竹 取 物語 解説。 考察の余地あり、謎多き『竹取物語』を5つのキーワードで解説!

竹取物語

竹 取 物語 解説

なりまさる=ますます~となっていく。 まさる=ラ行四段動詞「増さる」の連体形、増える、強まる この子は、育てるにつれて、すくすくと大きく成長していく。 三月ばかりになるほどに、よきほど なる人になり ぬれ ば、髪上げなど さうして、髪上げ させ、 裳 も 着 す。 さうし=サ変動詞「相す」の連用形、あれこれ手配する させ=使役の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。 「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。 三か月ほど経つうちに、人並みの背丈である人になってしまったので、髪上げなどの儀式をあれこれと手配して、髪を結い上げさせ、裳を着せる。 ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形 いつき=カ行四段動詞「傅く(いつく)」の連用形、髪に仕えるように大切に育てる 几帳の中からも出さず、大切に育てる。 この児の かたち けうらなること 世になく、屋の内は暗き所なく光満ち たり。 かたち=名詞、姿、外形、顔つき けうらなる=ナリ活用の形容動詞「清らなり」の連体形、美しい 世になく=ク活用の形容詞「世になし」の連用形、この世にいない。 この上ない、またとない。 身分が低い。 たり=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形 この子の容貌の清らかで美しいことはこの世に比べるものもないほどで、家の中は暗い所もないぐらい光が満ちている。 翁、心地 あしく苦しき時も、この子を見れ ば、苦しき事も止み ぬ。 腹立たしきことも慰み けり。 あしく=シク活用の形容詞「悪し」の連用形。 ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形 けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形 翁は、気分が悪く苦しい時も、この子を見ると、苦しい気持ちもおさまってしまう。 腹立たしい気持ちも慰むのだった。 翁、竹取ること久しくなり ぬ。 勢い猛の者になり に けり。 ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形 に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形 けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形 翁は、竹を取ることが長く続いた。 勢力の盛んな者になった。 この子いと大きになり ぬれ ば、名を 三室 みむろ 戸 と 斎部 いむべ の 秋田 あきた を呼びてつけ さす。 さす=使役の助動詞「さす」の終止形、接続は未然形。 「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。 この子がたいそう大きくなったので、名前を三室戸斎部の秋田を呼んで名付けさせる。 秋田、なよ竹のかぐや姫とつけ つ。 つ=完了の助動詞「つ」の終止形、接続は連用形 秋田は、なよ竹のかぐや姫と名づけた。 このほど三日 うちあげ遊ぶ。 よろづの遊びを ぞ し ける。 うちあげ=ガ行下二段動詞「うちあぐ」の連用形、宴会を開く ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び。 し=サ変動詞「す」の連用形、する ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。 係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。 係り結び。 係り結びとなる係助詞は「ぞ・なむ・や・か・こそ」とあるが、「ぞ・なむ・や・か」の結びは連体形となり、「こそ」の結びは已然形となる。 「ぞ・なむ・こそ」は強調の意味である時がほとんどで、訳す際には無視して訳す感じになる。 「よろづの遊びをぞしける。 」 この時三日間、宴会を開いて管弦の遊びをした。 あらゆる管弦の遊びをした。 男はうけきらは ず呼び集つどへて、いと かしこく遊ぶ。 ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形 かしこく=ク活用の形容詞「畏し/賢し(かしこし)」の連用形。 連用形だと「たいそう、非常に」の意味。 その他の意味として、恐れ多い、尊い。 もったいない、かたじけない。 賢い、優れている。 男はだれかれかまわず呼び集めて、たいそう盛大に管弦の遊びをする。 世界の男、 あてなるもいやしきも、 いかでこのかぐや姫を得 てしかな、見 てしかなと、 音に聞き めでて惑ふ。 あてなる=ナリ活用の形容動詞「貴なり(あてなり)」の連体形、身分が高い、高貴である。 上品だ、優雅だ。 いかで=副詞、願望を表す、なんとかして、どうにかして てしかな=願望の終助詞、~たいなあ 音に聞く=うわさに聞く。 有名である。 めで=ダ行下二段動詞「めづ」の連用形、愛する、心惹かれる。 褒める、賞賛する 世の中の男は、身分が高い者も低い者も、どうにかしてこのかぐや姫を妻にしたいものだ、見たいものだと、うわさに聞き、心惹かれて思いが乱れる。 ひとつ前はこちら 原文・現代語訳のみはこちら -.

