立命館 大学。 立命館大学

立命館アジア太平洋大学

立命館 大学

立命館大学が地元での評判が悪い理由は、以下で合っていますか? 知恵袋の回答に書かれていました。 ================ 私は長年、大学(特に関西の大学)を詳しく見てきた者ですので、ご参考になるかと思います。 立命館大学が地元の京都や関西地区で評判が良くないのは、地元に住んでいる人たちが、関西地区以外の地方に住んでいる人たちよりも、はるかに立命館大学のことをよく知っているからです。 どんなことを知っているかと言えば、以下のようなことであり、これが立命館大学が貶される理由となっています。 1.立命館大学は、戦前は右翼主義を取っていたのが、その後、左翼主義に大きく転換し、共産党と深いつながりを持つ大学とのイメージができました。 特に共産党系の民青同盟の一大拠点となったため、それを敬遠する民間企業への就職が振るわず、公務員になる人が多かったのです。 ですから、いま民間企業に勤めている人の中高年層の人は「立命館=共産党」のイメージを浮かべる人が少なからずいます。 2.立命館大学は、かつて国公立大学に近いくらい学費が安く、しかも二部(夜間部)があったため、いわゆる貧乏学生に優しい大学でした。 これ自体はとても素晴らしいことなのですが、世間では、立命館大学=身分の低い人が多い。 同志社大学=金持ちで身分の高い人が多い。 というイメージを持つ人が多く、立命館大学にとっては不利なイメージとなりました。 3.立命館大学は、1990年代からものすごい勢いで規模を拡大しました。 などの良からぬ評判が出てきます。 決定的なのは偏差値を維持するために、一般入試率を低めるとともに、入試制度を細分化することによって、長い間、「偏差値操作」を実施してきたことです。 世間はこれを見て、「胡散臭い大学」「学生の質が低い大学」とのイメージを持つに至ったのです。 4.立命館大学は、偏差値操作をすることで、入学してきた学生の二極分化が進み、2010年ごろにそれを修正しようとして一般入試率を上げると、たちまち河合塾の偏差値で関関同立の最下位に転落しました。 そして追い打ちをかけるように、東進の偏差値でも最下位となっています。 世間はこれを「身から出たさび」と考え、ますます立命館大学に対する評価を落とすことになりました。 5.立命館大学は、京都市内にある衣笠キャンパスに加えて、滋賀県に飛び出してびわこ・くさつキャンパスを作りました。 長期的に滋賀県や草津のコミュニティに貢献するかと思いきや、今度は大阪府に大阪いばらきキャンパスを作りました。 こうした「節操のなさ」に対して、世間は「落ち着きのない大学」とのイメージを持っているのです。

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立命館大学と富山大学について

立命館 大学

衣笠キャンパス 大学設置 創立 学校種別 設置者 本部所在地 西ノ京朱雀町1 キャンパス 朱雀(京都府京都市中京区) 衣笠(京都府京都市) びわこ・くさつ() 大阪いばらき() 東京(東京都千代田区) 大阪梅田(大阪府大阪市) 学部 文学部 映像学部 総合心理学部 グローバル教養学部 経済学部 情報理工学部 生命科学部 薬学部 スポーツ健康科学部 食マネジメント学部 研究科 法学研究科 文学研究科 映像研究科 社会学研究科 国際関係研究科 言語教育情報研究科 先端総合学術研究科 経営学研究科 政策科学研究科 人間科学研究科 テクノロジー・マネジメント研究科 経営管理研究科 経済学研究科 理工学研究科 情報理工学研究科 生命科学研究科 薬学研究科 スポーツ健康科学研究科 法務研究科 教職研究科 ウェブサイト 立命館大学(りつめいかんだいがく、: Ritsumeikan University)は、西ノ京朱雀町1に本部を置くのである。 に設置された。 は立命、立命館、立命大。 では立大も使用される。 概観 [ ] 大学全体 [ ] 「立命館」の由来は、『』盡心章句(じんしんしょうく)にある「殀寿貳(ようじゅたが)わず、身を修めて以て之を俟(ま)つは、命を立つる所以(ゆえん)なり」(人間の寿命は天命によって決められており、修養に努めてその天命を待つのが人間の本分である)から採られた。 建学の精神 [ ] 建学の精神は「と清新」である。 教学理念は「と」である。 学風および特色 [ ] 末川博記念碑(衣笠キャンパス) 末川博 名誉総長のことば「未来を信じ 未来に生きる」が刻まれる記念碑。 前の木立に立つ。 前から戦中に掛けて、立命館大学は世相を反映して的傾向が強まっていった。 一方で(立命館大学では「京大事件」と呼称)の際には、同事件に連座してを退官した教員を受け入れていた。 終戦直後、同事件に連座した、教授のを総長へ招聘した。 その末川を中心に大学の改革へ乗り出す。 とを尊重して「平和と民主主義」を守ろうという末川の思想が中心となって、立命館大学は「民主的な学園運営」「自主的学習の尊重」の2本柱によって構成され、以下に記載する取り組みが現在の立命館大学に至るまで実施され続けている。 末川が立命館大学に与えた影響は極めて大きく 、これらの功績を讃えて、同大学では末川を として顕彰している。 また、末川が構成した思想を「立命館民主主義 」と呼んでいる。 理事者・評議員・専任教職員・学生・生徒からなる全学代表による()の導入(開始)。 理事会・教授会・・教職員組合などの全ての学園組織と学生の代表を加えた制度を創設し、学園運営の重要事項の合意を形成する(創設)。 「社会に開かれた大学」を目指した市民を対象としたなどのの開催(開始)。 学部長の法人理事職の兼任。 立命館大学全学協議会 [ ] 立命館大学全学協議会 立命館大学には最高の協議機関である「 立命館大学全学協議会」を設置している。 1948年に名誉総長のによって創設された。 参加者は常任理事会、、院生協議会連合会、教職員組合および生活協同組合(オブザーバー)の各代表となっている。 特に学生や大学院生の代表を大学自治の重要な担い手として位置づけ、正式な構成員としている点が特徴的であり、立命館大学の掲げる「全構成員自治」の要となる民主的制度である。 この全学協議会では、学園の重要な課題である長期計画や教学課題、学生生活課題、学費課題など正課や課外を問わず、大学運営や学園創造に関するすべての重要な事項について協議をし、学園の構想に反映させ教育やキャンパス環境の高度化を図っている。 通年は一般には非公開で「 全学協議会代表者会議」が行われているが、原則4年に1度「 公開全学協議会」の形で開催される。 公開全学協議会には、立命館に在籍する学生および教職員が傍聴することできる。 沿革 [ ] 国清殿(旧・中央講堂) 略歴 [ ] 、 がを創設。 しかし、京都府庁()の差留命令により1年弱で閉鎖された。 西園寺の秘書官であったが西園寺の意志を継ぎ、に向学心を持つ勤労青年のために勉学の機会を与えるとともに、教員の経済支援を兼ねたとしてを設立。 京都市丸太町にあった「」(「」の近隣にあった)を仮の校舎とした。 他方、に、(きょうとほうがっこう)が、京都市下ル内に設立されている。 これは、およびを教授することを目的に設立された私立学校で、校主には卒業後、京都始審裁判所に勤務したが就任。 この他、名誉員に京都府、評定官、京都始審裁判所所長、同検事、部長らが就いた。 しかし、その後、入学希望者の増加に対応しきれなくなり、に事実上引き継がれた。 山崎恵純は引き続き京都法政学校の教授を務めた。 現在の立命館大学では、京都法政学校が設立されたを 創立と、が開設されたを立命館の 創始としている。 西園寺公望との関係 [ ] 私塾立命館の閉鎖をたいそう残念に思っていた西園寺公望は、同私塾の復興を誓う。 その意志を継いだのが西園寺の秘書官、だった。 自分の意志を継いだ中川に西園寺は協力を惜しまず、自らの政治的人脈を生かし、様々な形での支援を行った。 西園寺の庶弟が学園幹事に就任、同じく実弟の当主()は大口の寄付を行った。 また西園寺家である「」の旗を立命館学園が使用することを許可しており実際に使用されていた。 また大学昇格に必要な書籍を寄付するなど、ハードの面でも支援も行っている。 また、は立命館に巨額の寄付を行っており(は溥儀の寄付により作られた)、これも西園寺の人脈によるものである。 中川が「立命館」の名称を用いることを西園寺に申し出た際には『立命館』の名称と精神の継承(立命館の再興)を大層喜び、『立命館と由緒』のを与えた。 後に西園寺は「余が建設せる立命館の名称と精神を継承せる貴学」と現在の立命館大学のことを述べており、彼の作った立命館が再興し、受け継がれている事を喜んだ(原文:「明治ノ初メニ於イテ余ガ建設セル立命館ノ名称ト精神ヲ継承セル貴学ガ益々発展シテ国家ノ進運ニ貢献スルコト大ナルベキヲ祈ル」((昭和10年))。 西園寺はによって創立したが、によるへの昇格条件を満たすために多数の書籍を寄付している。 これらの書籍は、現在も「」として保存されている。 なお、1回目の寄贈はに行われ、英仏書187冊 であった。 その後、に約300冊 、には西園寺家伝来の和綴本739部881冊 の寄贈が為された。 この和綴書には、宮中儀式、関係、記録、和歌関係などの貴重文書が含まれている。 そして5月に行われた最後の寄贈は和漢書6,671冊にもおよび、西園寺が特に愛読していたと思われるものが大量に含まれている のが特徴である。 