林さん「自分が生きるっていうことを、本当に命がけで、ただ必死に生き抜くっていうことしかできなかったので。 周りというか、出来事の記憶はないままにきた30年だった。 だから、『甘えてる、怠けてる』って、ひきこもりは言われて。 『じゃあ、やってみなさいよ』って。 あんなしんどいことは、本当に誰でもできることじゃないって言いたくなるくらい。 激烈な苦しさ」 相次ぐ事件で問題視されるも、少ない支援の手 「ひきこもり」が公的な文書に登場したのは平成元年。 「ひきこもり」は「無気力」とならぶ、問題行動として位置づけられ、「不登校」の延長にある一部の若者の問題とされました。 世間からは「甘え」や「怠け」だという声も多くあり、支援は民間のフリースクールなどに限られていました。 平成10年代に入るとひきこもりのイメージはさらに悪化します。 石川さん「私が関わるようになった人たちが、たまたま同年代、少し年上の人が多かったので、そういう意味で、みんないわゆるロスジェネだった。 話を聞いてみると、いい学校に行って、いい会社に入って、それが幸せだっていうふうに育ってきて、いざ二十歳ぐらいになってみたら、はしごを外されたみたいな世代。 ひきこもりはよくないものという世の中だから、出て行けない。 だから、ひきこもってるんじゃなくて、ひきこもらされているっていうふうに見ていく必要があると思います」 ひきこもりの人たちは「無気力ではない」 藤里町福祉協議会会長の菊池まゆみさんは、秋田県藤里町でひきこもりの実態調査を行い、100人以上の人を支援してきました。 菊池さん「こみっと(町の福祉施設)っていうところを、高齢者と利用者が一緒に使ってるんです。 そうすると、老人クラブさんがコピー機を使えないでうろうろしてる。 『はいはい、やってあげます』って登録者がやってあげてる。 『お前すごいな』って褒めてる。 成功体験っていう言い方にはならないかもしれませんが、地域の人にどんどんどんどん認めていってもらえる」 斎藤さん「周りに心理士も精神科医もいない、内面には一切寄り添わないという徹底した姿勢でやったのは、私はすばらしいなと思ってるところもあって。 要するに病人扱いされないっていうあたりが、安心の源だったかもしれない。 たとえば調査するときに、内閣府の荒っぽい調査みたいに、お宅にひきこもりいますか、みたいなことやらないじゃないですか。 窓口を作って、ここを利用したい人はいますかという配慮のある聞き方をされていて、これは当事者の尊厳、配慮ができないと、方法論として成り立たないですよね」 菊池さん「若者が1回普通のラインから外れてしまうと、もう戻れないと思ってしまってる。 大丈夫、戻れる。 何回失敗してもいいみたいな、そういうことをやりたいなと思ったんです」 就労はゴールではない 平成20年代には、日本経済の不況のあおりを受けて、若者の労働環境が悪化。 新たに20代、30代でひきこもる人が増えます。 こうしたなか、国や自治体による支援も強化されますが、その多くが就労をゴールとするものでした。 ひきこもり当事者に問題があるという前提のもと、「社会に適合」させるための訓練に重きが置かれ、当事者たちの「回復」に至らず、長期化する人も多く残りました。 齋藤さん「就労がゴールですねと言っちゃいけないところが、ひきこもり支援の難しいところ。 ゴールに設定されちゃうと、非常に摩擦が生じやすくなってしまいます」 林さん「私も今、多くの女性たちから聞く言葉が、『生きていていいと思えない』と。 こんなだめな自分は、この社会の中で申し訳ないと、生きていく価値がないんだって、すごく言うんです。 自分のことを否定している。 それが、どこからそういうことが起きてるのか、そういうことを考えていかないと、経済的自立とか、就労するようなことを目指していても、生きてていいと思えない人には、それはあまり意味がないというか、届かないんじゃないかと」 石川さん「こういう話をしてると、でも、なんだかんだいって稼がないと生きていけないでしょっていう言い方をされてしまう。 働かないと生きていけない。 でも生きてていいと思えないような人からすると、稼がなきゃ生きていけないでしょというのは宇宙人的な言葉に聞こえるはずで、だから、どういう支援が必要なのかというところに届かない」 斎藤さん「僕が出会ったひきこもりの人たちのほとんどは、自分自身を否定している。 