あらすじ 恋人にフラれたエリザベス ノラ・ジョーンズ は、別れの真意を知ろうと、彼の部屋の向かいにあるカフェに行く。 カフェのオーナーであるジェレミー ジュード・ロウ から、彼が別の女性と一緒にいるのを見たと聞いても、踏ん切りがつかない。 エリザベスはカフェに通うようになり、ジェレミーと親しくなる。 ジェレミーはエリザベスを慰めるうちに彼女に好意を持ち始める。 エリザベスは気持ちの整理をするため、旅に出る。 時にはウェイトレスをしながら、また移動してカジノで働きながら、エリザベスは出会う人のドラマを見ながら自分の気持ちを見つめ直していく。 感想 どのシーンを切り取っても絵になる美しい映像に感動! 昔見たウォン・カーウァイの作品「恋する惑星」「欲望の翼」「天使の涙」の映像は印象に残ったし、「花様年華」なんかは大人の映画で、くゆらすタバコの煙まで美しいと思いました。 でも、この「マイ・ブルーベリー・ナイツ」の映像美はそれらの作品とはまた違う独特の美しさがあります。 そして、主人公のエリザベスが旅する中で出会う人達の人間ドラマがまた深いです。 以下ネタバレになるのでご注意くださいね。 NY エリザベスは恋人の心変わりを受け入れられず、彼の部屋の向かいにあるカフェ・クルーチを訪れます。 店名の「クルーチ」とはロシア語で「鍵」という意味で、オーナーのジェレミーはたくさんの人の鍵を預かっています。 鍵の数だけ物語があるのです。 ジェレミーは傷心のエリザベスを慰め、エリザベスはカフェに通うようになります。 恋人の心変わりの真相を問うエリザベスに、ジェレミーは「他のケーキやパイは売り切れたり残っても少しなのに、ブルーベリーパイは売れ残ってしまう」と話します。 なぜ、と言うエリザベスに「美味しいのに、ただ人が選ばないだけだ」と言うのです。 つまり、エリザベスの恋人の心変わりも「ただそういうものだ」ということ。 エリザベスが悪かったわけではなく、何がいけないのかなんて考えなくていいのです。 深いなぁ。 エリザベスは売れ残りのブルーベリーパイを注文し、ジェレミーはエリザベスのためにブルーベリーパイを取っておくようになります。 こういう二人の心が通ってきた描写が素敵です。 ある時、店の防犯カメラの修理があり、以前のテープに恋人の姿を見つけたエリザベスは涙を流し、やがて店のカウンターで寝てしまいます。 カウンターに突っ伏して寝るエリザベスに、ジェレミーはそっとキスします。 ジェレミーがエリザベスに好意を持っていることはこれまでも明白なのだけど、失恋から抜け出せないエリザベスに自分の気持ちを押し付けたりしないで、あくまでそっと見守る姿が本当に素敵。 メンフィス エリザベスは気持ちの整理をしようと、旅に出ました。 メンフィスにたどり着いた彼女は、不眠症なので昼も夜も働きます。 昼間ウェイトレスをしている店でも、夜働いているバーでも、警官のアーニー デヴィッド・ストラザーン が客として来ていて、顔なじみになり、話をします。 アーニーは昼間はきちんと仕事をしているのに、夜になるとだらしなく酒に酔ってしまいます。 彼は別れた妻スー・リン レイチェル・ワイズ が忘れられずにいました。 バーでスー・リンに会うとアーニーは未練たらたら。 そんなアーニーをスー・リンは疎ましく思っています。 ある時、いつものようにバーで酒を飲んでいたアーニーはスー・リンの恋人に暴力を振るってしまい、スー・リンに激しく罵倒されます。 今度こそお別れだと言われたアーニーは、スー・リンと出会った場所で事故を起こし、死んでしまいます。 アーニーを疎ましく思っていたはずのスー・リンは、夫の死にショックを受け、悲しみにくれます。 そして、町を出ていきました。 このアーニーとスー・リンの話、すごく心に沁みました。 アーニーは心から妻を愛していたのだけど、スー・リンは受け入れられなくて、でも愛情がなかったわけじゃないから亡くなったことでひどくショックを受けてしまう。 もっと優しくできたら、と思ってももう相手はいない。 酒に酔うアーニーも、彼が死んで悲しむスー・リンの姿もすごく痛々しくて、愛情がうまく絡まないつらさが伝わってきます。 スー・リン演じるレイチェル・ワイズ、あまり性格がいいようには描かれていない役だけれど、美しい!