下北沢成徳高校に進学。 在学中にアジアジュニア選手権、世界ジュニア選手権を経験。 パイオニアレッドウィングスに入団。 2009年全日本女子代表に選出されグラチャンバレー2009に出場。 2014年パイオニアレッドウィングス廃部後 埼玉上尾メディックに移籍。 2017年より再び全日本女子代表に選出。 【関連記事】• 佐藤 美弥(12) 名前 :佐藤 美弥(さとう みや) 生年月日 :1990年3月7日 年齢 :29歳(2019年現在) 出身地 :秋田県秋田市 血液型 :A型 身長 :175cm 体重 :63kg 所属 :日立リヴァーレ 相性 :ミイ ポジション:セッター 小学校4年生の時に友人に誘われてバレーボールを始める。 聖霊女子短期大学付属高等学校に進学。 春高バレーやインターハイで活躍。 嘉悦大学に進学後、 大学3年生の時に全日本女子代表に選出。 2011年には日立リヴァーレに入団。 2013年-2014年シーズンでは 正セッターとしてチームの昇格に貢献。 2014年に再び 全日本女子代表として選抜される。 2015年-2016年のシーズンではプレミアリーグで日立リヴァーレをファイナル進出に導く。 敢闘賞・ベスト6賞受賞。 【関連記事】• 名前 :田代 佳奈美(たしろ かなみ) 生年月日 :1991年3月25日 年齢 :28歳(2019年現在) 出身地 :滋賀県栗東市 血液型 :O型 身長 :173cm 体重 :70kg 所属 :CSMブカレスト 相性 :ジン ポジション:セッター 母親に影響されて小学校1年生のときからバレーボールを始める。 中学時代に長野県選抜としてJOCカップで優勝 古川学園高校では 春高バレー準優勝 2007年 アジアユース選手権優勝を経験。 2009年に東レアローズに入団 2012年に全日本女子代表に選出。 第3回アジアカップ女子大会に出場。 2013年10月 第1回世界U23女子バレーボール選手権にて 銅メダル獲得。 2016年リオデジャネイロオリンピック予選に出場。 2018年 東レアローズ退団を発表。 ルーマニアのバレーボールクラブチーム CSMブカレストへ移籍。 【関連記事】• 宮下 遥(6) 名前 :宮下 遥(みやした はるか) 生年月日 :1994年9月1日 年齢 :24歳(2019年現在) 出身地 :三重県桑名市 血液型 :B型 身長 :177cm 体重 :58kg 所属 :岡山シーガルズ 相性 :はるか ポジション:セッター 小学校1年生からバレーを始める。 2009年に 岡山シーガルズに入団。 黒鷲旗大会に出場。 14歳8ヶ月での出場は史上最年少。 プレミアリーグデビュー 15歳2ヶ月でのプレミアリーグ出場も史上最年少。 2010年 全日本女子代表に選出。 アジアカップ出場。 2013年大阪国際滝井高等学校を卒業。 ワールドグランドチャンピオンズカップに出場。 2013年-2014年の プレミアリーグで 準優勝。 敢闘賞・ベスト6受賞。 2014年より 東京オリンピック強化選手「Team CORE」に選出。 【関連記事】• 関 菜々巳(25)初選出 名前 :古賀 紗理那(こが さりな) 生年月日 :1996年5月21日 年齢 :23歳(2019年現在) 出身地 :佐賀県神崎群 血液型 :B型 身長 :180cm 体重 :66kg 所属 :NECレッドロケッツ 相性 :サリナ ポジション:ウィングスパイク 母親の影響で小学校2年生の頃よりバレーボールを始める。 2011年全日本中学校バレーボール選手権出場。 最優秀選手に選出。 熊本信愛女子学園高等学校に進学。 2012年にアジアユース選手権 優勝。 MVP・ベストスコアラーを獲得。 2013年春高バレーベスト4進出 優秀選手賞受賞。 インターハイでは 準優勝。 ベスト6・優秀選手賞受賞。 同年に 全日本女子代表に選出。 第1回世界U23女子バレーボール選手権のメンバーとして 銅メダル獲得。 2015年 NECレッドロケッツに入団。 2016年-2017年シーズンではNECの 優勝に貢献。 最優秀選手賞・ベスト6受賞。 【関連記事】• 新鍋 理沙(4) 名前 :新鍋 理沙(しんなべ りさ) 生年月日 :1990年7月11日 年齢 :29歳(2019年現在) 出身地 :鹿児島県姶良郡福山町 血液型 :B型 身長 :173cm 体重 :64kg 所属 :久光スプリングス 相性 :リサ ポジション:ウィングスパイク 両親の影響で小学校1年生からバレーボールを初めた。 鹿屋中央高等学校に進学。 2006年 インターハイ優勝 2007年 春高バレーベスト4 2009年に 久光製薬スプリングス入団 2010年-2011年のシーズンでは久光製薬スプリングスを3位に導いた。 最優秀新人賞受賞。 2011年 全日本女子代表に選出。 モントルーバレーマスターズ、ワールドカップバレーに出場。 2012年ロンドンオリンピック最終予選出場。 同年 オリンピックで 銅メダル獲得に貢献。 2012年-2013年のシーズンでは 久光製薬スプリングスの 6年ぶりの優勝に貢献した。 よく 2013年-2014年シーズンにはチーム 2連覇を達成。 MVP・サーブレシーブ賞・ベスト6受賞。 2014年 ワールドグランプリ・世界選手権出場 2016年-2017年シーズンではプレミアリーグの個人賞受賞回数が8回に達したことから Vリーグ栄誉賞を受賞。 2017年には全日本女子代表に再選出。 アジア選手権では優勝に貢献。 MVPを受賞。 【関連記事】• 名前 :石井 優希(いしい ゆき) 生年月日 :1991年5月8日 年齢 :28歳(2019年現在) 出身地 :岡山県倉敷市 血液型 :A型 身長 :180cm 体重 :68kg 所属 :久光製薬スプリングス 相性 :ユキ ポジション:ウィングスパイク 母親の影響で小学校2年生からバレーボールを始める。 就実高等学校に入学。 春高バレーやインターハイに出場。 2010年 久光製薬スプリングスに入団。 2011年 全日本女子代表に選出。 モントールバレーマスターズに出場。 2013年-2014年に プレミアリーグで サーブ賞を受賞。 2016年-2017年シーズンでは チーム準優勝に貢献。 敢闘賞を受賞。 2017年-2018年シーズンでは チームを優勝に導いた。 最高殊勲選手賞・レシーブ賞・ベスト6受賞。 【関連記事】• 内瀬戸 真実(8) 名前 :内瀬戸 真実(うちせと まみ) 生年月日 :1991年10月25日 年齢 :27歳(2019年現在) 出身地 :宮崎県延岡市 身長 :170cm 体重 :69kg 所属 :トヨタ車体クインシーズ 相性 :マミ ポジション:ウィングスパイク 延岡学園高校出身。 在学中は1年生からレギュラー選手として活躍されており、 インターハイや春高バレー等に出場し活躍。 卒業後は鹿屋体育大学に進学。 大学4年生の時に 全日本バレーボール大学男女選手権大会で 優勝。 スパイク賞・ブロック賞・レシーブ賞を受賞。 2013年に 日立リヴァーレに入団。 2013年-2014年シーズンでは Vリーグ20周年ニューヒロイン賞を受賞。 2014年 全日本代表選手に選出。 モントルーバレーマスターズに出場。 同年 ワールドグランプリで 銀メダルを獲得。 2015年ワールドカップ出場。 2017年日立 リヴァーレを退団し、 イタリアセリエA2のヘ ルマエア・オルビアに移籍。 2018年 トヨタ車体クインシーズに入団。 