1932年、83歳になった西園寺は人生最後の京都訪問を行う。 その際、京都市上京区にあるを訪問先に選んだ。 9月22日の朝、広小路学舎を訪れた西園寺は、校舎ホールに飾ってある自筆の『立命館』の扁額に気が付くとしばらく目を留めたといわれている。 西園寺の私塾との間に学校組織としての連続性はないものの、こうした状況から西園寺が没したには、西園寺を「学祖」と取り決めた。 そのため、との関係は、のみならず、立命館大学とも続いており、大学の行事に西園寺家の人々が出席している。 年表 [ ]• ( 02年) - がを創立。 (明治 03年) - (太政官留守官)の差留命令により私塾立命館閉鎖。 (明治22年) - 京都始審裁判所に勤務していたらがを設立。 以上に先行する前史• (明治33年) - がを設立。 を吸収。 (明治34年) - 西園寺の実弟・からの寄付などで、ようやく広小路(上京区清和院口寺町東入ル)に校舎を新築。 (明治35年) - 校外生制度、出版部設置。 講義録発行。 (明治36年) - 第1回卒業式を挙行。 による「私立京都法政専門学校」に組織変更。 (明治37年) - 専門学校令による「私立京都法政大学」の設立。 大学部(法律学科、経済学科、)-昼間制、専門学部(法律科、行政科、経済科、高等研究科)-夜間制を設置。 初代学長にが就任。 (明治38年) - 西園寺が1869年(明治2年)に創設したの名称継承の許諾を得るとともに、西園寺直筆の「立命館」の3文字を大書、75文字のゆかりを付記した大扁額を寄贈される。 (明治41年) - 東方語学校廃校。 火災により広小路校舎焼失(翌年再建)。 ( 02年) - 設立、「私立立命館大学」に改称。 初代館長に中川小十郎が就任。 財団法人設立祝賀校友大会を京都・円山左阿弥において開催。 校旗並びに制服、制帽制定。 (大正 03年) - 私立電気工学講習所開設(理工学部の前身)。 (大正 04年) - 図書館開設。 (大正 06年) - 司法試験受験希望者のために特別研究科設置。 (大正 07年) - 10年前の火災で焼失した「立命館」大扁額の代わりとして、西園寺の好意で新たにされた扁額が寄贈される。 (大正 08年) - 私立立命館大学を立命館大学と改称。 創立20周年記念校友会を開き、全国校友会結成。 (大正 09年) - 学監を所長として附属日本法律研究所を大阪に設立。 緊急校友大会、大学令による大学への昇格運動決議、大学昇格基本金募金開始。 (大正11年) - による立命館大学設立認可(学長・富井政章)。 図書館を立命館文庫と改称。 (大正12年) - 大学令による開講。 従来からの専門部をに改組。 立命館高等予備校設立(1929年廃止)。 はじめて留学生を派遣。 (大正14年) - (法律学科・経済学科)開講。 専門学校令による立命館大学廃止。 立命館文庫の閲覧業務開始。 (大正15年) - 立命館大学出版部を設置。 養性館竣工(広小路)。 ( 02年) - 法学部を法経学部に改組し、商学科を増設。 専門学部に文学科、商学科、予科3年制(昼間部)設置。 尽心館(広小路)竣工。 が学長に就任。 (昭和 03年) - 大学令による立命館大学の第1回卒業式を挙行。 研究科を開設。 初代存心館(広小路)竣工。 学生がの警護を目的として「」を発足させる(終戦後、解体)。 (昭和 04年) - グラウンド完成。 記念全学運動会開催。 大学および予科の夜間制度開設。 予科の夜間授業開始。 (昭和 05年) - 法経学部商学科開設。 (昭和 06年) - 大学夜間部開講。 総長制施行。 へ委嘱の校歌作曲完成。 が名誉総長に推薦される。 (昭和 07年) - 西園寺公望が来校(立命館・寺町広小路校地)。 総長の案内で中央講堂、教室、研究室などを視察()。 (昭和 08年) - 発生(立命館大学では「京大事件」と呼称)。 辞職した法学部教授・助教授17名を招聘。 専門学部に高等商業科設置。 (昭和 09年) - 専門学部法律科・経済科で昼間授業開始。 (昭和10年) - 専門学部文学科に歴史地理科を設置。 (昭和11年) - 初代中川会館(広小路)竣工。 が名誉学長に推薦される。 (昭和12年) - 法経学部法律学科を法律学科・政治学科に分割。 (昭和13年) - 創設。 立命館高等工科学校を開設。 (昭和14年) - より50万円の寄付を受け、そのうち20万円でに約6万坪の土地を購入。 立命館高等工科学校を立命館日満高等工科学校に改組し、等持院学舎(現在の衣笠キャンパス)に開校。 (昭和15年) - 死去。 西園寺を学祖とすることを決議。 (昭和16年) - 校章が現在のデザイン(金色の立命に、銀色の大学)になる。 法経学部を法文学部(法政学科・文学科)に改め、専門学部も改組(法政学科・文学科・高等商業科)。 を所長に迎えて国防学研究所を設置(戦後、解体)。 (昭和17年) - 法文学部法政学科・文学科を東亜法政学科・東亜経済学科・東亜文学科に改組・改称。 国体学科設置。 立命館日満高等工科学校が専門学部工学科に昇格、専門学部に理学科増設。 教授旧蔵の法律書7,181冊の寄贈を受けて加古文庫創設。 立命館同学会会則制定。 (昭和19年) - 立命館専門学校に改組。 (昭和20年) - 授業再開。 東亜法政学科・東亜経済学科・東亜文学科を法政学科・経済学科・文学科に改称。 立命館研究所創設。 (昭和21年) - 寄付行為と学則を変更、国家主義的内容を削除。 立命館土曜講座が開設される。 (昭和22年) - 新制大学設置準備のため学制改革委員会を設置。 立命館教職員組合結成。 (昭和23年) - 学校教育法による新制大学設置(総長・)。 法学部、経済学部、文学部(4学科6専攻)の3学部(一・二部)を設置。 立命館研究所を人文科学研究所に改組。 制度の創設。 (昭和24年) - 旧制の大学と専門学校の学生募集停止。 総長選挙規定制定。 全学の代表による総長公選制度の導入。 新制を設置(数学物理学科・化学科・電気工学科・機械工学科・土木工学科)。 文学部棟第二新館(広小路)竣工。 (昭和25年) - 大学院設置。 修士課程(法学研究科・経済学研究科・文学研究科)。 大学院棟(広小路)竣工。 大学協議会設置。 鴨川運動場竣工。 (昭和26年) - 財団法人立命館からに組織変更。 旧制の学部生・専門学校生が全員卒業。 を建立。 反戦学生同盟立命支部を結成。 (昭和27年) - 新制大学院工学研究科を設置。 立命会館(広小路学生会館)竣工。 (昭和28年) - 経済学部に経済学科・経営学科を設置。 わだつみ像建立除幕式。 『立命館創立五十年史』刊行。 研心館、興学館(広小路)竣工。 旧制の専門学校廃止。 新制の学位規程を制定。 (昭和29年) - 存心館(広小路)の4階増築竣工。 理工学部3号館(衣笠)竣工。 (昭和30年) - 理工学研究所設立。 (昭和31年) - 理工学部2号館(衣笠)竣工。 地方入試を開始(、、、)。 (昭和32年) - 末川博総長所蔵の法律書12,000余冊の寄贈を受けて末川文庫創設。 清心館、尚学館(広小路)竣工。 (昭和33年) - 体育館(鴨川畔)。 敬学館(広小路)竣工。 (昭和35年) - 旧制立命館大学廃止。 (昭和36年) - 有心館(広小路)竣工。 理工学部4号館(現在の衣笠キャンパス 有心館)竣工。 (昭和37年) - 設置。 恒心館(広小路)竣工。 『大学講座』放送開始(~65年まで)。 (昭和38年) - 理工学部5号館(現・興学館)竣工。 ソ連科学アカデミーアジア諸民族研究所との間で交換研究員制度発足。 (昭和39年) - 経営学部二部設置。 理工学部二部を改組し基礎工学科設置。 (昭和40年) - 設置。 経済学部と経営学部が衣笠キャンパスへ移転。 以学館(衣笠)竣工。 理工学部6号館(現・恒心館)竣工。 (昭和41年) - 立命館土曜講座1,000記念大講演会開催。 修学館(衣笠)竣工。 理工学部新1号館竣工。 (昭和42年) - 図書館(衣笠)竣工。 柊野野球場完成。 (昭和44年) - 寮連合、中川会館封鎖。 によるが起きる。 第一体育館(衣笠)竣工。 (昭和45年) - 産業社会学部が衣笠キャンパスへ移転。 学而館(衣笠)竣工。 学部長選挙規程制定。 柊野総合グラウンド竣工。 わだつみ像再建除幕式開催。 に蓬萊セミナーハウス竣工。 (昭和46年) - 公費助成推進のための立命館大学連絡協議会結成。 長期計画委員会発足。 (昭和47年) - 修学館第2期工事竣工。 (昭和48年) - 学生会館(衣笠)竣工。 (昭和49年) - 志学館(衣笠)竣工。 (昭和50年) - 宇多野セミナーハウス開設。 (昭和51年) - 理工学部7号館竣工。 (昭和52年) - 清心館(衣笠)竣工。 末川博名誉総長死去。 氷室グラウンド開設。 (昭和53年) - 文学部・二部全学部が衣笠キャンパスへ移転。 びわこ・くさつキャンパス• (昭和54年) - 二代目中川会館(現・至徳館)竣工。 学園本部が衣笠キャンパスへ移転。 研心館(衣笠)竣工。 (昭和55年) - 平野会館開館。 (昭和56年) - 法学部が衣笠キャンパスへ移転し、全学移転完了。 広小路学舎閉校祭典開催。 存心館(衣笠)竣工。 第二体育館(衣笠)竣工。 (昭和57年) - 副学長制設置。 原谷グラウンド竣工。 (昭和58年) - 竣工。 (昭和62年) - 理工学部に情報工学科を増設。 (昭和63年) - 竣工。 