ダウンタウン松本人志(56)が28日放送のフジテレビ系「ワイドナショー2019年末SP」(土曜後6・30)に出演。 ファイナルステージでは審査員6人が「ミルクボーイ」を支持する中、松本だけ「かまいたち」に票を投じた。 松本は「毎年コレなんですよ。 僕が投票した組が優勝しないという。 そして僕が優勝トロフィーを渡す時に目が合うと変な感じになって(笑)。 (結果は)純粋に本当に僅差だった。 ミルクボーイが勝ってもおかしくないなと。 漫才の質的にね」とコメント。 「逆に(ミルクボーイが)有名じゃないということがアドバンテージになったかなと。 それとこの風体の人が優勝するというのが、夢があったんじゃないかな」と語った。
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2月22日放送の「さんまのお笑い向上委員会」(フジテレビ系)に、「M-1グランプリ2019」(テレビ朝日系)で優勝したミルクボーイと準優勝したかまいたちが登場。 「M-1」の舞台裏が明かされた。 優勝するまで、テレビに数回しか出たことがなかったミルクボーイ。 昨年10月までおばあちゃんとフォークダンスする営業をしていたそうで、今の忙しい状態がわけわからないと嬉しい悲鳴を上げる。 すでに「Indeed」ほか7本のCMが決まりそうとのこと。 するとかまいたち・濱家隆一は「3月たぶん(給料が)えぐいと思います。 賞金と今の仕事量やったら、700(万円)くらい一気に入る。 賞金の450にたぶん300くらい乗るから、(概算で)700くらい入るわ」と推測。 さらにかまいたち山内健司も「いいタイミングで優勝してるわ! (吉本興業の)会社の仕組みが変わって給料が明確に5・5になったタイミングで優勝してるんですよ」と言い放った。 山内はさらに「(「M-1」で、オール)巨人師匠と今田(耕司)さんが一瞬ピリッとなったシーンが、芸人の間で話題になった」と指摘。 今田は和牛のネタに感動し、テンションが上がりすぎてMCなのに、本来審査員の領域である技術論に言及。 しっかりと巨人に怒られたそう。 「あれは巨人師匠が言うてることが正しい!」とコメントした。 中川家・礼二も「あれはピリつきました。 審査員みんな知らんふりしましたもん!」と語り、スタジオの爆笑をさらった。 ネットでは「CM7本って、ミルクボーイすごすぎない?」「ミルクボーイはあの漫才の形式からいっても、CMに起用されやすいのはわかる」などの声が上がった。 次回は2月29日放送。 (ザテレビジョン).
次の『M-1グランプリ 2019』ではミルクボーイが優勝した。 無名の漫才コンビが、一夜にして有名になった。 そのシンデレラストーリーが今年も見られた。 一晩で芸人の人生が変わる様子は、見ている者も幸せな気分にしてくれる。 ミルクボーイが見せた「ボケ数」が少なくても受ける漫才の凄み ミルクボーイの漫才は力強かった。 決勝の第一ステージで見せた漫才は「コーンフレーク」の話。 ファイナルステージでは同じパターンの「最中 もなか 」の話だった。 ボケの数が多いわけではない。 設定としては、「うちの母が、好きな『朝ごはん』の名前を忘れてしまったので、それが何かを2人で考えてみる」というものだ。 2回目はそれが「好きなお菓子」の名前になる。 どちらも最初のひと言で「コーンフレーク」や「最中 もなか 」であることがわかり、本当にコーンフレークや最中 もなか なのかという検証で4分を過ごす。 コーンフレーク編では、やりとりが10回あった。 「甘くてカリカリしてて牛乳かけて食べるもの」というコーンフレークそのものの説明があって、あと9回、説明がある。 「死ぬ前の食事にできる」から始まり「栄養バランスの五角形が大きい」「晩ごはんでも食べる」「子供のころの憧れ」「お坊さんの修行でも食べる」「パフェで使われる」「ジャンルは中華」「食べてるときに感謝しにくい」と続いて、最後に「でも母はコーンフレークではないと言っている」と9回続く。 いわば4分間で9回しかぼけていない。 M-1の決勝ステージでの漫才としては、ボケの数がとても少ない。 (最後に締めのお父さんの言葉が入るので、通算でボケは10回)。 ただ、どれも笑いが深く、大きかった。 おかんの言葉を伝えるボケ役(駒場)が「死ぬ前の最後のごはんもそれでいいと言うんや」と言い、それを受けてツッコミ(内海)が「ほな、コーンフレークと違うか。 コーンフレークはまだ寿命に余裕があるから食べてられるんや」で爆笑を取り、一気につかんでいった。 彼らがチャンピオンになったのは、この最初のツッコミにあったとおもう。 「コーンフレークは、まだ寿命に余裕があるから食べてられるんや」にはまいった。 