初見ですが、他の作品も見たくなりました。 Sponsored Link 一方、エリザベスから近況を綴った手紙を受け取ったジェレミーは、はっきりした住所がわからないため、メンフィス中の店に電話をかけてエリザベスを探します。 ジェレミーの気持ちがすごく伝わってくるシーンで、予告でも使われていましたね。 ジュード・ロウって「ホリデイ」なんかもそうだけど、こういういい人の役が意外に? ハマりますね~。 こんな人に想われるエリザベスは幸せだなぁ、と思います。 でも、そんなことを知らないエリザベスはメンフィスを出て次の町に向かいます。 カジノ ニューヨークから5603マイル。 エリザベスはカジノで働き始めました。 そこで、美しいギャンブラー、レスリー ナタリー・ポートマン と出会います。 勝負に出たいけれど、負け続きのレスリーは、車を書いたくて貯金をしていたエリザベスに借金を申し込みます。 勝てばお金は増えるし、もし負けてもレスリーの愛車のジャガーをくれると言います。 悪い提案ではありません。 エリザベスも賭けに出て、レスリーにお金を貸しました。 ところがレスリーは負けてしまい、ジャガーは譲るからラスベガスまで一緒に行ってくれと言い、エリザベスは同行します。 ラスベガスにはレスリーの父がいて、向かう途中に危篤の連絡が入りました。 でも、これまでも何度も騙されていたレスリーは信じません。 父からも「人を信じるな」と教わっていたのです。 病院に向かいますが、レスリーはエリザベスに本当に父が危篤かどうか見てきてくれ、と頼みます。 残念ながら今回は真実で、レスリーの父は亡くなっていました。 父の死にショックを受けるレスリー。 本当は、真実に直面するのが怖くてエリザベスに確認に行かせたのです。 ここも、なかなか深いです。 父への愛情はあっても真実には直面できない。 だから最期をみとどけるところができなかった。 ちゃんと向き合っていればよかった、と後悔するのです。 アーニーを亡くしたスー・リンと同じですね。 レスリーの愛車ジャガーは父の形見となり、エリザベスにはあげられない、と言います。 私はどうすれば、と困惑するエリザベスに、レスリーはお金を出します。 実は、レスリーは賭けに買っていたのです。 父に会いに行くのに一人では淋しくてエリザベスをつき合わせるため、嘘をついていました。 レスリーに「もっといいクルマを買えば」と言われながらも、堅実な車を選ぶエリザベス。 二人の性格が現れていて面白いです。 エリザベスもレスリーも晴れ晴れとした顔で、お互いの人生を歩むように、それぞれの車に乗って出発します。 レスリー演じるナタリー・ポートマンがカッコよかった! 父に対して素直になれなくて、死に直面するのが怖くて、最期を見届けられなかったけれど、それでも自分の足でしっかり生きている姿は凛としています。 ジャガーに乗って颯爽と去る姿は素敵です。 戻ってきたニューヨーク エリザベスが不在の間、ジェレミーの元に、彼の元恋人カティアが訪れていました。 カティアはジェレミーに未練があったようですが、ジェレミーはもう前を向いています。 カティアは去っていき、ジェレミーは鍵を捨てました。 エリザベスが戻ってきて、いなくなった恋人の部屋を見上げても気持ちは落ち着いています。 寒空の中、外で待っていたジェレミーはエリザベスと再会します。 長い旅をしたけれど、エリザベスは戻ってきました。 ジェレミーは、やはり売れ残るのにブルーベリーパイを作ってエリザベスのために取ってありました。 以前のようにパイを食べて、カウンターで寝てしまったエリザベスに、ジェレミーは以前と同じように優しくキスをします。 エリザベスはそれに応えます。 旅をして、他の人の人生を見て、本当に自分を想ってくれる大切な人がわかる。 そう書くとなんともありきたりな話だけど、この映画は細部まで丁寧に描いていて、押し付けがましくなく伝わってきます。 軸になっているのは主人公の失恋や恋愛だけど、全編を通した人間ドラマがよかったです。 触れるのが最後になってしまったけれど、ノラ・ジョーンズが可愛かった!歌声しか知らず、女優としての彼女を見るのは初めてだったけれど、純粋な女性の役だったこともあり、好印象です。 他の役も見てみたいなぁ。 Sponsored Link.