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竹取物語/かぐや姫【あらすじ・現代語訳・簡単な要約・読書感想文・解説】

竹 取 物語 解説

「美しい姫君が満月の夜に月へと帰っていく物語」と聞いて、皆さんは何をイメージしますか? 言わずもがな、このあらすじは 『竹取物語』です。 中学生の時に「今は昔、竹取の翁といふもの有りけり」という書き出しをテストのために必死に暗記した……という人や、童話として要約された「かぐやひめ」を絵本で読んだという人も多いはず。 さらに2013年にはスタジオジブリが『竹取物語』を原作にしたアニメーション映画「かぐや姫の物語」を公開しています。 時代を問わず、日本人にとって馴染み深い「竹取物語」ですが、 実ははっきりとした作者やかぐや姫の正体など、未だ解明されていない謎ばかり。 その余白を埋めるかのように、今も昔もさまざまな作家が現代語訳に挑んでいるのです。 今回はそんなミステリアスな魅力が詰まった『竹取物語』を解説します。 『竹取物語』に込められた、政治的なメッセージとは。 『竹取物語』を端的に言えば、「結婚したくないあまり、男たちに無理難題を叩きつけて、挙句の果てには生まれた場所へ帰る女の話」です。 この物語に秘められた謎に迫るために、まずは今一度あらすじを振り返ってみましょう。 竹を取って日々の暮らしを立てていた翁はある日、竹林の中で光り輝く竹を見つけます。 光り輝く竹にいた、小さく可愛らしい女の子を我が子として育て始めた翁の夫婦。 すくすくと育った女の子はやがて「なよ竹のかぐや姫」と名付けられ、その美しさは瞬く間に噂が広がります。 かぐや姫の美しさに心を奪われ、求婚してきた5人の貴族たち。 彼らに対し、かぐや姫は「私が言った物を持ってきた方と結婚します」と伝えるものの、それらはどれも珍しい品であり、貴族たちは誰もかぐや姫の難題をこなすことはできませんでした。 結婚に対し頑なに断り続けるかぐや姫は、帝からの求めにすら応えません。 そうして3年もの月日が流れた頃、月を見て物思いにふけるかぐや姫は翁に 「月の都の人であること」、「迎えが来たら月へ帰らなければいけないこと」を告げます。 月の都の者に立ち向かおうと兵を集めた帝でしたが、いざ迎えに来た月の都の王の前では誰もが無力でした。 翁夫婦と帝に手紙と不死の薬を残し、月へと帰っていくかぐや姫。 残していった不死の薬を帝が天に最も近い山(不死の山=富士の山)で燃やしたところ、その煙は今も天に立ち昇っている……といったところで物語は幕を閉じます。 『竹取物語』は、同じ平安時代に書かれた『源氏物語』の作中にも 「物語の出で来はじめの 祖 おやなる竹取の翁」とあるように、日本文学史において重要な存在とされています。 その理由は、月からやってきたかぐや姫を描いた物語の要素、かぐや姫と貴族たちによる和歌のやり取りを描いた歌物語の要素を含んでいる点からも、うかがうことができます。 そんな『竹取物語』の作者は、「文字の読み書きができた」、「歌の知識や才能があった」、「貴族の実情を知っていた」という手がかりから 『土佐日記』の作者である紀貫之、優れた和歌を多く詠んだ菅原道真などさまざまな説が唱えられていますが、今なお決定的な根拠は見つかっていません。 ただひとつ言えるのは、当時の権力者である藤原氏に不満を持っていた人物であることです。 『竹取物語』にはかぐや姫に結婚をせまる5人の貴族が登場しますが、江戸時代の国文学者・加納 諸平 もろひらはそれぞれの名前が実在の貴族たちを連想させていると指摘しました。 実際に比較してみると、 阿部御主人 あべのみうらじが火鼠の皮衣を要求された 右大臣阿部御主人 うだいじんあべのみうらじ、 大伴御行 おおとものみゆきが龍の首の玉を要求された 大納言大伴御行 だいなごんおおとものみゆきに当てはまることがわかります。 そして、物語中の貴族たちはいずれもかぐや姫からの条件を満たせないどころか、怪我をしたり、命を落とすなど散々な目にあっています。 これは絶大的な権力を持っていた貴族を批判することが許されなかった時代に、 物語という創作の場で密かに不満を記していた……ということでもあります。 『竹取物語』は単なる物語ではなく、当時の政治を批判するものでもあったのです。 かぐや姫は宇宙人?その根拠はこんなところにあった。 物語の祖である『竹取物語』。 後世において 「日本最古のSF」とされる見方も出ていますが、その根拠は、いずれもかぐや姫の描写に由来しています。 それどころか、 かぐや姫は月からやってきた宇宙人だというトンデモ説があるのです。 根拠のひとつは、 かぐや姫が育つ早さ。 かぐや姫は翁夫婦のもとで育てられ始めますが、3ヶ月ほどで一人前の大きさとなり、現在でいう成人式のような儀式、髪上げを行っています。 翁と出会った時は「三寸ばかり」(およそ9センチメートル)であったかぐや姫が、たった3ヶ月で成人を迎えるほどに成長するのは、確かに普通の人間であれば考えられないことでしょう。 