作者:町田 康 出版社:幻冬舎 発売日:2019-11-07• 30年間毎日欠かさずに酒を飲み続けてきた作家、町田康の断酒エッセーである。 こう書くと酒をやめて健康になった暮らしぶりを健やかにつづったエッセーを想像してしまうが、決してそんな生易しいものではない。 その証左としてまずは目次からいくつかの見出しを引用してみよう。 〈飲酒とは人生の負債である〉〈私たちに幸福になる権利はない〉〈「私は普通の人間だ」と認識しよう〉〈「普通、人生は楽しくない」と何度も言おう〉〈「自分は普通以下のアホ」なのだから〉と畳みかけてくる。 目次の時点で強烈なジャブを食らわされる。 そもそも著者はなぜ酒をやめると決断したのだろうか。 何しろ自他共に認める大酒飲みで、古代の政治家・歌人・酒飲みである大伴旅人と、彼が詠んだ「酒を讃(ほ)むる歌十三首」のみを信じて酒を飲み続けてきたような男なのだ。 当然読者が気になるであろう、この問いに対する著者の答えは「気が狂ったからである」というものだ。 納得できるようなできないような。 とまれ、断酒とは容易な道ではない。 著者の言葉を借りれば「飲みたい、という正気と飲まないという狂気の血みどろの闘いこそが禁酒・断酒なのである」となる。 これほどまでに酒を渇望する男が断酒にあたり最初に己に問うたのが、なぜ人は酒を飲むのかである。 答えは「楽しみたいから」。 しかしなぜ楽しみたいのか。 人が楽しみを求めるのには不満感や不公平感があるからではないか。 楽しむ権利が不当に奪われていると思うがゆえに、手っ取り早く酒で幸福を取り戻そうとするのだ。 だが人には本当に幸福になる権利などあるのか。 あるのは幸福を追求する権利だけではないか。 そもそも幸福とは苦しみとイコールの関係だ。 幸福だけで、苦しむことがなければ、それは普通の状態だからだ。 そして酒から得る幸福は一瞬で消え、その後には泥酔のために引き起こされる負債がついてくる。 そして帳尻を合わせるためにまた酒を飲み、大きな負債を抱える。 そう、目次にあるように、飲酒とは負債なのだ。 ではなぜありもしない権利を、私たちは持っていると錯覚するのだろうか。 それは私たちが自己を認識するとき、どうしても自惚(うぬぼ)れるからで、「自分は平均よりも少し上」と考えているのだと喝破する。 すると人は常に現在の境遇に不満を持ち、優秀な自分が持つべき幸福権を侵害されていると錯覚する。 つまり断酒のためには自己認識を改造することが必要だと著者は結論づける。 私たちは普通の人間で、普通の人生は楽しくないものなのだと。 だが、これだけでは絶対的な断酒は不可能で、より歩を進め「自分は普通よりもアホ」なのだと自己を認識すべきだとする。 極端な気もするが、読み進めるうちに妙に納得してしまうから不思議だ。 酒ひとつを断つために、自らと向き合い、果てはまるで仏教思想に通じるような「断酒思想」を完成させた町田康には絶句させられる。 現在、著者は4年間、一滴も酒を飲んでいないそうだ。 酒を飲んでも飲まなくても人生は悲しい。 ならば飲まずにその悲しみを味わおう。 そう語る著者に古(いにしえ)の賢人の横顔を見る。
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30年間毎日酒を飲み続けた作家は、4年前の年末、「酒をやめよう」と突如、思い立った。 禁酒によって生じた精神ならびに身体の変化、苦悩と葛藤、その心境を微細に綴る。 『小説幻冬』連載を改題、加筆・修正し単行本化。 【「TRC MARC」の商品解説】 痩せた! 眠れる! 仕事が捗る! 思いがけない禁酒の利得。 些細なことにもよろこぶ自分が戻ってきた! 4年前の年末。 「酒をやめよう」と突如、思い立ち、そこから一滴も飲んでいない作家の町田康さん。 