自分が嫌いである。 自分は存在しなくていい人間であるということを口にする。 この意識が、1つはつらさの根源にあるかもしれないと思ってる。 自己肯定感さえあれば全然オッケーなんですけど、肯定できないからずっと苦しんでいる」 泉さん「ひきこもりであるか、ひきこもりでないかっていうのは、別にどっちでもいいというか。 しんどいんですよね。 それをどうにかしたい。 仕事をしてる…でも、変わんないんですよね、しんどさ自体は。 『ひきこもってたとき』『ニートだったとき』『仕事してから』その表面的な状態像に名前をつけて課題としても、根本の問題が触れられてないような感覚があって、根本の課題そのものに直撃する名付けがなされたらいいなというのは、しばしば思いますね」 「生きる意味が問われない社会」を目指して かつては若者の問題とされていたひきこもり。 しかし、今や年齢の中心は、30代40代といわれ、生活を支えている親も高齢化しています。 そんななか、活発になっているのが、ひきこもりの当事者や経験者による自助会や居場所づくりです。 全国で開催している「ひきこもり女子会」は、林さんが「男性がいると緊張して参加しづらい」という女性の声に応え、立ち上げました。 「ひきこもり女子会」ではカウンセリングや就労の支援などは一切行いません。 ひたすら同じつらさを抱えている人たちと語り合います。 それが自分の存在を認める一歩になると、林さんは考えています。 林さん「実は、私は本来、自己肯定感って結構高いほうだったと思ってるんです。 ただ、ひきこもりって20年以上の時間、それが徹底的に潰されてたというか、なくなっていた。 でも、何かにそう思わされてたと思う。 でもその後、日本語が通じると初めて思えた支援者、私の場合は精神科の先生でしたけれど、初めてようやく息ができる感覚になりました。 何の特技もなければ、どんないいこともないけど、それでも、私は生きてたっていいはずだっていう、揺るがない思いみたいなのが取り戻せました」 泉さん「僕はいわゆる昨今の生産性に関わる議論とかに、飲み込まれていく感じがある。 世の中の役に立ってないと人はだめみたいな価値観というのかな。 僕なんて生産性ないんです。 それでもそれなりに生きていいよっていうか、ただ生きてることが許されるというふうになったら、ひきこもりの根源にあるしんどさが薄れていくんじゃないかと思ったりする」 石川さん「生きるってどういうことだろうとか、どういう社会が望ましいんだろうっていうのは、ひきこもってるとか関係なく、みんなにとって大事なこと。 ひきこもりを入り口にして、考えられるんだよねっていうようなことを、やっていきたい」 斎藤さん「生きる意味が問われない社会というか、優生思想的な方向に行きそうな発想は減っていってほしい。 自分の欲望を持っちゃいけないとか、欲望を実践しちゃいけないと思い込んでる人がいっぱいいるので、僕らはもうちょっと、安心して欲望を発揮してかまわない、発揮してほしいという方向を目指すほうがいいかもしれない。 その欲望の結果としてどういう方向を目指すかは、それこそ百人百様ですから。 それに見合った支援の形態を考えていきたい」 泉さんは、運営しているひきこもり経験者の会で、毎月音楽会を開いています。 音楽会といっても観客はいません。 楽器を持ち寄り、ともに時間を過ごすだけ。 自分たちがありのままで過ごせる場を作りたいと始めました。 泉さん「生きるのに必要ないと言われたら、いろんなものってきっとなくなっていく。 友達も、なくてもたぶんあした死なないし、居場所活動も死なないからいらないって、どんどん削られていくと思う。 でも、そんな人生、ぺんぺん草も生えんやろうって思うんですよ。 だから、僕は自分の活動は何なのかと思ったときに、食卓に飾る花みたいなもんかなと。 僕らのやってる活動、理解はしなくていい。 納得までもいかなくていい。 そういうのもあるよねと言ってもらえるぐらいになってもらえたらなと思ったりする」 ひきこもりの当事者たちは、長い間どう生きていくか悩み、苦しんできました。 その「生きづらさ」から解放される社会を作れるかどうかが求められています。 情報は放送時点でのものです。 あわせて読みたい.
