2007年の3月に、 細野さんと横尾忠則さんのお宅にうかがい、 この夢日記の、さし絵をお願いしました。 そして待つこと4年。 こんにちは、ハリーです。 (ハリー細野じゃなくて、「ほぼ日」のハリーです。 ややこしくてすみません) あれから4年がたちました。 この間、風のたよりに 「まだ動きなし」 「そろそろ描きそうだ」 「いよいよ描くらしい」 「やっぱりやめたらしい」 「なぜか細野さんの顔写真を集めているらしい」 など、さまざまな噂が聞こえてきました。 で、ついこないだのことです。 細野さんのマネージャー 谷本さんから電話がかかってきました。 あまりに度はずれの、雄大な時間の感覚に、 なんだか頭がくらくらしてきました。 ふつうなら呆れるところでしょうが、 むしろありがたい気持ちになってしまうのが、 我ながらおもしろい。 というわけで、細野さんともども、 いそいそと横尾さんのアトリエに向かいました。 細野さんと横尾さん、おはぎを食べるの図 すぐにでも拝見したいところですが、そこは二人とも大人。 おはぎを食べて談笑したり、すきなCDをさがしたり、 なかなか本題に入りません。 細野さんと横尾さん、CDを物色するの図 そしてようやく、そのときが来ました。 横尾 6月にをやるんですよ。 学芸員のひとが、この絵もぜひ展示したいって。 細野さんの了解を得ないといけないところだけど、 まあ、もうカタログに載っちゃったからね。 事後承諾ということで(笑) 細野 ぼくはまだ見てもいないのに(笑) 横尾 じゃあ、見ますか? 細野 ぜひ。 横尾 持ってくるから、目をつぶって。 細野 はい。 横尾 1、2、3、はい! 細野 うわーーーーーっ!!! ははははははははは! あまりにすごいんで、もういちどご覧ください。 せっかくだから、絵だけをさらに拡大して。 細野 まずは笑うね(笑) ふっふっふっふっふ。 横尾 これ見たひとは、だれでも笑うね。 細野 胸が、すごいよね。 横尾 両性具有者だからね。 細野 この、持ってる楽器は? 横尾 マルセル・デュシャンの抽象絵画があって、 そのなかの形態の一部を引用したの。 だから、ほんとは楽器じゃない。 あと、iPadと、たばこのチェリーも入れたよ。 細野 これは記念になるね。 チェリーはもう生産中止ですから。 これ、タイトルは? 横尾 『ハーレム・ミュージシャン』っていうの。 細野 すごいタイトルだ。 横尾 ほら、ここに女性がいるでしょ? ちょっと色の浅黒い、異国的な。 細野 ほんとだ。 足がある。 横尾 もともと、細野さんの夢の絵を 描いてほしいという話だったけど。 細野 もう、まったく関係ない絵ですね(笑) 横尾 だって4年もたつとさあ、やっぱりね(笑) 細野 (笑) いいんです。 描いていただければ、もうそれだけで。 横尾 でもこれはもう、 夢でしか、ありえないじゃないですか。 細野 たしかに、現実ではありえないですね。 横尾 だからこれはやっぱり、夢の絵。 細野さんの夢であるし、同時にぼくの夢でもある。 細野 ああ、なるほど。 いやあ、でも、すごくうれしいな。 注文すれば、4年たっても描いてくれる(笑) 横尾 生きてるあいだに描けてよかった(笑) 細野 みんなに見せたい。 横尾さん、ありがとうございました! というわけで、結果的に、 なんだかすごくいい締めになりました。 4年の歳月を経て、 「細野晴臣夢日記」、ここに堂々完結です。 時間がかかっても来るべき時は来るものだ。 横尾忠則さんに依頼していた最終回の絵が完成したのだ。 それは既に「夢日記」のアイディアを飛び越えた、 というよりも忘れたかのような絵だった。 そりゃそうである。 4年の歳月は物事を抽象化して当然だ。 その2007年、 ほぼ日サイトで連載していたのが「夢日記」だったが、 その最終回を飾るにふさわしい絵を 横尾さんに依頼しようということになり、 ぼくの見た夢を元にしていただくため、 「二匹のアナコンダ」というテーマでお願いしたのだ。 