最も古い歴史をもち、島民に親しまれてきた巡礼 「西国三十三箇所巡礼」とは、近畿地方に点在する三十三ヶ所の観音霊場をめぐる巡礼地である。 養老2年(718年)、大和国長谷寺の開基である徳道上人が、閻魔大王の託宣を受けて霊場を定めたのがはじまりであるといわれており、平安時代の末期には修験者などがこれら三十三ヶ所の観音霊場を巡るようになった。 室町時代になると、豊かになった一部の民衆も巡礼に参加するようになり、日本各地に三十三ヶ所の霊場が設けられるようになったという。 「淡路島西国三十三ヶ所霊場」は、室町時代末期に淡路守護の細川氏によって始められたと伝えられている。 観音菩薩が三十三の姿にかえて救済をおこなうという信仰にもとづき、三十三ヶ所の観音霊場をめぐる道程は、淡路島におていはもっとも古い歴史をもつ巡礼の旅である。 かつては淡路島民にもっとも親しまれた信仰のひとつで、多くの島民にも愛されていたという。 江戸時代には霊場の案内記も出版されたというから、老若男女問わず大勢の人々が巡礼にでかけたに違いない。 一時期廃れてはいたが、1995年、淡路西国霊場会ではその復興に乗り出した。 淡路島には海や山など、自然が今なお多く残されており、信仰と物見遊山をかねて気軽に出発してみるのはどうだろうか?美しい風景を愛でながらの巡礼は、日々の生活に疲れた現代人のこころを癒してくれるはずだ。 淡路島西国三十三ヶ所霊場をめぐる旅 淡路島西国三十三ヶ所をめぐる旅は、淡路島の歴史と風土に出会える旅である。 古い歴史や各寺に伝わる縁起などをたずねて回るのは、ともすれば老人だけの楽しみであると考えがちである。 しかし、実際に巡礼をしてみると、若い人にとっても以外と楽しいものであろう。 それは発見の旅である。 自分たちが生まれるはるか以前から存在し、愛され、多くの人々が通った道を歩みながら、様々なことに気がつくはずである。 淡路島に残されている数多くの自然を眺めながらの巡礼は、きっと実り多いものとなるだろう。 仮に熱心な信仰心がなくともよい。 かくいう私だって、別に熱心な仏教徒であるわけでもない。 かつての人は信仰とともに、旅を楽しむという気持ちでもって巡礼したのではないだろうか。 忙しい現代に生きる我々であればなおさら、楽しみながら巡礼をすればよいのである。 徒歩でなくとも、普段着であろうとも、軽い気持ちで巡礼にでかけてみるとよい。 しかし、一方で、淡路西国三十三ヶ所について詳しい情報がインターネット上にすら存在していないのでは、そもそも出発することすら叶わない。 そこで、当サイトでは淡路西国三十三ヶ所の情報について掲載することとした。 各寺の縁起のみならず、見ておきたいポイント、寺伝、そのほか注意点など、押さえておきたい情報については網羅しているはずである。 また、それぞれの寺の地図なども掲載した。 ただし、当霊場は現在再興途上にあり、無住となっている寺もある。 そのため、納経場所等について不明な点は、予め霊場会事務局へと電話などで問い合わせをしておく方がよいだろう。 当サイトが、巡礼を愛する諸氏の一助となることを切にねがっている。
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この著書では、著者が、何十年にわたって説いている「物理的環境の時間の向きと生命の向きとが一致しなければ生命は生きていかれない」ことを理解することが第一でしょう。 熱力学第2法則はマクロな因果律を可能にするための必要条件であるということです。 かくして、生命が宇宙で誕生するときには、エンロトピーの増える方向を未来の方向としていくことにより、生存可能となる。 そうであるならば、我々がいつもエントロピーは時間とともに増えていくと見えることは当然のこととなる。 このように重要なことを述べる大学教師などいなかったし、そのような記述を和・洋書で読んだこともない。 例外は渡辺慧博士だけです。 