つれづれ なり 意味。 徒然草・つれづれなるままに 現代語訳・品詞分解ひと目でわかる

【古文・古語】古典 形容動詞の一覧(ナリ活用) 現代語訳

つれづれ なり 意味

徒然草の作者 吉田兼好(『』 画 明治時代 兼好を作者とするのが僧・正徹(後述)以来、定説になっている(ただし正徹は100年ほど後の人物であり、兼好が書いたとする明確な証拠はない)。 成立については、室町幕府のである(了俊。 兼好の弟子の命松丸と親交があった)が、兼好の没後、草庵に残っていた原稿を編纂したと言われてきたが、疑わしい。 国文学者は、末期、1330年8月から1331年9月頃にまとめられたとし、長く有力説とされてきた。 この説によれば南北朝の争乱以前に中年期の兼好が著したことになるが、異論もある。 現在は長年書き溜めてきた文章を1349年頃にまとめたとする説も有力になっている。 序段を含めて244段から成る。 文体はと、仮名文字が中心のが混在している。 序段には「つれづれなるままに」書いたと述べ、その後の各段では、兼好の思索や雑感、逸話を長短様々、順不同に語り、の一に位置づけられる。 兼好が、古典学者、などであったことを反映し、内容は多岐にわたり、また、兼好ががある(ならびがおか)に居を構えたためか、仁和寺に関する説話が多い。 徒然草が伝えるのなかには、同時代の事件や人物について知る史料となる記述が散見され、歴史史料としても広く利用されている。 中でもの作者に関する記述(226段)は現存する最古の物とされる。 『徒然草』序段 つれづれなるまゝに、日くらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。 作品の名にもとられる書き出しの「つれづれ」(徒然)は「やるべき事がなくて、手持ち無沙汰なさま」 を意味する。 「つれづれなり」と「よしなしごと」や、「書き付く」は先行する文学にも用いられている組合せであり、作品および自己を卑下する謙遜の辞である。 執筆後約百年間は注目されなかったようで、同時代の史料に『徒然草』への言及は伝わらない。 室町中期に僧・正徹が注目し、自ら書写した写本にこの作品を兼好法師のものとし、兼好の略歴も合わせて記している。 これが正徹の弟子の歌人や連歌師たちに波及し、応仁の乱の時代に生きた彼らは、「無常観の文学」という観点から『徒然草』に共感をよせた。 江戸時代になると、版本が刊行され、加藤磐斎の『徒然草抄』(1661年、寛文1年)、の『徒然草文段抄』(1667年、寛文7年)といった注釈書も書かれていく。 『徒然草』に記された教訓は町人などにも親しみやすく、身近な古典として愛読され、江戸期の文化に多大な影響を及ぼした。 こうして『徒然草』は古典となり、文学史上の位置が確定した。 写本は江戸時代のものが多く、室町時代のものは非常に少ない。 諸本 [ ] 現存最古の写本は、正徹が三年()の3月27日および4月12日に上下二巻を書写・校合した本(正徹本・蔵)である。 現存する諸本は、通説では• 正徹本系統• (伝)自筆本系統• 本系統• 本系統 の4種類に分類されるとされる。 絵画 [ ] 絵画化は近世に入ってからと見られ、7年()刊の絵入版本が最古とされる。 