名前 :鍋谷 友理枝(なべや ゆりえ) 生年月日 :1993年12月15日 年齢 :25歳(2019年現在) 出身地 :神奈川県川崎市 身長 :176cm 体重 :55kg 所属 :デンソーエアリービーズ 相性 :レイ ポジション:ウィングスパイク 両親が青山学院大学の体育会バレー部の出身というバレーボール一家に生まれる。 小学校3年生からバレーボールを始める。 東九州龍谷高等学校に進学 3年生の時にキャプテンを務め 第64回全日本バレーボール高等学校選手権大会で 優勝。 最優秀選手賞を受賞。 2012年 デンソーエアリービーズに入団。 同年、第3回アジアカップ女子大会の日本代表メンバーに選出される。 2013年 第1回世界U23女子バレーボール選手件で 銅メダルを獲得。 2018年-2019年よりゲームキャプテンを務める。 黒後 愛(16) 名前 :黒後 愛(くろご あい) 生年月日 :1998年6月14日 年齢 :21歳(2019年現在) 出身地 :栃木県宇都宮 血液型 :B型 身長 :180cm 体重 :70kg 所属 :東レ・アローズ 相性 :アイ ポジション:ウィングスパイク 父親が大学でバレーボール部の監督、姉もバレーボール選手といったバレーボール一家に生まれる。 バレーボールは小学校3年生の時から始める。 私立若松原中学校に進学。 2年生の時に 全日本中学選抜に選出。 3年の時に出場下全国都道府県大綱中学校バレーボール大会では2回戦敗退するも 優秀選手賞を受賞。 下北沢成徳高等学校に進学。 2014年に 東京オリンピック強化選手である「Team CORE」のメンバーに選出。 2015年に第14回世界ユース女子選手権大会出場。 ベストサーバー賞受賞。 春高バレー ベスト8 2016年 春高バレー優勝。 MVP獲得。 インターハイ優勝 優秀選手賞、バスト6受賞。 2017年 春高バレー2連覇 MVP受賞。 2017年 東レアローズに入団。 2017年 全日本女子代表に選出。 ワールドグランドチャンピオンズカップに出場。 2017年-2018年シーズンのプレミアリーグ 最優秀新人賞受賞。 【関連記事】• 名前 :今村 優香(いまむら ゆうか) 生年月日 :1993年9月2日 年齢 :25歳(2019年現在) 出身地 :東京都荒川区 血液型 :AB型 身長 :175cm 体重 :70kg 所属 :久光製薬スプリング 相性 :ユウカ ポジション:ウィングスパイク 友人に誘われ他ことがきっかけでバレーボールを始める。 青山学院大学に入学。 関東大学バレーボール1部リーグでは、 2012年秋季・2013年春季・2013年秋季の3連続優勝に貢献。 2013年春季リーグでは、ベストスコアラー賞・スパイク賞を受賞し、 2013年秋季リーグではベストスコアラー賞を獲得した。 2013年4月、全日本女子メンバーに初選出される。 5月のモントルーバレーマスターズで全日本代表デビュー。 6月、ユニバーシアード代表に選出。 10月の第6回東アジア競技大会 [10]ではチーム最多得点で銀メダル獲得に貢献した [11]。 12月の全日本インカレではチームのエースとして準優勝に大きく貢献。 自らもベストスコアラー賞に輝いた。 2015年7月に光州市で行われた第28回ユニバーシアードに出場。 銅メダル獲得に貢献。 同年12月17日、V・プレミアリーグの久光製薬スプリングスは今村ら3選手の入団を発表した。 2017年ユニバシアード代表候補となり、 7月にベトナムで開催されたVTVカップに出場。 優勝に大きく貢献しMVP及びベストスコアラーに選出。 二大会連続出場となるユニバーシアードでは主力として活躍し、 11大会ぶりの銀メダル獲得に大きく貢献した。 長内 美和子(21) 初選出 名前 :長内 美和子(おさない みわこ) 生年月日 :1997年7月19日 年齢 :22歳(2019年現在) 出身地 :東京都葛飾区 血液型 :A型 身長 :173cm 体重 :64kg 所属 :日立リヴァーレ 相性 :ミワ ポジション:ウィングスパイク 小学校3年生の頃から地元のクラブチームでバレーボールを始める。 2010年文京学院大学女子中学校入学。 先輩に田原愛里がいる。 2012年 第26回全国都道府県対抗中学校バレーボール大会で東京代表として参加。 チーム優勝と最優秀選手賞を受賞。 2015年には平成27年度全国高等学校総合体育大会バレーボール競技大会に出場。 大会直前に 緊急入院するも病気を押して出場。 チームを準優勝に導いた。 2016年1月の春高バレーでも大会直前に足を痛めたもののベスト4に食い込むなど、 かなり成績を残している。 同じく1月に 日立リヴァーレの内定選手となりVリーグに登録。 9月には 全日本U-23代表メンバーに選出。 さらに、11月13日の対岡山戦に途中出場しプレミアデビューを果たすと共に、 20得点(アタック19点、エース1点)をあげる。 2017年5月に 第2回アジアU-23女子バレーボール選手権に出場。 全日本は決勝でタイに0-2のビハインドから大逆転で勝利した。 2019年、シニア代表に初選出された。 5月のモントルーバレーマスターズでデビューしネーションズリーグに出場。 名前 :吉野 優理(よしの ゆうり) 生年月日 :1999年12月16日 年齢 :19歳(2019年現在) 出身地 :青森県弘前市 身長 :173cm 体重 :67kg 所属 :上尾メディックス ポジション:ウィングスパイク 秋田市立築山小学校に入学。 5年生の頃に築山スポーツ少年団でバレーボールを始める。 秋田南中学校進学 2014年の 中学校3年生の時に全国中学校大会決勝トーナメント1回戦まで進出。 2015年に秋田県立由利高校に進学し、1年次からベンチ入りを果たす。 高校時代は3年連続で全国大会出場。 2017年の3年生時には春高バレーで8強入り。 当時 「秋田の宝」と言われるほどの活躍を見せ 公立高校で唯一のベスト8入り 2018年に卒業と同時に上尾メディック入団。 2019年バレーボール女子日本代表に選ばれる。 東谷 玲衣 初選出 名前 :東谷 玲衣奈(とうこく れいな) 生年月日 :1999年4月28日 年齢 :20歳(2019年現在) 出身地 :神奈川県座間市 身長 :176cm 体重 :65kg 所属 :デンソー・エアリービーズ 相性 :レイナ ポジション:ウィングスパイク 実母が日本人、実父はガーナ人のハーフ。 小学校2年から地元のクラブに通い始める。 その頃の 指導者は元バレーボール選手の熊田康則。 強豪校である八王子実践中学校に入学。 2014年の 全国都道府県対抗中学校バレーボール大会にエースとして出場。 ベスト4入りを果たし、個人でも 優秀選手賞を受賞。 2016年4月の春高バレーでは チーム準優勝と個人で優秀選手賞を受賞する。 7月には全日本ジュニア代表に選出され、アジアジュニア選手権に出場。 チーム準優勝、個人でベストアウトサイドスパイカー賞を受賞。 2017年12月デンソー・エアリービーズに入団内定 2018年11月上尾メディックス戦で途中出場ののち2得点をあげてリーグデビュー 2019年全日本代表に選出 名前 :石川 真佑(いしかわ まゆ) 生年月日 :2000年5月17日 年齢 :19歳(2019年現在) 出身地 :愛知県 身長 :174cm 体重 :65kg 所属 :東レアローズ 相性 :まゆ ポジション:ウィングスパイク 全日本男子バレーボール代表選手の石川祐希が兄 姉がバレーボールをやっていたことがきっかけで、 小学校4年生からバレーボールを始めた。 