概要 [ ] アマビコは、後期から中期にかけての資料や新聞記事などで確認されている妖怪で、絵と文がいっしょに書かれた形式で人々の間に広まった噂話・風説 として記録されたり、根拠不明あるいは時代遅れの迷信として報道 されている。 その内容の多くは、異様な生物(3本足など)のような絵と、絵に示された存在が人間の言葉で「自分の名前」や「人間の大多数が死に絶えること」あるいは「豊作や疫病が発生すること」そして「自分の姿をかきしるした者は難をのがれることが出来ること」を告げて去ったということを記載している。 内容のおもな共通点には、以下のようなものがある。 ただし、それぞれの資料に直接の前後関係があると見られる例は少なく、元となった情報の違いや書写される過程での誤写などからそれぞれの部分は欠けていたり異なっていたりする箇所も多く、絵の細部の描き方も含め完全に一致するものは少ない。 絵が描かれている。 絵と文とがいっしょに書写または印刷されたかたちで残されていることがほとんどである。 として販売されたものがもとになっていると考えられる。 主として3本足をした異様なすがたの存在が絵として描かれているが、体毛の有無や足の本数などにはばらつきもある。 海に、夜になると光を発する妖怪が出現する。 話のなかでアマビコの出たとされている海の多くは(現・)の海であったとされるが、それにつづく郡名は架空(真字郡 、真寺郡 、青沼郡 など)であることも多く、その地域内の具体的にどこの海であったかが細かく語られることは無い。 光とともに、のような鳴き声が聴こえた という描写も多い。 海彦(『越前国主記』)の(現・)、 尼彦入道(出版年代不明)の(現・)などの例も見られる。 天日子尊(『東京日々新聞』)は越後国の近辺のから現われたと語られている。 海彦(『越前国主記』)の文には光を海中から発した話などは無く、単に海に出たということのみが書かれている。 柴田というが正体を探りに出向くと、姿を現わし、自分はアマビコというものであると語る。 柴田五郎左衛門 、柴田五郎右衛門 など、アマビコに遭遇したとされる人物が文中に登場する場合、ほとんどは熊本の「しばた」という名の武士であると書かれている。 これは名称の異なる同種の例・の場合(柴田某 と記されている)でも共通している。 9年()に『』で報じられた 尼彦入道の図(肥後国の海に出たと記されていたとされる)についての話では、芝田忠太郎 という人物名が見られるが、「しばた」という音や熊本の武士である点で共通性がみられる。 いずれの例も、妖怪そのものが自身の名前を語ったとしており、人間側が何であるかについて言及していない点は共通している。 これは、アリエやアマビエなどの場合も全く同じである。 数年間の豊年がつづくこと、しかし同時に疫病などで大多数の人が死に失せることを告げる。 アマビコが豊作であると予言している期間は、六年間である。 大多数の人が死に失せる原因の多くは「疫病」であるとアマビコは語っているが、 海彦(『越前国主記』)など特にその原因に触れていない例もある。 明治8年()に見られたという 天日子尊についての報道(『東京日々新聞』)に見られる話では、七年間の凶作を予言しており、人口が衰微する原因もその凶作が原因となる と語っており、少し内容の差異がみられる。 自分の姿を見た者は疫病をのがれられることを告げる。 絵と文とがいっしょに書き残されたり印刷されている理由は、この一点にあり、すべてのアマビコや隣接する資料とも共通している。 アマビコのような存在が描かれはじめた正確な発生源は不明だが、書写された年代を明確に出来る古い例には『青窓紀聞』 や『長崎怪異書翰之写』 などに書かれている14-15年(-)にかけての あま彦の書写例があり、これらにはアマビコの共通点はほぼすべてが含まれている。 天保15年(1844)に書写された同様の例には、『雑書留』(福井県武生公会堂記念館・寄託)に描かれた あま彦 が2020年に確認された。 