を西園寺記念館に設置。 国際地域研究所を設立。 の運営を受託。 理工学部4号館(現・洋洋館)竣工。 尚学館(衣笠)竣工。 (元年) - 国際言語文化研究所を設立。 尽心館(衣笠)竣工。 (平成 02年) - 教育科学研究所を設立。 明学館(衣笠)竣工。 修学館増改築竣工。 (平成 03年) - 立命館・(カナダ)ジョイントプログラム実施。 (平成 04年) - のとの間で「立命館大学・アメリカン大学・大学院共同学位プログラム」を開始。 のに「」設立。 大学院国際関係研究科を設置。 国際平和ミュージアムを設立。 「アカデメイア立命21」(学生セミナーハウス)を設置。 (平成 05年) - 立命館大学けいはんなセンター開設()。 理工学部電子工学科を電気電子工学科と改称。 綜合情報センター設置。 (平成 06年) - に「びわこ・くさつキャンパス」 BKC を設置し、理工学部を全面移転。 理工学部に生物工学科、環境システム工学科、情報学科を設置。 衣笠キャンパスにを開設。 校章とは別の全学園シンボルマークとして「Rits」を制定((平成12年)登録)。 客員教授(受賞)が南部陽一郎研究奨励金創設。 (平成 07年) - ヨーロッパ審議会寄託図書館を設置。 「立命館大阪オフィス」(2010年12月に閉鎖)を開設。 (平成 08年) - I部・II部の区分を廃止し、昼間主コース・夜間主コースからなる「昼夜開講制」に移行。 (平成 09年) - 大学院政策科学研究科を設置。 ハイテク・リサーチ・センター開設(BKC)。 (平成10年) - 経済学部・経営学部をびわこ・くさつキャンパスに移転。 文理総合インスティテュート開設。 BKC担当副総長・副学長設置。 (平成11年) - 新昼夜開講制導入。 東京都中央区のビル内に「立命館東京キャンパス」を開設。 (平成12年) - 国際インスティテュート開設。 理工学部数学物理学科を数理科学科・物理科学科に改組。 化学科・生物工学科をそれぞれ応用化学科・化学生物工学科に名称変更。 びわこ・くさつキャンパスに「」を設置。 人間科学研究所を設置。 『立命館百年史』を刊行。 (平成13年) - 文学部心理学科を設置。 文学部哲学科に教育人間学専攻を設置。 理工学部光工学科を電子光情報工学科に名称変更。 産業社会学部に人間福祉学科を設置。 大学院応用人間科学研究科を設置。 大学院理工学研究科フロンティア理工学専攻を設置。 びわこ・くさつキャンパスに「」(セミナーハウス)を設置。 創思館(衣笠)竣工。 (平成14年) - 言語習得センター:Center for Language Acquisition CLA を設置。 ランゲージセンター(衣笠)竣工。 大学院経営学研究科にプロフェッショナルコースを設置。 (平成15年) - 大学院言語教育情報研究科、先端総合学術研究科を設置。 (平成16年) - 理工学部情報学科が情報理工学部に昇格。 大学院法務研究科(法科大学院)開設。 文学部を人文学科と心理学科の2学科制に再編。 理工学部に電子情報デザイン学科、マイクロ機械システム工学科、建築都市デザイン学科を増設。 理工学部土木工学科を都市システム工学科に名称変更。 敬学館(衣笠)竣工。 (平成17年) - テクノロジー・マネジメント研究科(MOT大学院)開設。 びわこ・くさつキャンパスに「」(学生交流施設)を設置。 「大学行政研究・研修センター」開設。 記念東洋文字文化研究所開設。 (平成18年) - 大学院を設置。 経済学部に国際経済学科、経営学部に国際経営学科を設置。 文学部の全学科を人文学科として統合。 朱雀キャンパス開設。 新「中川会館」竣工(これに伴い衣笠キャンパスの旧「中川会館」を「至徳館」に名称変更)。 歴史都市防災研究センター(衣笠)竣工。 「立命館憲章」制定。 (平成19年) - 夜間主コースを廃止。 を設置。 充光館(衣笠)竣工。 大学院を設置。 産業社会学部を現代社会学科に学科再編。 既存の「立命館東京オフィス」とは別に、前の内に「立命館東京キャンパス」を開設。 校章およびシンボルマーク「Rits」とは別に、立命館憲章の理念を込めた全学園コミュニケーションマーク「R」を制定。 BKCグリーンフィールド完成。 入試情報等のサービス提供拠点「立命館プラザ」を、、、に開設。 (平成20年) - 育友館(衣笠)竣工。 生命科学部・薬学部を設置。 立命館グローバル・イノベーション研究機構 GIRO 開設。 (平成21年) - 新長期計画に向け学園ビジョン「R2020」を立ち上げる。 文学部に京都学プログラム・言語コミュニケーションプログラムを開設、総合プログラムを募集停止。 衣笠セミナーハウスが国際平和ミュージアムから西園寺記念館に移転。 衣笠キャンパス至徳館内に「立命館プラザ京都」を開設。 に、、、とともに(米国)を設立。 (平成22年) - BKCに・大学院スポーツ健康科学研究科を開設。 経済学部、経営学部、理工学部建築都市デザイン学科で文理総合インスティテュートが募集停止。 (平成23年) - 国際関係学部に国際関係学専攻と全ての授業を英語で行うグローバル・スタディーズ専攻の2専攻を新設。 北区に「立命館大阪(梅田)キャンパス」を開設。 びわこ・くさつキャンパス「キャンパスインフォメーション・キャノピー」内に「立命館プラザBKC」を開設。 国際関係学部で国際インスティテュートが募集停止。 大学院映像研究科設置。 (平成24年) - 1月10日に「立命館東京オフィス」を「立命館東京キャンパス」内に移転・統合。 4月に大学院情報理工学研究科および大学院生命科学研究科を開設。 文学部を8学域18専攻に再編。 理工学部数理科学科・環境システム学科で文理総合インスティテュートが募集停止。 理工学部の電気電子情報工学科と電子光情報工学科を統合し「電気電子工学科」、電子情報デザイン学科を「電子情報工学科」、機械工学科とマイクロ機械システム工学科を統合して「機械工学科」にそれぞれ再編。 法学部、産業社会学部、政策科学部、文学部で国際インスティテュートが募集停止。 (平成25年) - 衣笠キャンパス第一体育館を解体、跡地に新図書館「記念図書館」の建設を開始。 政策科学部に全ての講義を英語で行う「Community and Regional Policy Studies専攻」設置。 中国のと共同で国際情報ソフトウェア学部を開設。 (平成26年) - 研究科設置。 文学研究科行動文化情報学専攻設置。 (平成27年) - 大阪府に「大阪いばらきキャンパス」 OIC を設置。 経営学部、政策科学部、経営学研究科、政策科学研究科、テクノロジーマネジメント研究科、経営管理研究科を全面移転。 (平成28年) - 文学部の東洋研究学域を東アジア研究学域に、中国文学専攻を中国文学・思想専攻に名称変更。 大阪いばらきキャンパスに総合心理学部を開設(文学部心理学域を募集停止)。 薬学部に4年制の創薬科学科を設置。 BKCスポーツ健康コモンズ竣工。 (平成29年) - 教職研究科()設置。 (平成30年) - びわこ・くさつキャンパスに「食マネジメント学部」 College of Gastronomy Management を開設。 理工学部の都市システム工学科と環境システム工学科を統合し「環境都市システム工学科」を開設。 衣笠キャンパスの国際関係学部に「アメリカン大学・立命館大学国際連携学科」を開設。 (平成31年) - 4月に大阪いばらきキャンパスに、グローバル教養学部(GLA、と単位互換制)を開設予定。 2019年(元年) - 9月に大阪いばらきキャンパスにグローバル教養学部を中心とした国内学生と国際学生の混住型国際寮機能を兼ね備えた国際交流拠点となる「立命館大学OIC分林保弘記念国際交流館」(仮称)が完成予定。 基礎データ [ ] 校章 所在地 [ ]• 立命館 朱雀キャンパス(京都府京都市中京区)• 立命館大学 衣笠キャンパス【略称:KIC】(京都府京都市)• 立命館大学 びわこ・くさつキャンパス【略称:BKC】(滋賀県)• 立命館大学 大阪いばらきキャンパス【略称:OIC】(大阪府茨木市)• 立命館 東京キャンパス()• 立命館 大阪梅田キャンパス(大阪府大阪市) 象徴 [ ]• は(えんじ)色である。 校章は金の「立命」の上に銀で「大学」としてあるもの。 この校章のほかに、学校法人立命館としてのシンボルマーク「Rits」や、コミュニケーションマーク「R」がある。 シンボルマーク制定以前には「立」の字からデザインしたマークが使用されていた。 「」も参照 校歌 [ ] 1931年制定。 作詞は、作曲はによる。 全2番構成だったが、内容が国家主義的とも受け取れるものであった2番目の歌詞は、戦後歌うことが憚かられるようになった(1990年5月25日の理事会で正式に廃止された)。 現在は1番目を2回繰り返して歌う。 」が制定された。 これに合わせて毎年、元総長と同学の卒業生が京都の名所旧跡で語り合う、という内容のイメージ広告が、首都圏・近畿圏の鉄道ターミナル駅や新聞に掲載された。 2007年・ 出演:、、()• 2008年・ 出演:(1993年にも、同学のイメージキャラクターとして起用された)• 2009年・ 出演:、(・) 2013年1月からは、「 Beyond Borders ~ 超えていけ。 RITSUMEIKAN」として、同学の活動全般(教育活動、、社会貢献、体育会・文化会各部、サークル等)を紹介する内容のイメージ広告が展開されている。 