「名うての大酒飲み」として知られた町田さんが、なぜそのような決断をしたのかを振り返りながら、禁酒を実行するために取り組んだ認識の改造、禁酒によって生じた精神ならびに身体の変化、そして仕事への取り込み方の変わるようなど、経験したものにしかわからない苦悩と葛藤、その心境を微細に綴る。 全編におかしみが溢れながらもしみじみと奥深い一冊。 町田さんがいなければ、今の自分はありません。 少なくとも小説は書いていないのじゃないかしら。 町田さんの影響で小説を書き始め、小説を書くのに膨大な時間を費やしてきました。 この膨大な時間を、金儲けのために使っていたら、今ごろ自分は……。 いえ、町田さんには本当に感謝しています。 町田さんと言えば、大酒飲みで知られています。 エッセーにも、酒にまつわるエピソードが数多く出てきます。 その町田さんが酒を断ち、それも4年前から1滴も飲んでいないと本書で知り、腰を抜かすほど驚きました。 酒を飲まない町田さんは、果たして町田さんと言えるのでしょうか。 そうも考えました。 本書を読んで、本当に止めたんだと何だか感動さえしました。 町田さんほどではないにしても、酒飲みにとって禁酒は大変に辛いことです。 かく言う私は毎晩、缶ビール1缶とワインをグラスに2杯飲むことを習慣にしています。 休肝日は週1回。 ただ、1日お酒を止すだけでも寂しい、何か人生を損したような気分になります。 しかし、本書によれば、そんなことはありません。 酒があろうとなかろうと、人生は寂しいものなのだとか。 心に沁みますね。 本書は、禁酒をしたい人のための一級のハウツー本になっています。 ぼくも、読みながら、禁酒を何度も考えた次第。 さらに、例によって町田節が炸裂し、随所に笑いが散りばめられていて飽きさせません。 個人的には、酒を止した町田さんの作風が変わってしまわないか心配です。 で、ちょっと調べてみました。 町田さんが酒を止したのは2015年12月です。 最新刊は、9編の短編を収めた「記憶の盆をどり」。 9編のうち、後半の4編は恐らく酒を止してから書いた作品です。 で、前半の5編と比べてみました。 全く分かりませんでした笑。 表題作「記憶の盆をどり」(2016年11月配信)は、次のような書き出しで始まります。 「去年の暮れに酒をよした。 人にそう言うと必ず、『どうしてよしたのですか』と問われる。 」 最後はこんな文章で締めくくられています。 「ああ。 酒をやめなければ。 酒をやめさえしなければ死後の生を生きていられたのに。 そんな後悔が頭を駆けめぐる。 シャワーの音がやむ。 」 このころはまだ、酒に未練があったのでしょうか。 禁酒して初めの頃は、7秒に一度くらい酒のことを考えていたのだとか。 それが3カ月も経つと、酒のことを考える時間の方が少なくなったそう。 酒を止して、「痩せた」「眠れる」「仕事が捗る」などの利得があったのも自信につながったようです。 そうですか。 うーむ、酒を止めようか、どうしようか。 果たして止められるのか。 うーむ、うーむ、うーむ。 という本。 30代中盤で小池龍之介氏の著作を読んで、仏教、禅の考え方に傾倒したことがあった。 私の理解では、その考え方というのは「人生一切皆苦。 心を休めるためには、禅の力で苦の源泉の雑念を放つことが肝要」というもの。 修行(禅)で無意味な刺激、それに起因する雑念を切り離し、捨てるということ。 この考え方を身に着けるため修行に時間を使い、一切皆苦(=人生)から解脱するというのは、ある意味自殺と同じような気もして、やはりなんとなく気持ちが離れていって、修行に身を投じず、普通の生活をして、50代を迎えている。 この「しらふで生きる」は、ちょっと禅の考え方に似ている気がした。 なんでも程度問題、というのが一つの答えな気もする。 町田さんの本を読むようになって早、十数年が経ってしまった。 僕も歳をとったし、町田さんも歳をとったんだなぁ、とつくづく感じる一冊だった。