当初はマンガのような目をしたアナコンダなどを 盛り込んだ構図を考察されていた記憶があるが、 1年2年3年と経ていくうちに夢の痕跡は消えていった。 もうこれは待つしかない。 ぼくも毎月必ず催促に伺う約束をしながら つい忘れたりした。 ところが今年になって「待ち」の状況に変化が訪れ、 頻繁に横尾さんのアトリエを訪ねる機会があり、 絵の話をすることが多くなった。 ぼくが舌を出した写真は その時に横尾さんが撮影したものだ。 その後、絵の作業が加速されて今日に至る。 出来上がったという知らせは横尾さんのtwitterで知った。 そこに絵の写真があり、 題は「ハーレム・ミュージシャン」! すごい。 しかしこれはいったいどういうタイトルだ? 自分自身知り得ない本質を透視したような 絵やタイトルこそ、心地よい悪夢だった。 2011-06-09-THU 細野晴臣 Haruomi Hosono いわずと知れた「YMO」はもちろん、 「エイプリル・フール」「はっぴいえんど」などのバンド、 「トロピカル3部作」をはじめとするソロ活動、 日本初のサウンド・プロデュース集団 「ティン・パン・アレー」のオーガナイズなど、 気がついたらいつも、新しい音楽の最前線にいて、 「いい音」をつくりつづけている、ナイスな音楽家。 公式ホームページ: いまいちばんかっこいい音楽は、こういうのかも。 4年ぶりのソロアルバム「HoSoNoVa」。 「フライング・ソーサー1947」以来、4年ぶりとなる 細野さんの新作ソロアルバムが出ました。 細野さんのボーカルを全面的にフィーチャーした12曲は、 メロディもサウンドもシンプルですが、 これまでに細野さんが聴いてきた たくさんの音楽から受け取った、 ゆたかな滋味が、たっぷり、ぎっしりつまっています。 立ち止まることなく、音楽の旅をつづける細野さんの いまの姿、とてもかっこいいです。
次の
2007年の3月に、 細野さんと横尾忠則さんのお宅にうかがい、 この夢日記の、さし絵をお願いしました。 そして待つこと4年。 こんにちは、ハリーです。 (ハリー細野じゃなくて、「ほぼ日」のハリーです。 ややこしくてすみません) あれから4年がたちました。 この間、風のたよりに 「まだ動きなし」 「そろそろ描きそうだ」 「いよいよ描くらしい」 「やっぱりやめたらしい」 「なぜか細野さんの顔写真を集めているらしい」 など、さまざまな噂が聞こえてきました。 で、ついこないだのことです。 細野さんのマネージャー 谷本さんから電話がかかってきました。 あまりに度はずれの、雄大な時間の感覚に、 なんだか頭がくらくらしてきました。 ふつうなら呆れるところでしょうが、 むしろありがたい気持ちになってしまうのが、 我ながらおもしろい。 というわけで、細野さんともども、 いそいそと横尾さんのアトリエに向かいました。 細野さんと横尾さん、おはぎを食べるの図 すぐにでも拝見したいところですが、そこは二人とも大人。 おはぎを食べて談笑したり、すきなCDをさがしたり、 なかなか本題に入りません。 細野さんと横尾さん、CDを物色するの図 そしてようやく、そのときが来ました。 横尾 6月にをやるんですよ。 学芸員のひとが、この絵もぜひ展示したいって。 細野さんの了解を得ないといけないところだけど、 まあ、もうカタログに載っちゃったからね。 事後承諾ということで(笑) 細野 ぼくはまだ見てもいないのに(笑) 横尾 じゃあ、見ますか? 細野 ぜひ。 横尾 持ってくるから、目をつぶって。 細野 はい。 横尾 1、2、3、はい! 細野 うわーーーーーっ!!! ははははははははは! あまりにすごいんで、もういちどご覧ください。 せっかくだから、絵だけをさらに拡大して。 細野 まずは笑うね(笑) ふっふっふっふっふ。 横尾 これ見たひとは、だれでも笑うね。 細野 胸が、すごいよね。 横尾 両性具有者だからね。 