組織および研究 [ ] 組織 [ ] 学部 [ ] 衣笠キャンパス [ ]• 法政展開• 法政展開には6つの専門化プログラムが用意されている• 司法特修• 公務行政特修• 現代社会専攻• メディア社会専攻• スポーツ社会専攻• 子ども社会専攻• 人間福祉専攻• 国際関係学科• 国際関係学専攻• グローバル・スタディーズ専攻(英語を使用言語とする専攻)• アメリカン大学・立命館大学国際連携学科(との共同設置学科)• 人文学科• 人間研究学域• 哲学・倫理学専攻• 教育人間学専攻• 日本文学研究学域• 日本文学専攻• 日本語情報学専攻• 日本史研究学域• 日本史学専攻• 考古学・文化遺産専攻• 東アジア研究学域• 中国文学・思想専攻• 東洋史学専攻• 現代東アジア言語・文化専攻• 国際文化学域• 英米文学専攻• ヨーロッパ・イスラーム史専攻• 文化芸術専攻• 地域研究学域• 地理学専攻• 地域観光学専攻• 国際コミュニケーション学域• 英語圏文化専攻• 国際英語専攻• 言語コミュニケーション学域• コミュニケーション表現専攻• 言語学・日本語教育専攻• 映像学科 びわこ・くさつキャンパス [ ]• 経済専攻• 国際専攻• 物理科学科• 電子情報工学科• ロボティクス学科• 環境都市システム工学科• 情報理工学科• システムアーキテクトコース• セキュリティ・ネットワークコース• 先端社会デザインコース• 実世界情報コース• 画像・音メディアコース• 知能情報コース• 情報システムグローバルコース(英語を使用言語とするコース)• 生命情報学科• 生命医科学科• (6年制)• 創薬科学科(4年制)• スポーツ健康科学科• 食マネジメント学部• 食マネジメント学科 大阪いばらきキャンパス [ ]• 政策科学科• 政策科学専攻• Community and Regional Policy Studies専攻(英語を使用言語とする専攻)• 総合心理学科• (との共同設置学部)• グローバル教養学科 II部(二部・夜間部) [ ] 現在は夜間のみで卒業する学生を対象とした学習環境は提供されていない。 過去には法学部、文学部、経済学部、経営学部、理工学部、産業社会学部の各学部に、1995年までII部(二部・夜間部)が存在した。 立命館大学II部は他大学と異なり、入学試験の受験資格が本来の目的である勤労学生もしくは社会人に限定され、さらに、入学後のII部からI部へ移る制度も設けていなかった。 その後よりI部・II部の区分を廃止し、昼間主コース・夜間主コースからなる「」に移行した。 さらには1999年にBKCで先行開始された新昼夜開講制の導入により、実質的な昼夜コース枠組みの撤廃が行われた。 そして2007年1月には産業社会学部の夜間主コースで最終講義が行われ 、立命館大学の源流であるが107年の歴史を閉じた。 インスティテュート [ ] 立命館大学は以前、「国際インスティテュート」(2000年度に設置)と「文理総合インスティテュート」(1998年度に設置)を設けて学部横断的な教育を展開していた。 専門性の習得や入試募集の単位の細分化など、改善すべき課題が生じてきたとして、現在は全て募集を停止している。 ここでは学生の学籍は所属する学部学科にあるが、実際には卒業の基準や必修も全てインスティテュートの枠組みの中で行われることになる。 インスティテュート所属生の選抜は入学試験で行われた。 また、文学部も1996年度に文学部の学生向けに「人文総合科学インスティテュート」を設置していたものの、2002年度に従来の人文総合科学インスティテュートを学際プログラムと改称した上で、総合プログラムと国際プログラムを新設。 この3プログラムを新たな人文総合科学インスティテュートとして再編した。 2009年度には、総合プログラムを京都学プログラムと言語コミュニケーションプログラムの2プログラムへと再編したが、2012年度の「学域・専攻制度」の導入に伴い廃止となった。 国際インスティテュート• 国際法務プログラム(法学部の学生が対象)• 国際公共プログラム(国際関係学部、政策科学部の学生が対象)• 国際社会プログラム(産業社会学部、文学部の学生が対象)• 国際福祉プログラム(産業社会学部の学生が対象)• 国際関係学部は2011年度から、法学部、産業社会学部、政策科学部、文学部は2012年から募集停止• 文理総合インスティテュート• ファイナンス・情報・インスティテュート(経済学部、経営学部、理工学部数理科学科の学生が対象)• 環境・デザイン・インスティテュート(経済学部、経営学部、理工学部建築都市デザイン学科、理工学部環境システム学科の学生が対象)• サービス・マネジメント・インスティテュート(経済学部、経営学部の学生が対象)• 経済学部、経営学部、理工学部建築都市デザイン学科は2010年度から、理工学部数理科学科、理工学部環境システム学科は2012年度から募集停止• 人文総合科学インスティテュート• 京都学プログラム• 言語コミュニケーションプログラム• 国際プログラム• 学際プログラム• 言語文化領域• 芸術表象領域• 歴史人類領域 研究科 [ ] 衣笠キャンパス [ ]• (博士前期課程・博士後期課程)• 法学専攻• 研究コース(前期課程・後期課程)• リーガル・スペシャリスト・コース(前期課程)• 法政リサーチ・コース(前期課程)• (博士前期課程・博士後期課程)• 応用社会学専攻• (博士前期課程・博士後期課程)• 国際関係学専攻• (博士前期課程・博士後期課程)• 人文学専攻• 哲学専修• 教育人間学専修• 日本文学専修• 中国文学・思想専修• 英米文学専修• 日本史学専修• 東洋史学専修• 西洋史学専修• 現代東アジア言語・文化学専修• 英語圏文化専修• 文化動態学専修• 行動文化情報学専攻• 心理学専修• 地理学専修• 文化情報学専修• 考古学・文化遺産専修• 言語教育情報研究科(修士課程)• 言語教育情報専攻• 言語教育学コース• 言語情報コミュニケーションコース• 先端総合学術研究科()• 先端総合学術専攻• 公共領域• 生命領域• 共生領域• 表象領域• 映像研究科(修士課程)• 映像専攻 びわこ・くさつキャンパス [ ]• (博士前期課程・博士後期課程)• 経済学専攻• (博士前期課程・博士後期課程)• 基礎理工学専攻• 数理科学コース(前期課程・後期課程)• 物理科学コース(前期課程・後期課程)• 電子システム専攻• 電子システムコース(前期課程)• コース制なし(後期課程)• 機械システム専攻• 機械工学コース(前期課程)• ロボティクスコース(前期課程)• マイクロ機械コース(前期課程)• コース制なし(後期課程)• 環境都市専攻• 歴史都市防災コース(前期課程)• 環境社会工学コース(前期課程)• 建築都市デザインコース(前期課程)• コース制なし(後期課程)• (博士前期課程・博士後期課程)• 情報理工学専攻• 生命科学研究科(博士前期課程・博士後期課程)• 生命科学専攻• 応用化学コース(前期課程)• 生物工学コース(前期課程)• 生命情報学コース(前期課程)• 生命医科学コース(前期課程)• スポーツ健康科学研究科(博士前期課程・博士後期課程)• スポーツ健康科学専攻• (4年制博士課程)• 薬学専攻 大阪いばらきキャンパス [ ]• (博士前期課程・博士後期課程)• 企業経営専攻• (博士前期課程・博士後期課程)• 政策科学専攻• 公共政策クラスター• 環境開発クラスター• 社会マネジメントクラスター• (博士前期課程・博士後期課程)• テクノロジー・マネジメント専攻• (博士前期課程・博士後期課程)• 人間科学専攻• 心理学領域• 対人援助領域• (専門職学位課程)• 経営管理専攻• 企業経営コース• 企業会計コース 朱雀キャンパス [ ]• (専門職学位課程)• 法曹養成専攻• (専門職学位課程)• 実践教育専攻 附属機関 [ ]• 衣笠総合研究機構• 人文科学研究所• 国際地域研究所• 国際言語文化研究所• 人間科学研究所• アート・リサーチセンター• 歴史都市防災研究所• 地域情報研究センター• コリア研究センター• 中東・イスラーム研究センター• 金融・法・税務研究センター• 間文化現象学研究センター• ゲーム研究センター• 立命館サステイナビリティ学研究センター• 環太平洋文明研究センター• BKC社系研究機構• 社会システム研究所• 研究センター群• イノベーション・マネジメント研究センター• ファイナンス研究センター• 医療経営研究センター• デザイン科学研究センター• 総合理工学研究機構• 理工学研究所• 研究センター群• 先端マイクロ・ナノシステム技術研究センター• スポーツ健康科学研究センター• 先端ロボティクス研究センター• 先端材料技術研究センター• 工学研究センター• 技術経営戦略研究センター• エコ・テクノロジー研究センター• バイオシミュレーション研究センター• 防災フロンティア研究センター• バイオメディカルデバイス研究センター• 科学研究センター• ソフト・ハード融合機能材料研究センター• SRセンター• VLSIセンター• 立命館グローバル・イノベーション研究機構• 言語教育推進機構• 言語教育センター• 言語習得センター• 教職教育推進機構• 教職教育総合センター• 教職支援センター• 教育開発推進機構• 教育開発支援センター• 接続教育支援センター• 共通教育推進機構• 教養教育センター• キャリア教育センター• サービスラーニングセンター• 高大連携推進室• 国際教育推進機構• 国際教育センター(衣笠)• 国際教育センター BKC• 日本語教育センター• 立命館孔子学院• 産学官連携戦略本部• 立命館保健センター• 国際平和ミュージアム• 大学評価室• 大学行政研究・研修センター• 心理教育・相談センター• エクステンションセンター 附属図書館 [ ] BKCメディアセンター 理工、情報理工学部、生命科学部、薬学部関連の図書を所蔵する図書館(びわこ・くさつキャンパス) 立命館大学蔵書数(附属研究機関含む/2018年度時点)は、3,285,840冊(和漢書2,300,312冊、洋書985,528冊)。 