次のこんなご家族の お悩み の方へ• 中学2年から人間関係の修復ができず 不登校をへて引きこもり• スマートフォンを与えてから ネット・ゲーム依存による引きこもり• 通信制の高校に入学し ネット・ゲーム依存からの引きこもり• 就職、進学に高い理想を持ちすぎ 初めての挫折からの引きこもり• 公営の引きこもり支援センターに 多数相談したが解決に至らない• カウンセリングや心療内科に相談したが 解決に至らない• 完璧主義から頑張りすぎによる引きこもり• 両親の離婚や不仲からの自己否定による 引きこもり• 引きこもりの理由を親に向け、 親に暴言を吐く• 特に理由もなく大学進学時や大学卒業時に やる気が出ず引きこもる• 仕事をするも数ヶ月単位で転職し その後自信を失い引きこもる• 兄弟に対する劣等感からの引きこもり• 自己肯定ができず過去自殺未遂を知り、 どう関わっていいかわからない• 社会に出て叱られることに慣れず 自信を失い引きこもる 耕せにっぽんがひきこもり・ ニート・不登校 説得できる理由 長年の実績により多くの若者たちの引きこもる理由を聞くと「他人との比較」で悩みひきこもっています。 『失敗は恥ずかしい事』『挫折はあってはならない事』『失敗し謝るぐらいなら動かない』『他人は失敗してない、他人は悩んでいない、 こんな事を考えてるのは自分だけだ』と親にも告げず一人で悩み、家から出れないことに、必ず罪悪感を持っています。 そんな若者に「君一人じゃないんだよ」と、実際にかかわってきた若者の事を、実例をあげ数時間かけてしっかり伝えます。 そして苦しんでいる罪悪感から解放することを約束します。 数少ない時間の中で、本人の長所を認め伝え続けます。 そうすれば、消えかけていた本人の前向きな心を取り戻す事ができます。 そして親だからこそ出来ない事、他人だからこそ出来る事もそこにはあるのです。 ご両親の決断と覚悟もあってこその説得になりますので、ご両親とも時間をかけてしっかりと説明致します。 このご両親の本当の愛情と我々の想いで、勇気の一歩を踏み出せない若者に、希望を与えることができるのです。 耕せにっぽん 代表 東野昭彦の想い 元気のない若者を農業や就労を通じ自立支援学校を15年運営してまいりました。 若者と長年関わる中で一言で表現するなら、純粋でまじめなお子様ほど傷つき悩み、その結果、引きこもってしまいます。 そんな社会背景を目の当たりにしてまいりました私たちはそんな若者と共同生活を通じ家族のように関り仕事を通じて人を喜ばせる事こそ人生の喜びで あることを伝えそれを仲間と共に支えあい励ましあう事で研修生は人としての輝きを取り戻します。 決してお子様を変えるのではありません。 真正面から心を伝え、真正面から教育します。 我々の教育指針は本来持つ好奇心や希望を取り戻し自分を信じる手助けをする事だと感じています。
次の
林さん「自分が生きるっていうことを、本当に命がけで、ただ必死に生き抜くっていうことしかできなかったので。 周りというか、出来事の記憶はないままにきた30年だった。 だから、『甘えてる、怠けてる』って、ひきこもりは言われて。 『じゃあ、やってみなさいよ』って。 あんなしんどいことは、本当に誰でもできることじゃないって言いたくなるくらい。 激烈な苦しさ」 相次ぐ事件で問題視されるも、少ない支援の手 「ひきこもり」が公的な文書に登場したのは平成元年。 「ひきこもり」は「無気力」とならぶ、問題行動として位置づけられ、「不登校」の延長にある一部の若者の問題とされました。 世間からは「甘え」や「怠け」だという声も多くあり、支援は民間のフリースクールなどに限られていました。 平成10年代に入るとひきこもりのイメージはさらに悪化します。 石川さん「私が関わるようになった人たちが、たまたま同年代、少し年上の人が多かったので、そういう意味で、みんないわゆるロスジェネだった。 