スポンサードリンク 痛くないあざができた原因は? 「あれ?なんでこんなところにあざがあるんだろ・・」 気が付いたら腕にあざができていた。 気になりますね。 いくつか考えられる 原因をあげていきます。 1・気が付かないうちにぶつけている これが原因の中で 一番多いかもしれません。 生活している中で、何気なくでも 体はどこかにぶつかっています。 ただ、それを自覚できるかできていないかの違いだけ。 小さな衝撃でも内出血を起こして、あざができてしまうことがあります。 2・血管が細い 血管が細い人もあざができやすいです。 というのも、ちょっとしたことで毛細血管が傷つき、 内出血をおこしてしまうのです。 3・ビタミンC不足 ビタミンCが不足すると 血管がもろくなります。 それによって外傷を受けたわけでもないのに出血してしまうことがあります。 痛くないあざは病気なの? あざのことは医療専門用語では 「紫斑(しはん)」といいます。 先ほども説明したように、ほとんどの場合がぶつけたことによるものですが、 中には 病気の場合もありうるので説明していきましょう。 あざができる主な病気は、 「紫斑病」です。 他には 「血友病」「白血病」も紫斑ができます。 紫斑病にかかってしまうと、 ちょっとした衝撃であざが出来たり、 血が止まらなくなったりします。 また、あざは 押しても痛くないのが特徴です。 血友病や白血病は大変な病気です。 自分がなってしまったのか?心配になってしまうかもしれませんが、 これらの病気にかかる可能性はかなり低いです。 それでも、なかなかあざが治らなくて心配な場合は、 病院に行ってください。 行くのは 皮膚科もしくは 内科がよいでしょう。 あざを早く治す方法は? あざはできてから 2週間程度で消えていきます。 何か急用があって早く消したい場合は どうすればよいのでしょうか? 実はあざを消すのにもってこいの薬があるのです。 それは 「ヒルドイドクリーム」です。 ヒルドイドって聞きなれない名前ですね。 ヒルドイドクリームには、血行を促進して、皮膚をしなやかにして、 内出血を取り除き、傷の治りを早める効果があると言われています。 献血をした時に、たまに内出血をすることがあります。 そのとき看護師が塗ってくれるのがこのヒルドイドクリームです。 内出血を消す効果があるので、 キスマークを消すのに大流行した時期もあったとか(笑) このヒルドイドクリームは市販しているので購入することも可能ですし、 ネット通販で購入することも可能です。 血行を良くすることであざは治る? お風呂に入った時に、 温水と冷水を交互につけることで、 血行が良くなりあざが早く消えると言われています。 まとめ 気が付かないうちにできているあざは、 ほとんどの場合、無意識にぶつけてできたもの。 ただ2週間、1ヵ月経ってもあざが消えない場合は、 なにか病気にかかっている可能性もありますので、病院に行って 度しっかりとした検査を受けておくことをお勧めします。
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あざは消えるのか?消えないのか? 生まれつきのあざについて一番気になるのは、 消えるのか 消えないのか ですよね。 タイトルの通り、お母さんが産んだ病院でも、あざについては賛否両論あります。 はっきりいえば、専門機関ではないから、詳しいことがわからないのかもしれません。 今までに、あざの治療に通われた様々な患者さんと接する機会があったのですが、 ・病院で3歳くらいまでには 消えるでしょうと言われた ・産婆さんが 消えると言っていた ・赤ちゃん訪問事業の保健師さんが 消えると言った などと言われ、安心しきって数年経ち、小学生くらいになってから、消えないあざだと気がついたお母さんがいました。 いづれも、50代~の方から言われているそうです。 もしかしたら、数十年前はそういう風に言う風習でもあったのかもしれません。 消えるあざ、消えないあざの特徴 医者や専門職の言うことはほとんど正しいかもしれませんが、間違うことだってあります! まず、消えるあざの特徴、消えないあざの特徴を書きます。 