しかし、彼の一族《リヴェラ家》には代々にわたって 音楽を禁止とした掟があるため、家族には音楽への情熱や才能を隠しながら生きてきたのです。 先祖やデラクルスなど死者たちとの出会いをきっかけにミゲルは、リヴェラ家に隠された秘密を知ることに。 ミゲルの声を担当するのは、 いきなりの超大作に大抜擢された アンソニー・ゴンザレス。 12歳の新人俳優でありながらも、ディズニーが米カリフォルニア・アナハイムで開催した『D23 Expo 2017』で、大勢の前で生歌を堂々と披露したすごい子。 『アベンジャーズ』や『スター・ウォーズ』などの超大物キャストも集まった『D23 Expo 2017』の会場を一気に盛り上げたあたり、、、将来がとても楽しみですねww — 2017 7月 18 8:23午後 PDT 《ダンテ》ミゲルを陰から支える親友犬 音楽を禁止とする掟から、家族の誰にも音楽への情熱を打ち明けられなかった ミゲルが、 唯一本当の姿を見せることができた親友のノラ犬 ダンテ。 ミュージシャンに憧れるミゲルのギターの腕前を知っているダンテは、ミゲルの心の支えとなる存在。 でも、ディズニー ピクサー は本当に動物の描き方が上手く、仕草であったり小さな動作であったり、 喋らなくても一瞬で人々を魅了してしまう謎の魅力がこのダンテにもあります。 もはや、あえて見た目の可愛さをずらして、行動や存在感で可愛さを表現していくのが、ディズニーやピクサーの主流になっていく気がしますね。 孫のミゲルを溺愛しながらも、音楽に興味を持つことさえも絶対に許さないエレナは、リヴェラ家を仕切る存在。 やりたいことを頑なに否定する親との関係に悩むこと、小さい頃に経験した方も少なくないと思いますが、そこには大人になってわかる「家族想い」の気持ちがあったりするんですよね。 もう少しお互い色々と打ち明けていれば衝突することもなかったかもしれない、そんな 言葉足らずで複雑な家族関係がミゲルとエレナを通してしっかりと描いている部分がとても魅力的でした。 アブエリータの声を演じるのは、 TVドラマなどで大活躍などが有名な レニー・ヴィクター。 一族の掟を作ったママ・イメルダの娘にあたり、掟に関わる事件を経験した唯一の生者。 年を重ねた現在では、娘エレナの顔も覚えていないほど記憶も曖昧な状態に。 物語の重要な人物の一人でもあるココですが、今作で特に注目して欲しいのが彼女のめちゃくちゃリアルな皮膚感。 手の甲から顔のシワの一つ一つまでディテールがきめ細やかで、改めてピクサーの本気を感じる技術で素晴らしかったです 私にもだいぶ前に亡くなってしまった大好きなおばあちゃんがいたのですが、ほんとおばあちゃんの手にそっくりでしたね。 日本ではそこまで有名じゃないかもしれませんが、初出演作品の『アモーレス・ペロス』 2002 は、アカデミー賞を受賞した『レヴェナント: 蘇えりし者』 2016 や『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 2015 のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督のデビュー作品、、、というと興味がわく人も多いのでは? また、ナタリー・ポートマンとも交際の噂があったほどのモテ男で、2002年には「最も美しいメキシコ人25人」にも選ばれているほどの美貌の持ち主なんだとか。 《ママ・イメルダ》リヴェラ家の掟を作った張本人 有名な音楽家になる夢を追いかけた旦那に捨てられたことをきっかけに、 リヴェラ家を呪う《掟》を作ってしまう張本人 ママ・イメルダ。 ミゲルから見ると、お婆ちゃんのお婆ちゃん 高祖母 にあたります。 彼女は夫に出て行かれた後、取り残された娘ココを一人で育てることになったため、必死で覚えた靴作りで家計をやりくりしてきたのです。 掟と共にイメルダの靴技術は代々受け継がれ、現在では リヴェラ家の伝統技術になっています。 