また、貴族たちとの出来事の後にかぐや姫は帝から誘いを受けますが、ただただ断り続けます。 思いが募ったあまり、帝は不意をついてかぐや姫を連れ出そうとした場面では不思議なことが起こります。 帝、「などかさあらむ。 猶 なお 率 ゐておはしまさむ」とて、神輿を寄せ給ふに、 このかぐや姫、きと影になりぬ。 はかなく、口惜しと思(おぼ)して、「げにただ人にはあらざりけり」とおぼして、「さらば 御共 おんともには 率 ゐていかじ。 もとの御かたちとなり給ひね。 それを見てだに還りなむ」と仰せらるれば、かぐや姫もとのかたちになりぬ 帝は「どうしてそんなことがあろう。 やはり連れて行こう」と神輿を屋敷に寄せた途端、 かぐや姫はぱっと幻になって消え失せてしまった。 帝は「ああ、はかなく消えてしまった。 残念だ。 このお方は本当にただの人ではなかったのだ」とお思いになった。 「それならば無理にあなたを連れていくことはしません。 どうか元のお姿に戻ってください。 最後にせめてその姿を見て帰ります」。 帝がそうおっしゃると、かぐや姫は再び姿を現した。 瞬時に身を隠した後、再び姿を現わすことも、普通の人間であればできるわけがありません。 そしてその様子を目の当たりにした帝もかぐや姫を「ただの人ではなかったのだ」と思っています。 そしてかぐや姫が月に帰る場面では「迎えが来たら長い爪で眼を掴んでやる」と意気込んでいた翁もなす術無くひれ伏すばかりでした。 かぐや姫の故郷、月の都の住人は人の心を操る力を持っていたのです。 これらの根拠から「かぐや姫は月からやってきた宇宙人」という説は生まれたとされています。 あくまでも『竹取物語』は作り物語ではありますが、後世においてもユニークな説が登場しているのは、それだけ読者の心を掴んで離さない魅力があるからなのでしょう。 現代の作家が訳した、それぞれの『竹取物語』。 『竹取物語』はこれまでにも多くの現代語訳がされ、読み継がれてきました。 小説家も翻訳に挑み、それぞれの個性が強く見られるものを発表しています。 川端康成が小説家の立場から読み解く、『竹取物語』の魅力。 竹取物語は、小説として、発端、事件、葛藤、結末の四つがちゃんと揃っている。 そしてその結構にゆるみがないこと、描写がなかなか 溌剌 はつらつとしていて面白いこと、ユーモアもあり悲哀もあって、また勇壮なところもあり、結末の富士の煙が今も尚点に昇っているというところなど、一種象徴的な美しさと永遠さと悲哀があっていい。 しかし何よりもいいのはやはりその文章である。 川端訳の『竹取物語』は、洗練された文章が会話文から特に伝わります。 貴族たちとの結婚についてかぐや姫を翁が説得する場面は「読んでいてホロリとさえする位である」と川端も絶賛。 「しかし爺が、あなたをこれほどまで大きゅうお育て申し上げた心持をどうかおくみ取り下すって、爺の申すことを一つお聞き取り願えませんでしょうか。 」 そう云うと、かぐや姫は、 「あら。 どんなことでもおきき申しますが、わたしが変化の者などということは、今の今までつい知りもしませず、わたしは、只もう一途に、あなたを生みの親とばかり存じておりましたわ。 」 この会話から「自分の子ではないが、ここまで育てた苦労に免じてどうか私のお願いを聞いてください」と下手に出る翁に対し、かぐや姫は「ええ、なんでも聞きますとも。 てっきり私は今まであなたを本当の親とばかり思っていましたわ」とばかり、しんみりと返します。 本当の親子ではないものの、ふたりの美しいやりとりは川端だったからこそ、原文から魅力を損なわずに伝えられたといえます。 途中で作者が登場?日本SFの先駆者、星新一による不思議な温度感。 書き出しの「野山にまじりて竹をとりつつよろずのことに使いけり」の部分が、「野や山に出かけて、竹を取ってきて、さまざまな品を作る。 笠、竿、笊(ざる)、籠、筆、箱、筒、箸。 筍は料理用。 そのほか、すだれ、ふるい、かんざし、どれも竹カンムリの字だ。 」と、ユニークな文体で書かれています。 星新一版『竹取物語』の最も特徴的なのは、 要所要所で星のコメントが入るところにあります。 「ちょっとひと息」、「やれやれですね」と、まるで星の語りをその場で聞いているかのよう。 もともと『竹取物語』は口頭で語り継がれた口承文学でしたが、その要素が強く表れている現代語訳であると言えます。 星によるコメントも「発明王エジソンが日本から取り寄せた竹を使って電球を作った話」や、太宰治の『お伽草子』の一部「カチカチ山」の引用をもとに「無慈悲な女に惚れてしまった善良な男」の滑稽さを語るなど、実に多方面に渡ります。 ただの現代語訳にとどまらないのは、ショートショートで豊かな想像力を発揮していた星ならではでしょう。 合わせて読みたい: 阿呆な男たちが悪女に振り回される。 『竹取物語』を現代風に描いた森見登美彦。 結婚したくないあまり無理難題を突きつけるかぐや姫の悪女ぶりと、なんとしても要求に応えて自分のものにしてやろうと意気込む貴族たちの戦いも、森見のひょうひょうとした言葉選びにより、どこか痛々しい勘違い男の滑稽ぶりが際立つものとなるのです。 