また、『越前国主記』に描き記されている15年()(現・)に出たと語られている 海彦も、3本足の獣のような絵が描かれているが、「今年、日本の7割の人々が死ぬ、しかし我が形を見た者は死からのがれることが出来る」と告げたとされる。 いっぽう、その出現については「海中から出て来た」としか描写されておらず、光を海中から発したことについて捜査に出向く武士の存在や、豊作についての予言は話のなかに含まれておらず 、書写系統は異なるものではないかと考えられる。 いずれの例も年次は書写された・報道された年次であり、本文でのアマビコ目撃の話にその年月日が明記されていることはない。 それゆえ、どのアマビコの例も印刷物や情報が出回った年が、出現をした年・予言内容のはじまる年として受容されていたとも言える。 15年(1882年)に『郵便報知新聞』に掲載された記事(7月10日)には、に刷られたアマビコの摺物が()地域に出回った報道に付け加えて、その摺物(「あま彦」というのような3本足の怪獣の絵と、それが「これから六年間は豊作だが、病気で人間は六分が死ぬ、しかし我等の姿をかきしるす者は病気に遭わない」と告げたと言う内容の文面が印刷されていたという)の原版は5年()にの市中で路上販売されていた摺物をそのまま用いたものだったと報じられている。 比較してみると、この摺物の内容は天保14-15年の例とも非常近く、安政年間に印刷されていたという例も天保年間の摺物の可能性も非常に高い。 資料の位置づけ [ ] 尼彦の肉筆画(湯本豪一所蔵。 明治時代以降のものと考えられている) 熊本県の海に現われ、豊作と疫病の流行を告げ、自分の姿を家の中に貼っておけば病難をまぬがれるとも語ったという文がいっしょに書かれている。 は『明治妖怪新聞』(1999年)にて、明治時代の新聞報道に採り上げられ「予言を告げた」とされる妖怪(アマビコ)の描かれた摺物についての話題を、登場する妖怪の名称や内容の共通性から、それまで「予言をした妖怪」として知られていたはアマビコの類型のひとつ、名称の誤記例だったのではないか と指摘しており、以降アマビコについての各種資料は一定のまとまりを持って考察されるようになった。 湯本豪一による言及以前にはアマビコについての資料の紹介はほとんどされておらず、アマビエのみが知られていた。 名称については漢字表記も一定ではなく、「アマビコ」と称されてるものがどのような存在であるかを詳述した当時の資料も不足しているため明確にわかっていない。 やなど内容がほとんど一致するが名称が若干異なっている例も確認されるが、名称の多くは「アマビコ」(あるいは「アマビコ入道」)で共通していること、語られている内容や形式がほとんど一致していることから、アリエやアマビエを含めた存在は同じもの(同一の情報を元としたもの)であると考えられる。 「海で光を発する」などの特徴は、同様の伝播形式や予言要素をもつ他の妖怪の文中にもほぼ同様のものを見ることも出来る点から、名称や絵姿が異なる妖怪との比較もおこなわれている。 脚注 [ ] []• 、196-198頁。 、178-180頁。 『』 2020年6月3日。 2020年6月3日閲覧。 『日本の幻獣 未確認生物出現録』図録 川崎市市民ミュージアム 2004年 46頁。 「予言と除災の幻獣」のひとつとしてアマビコたちがまとめられている。 関連項目 [ ]• -による。 「クダンノコト」の回でアマビコが紹介される。
