよさ。 青葉城からの眺望を堪能することができます。 ドローンさまさまです。 しかし見進めるうちに、勘違いに気づきました。 おもいすごしかもしれませんが、岩井俊二をはじめて解った気になりました。 ファンタジーなのです。 米仏合作の恋愛オムニバス映画New York, I Love You(2009)を個人的な野心を持って見ました。 これは楽しい試みでしたが、当たりませんでした。 わたしが岩井俊二がなにか解っていなかったからです。 いまおもえば岩井俊二が担当したオーランドブルームとクリスティーナリッチのパートには、むしろ露骨なほど、岩井俊二があらわれていました。 会わない男女のやりとりです。 てがみはありませんが、会わずにやりとりしていくうちに、うちとけ、恋愛感情にむすびつく話です。 あきらかに独自性のあるパートでした。 恋愛譚オムニバスなので会える結末でしたが、ラストレターで解った岩井俊二は、いわば永遠に会えないけれど感応している恋愛です。 ただし、個人的に「距離や時間で会えない恋愛」の作家として知っているのは新海誠なのです。 映画を見る人が、感じる現象のひとつに、にわとりとたまごがあると思います。 岩井俊二を知っていて、その世界観を知っているつもりです。 これは、とても重要な現象だと思います。 それに異論はありません。 その傘下で影響を受けたクリエイターが二次創作し、二次に影響を受けて三次創作され、・・・四次五次と、新しい世代ごとに原初の魂は薄まっていきます。 魂は薄まっていきますが、観衆としては、本家本元より、その影響下でつくられたもののほうが、面白い。 影響を受けた映画が、古典でない監督は、たいてい優れた映画監督ではありません。 わたしが才能があると感じる映画監督が、影響を受けた映画として挙げるのは、たいていプリミティブ(原始的)な創始者です。 長いこと、それが不思議でした。 なぜなら、わたしが才能を感じる映画は、その創始よりも、もっと複雑な心象を語り得ているからです。 創始よりも、ずっと面白いからです。 それは、当然といえば当然の進化ですが、このロジックを知らないと、古典を楽しむことができません。 古くて評価の高い映画が、なぜ評価が高いのかを知るには、その二次三次四次を、度外する必要があります。 われわれは、そこから派生した、数多くのもっと面白いものを知っているからです。 もちろん映画をどう見るかは当人の自由ですが、これが映画のにわとりとたまごです。 どっちが先か考えます。 しかし、二次三次四次とて、それが本物になってしまうと、煎じ物ではなくなります。 新海誠を見た者にとって、そこが創始に変わるのです。 『~中略。 そのなかでも、とりわけスタージョンの影響が強いのはサミュエル・R・ディレーニイである。 ある意味でどこか完成しきっていないようなもどかしさを残すスタージョンの世界が、もしもひとりで成長していってバランスのとれた宝石になっていったとしたら、それはおそらくディレーニイの諸篇に非常に酷似したものになるにちがいない。 作中人物の口を借りて、彼みずからがスタージョンを賛美する『エンパイア・スター』はもとより、「流れガラス」や「スター・ピット」に見え隠れする色調は、スタージョン以上にスタージョンらしさがでている。 』 (ハヤカワ文庫版シオドア・スタージョン著、矢野徹訳「人間以上」の水鏡子のあとがきより) 小説でも映画でも音楽でも、知らずのうちに、わたしたちはこのことを、多く体験しているはずです。 元祖がいて、その元祖からの脈を経て、世代ごとに、わたしたちが熱中するクリエイターがいるはずです。 たとえばジョーダンピールはスパイクリー以上に洗練された手口でスパイクリーのようなことを語っています。 長く映画を見ていると、そのことに気づきます。 往々にして、後発のほうが、ずっと器用なのです。 才能を感じる映画監督が『ある意味でどこか完成しきっていないようなもどかしさを残す』古典を偏重していることがあります。 なるほどファンタジーなのであれば、前述したありえなさが気になりません。 やっと岩井俊二が解りました。 幼少時と現在がパラレルになっています。 森七菜が印象的でした。 密かに寄せる恋心が伝わること、と同時に、感傷へおちいるところを天真爛漫でぱっと回避します。 むしろ広瀬すずが大人びて見えます。 森七菜には演技の気配がなく、若さが見せる刹那の輝きをとらえていたと思います。 そのリリカルは岩井俊二の独壇場でした。 多くの人々が感じる岩井俊二はそのような少女のリリシズムです。 個人的にはそこに感興しませんが、おそらく多くの観衆が岩井俊二をそのように解釈しているはずです。 これはラッキーな誤謬でもありましたが、もとより映画をどう楽しむかは各々の勝手です。 ですが、それは岩井俊二の枝葉に過ぎません。 この映画をさらに楽しむなら、前でも後でもかまいませんが、ラブレター(1995)を見ることです。 混濁する人物相関と思い出。 主人公は死者です。 おもえば最初からファンタジーの作家でした。 『ある意味でどこか完成しきっていないようなもどかしさを残』していますが、ラブレターが原初でした。 