家族を捨てた夫に負けないために、 たった一人で家族を支えてきた覚悟と強さがとても素晴らしい キャラクターでした。 《エルネスト・デラクルス》ミゲルが憧れる伝説のアーティスト ミゲルがもっとも大好きな曲で、今作の日本版タイトルになっている『リメンバー・ミー』を代表曲に持つ 伝説のアーティスト エルネスト・デラクルス。 世界的な人気を誇り、多くの人に感動を与えていた偉大なアーティストのデラクルスですが、ライブ中に起きた悲劇的な事故によって命を失った人物。 死後も大きな銅像や霊廟が建てられるほど多くの人に影響を与えながら、その絶大な人気は死者の世界に行っても衰えることを知らず、圧倒的な地位を獲得していました。 もし、何かのきっかけで死者の世界に行くことができたら一度は会ってみたい偉人が誰にでも一人はいると思います。 ぜひ、その憧れの存在である人物の影をデラクルスに重ねながら今作を見ることお勧めします 笑。 どうも、見習いジェダイです! こちらのサイトでは、ディズニーグループ作品 Disney・Pixar・STAR WARS・MARVEL がとにかく大好きだけどまだまだ知識が浅い私が、作品の基本情報から物語の背景、監督の込めた想い、隠された小ネタなど「作品をより深い部分まで知って楽しもう」という気持ちから始めました。 現在はマーベルヒーローが活躍するMCU マーベル・シネマティック・ユニバース を中心に記事を書いていますが、ゆくゆくはディズニー作品やピクサー作品、そしてスターウォーズ・シリーズなどについても書いていきたいと思っています。 大好きな作品の知らなかったことや、振り返りたいときにお手伝いできるサイトを目指して頑張っていきます。
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ディズニー映画最新作は「リメンバーミー」!公開日は2018年3月16日です。 主題歌を歌う日本語版歌手は誰なのか?毎回話題です。 しかも「リメンバーミー」の主題歌の作曲したのはアナ雪主題歌と作曲者。 また日本語吹き替版声優一覧をみると、主人公ミゲル役に天才歌うま少年の石橋陽彩(ひいろ)くんが抜擢され、藤木直人さん・松雪泰子さん・横山だいすけさんなどが脇を固めます。 「リメンバーミー」はディズニー映画最新作として「第75回ゴールデン・グローブ賞」で作品賞 アニメーション を受賞した傑作。 亡くなった家族1年に1度再会できるメキシコの祝祭『死者の祭り』をテーマに、テーマパークのようなカラフルな『死者の国』を舞台にした冒険感動ファンタジーです。 ラストに明かされる驚愕の事実、時を越えた家族の強い絆が感動を呼びます。 しかし、厳格な《家族の掟》によって、ギターを弾くどころか音楽を聴くことすら禁じられていた…。 ある日、ミゲルは古い家族写真をきっかけに、自分のひいひいおじいちゃんが伝説のミュージシャン、デラクルスではないかと推測。 しかし、日の出までに元の世界に帰らないと、ミゲルの体は消え、永遠に家族と会えなくなってしまう…。 唯一の頼りは、家族に会いたいと願う、陽気だけど孤独なガイコツのヘクター。 だが、彼にも「生きている家族に忘れられると、死者の国からも存在が消える」という運命が待ち受けていた…。 disney. これは名曲になる予感。 切ないメロディーに乗せた『忘れないで たとえ離れても心ひとつ』という歌詞が、大切な人と離れても忘れないという気持ちを表現しています。 しかも「リメンバーミー」公開は春3月なので、出会いと別れのシーズンにぴったりな曲です。 イメルダ役の松雪泰子さんも大絶賛 「なんといっても曲が素晴らしくて、聴いているだけで胸を打たれました。 自然と涙がこぼれてくる力強さがあり、言葉もスッと魂に刺さってくるようでした。 カラフルな色彩が全編通して続くのも観ていてワクワクしました」 そんな主題歌「リメンバーミー」を歌う日本語版歌手は、歌手と女優両方で活躍中のシシド・カフカさんで、バックの演奏は東京スカパラダイスオーケストラ。 