加賀谷は仕事の現場では頑張り続けた。 芸人の職を失いたくなかったからだ。 「面白い、と評価されていくのはうれしかった。 でも、実は私の中に自分を嫌い、『こんな体、ぶち壊してやる』という思いもあり、頭が矛盾でいっぱいでした」 人気が出るほど、自己矛盾が膨らんだ。 ついに、自殺するつもりで、薬を大量に飲んだ。 卒倒して、半日後に目を覚ました。 次第に、仕事の時間が来ても、起きられなくなった。 遅刻をして、みんなに謝った。 泣きながら帰宅した加賀谷に、自殺を思いとどまらせるファクスが松本から届いた。 相方は見抜いていた。 勝手な薬の調節をやめなかったので、ついに幻を見た。 自室の外から心配そうにのぞき込む松本。 ライフル銃を向けるスナイパーも現れ、一人でおびえた。 「つらいんだ」。 母に電話で助けを求めた。 同居した母は入院を勧めた。 「芸人をやめたら、人生が終わる」と抵抗したが、休む必要があるのは、わかっていた。 相方の入院を告げられた松本は「1年かかっても、5年でも、10年でもええ。 またやりたいと思ったら一緒にやろう」と言った。 加賀谷は、松本と目を合わせることができなかった。 人気絶頂だったお笑いコンビが、結成8年の1999年暮れ、解散した。
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著名人や芸能人で統合失調症を含む精神疾患を患う方も多くいらっしゃいます。 それは「精神分裂病」と呼ばれていた頃まで遡ると、「叫び」で有名な画家のムンクやゲーム理論に関して大きな貢献をし、1994年ノーベル経済学賞を受賞したジョン・ナッシュなどがいます。 日本では小説家の夏目漱石や芥川龍之介も統合失調症であったと言われています。 そして芸能の仕事が多忙を極めると中学2年から苦しんでいた統合失調症が再発してしまい、1999年に活動を休止します。 しかし治療を続けることで状態が寛解となり、お笑いを諦められなかったハウス加賀屋さんは2009年から10年振りに「松本ハウス」の活動を再開します。 復帰までの10年間での入院生活やリハビリなど、統合失調症と正面から向き合った体験談を相方の松本キックさんの視点を交えて執筆した著書「統合失調症がやってきた」を2013年8月に出版しています。 授業中にハウス加賀谷さんの後ろの女子生徒が下敷きでふてくされた顔で仰いでいるのを先生が指摘したため、振り向いたところ、 瞬時に脳内に「仰いで臭いをごまかしている」と思ってしまったそうです。 僕もパニック障害を電車の中で引き起こした時に(過去記事「」を参照)、「自分の息が電車内の人に迷惑を掛けてるんじゃないか。 だから隣の人は僕を睨みつけてくるんだ。 」という似たような思い込みをしたことがありましたので共感出来ます。 そして母親の勧めで「思春期精神科」で診察を受け、その後グループホームに入ったそうです。 その頃ビートたけしさんがやっていた深夜のラジオのヘビーリスナーで芸人にあこがれがあったことから芸人を志し始めたようです。 そしてオーディション雑誌から応募して芸能事務所である大川興業に入所することができ、そこで相方の松本キックさんと出会いました。 ハウス加賀谷さんはそれまで統合失調症については人に明かすことはなかったようですが、 ひょんなきっかけから事務所の先輩や同期に知られることになり、グループホームの時の話をしたらとてもウケたそうです。 それから活動を続け、1999年には療養のため芸能活動休止に追い込まれたハウス加賀谷さんですが、 「ただの加賀谷は腑抜けでしかない、お笑い芸人だからこそ生きていける」と語り、統合失調症であることをオープンにし、見事克服して2009年に復帰を果たしたのでした。