細野 この、持ってる楽器は? 横尾 マルセル・デュシャンの抽象絵画があって、 そのなかの形態の一部を引用したの。 だから、ほんとは楽器じゃない。 あと、iPadと、たばこのチェリーも入れたよ。 細野 これは記念になるね。 チェリーはもう生産中止ですから。 これ、タイトルは? 横尾 『ハーレム・ミュージシャン』っていうの。 細野 すごいタイトルだ。 横尾 ほら、ここに女性がいるでしょ? ちょっと色の浅黒い、異国的な。 細野 ほんとだ。 足がある。 横尾 もともと、細野さんの夢の絵を 描いてほしいという話だったけど。 細野 もう、まったく関係ない絵ですね(笑) 横尾 だって4年もたつとさあ、やっぱりね(笑) 細野 (笑) いいんです。 描いていただければ、もうそれだけで。 横尾 でもこれはもう、 夢でしか、ありえないじゃないですか。 細野 たしかに、現実ではありえないですね。 横尾 だからこれはやっぱり、夢の絵。 細野さんの夢であるし、同時にぼくの夢でもある。 細野 ああ、なるほど。 いやあ、でも、すごくうれしいな。 注文すれば、4年たっても描いてくれる(笑) 横尾 生きてるあいだに描けてよかった(笑) 細野 みんなに見せたい。 横尾さん、ありがとうございました! というわけで、結果的に、 なんだかすごくいい締めになりました。 4年の歳月を経て、 「細野晴臣夢日記」、ここに堂々完結です。 時間がかかっても来るべき時は来るものだ。 横尾忠則さんに依頼していた最終回の絵が完成したのだ。 それは既に「夢日記」のアイディアを飛び越えた、 というよりも忘れたかのような絵だった。 そりゃそうである。 4年の歳月は物事を抽象化して当然だ。 その2007年、 ほぼ日サイトで連載していたのが「夢日記」だったが、 その最終回を飾るにふさわしい絵を 横尾さんに依頼しようということになり、 ぼくの見た夢を元にしていただくため、 「二匹のアナコンダ」というテーマでお願いしたのだ。 当初はマンガのような目をしたアナコンダなどを 盛り込んだ構図を考察されていた記憶があるが、 1年2年3年と経ていくうちに夢の痕跡は消えていった。 もうこれは待つしかない。 ぼくも毎月必ず催促に伺う約束をしながら つい忘れたりした。 ところが今年になって「待ち」の状況に変化が訪れ、 頻繁に横尾さんのアトリエを訪ねる機会があり、 絵の話をすることが多くなった。 ぼくが舌を出した写真は その時に横尾さんが撮影したものだ。 その後、絵の作業が加速されて今日に至る。 出来上がったという知らせは横尾さんのtwitterで知った。 そこに絵の写真があり、 題は「ハーレム・ミュージシャン」! すごい。 しかしこれはいったいどういうタイトルだ? 自分自身知り得ない本質を透視したような 絵やタイトルこそ、心地よい悪夢だった。 2011-06-09-THU 細野晴臣 Haruomi Hosono いわずと知れた「YMO」はもちろん、 「エイプリル・フール」「はっぴいえんど」などのバンド、 「トロピカル3部作」をはじめとするソロ活動、 日本初のサウンド・プロデュース集団 「ティン・パン・アレー」のオーガナイズなど、 気がついたらいつも、新しい音楽の最前線にいて、 「いい音」をつくりつづけている、ナイスな音楽家。 公式ホームページ: いまいちばんかっこいい音楽は、こういうのかも。 4年ぶりのソロアルバム「HoSoNoVa」。 「フライング・ソーサー1947」以来、4年ぶりとなる 細野さんの新作ソロアルバムが出ました。 細野さんのボーカルを全面的にフィーチャーした12曲は、 メロディもサウンドもシンプルですが、 これまでに細野さんが聴いてきた たくさんの音楽から受け取った、 ゆたかな滋味が、たっぷり、ぎっしりつまっています。 立ち止まることなく、音楽の旅をつづける細野さんの いまの姿、とてもかっこいいです。
次の