色で判断し、消えるあざだと断定しない方がいいです。 スポンサーリンク ポートワイン母斑について 顔に生まれつきあるあざのうち比較的判断しやすいのは ポートワイン母斑という単純性血管腫のことです。 消えるあざである正中母斑(サーモンパッチ)とは見分ける必要があります。 ポートワイン母斑は簡単に言うと、赤くなっている部分に血管が集まってしまったんです。 決して、 お母さんが産むときに何かしたから出来たわけではありません! これは声を大にして伝えたいことです。 ポートワイン母斑は、産まれてすぐにわかります。 顔以外にも出来るあざです。 ・境目のはっきりした赤いあざがある ・落ち着いている時(寝ている時)よりも興奮(泣いているとき)しているときに、はっきりと浮き出る(赤みが強まる) これは、ポートワイン母斑の特徴です。 消えないあざですので、消すためには、医療機関にて、 レーザー治療する必要があります。 そして、このレーザーの時期は早ければ早い方がいいです。 理由は、まだ血管が細く、成長していない内の方が血管を焼きやすい。 さらに、まだ治療を受ける本人に、嫌な思いをなるべく残さないようにという意味もあります。 また、保険適用のあざですので、安心して治療を受けることができます。 ポートワイン母斑の合併症 ポートワイン母斑で、かつ目の周りに出来ている場合、注意が必要です。 血管腫というのは、目の中にも出来ている可能性があるからです。 目の白目の部分も多少赤みがある場合、眼圧を測る必要があります。 両目で眼圧に差異がある場合、視力に影響があり、また緑内障になる可能性があります。 また、この眼圧測定は赤ちゃんだと大変です。。。。 泣いたら眼圧が変わってしまうので、基本、麻酔シロップで眠らせて測定します。 1歳過ぎると、シロップを飲まない時なんかは、座薬を入れる場合もあります。 眼圧測定は医療機関にもよりますが、3ヶ月おきくらいで通院することになるでしょう。 レーザー治療の覚悟 さらに、まぶたの上、眉毛のところに母斑がある場合は、レーザーによって、例えば眉毛が生えてこなくなる(レーザー脱毛)、視力に影響が出る、などのことが考えられますので、親の判断が必要になってきます。 レーザー後は、治療部を紫外線から守るための保護シール、治療部を触らせないための拘束ミトンなど、赤ちゃんだと大変なことが多いですが、確実に治療前よりは良くなりますので、一緒にがんばっていく覚悟が必要です。 ただし、レーザーでも完璧に消し去れるかは具合によります。 母斑は様々な種類、色がありますので、wikiなどで見て、実際の画像を検索して見る事が大事です。 また、少しでも心配があるようなら、早い時期にこどもの最新の医療センターにかかることをお勧めします。 この記事が、母斑を持って生まれてきた赤ちゃんのお母さんやお父さんの不安を、少しでも取り除けることが出来れば幸いですm _ _ m スポンサーリンク.
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派手な転び方をしたわけでもないのに、膝のアザが2週間ほど治らない。 みみず腫れのようなものもあったのですが、「治りが遅いのは年齢のせいか。 もう若くないしな〜」と特に気にせず過ごしていました。 忘れもしない、2017年3月23日。 その日も、いつものように仕事を終えて帰宅。 お風呂上がりにパンツ一枚で部屋を歩いていると、僕の後ろ姿を見た友人が「 二の腕にアザがある よ」とひと言教えてくれました。 しかしこれが、自分ではどうにも確認できない位置だったので、写真を撮ってもらうことに。 よく見ると、たしかにそこには500円玉ほどのアザが…。 二の腕なんてぶつける場所でもないし、ぶつけた記憶もない。 おかしいな?と思いつつも、深くは考えていませんでした。 ちょうど母からLINEがきていたので、面白半分で「 なんか全身アザだらけになってる(笑)」と送ったほど、軽い気持ちで考えていたのです。 しかし、検査を終えた先生の反応は想定していなかったものでした。 「炎症を抑える軟膏を出すことはカンタンなのですが…ちょっと待ってください」と、ずいぶん慌てた様子の先生。 