APUライブラリー(立命館アジア太平洋大学)蔵書数は含まない。 衣笠図書館は旧第一体育館跡に2016年春に新築移転した。 建築費用の大部分が、大学OBで元会長の故の遺産の寄付に賄われたことに因み 平井嘉一郎記念図書館と命名された。 衣笠キャンパス• 平井嘉一郎記念図書館• 修学館リサーチライブラリー• 人文系文献資料室• びわこ・くさつキャンパス BKC• メディアセンター• メディアライブラリー• 大阪いばらきキャンパス OIC• OICライブラリー• 朱雀キャンパス• 朱雀リサーチライブラリー 博物館 [ ]• 西園寺文庫 [ ] 西園寺文庫は、図書館内にある。 西園寺家伝来の貴重な資料のほか、自身が収集した資料を含む。 総冊数13,072。 西園寺文庫の資料は、西園寺が生前4回にわたって立命館大学に寄贈した資料を中心に構成されており、その前身は同校に設置された「西園寺公文庫」である。 一回目の寄贈は5月に行われたが、これは立命館大学(旧制)が大学昇格条件を満たすために整備した立命館文庫に対して記念寄贈されたもので、英仏書187冊であった。 その後、に和漢書約300冊、6月には西園寺家伝来の和綴本739部881冊の寄贈がなされた。 この和綴書には、宮中儀式、有職故実関係、改元記録、和歌関係などの貴重文書が含まれている。 そして最後、すなわち四回目の寄贈は(昭和15年)5月に行われている。 この最後の寄贈資料は和漢書6,671冊にもおよび、西園寺公が特に愛読していたと思われるものが大量に含まれているのが特徴とされる。 研究 [ ] 立命館大学アート・リサーチセンター(衣笠キャンパス) 21世紀COEプログラム「京都アート・エンタテイメント創成研究」拠点、グローバル COEプログラム「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点 として、3件のプロジェクトが採択されている。 2007年• 人文科学分野• 日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点• 学際・複合・新領域分野• 「生存学」創成拠点• 2008年• 機械、土木、建築、その他工学分野• 歴史都市を守る「文化遺産防災学」推進拠点 教育 [ ] 採択されたプログラム [ ]• 魅力ある大学院教育イニシアティブ• 国際通用性を高めた言語教育専門家の養成• 国際力を備えた技術系大学院生の育成• ローカル・ガバナンスの政策実践研究• プロジェクトを基礎とした人社系研究者養成• 法科大学院等専門職大学院形成支援プログラム• 国際貢献型<地球市民法曹>養成プログラム• 大学・大学院における教員養成推進プログラム• 学校教育臨床研修プログラムによる教員養成• 派遣型高度人材育成協同プラン• 文理連携型• 映像文化の創造を担う実践的教育プログラム• 」で学ぶ共生学• 人文学的知の地域還元で変わる歴史都市京都• IT人材育成のための実践的キャリア教育• グローバル人材養成のためのキャリア教育• 地域活性化ボランティア教育の深化と発展• 産学協同アントレプレナー教育プログラム• Japan and World Perspectives Program 仕事で英語が使える日本人の育成• 大学教育の国際化推進プログラム• 大学院留学生の入学前教育プログラムの開発• 海外先進教育研究実践支援プログラム• ツイニングによる国際化への積極的取組 立命館土曜講座 [ ] 立命館土曜講座は、大学の社会的開放およびへの対応として実施している無料。 当時の学長であった末川が、提唱して開講されたもので、第一回目の講座はに実施された。 また、これに関連して、からにかけて、と共同して『テレビ大学講座』を制作していた。 現在は、衣笠キャンパスで実施している土曜講座のほかに、びわこ・くさつキャンパスで『立命館びわこ講座』、学校法人立命館の学校や事務所なども使用して公開講座が開催されている。 留学 [ ] 海外留学に関する教育プログラムが用意されている。 詳細については他大学との協定に関する説明を多数含むため、を参照。 学生生活(課外活動・自治活動など) [ ] 立命館大学学園祭大夜祭ステージ(衣笠キャンパス) 立命館大学学友会 [ ] 立命館大学には、学園祭などのイベントやサークル活動の他、クラス援助活動や大学との交渉といった自治活動などを統括する組織「立命館大学学友会」がある。 全員加盟制をとっており 、学生は学友会に加盟することで立命館大学の掲げる「全構成員自治」の一員となり、その代表は「」などで教学やキャンパス高度化、学生生活、学費、学園の事業など大学の運営に関する議論に参加している。 同組織には中央委員会や中央常任委員会の他、全学自治会(各学部自治会・学術部・学芸総部を含む)、中央事業団体(応援団・放送局・新聞社・体育会)が存在する。 体育会や学術本部・学芸総部に属する公認団体や同好会、任意団体の他にも、中央任意団体、登録団体といったサークルが存在する。 このような課外活動の主な拠点は、学生会館(衣笠)および BKC 、リンクスクエア BKC 、スチューデントラウンジ OIC となる。 また、体育会所属団体は各部の練習グラウンドにあるクラブハウスが活動の中心となる。 立命館大学学友会中央事務局 通称:中央常任委員会事務局 組織体系:調査企画部・財務部・特別事業部(学園祭事務局、新歓祭事務局) 学園祭 [ ] 学友会が中心となって運営する立命館大学学園祭実行委員会の主催による「立命館大学学園祭」が例年11月に行われている。 従来はびわこ・くさつキャンパス BKC で2日間、衣笠キャンパスで2日間の計4日間開催されていた。 3キャンパスとなった2015年は各キャンパスで1日ずつの計3日間となり、1週間ごとの日曜日に開催された。 しかし、3キャンパスを移動しながら展示会場などを設置することには無理があったこともあり、2016年度は開催日程の発表が極めて遅れた上、びわこ・くさつキャンパスの1キャンパスのみで1日だけの開催となった。 2017年度以降は各キャンパスで1日ずつの計3日間開催で落ち着いている。 4日開催の時の来場者数は、延べ約10万人 と公表されている。 学生文化の集大成を発表する場として、各課外活動団体やサークルによる一般企画や学園祭実行委員会による実行委員会企画(模擬店、フリーマーケット、野外ステージ企画、タレントによるコンサートなど)などが催される。 学園祭運営体制 [ ] 学園祭の運営は立命館大学学園祭実行委員会によって行われる。 実行委員会は、中央常任委員会の責任の下、中央委員会から予算の決定を含めた全ての権限を移譲される。 ある程度の企画および立案は、学園祭事務局がほぼ企画・立案し実行委員会でその企画意図や立案趣旨、予算などの審議が行われる。 学園祭の理念に相応しい企画であるか、学友会費を支弁するに相応しいかなどの視点から幾度も審議が重ねられ、最終的に実施の可否について参加委員の多数決にて結論を出す。 実行委員会は、学園祭実行委員長、学園祭副実行委員長(衣笠担当)、学園祭副実行委員長(BKC担当)、学園祭副実行委員長(OIC担当)、全学自治会、各学部自治会、学術本部、学芸総部、体育会、新聞社、放送局、応援団、中央事務局といった学友会中央パートにより構成されている。 また、オブザーバー・実行委員質問の答弁者として、衣笠学園祭事務局、OIC学園祭事務局、BKC学園祭事務局、中央事務局調査企画部および中央事務局財務部の各担当者の出席が認められている。 実行委員長は年度により異なり、中央常任委員長や学園振興委員長、中央事務局長などが務める。 各キャンパス内のみで終結する企画については、キャンパス別会議が開かれ、審議が行われる。 また形式上、実行委員会の委員メンバーには大学教職員からの委員は入っておらず、大学職員と緊密に連携を取りつつも、ほぼ学生による自治・創造性に任された運営が行われている。 実行委員会の実務を担う組織として、衣笠学園祭事務局(中央事務局特別事業部衣笠支局)、OIC学園祭事務局(同中央事務局特別事業部OIC支局)およびBKC学園祭事務局(BKC自治会事務局イベント事業部)が設けられる。 新歓祭典 [ ] 学友会が中心となって運営する立命館大学新歓実行委員会の主催による「新歓祭典」が、例年4月下旬にびわこ・くさつキャンパス BKC で1日間開催される。 運営体制については、学園祭に準ずるかたちとなる。 新入生を歓迎する祭典として、各課外活動団体やサークルによる企画や新歓実行委員会企画、新歓事務局による模擬店、野外ステージ企画など、様々な催しが行われる。 衣笠・BKC・OIC各キャンパスの全新入生の参加が推奨されており、歓迎の対象となる新入生が自ら小規模演習の各クラスから模擬店を出店することが恒例となっている。 