略歴 [ ] (22年)、生まれ。 父方の祖父は鉄道官僚で、タイタニック号処女航海唯一の日本人乗客であった。 母方の祖父であるは、叔母がの映画会社勤務という環境から、幼い頃からに親しんだ。 中学時代にに興味を持ち、15歳あたりからギターを手に友人とバンドを組む。 漫画家を志したこともあるが、立教高等学校(現:)、の同級生だったの才能に感服し、漫画家を諦め音楽の道を進むことを決意する。 高校時代からフォークの洗礼を受け、にも挑戦し始める。 この頃、に大きな影響を受けた。 立教大学在学中にをはじめ、数多くのバンドを経た、 のベーシストとしてメジャーデビュー。 その後、、、と を結成し、日本語ロックの礎を築く(本人は当初、日本語でロックを歌うことに反対していたという)。 のはっぴいえんど解散後、ソロ活動と並行して鈴木茂、、と (のちに と改名)を結成。 演奏・プロデュースチームとして多数のアーティストの楽曲に参加、などのプロデュースも行う。 自身のソロ・アルバムでは、ファーストの『HOSONO HOUSE』(1973年)は当時のにあった自宅で録音を行い、その後の『トロピカル・ダンディー』(1975年)、『泰安洋行』(1976年)、『はらいそ』(1978年)と続く「トロピカル三部作」では南国・楽園志向にアプローチし、この三部作でのや、、などの音楽をごった煮にしたサウンドは海外の好事家からも注目されるようになる(この作品に加えて、プロデュース作品であるの『ろっかばいまいべいびい』がある。 名義上はプロデュースだが、実質は共作である)。 漫画家ののファンであり、彼の漫画のタイトルから曲名をつけたこともある。 ・コンピュータを用いた音楽やへの興味が高まっていった、元の、当時でもあったと Y. を結成。 当初は細野主体の企画もののバンドと捉えられていたが、にはその活動がブームを巻き起こす。 の成功をきっかけにメディアにも露出するようになり、アイドル・歌謡曲界への多数の楽曲提供、新人発掘のためのレーベル「YEN」の高橋との共同による立ち上げなど個人としても精力的に活動を行う。 また、ヴィデオ・ゲーム「」の音源をダンス・ミュージックにアレンジした『』(1984年)をプロデュース、が音楽ジャンルとして確立するきっかけを作った。 のYMO散開(解散)後は、に移籍し、「」と「Monado」の2つのレーベルを立ち上げる。 Non StandardレーベルからはやWorld Standardを輩出。 また、自身の代表作として映画『』のサウンド・トラックを手掛ける。 Monadoレーベルからは実験的な作品を中心にいわゆる「観光音楽」と呼ばれる作品を発表。 代表作として映画『』のサウンド・トラックを手掛ける。 その後、にに移籍し、ソロアルバム『omni Sight Seeing』を発表。 また、映画『紫式部 源氏物語』のサウンド・トラックを手掛ける。 その後、ソロアルバム『メディスン・コンピレーション』を発表。 その後もやとしての活動やの提供(『メゾン・ド・ヒミコ』他)などをこなしながらも、ソロアルバム発表や多くの他アーティストとのユニット(別項参照)結成など自己の音楽活動も枚挙に暇が無い。 時代からの多忙と、日本の以前の消費社会に対する疲弊に辟易とした後、1980年代後期には、1990年代にはに深くアプローチし、大量消費に頼らない音楽を模索した。 自身のレーベル「daisyworld discs」をに創設、よりYMO時代の盟友、高橋幸宏と SKETCH SHOW を結成しフォーキーなサウンドに取り組む。 また2005年には にてシングルをリリース、翌年この名義にてのライブに参加するなどしている。 SKETCH SHOWは坂本龍一ともしており、ライヴやでは3人で HAS として活動も行う。 2007年にはHASとしてのライブ活動のほか、YMOとしても「」を発表、さらにはHASYMOとしても「」を発表するなど、活発な活動を行っている。 