村上 隆。 村上隆はなぜ、ドラえもんを描くのか?——「村上隆

村上隆の版画を大特集!

村上 隆

静岡県出身。 伊東市で生まれ育ち、中学時代は近所のゴルフ場でキャディーのアルバイトをしていた。 中学卒業後に川奈ホテルGCに入り、キャディーをしながらプロを目指す。 その後、東京よみうりCCに移り、1963(昭和38)年のプロテストで合格した。 1967年のグランドモナークで初勝利を挙げて以降、着実に勝ち星を伸ばしていく。 そして1975年、まず5月にこの年に創設された日本プロマッチプレーで優勝する。 これが初めての日本タイトルだった。 9月には日本オープンに勝ち、10月にはプレーオフの末に日本プロ優勝、11月には日本シリーズをも制して空前絶後の同一年日本タイトル4冠を成し遂げ、初の賞金王も獲得した。 長打力はないが、持ち味のパッティング、アプローチを最大限に生かした堅実なゴルフで打ち立てた金字塔だった。 海外でも度々好成績を収め、1977年のハワイアンオープンでは米ツアーの当時日本選手最高成績となる2位に食い込んでいる。

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村上隆|現代アートを牽引する芸術界のビジネスマン

村上 隆

世界有数の美術館やトップコレクターを顧客に持つ村上隆と世界の隅々の子どもに愛されているドラえもん。 その組み合わせからなにが生まれるのか。 なぜ村上はマンガを題材にするのか。 その絵はどう読めばいいのか。 ペロタン東京で始まった展覧会を見ながら考える。 , Ltd. All Rights Reserved. Photographer: Kei Okano 村上隆は、伊藤若冲や曾我蕭白ら奇想派の系譜、俵屋宗達や尾形光琳ら琳派の系譜を引いているし、さらに浮世絵の影響は当然ある。 それらは現代でいえばマンガやアニメとも通じるものである。 根底でそういったカルチャーと行き来をし、それを現代美術の文法を忠実に従って生み出したものが彼の作品なのである。 , Ltd. All Rights Reserved. 村上自身も言っているのだがこの絵は抽象表現主義の手法をとっている。 抽象表現主義の特徴は、巨大なカンヴァスを使って表現すること、心理学でいう「図(物体)と地(背景)」の区別がなく、いわゆる消失点もない。 このムーヴメントの代表的なアーティストとしてはジャクソン・ポロック、マーク・ロスコ、ウィレム・デ・クーニングら。 村上のシグネチャー的モティーフの「お花」も描かれている。 それは草間彌生における水玉やネット、アグネス・マーティンやダニエル・ビュレンにおけるストライプなど抽象画家の仕事と対比してもいい。 ドラえもんのキャラクターたちはそこに大量に一緒くたに描かれているが、見れば見るほど目がくらまされ、これは錯視的効果を狙ったオプアートのようでもある。 さらに様々な表情のドラえもんはじめ、登場キャラクターもこの絵の中に多数描かれ、藤子・F・不二雄先生も複数いる。 これは西洋にも東洋にも伝統的にある絵画の手法、異時同図法だ。 一画面の中に時間を無視して、登場する人物などが何度も描かれ、それらの行動の経過、物語が記録される。 「どこでもドア」が画面の中心にあり、ドアの隙間から見える向こう側はプラチナ箔を貼ることで、この世ではない世界、神や仏の領域を示すのと同じである。 仏教では、仏のいる浄土にある華池、宝楼や宝閣などの建物もまたそこに植わる宝樹も、みな金銀珠玉をちりばめ、しかも、それらは清らかでありながら、光明赫灼と輝いているとされているわけだから。 つまり、仏画の要素も入ってる? 主要キャラクターと藤子・F・不二雄先生が一緒に乗っている「タイムマシン」の周辺にはここだけ時空が歪んでいることを表す変形した時計がいくつか描かれている。 これはもともとマンガにあるもので、もちろんサルヴァトール・ダリ《記憶の固執の崩壊》(1954年)からの引用、シュルレアリスムである。 全裸のしずかちゃんやパンツ一丁ののび太も描かれている。 これは裸体表現という絵画史始まって以来の永遠のテーマに言及しているということだ。 村上がマンガをテーマに作品を制作するのは新しいことではなく、1991年には赤塚不二夫『天才バカボン』をモティーフにした「B. すでにファインアートとサブカルチャーの狭間を飛び越える挑戦をしているのだ。 美術史家の辻惟雄との共著『熱闘! 日本美術史』(新潮社 2014年)でも赤塚不二夫に一章をさき、その中で村上は「赤塚不二夫は日本のアンディ・ウォーホルなのだ。 それでいいのだ!」と言っている。 これは広告やパッケージデザインまでをもアートにしたウォーホルとマンガをアートにした赤塚を重ねている。 あるいは作品と同じくらい作者自身が知られる戦略に共通点を見たのか。 『ドラえもん』である。 いうまでもなく藤子・F・不二雄のマンガ作品(1970年〜1996年)であり、それを原作とし、テレビ、映画で展開するアニメーション作品(日本テレビ系列で1973年から、現在放映されているテレビ朝日系列で1979年から)だ。 世界有数の美術館で何度も大規模個展を開催し、ときにルイ・ヴィトンやユニクロといった有名ブランドとのコラボレーションでも成功している現代美術家の村上隆と、世界12言語17カ国でマンガが出版、55カ国でアニメが放映される『ドラえもん』(数字は政府広報オンラインによる)の組み合わせ。 2002年のドラえもん展に出品したのとは別作品だが、本展出品作品。 , Ltd. All Rights Reserved. 1970年代に子どもだった今の大人も、現代の子どももほぼ同じように感情移入できるストーリーだ。 村上自身、2002年のドラえもん展「依頼:あなたのドラえもんをつくってください(藤子・F・不二雄)」に出品作家の一人として参加した際、こうコメントしている。 「素直な自分に出会えるように、ジーっと子供のころを思い出して、描きました。 1970年初頭の日本の初夏が、この作品の舞台です。 弟と一緒に工業地帯の空き地で遊んでたころに一気にダイビングできました」。 1970年というと、村上は8歳、彼の弟は6歳だった。 2017年、再びドラえもん展が開催され、今年は大阪(終了)、来年2020年は京都、新潟へと巡回中である。 この展覧会のために描かれたのが前掲の大型作品《あんなこといいな 出来たらいいな》だ。 この絵についてもう一つ付け加えておく。 絵の中の藤子・F・不二雄先生はいつものようにベレー帽をかぶっている。 ベレー帽は芸術家の象徴的アイテムだから、ここから「マンガは芸術だよ」という先生の控えめの主張を読み取るとしよう。 また一方で、常にマンガやアニメを下敷きにし、それを現代美術という領域に到達させた村上がいる。 2人の仕事はそんなふうに符合するのである。 村上隆は1962年東京に生まれ、現在は日本の東京に在住・活動しています。 東京藝術大学(Tokyo National University of Fine Arts and Music, Tokyo, Japan [現在のTokyo University of the Arts])より美術学士号(1986)、美術修士号 1988 、博士号(1993)を取得しています。 2018年、村上隆はルイ・ヴィトン財団およびフォート・ワース現代美術館にて展示がされ、2019年には香港・大館にて個展が開催されています。 2015年以来、世界有数の美術館8ヶ所にて村上隆の大規模な個展が開催されてきました。 :森美術館、横浜美術館、アストルップ・ファーンリ現代美術館(オスロ)、シカゴ現代美術館、ボストン美術館、オルブライト・ノックス美術館(バッファロー)、ガレージ現代美術館(モスクワ)、大館(香港)。 , Ltd. All Rights Reserved.

