さらざんまい レオマブ。 レオマブ (れおまぶ)とは【ピクシブ百科事典】

【レオマブ考察】さらざんまい10皿目まで(ネタバレ)|まおり|note

さらざんまい レオマブ

前回あらすじ 一稀は燕太を撃った犯人は誓ではなく、警官2人だと訴えるも警察は聞く耳を持たない。 自責の念にかられる一稀に音寧は、一稀のせいではないこと、燕太を救ってくれたのは一稀だったと告げる。 今までの自分の振る舞いに後悔した一稀。 燕太が助かるよう願っているところに、カッパになった燕太が現れる。 一稀と燕太、そしてケッピは最大の戦いへと向かう。 一方、悠は味方を見捨てる誓の冷酷さに愕然としていた。 そこに刺客が現れる。 辛くもその場から離れた誓と悠だったが、誓は悠に銃口を向ける。 引き金を引こうとしたその瞬間、刺客が追いつき誓を撃つ。 誓は最後の力で、懐に忍ばせていた写真を悠に見せる。 その写真に写っていたのは幼い頃の悠の姿だった。 10話あらすじ ケッピと一稀、燕太が作戦を練っていると玲央が突撃してくる。 玲央と真武は元々カッパだったが、真武を取り戻すためにカワウソに与していることを明かした。 玲央は燕太の持つ希望の皿を手に入れるため、一稀は希望の皿4枚を取り戻すために、カワウソ基地の最深部へと足を踏み入れる。 そこにいたのは、戦乱の中で尻子玉を半分に割った片割れである絶望のケッピだった。 そこにカワウソが現れる。 カワウソは燕太の精神世界に入り込み洗脳しようとするが、燕太は自らの意思でそれを振り切る。 しかし希望の皿は割れてしまった。 するとカワウソに唆され、真武が欲望を搾取されマブゾンビになってしまう。 玲央は真武を助けるために尻子玉搾取を決断。 カッパになってマブゾンビから尻子玉をかっぱらった。 さらざんまいで真武の本当の想いを知る。 真武は玲央のことを嫌いになったのではなく、カワウソに埋め込まれた装置のせいで、玲央を愛していると発言できなくなっていたのだ。 それでも玲央のそばにいたいという想いから制約を甘んじて受け入れていた。 玲央は自分が誤っていたことをひどく後悔するのだった。 真武も漏洩により玲央の真意を知り、玲央に愛していると告げた。 装置が作動し、真武は消滅。 発狂する玲央だったが、カパゾンビが退治されたため真武の記憶は消えてしまう。 そこに悠が現れる。 悠は玲央を撃ち抜き、玲央も消滅。 遺されたのはレオとマブと書かれた絡み合ったリングだった。 希望の皿が五枚集まり、燕太が復活。 しかし誓を失った悠が絶望のケッピに飲み込まれてしまう。 レオマブの結末 レオマブは元々カッパだったというのは回想(海藻)でなんとなく想像がついたが、レオがカッパになってマブゾンビと戦うという流れには高揚した。 結局マブは消滅してしまい、レオも悠に撃たれて消えてしまうというイクニ作品らしいバッドエンドだったが、最後はそれぞれの想いを伝え、心で繋がれたことが救いだったかもしれない。 絶望のケッピに飲み込まれる悠 前回のエピソードで、悠は誓との繋がりを完全に吹っ切れたように感じていたのだが、絶望のケッピに飲まれたことや誓の幻覚に縋ったことから、いまだ絶望の淵に沈んでいたのだろう。 終盤は怒涛の展開が続いていて目が離せない。

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さらざんまい10話感想・考察・解説!レオマブ(玲央と真武)の結末