中学校で親元を離れてバレーの 名門裾花中学校に進学。 1年生にしてレギュラー入りを果たす。 全国中学校大会優勝2回と準優勝1回という成績に貢献。 3年生時には全国都道府県対抗大会に長野代表で参加し チーム優勝、個人で最優秀選手賞を受賞 下北沢成徳高校に進学 2017年には 春高バレーで優勝 この時のチームの主将は全日本メンバーの黒後愛 名将と言われる小川監督に 「天才」と言わしめる実力の持ち主 変幻自在のスパイクを持ち味にしている 宮部 愛芽世 初選出 名前 :岩坂 名奈(いわさか なな) 生年月日 :1990年7月3日 年齢 :29歳(2019年現在) 出身地 :福岡県福岡市 血液型 :O型 身長 :187cm 体重 :72kg 所属 :久光製薬スプリングス 相性 :ナナ ポジション:ミドルブロック 両親の影響で小学校1年生よりバレーボールを始める。 東九州龍谷高等学校に進学。 2007年 第6回アジアユースバレーボール女子選手権大会 優勝。 世界ユース女子バレーボール選手券大会出場。 2008年 春高バレー、インターハイ優勝。 国体準優勝。 アジアジュニア女子選手権大会優勝。 2009年 久光製薬スプリングス入団。 全日本女子代表に選出。 2011年 モントルーバレーバスターズ 優勝。 ベストサーバー賞受賞。 ワールドカップバレー出場。 ベストサーバー部門2位、ベストブロッカー部門5位にランクイン 2017年全日本女子チームのキャプテンに任命。 アジア選手権では日本を10年ぶりの 優勝に導く。 ベストミドルブロッカー受賞。 【関連記事】• 荒木 絵里香(5) 名前 :荒木 絵里香(あらき えりか) 生年月日 :1984年8月3日 年齢 :35歳(2019年現在) 出身地 :岡山県倉敷市 血液型 :O型 身長 :186cm 体重 :79kg 所属 :トヨタ車体クインシーズ 相性 :エリカ ポジション:ミドルブロック 父親が早稲田大学ラグビー部OB、母親は体育教員というスポーツ一家に生まれる。 幼少より水泳や陸上のクラブに通う。 小学校5年生の時にバレーボールを始める。 中学時代は アクエリアス杯の選抜メンバー・オリンピック有望選手に選出される。 成徳学園高等学校に入学(現・下北沢成徳高等学校) 春高バレー・インターハイ・国体優勝の3冠を達成する。 2003年 東レ・アローズに入団。 入団初年度に アタック決定率2位に入り ベスト6を受賞。 2006年ワールドグランプリに出場。 2007年 アジア選手権で 優勝。 日本としては24年ぶりのことだった。 2007年ワールドカップに全試合スタメン出場。 2008年 天皇杯・皇后杯全日本選手権 優勝。 2007年-2008年のシーズンには 東レ・アローズのリーグ初優勝に貢献。 最高殊勲選手賞・スパイク賞・ブロック賞・ベスト6を受賞。 この時の アタック決定率54. 2008年北京オリンピック出場。 ベストブロッカー賞受賞。 同年イタリアプロリーグセリエAのベルガモへ期限付き移籍。 2009年に東レ・アローズに復帰 東レ・アローズの三連覇に大きく貢献。 スパイク賞・ベスト6受賞。 第59回全日本男女選抜大会で 優勝。 三冠を達成する。 2009年に全日本女子代表のキャプテンとなる。 2012年には ロンドンオリンピックにキャプテンとして出場。 銅メダル獲得。 2013年に四宮洋平と入籍したことを東レ公式サイトにて公表。 東レアローズを退社する。 2014年 上尾メディックで現役復帰。 チームの リーグ初優勝に貢献。 2015年 トヨタ車体クインシーズに移籍 名前 :島村 春世(しまむら はるよ) 生年月日 :1992年3月4日 年齢 :27歳(2019年現在) 出身地 :神奈川県鎌倉市 血液型 :O型 身長 :182cm 体重 :73kg 所属 :NECレッドロケッツ 相性 :ジョン ポジション:ミドルブロック 母親の影響で小学校4年生からバレーボールを始める。 2007年川崎市立橘高等学校に入学。 2010年に NECレッドロケッツに入団。 2012年 サマーリーグにて 大会2連覇に大きく貢献。 MVP受賞。 2012年-2013年にレギュラーを獲得。 第62回黒鷲旗大会で 準優勝。 2013年 全日本女子代表メンバーに選出。 モントールバレーマスターズに出場。 第1回世界U23女子バレーボール選手権で 銅メダルを獲得。 2015年-2016年のシーズンよりNECレッドロケッツのキャプテンを務める。 奥村 麻依(13) 名前 :奥村 麻依(おくむら まい) 生年月日 :1990年10月31日 年齢 :28歳(2019年現在) 出身地 :山口県長門市 血液型 :O型 身長 :177cm 体重 :67kg 所属 :ナコンラチャシマ 相性 :コウ ポジション:ミドルブロック 小学校3年生よりバレーボールを始める。 誠英高等学校に進学。 2008年に 国体優勝。 春高バレーベスト4。 インターハイ出場と活躍を重ねる。 2009年 嘉悦大学に進学 2010年 全日本女子代表に選出。 第2回アジアカップに出場。 2012年全日本女子メンバーに再選。 2013年 JTマーヴェラスへ入団。 2013年-2014年シーズンにおいて 新人賞。 ブロック賞を受賞。 2017年再び 全日本女子代表メンバーに選出。 2018年 JTマーヴェラスより退団。 2018 — 2019年ジーズンは タイのナコンラチャシマでプレー 【関連記事】• 名前 :入澤 まい(いりさわ まい) 生年月日 :1999年6月2日 年齢 :20歳(2019年現在) 出身地 :埼玉県三郷市 血液型 :O型 身長 :187cm 体重 :72kg 所属 :日立リヴァーレ 相性 :マイ ポジション:ミドルブロック 父親の身長が192cm、母親が170cmと高身長の両親をもつ 両親ともにバレーボール経験者だったことから進められて小学校2年生からバレーボールを始める 三郷市立彦糸中学校に進学 2014年には全日本中学校選抜チームのメンバーに選出 同年、 全国都道府県対抗中学校バレーボール大会の埼玉選抜に選出され チームベスト8を獲得。 オールスタードリームマッチに中学生が3名選ばれたがそのうちの1名だった 地元の高校で強豪校である春日部共栄高等学校に進学 3年間絶対的エースとして活躍した 2017年高校生選抜隣タイに遠征 また中学校3年生から高校2年生まで 3年連続オールスタードリームマッチに選出 2017年日立リヴァーレに内定 2018年9月に開催された第6回アジアカップではU23の14人に選出 チームで準優勝という成果を残す 芥川 愛加(24) 名前 :芥川 愛加(あくたがわ あいか) 生年月日 :1991年4月3日 年齢 :28歳(2019年現在) 出身地 :熊本県宇土市 血液型 :A型 身長 :180cm 体重 :60kg 所属 :JTマーヴェラス 相性 :アイカ ポジション:ミドルブロック 全日本女子ベレーを見たことがきっかけで中学校1年生からバレーボールを始める 東九州龍谷高校に進学 2007年にアジアユース選手権大会優勝 2008年アジアジュニア選手権優勝 2008年、2009年に春高バレー、インターハイともに2連覇を達成している 2009年12月には 皇后杯日本バレーボール選手権でプレミアリーグ勢を撃破したことに貢献している。 2010年にJTマーヴェラスに入団、 同年に全日本メンバーに選出 名前 :井上 琴絵(いのうえ ことえ) 生年月日 :1990年2月15日 年齢 :29歳(2019年現在) 出身地 :京都府京都市 血液型 :A型 身長 :161cm 体重 :53kg 所属 :CSMブカレスト 相性 :コトエ ポジション:リベロ 京都橘高等学校では 2006年 春高バレー準優勝。 