そんなこと考えたこともなければ、聞いたこともない。 でも言われてみればそのとおりだ。 このひと言でつかまれ、その味わいを持続したままハイテンションでつっきり、ファイナルステージの最後まで持っていかれた。 二人の音のバランスもいい。 ボケのおとなしめだがクリアな言葉と、ツッコミ役がどんどん大きな声になって、わかりやすく説明する声。 このバランスが笑いを生み続けた。 ファイナルステージの「最中 もなか 」も同じである。 「薄茶色のぱりぱりの皮でアンコを包んだやつ」という説明のあとに、こんどは5往復10回の説明があった。 同じパターンだけど、2回目も笑いに笑う。 ツッコミ内海の説明が、しだいに想像を越えてくるからだ。 いままで聞いたことのない表現で最中 もなか を説明しながら、それでいて「言えてるなー」とおもわせるセンスがすごかった。 この漫才の内容は古びない。 落語的でもある。 何度でも聞ける。 世にコーンフレークと最中 もなか があるかぎり演じられる。 おそらく他の漫才師が寄席の舞台で話しても(彼らほどではないにしても)受ける内容である。 古典化できる内容である。 そこもすばらしい。 かまいたちが見せた「わざと崩す」技術と、ぺこぱの衝撃 2位になった「かまいたち」もすばらしかった。 1つめは「USJをUFJと言い間違えた男」の話で、2つめは「トトロを見ていないことを自慢する男」だった。 いかにもありそうなテーマながら、自説を曲げずに異様なテンションになっていく男を見せる。 他人の話を聞かずに自説を固持し、少し狂気じみていくさまを見せて、どんどん引き込んでいった。 ただ、かまいたちの凄さは、そのまま走りきらないで、ゴール手前でまた妙なギャグを入れてくるところにもある。 1回めのステージでは「一回聞いただけでは意味が取れないフレーズ」を入れてきて漫才そのものを止めた。 最終ステージでは「不思議なところで息継ぎをする」ということをやった。 残り1分を切ったあたりで、それを入れてきた。 お笑い好きにとっては、こういうのがたまらない。 勢いで逃げ切ればいいのに、そんなことしないで、もう1つサービスしてくれるのである。 かまいたちのステージは笑いの数は多い。 最初のステージでは29、ファイナルでは19だった。 そして、いま指摘した変な笑いは29のうちの26番目と19のうちの17番目だった。 この「わざと崩してくる笑い」は高く評価されているとおもう。 3位のぺこぱは新鮮だった。 何だかつかみにくいボケに対して、ツッコミは正統にツッコミかけるが、途中から相手の行動を認めてしまう。 やさしさに満ちている。 つっこまないツッコミである。 こんな漫才はいままで見たことがなかった。 私はいまセリフを書き写してボケ数を数えているのだが、彼らの漫才は、文章ではまったくおもしろさが伝わらない。 ボケは言葉ではなく動きで見せるものが多く、ツッコミもたとえば「どこ見て運転してるんだよ、と言えてる時点で、無事でよかった」という文章になってしまう。 テンションがわからず読むと、まあそのとおりだ、としかおもえない。 ツッコミが途中で転調していきなり許すモードになっていく、その転調の音として面白いのであって、言葉がおもしろいわけではない。 書いてみるとよくわかる。 ぺこぱの笑うポイントはだいたい17から18である。 ツッコミが反転していく回数がそんなものなのだ。 人を許す「やさしい漫才」でもある。 こんなツッコミをしてくれる人が現実にはぜったいいない。 そのぶん強い笑いを誘ってるように見える。 やさしい漫才は、いまの世情の何かを反映しているように見える。 上沼恵美子は和牛のどこを叱っていたのか 惜しくもファイナルステージ残れなかったのが4位の和牛。 最初ゆるやかな笑いで入っていって、最後にどんどん盛り上がっていく漫才だった。 全部でお笑いポイントは24くらい。 しっかりした笑いにするのは15番目くらいからで、そこまではツッコミも静かである。 後半どんどん声を張っていって、ツッコミが「いいね」というのがボケの味わいも出していって、19番目くらいから最後までが大笑いのツボになっていた。 最初小さい笑いで始め、最後大笑いで終える。 しかも和牛は、大丈夫まっててね、最後は笑えるから、というような余裕を感じさせるステージを見せていた。 ちゃんとした商品になっている。 上沼恵美子はそこを指摘したのだ。 「ここは、そんなキレイな芸を見せるとことちゃうで」ということなのだろう(推測です)。 「みんな必死で笑い取りに来てるのに、なんでもっとがむしゃらに来いひんねん、なんで他の連中とは違うでというような余裕みせてんねん」というおもいだったのではないか。 