本年こそ音楽まみれ 何卒宜しくお願い致します。 ちなみに主題歌「リメンバーミー」の原曲を歌ってるのは、アメリカ出身のR&B歌手ミゲルさんとメキシコ出身の歌手ナタリア・ラフォルカデさんです。 主人公ミゲル役は、歌とダンスの才能にあふれる13才の石橋陽彩(いしばしひいろ)くん。 石橋陽彩(いしばしひいろ)くんは千葉県習志野市出身の2004年生まれ。 歌が大好きで小さい頃から歌とダンスのレッスンを受け、小学校のときエイベックスが主催した10,000人参加のコンテストで優勝した、エイベックスアカデミーの特待生。 ほかにも2015年放送のTBS「『sing! sing! sing! 』世紀の歌声!生バトル日本一の歌王決定戦」でジュニア部門でグランプリに輝き、カラオケバトルにも出場経験があるなど、受賞歴もある「歌うま天才少年」としてテレビ番組に多数出演し、奇跡の歌声で聴く人を感動させてきたまさに神童です。 また、ミゲルの父親役に横山だいすけさんがディズニー映画の日本語吹き替え版声優に初挑戦。 先祖の魂を迎えるお祭り「死者の日」の夜、願いと引き換えに先祖たちが暮らす『死者の国』へ迷い込み、現実世界へ戻るため・ミュージシャンになる夢を叶えるため、相棒でガイコツのヘクターと奇想天外な冒険が始まる。 犬種はメキシコ原産「メキシカン・ヘアレスドッグ(通称ショロ犬)」で「家を邪悪な魂から守り、亡くなった人をあの世に導く」賢い犬として知られています。 『死者の国』についていきます。 しかし実は離れた家族への再会を願う孤独なガイコツ。 家族に忘れられると『死者の国』からも永遠に消えてしまう運命が…。 サンタ・セシリアの街には、デラクルスをリスペクトする大勢のミュージシャンが各地から集まり町は音楽に溢れている。 『死者の国』でもカリスマとして人気。 『死者の国』に迷い込んだミゲルの行方を追う。 イメルダを悲しませた。 ミゲルの冒険に協力する。 ひいひいおばあちゃんの代から『音楽禁止の掟』と『靴作り』を受け継いでいる。 母を悲しませた音楽を憎み『音楽禁止の掟』次の世代に伝え守らせることに使命を燃やす。 ミゲル役の石橋陽彩(ひいろ)くんも歌います。 日本語吹き替版声優一覧をみると、主人公ミゲル役に天才歌うま少年の石橋陽彩(ひいろ)くんが抜擢され、藤木直人さん・松雪泰子さん・横山だいすけさんなどが脇を固めます。 公開日は2018年3月16日。 楽しみですね。
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他の国々同様、メキシコにも多くの伝統や重要な祝日が存在する。 しかし、その中で我々メキシコ人にとって最も重要で大切なものを一つ選ぶとすれば、それは死者の日だ。 その名の通り死者を称える日で、彼らに会いに墓参りに行き、彼らに花を供えたりする。 祭壇を作り、(少なくとも私たちの由緒ある伝統の中では)生者の国と死者の国とがつながる時であるこの日を祝う。 世界においてもこうした生者と死者との関係が存在する国はほとんどない。 今年1月、メキシコ人映画監督のギレルモ・デル・トロはゴールデングローブ賞を受賞した後のスピーチでこう述べている。 「ある意味、私たちは誰よりも生を謳歌しているのです。 なぜなら、死について明確に意識しているからです」。 我々は死者に敬意を払うが、同時にジョークの種にしたりもする。 それは、我々が死を昔馴染みとして受け入れ歓迎しているからだ。 昨年、「リメンバー・ミー」はメキシコで1600万人以上の観客を動員し、と、メキシコで最も成功した映画となった。 この映画で、ディズニー/ピクサーはメキシコ人にとって最も重要な伝統である死者の日を描くことに成功している。 もちろん、彼らはこの映画のために色々な街に赴き現地のコミュニティーから情報を集めるなど、1年近くに及ぶ膨大なリサーチを行っている。 では、実際にこうした伝統と共に暮らす人々はこの映画をどう思っているのだろうか。 