2007年 国体優勝。 アジアユース選手権出場。 2008年に JTマーヴェラスに入団。 第57回黒鷲旗大会で 準優勝。 若鷲賞受賞。 アジアジュニア選手権 優勝。 ベストリベロ賞受賞。 2009年全日本女子代表に選出。 アジアカップ出場。 2010年-2011年 プレミアリーグ 優勝。 ベストリベロ賞受賞。 黒鷲旗大会優勝。 2015年よりJTマーヴェラスキャプテン 2017年 全日本女子代表に再選。 2018年 JTマーヴェラスを退団。 ルーマニアのCSMブカレストに移籍。 【関連記事】• 小幡 真子(14) 名前 :小幡 真子(こばた まこ) 生年月日 :1992年8月15日 年齢 :27歳(2019年現在) 出身地 :熊本県上天草市 身長 :164cm 体重 :55kg 所属 :JTマーヴェラス 相性 :マコ ポジション:リベロ 母親の影響で小学校4年生からバレーボールを始める。 九州文化学園高等学校に進学。 春高バレー、インターハイで活躍。 日本体育大学に進学。 大学4年生の時にキャプテンを務める。 全日本インカレでは21年ぶりに日本体育大学の 優勝に貢献。 MVP・ベストリベロ賞を受賞。 2015年に JTマーヴェラスに入団。 2016年 黒鷲旗大会 優勝。 ベストリベロ賞受賞。 2017年 全日本女子代表に選出。 ワールドグランプリ出場。 アジア選手権で 日本の10年ぶりの優勝に貢献。 ベストリベロ賞受賞。 2017年-2018年シーズンで プレミアリーグ準優勝。 ベストリベロ賞を受賞。 2018年-2019年シーズンからJTマーヴェラスのキャプテンを務める。 【関連記事】• 名前 :山岸 あかね(やまぎし あかね) 生年月日 :1991年1月8日 年齢 :28歳(2019年現在) 出身地 :長野県須坂市 身長 :164cm 体重 :55kg 血液型 :O型 所属 :上尾メディックス 相性 :キラ ポジション:リベロ バレーボールをやっていた姉の影響で5際からバレーボールを始める。 裾花中学校に入学。 全日本中学校バレーボール大会で連覇を達成 東海大付属三高時代に春高バレー、インターハイで活躍 東海大学へ進学 インカレでは 2年次に準優勝、3年次に優勝 2013年1月に上尾メディックス内定 4月に全日本代表選手の候補メンバーに登録 7月エリツィン杯、第27回ユニバーシアード競技大会で5位 10月に中国で行われた第6回東アジア競技大会に出場し、銀メダルを獲得 2018年全日本メンバー入り 名前 :中田 久美(なかだ くみ) 生年月日 :1965年9月3日 年齢 :54歳(2019年現在) 出身地 :東京都練馬区 血液型 :A型 身長 :176cm 体重 :62kg 役職 :全日本女子バレー監督 相性 :クミ ポジション:セッター 中学校からバレーボールを始める。 中学校は練馬区立練馬東中学校。 2年生時に 「LAエンジェルス」に入団。 バレーボールに専念するため通信制のNHK学園高校に編入。 1980年 当時最年少であった15歳で全日本女子代表に選出。 1981年 日立ベルフィーユに入団。 日本リーグ(現・プレミアリーグ) 優勝。 新人賞受賞。 1983年 アジア選手権 優勝。 1984年 ロサンゼルスオリンピック 銅メダル。 1986年世界選手権ではキャプテンを務めた。 1992年 バルセロナオリンピック出場。 同年に現役引退。 その後スポーツキャスターやテレント、バレーボール指導者として活動。 2005年日本バレーボール協会強化委員 2008年 セリエA・ノヴァーラのアシスタントコーチ就任 2011年 久光製薬スプリングスのコーチに就任。 翌年 2012年に監督に就任。 同年、天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会・プレミアリーグ・黒鷲旗大会で 優勝 女子チーム初の3冠を達成。 2016年 全日本女子代表監督に選出。 2017年 久光製薬スプリング退団。 【関連記事】• 東九州龍谷高等学校に進学。 2007年に 第6回アジアユースバレーボール女子選手権大会 優勝 ベストスパイカー賞を受賞。 2008年アジアジュニア女子選手権大会 優勝。 2009年に 春高バレー、インターハイ、国体優勝と3冠を達成。 2010年 久光製薬スプリングス入団。 2012年 全日本女子代表に選出。 第3回アジアカップ出場。 2012年-2013年シーズンではプレミアリーグにて チームの6年ぶりの優勝に導く。 MVP・ベスト6受賞。 2013年第62回 黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会で 優勝 ベスト6受賞。 2014年ワールドグランプリで 銀メダル獲得。 ベストウイングスパイカー賞受賞。 2018年 イタリアセリエA1リーグの imoco volleyに入団。 【関連記事】• 野本 梨佳(ウイングスパイク) 名前 :井上 愛里沙(いのうえ ありさ) 生年月日 :1995年5月8日 年齢 :24歳(2019年現在) 出身地 :京都府舞鶴市 身長 :180cm 体重 :67kg 所属 :久光製薬スプリングス ポジション:ウィングスパイク 父親に勧められ小学校2年生よりバレーボールを始める。 就実中学校に進学。 全日本中学校バレーボール選手において 就実中学校は3年連続3位に入賞。 高校は西舞鶴高等学校に進学。 2013年に 高校生唯一の代表として全日本ジュニア選手権に出場。 準優勝に貢献。 2014年 筑波大学に進学。 全日本女子代表に選出。 モントルーバレーマスターズに出場。 2015年に 東京オリンピック強化選手「Team CORE」に選出。 第28回ユニバーシアードで 銅メダル獲得。 2017年の ユニバーシアードでは 銀メダルを獲得。 【関連記事】• 佐藤 あり紗(リベロ) 名前 :佐藤 あり紗(さとう ありさ) 生年月日 :1989年7月18日 年齢 :30歳(2019年現在) 出身地 :宮城県仙台市 血液型 :A型 身長 :164cm 体重 :52kg 所属 :リガーレ仙台 相性 :リア ポジション:リベロ 小学校2年生の頃からバレーボールを始める。 仙台私立富沢中学校に進学。 3年生の時に 全国ヤングクレブ交流大会優勝。 古川学園高等学校に進学。 春高バレー・インターハイに出場。 東北福祉大学に進学。 2012年に 日立リヴァーレに入団。 2012年-2013年のシーズンに チャレンジリーグのサーブレシーブ賞を受賞。 2013年 全日本女子代表に選出。 ワールドグランドチャンピオンズカップで 銅メダルを獲得。 ベストリベロ賞受賞。 2013年-2014年ではチャレンジリーグからプレミアリーグに昇格した日立リヴァーレで活躍。 レシーブ賞受賞。 2015年-2016年のシーズンから日立リヴァーレの主将を務める。 怪我を理由で全日本女子代表を辞退していたが、 2016年には 全日本女子代表に復帰。 リオデジャネイロオリンピックに出場。 2018年に 日立リヴァーレを退団。 地元に新設されるバレーボールクラブの リガーレ仙台に移籍。 【関連記事】•
