センターは、相手にぶつかられても動じないフィジカルを必要とします。 センタープレイヤーは、バスケの最高峰NBAでは花形のポジションです。 ガードのスタープレイヤーのように、華麗なハンドリングやロングシュートで目立つことは少ないかもしれません。 ですがフィジカルを活かしたプレイでチームを鼓舞することができるポジションでもあります。 NBAの有名選手だと、ジェエル・エンビード選手やカール・アンソニー・タウンズ選手、ロサンゼルス・レイカーズで復活を果たしたドワイト・ハワード選手などがそうです。 また、味方選手のスクリーンをしたり、スクリーンアウトでリバウンドを奪取するのもセンターの役割のひとつ。 やはりフィジカルを活かした役割が中心になるでしょう。 場合によってはスリーポイントシュートを狙うことで、相手センターを外に呼び寄せ、ほかの味方選手がドライブをしやすい環境にすることも可能です。 スクリーン強化ポイント:フィジカルの強さ・仲間との連携 センターはチームでもっともスクリーンプレイをする選手と言えるでしょう。 スクリーンとは、オフェンス時に相手選手の壁になることで、味方選手がプレイしやすい環境を作るプレイのことです。 しかしスクリーンは、誤ったかけ方をするとオフェンスファウルになる可能性もあるため、正しいかけ方を習得しておく必要があるでしょう。 ポイントは、スクリーンをしている最中は足と腕を動かさずにその場にしっかりと立っていることです。 ミドルシュート• フックシュート• リバウンドシュート• ターンからシュート 順番に解説します。 ミドルシュート まず、ミドルシュートの練習方法をご説明します。 ミドルシュートの精度を高めるには、スクエアの線上でシュート練習を行います。 5本連続で入ったら次のポジションへ移ります。 ペイントエリアの4隅とゴールの正面からシュートするイメージで行いましょう。 フックシュート フックシュートは、反復練習をしなければ試合で使用することは難しいでしょう。 ゴール下のノーチャージエリア付近でゴールに背を向けてボールをキャッチします。 そしてターンした後にフックシュートをし、これを左右交互に続けましょう。 可能であれば味方選手に付き合ってもらい、軽く手を上げる程度のディフェンスをしてもらうと、さらに練習精度は高まるでしょう。 リバウンドシュート さて、次はゲームを制するためにリバウンドシュートの練習を始めましょう。 ボードに10回連続でタップして、10回目のキャッチが終わったらゴール下シュートをします。 これを続けることで、ジャンプの頂点でリバウンドを掴むコツがわかってくるはずです。 厳連続してジャンプするのは大変ですよね。 目指すは5本!連続決められるように頑張りましょう。 ターンからシュート センターはポストプレイでボールを持ったとき、ゴールに背を向けてプレイすることが多くなります。 そのため、さまざまなターンを覚えておくことは、相手を出し抜く上でとても大切です。 ディフェンスを想像しながら、様々なターンの練習をしましょう。 可能であれば味方選手に練習相手をお願いします。 ターンの練習は、オフェンスのバリエーションを増やすことができます。 練習相手にどのターンが守りにくいかもチェックしながら練習をすることで、よりレベルの高いターンの練習をすることができるでしょう。 また、日頃の練習と併せて筋トレやプロテインを取り入れることを検討しても良いかもしれません。 ぶれない身体を作るためにはこれらは必要不可欠とも言えます。 まとめ センターの役割や、センタープレイヤーの練習について解説してきました。 センターというポジションは、コートの端から端まで走り続けるため、体力的にも大変なポジションです。 しかし、センターのレベルアップはチームのレベルアップに直結するため、やりがいのあるポジションでもあります。 チームが安定して勝ち続けることができるよう、センターとして日々練習を積み重ねましょう。 【参考】 【参考】 【参考】 【参考】 【参考】 中川 直之 NAKAGAWA NAOYUKI こんにちは。 考えるバスケットの会【会長】中川直之です。 また、これまで10万人のバスケ人生を変えた世界基準のノウハウを7つのテーマに分けて公開した書籍「」の著者でもあります。 このほかにもプロアスリートメンタルコーチとしても活動しており、Bリーグ、実業団選手などのメンタルサポートをしてたりもします。 NBA選手のスキルなど試合で使えるドリブルテクニックを徹底解説しています。
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親の願いでピアノを習わせていないだろうか? お子さんがピアノを習い始めるきっかけは、幼少期であればある程、親が習わせたくて習い始めています。 「できるだけ早く習い始めた方がいい」と思っている人は多いような気がしますね。 言い方はヒドイかもしれませんが、教育熱心な親御さんであればある程、意外と気づいていないのです。 子どもは親の理想や期待通りに生きていきたくはありません、ということに。 お子さんから習い始めたいと言い出したとしても、実際に習い始めてみたらうまくいかない事も多々あるでしょう。 時には休む時間や客観的に自分を見る力も必要になってきます。 