メキシコ原産の犬種であるショロイツクインツレ(メキシカン・ヘアレス・ドッグ)と神秘主義の関係や、メキシコ人が家族に対して抱く感情など、多くの部分では伝統の本質を上手く描いた作品だといえるだろう。 しかし、中にはあまり実際の文化に忠実とは思えない部分もある。 メキシコ人としての立場から、「リメンバー・ミー」が我々の文化について正しいところ、また間違っているところを10か所挙げてみたい。 映画の中の著名人達 メキシコは、主に伝統、動物、彫刻、モニュメントそして俳優たちから成る豊かな文化をもつ国だ。 最後の点に関しては「リメンバー・ミー」は非常に良く表現できている。 主要なキャラクターの一人がペドロ・インファンテ(時代を超えて愛されるメキシコの国民的歌手・俳優)を基にしているからというだけではなく、我々の文化を形作りまた変えていった多くの著名人たちが登場するからだ。 多くの人物の中でも、エル・サント(有名なレスラーにしてポップアイコン)、カンティンフラス(高名なコメディアン)、フリーダ・カーロ(史上最も偉大な画家の一人)、そしてホルヘ・ネグレテ(ペドロ同様、歌手兼俳優)らにはすぐ気付くかもしれない。 いずれも前世紀のメキシコを代表する、皆の尊敬と敬愛を集める偉大な伝説たちだ。 これをありがちなカメオ出演と捉えることもできるだろうが、ディズニーピクサーが時間をかけて調査を行った上で彼らを映画に登場させていることは、プロデューサーがこのプロジェクトにどれだけ献身的であるかを表している。 死者の国の建築物 グアナファトのAlley of the Kiss メキシコの都市にはいずれも多くの偉大な建築物やモニュメントがあるが、中でもグアナファトとモレリアは格別だ。 これらの都市の建築群の美しさは、その色彩、延々と続く細い路地、また、石畳の通りや、バルコニー、数多のアーチに代表される植民地時代の建築様式などによって生み出されている。 我々の多くと同様、「リメンバー・ミー」のスタッフたちもこうした要素に魅了され、死者の国を舞台にしたこの映画の中心的な要素として据えることを決めた。 この点は、ほぼ2時間にわたる本作の中でもとても評価できる。 もちろん、これらの他にもテオティワカンの太陽のピラミッドやテンプロ・マヨールなど、多くの場所が死者の国の建築を構成する要素として取り入れられている。 これらも我々の歴史と密接につながってはいるが、上述した二都市ほど関係性は強くない。 メキシコの小さな町固有の伝統 「リメンバー・ミー」がよく理解していることの一つが、メキシコの小さな町々が持つ伝統に関する点だ。 例えば、あるシーンでは家族が墓地からの帰り道、センジュギク(メキシコ原産の伝統的な花)の花びらで家へと続く道を作るところを見ることができる。 これは、現代では限られた一部のコミュニティーでしか続けられていない伝統だ。 もちろん、都市に住む人々にとっては、多くの車が行き交い巨大なビルが林立する中でこうした伝統を受け継ぐことは難しく、この描写は正確なものではないと捉えられるだろう。 しかし、小さな町に住む人々にとって、センジュギクの道は死者を自宅へと導くという死者の日にまつわる重要な要素であり、このシーンは素晴らしい描写だと感じられるはずだ。 ショロイツクインツレと神秘主義 メキシコには、国鳥のケツァールや再導入が進むメキシコオオカミなど数多くのユニークな動物がいる。 そのうちの一つが、毛が無いことが最大の特徴の一つである犬、ショロイツクインツレ(メキシカン・ヘアレス・ドッグ)だ。 この犬が興味深い理由の一つとして、その起源が3000年近く前に遡ることが挙げられる。 また、大昔にはこの犬が死者の魂を黄泉の国へと導くと考えられていたことから、神秘主義とも関連がある。 他の作品とは異なり、「リメンバー・ミー」はショロイツクインツレを死者の国に入ることのできる唯一の犬として描くことでこの犬の文化的側面を良く表現している。 