トム・ヨークが解放されたステージだった。 そんな風に言ってもいいだろう。 よくもまあ、こんなに生き生きと動き回って…なんて、親心のような感慨を抱いたのは、おそらく僕だけではないはずだ。 2010年のATOMS FOR PEACE、2012年のRADIOHEADに続いて3度目のフジロック出演となったトム・ヨーク。 最新作『ANIMA』リリース後という絶好のタイミングということもあり、21時過ぎのホワイトステージでは、ソワソワした空気が渦巻いていた。 そんな気持ちを煽るように流れる現代音楽中心のSEが止まった時、ついに彼が登場。 割れんばかりの歓声がホワイトステージにこだまする。 さあ、いよいよだ。 若干演奏の調子が悪そうに見えたものの、ATOMS FOR PEACEのバンドサウンドがソリッドに凝縮されたパフォーマンスは、それだけで彼の最新形が存分に感じられる。 「こんばんはー!!」と日本語でシャウトするトム。 今日の彼は嫌に上機嫌だ。 こんなトムは見たことがない。 若干戸惑いを覚えつつも、ズンズンと重低音が身体に響くビートに乗りながら、僕らも手を振り上げる。 吹き抜ける風が気持ちいい。 縦横無尽にステージを駆け回るトムとは対照的に、定位置でクレバーにサウンドをコントロールする、20年来の盟友ナイジェル・ゴッドリッチの存在も光っている。 彼がいるからこそ、トムはこうも奔放に振る舞えるのだろう。 次々と前景が移り変わる幽玄なサウンドスケープは、VJのタリク・バリの鮮烈な映像効果によって更に拡張され、ダイレクトに五感に訴えかけてくる。 最高だ。 異様にフレンドリーな今日のトムには少し違和感を覚えていたのだが、この空間を通じた感覚の共有こそがトムのしたかったことなのだと合点がいった。 僕らの反応を楽しみながら、テンションを上げきったトムは「どうもありがとうございました!」と本編を締めくくる。 うって変わってシンプルなピアノを基調としたこの曲でも、トムは僕らを慈しむような視線を向ける。 僕らはただただそんな彼の演奏に聴き入る。 なんて美しい時間だろう。 「僕らを観にきてくれて本当にありがとう」と英語で率直に感謝を述べるトム。 皮肉屋の彼は本心が見えづらいが、この時ばかりはこの素晴らしい体験への感謝をこの場にいるみんなで共有することができた。 ピアノと歌、ゆっくりと色が移り変わるタリクのVJ。 ナイジェルはスマホでトムを撮影している。 リラックスしたムードのまま、この時間が終わるのを名残惜しむように、3人は去っていった。 繰り返しになるが、この日のトムは本当に生き生きとしていた。 それは身体性を解放した『ANIMA』のセットだからということもあるだろうが、それ以上にここ苗場の地に集ったオーディエンスとだからこそ実現した、素直な気持ちのあらわれだったように思う。 ありがとう、トム・ヨーク。
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トム・ヨーク Thom Yorke 基本情報 出生名 Thomas Edward Yorke 別名 Tchock, Tchocky, Dr. Tchock 生誕 1968-10-07 (51歳) ・ ジャンル 職業 担当楽器 活動期間 - レーベル 共同作業者 アンクル 著名使用楽器 トム・ヨーク(: Thomas Edward "Thom" Yorke、 - )は、出身の。 バンド「」の・・他多くの楽器演奏とを務める。 ソロアーティストとしても活動。 2006年にはソロデビューアルバム「」("")をリリース。 2009年には新バンド「」""をやのらと結成し、さらに活動の幅を広げている。 2002年の『』誌において「最も精力的なイギリス人ミュージシャンの一人」に選出、「Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第13位に選出された。 2005年の『ブレンダー』誌における「歴代の偉大なポピュラーミュージック・シンガー投票」で18番目に選出されている。 2008年の『』の第66位に選出された。 生い立ち [ ] 、イングランドのに生まれる。 生後間もなく、原子物理学者を経て化学関係に勤めていた父グレアムの仕事の関係でに転居した。 生まれた時、左目は完全に麻痺していた。 「僕の瞼は閉じたままで、誰もが一生このままだと思ってた。 その後ある専門医が義眼みたいに筋肉を移植できる事を思いついた。 