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アニメ10話の簡単なあらすじ カッパとなり、一命を取り留めた燕太も、彼に残された時間はあとわずか。 ケッピとともに三人で奪われた銀の希望の皿を取り戻すために、カワウソと戦うことを決意する2人。 しかし、そこにやってきたレオ。 実は、レオとマブは元々カッパ。 ケッピの臣下でした。 戦いの最中にマブを失ったレオは、マブと一緒にいたいと言う欲望にかられ、カワウソ側の人間に。 レオは、ケッピを寒天で拘束し、カワウソの本拠地であるスカイツリーのどこかへ3人を連れて行きます。 一瞬の隙をついて逃げ出し、最深部へと到着した3人。 そこには、ケッピがかつて自分の尻子玉を二つに割った、片割れ、絶望を纏った黒ケッピが。 燕太がカワウソに乗り移られたりした後に、マブはカパゾンビとなります。 そして、それを倒したのはレオ。 そして、銀の皿を手に入れた一稀。 そこに現れた悠、兄を治したいと言うものの、燕太の余命のカウントダウンがあったために、燕太を復活させます。 その後に登場した黒ケッピ。 そして自ら彼らと共に行った、悠。 一体今後どうなってしまうのでしょうか? ケッピ 河童の存在とは? 愛と欲望の狭間 レオとマブが河童だったことが判明した今回。 今わかっている河童に関しての情報から、河童とはどう言うものか推測して行きましょう。 アニメ4話のアサクサテレビの文字にプリンスは愛と欲望の狭間にいると描かれています。 詳しくは4話考察参照。 つまり、河童は愛と欲望を行き来できる存在です。 河童を愛の象徴と捉えている方もいるかもしれませんが、河童は愛と欲望の中間の存在で、愛にも欲望にも振れてしまいます。 人間も同様に、愛を持っていますが、カパゾンビになる可能性もあります。 今回のレオとマブは欲望に触れた河童でした。 それ以前は、人間がカパゾンビになっていました。 しかし、フィールドで考えてみると、欲望フィールドが欲望の世界であり、プリンスは愛と欲望の狭間にいるという言葉から、愛のフィールドは一稀たちが生活している普通の世界を表していることがわかります。 この世界は愛に溢れているんです。 目が赤いのはなぜ? ケッピの目の周りが赤いのはなぜでしょうか?レオやマブ、カワウソ、カワウソ博士に乗っ取られた燕太が同様に目が赤くなっていました。 河童は赤いと言うのであれば、一稀たちも同様に赤いはずです。 そして、サラも5話の時点で一瞬出てきましたが、目は白いんです。 今までの内容から、欲望にかられた人間が目が赤くなるのであれば、プリンスであるケッピも、何かしらの欲望にかられたのではないでしょうか?まだケッピの詳細は出てきていませんが、黒ケッピの尻子玉を二つに割る際に、何かあったと考えるべきではないでしょうか?.

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さらざんまい 玲央と真武 Twitterに散りばめられた謎