渡辺慧博士の著書は専門書も含めて全部読ませていただきました。 すべて名著です。 しかし、一般書でさえ容易に理解できる著書はありません。 本著「知るということ」〜を認識学序説としてお読みになるのもご自由ですが著者自らおっしゃるように抄訳です。 お薦めは先ず6章 学習と情報と7章 パターンとエントロピー最少原理、ここで「もの」と「こと」の相対性を理解しながら速読し、8章 時の向き、9章 因果律と自由、10章 認識学的相対論と読んで、渡辺ご夫妻自ら選ばれた最良書「時間と人間、中央公論社(1979)」へとジャンプなさるのがよろしいかと思います。 そのあとで、残りの章を読めばいいですが、いっその事、大著「Knowing and Guessing(1969)」、「Pattern Recognition : Human and Mechanical 1985 」をと言いたいところですが,当然お薦めしません。 大昔「Knowing and Guessing」のPrefaceを読んでいてわが胸が熱くなるのを抑えられませんでした。 博士の業績は記すまでもないでしょう。 Dorothea博士の論文もいい(時間と人間)。 最近、量子重力理論等の追及において、時間に関するホットな話題が多い。 基本的なレベルでは時間は存在しないと考えている研究者も多い。 空間と時間の区別は因果律に支えられている、そのために原因と結果の混乱は起こらない。 時間は世界の基本的な要素からEmergence 創発 するという議論もある。 さて、もし基本理論が完成されたら、生命現象等の全てが解決されるであろうか?答えは否である。 要素還元主義は否定された。 これに関しては、渡辺博士によって、存在論的還元論、概念的還元論、機能的還元論の否定が大分以前に議論されている。 認識学序説の抄訳としての理解はそう簡単ではないのである。 世界で初めて情報量にエントロピーを導入したのは渡辺慧だ。 本書を読んでいると、渡辺は何度も次のような主張を繰り返す。 「認識的な学習も行動的な学習もエントロピー減少で特徴づけられるということを言い出したのは私です。 」 「完全に熱力学から独立してエントロピーというものを考え出したのは、1939年において原子核の状態にエントロピーという観念を適用したときに始まるということができます。 ・・・これを数学的に書いたのが1939年の私の論文です。 」 「それから10年も経ったのちに、シャノンという人が情報理論ということを言い出しまして、・・・そういうことはすでに私が10年も前に原子核子の間の組織性ということについて言ったことです。 」 これらの主張はいったい本当なのか。 よりによってシャノンに10年先んじていたなどと、当人だけの妄想ではないのか。 事実なのです。 渡辺は1936年にパリのド・ブロイのもとからライプツィヒのハイゼンベルクのもとへ移り、原子核理論の研究を始めます。 そしてボーアのモデルに基づきハイゼンベルクの示唆を得て原子核の正常状態を核内粒子間の強い相関関係として数学的に記述するという論文を発表するのです。 そのドイツ語の論文が、 Uber die Anwendung thermodynamisher Begriffe auf den Normalzustand des Atomkerns という1939年の論文です。 30ページほどの分量です。 ] この論文のポイントは、平衡状態にある原子核における核子間の相関の度合いを量的に表すものとして"building block entropy"という量単位を定式化しているという点です。 原子核の組織性を計る単位としての情報エントロピーを規定しています。 熱力学から離れ、エントロピーを秩序化の指標にするというアイデアを世界で初めて数学的に示したのは、確かに渡辺慧の貢献なのです。 29歳。 スゴイ。