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傷つかないための気付かないふりばかりの男こと、田舎大学生です。 嘘です。 僕の場合、気付かないことにも気付かない可能性が高いですね…。 と、いきなり意味のわからないことを申しておりますが、『ブルーベリー・ナイツ』考察していくぜ!!(暗い考察になりそうな予感があるので、始まりはせめて明るくしてみました) タイトル『ブルーベリー・ナイツ』 これについては、はっとりの元カノが好きだったという映画『』からとったと考えて良さそうです。 ちなみに、僕はこの作品まだ見てませんので映画と曲の関連については何も語れません…。 『』の時もそうだったのですが、時間がある時に見てみたいですね。 歌詞の考察 前回もそうだったのですが、ただの感想文になること請け合いです。 考察というより、僕が歌詞を読んで考えたことを書く感じなので悪しからず…。 そういうわけなので、全ての歌詞を取り上げるわけではなく、あくまでも個人的に好きな部分、気になる部分をピックアップしていくつもりなのでよろしくお願いします! 夜の幻 さよなら25時 忘れちゃうのに求め合うのは身体が空っぽだから 「幻」「さよなら」あたりが出てくることから失恋の詞だと分かりますね。 突然ですが、恋人との深夜の長電話ってめちゃくちゃ楽しいですよね。 そのために夜更かししたり、逆に電話がかかってこなかったら夜遅くまで待っちゃったりするもの。 気付いたら25時、いや26時なんてこともザラにあります。 でもそんな関係が終わってしまったら。 深夜に長電話できる相手がいなくなってしまったら。 学校や仕事が次の日にあったら25時までなんて普通起きてないんです。 もう寝てます(大学生とかいう特殊な生命体は除く)。 でも好きな人と話せる喜びから25時があった。 でも恋人がいなくなったら25時はなくなる。 そのことを「夜の幻 さよなら25時」と表現しているのだと感じました。 2番の「恋の幻」はもっと直接言っている感じですね。 脱線しますが、幻という言葉はかなり面白いというか、色々な視点から使える言葉ですよね。 僕はが好きなのですが、「」というとかなりポジティブな意味を持ちます。 ワクワク感も掻き立てられますよね。 「確認はできていないが実在するとされているもの」という感じでしょうか。 逆に今回の「夜の幻」のような使い方だと、儚さ、切なさ、喪失感など、「かつてはあったがもう戻らないもの」という雰囲気でしょうか。 何が言いたいかというと、組み合わせる言葉によって大きくニュアンスが変わるのが面白いなと思った次第です。 こちらからは以上です。 スタジオにお返しします。 ということで次の 忘れちゃうのに求め合うのは身体が空っぽだから に移りましょう。 この曲の主人公(あたし)は、彼氏に愛想をつかされてて、捨てられそうな女性だと思ってるんですが、「求め合う」という言葉は男の人にも求められていてほしいという願望に見えますね。 求めているのは自分だけではない、と。 せめてもの強がりという感じもしないではないです。 それに、「忘れちゃう」という歌詞。 交際人数が2人や3人であれば、相手のことを「忘れちゃう」ことはないと思うんですね。 ということは、お相手、もしくは自分もかなり多くの人数と恋愛をしているという想像もできます。 遊びの恋愛のはずが本気になってしまったということも考えたのですが、まあ曲の雰囲気的には純粋な恋愛の方が合うかなぁという結論に至りました。 でも、MVは三角関係でしたし、片方は遊びという線もまああり得ますね。 どう取るかは聞いた人各々に任せるというスタンスでしょうね。 それに、個人的には気になる「身体が空っぽだから」。 心が空っぽならよく聞くし今もなんとなく分かります。 でも身体が空っぽというのはどういうことでしょうか。 この言葉は明らかに性行為を匂わせてきてますよね。 手を繋いだり抱き合ったりすることを身体が空っぽと表現するのもまあ分からないではないですが、やはり性行為の比喩と捉えた方がしっくりきます。 となるとやはり遊びの恋愛という線はさらに浮上してくるんですよね…。 