スポーツ [ ] 大学創立当初より、文武両道の精神からスポーツには力を入れていたが、衣笠キャンパスの産業社会学部に「スポーツ学科(スポーツ社会)」が設けられた後、2010年には、びわこ・くさつキャンパスに「スポーツ健康科学部」が設けられたことにより、運動に長けた選手が入学し、や女子等、大学上げての強化が成功し、各部、実績を上げている。 は、に加盟している。 アメリカンフットボール部()は、などの優勝歴を有する。 は、に所属する。 は、に所属する。 は、に所属する。 立命館大学女子駅伝部は、 全国タイトルを全国大学最多の計21回(10回・11回)獲得した強豪である。 立命館大学体育会ソフトテニス部は、2018年にの浦安総合公園テニスコートで行われた第60回全日本学生シングルス選手権大会(インカレ)女子シングルスでスポーツ健康科学部2回生の梶尾明日香が立命館大学史上初となる 優勝を果たした。 京都市より「京都市スポーツ大賞」に選ばれ、その功績を称えられた。 立命館大学のライバルの大学であるとのも各スポーツ部で実施されている。 文化系 [ ] 立命館大学では文化系のクラブ活動も盛んである。 以下に特筆される文化系の部活動の活動実績を記す。 1939年に初号が発行された学生新聞『立命館』を源流とし、2019年に創刊80周年となったは、上述した学友会の中央事業団体に所属する立命館大学最大の学生メディア団体である。 紙媒体の新聞を季節毎に発行するほか、ウェブサイトでニュース配信を積極的に行っており、学生運営でありながら、立命館大学から独立した報道機関として、マスメディアの役割を担っている。 1982年に設立したでは、現役生やOB・OGを問わず、同会出身の解答者がテレビのクイズ番組で優秀な成績を残す者も多く存在するなど、極めてレベルの高いクイズクラブであり、私立大学の中ではトップ級のクイズ研究会である。 また、1989年より年に1回、概ね毎年秋に、立命館大学クイズソサエティーの最大のライバルで、また国立大学のクイズ研究会ではトップ級である、のクイズクラブであるとの対抗戦「」 が、国立大学と私立大学との壁を超えて開催されている。 立命館大学将棋研究会も、近年、学生将棋でトップクラスの成績を収めており、多くのアマチュア将棋強豪を輩出している。 大学関係者と組織 [ ] 大学関係者組織 [ ]• 立命館大学のは「 」と称し、立命館大学を卒業した者により構成される。 立命館大学にはがあり、「 立命館生活協同組合」と称する。 立命館大学には保護者組織があり、「 立命館大学父母教育後援会」と称する。 大学関係者一覧 [ ] 「」を参照 施設 [ ] キャンパス [ ] 衣笠キャンパス [ ]• 使用学部:、文学部、、、映像学部• 使用研究科:法学研究科、文学研究科、社会学研究科、国際関係研究科、映像研究科、言語教育情報研究科、先端総合学術研究科• 使用附属施設:立命館グローバル・イノベーション研究機構、人文科学研究所、国際地域研究所、国際言語文化研究所、人間科学研究所、歴史都市防災研究所、アート・リサーチセンター、生存学研究センター、環太平洋文明研究センター、白川静記念東洋文字文化研究所、間文化現象学研究センター、加藤周一現代思想研究センター、地域健康社会学研究センター、ゲーム研究センター• 交通アクセス:、、「立命館大学前」(・・・・・・・・・・臨時(立命館大学前行き)系統) 等持院北町56-1に所在する。 ()、がと()を建てた。 末、第三代・が、西園寺家から北山第を譲り受けたが、義満の北山第は、西は、東は、南は衣笠総門町辺りまで含む広大な敷地であった。 北山第が足利義満に譲られた後、西園寺家は再び近くに邸宅を構え、それは15世紀半ばまで衣笠山南麓に存在したとされる。 (昭和14年)、立命館大学が現在の衣笠キャンパスの開発に着手したところ、地下約90センチメートル(三尺)の位置から約300年前のものと思われる多数の屋根瓦片が発掘され、屋根瓦には西園寺家の紋章が確認された。 さらなる調査の結果、・西園寺公経邸のものと推定されるに至ったことから、現在の衣笠キャンパス一帯には、西園寺家の邸宅が建っていたと考えられている。 の頃、現在の「衣笠キャンパス」およびその周辺にはの藩兵調練場(小松原調練場)、弾薬庫、陣屋、勤番屋敷などを置く広大な緑地が広がっていた。 の「」では、この調練場の弾薬庫から大量の弾薬等が運び出されたと記録されている。 (昭和14年)、皇帝の が立命館に寄付した約50万円のうち20万円での麓に6万坪の土地を購入し、理工系学科の学舎を建設したのが現在の「衣笠キャンパス」の始まりである。 この寄付金の残額で学生向けの奨学金の基金も創設された。 に隣接していることから、かつては「等持院学舎」と呼ばれていた。 昭和20年代にはプロ野球「」が本拠としていたが現在の中央広場付近にあり、1954年まで「洋松ロビンス」の準本拠地球場として使用されていた。 設立当初より文系学部を「広小路学舎(中京区)」に、理工系学部を「等持院学舎(現・衣笠)」に置くという棲み分けがなされていた。 戦後、急速に増え続ける入学志願者に対応すべく、京都市西院方面に約6万坪の土地を購入し教養部を移転させるという「緑の学園」構想が持ち上がった。 この構想は(昭和32年)の学校法人立命館理事会で「現状では広小路、等持院を中心に充実をはかるべきである」という結論に達したため実現こそしなかったが、文系理系全学部を「衣笠キャンパス」に集約させるというその後の「衣笠一拠点政策」の契機となった。 衣笠一拠点化は、(昭和56年)に実現している。 しかし、更なる学園拡大の流れにより、衣笠キャンパスでは手狭となったことから衣笠一拠点化は10年程度で終息し、複数キャンパス体制になっている。 現在の「衣笠キャンパス」周辺は、、、、などが点在する京都屈指の観光名所として知られる。 キャンパス北側にはこれら名刹を結ぶ観光道路「」が通る。 中でも隣接する等持院の墓地には、の、および、のや、の、、の、学園創立者である中川小十郎が眠っている。 衣笠キャンパスから北へ徒歩10分程度、金閣寺西部にはがある。 飛び地の形で立地しているため「氷室キャンパス」と俗称で呼ばれることがあるが、これは公式なものではなく、衣笠キャンパスの一部である。 付近一帯は(元仁元年)にが「西園寺」を建立した場所で、寺は西園寺家の家名の由来とされていることから立命館学園とはとりわけ縁の深い場所である。 BKC(びわこ・くさつキャンパス)と並べる必要がある際は、KIC(読み:キック)と略されることがある。 銀杏並木(修学館自転車駐輪場)• 衣笠キャンパス施設• 図書館 University Library 図書館、ピア・ラーニングルーム(ぴあら)• 存心館 Zonshinkan Hall• 教室棟。 1階に法学部事務室、マルチメディアルーム。 地階に生協食堂、書籍部など• 存心館時計台の大時計は製。 名称の由来:本心を放失することなく、存し養ふ。 (出典: 尽心章 上)• 興学館 Kogakukan Hall• セミナールーム、自習室など• 名称の由来: 王制篇 「楽事勧功、尊君親上、然後興学」(事を楽しみ功に勧み、君を尊び上を親しみ、然る後に学を興す)。 1953年に名称公募され、佳作に「洗心館」、「恒心館」があった。 志学館 Shigakukan Hall• 教室棟。 1階に保険センター、心理・教育相談センター• 名称の由来: 為政篇 「吾十有五而志於学」(吾十有五にして学に志す)• 以学館 Igakukan Hall• 教室棟。 主に産業社会学部の教室。 1階に産業社会学部事務室。 地階に生協食堂、多目的ホールなど• 名称の由来:学を以って身を修め、学を以って人をなし、学を以って世を経する。 (出典: 勧学篇)• 上から見ると立命館の「立」の字に見えると言われることがあるが、詳細は不明。 設計は富家建築事務所(代表・)、施工は。 1998年まで経済・経営学部が基本学舎として使用。 2000年からは産業社会学部の基本学舎として使用されている。 以学館前の石畳は、かつての路線の敷石に使用されていたものを移設したもの。 研心館 Kenshinkan Hall• 教室棟。 1階にキャリアオフィス、障害学生支援室、エクステンションセンター。 2階に学生オフィス(衣笠)、スポーツ強化オフィス、学生サポートルーム• 名称の由来:の詩「古隠士」から。 または「心を研く」という日本語的発想から付けたと推察される。 1953年に名称公募され、佳作に「博心館」、「黎明館」があった。 学而館 Gakujikan Hall• 一般教室棟• 名称の由来: 学而篇「学而時習之」(先輩に就いて学び、而して常に反復練習する。 「習」は幾度も反復練習するという意味で、「時」は「常に」という意味。 有心館 Yushinkan Hall• 教室棟。 1階にRAINBOWサービスデスク、共通教育課、サービスラーニングセンター• 西園寺記念館 Saionji Memorial Hall• 立命館史資料センター準備課、衣笠セミナーハウス• 清心館 Seishinkan Hall• 主に文学部の教室・共同研究室。 1階に文学部事務室• 名称の由来:清らかな心。 また、心を清らかにする。 (出典: 西域傳論)• 啓明館 Keimeikan Hall• 主に文学部の学生共同研究室、実験実習室• 名称の由来: 小雅・大東篇「東有啓明、西有長庚」(東に啓明有り、西に長庚あり)• 洋洋館 Yoyokan Hall• 教室・研究室など。 