次の内村鑑三「代表的日本人」 日本が欧米列強に肩を並べようと近代化に邁進していた明治時代。 日本の精神性の深さを世界に知らしめようと、英語で出版された名著があります。 内村鑑三著「代表的日本人」。 西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮という五人の歴史上の人物の生き方を通して書かれた日本人論です。 「武士道」「茶の本」と並んで、三大日本人論の一冊に数えられています。 著者の内村鑑三 1861-1930 は、宗教家、思想家として聖書研究を行い、既存のキリスト教派によらない「無教会主義」を唱えた人物。 当時の日本は、鎖国を解いてからわずか50年ほどで日清・日露戦争を勝ち抜き、世界から注目を集めていました。 しかし、まだまだ偏見が根強く「盲目的な忠誠心」「極端な愛国心」が特徴の民族との一面的な捉え方がなされており、内村は、真の日本人の精神性を海外に伝える必要性を痛感していました。 そこで、内村は、欧米人にもわかりやすいよう、聖書の言葉を引用したり、西洋の歴史上の人物を引き合いに出したりしながら、日本人の精神のありようを生き生きと描き出したのです。 しかし、この著書は単なる海外向けの日本人論であるにとどまりません。 取り上げた日本人たちの生き方の中に「人間を超えた超越的なものへのまなざし」「人生のゆるぎない座標軸の源」を見出し、日本に、キリスト教文明に勝るとも劣らない深い精神性が存在することを証だてました。 さらには、西洋文明の根底的な批判や、それを安易に取り入れて本来のよさを失いつつある近代日本への警告も各所に込められています。 この本は、単なる人物伝ではなく、哲学、文明論のようなスケールの大きな洞察がなされた著作でもあるのです。 番組では、批評家の若松英輔さんを講師に招き、現代的な視点から「代表的日本人」を解説。 現代に通じるメッセージを読み解き、価値感が混迷する中で座標軸を見失いがちな私達の現代人が、よりよく生きるための指針を学んでいきます。 【朗読】 筧利夫(俳優) …映画「踊る大捜査線シリーズ」「THE NEXT GENERATION パトレイバー」等に出演。 近代日本を代表する思想家・内村鑑三。 主著の一つ「代表的日本人」は日本の精神性の深さを世界に知らしめようと英語で出版した名著だ。 とりわけ「西郷隆盛」の章には内村自身の思想が色濃く反映している。 明治維新の立役者であり勇猛果敢さが強調される西郷だが、実は、徹底して「待つ人」だった。 真に必要に迫られなければ自ら動かない。 しかし一度内心からの促しを感じたなら、躊躇することなく決断し動く。 それこそが西郷という人物の真髄だった。 それは、折にふれて、「自己をはるかに超えた存在」と魂の会話を続け、そこに照らして自らの生き方を問い続けた「敬天愛人」という信条から発するものだった。 第一回は、西郷隆盛の生き方を通して、無私に生きるときに開かれる強さや自己を超えた大きな存在に寄り添う生き方の意味を考える。 【朗読】 筧利夫(俳優) …映画「踊る大捜査線シリーズ」「THE NEXT GENERATION パトレイバー」等に出演。 「代表的日本人」には、試練を好機ととらえることで、偉大な改革を成し遂げた日本人が描かれている。 米沢藩主・上杉鷹山と農民聖者・二宮尊徳だ。 上杉鷹山は、まず自らが変わることで、誰もが不可能と考えた米沢藩の財政を立て直した。 「民の声は天の声」という姿勢を貫き、領民に尽くした鷹山の誠意が人々の心をゆり動かした結果である。 一方、二宮尊徳は「自然はその法に従うものに豊かに報いる」との信念のもと、どんな荒んだ民の心にも誠意をもって向き合い、道徳的な力を引き出そうとした。 その結果、途方もない公共事業を次々と成し遂げていった。 第二回は、上杉鷹山と二宮尊徳の生き方を通して、試練を好機に変えていく「誠意」の大事さを学んでいく。 【朗読】 筧利夫(俳優) …映画「踊る大捜査線シリーズ」「THE NEXT GENERATION パトレイバー」等に出演。 