かぎりなき思ひに焼けぬ皮衣袂かわきて今日こそは着め 僕の身を焦がすアツアツの恋心にも この火鼠の皮衣は焼けたりなんかしないのさ 君と結ばれる今日は袂を涙で濡らすこともないしね それが特に顕著に見られるのは、貴族たちがかぐや姫へと贈る歌。 「欲しかったのはこれだろう? お安い御用さ」と一時のハイテンションでしたためたドヤ顔のメッセージを突きつける様子は、読んでいてクスクスと笑いだしてしまいそうなほど。 「秀才バカ」や「世間知らずのボンボン」など、「いるいる!」と思わず同意してしまうであろう、勘違い男たちにも注目です。 合わせて読みたい: わからないことばかりだからこそ、『竹取物語』は面白い。 『竹取物語』は翁とかぐや姫との親子愛、貴族たちの顛末を滑稽に描いた面白さ、月に帰っていく際の悲哀と、ひとつの物語に見所がぎゅっと詰まった作品です。 それだけでなく、作者不詳であることをはじめとする『竹取物語』の謎も読者を惹きつける魅力といえるでしょう。 成立した時代では全く想定されていなかったであろう、 「日本最古のSF作品」という見方も、後世の人々が新たな解釈で物語を読み解こうとしたことから生まれたのです。 この作品が現存最古の物語として、今も多くの人に読み継がれているのは、それだけ興味をそそられるからこそ。

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竹取物語『なよ竹のかぐや姫/かぐや姫の生い立ち』解説・品詞分解(2)

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「黒=原文」・ 「赤=解説」・ 「青=現代語訳」 原文・現代語訳のみはこちら 立て る人どもは、装束(しょうぞく)のきよらなること、ものにも 似ず。 飛ぶ車一つ 具(ぐ)し たり。 羅蓋(らがい)さし たり。 立て=タ行四段動詞「立つ」の已然形、立つ、起立する。 「立つ」はタ行下二段動詞でもあり、その時は「立てる、立たせる」という意味になる る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 似=ナ行上一動詞「似る」の未然形。 持っている たり=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形。 もう一つの「たり」も同じ。 (空中に)立っている人たちは、衣装が華やかで美しいことは、比べるものがない。 空を飛ぶ車を一台用意している。 (車には)薄絹を張った傘をさしかけてある。 その中に、王と おぼしき人、家に、「造麻呂(みやつこまろ)、 まうで来(こ)。 」と言ふに、猛(たけ)く思ひ つる造麻呂も、ものに酔ひ たる心地して、うつぶしに伏せ り。 おぼしき=シク活用の形容詞「おぼし」の連体形、思われる、見受けられる まうで来(こ)=カ変動詞「まうで来(く)」の命令形、「来」の謙譲語、動作の対象である王とおぼしき人を敬っている。 王と思しき人からの敬意である。 自尊敬語 つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形 たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形 り=完了の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 その中に王と思われる人が、家に向かって、「造麻呂(みやつこまろ・かぐや姫の育ての親である翁(おきな))、出て参れ。 」と言うと、意気込んでいた造麻呂も、何かに酔った気分になって、うつ伏せに伏した。 いはく、「汝(なんぢ)、幼き人。 いささかなる功徳(くどく)を、翁(おきな)つくりけるによりて、汝が助けにとて、かた時のほどとて下し しを、 そこらの 年ごろ、 そこらの黄金 賜(たま)ひて、身を変へ たるが ごとなり に たり。 し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形 そこら=副詞、多く、たくさん 年ごろ=名詞、長年、長い間 賜ひ=ハ行四段動詞「賜ふ」の連用形。 「与ふ」の尊敬語。 天がお与えになったということ。 王とおぼしき人が天を敬っている。 たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形 ごと=比況の助動詞「ごとし」の語幹。 ~のように に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形 たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形 (その王と思しき人が)言うには、「お前、愚かな者よ。 わずかばかりの善行を、翁が積んだので、お前の助けにと、ほんのわずかな期間と思って(かぐや姫を下界である地上へ)下したが、長年の間、(天が翁に)多くの黄金をお与えになり、別人に変ったように(裕福に)なった。 