ひょうたん から コトバ。 ひょうたんからコトバ

がんばる

ひょうたん から コトバ

私は全国のとびっきりの授業を伝える「わくわく授業—わたしの教え方—」(放送:日曜午後6時—NHK教育テレビ)の制作に携わっています。 また、「NHKデジタル教材」という先生方に授業で使って頂くための番組やWebを作るなかで、たくさんの授業を見せて頂き、その授業作りについて先生方に話を聞く機会をもちました。 そのなかで感じたことを書きたいと思います。 学級経営を大切にする先生……。 これが、教えてほしいと思う先生の第一条件です。 「学級経営」と私が書いたのは、自由に発言できる雰囲気作りということです。 このことで、まず思い出すのが、石川県のA先生です。 このA先生のクラスの特徴は、「うるさい!」と思うほど元気がいいことです。 それも毎年毎年、違う子どもたちの受け持ちになりながら、10月頃になると同じような雰囲気をもつクラスになってしまうのです。 A先生を知るかたは、それを「Aワールド」とか「Aマジック」と呼んでいます。 その秘密を知りたくて、取材させて頂いたことがあります。 その秘訣は、受け持ちとなった4月からの2カ月間にありました。 A先生は、その間に根気強く、子どもたちに5つのルールを意識させていたのです。 その5つのルールとは……? 「人の話に反応する」 「必ず理由を言う」 「その場の雰囲気を読む」 「どんな意見も馬鹿にしない」 「わからないときにはすぐに聞く」 これは、「話す力」や「聞く力」を育てる鉄則です。 A先生は、この5つのルールを授業中だけでなく、休み時間も徹底していきます。 そして、A先生のすごいところは、その粘り強さです。 あきらめずに、子どもたちに繰り返し、繰り返し注意を促すのです。 子どもにとって、はじめはただの先生の指示という言葉の情報であったものが、5つのルールに接して「よかった!」という体験をすることによって、意味のあるものに変わっていきます。 これが「生きた知識」に変わった瞬間です。 やがて1カ月後には、子どもたちから会話のなかで、自然とルールに関する言葉が出るようになり、お互いに注意をするようにまでなっていきます。 そして、話の流れを読み、考え、話し合いを進めていくことの楽しさに気付いていくのです。 この5つのルールは、相手を思いやることを促します。 そして、そんな環境は、自分が自分らしく、誇りをもって生きるための条件であることを感じるようになっていきます。 自由に発言できる雰囲気のなかで、子どもたちは、意見を臆することなく口にします。 どんな意見でも受け入れてくれる状況を思い浮かべてください。 とても楽しい空間だと思いませんか? 授業が上手と呼ばれる先生、子どもの力を伸ばしてくれる先生。 その共通項は、実はこの学級経営作りを大切にしているかどうかだと思います。 プロフィール.

