被害者である御手洗怜美さんの首の傷は深さ約10cmあり、左手の甲の傷は骨が見えている状態でとても小6の女子児童がやったとは思えない状態でした。 このことから辻菜摘さんはサイコパスとも言われています。 この事件はまだ 児童数が多い時間帯に校内で行われた殺人事件であり、加害者と被害者が両方とも 小6のまだ自我や自己が完全に確立していない女生徒だったことでこの事件が速報で流れたときは 日本中が騒然としました。 また文部科学省はこの事件の事件名を【 長崎県佐世保市女子児童殺害事件】としています。 それではこの佐世保事件の 加害者の辻菜摘さんのことや 被害者の御手洗怜美さんのこと、この佐世保事件は どうして起きてしまったのか、また被害者家族や辻菜摘さんのその後や現在などを詳しくお話ししていきたいと思います。 サイコパスと言われている加害者の 辻菜摘さんは佐世保事件の当時 小6。 クラスの子と仲は良かったが些細なことで怒ることも多いし、自己中心的だったため 親友と呼べる子はいなかったそうです。 5年生の終わりくらいに 成績が下がり気味になりずっとやっていたバスケットボールの クラブ活動を母親に辞めさせられ、その後 精神的に不安定になり授業に集中できなくなったり居眠りをすることもあったそうです。 また他人と会話をする際 目を合わせなくなったりそわそわして落ち着かない様子も時折見られ、ちょっとしたことで キレて刃物を振り回したこともあるようです。 それまでは 自己主張も弱く騒ぎ立てることもなかった辻菜摘さんですが、この頃から自己主張が強くなりクラスの男子を 追い掛け回して小突いたり時には 罵声を浴びせるなど暴力的になっていたそうです。 後述しますがこのクラブ活動を辞めさせられた事によりもともとあり今まで 自己制御できていた発達障害の 二次障害を発症してしまい、自己制御が出来なくなり サイコパスが起こすような事件を起こしてしまったのではないかと言われています。 同級生の児童に数人のクラスメイトと 集団いじめをしたこともあり、小6になってからはしばしば 暴力的な表現や行動をするようになってしまったそうですが、一方では遅刻や度重なる休校などはなく授業ではわからないことはわかるまで質問するなど まじめな面も多い生徒でした。 また辻菜摘さんは事件を起こす前より以前から ホラー小説の「ボイス」や「バトル・ロワイアル」が大好きでよく読んでいたそうです。 殺害方法が「バトル・ロワイアル」に酷似していることから「この数々の猟奇的な小説と些細なきっかけが彼女の今まで眠っていた サイコパスとしての本能を目覚めさせたのではないか」と言われています。 事件を起こす数ヶ月前には同級生に「 バトル・ロワイアル」を貸していて、その内容を 友達と共有したかったようです。 また辻菜摘さんは2003年に日本で公開されたホラー映画の 「呪怨」の小説を欲しがっており、父親におねだりしていたそうです。 辻菜摘さんは将来 小説家になりたいという夢があり、小6の時に自身でウェブサイトを開設し「バトル・ロワイアル」の 同人小説を発表しています。 その内容は自身が小6の頃に在籍した クラスの人数と同じ38人がクラス内で殺し合いをするという小6の女子児童が書いたとは思えないような 猟奇的な内容で、登場人物のキャラや名前が現実のクラスメイトと似通った点が多い作品となっており被害者の御手洗怜美さんと 同姓の人物も登場し、作品内で 殺害されていました。 なお現在はそのウェブサイトは閉鎖されています。 辻菜摘さんの家族は祖母・父親・母親・姉・辻菜摘さんの 5人家族。 実家は佐世保市でも 山の上のほうに位置し、自然の多い場所にあり学校に登校する際は バスを利用していたそうです。 辻菜摘さんの父親は会社勤めをしていました。 しかし 脳梗塞で倒れしばらく寝たきりとなりますが、その後自宅で リハビリをしながら保険業やおしぼりの配達などをして生計を立てます。 母親はそんな 父親と生計を支えるために大手ショッピングセンターで仕事をしています。 姉は頭の良い生徒が多い 商業高校に通う高校生でしたが事件が起こったその後に中退しています。 この手の事件を起こすサイコパスのほとんどは生まれ育った 家庭環境が複雑なことや小さな頃から猟奇的だったり自己中心的だったりすることが多いのですが、報道では辻菜摘さんの家庭は至って 普通の家庭だったと言われています。 辻菜摘さんの家には パソコンが3台ありそのうち1台を 辻菜摘さん専用として使用しており、バスケットボールを辞め、山の上で暇を持て余した辻菜摘さんはパソコンで R15指定の映画を観たりして時間を潰していました。 映画をレンタルする際の会員カードは姉のを使っていたそうです。 加害者の辻菜摘さんと被害者の御手洗怜美さんは同じ学校で小6の時の クラスメイトでした。 