1階にマルチメディアルーム• 名称の由来:充実しているさま、美しくすばらしいさま。 (出典: 泰伯 第八篇)• 恒心館 Koshinkan Hall• 主に国際関係学部の教室・研究室。 1階に国際関係学部事務室• 名称の由来:如何なる事件や境遇に遭遇しても決して変わらぬ道徳心(出典: 梁恵王篇 上)• 諒友館(Ryoyukan Hall• 教室棟。 1階、地階に生協食堂、コンビニなど• 名称の由来: 李氏篇「友直、友諒、友多聞、益矣」(直きを友とし、諒を友とし、多聞を友とするは、益なり)• 修学館 Shugakukan Hall• 個人研究室棟。 リサーチオフィス(衣笠)• 名称の由来: 儒林伝「薫仲舒・・・至卒、終不治産業、以修学著書為事」(薫仲舒は、卒するに至るまで、終に産業を治せず、学を修め書を著すを以て事と為す)• ランゲージセンター Language Center• 言語教育センター、言語習得センター CLA 、言語教育企画課• 尽心館 Jinshinkan Hall• 教員研究室棟、地階に情報処理演習室、情報語学演習室など• 名称の由来: 盡心篇 上「盡其心者、知其性也」(其の心を尽す者は、其の性を知るなり)• 明学館 Meigakukan Hall• 教室棟。 1階に衣笠国際教育センター、京都国連寄託図書館など• 名称の由来: 盡心章「日月明有り、容光をも必ず照らす」(その他の候補に、良知館、良智館、愛智館があった)• 尚学館 Shogakukan Hall• 教員研究室棟• 名称の由来: 万章篇 下「以友天下之善士為未足、又尚論古之人、(中略)是尚友也」(天下の善士を友とするを以て未だ足らずと為し、又古の人を尚論す、(中略)是れ尚友なり)• 敬学館 Keigakukan Hall• 教室棟• 名称の由来: 学記篇「師厳然後道尊、道尊然後民知敬学」(師厳にして然る後道尊し、道尊くして然る後民学を敬するを知る)• 至徳館 Shitokukan Hall• 旧称「中川記念会館」• 1階にキャンパスインフォメーション、衣笠キャンパス事務課、教職支援センター。 2階に入学センター。 3階に役員室。 4階に教務課など• 名称の由来:孝徳、即ち年長者への敬愛(出典: 開宗明義章)• Suekawa Memorial Lecture Hall• 故・末川名誉総長のメモリアルルーム、ホール、松本記念ホール陪審法廷、会議室。 地階にレストラン「カルム」など• 名称の由来:学校法人立命館の名誉総長であるの功績をたたえて名付けられた。 トレーニングルーム、道場、サンドイッチ「サブウェイ」などがあったが、2013年に解体。 跡地には新図書館が建設される。 競技場、サークル部室• 京都衣笠体育館 Kyoto Kinugasa Gymnasium• 旧第一・第二体育館を統合して2013年に新設。 3つのアリーナ・柔道場等• 学生会館 Student Center• 学生施設、サークルボックス、練習ホール、小ホール(劇場)、「Cafe Junge」(ゆんげ)• アート・リサーチセンター Art Research Center• アカデメイア立命21 Academeia Ritsumei 21• 、中野記念ホール、• 歴史都市防災研究センター Research Center for Disaster Mitigation of Urban Cultural Heritage• 展示ルーム、研究室• 国際関係学部後期博士課程共同研究室• 創思館 Soshikan Hall - Human Research Center• 研究棟。 1階にカンファレンスルーム、独立研究科事務室• 名称の由来:遠い将来を見通して、はかりごとを立てる(出典:人物誌 三国時代)• アトリエ棟 Atrium• クレオテック Creotech• 旧「平野会館」• 充光館 Jukokan Hall• 映像学部基本棟(学部事務室)、映像学部ラウンジ• 名称の由来:充実し、光り輝いている(出典: 「尽心章句」)• 育友館 Ikuyukan Hall• 小学校教員養成課程実習教室• 名称の由来:小規模な建物であることから漢籍からの引用せず、使用目的から命名• 究論館 Kyuronkan Hall• 大学院生共同研究室、リサーチコモンズ 衣笠キャンパスにある記念館 [ ] 末川記念会館 [ ] 神田駿河台邸にあった庭石 概要 西園寺記念館は、衣笠キャンパスから徒歩約10分の所に位置(氷室町9)し、「立命館西園寺記念館前」()バス停下車徒歩すぐの所にある。 記念館のある辺りは、()にが「西園寺」を建立した場所に当たり 、寺はの家名の由来とされている。 衣笠キャンパスからは独立した飛び地に存在するが、衣笠キャンパスの一部である。 「氷室キャンパス」と言われる場合があるが、これは正式な名称ではない。 ・小林一彦(京都建築事務所)により設計され、に竣工。 風の威風堂々とした外観の校舎にを備え、緑に囲まれた落ち着いた環境にある。 にはそのデザインが評価され「京都市都市景観賞市長賞」を受賞している。 上から見ると立命館の「命」の字に見えるといわれることがあるが、故意にそうデザインされたわけではない。 に開設されたの基本棟として使用されていたが、にが恒心館へ移転されたため一時閉鎖。 には基本棟として再び使用され始めたが、に法科大学院が立命館朱雀キャンパスの中川会館(京都府京都市中京区)に移転したため再び閉鎖した。 2009年より衣笠セミナーハウスとして使用されている。 宿泊室は洋室33室、和室2室で合計収容人数は192名。 各会議室やカンファレンスルームもある。 その他ランドリールームやカフェテリア、シャワールームなども完備している。 敷地内には、かつて『邸』と呼ばれた西園寺邸()の庭園にあったとが寄贈され飾られているほか、館内ロビーには、名称の由来となった西園寺の(高さ67cm)が飾られている。 このレリーフは、評議員での杉村尚によるもので、西園寺記念館の竣工を記念して制作されたものである。 また記念館定の題字は、のによってされたものである。 名称の由来 西園寺記念館の名称は、最後のにしてとしても知られる西園寺公望公に因むものである。 これは学校法人立命館が、1940年(昭和15年)の「学祖敬仰決議」以来、西園寺公望を学祖として敬仰しており、西園寺公のもつ国際性が国際関係学部の基本学舎の名称にふさわしいと考えられたからである。 現在の立命館大学は、1900年(明治33年)に中川小十郎らによって設立された京都法政学校が、西園寺公望が1869年(明治2年)に内の私邸に開設した私塾立命館からその名称を受け継いで発展したものである。 その後立命館学園は、西園寺公望から私塾立命館の「名称と精神」を継承するものと認められるとともに、直接間接の支援を受けて今日の発展に至っており、こうしたことが西園寺記念館の命名の背景にある。 西園寺記念館の竣工と命名について学校法人立命館総長・は次のような言葉を銘板に刻み学生に送っている。 明治二年(一八六九)秋九月、私邸に『立命館』を創始した西園寺公望は、長期にわたる海外生活の経験から国際感覚に優れ、先見性に富み、近代日本の政局に深くかかわってきた。 ことに思想の自由と社会の平等を尊び、常に「世界の中の日本」を主張してやまなかった。 かかる学祖の思想は、本学の建学思想として教学理念の根底をなし、今日に至るまで脈々と受け継がれている。 昭和六三年(一九八八)春三月、西園寺家の発祥地である北山殿の址、すなわち現鹿苑寺(金閣寺)の傍に、国際社会に活躍しうる人材を養成するため、新に学舎を建設し、『西園寺記念館』と名付けることにした。 ここに掲げる『禮記』から引用された墨蹟は、学祖が大正四年(一九一五)須磨逗留の折に作られており、学を志す人々に学問の深さを諭したものである。 新しい学舎において真理を探究し、幅広い教養をもち、調和のとれた国際人を目指して自己研磨に励む諸君に、このことばを送りたい。 立命館総長 大学長 谷岡武雄 施設概要 地下1階地上3階建:延5,380. 59 竣工年:1987年12月 衣笠セミナーハウス 受賞:京都市都市景観賞市長賞() 立命館朱雀キャンパス [ ]• 使用学部:なし• 使用研究科:法務研究科、教職研究科• 使用附属施設:なし• 交通アクセス:()・、「千本三条・朱雀立命館前」(・・・・・号系統) 西ノ京朱雀町1に所在する。 2006年9月開設。 京都法政学校創設者である中川小十郎の姓を冠した中川会館の一棟で構成され、大学本部(学校法人立命館の本部機能も担う)も衣笠キャンパスの旧中川会館から移転した。 のに当たるに面し、付近に跡があること、朱雀第一に立地することが、キャンパス名の由来である。 中川会館 [ ] 建物裏側のデザイン陶板 Rits 概要 [ ] 学校法人立命館が、学園全体の総合的な連携を機能的かつ高度に遂行できる施設を目的に計画して建設した建物で、学園学校法人本部、校友会本部、大学院 法務研究科、教職研究科 、が入居している。 中川会館の名称は、立命館大学の前身「」を創立したに由来する。 現在の中川会館は3代目で、初代中川会館は、(昭和11年)に学園創立35周年と中川小十郎の長寿を記念して当時の広小路学舎に建設されたものである。 (昭和54年)には、広小路学舎からへの大学全面移転事業に伴い、2代目の中川会館が衣笠キャンパスに竣工された。 