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オープニング オープニングタイトル scene 01 今日のテーマ『ともだち』 が~まるちょばのケッチ!が落ちこんでいます。 テストの点数が悪かったのかな? するとヒロ・ポンがケッチ!のテストを見て大笑い。 友だちなのにからかっちゃだめだよ。 さらにヒロ・ポンは、ケッチ!のテストを持ってにげていきます。 ケッチ!があわてて追いかけると、ランドセルを残してヒロ・ポンが消えてしまいました。 どこ行っちゃったのかな。 と思ったら、ランドセルの中にヒロ・ポンが! 「いた! つかまえた!」。 ふざけあうほど、なかよしの二人。 というわけで、今日のテーマは『ともだち』。 scene 02 故事成語『傍若無人』 『ともだち』にまつわる故事成語、『傍若無人(ぼうじゃくぶじん)』。 電車の中ではほかのお客さんのめいわくにならないように!」と先生がいいました。 ところがタクロウくんとマサキくんは、はしゃいで電車の中を走り回ったり、つりかわにぶらさがったり。 その様子を見ていた人たちはあきれています。 「ほかの人もたくさんいるのに、やあねえ」、「なんちゅうやつらだ、まったく! まわりの人がめいわくしてるのが目に入らんのかいな! ぬぐぐぐぐ…」。 これぞまさしく『傍若無人』。 scene 03 『傍若無人』のはじまり 今からおよそ2200年前の中国。 司馬遷(しばせん)という歴史家が書いた書物にこんな話があった。 荊軻(けいか)という男は、ふだんは冷静だが、酒を飲むと、友だちと大さわぎをして、まるでそばにだれもいないかのように、泣いたり、笑ったり。 あたかもまわりにだれもいないかのようにふるまっていた。 街の人たちは「ほか人もたくさんいるのに、やあねえ」、「なんちゅうやつらだ、まったく! まわりの人が目に入らんのかいな! ぬぐぐぐぐ…」。 荊軻たちのふるまいを、『傍若無人』といいます。 scene 04 「そばにほかの人がいないかのように」 『傍若無人』とは、「傍(かたわ)らに、人(ひと)無(な)きが若(ごと)し」と読むことができます。 まったく、めいわくですね。 scene 05 こんなときも『傍若無人』 休み時間、マサキくんとタクロウくんは教室の中でバレーボールを始めました。 「それーっ」、「やあっ」と夢中(むちゅう)です。 ミワちゃんや女の子たちは「ほかの人もいるのに、やあねえ」、「カーッ、なんちゅうやつらなの。 みんなめいわくしてるのが目に入らないのかしら!」とおこっています。 まわりの人を気にせず、勝手気ままに『傍若無人』。 でも、ちょっと傍若無人がすぎると大事な友だちにもあきれられちゃうぞ。 scene 06 ことわざ『情けは人のためならず』 『ともだち』にまつわることわざ、『情(なさ)けは人のためならず』。 「情け」とは、友だちや他人への思いやりの気持ちや親切のこと。 人に親切にすれば、いつかはめぐりめぐってよい結果となって自分に返ってくる。 このことわざの通り、親切が自分のためになったという体験をしたのは、お笑い芸人「ますだおかだ」の二人です。 scene 07 たまたま車で送ってあげた人が… 増田さんの『情けは人のためならず』。 増田さんがまだ学生だったころ、雨の中、タクシーを拾えずにこまっている人を見かけました。 その人は有名な芸人さん。 とても急いでいるというので、増田さんは車で送ってあげました。 それから5年ほどして増田さんが漫才師(まんざいし)になってから、たまたまその人と仕事をしました。 そこで、車で送って行ったときのことを話すと、その人は覚えていてくれたのです。 増田さんは、たまたま助けた人が芸人の大先輩(せんぱい)で、以来、ずっとお世話になっているそうです。 scene 08 少年野球チームを応援し続けて… 続いて、岡田さん。 岡田さんが初めて本を出したとき、サイン会をすることになりました。 でも、会場にだれも来ないのではないかと心配でした。 ところが当日、たくさんの人が集まってサイン会は大成功。 実は小学生のころ少年野球をしていた岡田さん、最近子どもの数がへり、チームのメンバーが少なくなってきたと聞き、ことあるごとに少年野球のすばらしさを語って応援(おうえん)していました。 するとサイン会に、チーム全員、さらにコーチや父兄までもがかけつけてくれたのです。 まさに、『情けは人のためならず』でした。 scene 10 俳句 「雪とけて 村一ぱいの 子どもかな」。 これは、江戸時代に、小林一茶(こばやしいっさ)がよんだ句(く)です。 小林一茶は、子どもや動物、自然などをやさしいまなざしで俳句(はいく)によんだ俳人(はいじん)です。 ようやく冬が終わり、とけだした雪。 春を待っていた子どもたちが、いっせいに外へ出て遊びます。 その情景(じょうけい)をよんだといわれています。 まずは、沖縄県のお別れのあいさつ、「ぐぶりーさびたん」。 続いて、「そいぎー」。 これは佐賀県。 香川県では、「ほんだら」。 「さいなら」は大阪府。 岐阜県は、「あば」。 「んだらまず」は山形県。 南から北まで、別れのあいさつはずいぶんちがいます。 昔は今のように交通手段(しゅだん)が発達していなかったため、遠い土地とはあまり交流がありませんでした。 そのため、土地独特(どくとく)の言い回し、「方言」が生まれたといわれています。 「泣く」といっても実にさまざま。 涙(なみだ)の量やそのすがたによって、「泣く」にまつわる日本語はたくさんあります。 まずは、涙の出る量に注目。 ケッチ!は、いよいよ卒業かと「目をうるませた」。 これは目にわずかに涙がたまる様子です。 ヒロ・ポンは卒業証書(しょうしょ)を受け取り、「涙ぐんだ」。 これは、こぼれ出そうになるほど、涙が目にたまった様子です。 scene 13 泣くときのすがたいろいろ 次は泣いているすがたに注目。 ヒロ・ポンは、ケッチ!に気づかれないよう「忍(しの)び泣いた」。 人に見られないよう声をひそめて泣く様子です。 ケッチ!はヒロ・ポンの涙(なみだ)を見て思わず「もらい泣き」した。 人が泣いているのにつられ、自分も泣いてしまうこと。 卒業式も終わりに近づき、二人は「泣きじゃくった」。 かたをふるわせ、しゃくりあげなからはげしく泣く様子です。 卒業式が終わって二人は「号泣(ごうきゅう)」した。 人目をはばからずに大声で泣くことです。 お別れするのは悲しいけど、最後くらい涙をぬぐって笑おう!.