二人は仲も良く現在は閉鎖されているカフェスタと言う コミュニティーサイトで多い時には日に何時間もチャットしたりお互いの電子掲示板に多い時には日に数回書き込みをしたりする仲でした。 またクラスメイト数人と一緒に 交換日記をしたりもしていました。 仲が良かった二人ですが小6のある日 あることをきっかけに二人の中に 溝が出来てしまいます。 休み時間に複数人で遊んでいた時に御手洗怜美さんが辻菜摘さんをおんぶした際 「重い!」と発言したのです。 辻菜摘さんはそれに怒りを覚え 「失礼しちゃうわ!」と言いました。 その後御手洗怜美さんが自身のウェブサイトに 「言い方がぶりっこだ」と書き込みをしているのを見つけた辻菜摘さんはその後 御手洗怜美さんのパスワードでログインし、その書き込みを 勝手に削除するという自己中心的な行動を起こします しかしまたすぐに同じ書き込みがされており、辻菜摘さんは御手洗怜美さんに 激しい怒りを覚えます。 また御手洗怜美さんは勝手に書き込みを消されたことを掲示板に「 荒らしにあったんだ。 まぁ大体 誰がやってるかわかるけど」と書き込んでおり、それを見た辻菜摘さんは御手洗怜美さんの アバターを削除します。 それが 事件4日前の出来事で辻菜摘さんはこの時に 殺害を計画したそうです。 その後ウェブサイトは閉鎖されましたが速報で流出したウェブサイトへの書き込みが現在も流れています。 今現在のこの時代、速報でなんでも流出しちゃうから怖いですね。 すると日記内でその「NEXT」が 流行りみんな使いだしました。 すると自尊心の強い辻菜摘さんは自分が使いだした「NEXT」を他の人も使いだした事に 腹を立て日記内に「NEXTの使用禁止! 勝手にパクらないで!」と自己中心的なことを書いたのです。 それから日記内で「NEXT」は 使われなくなりましたがその日記を見た御手洗怜美さんが「NEXTは元からある英単語で別にあなたが作った訳じゃないんだからみんな使ってもいいと思うしパクリにはならないんじゃない?」と自己中心的な書き込みを否定するようなことを書いたことにより、二人の間に 大きな亀裂が出来ていました。 その後殺害される数日前に御手洗怜美さんは「日記をやめたい」ともらしていたそうです。 辻菜摘さんの ニュース速報が流れてからすぐに辻菜摘さんはインターネット上で「 ネバダたん」と呼ばれもてはやされるようになります。 そのきっかけは辻菜摘さんが 美少女だったことと、インターネット上の速報ニュースで流れた 写真の中で辻菜摘さんが「 NEVADA」と書かれたパーカーを着ていたからです。 その後カッターを持った血だらけのNEVADAのパーカーを着た辻菜摘さんのイラストまで速報で流れるなどネット上ではちょっとした騒ぎになりました。 現在は落ち着いていますが当時はすごい人気だったようです。 この佐世保事件は別名「 ネバダ事件」とも言われており、まるで アイドルのようにインターネット上で扱われました。 またこの速報ニュースでは 海外でも報道され、佐世保事件から3年後にはドイツでニューメタルバンド『 NEVADA TAN』が結成されました。 しかしこのバンドは数々の誹謗中傷を受けその後すぐに 改名しています。 この出来事も速報で流れました。 被害者の御手洗怜美さんは当時 小6の12歳。 御手洗怜美さんは明るく活発で 笑顔の可愛い少女でした。 クラスの リーダー的存在でもあり教師からの信頼もありました。 そんな御手洗怜美さんの家族は毎日新聞佐世保支局の 支局長をしていた父親と徳島の大学に進学していた兄と当時 中3だった兄の4人家族でした。 母親は数年前に病死しています。 そんな御手洗怜美さんの自宅は 毎日新聞佐世保支局の3階にあり、しょっちゅう父親の部下が仕事帰りに訪れては一緒に夕食を食べ、談笑するという アットホームな家庭でした。 御手洗怜美さんは ジャガイモが大好きで給食にジャガイモが出ると「私、これさえあれば生きていける」と満面の笑みで言っては クラスメイトを笑わせるという友達も多い面白い少女でした。 御手洗怜美さんが殺害された日、父親が市役所で 記者会見を開きましたがその時間は20時20分でした。 これは司法解剖が終わった 御手洗怜美さんの遺体が運ばれてくるのをマスコミに嗅ぎ付けられないようにあえてこの時間にしたそうです。 またこの時、父親は各マスコミに 御手洗怜美さんの写真を手渡しています。 それは報道する際に 写真が必要だと今までの経験上知っていたからなのですが、報道する側の人間であれど自分の愛娘が自分とも面識のある友人に 惨殺されたばかりなので葛藤もあったようです。 しかし今までの立場上自己犠牲を余儀なくされました。 あまりにも多い マスコミの数にめまいがしたそうです。 この記者会見も速報で報道され、その後御手洗怜美さんは 変わり果てた姿となって帰宅しました。 御手洗怜美さんの兄は佐世保事件が起き速報が流れた当時、 中学校の授業中でした。 