2008年ライブ その一方で、9月にで行われたでは久々にヴォーカルをとって『HOSONO HOUSE』の曲を披露。 以降、 東京シャイネスや ハリー・ホソノ・クインテットなどのユニットを結成し、スタイルのライブ活動を行う。 これらの活動は9月に発売されたソロ・アルバム「FLYING SAUCER 1947」に結実する。 また、同年4月に坂本龍一の立ち上げたレーベル「」からが発売され、同年7月にはトリビュートライヴがで催された。 2008年にはトリビュート・アルバムの続編も発表されている。 3月、平成19年度の大衆芸能部門でを受賞。 2013年から4年間、の客員教授を務める。 2015年、『』に連載したコラム「映画を聴きましょう」で、第42回を受賞。 人物 [ ]• 音楽家としての活動以外にも、としてやに出演したり、また低音が響く声が評価され、TV番組やコマーシャルのとして起用されることも増えている。 しかし、本人は自分の声が嫌いなようで、Y. のアルバム『』に収録されている「ラップ現象」など、で自身の声の低域をカットしている楽曲もある。 一般的にはベーシストやキーボーディストとして知られているが、、、、、、とできる。 実際にクラウン時代の『トロピカル・ダンディー』や『泰安洋行』では、上記した楽器を演奏している他、ドラマーとしては、実際に大瀧詠一の「」で、別名の宇野主水で参加している。 また、荒井由実ののVTRにおいてドラムで参加しており、「細野さん、ドラム叩けるの?」と本人から辛口のコメントをもらっている。 狭山に住んでいた頃、「寝図美」という名前のを飼っていた。 以前の飼い主であるフォークシンガーのが名付けた。 遠藤が自宅アパートで飼っていたが大家に見つかって飼えなくなり、細野が預かることになったという。 には、いくつかのにを書いている。 当時出したアルバムのことなどである。 それらのコラムは、CD-BOX『HARRY HOSONO CROWN YEARS 1974-1977』のブックレットに転載されており、読むことができる。 アルバム『トロピカル・ダンディー』の歌詞カードにも「島について」というコラムを寄せている。 母方の祖父、は、日本楽器製造(現)のオルガン部門勤務を経て、の前身である全国ピアノ技術者協会の創設に力尽。 文筆の才に優れ、数多くのピアノ技術書を翻訳して刊行し、の音響工学科講師を務める等日本屈指のピアノとして名を馳せた。 祖父・細野正文とタイタニック号 [ ] 詳細は「」を参照 細野晴臣の父方の祖父であるは、日本人で唯一豪華客船に乗船し、事故から生還した人物である。 映画『』の公開に合わせ、1998年にウォルター・ロード『タイタニック号の最期』(訳、)が再刊され、細野は祖父のことを記した文章を寄せた。 また、の『』の1994年版CDの日本盤 ライナーノートでも、本件に関する質疑に答えている。 細野は2012年、事故犠牲者の共同墓地があるのを訪れており、その模様は2012年6月7日の「」で放送された。 大西洋海洋博物館に展示されている乗船名簿に祖父の名を見つける(M. H osonoではなく、M. H asonoと間違っている)。 事故が起きた100年前と同じ4月21日に行われた追悼式を再現した式典に参加する等した。 また、犠牲者の共同墓地も訪れた。 細野は、同じミュージシャンとしてまで演奏していて犠牲になった8人の音楽家のことが気になっていたという。 関連バンド・ユニット [ ]• スウィング・スロー - とのユニット• ハリーとマック - とのユニット• KALABISA - 久保田麻琴、照屋林賢とのユニット• ティンパン - 、とのユニット• 東京シャイネス• (1985年)- フレンズ・オブ・アース名義• (1986年)- フレンズ・オブ・アース名義• (1986年)- フレンズ・オブ・アース名義• (1991年)- 名義• Tokyo-Frankfurt-New York(1996年)- 名義• swing slow(1996年)- スウィング・スロー名義• DSP Holiday(1998年)- HAT名義• (1999年)- ハリーとマック名義 参加作品 [ ]• 1980年から誕生して20周年目の2000年まで店内で掛けられたオリジナルBGMを集めたコンピレーションアルバムで、disc-aの「Original BGM」、「Talking-BGM ver. 