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11皿目のレオマブ登場場面は少ないものの、これまでの不明点がいくつか回収されたのと、今後の展開についても示唆的なところがあった。 前回までと同様、ネタバレと妄想をまき散らしていきたい。 解釈違いも大いにあると思うが、ご容赦願いたい。 1.復活したレオマブから考える「ア」 待望のレオマブ復活である。 復活までの経緯をおさらいしておこう。 悠の過去消去を食い止めるため、カズキが悠と最初にであった過去に戻り、ミサンガを渡そうとする3人。 その際、黒ケッピとケッピが対峙。 3人のことをカワウソ(概念:ゾンビポジション)が妨害する。 それをさらに食い止めるのが、ケッピ体内から復活したレオマブである。 前回レオマブ消滅時に残った標章がケッピから排出され、軍服姿のレオマブが復活。 「欲望を手放すな!」と言いつつ、幼カズキ(=ゴール)への道を拓く。 このときの二人は手をつないでいる。 これだけで大満足なのだが、2皿目の伏線回収であることを確認しておきたい。 2皿目の花やしきで、花やしきスタッフが 「つないだ手は愛の証、決して離されませんよう!」 と叫んでいたのを覚えておいでだろうか。 これで前回までの考察がつながった…と私は個人的に大変胸アツだったのだが、やはりレオマブは、 欲望と「胸の痛み(絶望)」を経由して、「愛」でつながったわけである。 序盤の二人はこんな不自然な、触れているようで触れていないような手の置き方をしていた。 やはり互いに「つながりたい」欲望を抱えながら、言えずにいたのだろう。 絶妙な距離感と不安定さである。 それに比べて今回の恋人つなぎの安定感たるや… これが「愛」…「愛」なのだ。 レオマブにとって理想的な救済ラストで涙が止まらない。 (ちょっと落ち着いたほうがいい) さて、肝心の 「ア」である。 レオマブが道をひらく際、「ア」の光を集めて、それによって道を照らしていることがわかる。 レオマブは今や二人で 「愛によるつながり」を体現する存在である。 彼らがまとう光なら、それは「愛」でしかない。 そして愛のちからで、欲望はつながり、明日を招来する。 「アス」につながる「アイ」なのだ。 「ア」は愛であり、明日(未来)である。 2.先駆者としてのレオマブ これまでさんざん考察されていると思うが一応。 レオマブは前史も含めて、 カズキたち三人の先駆者的位置づけにあると思うのである。 逆に、レオマブは彼らを見て「かつての自分」を見せつけられているようで、心の痛い部分をかきむしられてもいる。 いくつか確認していこう。 この場面、レオマブももちろん立ち会っている。 そしてマブは 「助けを呼べ…まだ間に合うかもしれない」と以下の表情で言うのである。 今思えば、マブにとっては、蘇生時にカワウソに言った 「私はレオが嫌いです」 の真逆の現象が目の前に繰り広げられているのだ。 エンタはマブが隠してしまった「つながりたい」欲望を表明できている。 それができなかった自分への後悔がよぎったから、思わず「個人の感情」で「助けを呼べ」と言ってしまったのだ。 この時、 レオは希望の皿を奪取できたことに夢中で、マブの変化に気が付いていない。 かつてレオはマブにかばわれ、マブを蘇生させることをカワウソに願った。 それはマブとのつながりを保持するためだったにもかかわらず、マブは蘇生後つながりを断つように「嫌い」と言ったのである。 一方的につながりたくても、つながれないんだ…孤独なんだ…とレオは苦い記憶を反芻する。 このカズキとエンタの様子を見た直後、マブに遭遇し「お前は俺のマブじゃない…!」と言い放つレオの切なさよ。 このように、 レオマブは先んじてカズキたちの展開を経験しているのだが、それは微妙にずれていく。 ずれを突き付けられるたび、レオマブの心は荒れる。 そして痛む。 しかし、それがあったからこそ、彼らは「愛」に到達できた。 レオマブにとって、カズキたちとのつながりは必要なものであり、ある意味 「希望」だったともいえるかもしれない。 もちろん、カズキたちより先に「愛」に到達できたからこそ、レオマブは幼少カズキへの道を照らせたのである。 互いに「つながり」の障害になっていたレオマブとカズキ陣営だが、最後には相互扶助できたのは大変よろこばしいことだ。 3.サラとレオマブの関係は? 軍服レオマブは、ケッピ王子復活時に二人に傅いている。 まあサラがケッピの「カップルゥ~」なのだから、そうなるだろう。 サラは王妃になるわけなのだから… これまで、スピンオフ漫画「ふたりはさらざんまい(以下ふたさら)」とのつながりがかなり考察されてきたと思うのだが、私なりになんとか納得できそうなものを考えてみた。 かなり苦しい。 飛ばしてもらって構わない。 サラはレオマブを監視していたといい、彼らが黒ケッピ幽閉犯だとケッピに報告する。 もしも、もしもだ。 「ふたさら」の後の場面がコレなのだとしたら、 サラは記憶を喪失しているとしか思えない。 育ての親を忘却しているのだ。 すると… 『竹取物語』をなぞっているとも言えるか。 サラ救出のためにケッピもレオマブも地上に降りてきたのだとしたら、つじつまが合うか。 割れていたサラの皿がそれぞれ王冠になるのである。 そして戴冠した二人はくっついて、「ア」の星座(=おそらく河童王国)に帰っていく。 (ちなみにこの時、最初の大きな流れ星がケピサラ、そのあと2つの流れ星が行くので、これがレオマブだと思われる) 皿は「生命の器」だとすれば、生命の器の片割れを持つケピサラがひとつになったことで、新世代の河童が誕生する暗喩かもしれない。 これもまたもしも、もしもだが。 「ふたさら」が本編終了後の時間軸なのだとしたら、ケピサラの子供が「ふたさら」におけるサラで…という可能性もあるのだろうか。 しかしそうするとレオマブがサラを知らないことの説明が難しい。 