そして25年の時をへだてて、かんぜんに一貫している岩井俊二を知ることができます。 手紙っていいな。 アナログっていいな。 次届く手紙や、来週放送される連ドラの続きが気になって仕方がなかった、あのそわそわ囃し立てられる感覚が恋しい… そんなノスタルジーに浸らせてくれる作品。 だけどちゃんと今の時代を鋭く、だけども優しくあぶり出す作品。 テクノロジーの進化、とりわけインターネットやスマホにより便利になった世の中。 世界中の情報は秒で手の中に入れられる。 でも実際に近くにいる人、いてほしい人の気持ちはそんな簡単に測れるものではない。 結局本当に大切なものは失ってからじゃないと気づけない。 と学習していても、また同じことを繰り返している。 それが人間。 『Love Letter』と同じく、ふとしたきっかけで送り合うことになる手紙のすれ違いが生む、関わる人たちの運命的な人生の交錯。 それが絶妙にもどかしく、甘酸っぱく、ほろ苦く、微笑ましい。 その巡り合わせだけでも十分ドラマになると思った矢先、その過去に隠された出来事が展開を動かしていく。 最後まで心をぐるぐる動かされながら、ラストにはしっかりじんわりと目頭と胸を熱く締めつけてくれる。 そして慰めと希望を与えてくれる。 そんな温かい映画だ。 それこそ『Love Letter』や『打ち上げ花火〜』『PicNic』『スワロウテイル』など独自の世界観でヒット作を生み出していた頃からしばらく離れてしまっていたが、天才・岩井俊二は健在だ。 今年19本目。 0で今日レビューを拝見しましたので、この映画館最終日に滑り込みで行けました。 前から行きたかった作品。 内容は複雑に絡み合った人間関係が好きです。 最初の方は「これどうなっているんだろう」と頭を回転させながら、簡単には内容が理解出来ない作品を好みます。 正に今作がその映画。 福山雅治が「マチネの終わりに」が凄い良かったので、今作はどんな演技を見せてくれるんだろうと、特別な演技でした。 実は好き程ではない俳優さんだったんですが、「マチネ」から完全に好きな俳優になりました。 松たか子さんも流石。 アカデミー賞でアナ雪2の歌唱をしたのも記憶に新しいですが、やはり演技で魅せます。 広瀬すず、森七菜も本当に良かった。 泣くのが鉄板の映画だと思っていましたが、やはり涙が頬を伝いました。 ネタバレ! クリックして本文を読む 手紙がつなぐ人生の きらめきと儚さを 体験する話でした。 光が織り成す美しいシーンと ノスタルジックな世界観の ストーリーで 直ぐに作品に吸い込まれました。 中年になっても あの頃に繋がろうとする 鏡史朗の思いが、 少しあぶなくみえたり、 純粋に見えたりですが 遠い過去の人に とらわれてしまったり、 何気ない誰かの言葉が その人の 人生を決めることは 本当にあることです。 鏡史朗が小説家になったように。 だけど 幸せに暮らせず 深みにはまった話には 他人事には 思えませんでした。 そう、これも本当にあるし。 この作品が凄いと 思ったのは、 時間軸のつなぎの妙で 無限の可能性を感じたあの頃を 切り取り わずか数時間に 表現してしまう凄さかな。 もし、 ああしていたら という思いを 観る人を誘うようです。 誰もがもつ 大切な時間の引き出しを 開いてくれます。 おすすめ。 ネタバレ! クリックして本文を読む 全体的に何処か昔懐かしい感じがする映画。 今はあまりされてはいない手紙のやり取りで、そんなに多くは語ることはないが、鏡史郎と美咲の関係と裕理の切ない恋が懐かしく、そして悲しく描かれた作品であった。 運命の出会いであったかもしれない二人に何があったのか?そこも多くは語られない所が見ている側に様々な想像をさせる。 なんとも言えない気持ちにさせる内容でした。 見終わって、思った事は映像から感じる安心感と様々な想像を掻き立てる悲しみを合わせ持った映画という印象。 主人公の何処か日常の自分に本当は満足していなくて、少し現実から離れる事が出来る手紙のやり取りの中から様々な感情を想像させる。 松たか子の演技力は見事でした。 福山雅治、神木隆之介に関しては非常似ているって印象を受けるほど、お互いの役にリンクし合っている所も一つの見所であると思う。 また若い二人の女優広瀬すずと森七菜は共に一人二役の難しい役をこなしていた。 広瀬すずは最早一流と言われる女優、凛として堂々とした役と何処か物悲しく、幼さの残る役回りを見事に演じ分けていたのは流石。 森七菜の自然な振る舞いで自由奔放に演じている様に見える演技は大器の片鱗を覗かせる。 この二人を非常に美しく撮っている岩井俊二監督は先見の明ありだと思う。 また豊川悦司や中山美穂を出演させるあたりもさすが岩井監督。 様々な思いを感じる事が出来、岩井俊二監督ファンならずとも懐かしさを感じ、見る側が想像を掻き立てる素晴らしい映画。 今この時代だからこそ見ておきたい作品の一つと言っても過言では無い。
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