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アマビエってどんな妖怪? アマビエ(歴史的仮名遣:アマビヱ)は、 日本に伝わる半人半魚の妖怪。 光輝く姿で海中から現れ、豊作や疫病などの予言をすると伝えられている。 略 「当年より6ヶ年の間は諸国で豊作が続くが疫病も流行する。 私の姿を描いた絵を人々に早々に見せよ。 」と予言めいたことを告げ、海の中へと帰って行った。 出典: なんとも緩~い雰囲気の 半人半魚の妖怪です。 話題になっている理由としては「 疫 病が広がったときに、アマビエを描いた絵を見せる」というところから。 世界的なコロナウイルスのパンデミックにより、 心身ともに疲れ切った人たちを励ましあうことが目的でもあります。 ツイッターで話題となったイラスト 事の発端は妖怪の掛け軸を専門とする「」さんというアカウントのこのツイートです。 とんでもない勢いで某ウイルスが流行ってますが妖怪の中に「流行り病がでたら対策のためにわたしの姿を描いて人々にみせるように」と言ったのがいるんですよ。 アマビエって言うんですけど。 (文言は一部。 ) 水木しげるのアマビエ、点描と線画の迫力がすごい。 鳥のクチバシのような口• ロングヘアに見える体毛• ウロコに覆われたからだ• 四角形の目• ヒレのついた3本足 大体まとめるとこんな感じの特徴が分かります。 今回の大流行には予言の要素が見られず、 護符としての特徴のみが拡散していると分析した。 略 原典たるアマビエの予言(アマビエの瓦版の原文)は「(これから先、)豊作が続くが疫病も流行する。 私の姿を絵に写して人々に見せるべし。 」という旨のものであり、前節と後節が直接には繋がっていないことをもって 「絵を見せることで疫病が収まると言っているわけではない」と解釈する人もいる。 長野栄俊は【ふーぽコラム】において「じつは亜種であるアマビエは 「早々に私の姿を写して人々に見せよ」とは告げるが、その御利益は明言していない。 出典: wikiでは早速今回ツイッターで話題となった現象について追記されていました! アマビエは「これから疫病が流行するから、私を描いた絵をみんなに見せてね」と予言をするわけですが、 「絵をみんなに見せてね」というだけで特に「その疫病を鎮める」とまでは言ってないんですよね。 この「私を描いた絵をみんなに見せてね」という部分だけがネット上で広まっている…というのが上記wiki引用の要略です。 アマビエとアマビコの違い アマビエには「絵を見せたご利益」については何も言っていないと解説いたしました。 一方、 名前が微妙に似ている「アマビコ」についてはご利益について言及アリ! アマビコ ご利益を明言していないアマビエより、 「私の姿を見る者は無病長寿、早々にこのことを全国に広めよ」と告げているアマビコのほうが本来はふさわしいとの、研究者らしい一言もあった。 略 原種のアマビコの方は 「私の姿を見る者は無病長寿、早々にこのことを全国に広めよ」と告げている。 出典: 「アマビエ」はそもそも「アマビコの誤記なのでは」という説が出ています。 違いとしては、 【アマビ コ】• 体にウロコに覆われておらず、体毛に覆われている• クチバシのような口ではない• 顔が人間寄り• 姿を見せた際のご利益への言及 【アマビ エ】• ツイッターで人気• 鳥のクチバシのような口• ロングヘアに見える体毛• ウロコに覆われたからだ• 四角形の目• ヒレのついた3本足• 「絵を見せよ」と言っただけでご利益については言及無し こんな感じです(姿についてはwikiの参考画像との比較) ビジュアルだけならアマビエの方が人気出るかな? 筆者の偏見ですが… そもそも「 アマビエという妖怪のイラストを描いて励ましあおう」という盛り上がり方なので、アマビコかアマビエかという議論はあまり広まらなさそうですね。 海外の反応 「アマビエチャレンジ」はなんと日本国内だけではなく、 海外にまで話題が広まっているようです! インスタでも海外の方にシェアされはじめるアマビエ。 中にはじっさいに描く方まで。 広がる伝説…! — サタケシュンスケ|イラストレーター satakeshunsuke 海外でも日本のアマビエを描くムーブメントが話題に。 気が滅入るニュースが多いときこそアマビエだ。 ゆるキャラっぽく書かれているイラストが多めですが、妖怪ですからね… まとめ• アマビエは「これから疫病が流行る。 私の絵をみんなに見せてね」という予言をしたことから最近話題になっている妖怪• 「絵を見せてね」というだけで、ご利益については言及なし• 名前が似ている「アマビコ」は「私の姿を見る者は無病長寿」とご利益について言及アリ• 海外にも徐々にアマビエのイラストを投稿しだす人が多数 ちょっと緩い見た目も相まって、現在進行形でアマビエのイラストが増え続けているようです。