まあ自分の願望として遊びではなく本気の恋愛であってほしいと思ってはいるのですが。 少し脱線しますが、僕は性行為をしたいと思うことは滅多にありません。 これは普通の感覚なのか、それとも世間の大多数の人たちは性行為をしなければ身体が空っぽになる感覚を覚えるのでしょうか。 これは純粋な疑問として気になりますね。 あんまり友達とこんなことを話すこともないですし、いっぱい人を集めて聞いてみたいことの1つです。 あまり性欲のない僕からすれば「頻繁に性行為を求めること」=「あまり純粋ではない恋愛の形」と思えてしまう(セフレのような感覚)ので、遊びの恋愛かもしれないと考察してしまうのですが、頻繁に性行為を求めることが普通だとすれば、それが普通の恋愛の形といえるので、別に普通のことなのでしょうね。 というかそんな当たり前のことを長々書くなよと思われているかもしれませんね。 かなり脱線しましたが、次にいきましょう…。 残って離れてくれない匂いが 愛おしくて、許せないの 「離れてくれない」っていうところが特にいいんですよね。 離れない、じゃなくて離れてくれないんです。 離れてくれないってことは、離そうという努力が垣間見られるんですよ。 離そうとしても離れてくれないから余計に苦しいんですよね。 余談ですが、匂いっていう要素は動物的な本能で好きか嫌いか判断されるそうですね。 つまり匂いが好きな人は細かい感情や損得勘定は抜きにして生物として好ましく思ってるってことですね。 生物として好きって、もう、運命!?ってことになるわけじゃないですか。 ならないですか。 そうですか。 なんでこの話をしたかというと、この歌詞ってすごく悲しいと思っていて。 人の匂いが好きって感じることってあんまりない気がするんですよね。 ところがこの曲では「匂いが愛おしくて」、と。 主人公は、彼の匂いが愛おしかったんです。 もうそれは運命を感じるほどに。 でも彼にとって、主人公はそういう存在ではなかった。 そんな2人の感覚のズレ。 「許せない」のは彼なのか、はたまた自分か。 これは分からないんですけど、どちらかというと自分ですかね。 というか、強がりですかね。 彼のことを許せないということで振られそうな自分を守っているようなかわいさも感じるところです。 おとぎ話にすらならないね 錆びた踊り場で回る 神様たちは他人のままだ ここを1番考えたかったんですよね。 ここだけめちゃくちゃ抽象的で。 はっとりの歌詞って基本的には具体的で歌詞の世界を想像しやすいというか、光景が見える歌詞だと思うんですよ。 でもたまにこういう歌詞を刺してくるからたまらないんですよね〜。 これによって一気に想像の余地が広がりますからね。 これまでの歌詞は、個人差はあってもおそらくほとんどの人が同じような想像をすると思うんですよ。 でもこういった抽象度の高い、つかみ所のない歌詞を挿入することによって、聞く人それぞれの解釈や世界を構築することもできる。 まあ、僕の友達の話を聞く感じだと好きな曲であっても歌詞を深く考察しているという人はかなりの少数派ですが…。 歌詞全体での世界観を好むというよりは、いかに共感度の高いワンフレーズを作れるかが大事になってきているような気はしますね。 さて、特に関係のない話を長々としてしまいましたが、肝心の考察の方もやっていきましょう! 「おとぎ話にすらならないね」とは、どの話のことでしょうか。 ストレートに考えると、2人の恋愛に関する話ですよね。 それが、おとぎ話にすらならない。 ここで思うのですが、おとぎ話って子供が読んだり聞いたりするものだと思うんですよ。 それが前述したセフレ的な関係から発展した恋愛だからなのか、それともただ単に2人の恋慕が子どもには刺激が強いのかはわかりませんが。 ここまで考察をしてきて、遊びの恋愛の線が自分の中では強くなってきました。 考えが右往左往してしまって読みづらくて申し訳ないです。 事前に考えてあったのではなく、今考えながらブログを書いているので、こうなってしまうことをお許しください。 錆びた踊り場で回る 神様たちは他人のままだ ここは難解というかとっつきづらいというか…。 踊り場は階段の途中の少し広くなっている場所ですよね。 2 階段の途中に、やや広く場所をとった平らな所。 3 経済用語。 