2003年3月、の政権が、イラクが大量破壊兵器を保持しているとして空爆および地上軍によって侵攻し、その政権を倒壊させた戦争。 アメリカ合衆国は国連安保理決議に基づかず、「テロとの戦争」の一環として、イギリスなどの 「有志同盟」による軍事行動として実行した。 5月には戦闘が終了、後にフセイン大統領を拘束し、新たなイラン政府も成立したが、その後もイラン情勢は安定せずにテロ活動がやまず、アメリカ軍・イギリス軍などが依然として駐留を続け、問題は長期化している。 特にイラクは1991年の後、フセイン政権は経済制裁を受けながら核開発疑惑に対する国連の査察を拒否しているとして、査察受け入れを強く要求した。 一方のイラクのサダム=フセイン大統領は、湾岸戦争後国内の反対勢力を厳しく弾圧し、ますます独裁権力を強めていた。 大量破壊兵器の開発を口実に 2002年7月、ブッシュ大統領は「イラクは排除されなければならない」と宣言、核査察の拒否が国連決議違反にあたることをその理由とし、パウエル国務長官が盛んに国連の場でイラクを糾弾した。 11月8日「国連決議1441号」が採択され、「1週間以内の査察を受け入れと30日以内にすべての大量破壊兵器に関する情報を開示」など、厳しい条件がイラクに提示された。 サダム=フセイン大統領はしぶしぶ査察受け入れを表明、査察団を受け入れたが、2003年1月の中間報告は「大量破壊兵器」の確証は得られなかった。 しかしアメリカは疑惑を払拭できないとして武力行使を決意、イギリスは同調したがフランス、ロシア、中国などは査察継続を主張して国連安保理は意見が一致しなかった。 しかし、ブッシュ大統領はイラクにおける人権抑圧とアルカーイダなどテロ組織との関係が強いことなどを理由として 先制攻撃論を掲げ、3月19日にフセイン大統領とその一族の国外退去を求め、それが実現しなければ軍事行動を行うという最終通告を行い、フセインが応じなかったため翌日、空爆を開始した。 イラク戦争の背景 国際的な非難にもかかわらず、アメリカ合衆国のブッシュ政権がイラク攻撃に踏み切った理由については、公式には「大量破壊兵器の隠匿」が「国連決議」に違反するということとされているが、その後、大量破壊兵器の存在は証明されておらず、アメリカ政府もすでに破棄されていたことを正式に認めた。 また国連決議についても、フランス・ドイツなどは査察の継続を主張して反対したため、その軍事行動は国連の平和維持活動(PKO)でも、国連決議による多国籍軍でもない、 アメリカ軍とイギリス軍など30数ヶ国の「有志連合」による一種の集団的自衛権の行使という形をとらざるをえなかった。 その背景には、政権内の 新保守主義(ネオコン)といわれる勢力(国防長官のラムズフェルドや、ブッシュ政権を支えていたウォルフォヴィッツ、ボルトンといった人たち)が台頭し、冷戦終結後のアメリカ合衆国のが強まった現れと見られる。 また、穿った見方としては、アメリカ合衆国が中東での 石油資源の独占を狙ったものであり、フランス、ロシアが反対したのはフセイン政権と石油利権を通じて結びついていたからだという説もある。 戦争の経緯 2003年3月20日、米軍はを空爆、ピンポイントでサダム=フセインの殺害をねらったが失敗した。 アメリカ合衆国のもくろみはサダム=フセインさえ殺害すれば、イラク国民が起ち上がるであろうという楽観的なものであった。 しかし、フセインはその後TVに顔を現して健在ぶりをアピール、同夜アメリカ軍とイギリス軍はクウェートから陸上部隊を侵攻させ、空爆も本格化させた。 イラク軍は想定以上の抵抗があったが、アメリカ軍は劣化ウラン弾やクラスター爆弾を投入してその抵抗力を抑え、4月4日にはバクダードに突入、9日には市民とアメリカ軍の手によってサダム=フセイン像が引き倒されて、フセイン政権は倒壊した。 5月1日にはイラク軍の組織的な抵抗は終わり、ブッシュ大統領は勝利宣言を行った。 自身はその後も潜伏を続け、同年12月にようやく捕捉された。 2005年10月からイラク高等法院で裁判に付され、2006年12月に死刑判決、ただちに処刑された。 イラク戦争と日本 アメリカ軍のイラク侵攻直後に小泉首相は支持を表明。 の検討に入り、本格的な戦闘の終了後の7月に「 イラク特措法」が成立し、2004年1月に陸上自衛隊・航空自衛隊を、「非戦闘地域」に限定した人道的復興支援を目的として派遣した。 