net 【球界平成裏面史 32 中日・落合監督解任騒動の巻 4 】平成23年(2011年)10月18日、中日が球団史上初のリーグ連覇を達成した。 一時は首位に10ゲーム差をつけられながらの逆転V。 落合博満監督の解任を機にチームが快進撃を続けて歓喜のゴールテープを切った。 胴上げの舞台となったのは横浜スタジアム。 落合監督は三塁ベンチで白井文吾オーナーとがっちり握手を交わした。 さらにベンチ裏への通路に向かう階段を上ろうとしたとき、坂井克彦球団社長から右手を差し伸べられるがサッとかわし拒否した。 この一部始終は本紙カメラマンによって激写され20日付の紙面に「不仲証拠写真」としてばっちりと掲載されている。 落合監督はこのときのことをのちに「あそこの通路は暗いから。 ちゃんと足元を見ないと危ないんだよ」と他意はないと苦笑いで説明したが、意図しての行為だということは明らかだった。 このあと東京都内のホテルで行われた優勝祝勝会の「ビールかけ」に坂井社長はナインと揃いのTシャツに身を包み参加。 しかし、そばに寄ってくる選手はまったくおらず。 坂井社長の周りだけ人がいない異様な光景が展開された。 さらに坂井社長がビールを自分の左手にかけたように見える映像がネット動画で中継され「ひとりぼっちビールかけ」とネットをざわつかせた。 この時点で坂井社長はいったい自分の身に何が起こっているのか、はっきりとは理解できていなかっただろう。 ネット中継を見ていたファンも「落合監督をクビにして選手に嫌われているのだろう」ぐらいの認識しかなかった。 しかし翌日のスポーツ紙の報道でその意味を知り騒然となる。 逆転Vの要因として各紙が「球団幹部の一人が中日の敗戦後にガッツポーズをしていたとの事実を選手が知ったから」「あれで流れが変わった」(落合監督)とこぞって報じたのだ。 N紙には自身の手記の中で明かし、S紙にはインタビューの中で「ガッツポーズ事件」の詳細を自ら切り出す形で話している。 驚きだったのは身内である中日スポーツの手記にもわずか2行ほどながらガッツポーズのことが掲載されたことだ。 親会社のスポーツ紙として監督の手記を載せないわけにはいかず、泣く泣く了承したのだという。 クビを切られた落合監督の坂井社長への怨念ともいえる行動だった。 この3紙はいずれも球団幹部、球団関係者と表記し、人物は特定していなかった。 しかし、デイリースポーツが坂井社長と実名報道。 このため各紙がぼかしていたガッツポーズをした人物が、坂井社長だったことが図らずも白日の下にさらされた。 「現場を軽視して、あれだけの実績ある落合監督へ敬意も払わずにクビを切った」という坂井社長へのイメージ、「あの社長ならばやったに違いない」「落合監督は被害者」といったムードが個人攻撃となりかねない「ガッツポーズ事件」の一斉報道につながったのだろう。 朝刊スポーツ紙に実名が出てしまったため、発行時間帯の遅い夕刊紙の立場として本紙も当初は球団幹部としていた記事を実名報道に切り替えることになった。 計21人を獲得したが、そのうち19人が社会人、大学、独立リーグ出身の即戦力候補。 だが、戦力になっているのは中継ぎの又吉克樹(25)くらいで、レギュラー格になった選手は1人もいない。 世代交代が進まず、高校生を獲得しないイビツなドラフトの悪影響が球団を弱体化させていると言える。 前出・球団関係者が顔をしかめる。 「落合氏には独特の理論があり、失敗の多い高校生を育てるよりも、確実な社会人などを取ったほうが補強になるというものです。 自身が大学、社会人と進んでプロで成功した体験からきているのでしょう。 しかもスカウトの意見は聞かず、外部の人間の意見を聞いたうえで独断で決めてしまうので、谷繁監督は過去2年間、ドラフトで誰が指名されるのか、直前まで知らなかった。 落合は谷繁になんの相談もせず決めるカス 当初、巨人は必ずしも清原獲得に熱心には見えなかったが、ある時点から急加速。 第1回の交渉の際には、獲得の場合、居場所を空けるため、落合を退団させると清原にほのめかしたという。 これがなぜか落合の耳に即座に届き、「俺は清原待ちか。 失礼な話だ」と怒りを爆発させ、その後、「フロントの誰かのクビが飛ぶぞ」とフロント批判もした。 これに対し、今度は渡辺社長が「余計なお世話だ。 24日には清原の巨人入団会見。 当初、落合が「長嶋監督の言い訳は聞きたくない。 あの人はさんさんと輝いている人だから」と拒否していた長嶋監督との話し合いが27日に極秘にもたれ、「残留」「退団」の2つの報道が飛びかう中で迎えたのが、28日だった。 落合博満は辞める時はいつもフロント批判。 自分は悪くないと主張.