「ふたさら」のレオマブはカワウソの使い走りをしてる感じもないので、やはり時間軸は離れていると思うのだが…うーん 結論としてはよくわからない。 DVD特典のドラマCDの解釈や、コメンタリーを待ちたい。 とりあえず 軍服レオマブが最高だ。 それだけは強調しておきたい。 4.「かいそう」から考える、カズキたちに起こったこと レオマブの結末を考えるにあたり、カズキたちが最終回で辿った道のりを無視するわけにはいかない。 かなり難解なのだが、なんとか考えてみよう。 さて、1皿目を思い出しておきたい。 この世界には、現実フィールドの裏側に「欲望フィールド」があり、それは河童化することにより到達できるものであった。 それに加えて、今回は 過去改変のためのフィールドが出てきた(白黒:過去/カラー:現在) その設定から「未来漏洩」するターンを考えてみよう。 「これからおこります」という表示とともに、3時間前からカウントダウン。 未来と言いつつ、それは白黒から始まる。 そして、最後にカズキが「もう会いたくない!」と言い捨てるところはカラーで終わるのである。 カウントダウンもゼロになる。 つまりこれは「未来」といいつつ、 現在につながる「未来」なのではないかと思うのである。 現在というのは、吾妻橋の上で3人が倒れている、あのシーンではないかと思う。 対比するとなかなかおもしろい。 (図らずも、春河の事故に対するカズキの贖罪がここで達成されたのかもしれないが、ラストシーンで空を見上げる春河の傍らに車いすがないので、事故自体なかったことになる?) また、吾妻橋の上で転がる三人の周りには、警察が。 これが乱闘事件としてカウントされるのならば、 悠がエンタを負傷させたとして、数年間少年院に入っていてもしくはない。 この 「未来漏洩」したあと、河童状態の3人は水中から地上に上がる。 吾妻橋の3人の周りには、大量の水。 なんども出てくる「かいそう」のシーンが水中なのは、この暗喩だったのか。 つまり 彼らが見た「未来」とは、ミサンガを手にした幼少カズキが見た「未来」である。 そして少年院から出てきた悠のターン。 蕎麦久は健在。 悠はそこには戻らず「俺の人生は終わった」として川に飛び込む。 そこに来るのがカズキとエンタ。 二人の服装に注意したい。 制服のネクタイの色が変わっている。 つまり高校生になっている。 少なくとも2年…いや3年たっている?再び彼らは陸上に上がる。 今度こそ「かいそう」を終えた彼らは、真実「未来」へと歩みだすということではないのか。 う~ん。 欲望と現実フィールドが表裏一体ならあり得ると思うのだが。 また、悠が川に飛び込んだのに「 海藻」にならなかったのは、「 回想」でつながった友人とのきずながあったから…ということかもしれない。 5.「車夫」になるレオマブ それそろ長すぎるので自重したいが、最後にこれだけは。 レオマブ最終カットである、 「車夫」場面。 ご褒美ご褒美ただのご褒美なのだが、一応どういうことなのか考えておきたい。 さて、思い出したいのは、 欲望フィールドにカズキたちを誘う際のケッピである。 そう、彼もまた車を引いていた… 人力車は欲望フィールドと現実世界をつなぐものだと仮定しよう。 そして、項目2でも述べたが、レオマブは最後の欲望フィールドでカワウソの闇を「愛」の光で切り裂き、カズキたちを幼少カズキ(=ゴール)のもとへと導いた。 その結果、カズキたちは水中の「かいそう」をくぐりぬけ、現実世界の吾妻橋に戻れている。 いろんな意味で彼らを「つないで」いる。 レオマブが来ている法被は「かっぱ屋」の名前が書かれている。 笠はなんとなく河童のお皿にも思える。 二人が立つのは、浅草寺の門の前。 ケッピの時と条件的にはほぼ同じである。 カワウソの呪縛から解放され、河童に戻ったレオマブは、 ケッピ王子がしていた「欲望フィールドと現実フィールドをつなぐ」役割を委譲されたのではないか。 欲望には希望と絶望が融合し、それがつながり、愛を生む…ということなら、人は欲望を手放せないし、欲望フィールドは失われない。 河童になる可能性だってずっとあり続ける。 そして河童側としても、しりこだまエネルギーはある程度搾取しなければ絶滅である。 現実フィールドと欲望フィールドは表裏一体、持ちつ持たれつなのだ。 一連の出来事で私が改めて思ったのは、希望と絶望のバランスが大切なのだということ。 希望だけでも生きていけない、絶望だけでも生きていけないということをこのアニメは言いたかったのではないか。 それを体験して「愛」を獲得したレオマブがその門番をし続けるというのは、大変良い結末だと思うのだがいかがだろうか。 希望の皿の上位互換である。 もちろん河童は人類の味方とはならないが(だってエネルギー源なんだから)、バランスはとっていけそうではないか。 欲望希望絶望がまざった「愛」の方が、ただの欲望よりエネルギー源としてうま味が多そうだし。 何が言いたいかというと、 「愛」で繋がったレオマブは、誰かの「愛」も繋いで、「明日」にも繋いでいくと……そういうことじゃないかと思うのである。 「愛」か「欲望」か、じゃない。 欲望も絶望も含めて「愛」なんだから。 そうすると続編に関しても、欲望と絶望の均衡が崩れて、何かしらが起きれば…というところでもあるので、我々視聴者の希望もつながったといえるか(誰がうまいこと言えと…) だいぶ長くなってしまった。 言いたいことは言えた気がする。 まさに欲望のままに書き散らした。 後悔はしていない。 11皿目でカワウソ(cv黒田さん)まで歌ってくださったこと、レオマブに軍服を着せてくださったこと、手をつながせてくれたこと、最後が離別エンドではなく 共存救済エンドだったこと。 いろいろな方に感謝したい。 良いものを見せてもらった。 DVDBOX、予約しました。 長文にお付き合いいただきありがとうございました!.

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