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名称 [ ] 熊本という地名は、古くは 隈本と書いた。 隈本の由来には諸説あるが、に因むとする伝承がある。 「隈本」の名が文献に見られるのは南北朝時代以降で、これをが「隈」の字が畏(おそれる、かしこまる)の字を含むため武将の居城の名に相応しくないとして「熊」の字を充てたと言われている。 なお「来熊(らいゆう)」「訪熊(ほうゆう)」「帰熊(きゆう)」と1文字で略するときは「熊(「ゆう」と音読み)」を使用する。 地理・地域 [ ] 九州本島の中央部に位置し、福岡、大分、宮崎、鹿児島の各県と境を接する。 海上でを隔て長崎県とも接する。 東部の阿蘇地方に日本第2位のを持つや九州山地の山々が聳え、西部は熊本平野が有明海に、八代平野および芦北地方のリアス式海岸が不知火海に面する。 その間に宇土半島が突き出し天草諸島に続いている。 中心都市であるは、市域の70万人超の人口を支える水道水が全て地下水でまかなわれている世界でも稀有な都市である。 気候 [ ] は県内全域がに属し温暖だが、冬と夏で寒暑の差が激しい。 冬の気温は緯度の割には寒冷である。 に面しているが、はととの間で盆地を形成するため、内陸型気候に近い。 には年間106日のを記録している。 冬は降雪や積雪は少ないが朝方の冷え込みが厳しく、1981 - 2010年の統計によると1月は平均12. 阿蘇地方 で、随一の寒冷地である。 冬はやでは毎年多量のとなるが、以東のようにには指定されていない。 最低気温も氷点下まで下がることがほとんどである。 も多く年間を通して2,800mm程度と多雨である。 ・芦北地方 で、寒暖の差が小さい。 年間を通した降水量は2,000mm程度である。 球磨地方 を中心とした内陸気候と型の気候であり、寒暖の差が激しい。 年降水量も2,400mm程度と多いほか、夏はになることもあり冬には最低気温がまで下がるも多い。 熊本県各地の平年値(統計期間:1971年 - 2000年、出典:) 平年値 (月単位) 阿蘇地方 熊本地方 天草地方 芦北地方 球磨地方 阿蘇乙姫 平均 気温 最暖月 24. 0 (8月) 23. 7 (8月) 20. 2 (8月) 23. 9 (8月) 25. 8 (8月) 26. 8 (8月) 27. 4 (8月) 27. 7 (8月) 26. 8 (8月) 27. 3 (8月) 27. 2 (8月) 26. 9 (8月) 26. 8 (8月) 27. 7 (8月) 26. 8 (8月) 26. 0 (8月) 25. 8 (8月) 最寒月 1. 6 1月 1. 6 (1月) 2. 0 (1月) 3. 3 (1月) 4. 1 (1月) 5. 1 (1月) 5. 4 (1月) 5. 1 1月 6. 2 (1月) 6. 6 (1月) 6. 0 (1月) 6. 0 (1月) 8. 3 (1月) 6. 6 (1月) 4. 2 (1月) 3. 8 (1月) 最多月 530. 0 (6月) 604. 2 (6月) 672. 4 (6月) 511. 3 (6月) 495. 2 (6月) 403. 0 (6月) 387. 5 (6月) 434. 7 (8月) 439. 6 (6月) 422. 8 (6月) 386. 2 (6月) 401. 6 (7月) 397. 0 (6月) 387. 1 (6月) 417. 5 (6月) 515. 6 (6月) 522. 