後に兄は「授業中に呼び出され 相談室に連れて行かれると校長や教頭、複数の教師がいて神妙な顔をしていた。 そして座った自分に校長が紙に印刷された速報ニュースを渡してきて、それが 自分の妹だというのはすぐにわかった」と語っています。 サイコパスと言われるほどの自己自尊心の高い辻菜摘さんはいったいどのようにして犯行に及んだのでしょうか。 日記でもめインターネット上で口論し 殺害を決意した辻菜摘さんは 3通りの殺害方法を考えます。 佐世保事件が起こった当日、辻菜摘さんは 給食の準備が始まった児童数の多い時間帯に御手洗怜美さんを 学習ルームへ呼び出します。 そしてカーテンを閉め椅子に御手洗怜美さんを座らせ 後ろから手で目隠しをして一気にカッターナイフで 頚動脈を掻き切ります。 血が噴き出しその場に倒れた御手洗怜美さんを辻菜摘さんは15分間 じっと見つめ爪先で踏みつけたり小突いたりして動かなくなったのを確認してから、血だらけのカッターナイフを握り締め血がついた服装のまま 教室へと行きます。 教室に入った辻菜摘さんを見て担任は「 どこか怪我したのか?」と聞きますが辻菜摘さんは「私の血じゃない。 私じゃない!」と叫び担任を学習ルームへと連れて行きます。 そこは 一面血の海で変わり果てた姿の御手洗怜美さんが横たわっていました。 そして辻菜摘さんは担任に言いました「 御手洗怜美さんをたすけて!」と……。 学習ルームに到着し 御手洗怜美さんの姿を見た担任教師はその場で「 救急車!」と叫びました。 その時学習ルームの近くにいた 小3の担任がその叫び声に気付き、慌てて職員室へ行き「怪我をした子がいるようなので救急車を呼んでください」と報告し、12時43分に 教頭が「子どもがカッターでちょっと首なんかを切られたようです」と 救急へ連絡します。 救急隊に状況を聞かれた教頭は「 血がどろどろ出ています」と答え救急隊に「まずは止血してください。 どうして切ったんですか?」と聞かれ「 まだ現在は状況がわかりません」と答えています。 12時46分に救急車が出動しますが教頭は 12時50分に再度救急へ到着はまだかと連絡します。 その際に「状況をもっと聞かせてください」と言う救急隊に対しただ「 危険です」と繰り返し「どの辺を切っていますか」と聞かれたことに「 血まみれなのでどこかわかりません」と答えています。 12時51分に 救急車が到着し、救急隊員が1階にいた教師数名に「 状況を説明できる人は?」と尋ねますが誰もわからず「けが人はどこですか?」と聞かれ一人の教師が「 あそこです」と学習ルームのある上を指差しますが「あそこじゃわかりません」と言われ 学習ルームまで案内します。 しかしその教師は3階にある学習ルームまでは案内せず2階付近で「 この上です」と救急隊員に伝え 職員室へ戻ってしまいます。 12時52分に救急隊員が 学習ルームへ到着しますが御手洗怜美さんの姿を見た救急隊員は「 この子はもうすでに息を引き取っている」と確信したそうです。 救急隊員が学習ルームにいた教師に「誰か状況を説明できる人はいませんか?」と尋ねると「 一人います」と言って事務室へ案内されます。 そこには 血だらけの辻菜摘さんがいて「 私がカッターで切りました」と話し始めたそうです。 このとき教師は初めて辻菜摘さんが御手洗怜美さんを 切りつけたと知りました。 その後辻菜摘さんは 長崎県警佐世保警察署により補導されます。 ニュース速報が流れたのはその頃だと思われます。 佐世保警察署は同日夕方に児童福祉法に基づき、 佐世保児童相談所に通告。 佐世保児童相談所の委託により当日は長崎県警が辻菜摘さんの身柄を 一時保護します。 御手洗怜美さんの亡骸は長崎大学医学部に送られそこで 司法解剖が行われ、死因を首の頚動脈を切られ大量出血したことによる 失血死と断定しました。 御手洗怜美さんの体からは 血液のほとんどが流れ出ていたそうです。 また首の傷跡は一箇所だけではなく何回も同じ場所を切られており、司法解剖を行った医師もあまりに多い傷跡に驚いたそうです。 また教師が誰一人として 状況を説明出来ず、小6の女子児童に説明させた学校側の対応を 不適切だとして批判する声も多いことから、保健福祉部長は「教師も何が起こったのか全くわからない状況で パニック下にあったことを理解して欲しい」と述べています。 長崎県警佐世保警察署にて 一時保護となった辻菜摘さんは警察署内で被害者の御手洗怜美さんに対し「すまないことをした」「ごめんなさい」と何度も泣きながら繰り返しており 反省する様子が伺えるものの、御手洗怜美さんを 殺害した動機については話さなかったそうです。 今回の佐世保事件のような犯罪を犯した14歳の未成年 触法少年 は刑事責任を問われないため、補導はされますが 逮捕はされない仕組みになっています。 そのためこの佐世保事件のような事案が発生した場合は警察はまず児童福祉法に基づき、 管轄の児童相談所に通告します。 