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「しらふで生きる」とは、23歳から53歳までの30年間、1日も欠かすことなく酒を飲み続けた酒豪「町田康さん」の、禁酒に至るまでのきっかけや心境、体験がエッセイ形式で書かれています。 町田康さんの紹介 ミュージシャン、俳優、小説家。 1981年に、町田町蔵の芸名で芸能界入り。 パンクバンド「INU」のボーカリスト。 「メシ喰うな!」でレコードデビュー。 1997年 デビュー作「くっすん大黒」Bunkamuraドゥマゴ文学賞・野間文芸新人賞 2000年「きれぎれ」芥川賞 2001年 詩集「土間の四十八滝」萩原朔太郎賞 2002年「権現の踊り子」川端康成文学賞 2005年「告白」谷崎潤一郎賞 2008年「宿屋めぐり」野間文芸賞 など。 「しらふで生きる」は、「小説幻冬」の、2017年1月号~2019年7月号に連載された「酒をやめると人間はどうなるか。 或る作家の場合」を改題し、加筆・修正したものです。 本の内容は、エッセイ形式となっています。 「しらふで生きる」の大まかな話の流れ 俺は酒を止めた。 その理由を考える。 そして自分の考えを擬人化して小説風に話を進めます。 「酒を断とう」と考えたのは自分の中の狂気で、「酒をやめるのをやめると言え」と問い詰めるも狂気は、 まるで死魚のような眼をして、半笑いで、「いやー、やっぱりやめますよ」と言う。 11ページ はっきりしない狂気に業を煮やした町田康さんは、渋谷駅西口の歩道橋の上から玉川通りに、狂気を突き落とします。 「そんなに死にてぇんだったら殺してやんよ」 そう言って私の考えを突き落とした。 私の考えは玉川通りに落下していって、その後、どうなったかはわからない。 12ページ 酒をやめた理由を知っている狂気は歩道橋から落ちて行方が知れず、おそらく死んだものと思われるのだが、幸いにして正気と闘っている方の狂気はまだ元気で、というのは当たり前の話だ、元気でないと闘えない、さっそく私は狂気のところへ話を聞きに行った。 29ページ この上の文章を読んでもちょっと訳が分からないと思うので、説明すると、町田康さんの心の中には3人の擬人化した狂気と正気という人格が存在します。 狂気1が死んでしまったので、酒をやめた理由は分からなくなったが、おそらく、自分は狂っていたからやめたのだと町田康さんは考えています。 町田康さんは大酒飲みなので、「酒を飲みたい」という考えが正気だと認識しており、「酒を断ちたい」と考える狂気2と正気が常に闘っている状態が、一年と三か月の間も続いていると述べています。 狂気2の話によると、町田康さんが禁酒をしようと思った理由のひとつとして、酔った自分がしでかす醜態があるようです。 酒を飲むと心の駒が狂って暴れ出し、間違ったこと、恥ずかしいこと、筋の通らないことをやったなあ、とどうしても思い出す、31ページ 「しらふで生きる」の感想 どうしてこんなに人気があるのかと思ったら、町田康さんは元芸能人で芥川賞作家だったんですね。 独特な個性を持つユーモアのある方です。 「頭の中でとりとめもなく思い浮かんでくる思考を書き留めて、一冊の本に仕上げた。 」というような印象を受けます。 もちろん、話の構成はしっかりしているので、偶然で出来るような作品ではないのですが。 全体的に、話があっちゃこっちゃに脱線します。 話の迷路に迷い込んでしまい、読んでいるうちに何の話をしていたのか分からなくなってきます。 擬人化して話を作っていく手法 禁酒した理由は分からない。 今現在も「酒を飲みたい」という考え(正気)と「酒を断ちたい」という考え(狂気)が闘っている状態だが、かろうじて「酒を断ちたい」という考えの方が勝っている。 