「代表的日本人」には、「考えること」「信じること」というそれぞれの方法で、ゆるぎない信念を貫き通した人物たちも描かれている。 儒学者・中江藤樹と、仏教者・日蓮だ。 中江藤樹は「道は永遠から生ず」との信念を生涯つらぬき、たとえ藩主が訪ねてこようとも子供たちへの講義を中断することなく待たせた。 また道に反することであれば最も尊敬する母親の意見も聞き入れなかった。 一方、日蓮は、若き日、膨大な仏典を読む中で出会った「依法不依人(法に依って人に依らず)」を生涯の座標軸に据え、「法華経」に殉ずる生き方を貫いた。 その信念はいかなる権力の脅しにも屈せず、死罪、流罪をも精神の力ではねのけた。 第三回は、中江藤樹と日蓮の生き方から、真摯に考えぬき真摯に信じぬいたからこそ得られる「ゆるぎない座標軸」の大切さを学んでいく。 【朗読】 筧利夫(俳優) …映画「踊る大捜査線シリーズ」「THE NEXT GENERATION パトレイバー」等に出演。 「人がどう生きたか」こそが人から人へと伝えられるものであり、それが魂のリレーとなっていく…「代表的日本人」に込められたもう一つのテーマは、内村の有名な講演「後世への最大遺物」と通じあっており、一緒に読み解いていくとその本質がわかっていくと、若松英輔さんはいう。 内村にとって生きるとは、自己実現の道程というよりも「後世」に生まれる未知の他者が歩く道を準備することだった。 逆に私たちは、何を受け継ごうかと考えて世界を見るとき、はじめて自身に準備されている「遺物」の豊かさに気づくことができる。 第四回は「代表的日本人」と「後世への最大遺物」をつないで読み解くことで、内村が私たちに何を遺し伝えようとしたのかを深く考えていく。 「内村鑑三」を生き生きと甦らせたい 内村鑑三「代表的日本人」はずっと心にひっかかっていた名著でした。 ですが、そこに込められたメッセージの強烈さ、文明論的なスケールの大きさ、宗教観の奥深さを感じるにつけ、「これは並大抵の解説では誤解を与えかねない」……と取り上げることに慎重になっていました。 かくいう私自身も、どうしても理解しきれない、もやもやした部分もあって、企画を書きあぐねていました。 そんなとき、偶然手にとったのが、若松英輔さんの「内村鑑三をよむ」という本でした。 一読、これまで頭を覆っていた靄のようなものがすーっと晴れていきました。 内村鑑三という存在が、現代に、生き生きと臨場感をもって甦ってくる……といったらよいのでしょうか? 私の記憶の中にある、教科書等に掲載されている内村鑑三の解説は、セピア色ですでに黴臭くなった過去の人といったイメージだったのですが、その内村が、いきなり私の耳元で語りかけてくれている……といった印象をもったものです。 こんな生き生きとした内村鑑三像が番組を通じて浮かび上がれば……という強い思いをもち、若松さんの事務所を訪ねました。 打ち合わせは、本当に知的興奮にあふれるもので、私自身、内村鑑三や「代表的日本人」についての印象を次々に一新させられたことを今でも思い出します。 実はもう一つ、今回の企画の腹案で、私個人も高校時代に読んで大きな影響を受けた「後世への最大遺物」という内村鑑三の講演録をなんとか合わせて番組に盛り込みたいという思いがありました。 ただ、「代表的日本人」と「後世への最大遺物」には、何か通底するテーマがあると直観はしていたのですが、これがまたうまく言葉にできない状況でした。 ところが、この二つの「名著」をつなぐ見事な読み解きも、若松さんが提示してくださいました。 今回の番組制作は、講師の若松さんとともに、「読む」という行為の可能性の豊かさを、あらためて痛切に感じることができた稀有な体験でした。 視聴者の皆さんが、同じような感動と興奮を味わっていただけけたらうれしいです。
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