その後絵入の『徒然草』は広く愛好され、、・、といった当時一流の絵師の筆による絵巻、画帖が現存している。 特に海北友雪の「徒然草絵巻」(蔵、全20巻)は、『徒然草』のほぼ全ての章段を絵画化した大作である。 また、絵本や絵入版本も大量に作られ、今日でも数多く残る。 解釈 [ ] 江戸時代以降はもっぱら教訓書として読まれてきたが、国文学者のは「趣味論者」兼好による「一大趣味論」と捉えている。 また、兼好の無常観、死生観を強調する見方もある。 評価 [ ] は「徒然草」という短いエッセイで、兼好の「物が見え過ぎる眼」を指摘し、本書を「空前の批評家の魂が出現した文学史上の大きな事件」と評価している。 は、徒然草の他に類を見ない顕著な特徴として、「心に移りゆくよしなしごと」を次々と書きとめることで、多面的でしばしば相反する思想を一冊の小著にまとめあげた点を指摘している。 この点において加藤は、徒然草にの「意識の流れ」の先駆を見ている。 は徒然草を「日本の知的エッセイの基本形、知識人エッセイの原形」と評しており、エッセイは「世の中の間違いを叱り飛ばす」形式で書くべきという思い込みに囚われていると指摘している。 清水は、人間は皆、兼好が徒然草で喝破したように、毒を吐いて「けしからん」と言うのが愉しいのだと指摘する。 参考文献 [ ]• 『日本文学史序説(上)』 筑摩書房• 『身もフタもない日本文学史』 PHP研究所〈PHP新書〉、2009年7月、• 上野友愛 佐々木康之 内田洸(サントリー美術館)編 『徒然草 美術で楽しむ古典文学』 サントリー美術館、2014年6月 漫画化作品 [ ]• 『マンガ日本の古典17 徒然草』(、のち) 脚注 [ ]• 川瀬一馬校注『徒然草』解説(講談社文庫、p310)。 前掲書。 『増補「徒然草」の歴史学』(角川ソフィア文庫、2014年、p308)も1330年を画期と捉えている。 表記は校注、新日本古典文学大系『方丈記 徒然草』岩波書店、1989年により、一部改変。 久保田淳校注、新日本古典文学大系『方丈記 徒然草』岩波書店、1989年• 廣田哲通「徒然草常縁本系統の一考察 - 章段配列を中心に -」『文学史研究』13、1972年• 三木紀人「徒然草研究史」(『徒然草講座3』有精堂、1974年。 p32)。 内海弘蔵「兼好が趣味論としての徒然草」(『徒然草評釈』1911年)。 『モオツァルト・無常という事』新潮文庫、1961年、p64-65。 加藤周一『日本文学史序説(上)』p371• 身もフタもない日本文学史・67頁• 身もフタもない日本文学史・68頁 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ] ウィキソースに の原文があります。 ウィキクォートに に関する引用句集があります。 「」、H. Shinozaki『日本古典文学テキスト』(校訂、校註日本文學大系3『徒然草』国民図書株式会社、1924年の複製)• 「」、(・校訂『徒然草』岩波文庫を元にしたパブリック・ドメイン・データ、『電脳倶楽部』からの転載)• 吾妻利秋訳「」(・校訂『徒然草』岩波文庫、および訳注『改訂 徒然草』角川ソフィア文庫を底本とした対訳)• 近代デジタルライブラリー.