」が細野の作品。 ただし、店頭販売は終了(廃盤)している。 新版 電気的行楽 -POP GOES ON ELECTRO(1998年)「esc 」• (2019年)「Pi Po Pa Reiwa mix 」 演奏で参加したことのあるアーティスト [ ] 細野は1970年代に多くのアーティストの作品で演奏に参加している。 ここでは、、として以外で演奏に参加したことのあるアーティストを記する。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 など 主な提供楽曲 [ ]• だって、ホルモンラブ()• ティアドロップ探偵団(イモ欽トリオ)• ティーンエイジ・イーグルス(イモ欽トリオ)• エレクトリック・スーパーマン(イモ欽トリオ)• しあわせ音頭()• 三つ編みヒロイン• きたかチョーさんまってたドン()• 正しいプロ野球訓辞小唄(川上さんと長島さん)• バイバイベイビー()• は・じ・め・て()• (小泉今日子)• しらけちまうぜ()• コズミック・サーフィン()• ハートブレイク太陽族()• 硝子のプリズム(中川翔子)• ルネサンス-優しさで変えて-()• モナムール グラスに半分の黄昏 (中森明菜)• (中森明菜)• 椿姫の夏()• まるちゃんの静岡音頭()• 仏蘭西映画()• 夢・恋・人(藤村美樹)• 妖星傅(藤村美樹)• 春 Mon Amour(藤村美樹)• のうた()• ブルージュの鐘()• 黄色いカーディガン(松田聖子)• (松田聖子)• (松田聖子)• (松田聖子)• (松田聖子)• 硝子のプリズム(松田聖子)• Paradise Beach(ソフィーのテーマ)()• 月下美人()• ねらわれた少女()• ウイスキー色の街で()• 紐育物語(森進一)• 銀色のハーモニカ(安田成美)• 夢色グライダー()• 哲学しよう()• 見えない世界()• ()- 1975年頃から最終回までのオープニングテーマ• ()- オープニングテーマ• いたずらがき(裕木奈江)• Sunday Girl 著書 [ ]• レコード・プロデューサーはスーパーマンをめざす CBS・ソニー出版、1979. 地平線の階段 八曜社、1979. 花に水 冬樹社、1984. 9(カセットブック)• 技術の秘儀(吉成真由美との共著)朝日出版社、1984. レコード・プロデューサーはスーパーマンをめざす 徳間書店、1984. 地平線の階段 徳間書店、1985. 観光(との共著)角川書店、1985. ネコの日 八曜社、1985. 音楽少年漂流記 新潮社、1988. 季刊音楽誌「H2」エイチ・ツー創刊0号(責任編集)筑摩書房、1991. The endless talking 細野晴臣インタビュー集(編・北中正和)筑摩書房、1992. テクノドン(編著・後藤繁雄)小学館、1993. アンビエント・ドライヴァー マーブルトロン、2006. 対談の本 ロックンロールから枝豆まで マーブルトロン、2007. 分福茶釜(聞き手・)平凡社、2008. 神楽感覚(との共著)作品社、2008. HOSONO百景 いつか夢に見た音の旅(編・中矢俊一郎)河出書房新社、2014. とまっていた時計がまたうごきはじめた(聞き手・鈴木惣一郎)平凡社、2014. 地平線の相談(との共著)文藝春秋、2015. 映画を聴きましょう キネマ旬報社、2017. 