そして僕は生後間もなくから6歳までの間に大きな手術を6回受けたんだ。 彼らは最後の手術を失敗して僕の目は半分見えなくなったんだ」と本人はインタビューで語っている。 半年に2回の引っ越しと、年中付けている眼帯で、子供の頃のストレスは相当なものだった。 、父の仕事の関係でイングランド南部へ再び転居した。 8歳の誕生日に安いをプレゼントされる。 人生で初めて熱中した楽器となり、短期間だがギタースクールにも通った。 、引っ越し続きだった一家は、ようやくオックスフォードに落ち着く。 まで、オックスフォード、ウィットニーのスタンドレイク小学校に通った。 後に弟のアンディ・ヨークも入学した。 母バーバラは教師で、その学校の教壇に立っていた。 、10歳でスクールの友達と生まれて初めてバンドを結成。 楽器が出来るのがそもそもトムだけで、「バンドというよりギターの配線を面白おかしくして燃やしたりする科学グループ」(Q誌)だったらしい。 、11歳で生まれて初めて作曲を行う。 曲名は「Mushroom Cloud」で、原子爆弾の爆発を歌った曲。 「(きのこ雲の)恐ろしさではなく、ただ単純にその見た目について書いた曲」と、後年インタビューで話している。 (1998年Opinion誌) レディオヘッド結成 [ ] 、男子全寮制のであるアビントン・スクールに入学した。 、らスクールの友人達とパンクバンド「TNT」を結成した。 その後、コリンとトムの2人は隙を見て脱退した。 、をギターとして勧誘し、3人をオリジナル・メンバーとしてバンドを結成した。 メンバーは流動的で、一時はホーンセクションが在籍していたこともあった。 その後、リズムを刻んでいたドラムマシンが故障したため、上級生のドラマーを勧誘しての前身「オン・ア・フライデー」を結成した。 兄のバンドに入りたがっていた当時15歳のをサポートメンバー、キーボードとして入れる。 、スクールを卒業した。 1年間いくつかのアルバイトを転々として生計を立てる(ほぼ全てクビになるか自分から辞めており、一つも長続きしていない)。 、名門に入学するため、トムは単身でイギリス南西部のエクセターに移り、バンドは一時休止した。 大学で将来の妻レイチェル・オーエンスと出会う。 大学では一時的に「ヘッドレス(ヘッドレス・チキン)」というバンドに参加。 メンバーの一人、(ではコーラス・に参加)はメジャーデビューしており、現在も活動中である。 春、単位を取得し、エクセター大学を卒業した。 ヘッドレスを抜けオックスフォードへと戻る。 オン・ア・フライデーは活動再開し、ジョニーがギタリスト兼キーボーディストとして正式加入した。 、傘下と契約する。 とバンド名を変えてメジャーデビューした。 (敬愛するロックバンド、の作品『』に収録の曲「RadioHead」が由来となる。 )、のアルバム『』収録曲「アイヴ・シーン・イット・オール」にゲスト参加した。 2月、学生時代からの恋人であるレイチェル・オーエンスとの間に息子ノアが生まれる。 、初のソロ・アルバム『The Eraser』を発売した。 使用楽器 [ ] は系をメインにしており、近年はテレキャスター・カスタム、テレキャスター・デラックスといった派生モデルを多く使用する。 それ以外にも、、、なども曲によって使い分ける。 も多く使用し、特に以降は使用頻度が高い曲が多い。 は歪みとディレイを中心とした汎用的なシステムを使用。 ツアーごとに買い替えているのか、頻繁にエフェクターは変化するが、「歪みに空間系」という基本的な構成自体はデビュー当初から変わらない。 はほぼアコースティックギグ専用であり、エフェクターでダイナミックに音色を変化させる必要のある曲が多いため、通常のギグでは基本的にエレアコを使う。 、、などのも使用する。 特にピアノは製のものが多い。 その他、やミニなど、曲に合わせて様々な楽器を演奏する。 歌唱・演奏スタイル [ ] 2001年撮影 美しい高音のを多用した歌唱スタイルが特徴。 「女性や子供のよう」とも形容されるが、トムのコンプレックスでもあり、『』では意図的にそのスタイルを封印して歌声をノイズやエフェクトでかき消したりなど、時期によって試行錯誤を重ねている。 期には線の細い歌声とは正反対の、エモーショナルなを用いていたこともあった。 現在では、本来の高い裏声をメインにした歌唱に戻っており、2006年のソロ・アルバム以降のインタビューでは「僕にはこの声しかないって改めて分かった」などと語っており、後の『』では、それまで以上に披露している。 