話を聞いてみると、いい学校に行って、いい会社に入って、それが幸せだっていうふうに育ってきて、いざ二十歳ぐらいになってみたら、はしごを外されたみたいな世代。 ひきこもりはよくないものという世の中だから、出て行けない。 だから、ひきこもってるんじゃなくて、ひきこもらされているっていうふうに見ていく必要があると思います」 ひきこもりの人たちは「無気力ではない」 藤里町福祉協議会会長の菊池まゆみさんは、秋田県藤里町でひきこもりの実態調査を行い、100人以上の人を支援してきました。 菊池さん「こみっと(町の福祉施設)っていうところを、高齢者と利用者が一緒に使ってるんです。 そうすると、老人クラブさんがコピー機を使えないでうろうろしてる。 『はいはい、やってあげます』って登録者がやってあげてる。 『お前すごいな』って褒めてる。 成功体験っていう言い方にはならないかもしれませんが、地域の人にどんどんどんどん認めていってもらえる」 斎藤さん「周りに心理士も精神科医もいない、内面には一切寄り添わないという徹底した姿勢でやったのは、私はすばらしいなと思ってるところもあって。 要するに病人扱いされないっていうあたりが、安心の源だったかもしれない。 たとえば調査するときに、内閣府の荒っぽい調査みたいに、お宅にひきこもりいますか、みたいなことやらないじゃないですか。 窓口を作って、ここを利用したい人はいますかという配慮のある聞き方をされていて、これは当事者の尊厳、配慮ができないと、方法論として成り立たないですよね」 菊池さん「若者が1回普通のラインから外れてしまうと、もう戻れないと思ってしまってる。 大丈夫、戻れる。 何回失敗してもいいみたいな、そういうことをやりたいなと思ったんです」 就労はゴールではない 平成20年代には、日本経済の不況のあおりを受けて、若者の労働環境が悪化。 新たに20代、30代でひきこもる人が増えます。 こうしたなか、国や自治体による支援も強化されますが、その多くが就労をゴールとするものでした。 ひきこもり当事者に問題があるという前提のもと、「社会に適合」させるための訓練に重きが置かれ、当事者たちの「回復」に至らず、長期化する人も多く残りました。 齋藤さん「就労がゴールですねと言っちゃいけないところが、ひきこもり支援の難しいところ。 ゴールに設定されちゃうと、非常に摩擦が生じやすくなってしまいます」 林さん「私も今、多くの女性たちから聞く言葉が、『生きていていいと思えない』と。 こんなだめな自分は、この社会の中で申し訳ないと、生きていく価値がないんだって、すごく言うんです。 自分のことを否定している。 それが、どこからそういうことが起きてるのか、そういうことを考えていかないと、経済的自立とか、就労するようなことを目指していても、生きてていいと思えない人には、それはあまり意味がないというか、届かないんじゃないかと」 石川さん「こういう話をしてると、でも、なんだかんだいって稼がないと生きていけないでしょっていう言い方をされてしまう。 働かないと生きていけない。 でも生きてていいと思えないような人からすると、稼がなきゃ生きていけないでしょというのは宇宙人的な言葉に聞こえるはずで、だから、どういう支援が必要なのかというところに届かない」 斎藤さん「僕が出会ったひきこもりの人たちのほとんどは、自分自身を否定している。 自分が嫌いである。 自分は存在しなくていい人間であるということを口にする。 この意識が、1つはつらさの根源にあるかもしれないと思ってる。 自己肯定感さえあれば全然オッケーなんですけど、肯定できないからずっと苦しんでいる」 泉さん「ひきこもりであるか、ひきこもりでないかっていうのは、別にどっちでもいいというか。 しんどいんですよね。 