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【球界平成裏面史 32 中日・落合監督解任騒動の巻 4 】平成23年(2011年)10月18日、中日が球団史上初のリーグ連覇を達成した。 一時は首位に10ゲーム差をつけられながらの逆転V。 落合博満監督の解任を機にチームが快進撃を続けて歓喜のゴールテープを切った。 胴上げの舞台となったのは横浜スタジアム。 落合監督は三塁ベンチで白井文吾オーナーとがっちり握手を交わした。 さらにベンチ裏への通路に向かう階段を上ろうとしたとき、坂井克彦球団社長から右手を差し伸べられるがサッとかわし拒否した。 この一部始終は本紙カメラマンによって激写され20日付の紙面に「不仲証拠写真」としてばっちりと掲載されている。 落合監督はこのときのことをのちに「あそこの通路は暗いから。 ちゃんと足元を見ないと危ないんだよ」と他意はないと苦笑いで説明したが、意図しての行為だということは明らかだった。 このあと東京都内のホテルで行われた優勝祝勝会の「ビールかけ」に坂井社長はナインと揃いのTシャツに身を包み参加。 しかし、そばに寄ってくる選手はまったくおらず。 坂井社長の周りだけ人がいない異様な光景が展開された。 さらに坂井社長がビールを自分の左手にかけたように見える映像がネット動画で中継され「ひとりぼっちビールかけ」とネットをざわつかせた。 この時点で坂井社長はいったい自分の身に何が起こっているのか、はっきりとは理解できていなかっただろう。 ネット中継を見ていたファンも「落合監督をクビにして選手に嫌われているのだろう」ぐらいの認識しかなかった。 しかし翌日のスポーツ紙の報道でその意味を知り騒然となる。 逆転Vの要因として各紙が「球団幹部の一人が中日の敗戦後にガッツポーズをしていたとの事実を選手が知ったから」「あれで流れが変わった」(落合監督)とこぞって報じたのだ。 N紙には自身の手記の中で明かし、S紙にはインタビューの中で「ガッツポーズ事件」の詳細を自ら切り出す形で話している。 驚きだったのは身内である中日スポーツの手記にもわずか2行ほどながらガッツポーズのことが掲載されたことだ。 親会社のスポーツ紙として監督の手記を載せないわけにはいかず、泣く泣く了承したのだという。 クビを切られた落合監督の坂井社長への怨念ともいえる行動だった。 この3紙はいずれも球団幹部、球団関係者と表記し、人物は特定していなかった。 しかし、デイリースポーツが坂井社長と実名報道。 このため各紙がぼかしていたガッツポーズをした人物が、坂井社長だったことが図らずも白日の下にさらされた。 「現場を軽視して、あれだけの実績ある落合監督へ敬意も払わずにクビを切った」という坂井社長へのイメージ、「あの社長ならばやったに違いない」「落合監督は被害者」といったムードが個人攻撃となりかねない「ガッツポーズ事件」の一斉報道につながったのだろう。 朝刊スポーツ紙に実名が出てしまったため、発行時間帯の遅い夕刊紙の立場として本紙も当初は球団幹部としていた記事を実名報道に切り替えることになった。 翌早朝、記者は横浜市内のホテルを引き揚げ大急ぎで名古屋へ向かった。 意図していなかったとはいえ、本人の主張も聞かず記事を掲載。 遅まきながら坂井社長に真偽のほどを確かめ、その主張を聞かなければならないと思ったからだ。 優勝が決まった翌日、ナゴヤドームでの試合前、名古屋市内の球団事務所で記者は坂井社長をつかまえることができた。 そのとき坂井社長は記者に対して怒りで顔を震わせながら迫った。
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【球界平成裏面史 33 中日落合監督解任騒動の巻 5 】平成23年(2011年)10月18日、中日は球団史上初のリーグ連覇を達成。 翌日のスポーツ紙で、最大10ゲーム差をひっくり返す逆転Vの原動力と報道されたのが坂井克彦球団社長の「敗戦ガッツポーズ」だった。 当時、落合博満監督の解任に動いていた坂井社長が、中日が負けた試合後にガッツポーズ。 これを知ったナインが「ふざけるな!」と奮起し「あれで流れが変わった」(落合監督)というものだ。 果たしてガッツポーズは本当にあったのか。 坂井社長がしたとされた場面は2説ある。 9月6日のナゴヤドームの巨人戦と同18日の東京ドームでの巨人戦の試合後。 当時のスポーツ紙などの記事では「ナインや多くのチーム関係者が目撃」とされているが、これは事実ではない。 