レディオヘッドの楽曲は一部のプログラミング主体の曲以外、トムのを基調にバンドサウンドを肉付けしていくものが非常に多いため、トムのギタープレイはその多くが、伴奏となるプレイもしくは主体であり、ギターノイズやリードプレイはとに任せている。 しかし、多くのバンドのリード・ヴォーカルの弾くようなサイド・ギターとしてのプレイ一辺倒というわけではなく、歌いながらメロディー・ラインとは全くリズムの違うリフを弾いていたりなど、ギター歴が非常に長いだけあって、目立たないながらも技術は高い水準にある。 デビュー初期は非常に低い位置でギターを構えていたが、現在は標準もしくはやや高めになっている。 『』以降から、本格的に鍵盤の弾き語りも行うが、ほとんど独学のためか、シンセサイザーに関しても「プログラミングや演奏はジョニーやコリンのほうが得意」と謙遜している。 レディオヘッドにおける貢献・作風 [ ] バンドの楽曲のすべてのを手掛ける。 もメンバーで最も貢献度が高いと言えるが、レディオヘッドの楽曲の多くはデモや大枠をトムが作り、アレンジをメンバー5人とで議論しながら行うというスタイルをとっているため、一人でバンドのすべての曲を一から十まで作曲しているわけではない。 ソロアーティストとしても活動。 のやを軽視する、に嫌悪感を抱いており、貿易法改善を呼びかけるといった社会運動にも積極的に参加している。 楽曲の歌詞にも政治、社会問題に関連して(多くは婉曲的に)書かれたものがいくつか存在するが、その多くは何らかの扇動的意識や不特定多数への問いかけを内包しているというより、むしろアイロニカルで厭世的なものであり、ここは同じく政治的な歌詞が目立つのやのとの大きな相違点である。 発言 [ ]• 「『あなたの目は美しいんだけど、何かが全く違ってるのよ。 』表現者としての僕を最初に批評してくれた人が言った言葉だよ」• 「小さい頃はただスターを目指してたよ。 もしかすると、今もそうかもしれないね」• 「なんてゴミ音楽じゃないか! 僕はゴミだと思う」• 「僕らは民主的だから、何一つ決まらないんだ。 だからいつも苦しむんだ」• 「基本的に僕らのアルバムには完全に近い凝集性がある。 用じゃないから時間をかけずとか、そんな事、"何言ってんだこのクソ野郎は"ってぐらい、よく理解できない」• 「作品を出す時、余計な人が絡んでこないのがすごく魅力的だったんだ」• 「なんかは最初からキッズに対して媚びた音楽は作ってなかった。 そういうモデルは目指すべきものだと思った」• 「Radioheadってバンド名は、その名の通り、僕らの姿勢を代弁してるよ」• 「僕は(大学に)行ったよ。 他のアーティストをリスペクトするように教わった」(のトムに対する「あんたがどれだけ"俺達は不運だ"って言うことに時間を費やしたとしても、客はを歌ってほしいだけなのさ」「俺は大学になんか行ってねえ」などの攻撃的な発言に対して)• 「ちょっと待って、君の仕事は何?」(インタビューで家族のことに話が及んだ際)• 「って言うのは病気だ。 そういうのをアーティスティクなものと関連付けようとする輩もいるけど、頭がおかしいとしか思えない。 それはただの苦しい病気なんだよ。 病人を冒涜してる」• 「そこらへんを歩いてる人々すべてに悲観的観測をしてたら、確実に気が狂ってしまう事に気付いた」• 「この世界(=音楽業界)は隙あらば寝首をかいてやろうって人に溢れてる。 でものメンバーは本当に僕たちに良くしてくれてるよ」• 「最近のシーンでをドンドン叩くバンドがいっぱいいるけど、なんでそうする必然性があるのかもう少し理由を考えてみるべきだと思う」• 「あの頃は色々最悪だったんだけど、一番酷かったのは髪型かな…。 」(デビュー初期の自分について) エピソード・人物 [ ] 2006年撮影• であるが、偏執的に固執はしない。 ちなみに、コリン以外のメンバーは、皆同じくベジタリアン。 自他共に認める非常に気難しい性格。 他人に心を開くまで時間がかかり、それまでは冷たい人と思われることがあるらしいが、慣れれば非常に良い人だそうだ。 曰く、若い頃は「癇癪持ちで赤の他人にとってはちょっと近寄りがたい性格」で、デビュー後もステージ上や公の場で笑顔を見せることは非常に少なかったが、2003年以降のインタビューでは「僕も年取ったし、大人になった」とコメントしている。 