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徒然草『つれづれなるままに』解説・品詞分解

つれづれ なり 意味

皆さんきっと学生時代にきっと習ったでしょう。 「徒然なるままに」との冒頭を聞いたことがある人も多い徒然草。 そんな徒然草も曖昧にしかわからない人が多いのではないでしょうか。 そんな徒然草を少し掘り下げて意味も詳しくご紹介していきます。 徒然草とは、吉田兼好が書いたとされる随筆であり、清少納言の「枕草子」・鴨長明の「方丈記」と合わせて日本の三代随筆の一つと評価されている作品の一つです。 徒然草の詳細 「徒然草」は鎌倉時代末期、1330年8月から1331年9月頃にまとめられたとする説がありますが、数多くの説があり定説はありません。 そして、吉田兼好が書いたという確かな証拠は何一つありません。 序段を含めて244段にもなる「徒然草」。 文体は、和漢混淆文という現在の日本語の表記体系の元となる文体と、仮名文字が中心の和文が混在しています。 序段には「徒然なるままに」と書いたと述べ、その後の各段では吉田兼好の思索や雑感、逸話を長短さまざまに、順不同に語っており隠者学に位置付けられています。 吉田兼好が歌人、古典学者、能書家などであったことを反映して内容は多岐に渡っています。 また、吉田兼好が仁和寺がある双が丘(ならびがおか)に居を構えたために、仁和寺に関する逸話が多いです。 吉田兼好が亡くなった後 室町幕府の九州探題である、今川貞世(了俊)は吉田兼好の弟子の命松丸とも親交があり、吉田兼好が亡くなった後、編集に関わったとされています。 しかし、執筆後約100年間はなかなか注目されることがなく、同時代の史料に「徒然草」への言及は伝わらなかったが、室町時代中期に僧・正徹が注歌師たちに波及したため、応仁の乱の時代を生きた人たちには「無常観の文学」という観点から「徒然草」に共感を寄せていました。 「徒然草」に記された教訓は町人などにも親しみやすく、身近な古典として愛読されるようになり、江戸時代の文化には多大な影響を及ぼすことになります。 こうしたことから「徒然草」は古典と認識されるようになり、文学上の位置が確定されます。 それだけ、写本は江戸時代のものが多く室町時代のものはかなり少ないです。 その後 最も古い写本として「つれづれ草常縁本」と通称されるものがあります。 これは、署名はないものの足利時代の歌人である東常縁の自筆と鑑定をされています。 絵画化もかなり遅かったために、現今では寛永7年(1630年)刊の絵入版本が最古とされています。 そして、徒然草が伝える説話の中には、時代の事件や人物について知る史料となる記述が散見され、歴史史料としても利用されています。 中でも平家物語の作者に関する記述は現存する最古のものとされています。 大体の意味はわかったことでしょう。 「徒然なるままに」の「徒然」は2通りの読み方があるのは知っていましたか。 そのまま「つれづれ」と読む場合と、漢字の「徒然」で「とぜん」と読む場合もあります。 その2通りの読み方、意味をご紹介します。 徒然(とぜん)の意味 「徒然なるままに」の「徒然」は「とぜん」とも読みます。 あまり現代では使わないことも多く、初めて聞くという人もいるのでは。 その「徒然」の意味は少し説明します。 徒然(とぜん)の意味は、「なすこともなく退屈なこと。 物寂しくしていること。 また、その様。 手持ち無沙汰。 つれづれ。 」と意味になります。 つれづれの意味 「徒然なるままに」のつれづれの意味は、少し徒然(とぜん)と似ていますが、「何もすることがなくて退屈なこと。 所在がないこと。 手持ち無沙汰。 」などの意味があります。 何も起こらず寂しいことや、その状態がずっと続くことなど、つくづく、つらつらなどの意味もあります。 ここからは、「徒然なるままに」の品詞分解をご紹介します。 ・つれづれなる:形容動詞・ナリ活用「つれづれなり」の連体形 ・まま:名詞 ・に:格助詞 ・ひぐらし:副詞 ・硯:名詞 ・に:格助詞 ・むかひ:動詞・ハ行四段活用「むかふ」の連用形 ・て:接続助詞(連用形接続) ・心:動詞 ・に:格助詞 ・うつりゆく:動詞・カ行四段活用 ・よしなしごと:名詞 ・を:格助詞 ・そこはかとなく:形容詞・ク活用「そこはかとなし」の連用形 ・書きつくれ:動詞・カ行下二段活用「書きつく」の已然形 ・ば:順接確定条件(偶然的条件)の接続助詞。 (已然形接続)〜すると ・あやしう:形容詞・シク活用「あやし」の連用形「あやしく」のウ音便 ・こそ:係助詞 ・ものぐるほしけれ:形容詞・シク活用「物狂ほし」の已然形 ここまでご紹介させていただきましたが、「徒然なるままに」の意味は難しいながらも少し理解していただけたのではないでしょうか。 ですが、暗記となると意味はわかったけど暗記ができない人も多いのでは。 ここからは「徒然なるままに」からの冒頭部分の暗記方法をご紹介します。 始まりの「徒然なるままに」の部分は覚えれたとしても、その後からはなかなか頭に入らないでしょう。 まずは暗記するより、内容をしっかりと意味も理解することが大切です。 難しく気が進まないでしょうが、内容を理解していないとなかなか頭に入ってきません。 内容をしっかりと理解してから英語を暗記するように、一段ずつ声に出して読んで頭でイメージしながら読んでみましょう。 そして、ノートなどに書き出して視覚からも覚えれるように試してみましょう。 随筆の徒然草.