景気が上昇する局面で、景気の回復が鈍り、横ばいの状態にあること。 ふつう景気が悪くなる局面では用いない。 「日本経済が踊り場を脱却する」 (より引用) と出ました。 1番目に踊りをおどる場所が出るんですね。 また、 踊り場とは、階段の途中に設けられた小さなスペースで、小休止したり、方向転換するなど、転落防止に役立ちます。 では、階段の高さが4mを超える場合に、4mごとに踊り場を設けることが義務付けられています。 デパートなどでは、踊り場に椅子を設けるなど、小休止のスペースとしていることが多いようです。 旧来の日本家屋の階段には、踊り場というものはありませんでした。 踊り場は、西洋建築によってもたらされた建築デザインです。 (スマイティより引用) 建築的観点からいえばこういった意味があるそうです。 小休止のスペースなんですね。 ここから考え、倦怠期みたいなものを踊り場と表現しているのだろうと解釈しました。 そして、「錆びた踊り場」とあるので、今回の倦怠期はもう壊れかけであると。 いつしてもおかしくはない、そんな恋愛における踊り場で回っているのは2人か、それとも主人公だけなのか…。 最後、「神様たちは他人のままだ」。 これが1番抽象的な感じがしますね。 うーん、どうとでも考えられるのですが、僕が思ったのは、結婚式で牧師さんが「永遠なる愛を誓いますか?」みたいなことを新郎新婦に誓わせるじゃないですか。 あれを想像しました。 つまり、今回の恋愛においても神様の出る幕はなかったということです。 別に誓いを立てたからといって神様と知り合いになるわけではないでしょうが、そこは歌詞の雰囲気ですね。 なんかだんだんこじつけがひどくなってる感はありますが気にしないでください。 運命の誰か、あたしを掬って食べて 誰でもいいよ、あたしを潰して舐めて ラストの歌詞ですね。 僕、恥ずかしながらこの考察するまで気づかなかったんですが対になってますねここ…。 全く気付かなかった…。 しっかり読まないといけないですね。 ここで気にしたいのは、「掬って(救って)食べて」欲しいのは「運命の誰か」。 対して、「潰して舐めて」欲しいのは「誰でもいい」、この対比です。 これってますますセフレとか、性行為のためのルみたいなものを想起させる詞だと、ここまで考察してきて感じざるを得ません。 よく、好きなものは「目に入れても痛くない」とか「食べちゃいたい」みたいな表現しますよね。 今回の場合は「食べられたい」ですから、これは愛されたいことの比喩表現ですかね。 今の辛い境遇の自分を救って愛してくれるのは「運命の誰か」がいいんですね。 適当な誰かじゃいけないんです。 でも、潰して舐めるのは誰でもいいんですよ。 適当な誰でもいいんです。 「潰して」の方はあんまりしっくりくる考えができなかったのですが、主人公をブルーベリーに喩えているとするならば、壊してぐちゃぐちゃに記憶を消してくれる存在を求めているといったところでしょうか。 また、「傷を舐め合う」という言葉もある通り、「舐める」は慰める、共感するの意味合いでしょう。 その共感も上辺だけの安い共感でいいんですよね。 なぜならその人との関係は一時しのぎでしかないからです。 あまり関係のない話ですが、「姑息」という言葉は1番の歌詞にもありますが、卑怯という意味ではなく、正しくはその場しのぎという意味なんですよね。 「孤独で姑息なあなた」が嫌いで、でも好きだった主人公ですが、そんなあなたのように主人公もなってしまいそうになっている。 主人公も誰かに本気で愛され、縋られ、でも結局は振るというそういう存在になってしまうのでしょうか。 どんどん負のスパイラルにはまってる感じですね。 主人公がすごい悪女みたいな締めになってしまいましたが、まあ普通のことではないでしょうか。 自業自得的な知見まで得られそうな、いきすぎた考察にはなってしまいましたね。 以上、『ブルーベリー・ナイツ』の考察でした。 それでは。 『』の記事がたくさんの方に読んでいただけたようで、めちゃくちゃ嬉しく思っています。 読んでいただいた方、ありがとうございます。 inakamon121317.
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