以降は、それ以前とは打って変わって、ステージ上でおどけたり、笑顔を見せることも多い。 一番心に残っているギグは、1997年のと語る。 グラストンベリーとしても記憶に残るギグとして、しばしば多くの英ロック雑誌のランキング投票で上位に挙げられる。 意外にも、楽譜の読み書きが多少苦手で、一時期には克服しようと努力していたが、グリーンウッド兄弟に「そんなバカなことをやるなら曲のデモの一つでも作ってくれ」と諭され、諦めている。 ちなみに、でやを呼ぶ際は、昔から基本的にが譜面を書く。 『』期前後までノートを常時持ち歩いており、それを片手にインタビューを受けることも多かった。 単なる落書きや歌詞のインスピレーションとなる言葉など、様々なものを書き殴っていたらしい。 嫌いで有名。 歌詞の多くで否定的に綴られている。 自身も学生時代に大きな事故にあっており、二酸化炭素の大量排出や・労働者軽視の象徴という意味でも、車産業・車メーカーを忌み嫌っている。 近場の移動には自転車を使用する。 1997年〜2000年前後までで医療機関にかかり、抗うつ薬を服用していたことを認めている(SPIN誌他)。 表記はThomであり本来なら「ソム」と発音しそうなものだが、これはThomasの愛称であるため、フランス語圏の発音でもある「トム」で特に問題はない。 生まれた時、彼の左目は開いていなかった。 6歳までに筋肉移植の手術を5回も受けているが、後遺症が残ってしまい、トムは「最初の医者がしくじりやがった」と憤っている。 本国やアメリカでは、顔がのに似ていると話の種にされることがある。 メンバーのの公式ダイアリーでも、それについて触れている。 自家にいる際は、ニュースチャンネルに一日中かぶりついていることもあるらしい。 また、ラジオをいつも持ち歩いている。 の卒業作品で取り組んだのは、を使い、ミケランジェロの絵画の色をすべて変えて、自分の作品に仕立て上げるというもの。 の服を度々着用している。 のは、トムのネガティヴな歌詞について批判的に発言する一方、新譜が出る度に毎回購入し、「ライブでは一発御見舞いされる」と発言するなど、その前衛性と革新性について高く評価している。 『』の収録曲「」は、レディオヘッド・ベストに挙げられている。 を絶賛しており、シングル「アウト・オブ・タイム」を名曲だと発言した。 また、彼らの3rdアルバム『』を「素晴らしいアルバム。 (リリース時は)あれに負けないようなアルバムを作らなければならないと思っていた」などと発言をしていた。 ちなみに、その時に制作していたアルバムが『』である。 自身、趣味が悩む事と称している通り、音楽雑誌などのメディアからインタビューなどを受けても、バンドの環境や自分の声質など常に何かに悩んでいることが伺える。 また、本人曰く「自分の減らず口と皮肉さは最大の悩み事であり、最大の取り柄である」と語っている。 村上春樹を愛読している。 の方も著作「」の中で主人公の少年がレディオヘッドのを聴く描写をしている。 [1995年アンケートより]• 趣味:バンドをやること、眠る事、悩む事。 好きなアーティスト:、、、、、、、、、、、。 好きな本: "The Famished Road"(『満たされぬ道』・訳:)• 好きな映画:"" "" "" ディスコグラフィー [ ]• The Eraser 2006• Tomorrow's Modern Boxes 2014• Anima 2019 脚注 [ ] []• guardian. uk 2006年6月18日. 2009年7月9日閲覧。 2006年11月13日. 2009年7月9日閲覧。 allmusic. com. 2012年7月28日閲覧。 Force, Chris 2007年9月11日. alarmpress. com. 2009年9月5日時点のよりアーカイブ。 2009年7月9日閲覧。 Jones, Alice 2009年3月25日. independent. 2009年7月9日閲覧。 Q - 100 Greatest Singers 2007年4月. 2013年5月21日閲覧。 Rolling Stone. 2013年5月26日閲覧。 ただし、〜期のセッション・レコーディングを振り返り「あの時期のバンドを国連に例えるなら僕がアメリカの立場だった」と様々なで発言している。 (、他)この時期は特に、後はロックポップス的作風への回帰を志向していたとの意見の折衝が大きかったようである• Jon Wiederhorn「static electricity」、• 2001年• 期の数多くのインタビュー• 2001、Giga Moris「in fact」• 1997年、Jim IrvinによるMojo誌においてのインタビュー• の発売方法についてのインタビュー。 1996年James Alart。 Mojo誌• 2001年、Q誌Anthony Johnstoneによるインタビュー• 2001年UNCUT誌• 同上のインタビューで• の前座として回ったツアーで• 2006年 Q誌のメールによる質疑インタビューにおいて• 2003年Mojo誌「How to Do "Yorke" Completely」• Bigread誌等.
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「どうやら『サスペリア』がリメイクされるらしいぞ……」 そんな噂が僕たちホラー映画ファンの間に流れ、誰もが期待と、そして大きな不安を抱えていた。 『サスペリア』と言えばイタリアの巨匠ダリオ・アルジェントの傑作ホラー映画である。 いや、単なる傑作映画というだけではなく『エクソシスト』『オーメン』と共にホラーという文脈を作りあげた伝説の作品である。 すでに多くのカルト的信者がいる伝説に手を出すということは、一歩間違えば大変な批判を受けてしまう。 『サスペリア』のオリジナルの公開は1977年。 「決してひとりでは見ないでください」 という物々しい宣伝文句がテレビで流れるだけで、幼かった僕らは震え上がった。 やっと中学になり、映画館の企画上映で初めて実際の『サスペリア』を観た僕らは衝撃を受けた。 極彩色に彩られた画面。 次々と殺されていく美女たち。 たたみかけるような残虐描写。 恐ろしげな魔女の秘密。 そして何よりも、延々と繰り返し心をかき乱すメロディ。 ひっそりと映像に寄り添うべきサウンドトラックが、これでもか! というように前面に押し出されていた。 ベルのような鍵盤で繰り返されるメロディ。 怪しい吐息が混じり「ボニョン」という妙なトーキングドラム。 ブズーキやタブラなどの民族楽器がリズムを刻み、ムーグシンセサイザーのきらびやかな音が重なる。 まるで呪術そのものの様な電子音楽。 鑑賞後には脳の一部がしびれ、果たして自分が今見たものは何だったのか理解できずに、ただ物悲しいメロディーだけが頭をぐるぐると巡っていた。 これこそが、ホラー映画音楽の歴史に名を残したイタリアン・プログレッシブ・ロック・バンド【ゴブリン】による『サスペリア』のサントラであった。 果たして、その圧倒的な世界観をルカ・グァダニーノ監督はいかにして再構築するのであろうか? そして音楽は誰がやるのか? そんな疑問は期待より不安の方が正直勝っていた。 だがしかし 「新作サスペリアはトム・ヨークが音楽を手掛けるらしい」 との噂を聞いた時、驚きと共に不安より期待の方が大きくなったのだ。 トム・ヨーク。 ポスト・ロックの雄、レディオヘッドの中心的存在。 いや、もはやロックの枠に留まらず、現代音楽、電子音楽、においても最重要人物と言ってもいいのではないだろうか? そんな人物が初めて手がけるサントラとなると、嫌が応にも期待は大きくなってしまう。 映画の骨子はオリジナル版とほぼ変わらない。 しかしその背後で不可解な出来事が頻発。 ダンサーたちが次々と失踪していき、やがて舞踊団に隠された恐ろしい秘密が明らかになっていき、スージーの身にも危機が及んでいた。 主人公のスージーを演じるのは、官能的な演技で世界的大ヒットとなった『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』でハリウッドトップスターとなった、ダコタ・ジョンソン。 舞踊団を仕切るカリスマ振付け師のマダム・ブランにはアカデミー賞受賞女優のティルダ・スウィントン(3役)。 また世界的モデルとしても活躍するミア・ゴスや『キック・アス』で鮮烈的印象を残したクロエ・グレース・モレッツが舞踊団の同僚ダンサーを演じている。 そしてダリオ・アルジェントのオリジナル『サスペリア』にて主役スージーを演じたジェシカ・ハーパーが出演していることにも大いに注目したい。 待ちに待った試写会当日、終演後の観客は誰もが席を離れがたいようだった。 僕もその一人だった。 多少の設定変更はあったものの、ストーリーは確かに『サスペリア』であった。 