内線電話を取りだし、なにやら「今、すぐに見ていただきたい方がいまして…よろしくお願いします」とボソボソ伝えている…。 「 病院の先生ってこんなに慌てるもの?」「 もしかして大変なことになったのか?」という嫌な予感を、この時はじめて感じました。 そして、言われるがままに血液検査などひと通りの検査を終えると、内科の診察室に呼ばれました。 先ほどとはうって変わって、こちらの先生は落ち着いています。 でも、やはり様子がおかしい。 次の瞬間、先生が涙をこらえながら血液データを見せ、ゆっくりと口を開きました。 「 通常の方の数値に対して白血球数が15倍、血小板数は10分の1、ヘモグロビンも基準値以下です。 次の瞬間「この病気はですね…」と言いながら、分厚い冊子を机の上に置き、先生は教えてくれました。 「 急性リンパ性白血病です」 「蝦名さんの今後を考えて率直に申し上げますと、 白血病の末期、つまりかなり深刻な状態です」 この後は会社に行くはずだったし、今日は打ち合わせの予定でビッシリ。 一体、僕はこれから、どうすればいいのだろう? 考えれば考えるほどに、頭の中は真っ白になっていきました。 とはいえ、何も持たずにパジャマのまま病院にきていたので、「自転車でPCと充電器だけ取りに帰ってもいいですか」と気軽な気持ちでたずねると、先生は必死の形相でこう訴えたのです。 「 今の蝦名さんが自転車で転んだりしたら、即死します! 絶対にダメです」 即死…この言葉にショックを受けた僕は、もうなにかを言い返す余力は残っていませんでした。 これが、生まれて初めて経験する病の宣告でした。 約5ヶ月 に及ぶ治療を終え、 無事 寛解。 しかし、白血病という病はそんなに優しいものではありませんでした。 治療後、 わずか104日。 定期健診の後、僕は先生に呼ばれます。 それは、 再発の宣告でした。 初発と再発では治る確率が天と地の差の白血病。 つまり、再発してしまったということは、完全に諦めるしかない状態であることを意味します。 ここまで、治療も耐え、会社を休み、またいつもの毎日を過ごせることを楽しみに頑張ってきたのに…。 白血病発症以来、できるだけ前向きに考えようと心がけていた僕ですが、この時ばかりはそうもいきませんでした。 「 残された時間はあと3ヶ月。 本当に他に方法はないのだろうか…」 そう思った僕は、迷わず主治医以外の見解を知りたいと思いました。 つまり、 セカンドオピニオンを受けてみようと考えたのです。 しかし、僕はこの小さな無菌室から出ることができません。 こんな状態で、一体どうやって病院を回ればいいのか…。 そこでサポートしてくれたのが、家族でした。 とはいえ、僕も家族も、白血病という病と向き合うのははじめて。 病気に関する知識なんてないに等しいのです。 この状態では、どれだけ権威と呼ばれる先生に話しを聞いたとしても、高度なディスカッションをするのは不可能でした。 そこで、まずは 僕自身で白血病についての治療方法や、自分の血液データをすべて調べ、家族に勉強してもらうための資料を作ることにしました。 この資料を読んでもらい、白血病を理解してもらう。 そして、無菌室から出ることのできない僕の代わりに、病院に行ってもらうという計画を立てたのです。 家族は寝る間も惜しんで勉強し、病院を回ってくれました。 兄のアイデアで、僕は 無菌室からすべてのセカンドオピニオンに電話で参加することに。 ところが、セカンドオピニオンの見解は想像よりも、残酷なものでした。 電話越しで両親の泣く声が聞こえるたびに、「 親不孝者で本当にごめん」と、悔し涙が止まりませんでした。 父や兄には、これ以上仕事を休んでもらうわけにはいかない…。 でも、僕は生きつづけることを諦めたくない。 そんな絶望と葛藤のなか、ある情報を入手しました。 それは、 関西のとある病院であれば助かる可能性があるかもしれないということ。 もしかしたら、これが本当に最後の希望かもしれない。 そう感じた僕は、7回目のセカンドオピニオンを家族に託すことにしたのです。
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