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概要 [ ] 『』、『』などのテレビ番組で活躍していたが、加賀谷の病気療養を理由に(平成11年)に活動を休止した。 10年後の(平成21年)、加賀谷の病状がしたことにより「JINRUI」と名前を改め活動を再開した。 その際に2人の芸名もそれぞれ改めている。 (平成22年)から、と業務提携。 その後、(平成23年)7月から元々のコンビ名である「松本ハウス」に戻した。 同年12月2日に松本ハウスとして『』に出演した。 近年 時点 は、お笑い活動と共に、に対する理解を呼び掛ける講演活動を精力的に行っている。 2016年(平成28年)10月「みえ発!こころのバリアフリー大使」就任。 メンバー [ ] ハウス加賀谷(元:加賀谷くん(かがやくん)、本名: 加賀谷 潤(かがや じゅん)、 - ) ハウス加賀谷という芸名の由来は、障害者施設によくある「〜ハウス」というネーミングから。 出身、ボケ担当。 体を張ったギャグと、時おり見せる冷静な発言のギャップが売り。 持ちネタは独特のポーズを決めながら「か・が・や・でーっす!! 」と言う自己紹介(発案者は松本キック)。 坊主頭に白いシャツとピンクのスパッツ(活動休止前は紫のスパッツ)が基本的な服装。 中学時代に受験勉強のストレスからや自己臭恐怖症が併発し、高校生になるとに悩まされるようになる。 病状の悪化にともない、16歳でグループホームに入所し、2年間をそこで過ごす。 入社当初は病気のことを伏せていたが、総裁と一緒に電車で移動中、どうしても耐えられなくなって途中、駅のプラットホームに倒れ込んだ際、加賀谷のセカンドバッグから大量のが散乱したことで事実が発覚した。 その後、自己判断で薬の量を調整し、病状が悪化。 、との診断を受け、芸能活動を休止する。 芸能界からは完全に身を引き、公の場から姿を消した。 7ヶ月の入院と10年の自宅療養の後に芸能活動を再開する。 「キックさんはどう考えているか分かりませんが、僕の中で松本ハウスは解散していません! 」と宣言してコンビを復活させ、松本ハウス活動期にやっていた「密売KGYダビッドソン」(レーベル)というバンドでのライブ活動も再開した。 2013年8月、「統合失調症がやってきた」をイースト・プレスより出版。 ハウス加賀谷が語った話を松本キックが文章化した。 松本キック (元:シンカ(しんか)、本名: 松本 真一(まつもと しんいち)、 - ) 詳細は「」を参照 (現:)出身。 卒業、中退。 ツッコミ担当。 血液型O型。 松本ハウスとしての活動休止後も大川興業の構成員として、またピン芸人として活動した。 相当の好きで、はかなりの腕前。 のジムにも通っていたこともある。 2007年3月をもって役者業に専念するため、大川興業を退社。 2009年より加賀谷とのコンビ活動を再開。 出演番組 [ ]• (フジテレビ)• (TBSテレビ)• (日本テレビ)• (フジテレビ) - 「笑わず嫌い王決定戦」のコーナー• () - 復帰、改名後初めてのテレビ出演• 正月スペシャル(テレビ朝日、2011年1月3日)• (、2011年12月2日、9日、23日)• 松本ハウスのニコジョッキー「ガ!ド!バ!」 (2011年12月6日開始 月1、)• (、2012年1月27日、2月3日)• (日本テレビ、2012年10月8日)• (TBS、2013年1月2日、1月10日)• (TBS、2013年9月17日)• (テレビ朝日、2015年5月28日)• (、2016年4月7日) 関連項目 [ ]• 脚注 [ ]• ガミガミ• (、)• 菓子めたる• カチューシャ• カニササレアヤコ• グレムリン• (、)• 齋藤梓• (、棟田康介)• 下町ミュンスター• 第2PK• 滝多津子• チバハラ• ヒガ2000• 平岡大樹• ヒロイン• (、)• ホイップクリーム• (、)• マンマーレ• (、)• モンローズ• ゆきち• ラストライド• わにれんげ フリーアナウンサー.
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