だが果たしてこれはホラーと呼んで良いのだろうか? 「前作へのリスペクト溢れる、究極のトリュビュートだ」(Time Out) 、「これはリメイクではなく、再構築だ」(HighDef Digest) 、「これは狂気の沙汰だ」(AV Club ……各紙のレビューでも絶賛しつつも戸惑いが見れる。 オリジナル版では物語の整合性よりも映像的なショックを優先させていた印象があるが、今回は陰に隠れていた設定を丁寧に描いている印象があった。 前作が殺人そのものを映画いているとしたら、今回は作品自体が何かの呪文のような印象を受ける。 これは果たして恐怖映画? 芸術? もしかするとポルノだったのかもしれない。 注目していたトム・ヨークの音楽だが、結果的に最高の組み合わせであったと感じた。 旧作の『サスペリア』の中で被害者の受ける残虐な痛みを観客にも疑似体験させるようなゴブリンの暴力的な音楽の使い方に比べ、トム・ヨークの音楽は映像に寄り添うようなオーソドックスなサウンドトラックであった。 「台本を読み、登場人物をイメージして、ピアノでスケッチを作っていった。 映画を通して繰り返されるメロディはもともとピアノで短時間で作曲したものだった。 その後撮影が始まってフィルムが送られてくると、最初のシンプルなアイデアを発展させていった。 基本的にはエンニオ・モリコーネのやり方と同じだ」 とトム・ヨーク本人も語っている。 美しくも不安を感じさせるピアノの旋律。 現代音楽もエレクトロミュージックも通過した電子楽器にからむトムの切ない歌声。 「(1977年のベルリンが舞台であることから)最初にクラウトロックのことが思い浮かんだし、自分が大好きなその当時のドイツの音楽もそれ以前のドイツの音楽の要素もこの作品には入っている」(トム・ヨーク談) 代表的なドイツ料理のザワークラウト(キャベツの漬物)から取られた「ドイツ人のロック」という意味のクラウトロックは、1960年代末から登場し、実験的なサウンドを追求し、現在のプログレッシブ・ロックやエレクトロ・ミュージックの基礎にもなっている。 ミニマル・ミュージック的な反復を特徴としたクラウト・ロックには「タンジェリン・ドリーム」「グル・グル」「カン」「ノイ!」「クラスター」「ファウスト」「クラフトワーク」などがある。 これらのクラウトロックにトム・ヨーク自身が影響を受けたことは有名である。 「劇中曲『Has Ended』は、僕が大好きなカンやファウストのアルバムなどを参考にして作ったとても長いピアノの音源が元になった曲だ。 ベルの音やボーカルのメロディーが僕にはすでに聴こえていた。 この曲を書いている前後に、トランプが大統領になってから初の演説を行った。 歌詞はとても政治的だ。 映画の中に兵隊が行進しているシーンがあり、それが全てと繋がって『もう二度とこんな間違いを犯さない。 もう二度とこんな間違いを犯さない』というフレーズが生まれた」 そう語るトム・ヨーク。 1977年という極左テロに揺れていたベルリンを舞台にした新生『サスペリア』 そこに流れる「もう二度とこんな間違いを犯さない」というトム・ヨークの静かな歌声は政治的でありながらも、人知を超えた力に翻弄された登場人物たちの気持ちを語っているようでもある。 新たな解釈によって生まれ変わった『サスペリア』 登場人物たちの残酷な運命と、あまりに美しい映像美。 そして物語にそっと寄り添うトム・ヨークの音楽を是非劇場で体感して欲しい。 1977年、ベルリンを拠点とする世界的に有名な舞踊団<マルコス・ダンス・カンパニー>に入団するため、スージー・バニヨンは夢と希望を胸にボストンからやってきた。 初のオーディションでカリスマ振付師マダム・ブランの目に留まり、すぐに大事な演目のセンターに抜擢される。 そんな中、マダム・ブラン直々のレッスンを続ける彼女のまわりで不可解な出来事が頻発、ダンサーが次々と失踪を遂げる。 一方、心理療法士クレンペラー博士は、患者であった若きダンサーの行方を捜すうち、舞踊団の闇に近づいていく。 出演:ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、ミア・ゴス、ルッツ・エバースドルフ、ジェシカ・ハーパー、クロエ・グレース・モレッツ 他 監督:ルカ・グァダニーノ『君の名前で僕を呼んで』 音楽:トム・ヨーク(レディオヘッド).
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