0 (7月) 最少月 52. 4 (12月) 61. 2 (12月) 75. 6 (12月) 56. 8 (12月) 46. 8 (12月) 43. 7 (12月) 39. 8 (12月) 49. 4 (12月) 52. 9 (12月) 51. 5 (12月) 44. 3 (12月) 54. 0 (12月) 65. 1 (12月) 75. 5 (12月) 52. 6 (12月) 62. 6 (12月) 48. 5 (12月) 自然公園 [ ] 、 、 、小岱山県立自然公園、三角大矢野海辺県立自然公園、芦北海岸県立自然公園、矢部周辺県立自然公園、五木五家荘県立自然公園、奥球磨県立自然公園 隣接している自治体 [ ] 隣接している県は、最多である。 隣接都道府県: - - - 、(海上) 地域区分 [ ] 熊本県は、県北・県央・県南の3つに大きく分けられ、さらに11の地域に区分される。 また、県内には14市9郡23町8村(計45市町村)がある。 熊本県では、(平成15年)以降に町村合併で誕生したあさぎり町・山都町・氷川町の3町が「ちょう」としている以外は、町はすべてが「まち」、村はすべて「むら」と読む。 玉名地域:2市1郡4町• ・・・• 鹿本地域:1市• 旧鹿本郡であった熊本市域が含まれることもある• 菊池地域:2市1郡2町• 県央に含まれることもある• 県央に含まれることもある• 阿蘇地域:1市1郡3町3村• ・・・・・ 県央• 熊本市:1市• (県庁所在地、)• ・・・・• 宇城地域:2市1郡1町• 旧下益城郡であった熊本市・域が含まれることもある• 上益城地域:1郡5町• ・・・・ 県南• 八代地域:1市1郡1町• 芦北地域:1市1郡2町• 球磨地域:1市1郡5町3村• ・・・・・・・・• 天草地域:2市1郡1町• 消滅した市町村 [ ] () 後半期に宇土半島の基部に摺鉢山(すりばちやま)古墳(宇土市、96m)、迫ノ上(さこのうえ)古墳(宇土市、56m)などのが営まれていた。 玉名郡(旧菊水町)に5世紀末〜6世紀初頭に造られた前方後円の江田船山古墳がある。 同古墳から75文字を銀象嵌した大刀が出土している。 熊本県の領域はかつてののそれとほぼ重なるが、肥後国を含む広範囲はにおいてはと呼ばれていた。 この火国(肥国)の中心は(流域)で、と同系の有力豪族である(ひのきみ)がいた。 肥国はやがて、現在の・の地域をも含むようになるが、7世紀終わり頃にと肥後国に分けられた。 肥後国は生産力が高い豊かな土地で、地理的にも重要と判断されたため、律令体制下では大国の一つとされた。 中世 [ ] 中世には、の神威を利用して勢力を拡大した後裔の、から地頭として下りに土着した、の府官であったといった豪族が勢力を伸ばした。 は、の皇子を擁する菊池氏が九州の南朝の中心として活躍した。 さらに、南朝方のの子孫であるも領地がある八代に移った。 戦国時代に至って、相良氏は名和氏を追い肥後国南部を支配するが、北部では菊池氏や阿蘇氏の家中はしばしば乱れ、豊後守護のの介入を招くなどしたため、有力な戦国大名が現れず、が割拠する状態が続いた。 近世 [ ] の九州征伐によりが肥後の国主を命じられるが、に反対する国人たちによるが起こった。 秀吉は成政にその責任を負わせてを命じる一方、一揆に参加した国人たちを徹底的に弾圧し、その勢力は一掃された。 その後、秀吉は北半分を、南半分をに分け与え、球磨郡においては相良氏の支配を認めた。 小西行長がで敗れ滅亡すると、がその領地を併せ52万石の領主となった。 清正は名城を築き、また河川・水路を改修して耕地を広げ生産力の向上に努めたため治水の名人として崇められた。 しかし清正の死後、息子忠広の代に改易され、代わってが54万石の領主となった。 ()支藩として、がある。 また、家老の松井家はの城代として、3万石を与えられており、事実上の八代支藩の藩主であった。 他に肥後国内には、相良氏が治めるがあった。 