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子どもの目線で寄り添うことができる先生[こんな先生に教えてほしい]|ベネッセ教育情報サイト

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オープニング オープニングタイトル scene 01 今日のテーマ「書く」 ケッチ!が、びっくりするほどながーい手で字を書いてる! 「書」という字だね。 なかなかよく書けてる。 つづいて、「く」も書こうとしたけど、ぎゃくに書いてしまったのて、「>」みたいになってしまった。 おしい! ということで、今日のテーマは、「書く」。 scene 02 故事成語「推敲」 書くときに使おう、故事成語(こじせいご)「推敲(すいこう)」。 マサキくんが手紙を書いています。 マサキ:ぼくがころんでリレーにまけちゃったとき、ミワちゃんは何も言わずにバンソウコウをさし出してくれた。 この手紙で、大すきだってことつたわるかなぁ。 読み直してみよう。 『ぼくは、ばんそうこうをもらったとき、ミワちゃんは「やさしいなあ」と思いました』。 まてよ、やさしいだけじゃないんだな。 そうだ、『ミワちゃんは「かっこいいなあ」と思いました』としよう。 scene 03 やさしい? かっこいい? マサキ:うん、「かっこいい」のほうが、だまってバンソウコウをくれたミワちゃんにぴったり! でも「やさしい」のほうが、なぐさめてくれたミワちゃんにぴったり? いや、「かっこいい」のほうが、あこがれの存在(そんざい)って感じがつたわるな。 でもやっぱり「やさしい」? いや「かっこいい」? やさしい? かっこいい?…。 ミワちゃんの心にひびくのはどっちなんだ? ウーンウーン・・・。 これぞまさしく、「推敲」。 scene 04 「推敲」のはじまり 「推敲」のはじまり。 それは今からおよそ1200年前、唐(とう)の時代の中国。 唐の都、長安(ちょうあん)にやってきた詩人の賈島(かとう)は、ロバに乗りながら詩を作っていた。 「『僧(そう)は推(お)す月下の門』。 僧侶(そうりょ)が月にてらされた門を推す。 なかなかいいなぁ」。 ところが、「門を『推す』より『敲(たた)く』のほうがいい気がする。 音がしたほうが、しずけさがきわだつかなぁ」。 賈島は「推す」か「敲く」か、考えつづけた。 ここから、よりよい言葉をさがし求めることを「推敲する」というようになった。 scene 05 文章を何度も練り直すこと 考えつづけていた賈島、えらい役人の行列に出くわした。 ドシーンッ。 「何やってるんだ!」。 「おゆるしください」。 さわぎを聞いて出てきた役人とは、韓愈(かんゆ)。 有名な詩人でもあった。 賈島は、「推す」か「敲く」か、なやんでいたことを説明(せつめい)した。 すると、「なるほど。 それは『敲く』のほうがよいであろう」と韓愈は言った。 「推敲」とは、詩や文章を作るとき、何度も考え、練り直すことをいいます。 よい文章にしあげるためには、細かい点まで注意をはらうことがかかせません。 scene 06 こんなときにも「推敲」 読書感想文を書いているテツロウくんの場合。 先生「書けた人は推敲してください。 よーく見直すんですよ」。 テツロウ「ん? 『竜宮城(りゅうぐうじょう)にカメに連(つ)れられました』、なんかへんだぞ。 それに、『太郎が行ったので、お姫様はよろこんだので、みんな楽しんだので…』、『ので』がつづいてわかりにくい。 あ、漢字がまちがってる! おかしな文章、読みにくいところ、字のまちがい…。 もっとわかりやすくしないと、ウーーーン」。 『テツロウは、感想文の推敲を重ねた』。 よい文章を書くためには、「推敲」。 