通告を受けた管轄の児童相談所は事件の関係者に話と聞いたり調査をしてその事実を元に 訓戒 物事の善悪などを教えたり諭したりして戒めること か、 在宅による指導を行うか、厚生施設への 入所措置を決めます。 殺人などの凶悪な事件の場合は 家庭裁判所へ送致される場合もあります。 今回の佐世保事件の加害者である辻菜摘さんはこれに当たります。 家庭裁判所はこれを受けて 審判を開始するか開始しないかを決め、審判を開始した場合は事件の内容や加害者の状況を踏まえ 保護観察処分か、 児童自立支援施設への入所措置や 養護施設への送致での 保護処分を決定するのです。 佐世保事件が起こった 翌日の6月2日、捜査員が辻菜摘さんの 自宅を訪問し家族と面談して事情を聞きます。 その後佐世保児童相談所は佐世保警察署で 佐世保児童相談所の職員が辻菜摘さん本人や家族と面談した内容を確認した上で、辻菜摘さんの 処遇を決定するための会議を開始し、午後に 長崎家庭裁判所佐世保支部へ送致することを決定しました。 このこともニュース速報で流されています。 長崎家庭裁判所佐世保支部は辻菜摘さんと面談をし、質問や受け答えなどにより辻菜摘さんの 性格や生活の仕方などを調査し、自己中心的な素振りを見せた辻菜摘さんにとって どの更正方法が一番適しているのかを見極めるために最長4週間少年鑑別所に収容するという 観護措置をとりました。 辻菜摘さんが今まで育ってきた環境や心理状態を十分に調査した上で 審判を開始するかどうかを審議し、翌日の6月3日に 2週間の観護措置と審議開始を決定しました。 6月14日、長崎家庭裁判所は 第一回目の審判を通常の家庭裁判所ではなく辻菜摘さんが収容されている少年鑑別所で行いました。 この審判の中で辻菜摘さんに対して 精神鑑定を行うことが決定されました。 翌日の15日には当日から8月14日までの 61日間にわたり精神の鑑定をするために施設などに留置される「 鑑定留置」を決定し、佐賀県の独立行政法人国立病院機構・肥前精神医療センターへ 身柄を移されることとなりました。 8月5日には長崎家庭裁判所佐世保支部が辻菜摘さんの 精神鑑定の期間を一ヶ月延長し、9月14日まで 鑑定留置することを決定しました。 9月6日に中断していた 審判が再開され、9月14日に精神鑑定の結果コミュニケーション能力に遅れがある 広汎性発達障害 自閉症やアスペルガー症候群などのコミュニケーション能力に遅延があったり社会性に問題のある発達障害の総称 の可能性があるものの、診断基準を満たすまでの顕著な症状は見られず どの精神疾患なのか特定する確定診断には至りませんでした。 9月15日、この精神鑑定の結果を踏まえ、長崎家庭裁判所佐世保支部は「コミュニケーション能力の低さや共感性の乏しさ」を指摘し辻菜摘さんを 児童自立支援施設へ2年間送致することを決定しました。 辻菜摘さんは鑑定留置の際に行われた 精神鑑定では「広汎性発達障害の可能性はあるが診断基準を満たすまでの顕著な症状は見られない」として診断は下りませんでしたが、後に収容された施設で生活していく中で「 アスペルガー症候群」の診断が下りました。 アスペルガー症候群とは 知的障害を伴わない自閉症であり、ジェスチャーや表情で表現することが難しく 相手の気持ちや雰囲気を察したりすることが困難なためコミュニケーションを計りにくい、 学習能力は高いが団体生活が苦手、こだわりが強く自分の中に 譲れないルールがある、自分の好きなことに関しては とことん没頭する、自己自尊心が強くプライドが高いなどの特徴があります。 辻菜摘さんの これまでの生活を見ていると「日記で NEXTを使われて怒った」「バトル・ロワイアルの 同人小説をウェブで公開する・ 殺害方法もバトル・ロワイアルに酷似」など いくつか当てはまる節がありますよね。 また辻菜摘さんの父親や母親の話しでは「小さい頃はおとなしく手のかからない子どもだった」とありますが、これもアスペルガー症候群の 症例の一つにあります。 この「こだわり」や「自分ルール」・「コミュニケーション能力」が引き金となり辻菜摘さんはこの事件を起こしてしまったのです。 また辻菜摘さんは サイコパスと言われていますが、世界中で凶悪犯罪を起こした殺人犯達も 発達障害や精神疾患を患っているサイコパスが多いのも事実です。 ただここで 注意して頂きたいのは確かにサイコパスには発達障害のある人も多いのですが、発達障害が犯罪に直結するのではなく 様々な要因の一つに過ぎないと言うことです。 この佐世保事件の約1年ほど前に起きた事件の加害者が 精神鑑定で発達障害と診断されたとニュース速報で流れた際に「 発達障害だから事件を起こした」といった誤った情報が流れてしまい、全く 無関係の発達障害の人がひどい目に遭ってしまうという悲しい出来事が起こったりしています。 