4年間の時限立法であったので、2007年7月に2年間延長された。 この間、陸上自衛隊は2006年7月に撤収し、航空自衛隊は2008年度中に撤退する予定とされた。 NewS イラク博物館、6年ぶりの再開 サダム=フセイン政権が崩壊した03年4月、無政府状態に陥ったでは略奪・強盗が横行し、イラク国立博物館も襲撃の対象とされた。 約1万5千点が略奪され、密売目的で外国に持ち出された。 こうしてメソポタミア文明以来のイラクの貴重が文化財が離散するという事態となったが、その後、ヨルダン、シリア、アメリカなどから約6千点が返還され、2009年2月に博物館は部分的な再開にこぎつけた。 準備不足なのに一部再開に踏み切ったのは、治安回復をアピールする政府的決定だ、との超えもある。 <朝日新聞 09.02.25朝刊> NewS 大量破壊兵器の情報「捏造した」 2011年2月17日の新聞報道によると、イラク戦争開戦の根拠とされた大量破壊兵器の開発情報が捏造だったことが明白になった、という。 情報をもたらした亡命イラク人男性が、フセイン政権を倒すためにでっち上げたことを初めて認めたと英紙ガーディアンが16日付紙面で伝えた。 「カーブボール」の暗号名で知られる男性は、2000寝ん3月にドイツへの亡命が認められ、すぐにドイツ連邦情報局の当事者に協力を求められた。 サダム(フセイン大統領)追放のチャンスだと思い、トラックを使った可動式の生物兵器施設や秘密工場の話を捏造した。 男性は化学エンジニアとみなされていた。 03年、パウエル米国務長官が国連でイラクの兵器計画隠ぺいの「証拠」を貞治。 男性は自らでっちあげた生物化学兵器施設のイラストをパウエル氏が掲げていたことに衝撃を受けた。 その後ホテルに軟禁されている間にイラク戦争が始まったという。 大量破壊兵器は結局、見つからず、市民を含む10万人以上が犠牲になった。 男性は戦争による犠牲は悲しいとしつつも、「誇りに思う。 イラクに自由をもたらすには他に方法がなかった」と、「世紀の大うそ」を正当化した。 <以上 朝日新聞2011年2月17日の記事による>.
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イラク戦争はなぜおこったのか イラク戦争は なぜおこったのか なぜ戦争が起こったのか 「テロ事件ではっきりしたのは我々の脅威は今や核大国ではなく、テロ組織や大量破壊兵器の開発をもくろむ国だということだ」 これは、アメリカのブッシュ大統領の言葉です。 つまり、アメリカがイラクを攻撃したのは、イラクがテロ組織を支援し、大量破壊兵器を開発していて、そのことにより、アメリカに脅威をあたえているからということになります。 2001年にアメリカで起こった9.11事件では、たくさんの罪のない人々がなくなりました。 このような行為を許せないのは、当然です。 しかし、イラクが世界貿易センターの事件に関係していたという証拠はありませんし、国連の査察団は、イラクが大量破壊兵器を持っていることを確認できませんでした。 それどころか、つごうのいいように事実をねじまげて報道していたことが、示されるようになってきました。 では、ブッシュ大統領は、なぜ事実をねじまげてまでイラク攻撃を始めたのでしょう。 これについては、様々なことが言われています。 ブッシュ政権を動かすネオコン ブッシュ政権は、「ネオコン」とよばれる人々によって動かされていたと言われています。 ネオコンは、アメリカ型の民主主義を世界に広めることを国の目標にすべきで、そのためにはアメリカの強い軍事力を使うべきだと考える人たちです。 つまり、違った文化をもつ人々と互いに認め合いながら共に生きていこうとは考えない人たちです。 アメリカの外国に対する政策が強硬になっていったのは、ネオコンが政権の中で力をもったからです。 それから、ネオコンの人たちには、イスラエルとつながりのある人たちが多いようです。 当時のアメリカの政治には、これらの人たちが大きくかかわっていました。 イスラエルという国がつくられたときに、もともとそこにくらしていた多くのパレスチナ人は、土地や家を奪われ、難民となりました。 イスラエル軍により命を失う人も、後を絶ちません。 イスラエルのまわりには、そんなイスラエルに敵意をもつ国がいくつもあります。 そのひとつであるフセイン政権を倒し、イスラエルに敵対しない政権をつくることは、イスラエルにとってつごうのいいことです。 