はに近く、また、であったの領地になったこともあり、キリシタンの数が多かった。 関ヶ原の戦い後、12万石の領主であるの領地となるが、寺沢はキリシタンを弾圧し、また過酷な徴税を行ったことから、14年()にが起こると、住民の半分がこれに参加し、全滅した。 乱後、天草はとなり、初代代官のの尽力によって天草は次第に復興していった。 近代 [ ] () 4年()、肥後国には熊本県と八代県が設置された、熊本県はその後白川県と改められ、(明治6年)、白川県と八代県が合併して白川県となった。 (明治9年)、再び熊本県に改名され、現在の熊本県が誕生した。 太平洋戦争末期までは熊本が九州の中心と見なされ、熊本鎮台・などが設置されたが、戦況が悪化すると連合国軍による本土上陸を恐れた政府が、九州統監府をより本州、帝都東京に近い福岡に設置したため戦後も九州の中心が福岡となった歴史を持つ。 第五高等学校教師として・が熊本市に住んでいたことがあり、も第12師団軍医部長を務めていた時に、熊本市を訪れたことがあり短編小説『』を書いた。 これは初期にで実際に起きた、阿部一族が上意討ちで全滅した事件を題材にしている。 現代 [ ] この節のが望まれています。 (28年)以降相次いで熊本県で地震が発生し、震度7の地震が2回観測された。 () 人口 [ ] 熊本県のは戦後一貫して増加を続け、(平成7年)には約186万人に達した。 しかし、九州地方第三の都市である(約74万人)や(人口約111万人で県人口の過半数を占める)に含まれる自治体は人口増加が堅調だが、他の市町村では人口の減少が顕著になってきている。 そのため、県全体では(平成12年)頃から人口は減少に転じている。 なお(平成24年)現在、政令指定都市が所在する都道府県では最も人口が少ない。 また、県で最大の人口を抱える熊本市と、県で第2位の人口を抱えるとの間には約61万人の差があり、熊本市への人口集中が顕著である。 詳細は「」、「」、および「」を参照• :(かばしま いくお、4期目) 歴代知事(公選) [ ]• 初代 ((22年)~(昭和34年)、3期)• 2代 ((昭和34年)~(昭和46年)、3期)• 3代 ((昭和46年)~(昭和58年)、3期)• 4代 ((昭和58年)~(3年)、2期)• 5代 ((平成3年)~(平成12年)、3期)• 6代 ((平成12年)~(平成20年)、2期)• 姉妹(友好)交流地域 [ ]• 国の機関 [ ]• 熊本県情報通信部• 支局(阿蘇大津、宇土、玉名、山鹿、八代、人吉、天草)• 八代駐在官事務所• 熊本出張所• 拘置支所(京町、八代、天草)• 支部(玉名、山鹿、阿蘇、八代、人吉、天草)• 熊本公安調査事務所• 八代税関支署• 出張所(熊本、水俣、三角、熊本空港)• 南九州研修支所• (阿蘇、天草、宇土、菊池、熊本西、熊本東、玉名、人吉、八代、山鹿)• 国税庁 熊本研修所• 国税庁 熊本• 熊本事務所• (熊本、八代、玉名、人吉、天草、菊池)• (熊本、キャリアアップ熊本、上益城、八代、菊池、玉名、天草、球磨、宇城、阿蘇、水俣)• 福岡 出張所(熊本空港、三角、水俣・八代)• 八代地域センター• 天草支所• 北部九州土地改良調査管理事務所 熊本支所• 土地改良技術事務所• 玉名横島海岸保全事業所• 大野川上流農業水利事業所• 門司 鹿児島支所 八代出張所• (熊本、熊本南部)• 熊本河川国道事務所• 出張所(山鹿維持、熊本維持、八代維持、阿蘇国道維持、白川、緑川上流)• 八代河川国道事務所• 出張所(八代、人吉)• 川辺川ダム砂防事務所• 砂防工事課• 出張所(ダム第一、ダム第二)• 菊池川河川事務所• 出張所(玉名、山鹿)• 竜門ダム管理支所• 立野ダム工事事務所• 筑後川ダム総合管理事務所 下筌ダム管理支所• 緑川ダム管理署• 熊本営繕事務所• 熊本港湾・空港整備事務所• 八代港分室• 有明・八代海海洋環境センター(熊本新港分室)• 熊本運輸支局• 熊本空港事務所• 熊本地方気象台• 福岡航空測候所 熊本出張所• 熊本海上保安部• 天草海上保安署• 八代分室• 事務所(阿蘇自然環境、天草自然保護官)• 熊本防衛支局• 裁判所 [ ]• 支部(玉名、山鹿、阿蘇、八代、人吉、天草、• (熊本、玉名、山鹿、阿蘇、八代、人吉、天草、宇城、荒尾、高森、御船、水俣、牛深)• 支部(玉名、山鹿、阿蘇、八代、人吉、天草、高森、御船、水俣、牛深) 経済・産業 [ ] 産業 [ ] (平成27年)度の県内総生産は5兆5794億円である。 