紺のジャケットに白のストレートパンツという格好で、ポケットに手を入れながら進む。 帽子とマスクの間にはトレードマークのサングラスではなく、黒縁の眼鏡が覗く。 夜の闇に紛れて歩くその男性は、(73才)だ。 7月中旬夜7時30分頃、都心の大通りを少し入った小道で、運転手付きの車から降りたタモリ。 どこか人目を警戒するように、そろりそろりと歩を進め、路上に停車している車にまで注意を払う。 直線距離にして100mほどの道で、途中の坂を下っては上り、遠回りを重ねながら、やがてとある瀟洒なマンションへと消えて行った。 その少し前、タモリが乗っていた車からは、スラリとした長身の女性が降りていた。 女性が先に辿り着いていたのは、タモリが入ったのと同じマンションだ。 その後約2時間、ふたりは同じ屋根の下で過ごした。 ある日は、タモリの車が彼女の自宅近くに止まると、エントランスから小走りで出て来た彼女を乗せ、銀座の有名飲食店が入るビルへ。 ちなみに女性は彼が49年連れ添った妻ではない。 いったい、どんな関係なのだろうか。 タモリは芸能界きっての愛妻家として知られる。 早稲田大学中退後、地元の福岡で保険外交員として働き始めた時の2年先輩のOLが、後に妻となるA子さんだった。 1970年に結婚。 タモリは保険外交員を辞め、観光会社やボウリング場の支配人などの職を転々とした。 「A子さんに内緒で上京した時に、たまたまパーティーで披露した、デタラメな外国語を掛け合う『4か国語麻雀』が大ウケしたことをきっかけに、赤塚不二夫さん(享年72)宅に居候しながら芸能活動をスタートしました。 『笑っていいとも!』(フジテレビ系)などがスタートし売れっ子になってからは、個人事務所の社長としてお金の管理など裏方の仕事をこなし、献身的に支えてきました。 タモリが32年間にわたって司会を務めた『いいとも』を、2014年3月で辞めたのは、夫婦の時間を増やすためだったという。 「奥さんの体調が優れない時が増えたことも『いいとも』を辞めた理由の1つといわれていました。 愛妻家のタモリが、毎週末ひと時を過ごす女性は、いったい誰なのか。 「B子さんはおひとりさま暮らしをしているアラ還美女。 タモリさんとは数年前に知人の紹介で知り合ってからの仲だそうです。 高級ブランドをいかにもではなく、シンプルにサラリと身につけている品のいい女性です。 お肌も艶々で、きれいな姿勢も印象的ですね。 以前はお仕事をしていましたが、今は愛犬の散歩や料理などを楽しむ悠々自適の生活を送っているようです。 ウイットに富んでいて話題も豊富、素敵なかたですよ」(B子さんの知人) タモリは無類の吉永小百合(74才)ファンとして知られるが、B子さんのたたずまいは吉永を彷彿とさせる。 「あっ、いえ、それはちょっと事務所を通して…やっていただきたいと思います」 と慌てた様子を見せた。 ふたりの関係についてタモリの所属事務所に聞いたが、期日までに回答はなかった。 B子さんにタモリとの関係を聞いた。 「(タモリとは)お友達です。 おモテになるかたですから。 たくさんお友達もいらっしゃいますしね。 お友達だったらお酒を飲んだり食事をしたりすることもあります。 悩みを相談する相手って異性にでもいるでしょ? 生きていればいろんなつらいこともありますから。 数年ですよ」 タモリの知人はこう話す。 「友達以上恋人未満でしょうか。 男も70代ともなればいろんな関係がある。 妻ではない女性とウキウキしながら、会話を楽しみ、おいしく食事をして、少し活力を得る…タモリさんにとってB子さんはそんな女性でしょう。 毎週会いたいという思いがあるくらいですから、確かに奥さんにはちょっと言いにくい存在なのかもしれません。
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2014年3月11日のフジテレビ系「笑っていいとも」では、そんなタモリの顔がお昼にも関わらず出てしまいました(笑)。 SMAPの中居正広から「寂しい時はあるか」という質問が出ると、タモリは「寂しい時があるかって聞かれたら全部寂しいんじゃないの??」と意外な答え。 タモリ曰く、人間は基本的に寂しいものであり、それ故、寂しいという感情は当たり前のことだそう。 更に「寂しくないと思うのは異常じゃないか」と持論を展開。 特に散歩をしている時に言い知れぬ寂しさが襲ってくるらしく、「世の中が全部イヤになる感じがする」とまで発言していました。 寂しさを打ち消す友人・仕事・趣味 ブラタモリ、タモリ倶楽部等で見せるいわゆる「裏の顔」のタモリは、散歩や街歩きをとても楽しそうにしている印象があります。 しかし、仕事も順調で周囲の友人知人に恵まれるタモリでさえ、ふとした瞬間に孤独感や無常観を感じているようです。 タモリは、そうした寂しさを打ち消すために人々は友人を作ってみたり仕事に打ち込んでみたりするのではないか、と考えているよう。 この考え方には多くのネットユーザーが共感の声を寄せていました。 タモリ名言は味わい深い タモリは過去にも以下のような発言をしています。 ・人生とは後悔する為に過ごすものである。 ・人間って「自分がいかに下らない人間か」ということを思い知ることで、スーッと楽にもなれるんじゃないかな。 ・いまだに何かをわかったわけでもなく、 ただ迷いつつ手探りでやり続けております。 ・節操なんつうのはない方がいいですよ。 節操を持ってるとね、やっぱ心が自由にならないからね。 ・ストレスはね、発散することはできません。 溜まる一方だからストレスを忘れるしかない。 こうした発言を踏まえると、タモリが画面上で飄々としているのは決して生まれ持った性質ではないと感じます。 タモリなりに世間や社会との折り合いを付け、その中でいかに楽しく生きて行くかという処世術のようなものが、今のタモリの姿を作り上げているのかも知れません。 そして、そうした試行錯誤の末のタモリの現在の姿は、とても魅力的に思えます。 タモリの女性観や、タモリ倶楽部に臨むタモリの心境がジワジワきます。 ・ ・.