「発達障害の人が事件を起こす」のではなく「事件が起きた様々な要因の中の一つに 発達障害の影響もある」と言う事なのです。 現在は発達障害に関する 情報や知識もだいぶ溢れてきて、理解も深まってきているのでそういった 誤った情報は流れないかもしれませんが、当時はあんまりメジャーではなかったのでそういった誤った情報が流れてしまったのでしょう。 9月15日の長崎家庭裁判所の決定を受け、辻菜摘さんは栃木県氏家町 現在はさくら市 にある児童自立支援施設『 国立きぬ川学院』に収容されることとなりました。 このきぬ川学院は 女子専用の行動を強制的に制限することのできる 鍵付きの個室がある児童自立支援施設で、集団生活をする寮もあります。 定員数は100名で精神科医や専門員が常駐しており 個別に指導してコミュニケーション能力や社会性が身につくように支援する施設です。 2006年6月30日、佐世保児童相談所は辻菜摘さんの行動の自由を強制的に制限できる「 強制措置」を2006年9月15日から向こう2年間の間に最長で 90日延長するよう長崎家庭裁判所佐世保支部に申請し、9月7日に審判を開き 通算50日の強制措置の延長を決定しました。 2008年5月28日佐世保児童相談所は辻菜摘さんの 更生状況や心身の成長具合などからこれ以上の 強制措置は不要と判断し、この先は強制措置は延長しないと決定しました。 辻菜摘さんは収容されている間、特に暴れたり 問題を起こしたりと言うこともなく集団生活の中で人間関係を築けるよう精神科医による 定期的なカウンセリングを受けたりなどの 努力をしていました。 辻菜摘さんは2008年の3月に国立きぬ川学院内にある中学校を卒業しています。 被害者である御手洗怜美さんさんの父親は事件当時 毎日新聞佐世保支局の支局長でした。 事件発生の3年前に妻を 病気で亡くし、男手一つで育ててきた娘が殺されるなんて 夢にも思わなかったでしょう。 学校から連絡が入った父親はすぐに 学校に駆けつけます。 その後すぐに警察が学校に到着し 佐世保警察署に移動して被害者聴取を受けます。 警察署に行くまでの間に 会社に立ち寄り仲間に事件の内容を話し、自分は関係者だから指揮を取れないから 応援を呼ぶように部下に伝え警察署へ向かいます。 当時中3だった兄は事件後 5時間目の授業中に呼び出され、相談室へ行くと校長と教頭、他に数名の教師がおり 神妙な表情で待っていたそうです。 不思議に思いながら座ると校長が 紙に印刷された速報ニュースを手渡し「これを読んで」と言ってきたそうです。 読み進めていくうちに自分の妹が 同級生に殺されたとわかり教師に「やったのは誰ですか?」と聞くと「 そんなことは考えなくていい」と言われたそうです。 それは事件前に御手洗怜美さんより辻菜摘さんと 日記のことで仲違いをしたことを相談されていたことです。 解決する方法を聞かれた兄は「落ち着くまでは日記をやめたほうがいいんじゃないか?」と アドバイスをしたのですが、それ以降御手洗怜美さんから 相談を受けることは無かったので仲直りしたと思っていたそうなのですが、あの事件が起きてしまい「 自分のアドバイスはあれで良かったのだろうか?」という悩みを抱えるようになり、 答えの出せない自問自答で自分を追い詰めてしまいます。 そのうち他の事が考えられなくなり、全く手をつけられないようになり学校へ行っても 体調が悪くなり保健室通いになってしまいます。 しかし父親に心配をかけたくない兄は 打ち明けることが出来ず、出席日数が足りなくなり このままでは留年になるという学校からの通知で父親はようやく 兄の現状を知ることとなりました。 その事態を重く見た父親は自分が 息子の気持ちに気付いてやれなかったと反省すると同時に息子が カウンセリングを受けると言い出したのでそのための 医者を二人で探し始めます。 しかし兄は話したいことはあるのにそれを うまく言葉に出来ず、医者もうまく 引き出してくれないため結局はこういう事件があったと言うことを話すだけで終わってしまったそうです。 しかし大学2年生のときに佐世保にいた頃によく家に遊びに来ていた 記者で事件のルポルタージュの著者の男性が兄に「 事件の話を聞かせて欲しい」と訊ねてきたことにより 今まで溜め込んできた気持ちを吐き出せるようになったそうです。 インタビューを受け、記者がそれを文字に起こしたのを見て初めて「自分はこれを言いたかったんだな」と 自分の気持ちが理解できたそうです。 この悲惨な佐世保事件の 影響は様々なところに現れました。 また学校の教員や関係者、被害者家族には PTSD 心的外傷後ストレス障害 や、悲惨な現場を目の当たりにした救急隊員には 惨事ストレスの症状が現れるようになりました。 またこの事件と約1年前にある少年が起こした事件の影響を受け、それまでは 少年院収容年齢が14歳以上となっていましたが 少年法が改正され「 おおむね12歳以上」とされました。 この「おおむね」というのは12歳より1歳前後の幅があり 小5の一部から小6も少年院送致になることとなりました。