「ピアノを練習したくない」と感じる子供の感情は間違っていない 「ピアノを練習しない」「ピアノの練習をやりたくない」 お子さんが感じていること、思っていることは間違っているわけではありません。 やりたくない理由がきちんとあるはずです。 お子さんの中にあるその小さな問題をどう解決していけるのか。 子どものうちから何でも1人で解決できるわけではありません。 まずはお子さんの気持ちを受け止めてあげてください。 すぐに月謝がもったいないとか、練習しないとうまくならないとか、じゃあやめる?とか、大人の固定観念でその道を決めてしまうのではなく、お子さん自身が選べるような道にする事で、お子さんのための習い事にしてあげましょう。 ピアノを習う=ピアノを練習しなければならない この方程式、本当に合っていますか?ピアノを習いに行ったら、絶対に練習しなければいけないのでしょうか? 私は、ピアノを習う事と練習する事は別の事だと思っています。 ピアノを習い始めたからといって、必ずしもピアノを練習しなければいけないという事ではありません。 問題は 「しなければいけない」という固定観念。 この固定観念がピアノを練習しなくなる1つの要因になっていると思います。 なぜなら、ピアノは練習しなければいけないものではないからです。 ピアノを弾けない理由はピアノの弾き方を知らないだけ ただし、1つだけ気づいておいてほしいことがあります。 よく考えてみればわかる事なのですが、ピアノが弾けない人は、練習しないから弾けないのではなく、 ピアノの弾き方を知らないから弾けないのです。 鍵盤の位置と音の高さ、流れるような弾き方、ペダルの踏み方、グリッサンドのやり方、楽譜の見方、などなど、知らないから=弾けないという図式は成り立ちますよね。 強制からはいい音楽は生まれない 楽器を奏でるとは、自分で想像した音を操り、音を紡いでいくことです。 音色にこだわり、音と一体になることで、自分の思いを吐き出すことができます。 聴いている人と共感することができます。 空気の振動を通して体に響く音に心地良さを感じ、楽しさ・うれしさ・喜び・達成感・自己肯定感を得ることができる素晴らしい芸術体験だと思います。 遊びや好奇心の追求からスキルを習得する形が理想の学習スタイル 声という一番身近な楽器に始まり、さまざまな楽器がある中でピアノを選ぶのであれば、 本来は遊びから始まり、楽器への興味、面白さの追求に変わっていくことで技術を習得していくことが理想です。 「やりなさい」という強制の負の感情からは、興味や追求につながるきっかけから遠ざけているようなものだと私は思うのです。 親御さん自身、練習しない子どもの姿にイライラしたくはないですよね。 方法は簡単|親は何も言わない その方法はとても簡単です。 ・そもそもピアノを習いたくない・やりたくない ・先生との相性が合わない ・子どもの発達に合わない そもそもピアノを習いたくない・やりたくない ピアノ講師時代、レッスンにあまり乗り気ではない子に理由を聞いてみたところ、大半の子が「本当はピアノをやりたくない」と話してくれました。 習い事としても人気のあるピアノですが、お子さんの気持ちよりも 親の気持ちが優先されて習いに来る子は意外と多いです。 そもそも、ピアノを弾けるようになりたい、ピアノを弾いてみたいとは思っていないので、お子さんにとってはレッスン中も嫌な時間になってしまいますし、練習なんてやるわけないですよね。 親にやりなさいと言われてイヤイヤ練習をしたところで、身につくはずもなく、ピアノがどんどんイヤになっていく悪循環が原因でピアノを練習しないんですね。 先生との相性が合わない お子さんが自分からピアノを習ってみたいと言ったので習わせたのに、練習しないという場合、先生との相性が合わない場合があります。 大人の方であれば、先生と自分の相性が合わないことに気付きますが、 子どもは「人と相性が合う・合わない」ということすらまだ知りません。 当然、習いに行っているピアノの先生との相性にも気づかずに、ストレスになっている可能性があります。 レッスンを毎回見学することは難しいと思いますが、もし、お子さんがピアノをやりたいと言って始めたのに練習しない場合、一度レッスンを見学してみると先生との相性が分かる場合があります。 ポイントとしては以下の3つに注意して見学してみましょう。 お子さんが先生の事を好きか嫌いか(お子さんに聞いてみましょう)• 先生がお子さんの発達・理解に合わせて話をしているか• 先生がお子さんができるということを前提に話を進めていないか お子さんが先生の事を好きか嫌いか(聞いてみましょう) お子さんが素直に答えてくれない場合もあるかもしれませんが、先生が苦手、指導の仕方がイヤ、言われている意味がわからないなど、不満が多い場合は、先生との相性がお子さんと合わないかもしれません。 将来的に相性が合わない人と合わせて生きていく術は必要になっていきますが、 子ども時代、習い事は先生との相性が全てです。 いい意味で始めた習い事の良し悪しを大きく左右してしまうので、お子さんが苦手なタイプの先生のところで無理に習わせる必要はありません。 違う先生に習うことを検討しましょう。 先生がお子さんの発達・理解に合わせて話をしているか 先生としてのスタンスに関係してくるのですが、お子さんが先生の話をちゃんと聞いているか、理解しているか、というところをしっかりと気づいている先生と、完全に自分のペースでレッスンを進めていく先生と2パターンあると思っています。 