我々にとっては、メキシコ文化と密接に関わる動物が優れた描写で敬意を持って表されていたのは好感を持てる。 アレブリヘスの本当の意味 監督のリー・アンクリッチは「リメンバー・ミー」で、アレブリヘスを何か並外れたことを成し遂げると色彩豊かな威容へと変身する神話上の生き物として示している。 しかし、実際にはアレブリヘスと死には何の関係もない。 アレブリヘスとは1930年代にメキシコ人アーティストのペドロ・リナレスによって創作された秀麗な彫刻群のことだ。 アンクリッチによるこの空想上の生き物の描き方は事実に忠実ではないとはいえ、我々の多くはこの描写をメキシコの芸術史で最も重要な作品の一つに対する美しい賛辞だと受け取った。 ディズニーがセンジュギクに与えた新しい用途 前述したように、センジュギクの花は死者が愛する者たちの元へと遅れずに到着するための助けという重要な役割を本作で果たしている。 しかし、ディズニーはそれだけにとどまらず、死者の国と生者の国とを結ぶ唯一の道としてセンジュギクの花びらでできた橋を描き、より力強い意味を与えている。 祭壇の供えもの 死者の日をテーマにした映画である以上、祭壇とそれが象徴するものを描かなければならない。 祭壇の上に花だけではなく、テキーラの瓶やフライドチキン(伝統的な食事とは言えないが、メキシコ人が大好きな料理だ)、そしてギターがあるのは素晴らしかった。 人々は死者が好きだった食べ物や飲み物、個人の持ち物などを写真の前に供えるのだ。 おそらく、これによって死者は生きていた頃以上に楽しむことができるのだろう。 地域の音楽 メキシコは多種多様なジャンルの音楽を有する国であり、そのため各ジャンルを定義するのは簡単ではない。 それにもかかわらず、「リメンバー・ミー」では典型的なランチェラの音楽はわきに置いておき、メキシコが誇る偉大な歌手の二大巨頭であるペドロ・インファンテとホルヘ・ネグレテによって有名になった50年代や60年代の楽曲に焦点を当てている。 本作にはマリアッチの音楽も少し含まれているが、一般的にイメージされるような典型的な曲は使われていない。 いずれも、マリアッチというジャンルに少し異なる意味を与え、より深いアプローチを行う楽曲だ。 チャンクラは本当! 全てのメキシコ人が最も恐れるものの一つが、苦痛をもたらす神話的・伝説的な「チャンクラ」だ。 しばしばお尻を叩くために用いられる、スリッパタイプの履物だ。 お母さんが靴を脱いで持ち替えるのは、事態が最悪の方向へと向かっているサインだ。 もし、行儀良くするようにと何度か注意された後ならなおさらだ。 この「伝統」は20年代に生まれた世代によって創り出され、今日まで脈々と受け継がれている。 「リメンバー・ミー」ではこれを利用し、母親のイメルダが「チャンクラ」を行使してミゲル(本作の主人公)に音楽を諦めて靴作りの道に進むよう命じる場面を描いている。 この武器の力がどれだけ広い範囲に及ぶのかを知れば、行いを改めることは必至だ。 メキシコ人にとっての家族の本当の意味 「リメンバー・ミー」は様々なメキシコの文化に言及しているが、メキシコでこれほどまでに受け入れられた理由は、最も重要なもの、つまり家族を気遣い大切にする心が敬意を持って表現されていることだ。 大抵の国で家族は人生で最も重要なものに数えられるだろうが、メキシコ人が家族との間に築く絆は独特で非常に強固だ。 死者の日が存在するのは、生前の家族との絆を称えることで少しでもその関係を引き延ばし、死者と生者との間の障壁を乗り越えることにある。 メキシコでの調査の中でディズニー/ピクサーはこうした概念を理解し、消化し、映画の核とした。 また、メキシコ人は子供の頃から母親を最高権威として捉えるように教え込まれ、とても深い絆を母親との間に築いている。 本作では、祖母のココを家長として物語の中心に置くことでこのことを示している。
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