およそ世界の3分の2の国よりも大きな経済規模を有している。 一人当たり県民所得は226. 5万円である。 農業産出額((平成20年))は全国7位(九州3位)。 各品目のを見ると、・(熊本県以外でい草の生産はほとんど行われていない)・・・が全国1位、・・・・が全国2位、・が全国3位となっている。 農林水産省の統計で全国の主要農畜産物上位10品目(産出額ベース)について、熊本県は・・トマト・いちご・の5つでトップ5に入っている。 他に、・が名産。 菊池および阿蘇地域では畜産が盛ん。 有明海や天草沿岸で・・などの養殖が行われている。 近代以後、製造業でめぼしいものが展開せず、第一次産業、第三次産業のウェイトが高かったが、現在ハイテク産業や輸送機械の企業誘致を積極的に行っている。 最近では太陽電池関連産業の振興にも力を入れている [ ]。 県内に拠点事業所のある主要企業 [ ] 製造拠点 [ ]• (玉名郡和水町)• 九州(菊池郡菊陽町)• (熊本市)• (球磨郡錦町)• (球磨郡)• (熊本市)• (熊本市)• (八代市)• (八代市)• (八代市)• (八代市)• ヤマハ天草製造(上天草市)• (八代市)• (荒尾市)• (水俣市)• (玉名市)• (山鹿市)• (宇土市)• (菊池市)• (阿蘇郡西原村)• ()(菊池郡大津町)• (菊池郡大津町)• (阿蘇市)• (菊池市)• (宇土市)• (下益城郡美里町)• (宇城市)• (宇城市)• (宇城市)• (合志市)• (菊池郡大津町)• (菊池郡大津町)• (合志市)• (合志市)• (玉名郡南関町)• (玉名郡長洲町)• (玉名郡長洲町)• (熊本市)• (熊本市)• (菊池郡大津町)• (上益城郡嘉島町)• (球磨郡多良木町)• (玉名郡長洲町)• (宇土市)• (宇城市)• (菊池市) 営業拠点 [ ]• (熊本市)• (熊本市) 県内に本社のある主要企業 [ ] 製造業 [ ]• (菊池郡菊陽町)• (合志市)• (熊本市)• (熊本市)• (菊池郡菊陽町)• (上益城郡益城町)• (合志市)• (熊本市)• (熊本市)• (熊本市)• (宇城市)• (玉名郡和水町)• (熊本市)• (熊本市)• (人吉市)• (人吉市)• (熊本市)• (熊本市)• (熊本市)• (宇城市)• (熊本市)• (熊本市)• (球磨郡あさぎり町)• (玉名郡和水町)• (熊本市)• (人吉市)• その他 [ ]• (熊本市)• (熊本市)• (熊本市)• (熊本市)• (熊本市)• 星山商店(熊本市) 生活・交通 [ ] 警察 [ ]• 消防 [ ]• 交通 [ ] 空港 [ ] (阿蘇くまもと空港)が、熊本県において主な空港である。 また、熊本県には、(天草空港)がある。 鉄道・軌道 [ ] 旅客輸送を行っている鉄道。 (JR九州)• ( - - - )• (熊本市電)• バス事業者 [ ] 路線バスは、熊本都市圏では(産交)・(電鉄)・(赤バス)・(都市)の4事業者が運行しているが、都市圏以外はが大部分の地域をカバーしている。 も産交がほぼ独占し、一般道経由の長距離路線もいくつかある。 路線網は熊本市中央区のをターミナルとして各方面へ伸びている。 県外からは(福岡県から)や(鹿児島県から)などの乗り入れがある。 