7 主な出演番組 [ ]• 細野晴臣 DAISYWORLD - 放送終了• ( 毎週日曜25:30-26:00)• ( 毎週水曜21:54-22:00)- ナレーション(放送終了)• ( 毎週水曜19:40-19:50 毎週金曜午前10:45〜午前10:55 他)- ナレーション• ( 毎週月曜〜金曜23:55〜24:00)- オープニング曲『2355氏、帰る』ヴォーカル、タイトルコール(サウンドロゴ)• (NHKラジオ第1)- オープニングナレーション• (2001年1月23日、)• (2017年5月4日、NHK総合)• (2019年1月2日、)• (2020年1月1日、NHK BSプレミアム) 主な出演CM [ ]• - 全自動洗濯機用洗剤 Dash「いえ、それではなく全自動用の……」(1989年)• -「」(1989年)• - 「NECパソコンフェア'93」(1993年)• :ローソンへ行かなくちゃ -(、Let's go! II、SWEET CANDY、いつもの店、)(1997年〜1999年) と夫婦役で共演。 「サル語、お上手ですね」(2000年)• 「エステは進化していますTBC」ハカセくん篇(2001年)- ハカセくんの声で出演。 と共演• ナレーション(2003年)• (現:)- 『きき湯』「炭酸効果の粒が効く〜」(2003年〜2004年)• BGMは「ライディーン」• BGMも細野によるもの。 (1974年、監督)- 音楽• (1982年、監督)- 音楽• (1983年、監督)- 出演• (1984年、監督)- 出演• (1985年、監督)- 作曲(主題曲「ミステリユ」)• (1985年、監督)- 出演• (1985年、監督)- 音楽• (1985年、監督)- 音楽、出演• (1986年、監督)- 音楽• (1987年、監督)- 音楽• (1987年、監督)- 出演• (1990年、監督)- 音楽• (1993年)- 音楽• (2000年、監督)- 音楽• (2005年、監督)- 音楽• (2007年、監督)- 音楽、音楽監修• (2008年、犬童一心監督)- 音楽、テーマソング• (2010年、監督)- 出演• (2016年、監督)- 主題歌「MOHICAN」• (2018年、監督)- 音楽• (2018年、監督)- 日本語吹替• (2019年、監督)- 出演 テレビドラマ [ ]• ( 2006)- 音楽• (2019年1月17日 -、フジテレビ)- 出演・キヨシ 役 、音楽、主題歌「恋は桃色」 脚注 [ ] []• - ほそやのWEBページ• 学内の演劇サークルからその音楽知識と才能には一目置かれ劇団内でフォーク曲演奏などには招聘されることもあったという。 このサークルに携わっていたらは、のちに参加している。 日本盤CDは翌年の1995年に発売されたことに注意。 Sponichi Annex スポーツニッポン新聞社. 2015年10月9日. 2015年10月9日閲覧。 映画ナタリー 2018年5月7日. 2018年5月7日閲覧。 音楽ナタリー 2019年6月7日. 2019年6月7日閲覧。 音楽ナタリー Natasha. 2020年1月2日. 2020年1月18日閲覧。 関連項目 [ ]• (米軍管轄時、住宅街の地域) 外部リンク [ ]• - 1. - 2. - 3. - 4. - 5. - 6. - 7. - 8. - 9. EGO - 10. BROADCAST FROM HEAVEN - 11. A Day In The Next Life - 12. Life Time, Happy Time - 13. YT - 14. Fate Of Gold - 15. Portrait With No Name - 16. A Sigh of Ghost - 17. A Ray Of Hope - 18. The Dearest Fool - 19. BLUE MOON BLUE - 20. Page By Page - 21. Life Anew ベスト.
次の