かぐや姫は罪をつくり たまへ り けれ ば、 かく賤しきおのれがもとに、しばし おはし つる なり。 たまへ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の已然形、尊敬語。 動作の主体(罪を作った人)であるかぐや姫を敬っている。 斯く(かく)=副詞、このように、こう おはし=サ変動詞「おはす」の連用形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形 なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形 かぐや姫は罪をお作りになったので、このように身分の賤しいお前のもとに、しばらくの間いらっしゃったのである。 罪の限り 果て ぬれ ば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く。 あたは ぬこと なり。 はや返 したてまつれ。 」と言ふ。 あたは=ハ行四段動詞「能(あた)ふ」の未然形、(たいてい下に打消しを伴って)できる ぬ=打消しの助動詞「ず」の連体形、接続は未然形 なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形 たてまつれ=補助動詞ラ行四段「奉る」の命令形、謙譲語。 動作の対象である天人を敬っている。 自尊敬語 罪を償う期限が終わったので、こうして迎えるのをお前は泣いて嘆き悲しむ。 (それでも、かぐや姫を引きとめることは)できないことだ。 早くお返しなさい。 」と言う。 翁答へて 申す、「かぐや姫を養ひ たてまつること二十余年になり ぬ。 『かた時』と のたまふに、あやしくなり はべり ぬ。 申す=サ行四段動詞「申す」の連体形、「言ふ」の謙譲語。 動作の対象(言われる人)である天人を敬っている たてまつる=補助動詞ラ行四段「奉る」の連体形、謙譲語。 動作の対象であるかぐや姫を敬っている。 ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。 もう一つの「ぬ」も同じ のたまふ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の連体形。 「言ふ」の尊敬語。 おっしゃる。 動作の主体である天人を敬っている。 はべり=補助動詞ラ変「侍(はべ)り」の連用形、丁寧語。 言葉の受け手(聞き手)である天人を敬っている。 敬語を使った翁からの敬意。 英語で言う助動詞「canやwill」みたいなもの。 英語だと、「need」には助動詞と通常の動詞としての用法があるが、「候ふ・侍り」も意味は違うがこれみたいなもの 翁が答えて申し上げるには、「かぐや姫を養い申し上げること二十年あまりになりました。 (それなのにあなたは)『かた時(わずかな期間)』とおっしゃるので、疑問に思いました。 また異所(ことどころ)にかぐや姫と申す人 ぞ おはす らむ。 」と言ふ。 ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び おはす=サ変動詞「おはす」の終止形、「あり」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 らむ=現在推量の助動詞「らむ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。 係り結び また別の所にかぐや姫と申す人がいらっしゃるのでしょう。 」と言う。 「ここに おはするかぐや姫は、重き病をし たまへ ば、 え出で おはします まじ。 」と 申せ ばその返りごとはなくて、 おはする=サ変動詞「おはす」の連体形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 たまへ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の已然形、尊敬語。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」 おはします=サ行四段動詞「おはします」の終止形。 「おはす」より敬意が高いもの。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 まじ=打消推量の助動詞「まじ」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形) 申せ=サ行四段動詞「申す」の已然形、「言ふ」の謙譲語。 動作の対象(言われる人)である天人を敬っている。 」と(翁が)申し上げると、その返事はなくて、 屋(や)の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫、穢(きたな)き所に、 いかで か久しく おはせ む。 」と言ふ。 