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加藤浩次と矢作兼、仲の良さがにじみ出るやりとり 『人生最高レストラン』に、おぎやはぎ矢作。 MCの加藤とは20年来の友人同士ということで、お互い「なんか照れくさい」「浩次くんになんか聞かれると思ったら恥ずかしい」と照れ合う。 かつてはそれぞれの彼女と一緒にWデートもしていたそう。 世田谷でテニスをしたあと、ラ・ボエムのテラスでご飯を食べた思い出話を大笑いしながら話すふたり。 聞いているYOUも「ベタだよー」と笑う。 その矢作が高校時代から付き合っていた当時の彼女と別れたのは「浩次くんのせい」と主張。 加藤と出会うまでは「ちゃんとした好青年」だったが「悪い遊びを教えてくれ」、「女っていうのは黙って芸人についてくるもんだって思想を植えつけられ」、「俺は変わっちゃった」と。 一方で加藤も「お前が原因」で別れたと返す。 当時、彼女への借金があったにもかかわらず、矢作におだてられ車を買ってしまったと。 加藤「人をおだてるクセやめたほうがいい!」。 お互いに責任をなすりつけ合いながら笑っている姿に仲のよさがにじみ出ていた。 45歳で結婚した矢作。 43歳くらいのとき、樹木希林にその歳で結婚していないなら、もうできないと言われたそう。 なぜかと問うと「物の分別のつく男に選べる女なんかいないわよ」と返ってきた。 これを聞いて矢作は「そうか、完璧な女性っていないんだ」と思い、考え方を改めて結婚したという。 最後に矢作が紹介した店はタモリも行きつけで、そこで一緒にサシ飲みをしたこともあるという蕎麦屋「吉法師」。 紹介VTRに書かれたフリガナを見て矢作「『きちほうし』っていうんだね。 俺もタモさんも『きっぽうし』って言ってたけど(笑)」。 タモリの答えは「マネージャーのおかげ」。 ここで他人のおかげと言い切れてしまうのがタモリらしい。 『さんまのお笑い向上委員会』、「なるべく大人数でやりたい」となんと2階建てのひな壇を設置。 そのため画面が見にくいという指摘に「見やすさを選ぶ番組じゃないからね」とさんま。 スタジオに入れる人数制限があるため、出演者のぶん、スタッフを減らしたそう。 ゆりあんのトークの流れを遮る果敢なボケにフジモンは「トークを止めるな!」とツッコみ、さんまは「笑いは笑い、情報は情報で分けなきゃ。 仕事減っちゃうよ」と笑う。 これに対し、古坂「全部笑いじゃないですか、さんまさんは」、さんま「だからちゃんとできればもっとNHKとかで仕事できとったんや! 向かうところ敵なしになってたんや。 ただ、一部熱狂的ファンは残るけどな」。 「僕らは昔から知ってるから正直びっくりしなかった」と古くから付き合いのある土田や古坂は言う。 古坂によると、彼女(のちの奥さん)ひと筋だった児嶋はあまりにも渡部が遊ぶから「ごめん、1回渡部みたいに遊んでみたい」と彼女に告げ、合コンに行ったそう。 帰ってきて「俺には無理だ」となったと。 古坂「そこですれ違ったんでしょうね、アンジャッシュは」。 『必殺仕事人2020』(テレ朝)に市村正親、森川葵ら。 文=てれびのスキマ.
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