45ページ という事実を、擬人化して小説のように話を膨らませ、趣のある、読み応えのある文章に仕上げる手法は面白いと思いました。 私にとってこの手法は、文章を書く上ですごく視野が広がりました。 所詮は孤独に耐えられない生き物なのである。 だから家庭を作る。 そして、家庭がだんだん鬱陶しくなってきて、その鬱陶しさから逃れるために酒を飲む。 68ページ 「酒飲むんかい。 じゃあなにもないときは飲まないということになるはずだがそんなことはなく、「いやー、今日はもうなにもないから。 しょうがない。 飲むか」と言って酒を飲む仕儀と相成る。 177ページ 「結局酒、飲むんかい。 今日酒を飲んだから明日死ぬという訳ぢやないんですから」という変なおばはんの声であった。 167ページ その執拗な声に囁かれ、コンビニに酒を買いに行くまで追い詰められたのも一度や二度ではないそうです。 なんです。 リンク先を読まない方の為に補足すると、お節介おばさんとは、 いらないものを捨てようとすると「本当に捨てちゃっていいの?」「だってこれ高かったでしょう?」「また使うかも知れないし」「勿体ないじゃない」と雄弁に語り出す。 おそらく誰の脳内にも住んでいるお節介おばさん。 166ページ これを読むと、本当に笑いごとではないですよね。 依存症からの脱却がどれだけ大変かというのがよく分かります。 ・へ・ 禁酒の決断をしたのが12月末なので、お正月は、思わず酒を飲みたくなるおせち料理を食べるのを避け、 なるべくファミチキや胡桃パンを食べるように心がけた。 176ページ と「酒飲みシーズン真っ盛り」の年末年始から酒断ちしたのもあって、酒をやめるのは、並々ならぬ意志と努力が必要だったようです。 ・o・ 酒をやめた後の変化 十三人くらいの人に、「なんか痩せはったんとちゃう?」と言われる。 191ページ お酒をやめて、酒の肴を食べなくなったので8キロやせたそうです。 いざ酒をやめると単独でうまいものを食するということはなく、私の食膳から御馳走が消滅、そのことを不満に思う気持ちもなかった。 「酒も飲まないのにそんなもの食ったって意味ないだろう」って訳である。 193ページ 酒がメインで肴はあくまでも脇役でしかないという。 酔うと楽しくなる。 楽しいと飲みたくなるからもっと飲む。 そうするともっと酔う。 そうするともっと楽しくなるからもっと飲む。 これを無限に繰り返し、極点に達するまで飲む。 極点に達するとそこから先のことは覚えていない。 163ページ お酒が好きな人は、お酒を飲むと気分が良くなり、楽しくなるので深酒してしまうということのようです。 その根底にあるものは、つらかったり、不満だったリの自分の現実から逃避したいという気持ちからのようです。 私は、普段からお酒を飲む習慣があまりなく、ふりかえって考えてみても、お酒を飲んで、酔って楽しくなったり、いい気分になったりという経験がありません。 記憶がなくなるほど飲んだ経験も当然なく、その前に気持ち悪くなって吐くというところで嫌になって飲まなくなった。 という感じです。 これが幸いなのか災いなのか、町田康さんのような苦しい禁酒経験をせずに済んでいるという点からみて、良かったと言うべきか。 ・へ・ 町田康さんのように、ここまで飲む人は、依存症に限りなく近いですので、本人が自覚のない場合、家族などの周囲が気を付けてあげなければいけないかもですね。 今回は、酒を飲まない私が酒飲みの禁酒を語っているので、あまり心に響かない書評となってしまった感が否めないですが、大酒飲みを自覚してらっしゃる方がいたら、この本を読めば、きっと町田康さんの気持ちに共感できるかもしれません。 発売日から3ヶ月以内の商品は35%定価買取を保証 Marietan.
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