いかで=副詞、(反語で)どうして か=反語の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び おはせ=サ変動詞「おはす」の未然形、「あり」の尊敬語。 いらっしゃる、おられる、あおりになる。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 む=意志の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 係助詞「か」を受けて連体形となっている。 係り結び。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 屋根の上に空飛ぶ車を寄せて、「さあ、かぐや姫、けがれたところに、どうして長い間いらっしゃるのですか。 (帰りましょう。 )」と言う。 立て籠め たる所の戸、すなはちただ開き に開き ぬ。 格子どもも、人はなくして開き ぬ。 嫗(おうな)抱きて ゐ たるかぐや姫、外に出で ぬ。 たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。 もう一つの「たる」も同じ に=格助詞、強調。 同じ動作を重ねて強調する。 「斬り に斬りけり。 後の二つの「ぬ」も同じ ゐ=ワ行上一動詞「居(ゐ)る」の連用形。 格子なども、人がいないのに開いてしまった。 媼(お婆さん)が抱いていたかぐや姫は、外に出てしまった。 えとどむ まじけれ ば、ただ さし仰ぎて泣き をり。 え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」 まじけれ=打消推量の助動詞「まじ」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 「不可能の予測」という意味でも良いかもしれない。 さし仰ぎ=ガ行四段動詞「さし仰ぐ」の連用形。 「さし」は接頭語であり、あまり気にしなくて良い。 をり=ラ変動詞「居(を)り」の終止形 (媼は)とどめることが出来そうもないので、ただ(かぐや姫を)仰ぎ見て泣いている。 竹取心惑ひて泣き伏せ る所に寄りて、かぐや姫言ふ、「 ここにも心にもあら で かく まかるに、昇ら むを だに見送り たまへ。 」と言へ ども、 る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 ここ=代名詞、私、ここ、あなた で=打消の接続助詞、接続は未然形。 斯く(かく)=副詞、このように、こう まかる=ラ行四段動詞「まかる」の連体形、謙譲語。 退出する。 む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。 だに=副助詞、強調:(せめて)~だけでも。 類推:~さえ たまへ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の命令形、尊敬語。 動作の主体である竹取の夫妻を敬っている ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形に付く。 接続助詞「を・に・ば・ど・も・ども・が」があるとその後に続く文章において主語が変わる可能性がある。 読点の直前に「をにばばどもが」の文字のどれかがあれば主語が変わるかもしれないと思えばよい。 竹取の翁が心を乱しているところに近寄って、かぐや姫が言うことには、「私においても、心ならずもこのように(月の世界に)帰るのですから、せめて空へ昇るのを見送りなさってください。 」と言うけれども、 「 なにしに悲しきに見送り たてまつら む。 我をいかに せよとて、捨てては昇り たまふ ぞ。 具して 率(ゐ)て おはせ ね」と泣きて伏せ れ ば、御心惑ひ ぬ。 何為に(なにしに)=副詞、(反語で)どうして~か(。 いや、ない)。 なんのために。 たてまつら=補助動詞ラ行四段「奉る」の未然形、謙譲語。 動作の対象であるかぐや姫を敬っている。 む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 せよ=サ変動詞「す」の命令形。 する たまふ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の連体形、尊敬語。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている ぞ=係助詞。 問いただす意味で使われている。 具し=サ変動詞「具(ぐ)す」の連用形、引き連れる、伴う。 持っている 率(ゐ)=ワ行上一動詞「率(ゐ)る」の連用形。 率(ひき)いる、引き連れていく。 おはせ=補助動詞サ変「おはす」の未然形、尊敬語。 動作の主体であるかぐや姫を敬っている。 接続助詞「を・に・ば・ど・も・ども・が」があるとその後に続く文章において主語が変わる可能性がある。 ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形 (翁は)「どうして悲しいのにお見送り申し上げようか。 