次のこんにちは。 >カルバハルさん、アルタガモワさん こちらの暴走がちな無茶ぶりが多くて恐縮ですが、いつも丁寧に ご回答ありがとうございます。 利部陽子選手に関して。 日立のアーリーワーク(早朝練習)は伝統とさえなっているようですが、 利部選手はそれよりも早くコートに出てサーブ練習をされていたのですか。 そうでなければ、時の女王・中国さえも翻弄した「超低空飛行サーブ」は 生まれなかったでしょうね。 B組(控え側チーム)では彼女はゲームキャプテン、 そしてセッターとも聞きました。 サインの話も興味深かったです。 それも 利部選手らしい。 快く、ですからね。 現監督なら拒否しそう…この先輩たちから何を学んできたのか。 中華民国改め台湾とオリンピック、バレーボールについて。 まず、失礼ながら 台湾ではバレーボール(特に女子)は盛んとはいえないようですね。 利部選手 大活躍でロス・オリンピック出場を決めた、先の第3回アジア選手権から初出場しましたが、 未だに台湾はこの競技ではオリンピック出場は成しえていません。 アジア選手権の時も、 どちらかというとバレーボールより観光、具体的には同年春開園のディズニーランド 目的だったみたい(苦笑)。 因みに選手たち、特に女子は秀才が多いようで、 あちらの国立大学でも成績優秀者が多いようでした。 オリンピックでは。 「中華民国時代」には、既に冬季オリンピックながら1932年から、 そして(夏は西側諸国不参加だった)1980年にも出場しているのですが、夏は 上記ロスから。 実は、モントリオールでは、開催国であるカナダから「中華民国」 としての出場を拒否された辛い歴史があるのです。 いわゆる「台湾問題」です。 最後に。 スポーツでは、強豪といえば重量挙げ、野球(エキシビジョンだった ロスでは3位。 翌年から西武ライオンズに入団する郭泰源投手が156kmの剛球を武器に、 同・1位の日本も苦しめました)、そして、最も意外なのが、オリンピック競技ではない ソフトテニスでした…。 私事で恐縮ながら、小中9年間ソフトテニスを社会体育クラブで プレーしてきましたが、それは初めて知りました。 如何に井の中(神戸市内限定)の 蛙だったかでしょうか。 日本女子バレーボールチームに勝ったら大喜びした国、ソ連、キューバ、アメリカ合衆国、中国、ペルー、東ドイツ、ブラジル、韓国、イタリア、クロアチア、セルビアなど今したが日本に負けて涙したチームは居ても日本人に勝って涙しり大喜びするチームは、メッキリ減りましたね。 更に、突っ込むと日本選手は試合に、負けても泣かなくなりましたね。 次の試合、頑張ろうて感じですね。 負けて悔しいのに気持ちの切り替えが早いと言うか、連敗しても悲壮感はないですね。 金メダルじゃないの日本に帰れないと思った気持ちて今から見ると純粋にバレーボールに懸けてた感じです。 大昔の映像ないんでしょうかね?東洋の魔女の東京オリンピックの最後のシーンは今でも映像たまに見ますね。 モントリオールの金メダルの最後のシーンは減りましたね。 逆にロンドンオリンピックの迫田が最後にスパイク決めるシーンは頻度に出ますね。 その後、大喜びで倒れ込んだシーン多いですね。 ロスは同じ銅メダルでも、ペルーと銅メダル争いして勝つ為に練習したんじゃないて顔、選手はしてます。 時代の経過を感じます。 投稿者: カルバハル 投稿日:2020年 5月29日 金 22時52分10秒 ギビ監督は男子ソ連でも世界選手権、金メダル監督です。 女子に絞ってもオリンピック2回、世界選手権1回、ワールドカップ1回、世界タイトル4回とってます。 対する、カルポリ監督はオリンピックは2回取ってますが西側不参加のモスクワ、キューバが参加してないソウルと北京の世界選手権です。 一番タイトルを持ってるのは、キューバのへオルヘさんでしょうね。 監督は、勤めてないタイトルもあると思いますが、やはり、へオルヘ一家て感じです。 カルポリ監督も80年のモスクワオリンピック~シドニーまで勤めてたと思います。 へオルヘさんは、70年の世界選手権~シドニーか、アテネまでキューバの女子バレーボールチームの団長をしてたかも?しれません。 ギビ監督は日本女子が始めて世界選手権に出場したブラジルの世界選手権はソ連男子の監督でタイトルを取ってますが、その前は?です。 ギビ監督の教え子が、暫く、ソ連男子の監督で世界タイトルを取ってます。 ブラジルも、男子と女子のタイトルを確か持ってますが?ミスターバレーボールの、キライは、監督としては世界選手権の1タイトルだけは、選手時代を知ってるだけに、もう少し監督としてのタイトルがあっても良いんですが、オリンピックは特にアメリカ合衆国の女子バレーボールは銀メダルが最高なのも不思議です。 ロスの頃は世界的にはアメリカ合衆国、男子は東側が参加してないから、金メダルを取ったイメージで世界的には、セリンジャー率いる女子の方がワールドカップ、世界選手権は男子より成績は上でした。 85年ワールドカップでロス不参加のソ連に勝って、やっとアメリカ合衆国、男子の実力が認められた感じになりました。 カルポリ監督はモスクワオリンピックで金メダルを取りましたが、あまり評価されてませんでした。 82年ワールドカップは銅メダルだったのでモスクワオリンピックの金メダルは、だいぶ霞んだ感じでした。 確か初戦で日本と対戦して完敗して、2戦目は中国と当たり第二セットかなんかで中国に15-0で負けたと思いますが、その後、勝ち進み最終戦でアメリカ合衆国にストレート勝ちして銅メダルに、滑り込んだんですよね。 日本にフルセット勝ちして、中国にフルセット負けしたアメリカ合衆国が、まさか最終戦でソ連にストレート負けして4位に落ちるとは思いませんでしたが、それもあり81年ワールドカップが最後の銀メダルでした。 金メダル以外は、ビリと同じ時代の最後の銀メダルで広瀬は大活躍して、ベスト6、レシーブ賞を受賞しました。 最後の金メダルが77年ワールドカップ、最後の銀メダルが82年ワールドカップです。 始めての銅メダルがロスオリンピックです。 その後、始めて世界選手権での銅メダルが2010年の銅メダルなのも日本の黄金時代から闇の時代に入り復活したと言われた銅メダル、そしてロンドンオリンピックの銅メダルも復活した銅メダルですが、81年ワールドカップは最後の銀メダルでしたが、全然、選手は嬉しそうではなかったです。 ロスオリンピックの銅メダルとロンドンオリンピックの銅メダルの取り扱いも全然違います。 やはりロンドンオリンピックでは厳しい言い方だと復活までとは、言えないと思います。 何故なら74年の世界選手権で金メダルを取って久々に魔女復活て一般の新聞を飾りました。 復活、一つの言葉でも、段々レベルが下がってますね。 そのうちオリンピックに出場出来ただけてもかつてのお家芸復活てなるでしょうかね?国技とお家芸て、やっぱり違いますよね。 伝統は国技、世界的実力が有ればお家芸だと思います。 投稿者: アルタガモワ 投稿日:2020年 5月29日 金 19時12分4秒 決勝戦進出を逃した試合です。 オギエンコ、まだ居たんですね。 ソ連とロシアで東京オリンピックから参加したオリンピックでバルセロナまで必ず金メダルか銀メダルてのも凄いです。 始めて決勝進出を逃したのが日本は84年ロスオリンピックてましたが、ソ連とロシアは96年アトランタオリンピックで始めて決勝戦進出を出来なかったんですね。 84年と96年の、随分、日本と違い頑張りましたね。 2000年のシドニーも決勝進出してます。 2004年のアテネも決勝進出してますがソウル以降、オリンピックの金メダルはないですが、ソ連は崩壊しましたが、安定的に強いですね。 無敵のキューバとの違いを感じますね。 