私は小2からピアノを習い始めて、転勤しながら各地のピアノ教室、様々なタイプの先生に習いましたが、子どもの理解関係なしに自分のペースで弾けないと怒る先生がいまして、心からピアノがイヤになりました。 私は親に先生がイヤだと伝えて、親もすぐに違う教室に変えてくれたのでピアノが嫌いにならずに済みましたが、あのまま続けさせられていたらピアノなんて大嫌いになっていたと思います。 「 できない」「わからない」から習いに行っているんですよ。 できるよね、って言われちゃうと「できないといけない」と子どもが思ってしまうんです。 ひどいと「できない自分はダメなんだ」と変な解釈をして自己肯定感が下がっていきます。 これなら、習い事なんてしない方がいいです。 「できない」「わからない」を1つ1つ、 できる方へ、わかる方へ、紐づけて成功体験を積ませてあげるのが先生の仕事です。 もし、自分が言われたら、ピアノの練習をやる気になるかどうか考えてみて下さいね。 子どもの発達にピアノが合っていない 小さいお子さんであれば、音符が読めなくても、鍵盤をしっかり叩けなくても、リズムがわからなくても、全てかわいいで済まされますが、先生との相性も問題なく、子どももやる気があるのに、なぜかピアノの練習がうまくいかない子がいます。 一生懸命練習しているのに、先に進めない子がいます。 指の筋力が足りないのか、指をスムーズに動かす筋肉が足りないのか、練習方法が間違っているのか、もっといいやり方があるのか、などいろんなことを試してみても効果があまり見られない場合、発達に凸凹がある子かもしれません。 あくまでも私の見解ではありますが、特に読字障害の子で音読などが難しい子の場合、目で見たものを体の運動機能に伝える所で神経がうまく伝わらないのであれば、楽譜を見てピアノを弾くことが物理的に難しくなるのではないかと考えています。 私の長男は学習障害(読字も書字も苦手です)で、音読が難しく、音符を見ながらピアノを弾くという作業はとても高度な技です。 実際、私がピアノを教えていますが、1年以上たっても楽譜を見ながら鍵盤は弾けません。 そもそも音符や楽譜が読めません。
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どうもごんざです。 「信じることと期待することは別なんですか?」 おお!確かに似てる感じしますよね。 信じることと期待することは似ているようで別物です。 信用は「人」に対してするもので、期待は人の「行動」にするものだからです。 人に期待しすぎるとツラくなるので、信用だけするのがオススメ。 この住み分けができるとぐっと生きるのが楽になります。 相手に期待すると思い通りにいかないとイライラする 「~してくれると思ったのに」 こんな風に思ったことありませんか? これは人に対する期待です。 自分がここまでやったんだから。 あとはやってくれると思ったのに。 当然気付いてくれると思ったのに。 この流れはやるでしょ普通。 日常生活にあふれる期待という名の思い込みの押し付け。 大抵「のに」がつくときは相手に期待しているときです。 期待は全部、「人」ではなく「人のすること」にフォーカスしいるんです。 当てにして心待ちにすること。 「期待に添うよう努力する」「活躍を期待している」「期待薄」 出展: イライラしますよね、期待通りにいかないと。 でも、どうなるかわからないことに期待したって仕方ないんです。 「期待されている」と感じるのはエネルギーになりますが、自分が期待するのは疲れちゃうので、ぼくは極力期待しません。 信用すると思い通りにいかなくてもイライラしない 期待は「すること」にくっつきますが、信用は「人」にくっつきます。 「相手の言葉を信用する」 2 それまでの行為・業績などから、信頼できると判断すること。 また、世間が与える、そのような評価。 「信用を得る」「信用を失う」「信用の置けない人物」「店の信用に傷がつく」 例えば待ち合わせに友人が遅れたとします。 期待する人は【待ち合わせ時間に間に合う】ことに期待しているので「待ち合わせ時間に遅れるとかありえない」とぷんすかします。 信用している人は【その人を信用している】ので「あの人のことだ、なにかあったんだろう、まあ仕方ない」とぷんすかしません。 例えそれが寝坊でも(前の日忙しかったのかな)と考えるわけです。 起きてしまったことは仕方ないから、そこからどうしていくかを考えた方が自分の心も健康的です。 おわりに 信じることと期待することの違い、伝わりましたか? 期待は「すること」に 信じるは「その人」に 期待すると何より自分が疲れちゃう。 期待しないで自分が思っているよりもいい結果になったときは、期待していない分よろこびも大きいです。 なんかお得ですよね。 期待するより信じるほうが心穏やかに日々過ごせるんじゃないかなあ。 だからぼくは人に対して期待しないで信用することにしています。 いつも人に期待してばかりいで苦しくなる人は、期待を信用に置き換えると楽になりますよ。 それではまた。
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