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無駄話<食は命なり>: 余生のつれづれに

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都民ファーストとは? 小池百合子都知事誕生してからまだ間もないですが、築地市場移転問題から東京五輪まで色々と話題がつきません。 その中でしばしば出てくる「都民ファースト」という言葉。 東京都知事選で初当選した小池百合子氏(64)が2日午前、初登庁し、戦後9人目で女性として初めての都知事に就任した。 都政改革を訴えて291万票を集めた小池氏は、職員への訓示で「まず都政の透明化、情報公開で都政への信頼を回復したい。 なによりも都民ファーストに徹していただきたい」と述べた。 引用元: 意味としては、都民を第一(ファースト)に考えるということですね。 レディファーストのようなものでしょうか。 女性知事だからこそ出てくるセンスのいいワードだと思いました。 確かに舛添知事時代には、都政の透明化、情報公開などが徹底されていない印象が強かったですから、小池都知事のこの理念が定着していくのは、都民にとってはいいことかもしれません。 これからの小池百合子都知事の活躍次第ですが、この「都民ファースト」という言葉は流行語大賞の候補にもなるかもしれませんね。 「都民を第一に考える政治とはどのようなものなのか」について、このワードと共に考えていくのも面白いでしょう。 小池百合子知事のプロフィール 続いて小池百合子知事のプロフィールをみてみましょう。 生年月日 :1952年7月15日(64歳) 出身:兵庫県芦屋市 出身大学: 関西学院大学中退/ カイロ大学卒業 前職 :アラビア語通訳/ニュースキャスター 大臣経験:環境大臣 小泉内閣2003-2006 内閣府特命担当大臣 小泉内閣2004-2006 防衛大臣 安部内閣2007 過去に3つの大臣経験もあるスーパーエリートのキャリアウーマンです。 政治家になる前はアラビア語通訳とニュースキャスターをされていました。 アラビア語通訳に至っては、「国際連合の公用語にアラビア語が加わる」という記事を目にしたことをきっかけに、関西学院大学を中退して、急きょエジプトのカイロ大学の留学を決めたのだとか。 当時から、行動力には物凄いものがありますね。 そしてその後はテレビ東京の人気経済番組「ワールドビジネスサテライト」のキャスターとして活躍されています。 この番組のキャスターといえば、小谷真生子さんや大江麻理子さんといった実力派ばかりですよね。 このキャスター時代を中心に、経済や政治についての知見を深めていったのだと推測します。 ちなみに小泉内閣の大臣時代には、小泉元首相と結婚まで噂されるほど寵愛を受けていたようですが、結局結婚には至らず、現在も独身とのことです。 スポンサーリンク 東京都政はどう変わる? さて、そんな実力や経験も豊富な小池百合子さんが都知事になることで、都政はどのように変わっていくのでしょうか? 就任記者会見の言葉を改めて見てみると、「都民ファースト」に加えて、「見える化」もキーワードになりそうです。 東京都は税収が豊かであるが故に、誰がやっても財政が上手く回ってしまい、税収の使い道などが曖昧なままでも特に大きな問題にはなりませんでした。 それが、舛添元知事の政治資金の不正使用疑惑がきっかけで、今以上に都政の見える化・透明化が求められるようになったのです。 そうした中で、小池都知事が都政への信頼回復のために立ち上がった訳ですね。 小池都知事は、「都政は多くの課題に直面しているが、いつ、誰が、どこで、何を決めたのかを見える化することによって、都政への信頼回復のベースができると考えている。 都政全体のあらゆる課題に見える化を広げていきたい」と強調した。 引用元: 都知事に就任して早速に築地市場の移転問題に着手して、延期することを表明しました。 また、東京五輪予算についても今後1年から1年半かけて徹底的に見える化を図り、削減案をまとめると発表しています。 まだ効果まで見えていませんが、着実に変わってきている印象はありますよね。 少なくとも、彼女が当選したことで都政に興味をもった方は多いですから、それだけでも意味のあることだったような気もします。 猛反発もあるが、平然としたものだ。 「根回しベタといわれるが、根回しをしていたら改革できない」「コンセンサス(consensus)ではなく、コンビクション(conviction の時代ではないか」と、イギリス元首相サッチャー氏の言葉を引用しながら、力強く語った。 引用元: それぞれの決定には猛反発もあり、賛否両論ありますが、「根回しをしていたら改革は出来ない」という言葉は、従来の日本の政治家とはちょっと違う印象ですよね。 ちなみに、上記にある「コンセンサス」とは意見の一致のことで、「コンビクション」とは信念・理念といった意味になります。 確かにリーダーは、ある程度独裁であってもいいのかもしれませんね。 初代Jリーグチェアマンで、現在はバスケットボールの振興にも尽力されている川淵三郎氏がリーダー論について、以下のように述べていました。 「リーダーは時に独裁者でいい。 しかし、私利私欲を捨てて理念を持たなければ、独裁者になる資格は無い」 ただの独裁者では、どこかの国みたいになってしまいますからね。 私利私欲がなく、そして理念がしっかりしているというのが前提です。 これは私も同感です。 小池新都知事の都政はまだ始まって1か月ちょっと。 今後のあるべきリーダー像といったことも考えながら、彼女の今後の動きを見ていくのも面白いかもしれません。 まとめ 小池新都知事が誕生して、しばしば耳にするようになった「都民ファースト」という言葉。 意味は、都民を第一に考えて、都政の見える化を徹底的に図っていくという小池都知事の理念と言えるものでしょう。 築地市場移転延期や東京五輪の予算問題など、就任まだ1か月ちょっとで、色々と注目を集める行動をしています。 根回しもそこそこに遂行していくその行動力には賛否両論もありますが、期待する都民も多いのではないでしょうか。 今後のあるべきリーダー像なんかも考えながら、小池都知事の動向に注目していきたいと思います。

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