やはり大国、ロシア、中国、アメリカ合衆国が安定してますが、アメリカ合衆国は世界チャンピオンは1回しかないのが不思議です。 ブラジルも力は安定してます。 ペルーは、なかなか這い上がれませんね。 私確か十三~四年前くらいにとう言う大会かは分からなかったのですがママさんバレーの大会で樹理、大谷、リブさんや他にも沢山元全日本の選手達が各ママさんバレーの監督かコーチみたいな存在になっての試合でしたがリブさんと数分お話しさせて頂きました。 岡本さんの仰る通りの方でとても気持ち良く接して頂きました。 私が「若い時何時もテレビで見て応援してたんですよ」と言うと「え~~~!あんな昔の事をまだ覚えてくれた人が居たんですね、ありがとうございます。 」等々お話しさせて頂きます、無理を言ってバレーだけでもTシャツに気持ち良くサインして頂きました。 昔からテレビで見た居た私の印象そのものの方でしたよ。 ああ言う方が指導するとバレーで大切なチームワーク等根付き良いチーム良い選手達が生まれる様な気がします。 投稿者: カルバハル 投稿日:2020年 5月28日 木 10時24分21秒 張容芳と胡 進が結婚したんですよね。 バレーボール選手同士の結婚ですが、ボルゾフとトゥルシェワの結婚は記憶にあるかないからですね。 陸上選手と体操選手の金メダリストの結婚は社会主義の国では、ありそうですね。 体操は塚原光夫と小田千恵子とか昔は体操選手同士の結婚は昔は結構ですありましたね。 バレーボール同士の結婚て少ないですね。 熊倉と山本、ビーチバレーの選手と女子バレーの選手、はありますが、少ないですね。 大友は柔道選手と再婚しましたが、やはり女子バレーボールの一流選手は身長がネックなんで、しょうね。 女子選手は自分より一ミリでも背が高かったら良いとか、随分ハードルが低いんですけどね。 それでも大男が背が高い女性を好むとは限りません。 投稿者: カルバハル 投稿日:2020年 5月28日 木 09時57分34秒 低空飛行サーブですよね。 セッターもします。 NHK学園の用事でアメリカ遠征から中田久美一人が帰国して利部がセッターを勤めて負けた試合とかありましたね。 山田監督は利部には気の毒な事をしたと言ってましたが、それは、特別扱いの犠牲です。 アジア選手権は利部の低空飛行サーブは炸裂しましたが、ロス本番では、サーブミスでした。 まあ利部と加藤が天秤に掛けられてサーブ力の分で利部がロスオリンピックに行きましたてのが選考基準でしたが、朝一番でコートに来て必死にサーブ練習をしたようです。 それにひきかへ、カルテットは?4人も特別扱いするのはチームワークでもマイナスです。 控えの杉山、石田、広瀬、利部と、宮島、廣じゃ選考基準が明らかに違います。 中田、大谷だって甘いと思いますよ。 ロスで基準をクリアした、カルテットは中田久美だけ。 投稿者: 岡本 すいか 投稿日:2020年 5月28日 木 09時24分54秒 おはようございます。 >カルバハルさん、アルタガモワさん、カズさんへ ティーン四天王とは対照的に、この選手の抜擢なら納得、そして応援されたく なったでしょう。 利部陽子選手です。 地味ながら、とにかく努力家。 更には 人一倍の山田信奉者のようです。 ちょうど、36年前の今くらいの季節、オリンピック・ メンバーに滑り込んだ直後、インタビューでは『きょう、B組は山田先生には練習させて もらえませんでしたが、理由は納得です。 先生は1時間かけて、心のつながりについて 話され、バレーボールにおいてその大事さを強調してくれたのです』。 利部選手は身長という意味では、ロスのメンツでは広瀬選手とともに 1m70cmと、最も低い。 上記の、絵にかいたような東北人ならではの 純朴な人柄もありましたが、それだけではオリンピックには選ばせません。 守備力、そして「超低空、超低速サーブ」こそ十八番なのでしょう。 皆様、あまり語られていない利部選手についても語ってくだされば。 前年アジア選手権では。 以前、私は『3-0、ストレート勝利なら、日本らしい強さが 保てた最後の大会なのでは』などと言いましたが、カルバハルさんがおっしゃったように、 いずれのセットも二けた失点でしたね。 その試合第2セット、10対10から、ピンチサーバーの利部選手が「超低空サーブ」を決めてから均衡を破り、日本側に流れを運んだの でしょう。 その意味では貢献者、その後の選出にも大きな決め手となったはずです。 引退後、秋田県に帰省され、現在は秋田県職員のようです。 女性には失礼ながら… 今秋で還暦を迎えられます。 ロス当時の選手も、ほぼアラカンまたはその少し手前の年令に なっているのですね…。 それにしても、36年前は世界的にもバブル期で「ワクワク感」が あったと思われます。 ほとんどの選手は『金メダルを取らなきゃ…』とプレッシャーに苛まれ、 ガチガチと思います。 利部選手も、ガチガチ感はあったとは思いますが、それ以上に 「ワクワク感」の方が上回ったでしょう。 彼女こそ『オリンピックに選ばれる』とは 思っていなかったでしょうから…。 投稿者: アルタガモワ 投稿日:2020年 5月28日 木 04時09分39秒 カルテット・・・本当に何だったのでしょうね?一生懸命バレーに取り組んで当落線上に居た選手達からしてみればいい加減にして欲しいと思っていたでしょうね。 83年の日米対抗のどれかの試合で中田-江上の2セッターで開始したビデオがあるのですが、当然三屋が外れてる訳ですが1セット目は日本が取ったのですが以後リズムが取れずズルズルセットを取られレギュラーメンバーに戻し三屋が戻りましたが私のイメージの三屋では無く怒っている様な雰囲気でセミかクイックを思いっきり大きくふかしたシーンがありました・・・何だか自分がコートに居たら近寄りがたい感じでした、実際にアナウンサーが宮島、廣をベンチに下げた後「あまりミスが続くと他の選手達への配慮もありますね」と言ってるシーンがあります。 カルテットって昭和40年生まれで当時新人類と言う言葉が流行仕掛けていましたが正に山田監督からは無条件で可愛がられ特別扱いされ全日本の試合に出られる、時々試合に出られる、いやほぼ出られない石田 出られるのはピンチサーバーで出られる利部のみ 以下出る可能性ゼロに近い選手達からすればやってらない思いだったでしょうね。 大谷、宮島ってオープンした打たなかったのに対して杉山なんてクイックも打てるし、しかも速い。 もう少し彼女を乗せて自信が持てる様にして行けばもっともっと安心してプレー出来たでしょうね。 投稿者: カルバハル 投稿日:2020年 5月27日 水 19時54分35秒 背の高さはジャンプ力より大事かも知れませんね。 ジャンプ力は体力が落ちたら落ちますが身長や手の長さは関係ないです。 しかし、背比べだけじゃないのもバレーボールです。 チームワークは一番ですが守備とサーブが背比べでは負けても試合は勝ってきたのが日本の女子バレーでした。 変化球サーブでソ連の守備を崩して、ソ連のキャプテンのリジョワに打ちやすいトスを上さないで強打のリスカルに強打を打たせなかっり回転レシーブで拾い切り返して決めた東洋の魔女や、モントリオールはソ連の高いブロックをほんろうし、て、コンビバレーとソ連に負けないアタッカーの白井がスパイクを決めたりと、創意工夫で勝ってました。 常に半歩リードした技術で、トップ争いに居たのですが、追い付かれたら体格のある選手に同じ事をされたら負けます。 真鍋監督がI-PATを使い戦略戦術やデーターでチームワークを纏めたバレーボールで世界に挑戦しましたが銅メダル止まりでした。 