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村上隆グッズが欲しい!通販でお取り寄せ出来る村上隆グッズ Takashi Murakami goods

村上 隆

村上隆(読み方:むらかみたかし Takashi Murakami) 1962 東京都生まれ 弟は日本画家の村上裕二。 1993 東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了 1996 「ヒロポンファクトリー」を設立。 2001 「ヒロポンファクトリー」を法人化し、「有限会社カイカイキキ」設立。 アート作品制作、 アーティスト・マネジメントを行う。 カイカイキキ所属アーティスト(弟子)にはMr. (ミスター)やVirgil Abloh(ヴァージル アブロー)などがいる。 都内には、中野・元麻布に事務所やギャラリー・雑貨店をもち、さらに「Bar Zingaro」というカフェを中野にもつ。 アトリエは埼玉県に三芳スタジオをもつ。 非公開。 (参考:) 各施設での正社員・アルバイトも募集している。 () 2008 サザビーズオークションにてフィギュア「マイロンサムカウボーイ」とが約1500万ドル(約17億円)で落札された。 (当時、現代アートアジアにて最高額であった。 2017 シカゴ現代美術館にて開催された村上隆の個展「タコが己の足を食う(The Octopus Eats Its Own Leg)」の入場者数が同美術館の19万3,000人を突破し、史上最多記録となった。 カイカイキキギャラリーにて個展を開催。 2009 「Psyche」Kaikai Kiki Gallery(東京) 2010 「Psyche」Kaikai Kiki Gallery Taipei(台北) 村上隆とのコラボレーションの代表作品としては、『Project Ko2』が挙げられる。 (2001年12月18日生まれ) 2018 シングル「you should see me in a crown」にてMVのアニメーションで村上隆とコラボレーションをした。 (1932年6月生まれ) 2018 ボストン美術館にて『村上隆:奇想の系譜|協力/辻惟雄、ボストン美術館』が開催。 奇想の系譜とは辻惟雄の著書の名前。 共著書『熱闘! 日本美術史 とんぼの本 』を2014年に出版。 — 吉田光雄 WORLDJAPAN 【騒動の終結】 昨日、ロマンポルシェのロマン優光に、ももクロに触れるなら「立川で並べ」と説教された村上隆だったけど、ケムタ君情報だと「村上隆がさっき立川のももクロ会場に現れて若干雪解けムードです」とのこと。 よかったねー。 村上隆|注目の作品一覧 村上隆|花(お花、フラワー).

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