そのために、ネオコンの人たちがイラクにアメリカが攻め込むように仕向けていったという説があります。 イラクの石油がめあて アメリカは、世界でいちばん石油を使っている国で、イラクは多くの石油を持っている国です。 アメリカにとって、イラクでの石油の利権(石油を手に入れたり値段を決めたりできる力)を確保できることは非常に有利になることです。 そこで、イラク戦争のめあては、石油だという説もあります。 ここで、ブッシュ政権の閣僚たち(アメリカ政府の重要な位置にいる人たち)と関係のある企業をみてみましょう。 下のHPをクリックしてみましょう。 「石油」や「軍需」の文字がたくさんあるのに気づくでしょう。 ブッシュ政権の政策と閣僚の利益には関係がないはずがありません。 石油の取り引きをユーロで行うようにしたから 世界の取り引きの多くは、アメリカの通貨であるドルで行われ、イラクの石油の取り引きもドルで行われていました。 ところが、フセインは、2000年に石油の取り引きをヨーロッパの通貨であるユーロで行うようにしました。 どんどんそのような国が増えれば、世界の取り引きの中心の通貨であるドルの価値を下げ、アメリカの経済にとっては不利となることです。 そこで、フセイン政権を倒し、イラクの石油の取り引きをドルにもどすために、イラク戦争を始めたという説もあります。 世界の経済構造を変えるため 世界の経済は、アメリカ・イギリスを中心とした国々によって動いてきました。 しかし、これらの国では、もはやこれ以上経済的な発展は望めず、投資家たち(お金を企業に投資してもうけている人たち)にとっては、新たな経済構造が必要となってきました。 そこで、イラク戦争を起こし、アメリカを泥沼に追い込むことにより、アメリカの経済力を弱め、中国・インド・ブラジルなどの新しい経済活動の拠点を発展させるために、イラク戦争を起こしたという説もあります。 戦争の裏表 世界の大きなできごとには、表向きの理由と裏の理由があることはよくあることです。 今回の戦争も、表向きの理由の陰に様々な思惑があったことでしょう。 その思惑は、その人のおかれた立場で違います。 だから、イラク戦争にふみこみたいと考えた人たちの思惑は様々だったことでしょう。 だから、上のどの理由もはずれてはいないのでしょう。 しかし、結果はどのようになっているか、つまり、だれが得をしたかを見ておくことも大切なことです。 時代の流れとともに、新しい事実が浮上してくることでしょう。 それらの事実を照らし合わせながら、イラク戦争とはいったいなんであったのか、あなた自身が考えてください。 2003. 4 2010. 11更新.
次のアメリカ人はイラク戦争のことをなんとも思ってないんですか? イラク戦争って「イラクが大量破壊兵器を所持している」という大義名分でアメリカが侵略しましたよね。 結局それは嘘だったわけですけど、普通の国ならとんでもない過ちだったと思うんじゃないでしょうか。 実際力の空白が生まれて、アメリカはずっと兵隊の派遣を余儀なくされてるし、ISなんていうのも生まれました。 シリア内戦もイラク戦争関係してますよね? しかしアメリカはフセイン大統領を捕まえて処刑しています。 あと先日ブッシュやパウエル元国務長官がトランプを批判していましたが、よく戦争を起こした張本人が表舞台に出てこれるなと思います。 つまり表舞台に出て来ても問題ないということなので、国民はイラク戦争をそれほど悪いことだったとは思ってないんですかね? イラク戦争のことをなんとも思っていないでしょう。 「核兵器を隠し持っていてもおかしくない」という疑いだけで強行、 「結果としては間違いだったものの、抑圧されていたイラク市民を独裁者から解放してあげたのだ」 ぐらいに考えていることでしょう。 なお、アメリカがフセイン大統領を処刑したわけではありません。 イラクの法廷が判決を下して処刑、その画像などが出てくるほどの情報統制のデタラメっぷりです。 ブッシュ大統領は世界の警察として機能したと当時のアメリカは行為を正当化するでしょうし、半ば911テロの八つ当たりのようなイメージも否めません。 今のトランプ大統領は、世界の警察ではなく、アメリカ軍を撤退させて費用節約、あるいは多額の駐留費を引き出させることに執心していますが。
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