それも8年も前の話しで今は、体格も劣るし、戦術戦術も時代遅れで、いったい、開催国のオリンピックなのに、どんな結果が待っているんだろうと心配してるのがバレーボールファンです。 まあロス五輪はアジア選手権の二番煎じゃ通用しない、カルテットを入れて、選手層が薄いので、予想外の事をしたら、センターだけが怖い日本だから、他で手当が出来ないチームは精神的に揺さぶれば勝てると見越した袁監督の読みが当たったのかも知れませんね。 投稿者: 岡本 すいか 投稿日:2020年 5月27日 水 18時41分20秒 確かロス五輪前ですが、なんの試合だか忘れましたが日本と中国と確か2試合あって、そのうち1試合、中国は郎 平を試合に出場権させなくて、オリンピック前の前哨戦なんで日本は、はりきって試合に挑んで、肩すかしみたいな目にあって、郎 平の代わりに姜 英が出たと思いますが、そのメンバーで日本は、ベストメンバーで完敗したと記憶してます。 中国は、その経験があるから、予想だにしない事をすれば日本は、容易く勝てると思ったかも?しれませんね。 日本は決勝戦なんかで、アジア選手権のような火事場の馬鹿力でも出さないければ勝てるとみたのでしょうか?アジア選手権は、今から考えても、まぐれ当たりの馬鹿力が、たまたま出ただけと思えますね。 それを、国民は金メダルが、取れるかも?知れないと期待し過ぎたと思います。 アジア選手権と同じ事をしても柳下に、ドジョウは2匹は居ません。 中国だって対策します。 日本は全くアジア選手権と同じで役立たずのカルテットをオリンピックにも連れて行ったのは、やはり失敗でしょうね。 精神的に中国が揺さぶってきたら、負けずに、何かしてたら、あそこまでの完敗にはならなかったと思いますよ。 自慢のセンター攻撃が、ブロックの餌食になりましたからね。 それでもセンターを使うセッターもセッターですけど幾つも対策して、それでも勝てなかったなら、仕方ないけど、同じ事して、完敗です。 投稿者: 岡本 すいか 投稿日:2020年 5月27日 水 09時14分29秒 おはようございます。 >カズさん 初めまして、岡本すいかと申します。 こちらでは若輩者ですが、よろしくお願いします。 ロス・オリンピック、女子バレーボール決勝リーグ準決勝。 ロスに限らず、 またバレーボールにも限らず… おっしゃる通り、予選リーグでは、あの中国がアメリカに負け、日本を含む大方は 『大舞台ならではの大番狂わせか!?』と思ったのも無理はないでしょうか。 ともあれ、準決勝は第1試合日本対中国、第2試合アメリカ対ペルー、と『当初は』 予定されたようです。 月刊バレーボール・ 昭和59年9月号より。 従って、日本のファンは翌6日月曜日の早朝ではなく昼近くにこの試合をテレビ (こちらも日本のABC、即ち大阪朝日放送を含む系のテレビ朝日でしたね)で ご覧になったかと思います。 現役NKK勤務だった叔父は見ることができず、 (職場では見たのかも。 男子は既に敗退していた頃でしょう) 既にリタイアして悠々自適だった祖父は自宅で見たそうです。 アメリカは、自国の勝利を信じて入れ替え、準決勝までは狙い通りだったのですが、 それこそ中国の意図通りの展開。 それを思えば、銅メダルを獲得(Aクラスに踏みとどまった)のこそ、日本女子の 矜持でしょう。 投稿者: カルバハル 投稿日:2020年 5月27日 水 07時37分26秒 無心で戦って勝ったアジア選手権、突然、予想していた対戦相手と違ったロスの準決勝、精神的に全然違いますが、それこそ、チームワークがあったか?無かったでしょうね?アジア選手権は、オリンピックの出場権を持ってる中国は、お客様扱いの、どうでも良い大会、若手に切り替えたばかりのチーム、ホームで日本は韓国に勝ってオリンピックの出場権を取った後で、後は当たって砕けろみたいな、ほぼ単独日立に、等しいチーム試合、アジア選手権の再来が無ければ勝てない中国、アジア選手権後は中国には勝てないチーム、アジア選手権と、控えを含めて全く同じメンバーの日本、まだまだ秘策は出来てもしなかった。 広瀬をレギュラーにするとか?カルテットが邪魔してメンバー、中国は控えの一部をアジア選手権の時と変更してます。 相当、競争があったと思います。 アジア選手権で格下相手に使った控えでロスのメンバーに選ばれなかった選手も居ました。 李文秀とか?切れ味あるスパイク打ってましたが選ばれなかったですね。 精神的な面でも日本にプレッシャーを掛けたのかも、しれません。 精神面もチームワークですからね。 改めてチームワークは大切な事が解る試合です。 投稿者: アルタガモワ 投稿日:2020年 5月26日 火 23時09分11秒 今の男子バレー面白いですよね、本当私コンビが好きで 笑 石川選手がバックアタックのモーションでギリギリでライトの西田選手にトスを上げてバチコンと決めた時には「これがバレーの面白さだ」と西田選手は勿論石川選手はやはり凄い選手だなと思いました、この先もせめて男子バレーだけでも強く面白いバレーして欲しいですよね。 さてさてロスの中国人対アメリカ色々言われて私もです真相は分からないのですが中国ってサイレントインベージョンと言いましょうか勝つ為なら何だってやるって印象です。 選手では無い私でさへ当時「えっ? もうダメだ 」と言うどんよりとした気持ちになり結局試合内容は最悪でしたもんね、もしわざと負けたのなら中国は金メダル以上に大金星だと思いますよ、中国が一番怖いのは「もう喪うものが無い居直った日本」そして一番嬉しいのは「えっ?予定ではこんなはずじゃ無いんだけど・・・もう決勝には行けない?史上最低最悪~~~?と言った負のオーラありありの日本」ですものね、前年の失うものの無い日本のあの伸び伸びとした日本との再戦だけは回避したのだと私は思いたいです。 日本にはああ言う戦い方をするマインドが無いので肯定する気にはなれませんが選択肢の一つとしてカウントせざるお得ないのかもしれませんね。 投稿者: カルバハル 投稿日:2020年 5月26日 火 22時49分24秒 予選のアメリカ、中国は未だに色々言われますね。 ペルーと当たれば。 間違いなく決勝いけますから、今でも疑問ですが試合後。 アメリカの選手と中国の選手が握手してる時に張容芳が笑ってるのを見て生沼さんも笑ってめすますね。 不気味ですと解説してました。 日本選手は準決勝は中国になり動揺してたのは確かです。 予選でアメリカはブラジルに大苦戦してますから、アメリカには決勝で勝てると確信したので日本を動揺させてアジア選手権の仕返しともとれますね。 日本と、試合するなら準決勝と考えたのかもしれません。 アルタガモワさんの。 おっしゃる通りです。 先ずはチームワークてますが勝つ為だと、ギクシャク低レベルの事が起きます。 この動画は、男子の動画ですが、チームワークを出来て、相当、練習した感じがしますし、アルタがモワさんの好きなコンビバレーが沢山でてます。 しかし、パスでもCパスでもセッターに返って始めてコンビバレーだと思うシーンもあります。 チームワークが一番と言いますが、チームワークが一番難しいかも?しれませんね。 サーブや、サーブレシーブもトスワークより大切だと思います。 今は男子バレーボールにも女子バレーボールは負けてるでしょうね。 男子はワールドカップは観戦しても勝つても負けても、爽やか前向きな感じが、しますが、女子は負けると、お通夜みたいな雰囲気になりワールドカップみたいなリーグ戦だと後を引きますね。 テレビ観戦だと判りにくいですが、縦から見ると関田選手の素晴らしいさ、良くわかりますよ。 