scene 07 書くことわざ「弘法筆を選ばず」 弘法(こうぼう)とは、今からおよそ1200年前にいたお坊(ぼう)さん、弘法大師(こうぼうだいし)空海(くうかい)のこと。 空海は書道の達人(たつじん)で、筆の良し悪し(よしあし)にこだわらず文字を書いたことから、「弘法筆を選(えら)ばず」…本当に上手な人はどんな道具を使ってもよい仕事をする、という意味のことわざができたのです。 それを実践(じっせん)しているのが、書家(しょか)の柿沼康二(かきぬま・こうじ)さん。 日本だけでなく海外でも作品を発表している、世界的(てき)に有名な人です。 scene 08 「筆じゃなきゃいけないのか?」 柿沼さんは、なんと、麻(あさ)ひもで作った筆でもりっぱに文字が書けるのだそうです。 まさに「弘法筆を選ばず」。 でもなぜ麻ひもで書き始めたのでしょう。 実はこんなきっかけがありました。 ある日のこと、柿沼さんはおおぜいの人の前で文字を書くことになりました。 ところが、直前に大事な筆がおれてしまったのです。 そのとき柿沼さんはこう思いました。 「筆じゃなきゃいけないのか?」。 このことがきっかけで、柿沼さんは水鉄砲(みずでっぽう)や毛糸、たわしなど、さまざまな道具で文字を書くようになったのです。 scene 09 大切なのは気持ちをこめて書くこと 書くことに対する冒険(ぼうけん)心。 それは、書家であるお父さんのえいきょうもありました。 とくに心にのこっているのは、父親が大きな筆で「生」という字を書いていたときのこと。 「これは木の幹(みき)を表す!」とか、「これが命なる柱なんだ!」と言いながら書いていたそうです。 「字を書いているけど、字を超越(ちょうえつ)していると感じた」という柿沼さん。 文字を書くには道具より大切なものがあると考えています。 「道具も大切だけど、いちばん大切なのは『気持ち』をこめて書くこと」(柿沼さん)。 どんな名人でもたまにはまちがえる、という意味のことわざ。 使い方:クラスでいちばんなわとびの上手なケンタくんが、一回でつまずいた。 弘法も筆のあやまり、だね。 scene 11 和歌 「春過(す)ぎて 夏きたるらし 白たへの 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山(かぐやま)」。 これは、およそ1300年前に、持統(じとう)天皇がよんだ歌です。 夏になると白い衣をほす風習のあった香具山。 新しい季節(きせつ)におどる心を歌ったといわれています。 scene 12 日本語いろいろ 『書く』ときに使う「手」。 今日は、その「手」に関係(かんけい)することばを見てみよう。 「つかむ」と「にぎる」。 にていることばですが、ちがいがわかるかな。 ヒントは、手の形。 「つかむ」は、手でしっかりとらえて持つときの形。 「にぎる」は、手のひらをとじて、たもち持つときの形だ。 scene 13 つかむ?にぎる?クイズ あるところに、二人の男がいた。 『つかむ男』と、『にぎる男』。 これは、「つかむ」が正解(せいかい)。 せっぱつまったときには藁のようにたよりないものにもすがりたい、という意味です。 これは、「にぎる」が正解。 使い方は、「はらはらどきどきするテレビドラマを見ていたら、手に汗をにぎっちゃった」。 『つかむ男』はめしをつかもうとした。 でも、ぼろぼろこぼれてめしはつかめない。 一方、『にぎる男』は、にぎにぎ、にぎにぎ。 おいしそうなにぎりめしができた。 正解は、「にぎる」。 「にぎりめし」というね。 「つかむ」と「にぎる」、どんなときに使うのか、みんなもさがしてみよう!.

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