むべ なる かな。 聖なるかな

聖なる、聖なる、聖なるかな

むべ なる かな

子曰わく、賢なるかな回や。 一箪 いったん の食 し 、一瓢 びょう の飲、陋巷 ろうこう に在 あ り。 人は其の憂 うれ いに堪 た えず、回や其の楽しみを改めず。 賢なるかな回や。 【ブラック訳】 孔子「うちの社員の顔回くんはほんとに素晴らしいなぁ。 食事の支給は毎食一杯のご飯と一杯の味噌汁だけで、住んでるのはタコ部屋でも何も文句言わないもんなぁ。 普通の人間ならすぐ諦めるけど、彼はむしろやりがいをもって楽しそうに働いてくれてるもんなぁ。 ほんとやりがいってすばらしいなぁ。 ほんと偉いなぁ顔回くんは最高の社員だよ。 」 【コメント】 そりゃそんな生活させてたら顔回も死ぬはずだわwww 【現代語訳】 先生が言われた。 『顔回は何と賢明な人物であろうか。 竹作りの弁当箱一杯の食事と瓢(ひさご)の水筒一杯の水で、寂れた路地の奥に住んでいる。 普通の人はその憂鬱に耐えられないだろうが、顔回は質素な生活の楽しみを忘れることがない。 回は、何と立派な人物であろうか』。 tokunoriben.

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幸いなるかな心貧しき人天国は彼らのものである(イエスキリスト)

むべ なる かな

孔子の論語の翻訳131回目、雍也第六の十一でござる。 漢文 子曰、賢哉囘也、一箪食、一瓢飮、在陋巷、人不堪其憂、囘也不改其樂、賢哉囘也。 書き下し文 子曰わく、賢なるかな回や。 一箪 いったん の食 し 、一瓢 びょう の飲、陋巷 ろうこう に在 あ り。 人は其の憂 うれ いに堪 た えず、回や其の楽しみを改めず。 賢なるかな回や。 He eats only a bowl of rice and soup and lives in a miserable shack. Ordinary people cannot stand it. On the contrary, he enjoys his life. How virtuous Yan Hui is! 一杯のご飯と一杯の汁だけで腹を満たし、あばら家に住んでいる。 普通の人間ならば堪えられないだろうが、彼はむしろ楽しそうにしている。 なんと偉いのだ顔回は。 」 Translated by へいはちろう 顔回 がんかい:姓は顔、名は回、字は子淵。 孔門十哲の一人。 詳細はに。 結局顔回はその粗末な暮らしのせいで若くして病で亡くなるのでござるが、顔回が長生きしていたら儒学はどうなっていたでござろうか。 歴史の ifを考え出すとキリがなくなるのでござるが、しみじみと考えてしまうでござるな。 雍也第六の英訳をまとめて読みたい御仁は本サイトのを見て下され。 カテゴリー: , 投稿日: 投稿ナビゲーション.

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聖なるかな

むべ なる かな

子曰く、賢なるかな回や。 一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。 人は其の憂いに堪えず。 回や其の楽しみに改めず。 賢なるかな回や、と。 ・ 孔子が言われる、賢明だなあ顔回は。 一椀の飯に一椀の汁で、むさくるしい路地裏に住まっている。 普通の人なら、その貧苦に堪え切れないのに、回は相変わらず道を楽しんで勉強している。 さてもえらいなあ顔回は。 ・ 今日山東省曲阜の孔子廟を訪れると、すぐそばに陋巷と言う通りがある。 今はそうでもないが、昔は汚い裏道であったのだろう。 述而編には「子曰く、疎食(粗末なめし)を飯い、水を飲み、肱を曲げてこれを枕とする。 楽しみ(学問をする楽しみ)も亦其の中にあり」の言葉があるが、顔回は孔子のこのような楽しみを貧乏暮らしの中にもめげずに実践し、味わっていたのだろう。 「賢なるかな回や」の感嘆の言葉を冒頭と結びに用いた孔子の気持ちが胸にしみこんでくる。 ・ 明治書院 論語より.

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