次の
小学生が小学生を殺害するという異例の事件に、どのマスメディアもトップニュースとして扱いました。 事件があったのは市立大久保小学校 事件が起きたのは「大久保小学校」という市立小学校です。 現在でも存在する小学生で、ホームページには「みんな輝いて おおくぼしょうがっこう」というスローガンが掲載されています。 同級生を殺害したのは当時小学6年生だった辻菜摘 そして同級生を刺し殺したのは、この大久保小学校に通う6年生の「辻菜摘(つじなつみ)」という児童でした。 彼女は普段から激高しやすい危ない性格だったと言われていますが、詳しい性格などについては後半でご説明させていただきます。 殺害されたのは御手洗怜美さん そして辻菜摘に殺害されてしまったのは、同じく6年生の「御手洗怜美(みたらいさとみ)」という児童でした。 ちなみに「御手洗」という苗字は全国でも5,400人ほどしかいない珍しい苗字です。 彼女の性格などについても、のちのち詳しくご説明させていただきます。 むしろ「カフェスタ」というサイトのチャットや電子掲示板などでコメントを投稿しあうほど仲が良かったといいます。 「カフェスタ」とは自分のアバターを使って交流しあうコミュニケーションポータルサイト(2009年5月サービス終了)です。 そのサイト内で、2人ともそれぞれのウェブサイトを運営していました。 2人とも絵を描くのが好きだったことから、意気投合 「カフェスタ」で仲が良かっただけでなく、2人には絵を描くという共通の趣味があったため現実でも意気投合していました。 お互いに絵を見せあったりもしていたようです。 事件後に辻菜摘が描いた絵がテレビで放送され、「怖い」「不気味」だと話題になったこともありました。 その絵は現在でもネット上に出回っています。 事件の4か月ほど前には、「バトルロワイアル」の小説を友達に貸し出しています。 「ボイス」 「ボイス」とは元々2002年に韓国で公開されたホラー映画で、2003年の日本公開に合わせて角川ホラー文庫より出版された小説になります。 作家は吉村達也です。 ストーカー行為に悩まされていた女性記者ジウォンは、携帯電話を新しく6644に変えた。 と、その日から悲鳴とも泣き声ともつかぬ不気味な電話がくるようになり、偶然それを耳にした親友の幼い娘が、怒れる女の人格に取り憑かれ、呪いの言葉を吐きはじめた!驚いたジウォンが6644の番号契約履歴を調べると、過去にその番号をもらった人間は全員死んでいた…。 (引用:Amazon) 「バトルロワイアル」 「バトルロワイアル」は、1999年に発行された高見広春によるホラー小説です。 残虐な内容と、2000年に藤原竜也主演で映画化されたことで大きな話題を呼びました。 監督は深作欣二が務めています。 瀬戸内海に浮かぶ小島の分校。 42名の中学3年生たちは、新しい担任と名乗る見知らぬ男から「プログラム」の開始を告げられる。 クラスメート同士が与えられた武器で殺し合い、ただ1人の勝者を決めるという残酷な椅子取りゲームだ。 (引用:Amazon) 次第にホラー小説などの影響を受けるように また、前述した作品以外にも多くのホラー小説に興味を抱き、2000年に公開された「呪怨」というホラー映画の書籍版を買いたいと、父親にお願いしていたことが分かっています。 色々なホラー小説を読んでいくうちに辻菜摘自身も小説の影響を受けて、現実での言動に変化が表れるようになってしまいます。 その言動については少しあとに詳しくご説明します。 御手洗さんとは仲が良くウェブサイト、交換日記もしていた.
次の
佐世保事件とは、2004年の6月1日に長崎県で起きた小学生による殺害事件です。 現場となったのは佐世保にある小学校で、当時11歳の女児が同級生の女児をカッターナイフで切りつけ殺害するという猟奇的な殺人事件でした。 加害者の年齢があまりにも幼く、刑事責任を問う年齢の範囲外でもあったこの事件は世界中に衝撃と波紋を広げました。 また事件の詳細から、背景にクラスの学級崩壊があった事や、人間関係がこじれていったネットトラブル、発達障害についてなど、当時の子供たちが直面していた要因も注目されました。 加害者女児はホラー小説や残虐性のある作品にも影響を受けており、佐世保事件の後にはテレビドラマの放送自粛や、R15指定作品の発売延期も起きる事態となりました。 佐世保事件とは2004年6月1日に長崎県佐世保市の佐世保市立大久保小学校で起きた殺人事件です。 殺害されたのは当時小学6年生の御手洗怜美で、同級生の辻菜摘から呼び出されカッターナイフで喉と左手を切られ死亡しました。 辻菜摘はまだ小学生でありながらも被害者女子の傷は深く、左手の甲は骨が見えていたそうです。 事件当時の大久保小学校校長は出崎睿子で、文部科学省はこの事件を長崎県佐世保市女子児童殺害事件という呼称で取り扱っています。 