私をどのようにしろと言って、見捨てて昇天なさるのですか。 一緒に連れてお行きになってください。 」と泣き伏しているので、(かぐや姫の)お心が乱れてしまった。 「文を書き置きて まから む。 恋しから む 折々、取り出でて見 たまへ」とて、 うち泣きて書く言葉は、 まから=ラ行四段動詞「まかる」の未然形、謙譲語。 退出する。 む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 恋しから=シク活用の形容詞「恋し」の未然形 む=婉曲あるいは仮定の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。 折々=名詞、その時々、そのつど たまへ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の命令形、尊敬語。 動作の主体である竹取の夫妻を敬っている。 うち泣き=カ行四段動詞「うち泣く」の連用形。 「うち」は接頭語であまり気にしなくてもよい。 「手紙を書き残して参りましょう。 (私を)恋しく思う折々に、取り出してご覧ください。 」と言って、泣いて書く(かぐや姫の手紙の)言葉は、 「この国に生まれ ぬると なら ば、嘆か せ 奉ら ぬほどまで 侍ら む。 せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。 「す」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。 奉ら=補助動詞ラ行四段「奉る」の未然形、謙譲語。 動作の対象である竹取の夫妻を敬っている。 ぬ=打消しの助動詞「ず」の連体形、接続は未然形 侍ら=ラ変動詞「侍(はべ)り」の未然形、謙譲語、おそばにいる、お仕え申し上げる。 英語で言う助動詞「canやwill」みたいなもの。 英語だと、「need」には助動詞と通常の動詞としての用法があるが、「侍り」も意味は違うがこれみたいなもの む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 「この国に生まれたというのならば、(あなたを)嘆かせ申し上げないときまでおそばにいるでしょう。 過ぎ別れ ぬること、返す返す 本意(ほい)なく こそ おぼえ 侍れ。 ぬる=完了の助動詞「ぬ」の連体形、接続は連用形 本意なく=ク活用の形容詞「本意(ほい)なし」の連用形、不本意だ、残念だ。 「本意」の意味は「本来の意志・かねてからの願い」 こそ=強調の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び おぼえ=ヤ行下二段動詞「思ゆ(おぼゆ)」の連用形。 「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。 「(自然と)思われる」 侍れ=補助動詞ラ変「侍(はべ)り」の已然形、丁寧語。 聞き手である竹取の夫妻を敬っている。 係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。 係り結び (なので、こうして)去り別れてしまうことは、返す返すも残念に思われます。 脱ぎ置く衣を、形見と見 給へ。 月の出で たら む夜は、 見おこせ 給へ。 給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の命令形、尊敬語。 動作の主体である竹取の夫妻を敬っている。 もう一つの「給へ」も同じ たら=存続の助動詞「たり」の未然形、接続は連用形 む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。 見おこせ=サ行下二動詞「見遣す(みおこす)」の連用形。 こちらを見る。 脱いで置いていく衣を私の形見としてご覧ください。 月の出ているような夜は、(私のいる月を)ご覧ください。 見捨て 奉りて まかる空よりも、落ち ぬ べき心地する。 」と書き置く。 奉り=補助動詞ラ行四段「奉る」の連用形、謙譲語。 動作の対象である竹取の夫妻を敬っている。 まかる=ラ行四段動詞「まかる」の連体形、謙譲語。 退出する。 ぬ=強意の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。 完了・強意の助動詞「つ・ぬ」の直後に推量系統の助動詞(む・べし・らむ・まし)などが来ている時には、強意の意味で使われる。 べき=推量の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形) (あなたを)見捨て申し上げて参る空から、(悲しみのあまり)落ちてしまいそうな心地がします。 」と書き残す。 続きはこちら lscholar.

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