それい、合わせるチームメイトも素晴らしい。 女子も見習う事、沢山あると思います。 正セッター早く決めてチームワーク早く作りましょうて感じヒシヒシします。 投稿者: アルタガモワ 投稿日:2020年 5月26日 火 21時22分55秒 本当チームワークって大切ですよね、カルバハル様のお話し聴いているとやはり私と同じ経験のシーンが浮かびます、ばか野郎は一発決めるとか拾ったとか話がそこで完結してて・・・、一点もぎ取る為に床に落とさず三回で・・・と言う連続の中で起こるドラマですよね、やはり人間の集まりなので時には態度や言動が試合中に出て毒ガスを撒いている事にさへ気付いていない選手もチラホラ・・・私は「今は試合中だからしう言う事は練習の時にケンカしてでも言えよ!今の敵はネットの向こうだ!」と声にして言える立場に居なかったのが責任逃れとと反省してます。 私は理屈っぽいので意味の分からないミスに対してはとても腹が立つのですが考えてミスした事等には全く怒り等の感情に支配される事もありませんでしたしセンターがシャットされてへこんでいる時は逆に「センターとしてマークされてるからもっともっとバンバン入ってれば良いよ!」って、決して下手な慰めでは無くて本当にそう思ってました、とんでもなく打つだけ、ブロックだけパスまともに出来ない流れを読むと言う事自体が頭の中に無い奴が決めても何と無く・・・でした、そう言う選手に限ってチャンスをピンチにする工作員みたいな・・・「球に優しくなりなよ、球は優しくされると優しく飛んで行ってくれるし粗末に扱われると粗末にに飛んで行くだけだから」と良く言ってましたが・・・そう言う人って元々言われなくてもやってるし逆にセンターライトが活かせる様な球捌きをしていましたね。 中学生時代のローテーション無しの件・・・確かにカルバハル様が仰る通りだと思うのですが、私達には「何処からでも打てたりコースに入り拾える為に」と言うキチンとした理論や定義がしっかりした前提があっての事だと分かりますが当時の私達や部活の先生には全くそう言ったものが無かったもんで 私達が入学と同時に転勤された先生はバレーの専門の先生だったそうで内の中学もそれなりの成績を修めていたそうなのですがやはり経験の無い先生が顧問になったら途端にダメになりますね、若い子供を指導するにあたってはちょっとまずかったですって・・・私正直者中学二年生が終わるまで球拾いだけでアタックなんて打たせてもらわなかって実質三年生で後二回試合に出たら引退と言う時期に初めてアタック打つ様になって・・・当時は人生経験が無いから何の疑問や不満足も無かったのですが今から思うと「何時育てるんだ」って怒りますよね。 高校生になるとネットが一気に高くなり殆んどネットかアウト・・・もう正直バレーが楽しいとか面白いなんて感じた事さへありませんでしたけどそれでもセンターワンセッターシステムのセンターやってクイックなんて出来なかったのでセミを何とか頑張ってデコボコ田舎チームでしたが一年間から私達三年生皆ド田舎の仲良しだったので何度か勝ち行けるはずのない試合 だから改めて違う日に負けに行く に行けたり仲良しこよしなりに楽しかったです。 知識が無かったから逆に楽しかったで済んだのでしょうね、おめでたい。
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所属してたユニチカは1強5弱の5弱の大将みたいな時代が横山の実業団入社初期です。 極端に言えば横山対日立みたいな試合で横山一人じゃ日立に手も足も出ないのが事実です。 横山、飯田、前田以外は日立の選手がモントリオールオリンピックのメンバーです。 日立の控えが出てもユニチカは勝てませんでした。 ましては横山より優れてる白井が日立に居ます。 ユニチカのキャプテンでセッターの塩川も評価が高かったけど日立イコールナショナルチームみたいなチームだったので日立のバレーなんで松田がダメなら塩川より金坂の方がチームは安定する見解でモントリオールオリンピックの控えでも金坂、吉田、加藤、荒木田は日立所属です。 ほぼ日立イコールナショナルチームなんでモントリオールプレオリンピックで日立は韓国にストレート負けしたんで専門誌に大ショックと見出しが、ついたプレオリンピックの表彰式で銀メダルで選手が表彰台でア然した表情の写真が載ってのが印象的です。 モントリオールオリンピック日本チームはワンタッチを数えたバレーボールの完成形のチームです。 それまではワンタッチも数えるのでコンビネーションバレーで金メダルの男子日本チームのコンビネーションバレーは女子じゃ無理とも言われてました。 クイックや時間差攻撃は出来ても試合では、なかなか出ませんでした。 それが韓国女子や日本女子がコンビネーションバレーを完成させて白井、前田の強打者が居る日本が韓国より強かったんですよ。 いくらコンビネーションが凄くてもサーブで崩してセッターにボールが返球されなかったらコンビネーションバレーは使えないですからエースの打ち合いになっら日本が勝ちます。 それまでは日本の早いトス回しに対してソ連はマンツーマンでブロックに付き日本の速攻対策を敷いてブロックがディフェンスを助けてパワーと高さでメキシコ、ミュンヘンとエースの打ち合いに試合を持っていきソ連は連覇したんですよ。 なのでミュンヘンオリンピックの決勝戦は白井が馬鹿当たりをしてソ連もビックリしてフルセットまで持ち込んだ大熱戦になったんですよ。 ワンツーマンのブロックにはメキシコ、ソフィアの世界選手権、ミュンヘン、モンテビデオのワールドカップと日本は涙をのんで銀メダルでした。 横山でも十分エースになれる器ですが前田、白井、岡本、吉田がレフトのポジション争いの層も厚く、主に絶対エースの白井の体格争いに横山は最終エントリーでは控えに甘んじてワンポイントアタッカーみたいな起用ばかりでした。 色々な意味でチャンスのめぐり合わせが遅かっただけです。 専門誌は意地悪で3つの金メダルは、何れも横山が活躍した金メダルじゃないと記載されてました。 似たような選手でミュンヘンオリンピックのキャプテン松村勝美は東京オリンピックの金メダリストですが補欠で試合に出れなかったから、後の講演会などではミュンヘンオリンピックの銀メダリストの松村勝美ですと言ってました。 ミュンヘンの銀メダルはオリンピックの時は要らないとまで言った松村でしが、時が経過して金メダル目指して頑張った銀メダルも立派な銀メダルですと言われてました。 横山はレギュラーでなかった金メダルを、どう思ってるかは言ってませんが3冠王のメンバーである記録は残ります。 誕生日の関係者で当時は年齢順の背番号で同じ年の吉田が9番、高柳が10番、矢野が11番、横山が12番なんで日本バレーボール金メダリストの中では横山が最後の最年少金メダリストです。 横山らは21才です。 矢野、吉田、高柳は23才で引退してます。 白井も25才で引退してます。 今の時代は選手寿命は短かったです。 横山は27才で引退してす。 モントリオールのキャプテンの飯田は30才で引退してるのは当時では考えてられない年齢です。 社会主義のソ連はリスカルはモントリオールで引退しましたが32才、ブルダコーワは34才で引退ミュンヘンオリンピックでナショナルチームを引退してます。 スモレーワはナショナルチームは78年世界選手権で30才で引退してますがディナモ、モスクワではプレーは続けてました。 横山も日本では寿命が長い選手でした。
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