加害者の辻菜摘は11歳という年齢であった事から、法律上の刑事責任を問われない事にもなる為、事件全体の行方も大変注目されていました。 そして今現在もこの悲惨な事件を風化させないよう、大久保小学校の校長室には御手洗怜美の使用していた机といすが置かれています。 佐世保事件が発生したのは2004年の6月1日の給食の時間に差し掛かった時でした。 加害者の辻菜摘が被害者となった御手洗怜美を学習ルームに呼び出し、辻菜摘はカーテンを閉めて椅子に座らせ、後ろから手で目隠しをして座っている状態の御手洗怜美をカッターナイフで切りつけました。 御手洗怜美の首の傷口は深さ10cmで死因は出血多量でした。 また辻菜摘は殺害した後に担任を呼びに行き、御手洗怜美の為に助けを求めました。 しかしその後の供述によれば辻菜摘は御手洗怜美を殺害してから15分ほど様子を伺い続け、最終的に御手洗怜美が死亡したかを確認したようです。 傷の深さは、辻菜摘がためらう事も無く殺意を込め、力いっぱい切りつけた事を表しています。 辻菜摘の供述によると、動機となったのは佐世保事件の起きる前月に御手洗怜美が辻菜摘を背中におぶった際に「重い」と言った事で辻菜摘は怒りの感情を持ったようです。 実際に辻菜摘は太っていたわけでは無かったようで、真意は不明ですがそこから2人の仲はよくない方向へこじれていく事になったようです。 この動機についても色々な見方をしたものがあります。 客観的な推測から、辻菜摘の父親が障害を患い辻菜摘も家族に対しストレスがあった説に、御手洗怜美の父親へ嫉妬の感情を持っていたという説も存在するようです。 辻菜摘の殺意は最初、父親の御手洗恭二に向けられていたというネット記事などもちらほら出されました。 いづれも定かではありません。 辻菜摘の11歳という年齢は幼く、真実を引き出すことも現実問題難しいのかもしれません。 佐世保小6女児殺害事件は全世界に反響を及ぼしていました。 日本での小学生が起こした凶悪犯罪は、以前からもしばしばありました。 しかし学校内部で起きる暴力行為などは年々減少している傾向であったため、再び少年法の改正についてや、児童保護という観点で対策の見直しが重要視されることとなります。 またこの佐世保小6女児殺害事件では、小学生ですでにインターネットのウェブサイトを使用して、コミュニケーションをとる手段が浸透しているという事も世間に強く印象付けました。 また、加害者の辻菜摘が自身で手に入れたR15指定の映画作品を度々見ていたという事から、DVD「バトル・ロワイアルII・特別編~REVENGE」の発売も延期されました。 佐世保事件のきっかけは、事件の起こる前月の5月に御手洗怜美が辻菜摘を背中におぶった際に「重い」と言い、辻菜摘が腹を立てた事でした。 そしてその後、御手洗怜美はインターネットの自身のウェブサイトにて、辻菜摘の事を「言い方がぶりっ子だ」と書き込みました。 辻菜摘本人は元々仲の良かった御手洗怜美のパスワードを知っていた為に、御手洗怜美のウェブサイト管理画面より、不正にパスワードを使用して書き込みを削除します。 御手洗怜美は削除された内容を再び書き込み、この書き換えについて「荒らしにアッタンダ。 マァ大体ダレがやってるかワかるケド」と辻菜摘へあてた内容の書き込みをします。 辻菜摘はその後も御手洗怜美のアバターを削除しカボチャのアイコンに差し替えをおこなったりと、怒りは増幅しネットトラブルにも発展していきました。 小学6年生になると、成績が悪くなった事や、帰宅が遅くなる際に田舎道を1人で歩くのは危険だという理由で、親から部活を辞めされられました。 その際に辻菜摘と両親が争うという事は特に無かったようです。 辻菜摘は小説が好きで、中でも「ボイス」や「バトルロワイヤル」などのホラーや殺人など残虐性の強い作品を特に気に入っていたようです。 ちなみに当時の辻菜摘の将来の夢は小説家や漫画家と語っていました。 辻菜摘は事件を起こした前日に、テレビドラマの「ホステス探偵危機一髪6」を見ており、ストーリーにはカッターで殺害するというシーンも含まれています。 その後の供述で、このシーンから殺害方法のヒントを得た事を話したそうです。 娘が事件を起こす2、3日前、私は「チソン、愛してるよ」という本の広告を見つけました。 交通事故で顔と身体にひどい火傷(やけど)と障害を負った韓国の女子大生が、最初は絶望していたけれども、やがてありのままの自分を見つめ、全身の障害と戦いながら前向きに生きるようになるまでを書いた手記だということでした。 私が娘に内容を説明して「こんな本があるよ。 すごいね。 読んでみる?」と尋ねると、娘は興味を持った様子で、「読んでみたい」と言いましたので、私はすぐにこの本を注文しました。 事件の前夜、私が娘に「今日、本を発送したそうだよ。 2、3日で届くよ。 