「あんたらもう、こんなとこ出てる芸人ちゃうで、もう上のほうへ行きなさい」という意味にも感じた(あくまで個人的な推察です)。 笑いのポイントの数を数えていると、それぞれの笑いのスタイルの特徴がわかってくる。 見取り図は、いちおうボケとツッコミがしっかり分かれていて、それは二人の声質が違うというところにも明確にあらわれてる(ミルクボーイの二人も、そこをかなり意識的にやっていたとおもう)。 でも途中、お互いを罵り合うところで、ボケ役もツッコミセリフを言うようになり、それをツッコミの盛山が拾う。 ただ盛山のツッコミセリフをボケ役はいっさい拾わない。 その構図がどんどんおもしろくなってくる。 会話の成り立ってない二人、という味わいなのだ。 笑うポイントは25回だった。 ゆったり喋ってるようで、けっこう詰め込んできている。 からし蓮根はきれいにボケとツッコミを分けているコンビだ。 ボケはあまり言葉でボケずに身体的な動きでボケることが多い。 そのぶん、ツッコミの台詞が長くなる。 だいたい笑いポイント(ボケ数)は20。 ツッコミが熊本弁なので、一瞬わからないのがいくつかあった。 申し訳ない。 文章に起こしても笑えるオズワルド オズワルドも、オーソドックスなボケとツッコミの漫才。 彼らのやりとりは、文章で起こしても笑えるものだった。 「ふつうに考えてプロの板前とただのシロウト、どっちがいいかわかるだろ」「逆に聞かせてもらうけどさ、猿が見つけた松茸と、アメリカで食べる茶碗蒸し、これどっちがいいかわかるよね」「……それ板前はどっち?」 文章力の高そうな漫才である。 ボケ数は全体で22くらいあって、8番目くらいまではかなり低いテンションで展開し、そこからどんどん上げていく漫才だった。 その構成もじつに見事だった。 すゑひろがりずは、かなり飛び道具な漫才である。 昔の三河万歳 みかわまんざい のような格好で出てきて(能楽師か狂言師なのかもしれない)片方が扇子を持ってボケ、片方が鼓を叩いてツッコむ。 それですべてである。 私の知っている昭和時代に残っていた昔の「万歳 まんざい 」とも全然違う。 言葉のやりとり(行き違い、勘違い)としてのボケの数は少ない。 行き違いとしては1回だけ(合コンとは豪華な金色堂の略)、あとクイズ形式のやりとりを入れても9回しかない。 ただ「さすらば店の者を呼んで参ります」というふつうセリフが、すでにボケでもあるので、数え方が難しい。 それを入れたらとんでもなく多いが、それぞれくすくす笑いしか起こっていないので、正式なボケとは数えにくい。 言葉のやりとりの漫才ではなく、ディスコミュニケーションから笑いを取ってるたぐいの漫才で、格好は古いが、内容はかなり現代的である。 二人の作る世界をただ楽しむしかない。 インディアンスは、元気にふざけているボケの田渕が、相方の制止も聞かずに好き放題喋る漫才である。 ふだんの番組で、何組かの1つとして出てくると箸休め的に楽しいのだが、1つずつを真剣にみるコンテストでは、ちょっとつらかった。 笑わせようとしてるポイント(ボケの数)を数えようとすると、田渕のいろんなセリフは、ほぼただの悪ふざけの一人言とみなすしかなく、相方が拾ったものだけを笑いポイントと数えるほかはないのだ。 田渕の喋りは、場は明るくなるが、笑いにはなっていない。 ツッコミの重要性があらためてよくわかる。 だから「小さなボケ14」というのが私が数えたボケ数である。 それも刹那的なギャグばかりだ。 ひとつだけ「かわいくもたれかかって寝る女子が無呼吸症」という設定にのっとったボケだった。 1つだけではむずかしい。 ボケる回数と漫才の質 トップバッターだったニューヨークは歌ネタだったので、ボケ役はただ歌うだけで、ツッコミは傍観しつつときどきツッコむという展開だった。 言葉のやりとりがない。 松本人志は、半笑いでツッコむなと言っていたが、それは二人が会話してないからである。 ずっと歌っている相方の横で、傍観者としてときどき感想を言うばかりだから、それは半笑いにもなるだろう。 松本が注意したのは、二人の距離感でもあったとおもう。 ニューヨークのボケの数は30だった。 数だけはトップである。 勝手にボケてツッコミを待たないので多くなる。 ボケ数が最高数だったが、審査員の得点は一番低かった。 残念である。 漫才はボケ数が多ければいい、というものではない。 数値化するとより明確になる。 質であり、客を笑いに引き込む深さである。 演者はうしろにどんな深さを感じさせるのかも測られている。 今年もまたいろんな新しい漫才が生まれた。 野心を持った若い連中が、その才能を注ぎ込む場となった漫才の世界は、いつみても衝撃的におもしろい。
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