「目撃した」と言われていた選手、球団関係者は後に総じて「自分が見たわけじゃなく噂を聞いただけ」と主張。 チームの中に実際に目にしたと言っている人物は一人もいなかったのだ。 「ガッツポーズを見た」と証言しているのは2人の人物。 6日の試合の目撃者はスポーツ紙の記者、18日の試合は放送関係者といずれもマスコミの人間だった。 球場は違うが、目撃場所はともに試合後の関係者通路。 人気カードの巨人戦で試合後はマスコミなど関係者でごった返す場所でもある。 多くの人の中で1人だけが目撃したというのは少々解せない。 「敗戦ガッツポーズ事件」は優勝翌日の10月19日にデイリースポーツが実名報道。 夕刊紙の特性上、本紙も実名で追随することになった。 実名で報道した以上、坂井社長の主張も載せなければアンフェアだと、記者は罵声を浴びせられるのを覚悟で直撃。 「そんな記憶はない。 ウソ発見器にかけてもらってもいい」との坂井社長の反論を10月21日付の本紙に掲載した。 ただこの記事には書いていないが、直撃したとき明らかに怒りに満ちていた坂井社長は、顔を震わせながら記者にこう迫っていた。 「私の主張なんか載せてくれなくていい! とにかく謝ってくれ。 あんなにひどいことを書いたんだから、私に謝ってくれ!」。 何度も謝罪を要求されたが記者は「話も聞かずに実名で報道したことは謝りますが、記事の内容を謝ることはできません」と突っぱねた。 その日、試合後のナゴヤドームのグラウンドではリーグ優勝の記念撮影。 坂井社長がグラウンド内に足を踏み入れると新聞を読んだであろうファンから「坂井辞めろ!」「坂井許さねえぞ!」「死ね!坂井」と容赦のない、聞くに耐えない罵詈雑言が浴びせられた。 撮影を終え、グラウンドから引き揚げた坂井社長は通路で記者を見つけると「ごらんの通り」とばかりに手のひらを上に向け、悲しげな笑顔を見せた。 さすがにいたたまれなくなった記者が思わず頭を下げると、肩をポンと叩きその場を立ち去った。 その後、中日球団はデイリースポーツの「ガッツポーズ報道」に対して猛抗議。 白井文吾オーナーが烈火のごとく怒ったという。 デイリーは10月29日付の紙面で「本人確認という基本を怠った記事でご迷惑をおかけした」と謝罪記事を掲載。 ただ同じく実名報道した本紙におとがめはなかった。 後で聞いた話だが、中日新聞の関係者も不思議に思ったらしい。 「なぜ中京スポーツ(東スポ)には抗議しないのか」と坂井社長を問いただすと「あそことは手打ちにした」と答えたという。 この年は東日本大震災の影響で開幕が遅れ、日本シリーズが11月にずれ込んだ。 10月いっぱいで契約を終えている落合監督の11月以降の給料は年俸3億3000万円の日割りで決まったが、落合監督は優勝出来高の5000万円を加えた3億8000万円の日割りを主張して譲らず。 その都度、フロントは白井オーナーにお伺いを立て頭を下げ、了承してもらうなど奔走するはめとなった。 落合監督の解任でヒーローとなるはずが、悪玉に仕立て上げられ、心身ともに最後の最後まで苦しめられたフロント陣。 希代の名将のクビを切った代償はとてつもなく高くついた。 【移動に関する感染対策】 ・感染が流行している地域からの移動、感染が流行している地域への移動は控える ・帰省や旅行はひかえめに 出張はやむを得ない場合に ・発症したときのため誰とどこで会ったかをメモにする ・地域の感染状況に注意する• 3 日常生活の各場面別の生活様式 【買い物】 ・通販も利用 ・1人または少人数ですいた時間に ・電子決済の利用 ・計画を立てて素早く済ます ・サンプルなど展示品への接触は控えめに ・レジに並ぶときは前後にスペース• 【公共交通機関の利用】 ・会話は控えめに ・混んでいる時間帯は避けて ・徒歩や自転車利用も併用する• 【食事】 ・持ち帰りや出前 デリバリーも ・屋外空間で気持ちよく ・大皿は避けて料理は個々に ・対面ではなく横並びで座ろう ・料理に集中 おしゃべりは控えめに ・お酌 グラスやお猪口の回し飲みは避けて• 【娯楽 スポーツ等】 ・公園はすいた時間や場所を選ぶ ・筋トレやヨガは自宅で動画を活用 ・ジョギングは少人数で ・すれ違うときは距離をとるマナー ・予約制を利用してゆったりと ・狭い部屋での長居は無用 ・歌や応援は十分な距離かオンライン• 【冠婚葬祭などの親族行事】 ・多人数での会食は避けて ・発熱やかぜの症状がある場合は参加しない.
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