楽しみだね」と言いましたら、娘はにこにこして嬉(うれ)しそうに「うん」とうなずいていました。 しかし、その翌日に、娘は事件を起こしてしまいました。 引用元: 通常14歳以下は刑事責任を問われませんが、今回の佐世保事件では長崎地方裁判所佐世保市局が加害者の辻菜摘について、精神鑑定を行っています。 精神鑑定は84日に渡りました。 鑑定結果は人間関係を築く能力に遅れが見られる、ある種の発達障害の可能性を指摘しつつ、特定の精神疾患の確定診断には至っていないとなっています。 世間やネット上ではカッターナイフで斬殺するという強烈な犯行手口からも、加害者の辻菜摘はサイコパスではないかという声も多く見られていました。 また長崎佐世保家裁支部の最終審判が開かれた際に、家庭調査官のうちの1人の女性が涙ながらに「私はまだあなたの心が見えない」と反省や謝罪を促すような口調で詰め寄ったが、辻菜摘は困惑した表情を浮かべたまま一切謝罪に応じる事は無かったそうです。 アスペルガー症候群とは発達障害の1つで、生まれつきの脳機能と発達のアンバランスさと、環境や人との関わりなどにより生じたミスマッチで、社会生活の困難さが起きた時に表れる症状です。 厚生労働省はアスペルガー症候群を広汎性発達障害(広い意味での自閉症の1つのタイプ)と定義しています。 言葉の発達や知的発達の遅れは無いとされています。 アスペルガー症候群は記憶力が優れていて勉強もよくできるという場合もあります。 しかし自分の中の規律を乱されると混乱をする性質から、英文法の構造、数学の構造の原理が理解出来ない、イメージで物事を捉えられないという兆候もよく見られます。 そしてマイルールによる異常なこだわりも特徴的です。 またアスペルガー症候群は約4000人に1人の確率で発生すると言われています。 アスペルガー症候群の1つ目の症状は、人間関係において困難が生じるような社会性の障害がみられる症状です。 対人関係において相手の気持ちを汲み取る事や、その場の「空気を読む」といった事が苦手な所が特徴的です。 自分の発した言葉や取る行動で相手がどんなふうに感じるかを想像するのも苦手の為、ストレートで率直な発言もします。 その為、アスペルガー症候群の人は「無神経な人」や「常識が無い人」というふうに誤解されてしまう事もあるようです。 本人には悪意が無く、なぜ周囲の人たちから自分はそんな風に言われるのかも理解できずに孤独感や疎外感を抱く人も多いようです。 突拍子の無い一言で場の空気を凍らせてしまうのもよくある事のようです。 佐世保事件の起こった日、父親の御手洗恭二は慌ただしい中で娘の司法解剖とマスコミの前での会見時刻をほぼ同時にして、新聞社支局長として記者が必要であろう写真を用意しました。 1人で対応を引き受けて家族を守ろうとだけ考えていたそうです。 10年後の講演の中で兄は当時の父はうつろな様子で「この人自殺するかもしれない」と思ったと語っています。 また中学3年生だった兄は事件が起きた際に突然校長から相談室へと呼ばれて、ネットニュースのコピーを見せられ、妹の事を聞かされました。 ショックでありながらも涙が出ることはなく、2時間ほど教員たちと座っていたそうです。 その後、深夜になって司法解剖の済んだ妹の遺体と対面した時にはやっと涙があふれたそうです。 佐世保事件から10年が経ち、当時の御手洗恭二の部下である川名壮史が執筆した「謝るなら、いつでもおいで」を出版しました。 なお、この本のタイトルは当時中学3年生だった御手洗怜美の兄が、辻菜摘に言いたかったという言葉を使用しているそうです。 本の後半部分には、御手洗恭二と兄へのインタビューも掲載されています。 著者の川中壮史は長野県出身の新聞記者で、早稲田大学を卒業後に毎日新聞へ入社しました。 御手洗怜美が小さい時から家族ぐるみの付き合いをしていた1人で、10年に渡って佐世保事件の取材を続けてきました。 そしてこの本の中では佐世保事件当時の当事者への社会の反応について振り返ってまとめ、少年法の在り方についてなども綴られています。 また辻菜摘のネバダたんは確かに可愛いので困るという川名壮史の心境も語られました。 その後の辻菜摘は法務省関係者と養子縁組を行っていて、結婚もしているようです。 また完治の難しい病気にかかり闘病生活を送っているなども囁かれています。 実際はどうしているのかはっきりとは公開されていませんが、年齢的に結婚して子供がいるというのも十分あり得る事です。 どのような結婚相手なのか、結婚相手に事件のことを明かしたのかも不明です。 辻菜摘は現在、更生して社会に復帰を果たし、結婚して幸せになっているかもしれません。 しかし一方の被害者遺族は複雑な心境のままです。 活動を通しながら辻菜摘に生きていてほしいと前提したうえで、辻菜摘の現在の心境を知りたい、当時の自身の行動を反省した上で今でも謝罪をして欲しいと遺族たちは希望しています。
次の