梓 みちよ。 歌手の梓みちよさん死去 76歳「こんにちは赤ちゃん」「二人でお酒を」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

梓みちよ 現在 亡くなり死因(病名)は?不倫の過去やさんまとシャンパン事件(動画)が気になる!

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中尾ミエ 1962年の「可愛いベイビー」でデビューした歌手、中尾ミエ(73)が、同年デビューで1月29日に死去した昭和の名歌手、梓みちよさん(享年76)を追悼した。 2人は新人時代、同じ渡辺プロダクションに所属。 創業者の渡辺晋氏(87年没、享年59)の自宅でともに下宿生活をしていた盟友だ。 故人と中尾は一本気な性格という共通点があり、渡辺氏の自宅ではよく主張がぶつかり、取っ組み合いのけんかをしたという。 それでも良きライバルとして切磋琢磨した中尾は「私の天敵と言われたみちよちゃんですが、いなくなるとやはりさみしいですね」と吐露した。 63年に故人とのデュエット曲「ヘイ・ポーラ」が大ヒットした歌手、田辺靖雄(74)は「同じ時代を歌を通して縁があったことが今となっては、なおさら深く想いおこします。 最後まで歌手のプライドを貫いた彼女に敬意を表します」としのんだ。 田辺の妻であり、歌手で女優の九重佑三子(73)も故人と親交が深く、「可愛い!ちょうだいって田辺家の孫の写真を私から取り上げてずっと持っていたみたい。 みちよちゃんの歌を歌い続けたい。 こんにちは赤ちゃん、二人でお酒を…」と天に呼びかけた。 故人と同期の歌手で、梓さんと中尾のけんかの仲裁役だったという園まり(75)の所属事務所は、サンケイスポーツの取材に「現在はショックが大きく、コメントできる状態でない」と説明した。

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梓みちよは和田アキ子と中尾ミエを虐めていた?さんまとはケンカ?

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「こんにちは赤ちゃん」「二人でお酒を」などの大ヒットで知られる歌手の梓みちよ(あずさ・みちよ、本名林美千代=はやし・みちよ)さんが1月29日に亡くなっていたことが3日、分かった。 76歳。 福岡県出身。 「ボサノバ娘」のキャッチフレーズで1962年、シングル「ボッサ・ノバでキッス」でデビューした。 翌63年、NHK「夢であいましょう」の今月の歌コーナーで発表された「こんにちは…」(作詞永六輔、作曲中村八大)がミリオンセールスを記録し、同年の日本レコード大賞を受賞。 NHK紅白歌合戦にも初出場し、69年まで7年連続で出場した。 64年には学習院初等科の同窓会に招待され、昭和天皇の前で「こんにちは…」を御前歌唱し、初の天覧歌謡曲となった。 梓さんの代表曲となった一方で、清純派のイメージが固定化され、脱却できないもどかしさから猛反発して歌わない時期もあった。 74年には、あぐらを組んで歌う「二人で…」がヒットし、大人の歌手へとイメージを一転させた。 同年の紅白に5年ぶりに返り咲き、76年に「メランコリー」、79年には「よろしかったら」がヒット。 レパートリーは歌謡曲からポップスまで幅広く、60~70年代を代表する歌手となった。 92年には16年ぶりに紅白に出場し、中村さんの死去を悼んで「こんにちは…」を歌った。 16年に永さんが亡くなった時には追悼コメントを発表し、同曲を歌うにあたって「いいかい、女性はみんな母性本能があるんだ。 胸に玉のようなかわいい赤ちゃんを抱いていると思って歌えばいいんだよ」と、永さんからアドバイスを受けたことを明かしていた。 86年放送のフジテレビ系「さんまのまんま」では、明石家さんま(64)にシャンパンをかけ、お茶の間を凍り付かせた。 その後、梓さんがさんまに謝罪し、番組の名場面集でも取り上げられる名シーンとなった。

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「こんにちは赤ちゃん」「二人でお酒を」などの大ヒットで知られる歌手の梓みちよ(あずさ・みちよ、本名林美千代=はやし・みちよ)さんが1月29日に亡くなっていたことが3日、分かった。 76歳。 福岡県出身。 「ボサノバ娘」のキャッチフレーズで1962年、シングル「ボッサ・ノバでキッス」でデビューした。 翌63年、NHK「夢であいましょう」の今月の歌コーナーで発表された「こんにちは…」(作詞永六輔、作曲中村八大)がミリオンセールスを記録し、同年の日本レコード大賞を受賞。 NHK紅白歌合戦にも初出場し、69年まで7年連続で出場した。 64年には学習院初等科の同窓会に招待され、昭和天皇の前で「こんにちは…」を御前歌唱し、初の天覧歌謡曲となった。 梓さんの代表曲となった一方で、清純派のイメージが固定化され、脱却できないもどかしさから猛反発して歌わない時期もあった。 74年には、あぐらを組んで歌う「二人で…」がヒットし、大人の歌手へとイメージを一転させた。 同年の紅白に5年ぶりに返り咲き、76年に「メランコリー」、79年には「よろしかったら」がヒット。 レパートリーは歌謡曲からポップスまで幅広く、60~70年代を代表する歌手となった。 92年には16年ぶりに紅白に出場し、中村さんの死去を悼んで「こんにちは…」を歌った。 16年に永さんが亡くなった時には追悼コメントを発表し、同曲を歌うにあたって「いいかい、女性はみんな母性本能があるんだ。 胸に玉のようなかわいい赤ちゃんを抱いていると思って歌えばいいんだよ」と、永さんからアドバイスを受けたことを明かしていた。 86年放送のフジテレビ系「さんまのまんま」では、明石家さんま(64)にシャンパンをかけ、お茶の間を凍り付かせた。 その後、梓さんがさんまに謝罪し、番組の名場面集でも取り上げられる名シーンとなった。

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