道路 [ ]• 高速道路・・:・・• 一般国道:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・• 県道:を参照 航路 [ ]• :・・• 旅客航路• 熊本港~():((平成21年)に廃止)• ~熊本港:・熊本フェリー• 島原港~三角港:((平成18年)に廃止)• 多比良港(長崎県国見町)~:• 茂木港()~富岡港():• 口之津港~(五和町):• 八代港~松島港():・((平成25年)に休止)• 蔵之元港(鹿児島県)~牛深港():• 諸浦港(鹿児島県)~(新和町):• 貨物航路• 熊本港~(・): 医療・福祉 [ ] 詳細は「」を参照• 教育 [ ] 国公立• (熊本市) 私立• (熊本市中央区)• (熊本市中央区)• (熊本市)• (熊本市中央区)• (熊本市)• - 熊本キャンパス、阿蘇キャンパス 私立• (熊本市中央区)• マスメディア [ ] 新聞 [ ] 地方紙• (略称「熊日」)• (本社は。 県内では荒尾市、玉名郡南関町および長洲町を販売範囲としている)• ブロック紙• 全国紙• (毎日新聞販売店からの委託) 雑誌 [ ]• (通称タンクマ):創刊30年以上の熊本シェアNo. 1ローカル誌• 元気ねっとくらぶ。 (16万人のシニアコミュニティー誌の発行) テレビ [ ]• デジタルテレビ放送 NHK総合:1ch NHKEテレ(教育):2ch• (RKKテレビ)(TBS系列) 3ch• (TKUテレビくまもと)(フジテレビ系列) 8ch• (KKTくまもと県民テレビ)(日本テレビ系列) 4ch• KAB (テレビ朝日系列) 5ch ラジオ [ ]• NHK熊本放送局(・・)• (RKKラジオ)1197kHz(・系列)• (FMK)77. 4MHz(系列)• FM791 79. 1 MHz()• (愛称:かっぱFM)76. 5 MHz(コミュニティ放送局)• (愛称:グリーンポケット)76. 5 MHz(コミュニティ放送局) 過去には(コミュニティ放送局)も存在したが、(平成18年)4月をもって閉局。 ケーブルテレビ局 [ ]• (参照) 文化・スポーツ [ ] 方言 [ ] 方言は(八代弁、天草弁、球磨弁など含む)が話される。 食文化 [ ] 「」も参照• 万田坑 名所旧跡 [ ]• () 観光スポット・祭事・催事 [ ]• (旧 三井グリーンランド)• このほか、県内各地に数多くの温泉地がある。 県内には1000箇所以上の豊富な湧水源がある [ ]。 その他 [ ] 熊本県が(昭和63年)から進めている建築文化事業。 、、、、、、等多数の著名建築家による建物、構造物が県内67ヶ所((平成20年)3月現在)に建設されている。 (アスペクタ) 世界一のカルデラの村にある世界最大級の野外コンサート場。 有料イベントが開催されていない時は無料で入場できる。 ピクニックをしたり BBQ やキャンプ、PV撮影など色々な使い方ができる。 また、阿蘇の五岳を見ながらの野外結婚式も行われている。 県の公式キャラクター 熊本県を舞台とした作品 [ ]• 板楠和子「火の国の形成」 松本寿三郎・板楠和子・工藤敬一・猪飼隆明『熊本県の歴史』山川出版社 1999年 10ページ• 『47都道府県うんちく事典』著者八幡和郎217頁• 2018年4月4日. 2018年4月5日閲覧。 :熊本県内の国の行政機関一覧(平成 24 年7月1日現在)• 関連項目 [ ] に関連するメディアがあります。 オープンストリートマップに があります。 で 「 熊本県」に関する情報が検索できます。 ウィクショナリーの ウィキブックスの ウィキクォートの ウィキソースの コモンズで() ウィキニュースの ウィキバーシティの ウィキボヤージュの ウィキデータの ウィキスピーシーズの• 、 外部リンク [ ] 行政• - 熊本県観光連盟• ウィキトラベルには、に関する旅行ガイドがあります。 記録写真•
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