それをどうにかしたい。 仕事をしてる…でも、変わんないんですよね、しんどさ自体は。 『ひきこもってたとき』『ニートだったとき』『仕事してから』その表面的な状態像に名前をつけて課題としても、根本の問題が触れられてないような感覚があって、根本の課題そのものに直撃する名付けがなされたらいいなというのは、しばしば思いますね」 「生きる意味が問われない社会」を目指して かつては若者の問題とされていたひきこもり。 しかし、今や年齢の中心は、30代40代といわれ、生活を支えている親も高齢化しています。 そんななか、活発になっているのが、ひきこもりの当事者や経験者による自助会や居場所づくりです。 全国で開催している「ひきこもり女子会」は、林さんが「男性がいると緊張して参加しづらい」という女性の声に応え、立ち上げました。 「ひきこもり女子会」ではカウンセリングや就労の支援などは一切行いません。 ひたすら同じつらさを抱えている人たちと語り合います。 それが自分の存在を認める一歩になると、林さんは考えています。 林さん「実は、私は本来、自己肯定感って結構高いほうだったと思ってるんです。 ただ、ひきこもりって20年以上の時間、それが徹底的に潰されてたというか、なくなっていた。 でも、何かにそう思わされてたと思う。 でもその後、日本語が通じると初めて思えた支援者、私の場合は精神科の先生でしたけれど、初めてようやく息ができる感覚になりました。 何の特技もなければ、どんないいこともないけど、それでも、私は生きてたっていいはずだっていう、揺るがない思いみたいなのが取り戻せました」 泉さん「僕はいわゆる昨今の生産性に関わる議論とかに、飲み込まれていく感じがある。 世の中の役に立ってないと人はだめみたいな価値観というのかな。 僕なんて生産性ないんです。 それでもそれなりに生きていいよっていうか、ただ生きてることが許されるというふうになったら、ひきこもりの根源にあるしんどさが薄れていくんじゃないかと思ったりする」 石川さん「生きるってどういうことだろうとか、どういう社会が望ましいんだろうっていうのは、ひきこもってるとか関係なく、みんなにとって大事なこと。 ひきこもりを入り口にして、考えられるんだよねっていうようなことを、やっていきたい」 斎藤さん「生きる意味が問われない社会というか、優生思想的な方向に行きそうな発想は減っていってほしい。 自分の欲望を持っちゃいけないとか、欲望を実践しちゃいけないと思い込んでる人がいっぱいいるので、僕らはもうちょっと、安心して欲望を発揮してかまわない、発揮してほしいという方向を目指すほうがいいかもしれない。 その欲望の結果としてどういう方向を目指すかは、それこそ百人百様ですから。 それに見合った支援の形態を考えていきたい」 泉さんは、運営しているひきこもり経験者の会で、毎月音楽会を開いています。 音楽会といっても観客はいません。 楽器を持ち寄り、ともに時間を過ごすだけ。 自分たちがありのままで過ごせる場を作りたいと始めました。 泉さん「生きるのに必要ないと言われたら、いろんなものってきっとなくなっていく。 友達も、なくてもたぶんあした死なないし、居場所活動も死なないからいらないって、どんどん削られていくと思う。 でも、そんな人生、ぺんぺん草も生えんやろうって思うんですよ。 だから、僕は自分の活動は何なのかと思ったときに、食卓に飾る花みたいなもんかなと。 僕らのやってる活動、理解はしなくていい。 納得までもいかなくていい。 そういうのもあるよねと言ってもらえるぐらいになってもらえたらなと思ったりする」 ひきこもりの当事者たちは、長い間どう生きていくか悩み、苦しんできました。 その「生きづらさ」から解放される社会を作れるかどうかが求められています。 情報は放送時点でのものです。 あわせて読みたい.
次の