2代目会館は、2006年(平成18年)9月まで主に学園本部機能を担う管理棟として利用されていたが、今回の3代目中川会館の竣工でその役割を終えた。 現在、2代目中川会館は「至徳館」と名称を変更し、キャンパスインフォメーションセンター、会議室、生協購買部などが入る複合施設として機能している。 特徴 [ ] 近代京都建築を手本に設計され、外壁には製、部分は銅版、白壁部分は、建物土台部分にはが使用されている。 また建物正面(東側)と裏側(西側)の壁部分には、白いデザイン陶板が貼られている。 陶板のデザインは、建物正面側が立命館の校章が、建物裏側には「Rits(立命館シンボルマーク:商標登録番号:4393342および4393343)」が彫刻されている。 会館正面(千本通側)の建物左上部には、学園コミュニケーションマーク「R」のロゴが2008年4月より掲示されている。 それ以前はシンボルマーク「Rits」が掲示されていたが改修された。 会館南東部の屋上には、会館のシンボルとして「塔屋」が設けられている。 塔の四面には、を利用してデザインされたの図柄がはめ込まれており、北面に、南面に、東面に、西面にが描かれ、夜にはこれらがされる。 1階正面を入ると、創立者・中川小十郎のに迎えられる。 胸像の背後には、創立以来立命館学園を援助するとともに、学園の精神と名称を与えたことなどから学園の「学祖」として敬仰される公が揮毫した「立命館」の扁額のが掲げられている。 現在、オリジナルの扁額は室に飾られているが、これは(明治38年)、が「立命館」の名称を継承することを許した西園寺公望から寄贈されたもので、「立命館」の三文字が力強く書かれている。 1階正面奥には「メモリアルホール」と呼ばれる空間があり、立命館学園の発展の歴史を伝えるパネルや映像を見ることができる。 ホールには、学祖・西園寺公望の像(直径約41センチ)も飾られている。 これは、・が時代に手がけた西園寺公望のをもとに複製されたものである。 この銅像のオリジナルはもともと(千代田区)の西園寺邸にあったが、で破損してしまったものである。 その後西園寺側近が破片から復元したものがので保管されていたことが判明。 立命館がこれをもとに再度複製したものである。 西園寺は自身の銅像・彫刻を残すことを嫌ったため 、完全な立体像としては清見寺のものを除き、これ以外に残っていないとされる。 なお、の1階ホールにも、杉村尚が作製した西園寺のが飾られてあるが、これはほぼ平面に近い。 4階、5階部には全472席の大ホールがあり、やに利用されている。 旧中川会館 [ ] 至徳館(立命館大学衣笠キャンパス) 二代目・中川会館として1979年に竣工。 2006年まで学園本部機能を担う管理棟であった。 地階には立命館大学生協・購買部がある。 初代・中川会館 初代中川会館は、に立命館学園創立35周年と学園創設者・中川小十郎の長寿を祝って広小路校地に建設された。 もともと立命館大学校友会評議員会は、盛大な記念祝賀会や中川小十郎の銅像建設などを予定していた。 これを知った中川から、銅像建設や祝賀会に資金を回すより、学園の施設を充実してほしいと要望があり、1935年の校友大会で「中川会館」の建設が決定された。 中川会館の建設費用は寄付金によって賄われ、教職員、学生・生徒、学園縁故者の協力で総額73,970円81銭 が集まった。 会館は5月に着工され、同年に竣工。 鉄筋三階建で陸屋根造り、吹き付けの白亜の外壁に、腰は人造石洗出で仕上げられた。 建坪は85坪・280m 2(延300坪・990m 2) で、地階は学生控室・食堂にあてられ、存心館に通じる地下通路があった。 1階部分は出版部、職員室、学生研究室、2階は学長室、法学部研究室、文学科研究室、予科研究室、高等商業科研究室、3階は総長公室、校友集会室、特別講義室、応接室にあてられた。 記念室には王殿下から中川総長に下賜された自作の詩の御書と銅製花瓶、西園寺公望から寄贈された書、寄贈による「天壌無窮」の銘がある花瓶、総長が御聖像に奉献された靖広作の神剣や師の御霊が陳列された。 このほか画伯の風俗画、大理石でできた西園寺公の肖像などが飾られていた。 竣工式前日にから送られたと各30株が会館玄関脇などにされた。 二代目・中川会館 二代目の中川会館は、に衣笠キャンパスに竣工。 同年、広小路校地から学園本部が移転した。 地上4階、地下1階建で延面積は6,079. 総長室や学園本部などが入る学園管理棟として機能した。 地階には生協購買部が入居していた。 2006年、朱雀キャンパスに新・中川会館が完成すると同時に学園本部機能が移転し、旧中川会館はの講義などに利用されていた。 その後、名称を「至徳館」と変更し、現在に至っている。 びわこ・くさつキャンパス [ ]• 使用学部:経済学部、、情報理工学部、生命科学部、薬学部、スポーツ健康科学部、食マネジメント学部• 使用研究科:経済学研究科、理工学研究科、情報理工学研究科、生命科学研究科、薬学研究科、スポーツ健康科学研究科• 使用附属施設:立命館グローバル・イノベーション研究機構、理工学研究所、SRセンター、VLSIセンター、国際食文化研究センター、社会システム研究所、ファイナンス研究センター、防災フロンティア研究センター、古気候学研究センター、バイオシミュレーション研究センター、バイオメディカルデバイス研究センター、生物資源研究センター、環境テクノロジー・マネジメント研究センター、エネルギーイノベーション材料研究センター、先端マイクロ・ナノシステム技術研究センター、ロボティクス研究センター、先端ICTメディカル・ヘルスケア研究センター、創薬科学研究センター、システム視覚科学研究センター• 交通アクセス:() 野路東1-1-1に所在する。 滋賀県が整備を進める「」の一角に、1994年に開設されたキャンパス。 愛称は"BKC"。 延面積611,078. 32 の敷地は、滋賀県から無償で提供された。 キャンパス内に設置されたクインススタジアムという陸上競技場の地下には木瓜原遺跡が完全保存されている。 なお、クインス quince とはのことで、木瓜原という遺跡の名称から採られた。 びわこ・くさつキャンパスの西隣には、広さ延面積は45,590 の運動施設「BKCグリーンフィールド」がある。 3階建てのクラブハウス、全面の競技場、専用グラウンドなどがある。 が乗り入れており、大津営業所運営路線では学生専用のIC乗車券が使用出来る。 またに隣接する利便性から、びわこ・くさつキャンパスとJR琵琶湖線を結ぶ直通短距離が近江鉄道バスにより、同キャンパスとを結ぶ直通短距離路線バス「立命館大学 BKC 線」がにより(立命館では「高速バス」としている。 かつてはも運行)運行されている。 また、かつては同キャンパスとを経由して・およびを結ぶ高速バス「」がエムケイ観光バス()により運行されていた。 2004年にはBKCの開学10周年と産業社会学部創立40周年、およびの歌手活動5周年を記念して産業社会学部の4回生、倉木麻衣による「Rits倉木麻衣メモリアルライブ2004」が行われ、約2万5000人を集めた。 2016年9月、BKCスポーツ健康コモンズが完成。 BKCアスリートジム• びわこくさつキャンパスの施設• アクロスウイング Across Wing KC国際教育センター、国際交流ラウンジ、情報語学演習室、メディアラボ、メディアライブラリー、ぴあら(学習施設)、大学院共同研究室、教員個人研究室、リサーチオフィス BKC 、マルチメディアルーム、RAINBOWサービスデスクなど• アドセミナリオ Ad-Seminario 経済学部事務室、経営学部事務室、BKC大学院課(テクノロジーマネジメント研究科事務室)、教室• コラーニングハウス I Co-Learning House I 情報処理演習室、情報語学演習室、教室• コラーニングハウス II Co-Learning House II ンスティテュート研究室、演習室、教室、立命館高等学校スーパーサイエンス施設など•

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立命館 大学

立命館大学放送局(RBC)などの中央事業団体をはじめ、学術公認サークル、体育会・同好会など、約430の団体が活動している。 講義はキャンパス内で受講できるものもあるほか、資格取得を奨励する奨学金制度も設置。 2018年度は国家公務員総合職32名、国家公務員一般職176名、司法試験15名が合格した。 留学ネットワークも充実。 世界68か国・地域、455の大学や研究機関と連携し、学術・文化交流を行っている。 海外で学ぶ学生は年間2,000名を超える。 2019年の主なものは次の通り。 1.遠距離入学者支援:近畿圏外からの入学者を支援する奨学金 *近畿圏外からの入学者を支援する奨学金。 本奨学金は一般入学試験の受験前に採用候補者を選考し、一般入学試験合格後、入学をもって正式採用となる。 ・採用対象者:近畿圏(京都府、大阪府、滋賀県、兵庫県、奈良県、和歌山県)外から立命館大学へ進学を希望する者。 経営学部と政策科学部が移転し、社会と密接した課題解決型の教育・研究を、地域との連携のなかで、さらに深めている。 また、2016年4月には総合心理学部を開設、2019年にはグローバル教養学部を開設し、社会のさまざまな場面で生かす力を身につけることを目指した学びを展開している。

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